接触
1905年5月14日 バンフォン湾
この日、ウラジオストクへ向かうバルチック艦隊はこのバンフォン湾(ベトナム、クイニョンの下あたり)を出港した。やっと辿り着いた友軍港である。ロクな友軍港がなく、漂流してばかりだった時はどうなることやらと思ったが、多少はマシになったらしい。
見る見るうちに港が離れて行く。我らは今からルソン島の方へ向かうのだ。そこから一隊は宗谷から、他は対馬からウラジオストクに向かう予定だ。
艦底に何か付いているのか、やけに速度が遅く、数ノットでの航行であるが、以前よりはこれでもマシなのだ。一向はゆっくりとルソン島の方をを目指した。
「長官!水雷艇(日本の基準では駆逐艦。よって以後駆逐艦と表記する)『ブイヌイ』が行方不明になりました! 電信も通じません!」
「何だと! 北海のようにならなければ良いが……周囲に注意を払いつつ、捜索せよ」
バルチック艦隊司令長官のジノヴィー・ロジェントヴェンスキー中将は慎重に命令を下す。彼は日本海軍の練度の高さ、そしてこのバルチック艦隊の練度の低さについて、誰よりも危機感を感じていた。そして、今でもどこに日本軍の駆逐艦が潜んでいるかわからないのだ。彼が慎重になるのも無理はない。
それだけでなく、どうもこの艦隊には彼が慎重になるのに比例して乗組員のストレスが溜まるようで、北海のように早まった行為をしないか、気掛かりであったのだ。
1905年5月18日夜 バタン諸島沖?
「駆逐艦〈ブイヌイ〉より入電! 『ワレ敵艦隊ノ追跡ヲ受ケツツアリ。敵、前方ヨリ敵艦種水雷艇、その数6隻、距離214メートル』」
「ううむ……」
中将は唸った。それもそのはず、失踪した艦からの敵部隊発見の報告、艦種もあの時とほぼ同じではないか。勿論、そんな状況証拠のようなものだけで「こうだ」と言えるわけではない。
「では、敵艦を詳しく調べよと打電してくれ」
中将は一番誤認射撃を減らせるであろう方法を選んだ。だが、この命令は「ブイヌイ」に届くことはなかったのである。その時、すでに「ブイヌイ」とは通信がまた取れなくなっていたのだ。
艦隊に緊張が走った。
「こ、このまま航行を続ける。ただし警戒をより一層強めるべし」
中将に言えることはそれだけである。攻撃命令も撤退命令も前者は自身が後者は周囲が許してくれないのだ。
1905年5月19日午前0時 バタン諸島沖?
「総員戦闘配置につけ!」
突然ラッパが鳴った。船員らは水雷艇だの雷撃を喰らっただの叫び、次々と艦外へと躍り出た。それはまさに狂瀾の如くであった。
「砲撃開始!」
戦艦「クニャージ・スヴォーロフ」より突然砲撃が開始された。その轟音に怯えた乗組員らは次々と闇雲に砲撃を始めた。
突然、目の前の一点が照らし出された。木造船のようなものが、燃えながら海に飲み込まれている。勿論彼らはそんなことは気にもせず闇雲に撃ち続けた。
「あれは……木造船!?」
ロジェントヴェンスキー中将が双眼鏡を下ろして呟いた。万が一があってはと思って外に出た甲斐があった。
「ではジャンクでしょう。ヤポンチクはどうもそれを集めているそうですので」
参謀長のクラピエ・ド・コロング大佐が余裕をかまして言う。中将はバカかコイツという目はなるべく向けずに、
「よく見よ、ジャンクと違ってあれはキールがあるだろう。つまり日本軍の船ではないということだ……あっ! いかん砲撃を中止させよ!」
中将は優しく言ったが、ゆっくり言う内に、とんでもないことを一度でなく今回もしてしまったことに気づいて大いに慌てた。だが、今更砲撃中止など意味がない。面白いほどに沈む敵艦を前に「ヒャッハー」と叫んでいる彼らに注意や命令は聞いてさえ貰えない。最終的に、殴りつけて引き剥がすことによって何とか止めたが……。
夜が明けると、そこには大量の木造船と武装した兵士の亡骸が打ち捨てられていた。木造船は少なく見積もっても50隻、死骸は数千というほどだろう。そしてその先には、見たこともない陸地が広がっていた。
「海図と少し違わないか?」
中将は海図と見比べて陸地の近さなどから違和感しか感じなかったのだ。
「一度、上陸して見ますか?」
参謀のソコロフ少佐の提案を中将らは認め、この陸地に上がることとなった。
「ははは、長官殿! もしかしたら我々はコロンブス以上の大発見をしたかも知れませんよ! 新大陸に加えローマ帝国レベルの文明! ポール・ボーにも見せてやりたいですよ!」
燥ぐコロング大佐を尻目に中将は辺りを散策する。他の隊によるとどう考えてもバタン諸島とは似ても似つかぬようだが。こう少し歩くだけでもそのように思える。
ふと、遠くの方から鬨の声が聞こえた。本当に文明がある場合先日の砲撃を受けて報復に来たと考えられるため、総員は船内に撤収した。
すると、先程の鬨の声上空からも聞こえてくる。長旅で耳がおかしくなったかと思った矢先、ワイバーンのようなものが4匹こちらに向かって来た。
「なんだアレは!」
第1巡洋戦隊司令官のエンクウィスト少将が叫ぶ。防護巡洋艦「アヴローラ」などからオチキス47mm機砲が発射される。ワイバーンみたいなものの一匹が体を引き裂かれる。そこに乗ってる人間も破片に体を引き裂かれ、肉片が雨霰と落ちる。殺気立った兵士たちの狙いは中々に正確であった。
さらに二匹を挽肉にしたところで敵は火炎弾を撃って撤退した。防護巡洋艦「オレーク」に一発命中し、一部が軽く燃えた。すぐに鎮火されたがこの戦いは彼らに空の脅威を味あわせることとなった。
同日 ロウリア王国 ハーク城
「シャークンよ、これはどういうことだ!?」
時の国王ハーク・ロウリア34世より海将シャークンに怒号が飛ぶ。
それもそのはず、今日未明、突然沿岸で夜戦訓練中だった230隻のも大艦隊が数隻を残して全て沈んだだけでなく、生存者も少ないばかりか艦隊司令長官のホエイルが行方不明になったのだから、怒るのも尤もである。
「殿下……生存者によると大量の砲をつけた巨大艦に攻撃を受けて敢えなく全滅したとのこと。おそらく魔導戦列艦かと思います。これではとても勝ち目はありません。ですから今回の犠牲はどうしようもなかったことなのです」
「戦列艦ならばそうだろう。では、一体どの国が攻撃してきたか調べよ。ただし皇国に付け込まれることのないようにな。余はあの国を信用できんのでな」
言い訳とも取れる発言に一瞬ムッとしたが、尤もなことであり、ここで怒って彼を処刑しても無駄であるので、それを堪え適当な命令を下した。なるべく皇国に貸しを作りたくないことが彼の本心であるため、自国だけで潰すようにと取れるように命令したが、その一方で火砲を持たないバリスタと衝角と乗り込んでからの白兵戦しかない王国軍に倒せるかと言うとやや心配になるところもあった。
(文字数が)少ない?少なくない?