11月12日 ハノイ
この日、ウエジヤ・ゴーリスキー中尉やドミトリイ・ホルホコフ会計検査官、ワシリイ・バルタガ録事官らがパーパルディア皇国へと派遣された。帝国には文官が数少ないので、武官も送ることとなった。ゴーリスキー中尉は見識高く、ムー国から派遣された共通語教師からも認められるほど共通語が堪能である。彼自身、日本語が話せていたわけでもなく、ただクワ・トイネの現地民やロウリアの捕虜から学び、その後ムーの教官から正確な用法を習い、習得したというのだ。
毎年の11月4日にムー国で開かれる世界文化大賞では、彼の教育に関する論文が教育賞を取ったという。だが、その内容には、
「富国強兵には識字率を高めることが肝心である。これは我が国にも言えることだが貴族教育のために軍内には読み書きのできない者が多く、行動一つ一つに弊害を生じている。これは、内政においても同様で読み書きが出来ない国民が多いと法律や憲法が正しく守られない、政治に無関心になるなど進展が滞る。富国強兵には識字率は6割以上欲しい。それがない国や軍隊は弱小である。そのため……」
というものがあり、これに関してパーパルディア皇国が名指しされた訳でもないのに激怒したりしたが、少なくとも機械文明諸国では評判が高い。国内でもリネウィッチ更迭騒動を覆い隠すために政府が新聞社に干渉して大々的に報じさせたので、一躍有名人となっている。
11月13日
この日はフェン王国が滅亡したという話を聞かされた。以前、軍祭に来てくれと頼まれたが、その時、パーパルディア艦隊が迫っていることを知り、やんわり拒否したので、助けるものがなく、奮戦虚しく滅亡したようである。ただ、このまま放っておくのは紳士的ではないので、ロデニウス艦隊のうち仮装巡洋艦レーナと大連艦隊の機帆巡洋艦ラズボイニク、機帆巡洋艦ジギート、営口艦隊の航洋砲艦シブーチ、バルチック艦隊の輸送船2隻が亡命船団や避難民の保護へ向かった。
機帆巡洋艦ジギートが皇国のスループの砲撃を受けて小破した以外は特に損害もなく救助に成功した。
なんと、亡命船団には剣王シハンら王族も乗り込んでいたので、指揮を執ったヤーコレフ大佐は、
「救助艦隊を出して良かった。もし出していなければ我らは永遠にフェンの民から嘲笑われることとなっただろう」
といっている。
11月18日 ハノイ
この日、普段は誰も訪れないハノイの外務局に来客があった。局長は、
「何か一大事でもあったのか!」
とスーツを乱して駆けつけた。そこにいたのは、見慣れない服装や顔立ちの者たちであった。
「アルタラス王国の王女、ルミエスです」
「は?」
局長は椅子をガタッと言わせてわかりやすく驚いた。こんな部署に王族自ら来るとは、到底思えなかったのだ。
「ああ……失礼しました。それで、御用件は?」
「はい、現在我が国は海を挟んで、北方にある列強国パーパルディア皇国との関係が険悪になっており、いつ戦闘状態に突入してもおかしくないという状況になっております。ですから、その時に、我が国に対して援軍を送って頂きたいのです」
ルミエスは声のトーンを落として言う。だが、局長としてはこの頼みを受けるわけにはいかない。上からパーパルディア皇国とは衝突しないように言われているからだ。
「殿下の御心痛如何許りかとお察し致します。ですが、我が国としては援軍は送れません。我が国には飛龍など無く、彼の国に太刀打ちできません」
「しかし、貴国にはパーパルディアの戦列艦を凌駕する巨大な装甲艦があるではないですか」
「どうしてそれを……」
局長の脳内で会議が行われる。考えられる可能性は二つ、ウラジオストク艦隊が接触していたのか、フェンへの救助艦隊が見られたかのどちらかだ。
「ですが、どれもこれも木造部分が多く、火に弱くワイバーンに当たっては勝ち目がありません」
「そうですか……」
ルミエスは一礼すると肩を落として踵を返した。少々ひどいことをしたかも知れないと局長は多少なりとも罪悪感に駆られる。このまま返してはいけない。そんな考えが脳を占める。
「ですが! 避難民の救助は行えます……」
ルミエスは振り向くと、軽く微笑んで一礼をし、帰っていった。局長はまだこれでいいのかと思ってはいたが、少なくともモヤモヤした気持ちは幾分か晴れていた。
そして、この約束を果たす日が来た。今日11月27日である。アルタラスが滅亡したというのだ。海軍は、やはり仮装巡洋艦レーナを旗艦とした以前と同編制の救援艦隊を送った。