「司令官殿!前方12キロに商船12隻、その西方に戦列艦1隻、六等軍艦及びそれ未満の軍艦8隻!」
「ついに見えたか……最大船速(救援隊の場合10ノット)、針路0-0-0!」
ヤーコレフ大佐の号令のもと、6隻の船は煤煙を上げたり帆を張ったりしながら商船団の方へ向かっていく。
敵の戦列艦らが商船団の頭を抑えようと商船団より前に出ようとしている。これをなんとかしなければ、約束を反故にしてしまうことになる。それは避けたい。だが、上からはパーパルディア艦隊を攻撃してはならないと命令を受けている。しかし、
「今からそこの商船を保護するのでどいてください」
なんて通じるわけがない。考えているうちに戦列艦らは商船団の行く手を遮り、砲撃を始める。ほとんど外れているが、一隻、また一隻と被弾していく。
「我が艦と航洋砲艦〈シブーチ〉は迂回し船団を直接保護、残りの艦は戦列艦らに威嚇射撃をして気を引いてくれ」
司令官の出した最善手はそれだった。だが、彼には誤算があった。彼は、パーパルディアの戦列艦が炸裂砲弾を採用しているとは考えていなかったのだ。炸薬など入っておらず、火災を起こさせるものも焼弾程度のものだと思っていたのだ。
だが、それを知らない彼らは一切反発することなくパーパルディア艦隊に弦側を向けて砲撃を開始した。
数発の砲弾は勢いよく水面を破り、大きな水柱を作る。152ミリ砲弾とはいえその威力は計り知れない。もし敵に狙いをつけて撃てば立ち所に沈める事ができるだろう。
「無駄玉を撃つだけとは……気が乗らん」
機帆巡洋艦「ラズボイニク」艦長リーウエン公爵中佐は仇敵を見つめながら舌を鳴らしつつそう吐き捨てる。他2艦の艦長は愚か一兵卒に至るまでそう思っているはずだ。
(ヤーコレフもマカロフ爺さんも弱腰すぎる)
リーウエンは床を強く踏みながら廊下を後にした。
三隻の乗組員は強い怒りを覚えているが、釣り上げる事には成功していた。9隻の敵艦は商船団など後でいいと思っているのか、針路を変えてこの三隻へと接近している。
無数の砲弾が海を叩いて虚しく小さい水柱を作っている。だが、その水柱は着実に「ラズボイニク」ら三隻に近寄って来ている。
「あっち行け!」
という声も聞こえる。やはり木造艦だと心細いのか。またしても敵の一斉射が水面に至る……が、水柱が少ない。中佐の背中がシベリアに放り出されたかのように冷える。
「わわっ!」
二つ三つのドーンという音と共に船が大きく揺れる。中佐も頓狂な声を上げてしまう。
「何があった!」
「敵弾が命中しました! 一部で火災が発生しております!」
「畜生め!」
中佐は怒って拳を机に叩きつける。パーパルディアへの怒りだけでなくヤーコレフへの怒りも含んでいる。
(これで死者でも出てみろ。ヤーコレフ! その時はお前の責任だぞ)
心の奥底でヤーコレフを睨みつける。艦よりも人は大切だ。甘い判断で死ぬ人間ほど無駄なものがあるだろうか。甘い判断は敗北から反省はできても学べはしない。死人が出ても根本にある甘さはどうにかなるものではない。だからこそヤーコレフへの怒りは大きい。
「ヤーコレフの野郎……ヤーコレフ大佐の乗艦、〈レーナ〉へ打電。『威嚇射撃ヲ中止シ通常砲撃ノ要アリ』」
「了解! 『威嚇射撃ヲ中止シ通常攻撃ノ要アリ』」
伝えるべきことを終えると中佐は、
「デッキへ行く」
と言って反対を押し切ってデッキへ出た。既に残りの2隻も被弾している。弾薬庫に火でも回って、已んぬる哉となる前にどうにかしたい。だが、それができないというのは本当に遣る瀬無い。
「艦長! 司令官殿より返信です」
「読み上げよ」
中佐の目は暗い。 荒ぶ波が艦を打ち付ける音がさっきまでより大きく聞こえる。甲板にも影がかかっている。いや、太陽が雲に隠されただけか。
「はい。『威嚇射撃ハ上層部ヨリノ命令ニ付キ却下トスル』」
「……では、万が一俺たちが死んだ時に、貴様は責任を取れるか!?」
中佐は居ない大佐に向かって吼えた。上層部の判断を無視するぐらいの事は出来ないのか。そんな思いがあったのだ。
「しかし、船団の保護には成功したようです。ですから帰投せよと……」
「無責任な! 労いの言葉すらないのか! ……まあいい、我が艦は帰投する。他の鑑にも続くように発光信号の方を頼む」
「かしこまりました」
結果、商船12隻のうち11隻を保護することに成功した。しかし、救援隊側は迂回の際、スループの攻撃を受け続けた航洋砲艦「シブーチ」が小破炎上、負傷者8名を出し、機帆巡洋艦「ラズボイニク」は中破炎上し、死傷者13名、「ジギート」は小破し負傷者4名、「ザビヤーカ」も小破し死傷者6名を出すという大損害になった。
海軍本部はこの「親友作戦」を成功だと発表したが、「ル・タン」などは、
「海軍の消極的な行動のせいで盟邦の船が一隻、狼に捕まり、同胞までも失った。作戦は成功でも、その行動や命令は稚拙だ」
と厳しく批判した。パーパルディア皇国はこれを「アルタラス沖海戦」と名付け大本営は、
「今海戦は皇国軍の一方的勝利に終わり、我が方被害は皆無、敵軍のアルタラス艦隊8隻、ロシア軍大型船(巡洋艦のこと)3隻を轟沈、ロシア軍中型艦1隻を撃沈、ロシア軍旗艦戦列艦を一隻撃破せしめ皇国海軍の強さを生意気な蛮国に見せつけることとなった」
と発表した。
本気で相手したら楽勝なんだけどね(´・ω・`)