1905年11月22日
この日は、この世界にとって激動の日であった。あのムー国が武装中立を破棄したのだ。列強3国との対立から、現有の兵力では太刀打ちできないからである。すぐさまムーはグラ・バルカス帝国及びロシア=インドシナ帝国と新たな条約を結び、自動参戦条項などを盛り込ませることを画策した。
また同日、自前では満足な航空機を作れないと確信したロシア=インドシナ帝国はムー国に泣きついて航空機を購入し、それを元にFRA社に製造させることとした。これにより、最大の武装が小銃から機銃へと大躍進したのであった。速度も300キロ近く出るようになり、ワイバーンロードとも互角以上に戦える。だが、購入分を含め現有は5機である。名称はFRAアリョールである。また同時にグラ・バルカス帝国から食料、石油の代わりに空母購入を取り付けた。何も余裕があるらしくて6隻も譲ってくれるらしい。その分かなりの石油を持っていかれたが。一隻あたり補用合わせて30機載せることができるらしい。
だがいいこと尽くめではない。余りの急成長に海軍内にも浮かれるものが出てきたのだ。
確かにここまで成長すれば浮かれるのも仕方ないように思えるが、空母など新艦艇の定員の確保には時間がかかる。それにこれらの艦艇のうち空母に随伴するにはロシア軍の艦艇では難しい。できるのは改造中のバルチック艦隊か新造戦艦のみであろう。そのため、海軍参謀総長のステパン・マカロフは、
「今回の空母購入で浮かれているものもいるようだが、これは金持ちになりたい男が大きい金庫を買ってきて、俺は金持ちだと自惚れるのと変わらない。箱だけあっても仕方ない。大事なのはこれからだ」
と発言している。さらに、帝国にとって無視できない一大事が発生した。この日から満洲の鴨緑港(旧鴨緑江)や沿海地方に漁船や死体が流れ着くようになったのだ。身元を調べると、白人の漁師だったりロウリアやインドシナの漁師だったりする。だが彼らは皆、ロシア帝国の国民である。犯人を見つけねばならない。ポール・ボー首相は、
「このような残虐行為をどこが行ったかは定かではないが、便所に隠れたとしても必ず見つけ出して相応の罰を与えるつもりだ」
と発表した。これは最初の漂着から数時間もたっていないというこの時代の情報力からすれば異例の速さであった。この過激な発言により、植民地の民族やロウリア国民にも教育を普及させようとしたために、白人知識層から顰蹙を買い、支持率が低迷していたポール・ボー政権の支持は半分以上の76%まで跳ね上がった。
1905年11月30日
この日も重要な日である。オタハイトで再び三国が揃い、遂に軍事同盟を結んだのだ。以前から密かに考えていたこともあり、異常な早さであった。だが、列強3国はこれに危機感を覚え、ムーに対する魔石など13の資源に関して経済制裁を画策するに至った。またパーパルディア皇国に至っては国内のムー国資金を差し押さえると発表した。結果的にムー国はより厳しい状態に立たされてしまったのである。
またムー国へ向かったロシアの商船が2隻遭難するという事件が起こった。国内には、
『赤イ国旗、フリゲイト』
という電報が打たれていたことので、前の漁師の死亡事件と同じぐらいに世間を騒がすこととなった。他国からの攻撃であることは明白だからである。これに関して、原住民のうち義務教育を受けるか選挙権入手テストを合格した者には選挙権を与えるという法案が採決されたため、支持率を気にして戦々恐々としていたポール・ボーは小躍りして新聞社を嗾けてこのことを大々的に報じさせ、支持率低下を防いだ。
1905年12月4日 パーパルディア皇国
この日、窓口で長い間待たされてきたウエジヤ・ゴーリスキー中尉、ドミトリイ・ホルホコフ会計検査官、ワシリイ・バルタガ録事官の三人はやっと会談を許された。しかも向こうの局長自らとの会談の場を設けられたのだ。3人は少し喜んで、所定の場所へと案内された。
そこにはいい身なりをした者が5人座っていた。自己紹介によると南方の各担当及び局長のカイオスである。実はゴーリスキーとカイオスは初対面ではない。かなり前に本国に言ってこっそり潜ませていた金をこっそりカイオスの同僚なんかに渡して、紹介してもらっていた。それ以来、意気投合し、口外したらいけないようなことまで教えられていたのだ。
経費を賄賂に使うのは非常に不味い行為ではあるが、プライベートで意気投合することも交渉を有利に進めるためには必要であろうと考えた故の行動である。
まずカイオスは、
「今回は何用ですか?」
と聞いてきた。勿論、彼らの答えは決まっている。
「我が国と貴国は不運から度々望まぬ衝突をしております。その蟠りを解決し、関係を改善すること。また国交樹立のために私が派遣されてきた次第です」
中尉が落ち着いて言う。あくまで相手を刺激しないように最大限の注意を払ってはいるのだが……
「なんだと! 散々皇国の敵対国家を手助けし、邪魔をした癖に望まぬ衝突だと!?我らをバカにするにもほどがあるぞ! 恥を知れ! 猿め!」
南方国家担当の男が青筋を立てる。ロシアはどっちかというと猿より白熊だろなどと頭の中でツッコミを入れながら中尉は顔色一つ変えず続ける。
「あれはあくまで民間の商船を保護したに過ぎません。中立国違反でもありません。寧ろ、何もしていない我が艦隊に攻撃を加えたのは貴軍です。ですから……」
ガタンッという音と共に中尉の言葉は中断させられた。淡々と話す中尉に向かって国家担当の男が立ち上がって、
「黙れ! この下郎! 文明圏外国ごときが敵性国家を支援するような動きを見せることがすでに罪なのだ! 」
と怒り狂いながら中尉の胸ぐらを掴もうとする。
「やめてください!」
流石にまずいと思った中尉も叫び声を上げてしまう。だが、間一髪のところでカイオスがとりなしてくれたようである。中尉は無事であった。
中尉は予定通りに資料を手渡した。ここにはロシア帝国が開示できるだけの情報が記されている。
「は……?」
群島担当が頓狂な声を上げる。どうやら人口およそ7千万(ロウリア合わせて)という記述に驚いているのだろう。この皇国の人口が7000万であるから驚くのもむりはない。だが、人口だけ多い国家は沢山あるのだし、南方は疎かにしていたから見つからなかった可能性だって充分ある。だからすぐに彼らの驚きは失せた。
「転移国家!?ムーと同じで機械文明国はお伽話が好きなようだな! 猿め」
また罵って来る。だがこれも、転移が説のひとつであるということを知るとさっさと黙った。正直言ってカイオス以外にはずっと黙っていてもらいたいのだが。
一番彼らをイライラさせたのは、関係改善のための希望事項であった。それは、
⚪︎皇国は砲撃による被害者及びロシア帝国政府に賠償金を支払う
⚪︎互いに使者を送りあう
⚪︎中部東洋における漁業権を両国の協議により決定する
⚪︎陸戦条約に加盟する
の4点である。政府はなるべく大丈夫そうなものを選んだのだろうが、流石のプライドの高さ、カイオス除く四人は、
「皇国を馬鹿にするな! 賠償金だと? 猿のために払う金なぞない!」
「漁業権は全て我々のものだ! 盗人が! 使者を送れというのも傲慢すぎる! 列強にでもなったつもりか! 落ち目の ムー国に支援されたやっと生き長らえている弱小国家が!」
とうるさく罵って来る。中尉除く2名は今にでも殴りつけそうなぐらい拳を握りしめている。確かにここまで人をバカにする官吏も少ないだろう。カッとなるのは当然だ。
「待て、言い過ぎだ。我々の言葉には皇帝のご意思も入っておるのだぞ」
「はっ……ははっ!」
とカイオスがなんとかおさめてくれた。駄々っ子をあやすのは骨が折れるだろう。
「ところで、我が国は72……いや、アルタラスとフェン加え74もの属国を持っているが、貴国はどれほどか?」
植民地主義国らしい質問をしてきた。生憎属国と言えるのはロウリアぐらいである。
「ロウリア帝国のみです」
四人の男が口を覆って吹き出す。なんとも不愉快な笑い声である。中尉の横にいる二人の表情が再び険しくなる。
「待て、失礼であろう。ここは町人の喧嘩ではなく外交交渉の場だぞ! 失礼、この希望事項に関してですが、こちらにも色々と事情がありますので回答は一ヶ月後ということでよろしいでしょうか……それと、第3外務局では貴国に対して経済支援を検討しております。近いうちに実現するでしょう」
四人の部下がわかりやすく驚く。ああ、何もしらないのだろう。と中尉は思った。実は、中尉とカイオスは賠償金に関して賠償金を払ったとなると皇国の面子が立たず、認められないかも知れないが、経済支援なら駄々っ子な蛮国へすら支援してあげる紳士的な皇国ということにできる。ということから、ならば経済支援という形で賠償金を払っていくようにしようと決めていたのだ。
もちろん、皇国では支援と処理してこっちでは賠償金扱いにする。情報が漏洩すれば不味いが、情報漏洩に気を使っている今の我が国ならなんとかなるだろう。それほど、中尉の本国への信頼は厚かった。