バルチック艦隊召喚   作:伊168

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奇襲作戦

1906年 7月31日

 

「ジョンギエール提督、今日は一段とお元気そうですね」

 

ヴィリゲリム・ヴィトゲフト少将が鼻歌を歌いつつリズム良く床を踏むド・ジョンギエール提督に話しかける。二人は転移後意気投合し、毎日兄弟のように長時間話し合うほど仲がいい。今日もいつも通り下らない話をしようとしていたのだが、様子が違うのを感じ取って好奇心からちょっと質問をしてみたのだ。

 

「これが喜ばずにいられるか! 就役したんだよ! 東洋艦隊の期待の新人が!」

 

ヴィトゲフトの肩をググッと持ってジョンギエールはハキハキと話す。本気で喜んでいるようだ。彼にとって息子……いや、娘が生まれたようなものなのだろう。

 

「では、艦名は!?」

 

「リシュリュー。私はボナパルトにしろと何百回も言ったのだが、無理だったらしい。ああ……でも君らのジョーネスとは違うところが一つあるんだよ」

 

逆にしつこく言うから却下されたんじゃないかとヴィトゲフトは思った。だが、そんなつまらないツッコミなんて消え失せるほどの言葉を聞いてしまった。

 

「君らのジョーネスとは違う」

 

一体どこが違うというのだ! 彼は少年のように目を輝かせて、

 

「どの辺りがですか!?」

 

「武装だよ。30.6サンチが四連装二基なんだよ。グ帝の技術は素晴らしいよ」

 

「ロジェントヴェンスキー提督から聞くに、四連装はかなり難しい……それを実現してしまうとは!」

 

二人は廊下の突き当たりで足踏みしながら新鋭艦「リシュリュー」の素晴らしさについて出勤時間ギリギリまで語り合った。また「リシュリュー」が東洋艦隊の旗艦となることも判明した。

 

 

1906年8月1日

 

ロデニウス艦隊司令長官ヤーコレフ大佐がこれまでの功績を認められて准将に昇進となった。また意味を成さなくなった砕氷艦ナジェージヌイがついに解体された。また転移時より存在していた潜水艦5隻の主機改造が完了。安全性や航続距離や速度が向上することになった。同時にこの5隻は転移後就役した他のカサトカ級潜水艦と輸送船を伴って東洋の海へ散った。もちろん行動はまだ起こさない。

 

1906年10月11日

 

以前から体調不良を訴えていたリネウィッチ大将がアガルタ法国より駆けつけた魔導師の手によって回復魔法をかけられ、一両日中に完治することとなった。あと5年は絶対に大丈夫だそうである。

この行動に対して怒ったパーパルディア皇国は難癖をつけてアガルタ法国への輸出を制限した。いつものことである。

また戦艦ジョーネス含む新鋭艦はフランス東洋艦隊に回された戦艦1隻、巡洋艦2隻、砲艦2隻と第三太平洋艦隊に回された巡洋艦6隻、駆逐艦4隻、砲艦4隻除いて全て旅順艦隊に回され、潜水艦部隊の指揮官にはヴィトゲフトが補された。

 

 

1906年11月2日

 

この日、ある記事がロシア国内を震撼とさせた。それは、

 

『パーパルディア皇国高官K氏が暴露! 「漁船、輸送船の遭難事件の犯人は皇国」』

 

というものである。これを書いたのは普段なら下劣扱いされている雑誌であるが、この記事に関しては情報の裏が取れていたのだ。政治力の大きい有力新聞社と違ってどうでもいい扱いをされているからこそこのような記事を書けたのである。

だが、この発表の翌日、ゴーリスキー中尉らは突然レミールに呼び出される。何事かと3人は馬車よりも速く第1外務局へとついた。だが、呼び出した癖してレミールは大幅に遅刻してきた。それまで立たされっぱなしだったのだ。しかもレミールが、

 

「あっ、蛮族か。お前たちは交通というものを知らんから足が強靭だと聞いている。椅子はいらないな」

 

と半笑いで言ったせいでここからもずっと立たされっぱなしである。

今にももしサーベルがあったら斬りかかりそうな二人を目で牽制しつつ中尉は鳴り止まない鼓動を抑えようとしながら本題が出るのを待つ。

 

「では、本題だ。貴様らに我が国が卑怯千万にも非戦闘艦を襲ったと暴露したkとは誰だ! 吐け!」

 

レミールが突然激昂する。それが合図であったか、衛兵が中尉ら三人を羽交い締めにした。屈強な兵士が相手では鍛えに鍛えた中尉の腕も形無しである。

 

「全く存じ上げておりません」

 

中尉に言えることはそれだけ。それ以外の返答は誰かが死んでしまうことになる。

 

「嘘をつけ!」

 

レミールが短刀を中尉の喉に当てる。刃先が異常に冷たい。首から冬なのに冷や汗が垂れる。なんとも言えないこの気分を表すかのようなドロッとした汗だ。

 

「穢らわしい!」

 

自分からやっておきながらそんなことを言うかと中尉らは怒りを通り越した軽蔑を覚えた。もはや彼らはレミールを人間とは思っていないかも知れない。

 

「しかし、本当に存じ上げておりません!」

 

中尉が必死で知らないフリをする。演技が上手いわけでもないが、火事場の馬鹿力というべきか、なかなか上手く演ずることができたようだ。彼女は中尉の目を見ると、

 

「そうか」

 

と言って、3人を別の部屋へと導いた。助かったか。中尉は心の中で嬉し泣きした。これで万々歳だろう。

 

「入れ」

 

かなり行った頃、薄汚い部屋の一つに案内される。中からは人のような声が聞こえる。逮捕か。だが、まだマシだろう。中尉は無表情になってその部屋に入った。

 

「うっ!」

 

中尉は思わず口元を抑える。糞尿のような刺激臭がする。録事官なんかはみっともなく吐き出してしまっている。中尉が見た先には体を酷く汚した漁師たちが敷き詰められていたのだ。まるで黒人奴隷の貿易船である。昔の列強がしでかしたのと同じような惨たらしいことが起こっているのである。

 

「即時解放を求めます。彼らは我が国の漁師です」

 

中尉は懇願するように言った。この様子、見ていられなかったのだ。苦しんでいる彼らを見ると胸が痛くなるのである。

 

「要求だと!? 図々しい。いいか、今から貴様らにやってもらうことがある。その屑達を処刑しろ。アレらは重罪人だ」

 

「では罪状を教えてください。一人ずつ」

 

録事官が噛み付くように質問する。だが彼女は嗤って、

 

「その必要はない。処刑したくないならkが誰か吐け!」

 

中尉は悩んだ。殺したくもない。だが誰かを吐く訳にはいかない。ならば、適当にkで始まるそれっぽい名前を言えばいい。

 

「……カスト氏です」

 

「奴は忠臣だ! あり得ん」

 

失敗した。怒る彼女を見て中尉はおどおどとした。今は人質がいるのだから。

 

「おい、そこの男を殺せ」

 

彼女に声をかけられた騎士が漁師の一人の腰を斧で何度も打ち付けた。漁師は言葉にもならない断末魔をあげてついに動かなくなった。

 

「もういい。がっかりだ。これらは皆、殺せ。さっきのお手本通りにな。少しでも間違えたら宣戦布告は勿論、この何千何万倍という人間を処刑するだろう。さあ、どうする?」

 

中尉は歯ぎしりをした。鉄の味が染み渡る。損得勘定で考えれば……取るべき行動は明白だ。

 

「許してくれ!」

 

中尉は漁師の一人に斧を振り下ろした。

 

 

1906年12月8日 ハノイ 海軍参謀本部

 

この日、海軍の首脳部が一堂に会した。来たるべきパーパルディア皇国との開戦のための戦略会議であったが、度重なるパーパルディア皇国の暴虐に国民感情がパーパルディア憎しへ振り切っているため、戦略ではなく作戦中心。しかも作戦だけでなく、日時までも決めることとなった。

まず、その作戦とは奇襲である。ただ国際法に宣戦布告してから攻撃するよう明記してあるので、宣戦布告と同時に攻撃を行う予定である。

参謀総長のマカロフが、

 

「作戦戦力は空母6隻を加えた第二太平洋艦隊、海防戦艦3隻除く改造空母二隻を加えた第三太平洋艦隊とする。樺太及び沿海地方の防衛はフランス東洋艦隊に、満州は遼東(遼東は鴨緑港から近い)の旅順艦隊が睨みを効かせておくので防御は義勇艦隊に任せる。潜水艦47隻は宣戦布告と同時に通商破壊及び偵察をすること」

 

なぜ奇襲をするのかと言うと、それはワイバーンロードなど航空戦力における劣勢を覆すためである。夜明けと同時に爆撃、その後の艦砲射撃で皇国が沿岸部や陸軍基地に掻き集めている航空兵力を殲滅しようと言うのである。最優先はワイバーンの飼育小屋。次は竜母、その次が飼育小屋除く基地施設、最後が戦列艦である。

 

「第二太平洋艦隊は鴨緑港より出発し、デュロを攻撃する。デュロにはワイバーン200、ロード種が100配備されている。第三太平洋艦隊はロデニウス沖から出発しエストシラントの軍港周辺を攻撃する。そこにはワイバーン150とロード種が70配備されているはずだ」

 

さっさと命令が下される。もっとも作戦開始日は12月21日である。まだ僅かながら時間がある。クトゥーゾフが要塞を見事に落とした日に重なっている。

 

 

同日 第1外務局

 

 

1906年12月10日 皇都エストシラント

 

「アルデよ、この前の対ロ侵攻作戦についてだが、なぜわざわざ奇襲するのだ? しかもシウス艦隊、東洋艦隊、そして司令部直隷の第1戦列艦隊などという過剰戦力を」

 

皇帝ルディアスが陸海軍総司令官のアルデに問う。彼にとってロシアなどは眼中にないレベルの敵であって、アルデやバルスの計画がおかしくて仕方なかったのだ。特に第1戦列艦戦隊は艦こそ少なくとも全て100門以上の戦列艦で構成されており、ムーのラ・カサミを旗艦とした第1艦隊や神聖ミリシアル帝国の第零魔道艦隊にも勝てると言われるほどの精鋭である。シウスの分遣隊10隻(しかも戦列艦は1隻のみ)程度に壊滅に追いやられたロシア艦隊など練習にすらならないではないか。

 

「ははっ……陛下もご存知のことかと思いますがロシアとムーは繋がっております。ムーから支援を受けている可能性は大です。また、ロシア艦隊の大部分は旅順に集中しており、ここに精鋭をぶつけて思い上がりを正してやることで双方の被害を抑えることができます」

 

ロシアは世界を知らんが故に皇国に喧嘩を売っているのだ。それを少数艦隊でじわじわと攻めていくのは可哀想だ。考え直すチャンスを与えるためにそうするのは列強国として当然ではないだろうか。そう考えてルディアスは、

 

「確かにそれもそうだ。いいだろう、許可する。それと、魔王軍討伐のため、ミリシアルからの支援艦隊の方を頼んでいた筈だが、どうなっている?」

 

支援艦隊とは飽くまでミリシアル帝国の強さを科学者どもに見せることで科学文明国やその信奉者を分裂させるために呼ぶのであって皇国が魔王軍に勝てないから呼ぶのではない。実際ゴブリンら先遣隊は死者0で蹴散らしている。皇国が見せても良いのだが総合力でムーに劣る皇国よりも全てにおいて完璧かつ最強のミリシアル帝国がやった方がいいだろうというだけで、決して皇国が弱いわけではない。これはミ帝への配慮である。

 

「エルトらが見事取り付けたようです。中央歴1640年12月22日にはデュロ沖を通り、来年の初頭には魔王軍主力と交戦できるようです。戦力は巡洋戦列艦(巡洋戦艦)2隻、戦列艦10隻(巡洋艦)、小型艦艇20隻のようです」

 

結構送ってきたようである。向こうも相当やる気があるのだろう。

 

「流石はエルトだ。いいぞいいぞ。アルデ、ロシア戦役が終わったら貴様にロシア帝国の直轄領地を全て遣わすぞ。バルスにはロウリア帝国を任せるよう伝えてくれ」

 

「えっ……ははっ! ありがたき幸せ!」

 

またしても破格の待遇。しかも今度は個人に対してである。アルデは心からルディアスに再び忠誠を誓った。

 




もうすぐ開戦です。

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