旅順口海戦(パーパルディア皇国側公称南部東洋海戦) の結果はロシア=インドシナ国民を震撼させた。
双方の被害を纏めると、
⚪︎ロシア陸海軍
・戦艦1隻座礁
・水雷艇1隻自沈
・巡洋艦1隻小破
・駆逐艦2隻小破
・水雷艇1隻小破
・高射砲2門(事故によるもの)
・守備隊数十名死傷(事故によるもの)
・航空機41機喪失(海軍機38機、陸軍機3機)
⚪︎パーパルディア皇国軍
・戦列艦約200隻沈没
・装甲戦列艦4隻大破
・装甲戦列艦1隻中破
・竜母24隻沈没
・揚陸艦90隻以上沈没
・ワイバーン全騎喪失(撃墜238騎、着水など250騎以上)
であり、圧勝ではある。だが、100年以上前の軍隊に戦艦を座礁まで追い詰められたことが大きかった。戦艦というのは国力をそのまま表しているという見方がこの国では強いので、戦艦一隻を一時的であっても失ったということがどれほどの一大事かわかるだろう。
「ル・タン」など穏健派もこれに、
「敵の国力は計り知れない。今海戦の損失は緒戦にしては大きすぎる」
と報じるほどである。だがいいニュースもある。デュロ海戦、エストシラント海戦の大勝利である。デュロ海戦では敵軍の艦船を50隻以上沈め、ワイバーンを100騎以上撃破した。基地機能の破壊や工業都市の破壊こそできなかったが、損害は戦艦一隻小破と航空機3機撃墜のみで及第点並みの戦果は取れた。エストシラントでは被害なしで戦列艦を200隻以上撃沈しワイバーン部隊も壊滅させている。
これら3海戦ではロシア帝国の誇る提督が3人参戦していたこともあり、3提督の評価が決められることになってしまった。言うまでもなく、ネボガトフ>ロジェントヴェンスキー>マカロフという順である。
ロシア人の中ではマカロフ提督の評価は高いのだが詳しくない大衆の中では過去の実績などは特に考慮されなかったのである。
とはいえ軍事行動は全然可能であるので、そこまで世論が恐慌することはなかった。
むしろ大変だったのはパーパルディア皇国の方である。このまま報告すればダース単位で首が物理的に飛ぶ。
バルスはそのまま報告するつもりであったが、部下たちが、
「このままだと殺されてしまいます! 修正を!」
と騒ぎ立てるので仕方なく修正した。だが、一応正しい情報はアルデのみに伝えておいた。
その、修正された戦果がそのまま大本営発表された。
「1640年12月21日 我が皇国海軍とロシア=インドシナ陸海軍は戦闘状態に突入せり。我が軍は敵の母港旅順を攻撃するも決定打を与えるに足らず。敵軍のムー国式戦闘艦(戦艦)1隻撃沈、ムー国式戦闘艦2隻撃破、巨大艦5隻撃沈破、中型艦12隻撃沈破、小型艦14隻撃沈破、鉄竜600機撃墜、陸軍4000人殺傷。しかし我が方被害竜母5隻沈没、戦列艦12隻沈没、揚陸艦8隻沈没、ワイバーンロード120騎被撃墜、陸軍2000人死傷、地竜2頭喪失。卑怯にも敵軍の行ったデュロへの奇襲は無事阻止、敵軍竜母8隻撃沈破、ムー国式戦闘艦1隻撃沈、大型艦6隻撃沈破、中型艦6隻撃沈破、鉄竜250機撃墜。我が方被害はフリゲート2隻、ワイバーン32騎のみ。戦局は我が方が優位に進めている」
というものである。流石にエストシラント奇襲は色々な面で精神的効果が大きすぎるので存在そのものが修正された。
報道された被害がこうであったので、皇国人は、
「海軍もっと頑張れよ」
というぐらいのノリであったという。しかもムー国式戦闘艦を沈めたという情報のみが注目され、科学文明恐るるに足らずという風潮が蔓延した。また皇帝ルディアスにもこのように伝えられた。
結果的に特別に策を講じることもせず、秘密裏に戦列艦の建造、走行戦列艦の修理を行うのみである。
12月21日 昼
両国の衝突は瞬く間に全世界に発信された。機械文明派諸国の盟主的存在であるグラ・バルカス帝国は時差の計算を行い。その上でパーパルディア皇国の攻撃の方が早く、皇国は国際法を違反したと声明を発表。
同時にロシア=インドシナ帝国が度々あった輸送船遭難事件の犯人や被害者の内訳を公開した。ここにはグラ・バルカス帝国人なども犠牲者として入っている。
これを根拠にグラ・バルカス帝国、マギカライヒ共同体、アガルタ法国の3国がパーパルディア皇国に宣戦布告した。
これに対し皇国は、
「グラ・バルカス帝国の計算は間違いであり、プロバガンダに過ぎない。また、輸送船遭難事件の被害者及び犯人情報も欺瞞情報である」
と(なんの証拠もないが)反駁。言うまでもなく、この発表は3国の怒りを煽ることにしかならなかった。当初はあまり兵力を送らないつもりだった3国は投入兵力を急遽増強し、マギカライヒ共同体は機帆戦列艦や汽走フリゲートなどで構成された遠洋用の第2艦隊を投入。
アガルタ法国はフリゲートやスループで構成された、これまた遠洋用の艦隊を派遣。
グラ・バルカス帝国は3個潜水隊を派遣するに至った。
では、魔法文明国はどうだったかというと、パーパルディア皇国の属国のぞいて参戦するものはいなかった。
これはパーパルディア皇国の戦果を聞いて増援するまでもなく勝ってしまうだろうと判断したからである。