虞翻が後を継ぎ君主になりました
1月31日 デュロ
カイオスとバルスの2人はスラム街を拠点にロシア帝国から送られてくるという万夫不当の荒武者を待ち続けていた。
ガラの悪い男を数人手懐けており、作業効率は幾分か上がったが、全然見つからない。泥水の中から必死に宝石を取ろうとして、泥を掻き回してしまっているような気にしかならない。2人とも焦りを覚え、毎日怪しまれない程度にではあるが、夜中まで探すようになった。
そしてこの31日、バルスが非常に画期的な提案をした。
「ロシアからこちらに来るということは、必ず船を使うはずだ。だから海岸を見張るのがいいのではないか?」
なんということだ。彼は天才だ。カイオスら数人は至極感激して、
「よし、やろう!」
と言った。すぐに円陣を組んで、叫ぶ。周囲の人間は、
「こいつら気でも触れたんじゃないか?」
という表情をしているが、気にすることはない。気狂いだと思われておいた方が正体がバレた時に、
「放っておいても大丈夫だ」
と判断されやすい。
かくしてカイオスとバルス、そして6人のゴロツキたちはそれぞれ人気の少ない海岸へと散っていった。
2月1日 ドーリア宮殿
工業都市デュロなどを含むパーパルディア皇国東部はドーリア地方と呼ばれている。ここドーリア宮殿はドーリア地方を治めるドーリア侯の住居である。ドーリア侯ディオクレティアヌスは皇帝ルディアスの従兄弟である。彼は初代皇帝アウグストゥスの風格があると言われ、ルディアスからは、
「余の次に才能がある男」
と評され、先代の皇帝からは、
「ルディアスは政務の才がある。ディオクレティアヌスは軍事の才がある」
と評されるほどの人物である。彼は、パーパルディア皇国が危機に晒されていると感じ取っており、ルディアスに諫言しようと思っていた。だが皇帝の臣下らは、
「殿下は良くない噂もあるのでそれはできません」
と頑なに会わせようとすらしなかった。だが、良くない噂というのは事実であるのでなかなか言い返せなかった。その良くない噂とは科学者との繋がりである。実際、彼が危機を感じ取っている理由は科学者と繋がりがあるからに他ならない。つまり、諫言することは不可能なのである。
ならば、武力で訴えるしかないだろう。彼はそう考えたのだ。彼はルディアスほど政治力はないので、武力で訴えることは下策と分かっていてもそれ以外の方法が取れなかった。
彼は部下を呼び寄せ、
「余は今日より独立する」
「なんですと! 陛下に、国家に背くと言うのですか!」
群臣のうちの1人が諌めた。国家に背くというのは貴族教育を受けている彼らからしたら最大の悪徳である。「はい、わかりました」と言えるわけがない。
「違う。余は皇帝として独立するのではない。王として独立するのだ」
同じ天下に皇帝は並び立たない。だが、王ならば並び立つことができる。これは、皇国を滅ぼすつもりもルディアスを殺すつもりも簒奪するつもりもないという意思表示であった。
だが、群臣はまだ納得しない。
「王は皇帝の下だ。余は天下を盗むのではなく、国家を危機から救うために立つのだ」
と言って、やっと納得してもらった。
彼はその日のうちにドーリア地方のうちドーリア郡各地の総督たちを呼び寄せ、総督たちを人質に各地の軍隊を掌握した。その数は3万に昇る。全てが訓練を受けた軍人であり、武器も新しい。領地はまだドーリア郡のみで、1地方分もなく矮小である。だが、その勢いは大陸を震撼させるだけのものがあった。
このことで打ち驚いたものは多かった。その一人はもちろん皇帝のルディアスである。
彼はアルーニ宮殿でこの報告を聞くと、
「ディオクレティアヌス……奴は従兄弟だぞ! 血縁にも関わらず裏切るとは許せん! すぐに討伐してやる!」
と激昂した。その一方で恐怖も覚えた。親戚にまで裏切られるほどに自身の権威が落ちたという事実に恐怖しているのだ。
もう一人恐怖した人物がいた。それはカイオスである。もし独立したのが西部の侯ならば良かっただろう。むしろ励みにしただろう。だが問題はドーリア侯であるということだ。
ドーリア地方はデュロも含む。今でこそドーリア郡にしか号令しなかったが、いつデュロに号令するかわからない。つまり、このデュロの総督・ストリームが呼応すれば独立のための大義がなくなる。
別に独立せずともディオクレティアヌスについて行けばいいじゃないかと言われるだろうが、ディオクレティアヌスは科学者と関係があるとはいえ、専制主義者である。彼は愛国者だが敵対するものは徹底的に弾圧する人間である。ドーリア地方でもいくつもの労働組合員が失踪している。彼では民心を掴めないことをカイオスは理解していたのだ。だからこそ彼が皇帝を倒してしまうことが恐ろしかったのである。
逆に喜んだものもいた。それは属領の現地人たちだ。彼らにはディオクレティアヌスの圧政は伝わっていない。そのため、この皇国に刃向かったというだけで励みになったのだ。
2月3日 デュロ沖
カイオスは徹夜でずっと眼前に広がる海を凝視していた。それは密航船を見つけるためである。
彼がなぜここまでロシアが送ってくる荒武者に期待するのかというと、彼の部下には海戦ができるもの(バルス元海軍大将)はいても陸戦ができるものはいなかったのだ。つまり、このまま独立しても討伐隊にアッサリ狩られるかディオクレティアヌスの養分になるかのどちらかなのだ。
だが、不眠不休で探索をしていたことや政治家であり、体を鍛えていないこともあって既に疲労困憊。限界寸前であった。今日見つからなければ注意力がなくなってしまうのは必定である。
しかし、もう日が地の下に逃げようとしている。海と空の区別がつかなくなる寸前である。
「頼む。沈まないでくれ! こんなところで……皇国の希望が潰されてたまるか!」
カイオスは必死に手を組んで天に懇願する。だが、それも虚しく日は刻々と沈んでいく。
「嗚呼……もうダメか。ならば一層の事……」
カイオスは岸の端へと歩んでいった。カイオスも心の弱い人間である。精神的に参っていたのかも知れない。
歩くたびに朦朧となる意識。自分が死に近づいていることがわかる。
「痛っ!」
途端に意識が戻る。既に水は首まで来ている。なぜ、意識が戻ったか。そう思って前を見ると、
「木の……壁か?」
濡れた木の壁だ。こんな海の上にはなかった。一体これは何なのか。徹夜のせいで落ちた判断力や注意力では分からなかった。
「カイオス殿……しっかり……」
上から小さい男の声がしてくる。カイオスは一歩下がって上を見た。するとそこには、白と赤と青の三色でできた小さい旗があった。これは、ロシアの国旗ではないか!
「おお! あなたはロシア人か!」
興奮して大声を上げるカイオス。船上の男は口に人差し指を当て、
「しっ! 静かに! とりあえず陸に上がりましょう。ここだといつバレるかわかりません」
「確かにそうだったな……」
カイオスは船に乗せてもらった。船の中にはお世辞にもお洒落とは言えない私服に身を包んだパッとしない男と屈強な身体をした男が乗っていた。やはりロシアからの助け舟であったか。カイオスはホッとした。
その後上陸し、このパッとしない男は軍属のボリス・タゲーエフという男で密命を帯びていること。屈強な男はランドと言ってロウリア人らしい。ロウリア王国では第零近衛団団長で現在は大佐。彼がカイオスに手を貸してくれるという。
心強い味方を得たカイオスは3日後ランドを連れてストリームと会談を行った。カイオスが死んだかもしれないとしか聞いていないストリームは疑いもしなかった。
カイオスのプランはここでストリームを殺し、デュロを掌握するというものである。その第1段階は達成した。
「カイオス殿、ところで貴公はなぜこのデュロの地に隠れておられたのですか?」
カイオスの背筋が凍った。この男は反乱を知っているのか。そう思うと心臓の鼓動がどんどん大きくなっていく。
「あの地では盗賊が発生しており、危険と判断したためです」
「ハハハ……嘘をつかないでください。あなたが何をしようとしているかは知っている。第1盗賊よりも怖い労働組合やゴロツキがわんさかいるこの地に来るわけがない。なに、別に驚くことはありません。実は私も皇国はもうダメだと思っておりました。先んずれば即ち人を制し、後るれば則ち人の制する所と為ると私は思います。ですから、ここは一挙に反乱するつもりです。どうでしょう? 貴方も私に加わって頂けませんか。ついでに、あなたの人脈を活用して、素晴らしい人材をよこして頂きたいのですが」
カイオスは考えた。ここは乗ったフリをしようと。それでストリームを油断させ、殺してしまおうと。
「実は、私は元海軍総司令長官バルスを味方に引き入れています。今、外にいる私の食客が護衛をしています」
「なんだと! すぐに連れて来させよ!」
ストリームは何も怪しまなかった。すぐさまランドが部屋に入り、ストリームの首を剣で叩き落とした。
すぐに基地内の部下がカイオスらに襲いかかる。ランドは部屋の中の敵を殺し、廊下の端で迎え撃った。
5、60人が束になって襲いかかるが全く相手にならない。ランドが剣を振るうと2、3人が朱に染まる。
40人程度を殺した時、やっと駆けつけた部下たちは戦意を失っていた。
こうしてカイオスはデュロを奪った。
すぐさまバルスらを呼び、工業地帯へと向かうと、
「国民万歳!」
の号令とともにパーパルディア第2共和国を建国した。
カイオスは独裁官に、バルスは海軍長官に、ランドは騎兵長官に就任した。皇帝嫌いになっていた民衆はすぐに心を開き、志願兵がドッと押し寄せた。
そのおかげで兵士数はデュロの守備隊やゴロツキ達を合わせると10万を超える。領土に反して大勢力を持った国家になったのだ。それだけ経済的に苦しくはなるが。
ディオクレティアヌスを王としたドーリア王国は反乱軍内での争いは避けたかったので、これをあっさり承認した。