青ざめた血の水平線に   作:[この名前は既に使用されています]

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Prologue.01

 

海上に、砲撃の音が響いた。

 

 

「各艦第三戦速!! 六時の方角へ早急に離脱!! 急げ!!」

 

 

叫んだ軽巡洋艦、天龍の近くに大きな水柱が上がる。その水飛沫は彼女の僚艦である曙、漣、雷、響との間を遮るが、無線によって伝えられたその指示は問題なく彼女たちへと伝わった。

 

 

「くそ、洒落にならねぇぞ!! なんでこんなところに戦艦クラスがいやがるんだ!!」

 

 

「喚いていたて仕方ないでしょ、さっさと逃げるわよ!!」

 

 

無線から駆逐艦、曙の声が聞こえてくる。平静を保とうとしているが、しかしそれでも僅かに震えを隠せていない声である。

 

自身も艦隊との速度を合わせながら、天龍は周囲を見渡す。先程まで複縦陣を組んだ状態で航行していたが、今は隊列が崩れ、各艦同士の距離も離れている。右舷側には漣と響が、左舷側には雷と曙がそれぞれいるが、とても隊列と呼べる代物ではなかった。

 

しかし距離が離れていようと、艤装を背負った艦娘の視力を持ってすれば僚艦の表情の具合は問題なく察することが出来る。駆逐艦たちの様子に、目立った懸念は見受けられない。いくら、現状遠征任務を主として行っている練度のそう高くない艦娘であろうと、その内側に宿っているのは在りし日の軍船の魂だ。想定外の敵艦との遭遇程度では狼狽えない。

 

しかし、いくらか緊張し過ぎなきらいがある。艦娘としては低めの練度も相まって、敵艦からの砲撃を躱しつつ、陣形を新たに組み直すのは些か難しそうだと、天龍は感じた。

 

 

「……いいか、てめぇら、応戦しようなんて考えるなよ!! 今は逃げるが勝ちだ!!」

 

 

「普段あんなに戦いたがっている天龍がそんなこと言うなんて意外ね……きゃッ」

 

 

無線越しに聞こえてくる雷の軽口と、僅かな悲鳴。敵戦艦の砲撃による至近弾……幸いにして直撃はしていないようだが、僅かに障壁に掠ったのか、艤装にはダメージ判定が出ている。

 

 

「オレだってな、時と場合くらい弁えてんだよ!! 死にたくなきゃ全力で走れ!!」

 

 

「天龍の姉御ー、これマジで不味いんじゃない? すっごい近いんですケドあの人達」

 

 

「とても逃げ切れるとは思えないね」

 

 

右舷側にいる二人、漣と響からの無線。見れば背後の敵艦隊は、踏み込めば近接戦闘さえ行えるであろう距離まで近づいてきていた。この距離から主砲を放たれては、いくらこちらが回避に集中しているとは言え、躱し続けるのは至難の技だ。

 

 

「くそ、こっちの戦闘用兵装が万全ならなぁ!!」

 

 

「無いもの強請ったってしょうがないでしょ!! どうすんのよ旗艦様!!」

 

 

天龍たち、横須賀鎮守府第六支部・第二艦隊資源収集部隊は現在、他支部との資源交換を終えて帰投しているところであった。そのため兵装は最低限。メインはドラム缶などの受け取った資材の搬送兵装であり、ろくな戦闘兵装を装備していない。

 

そして天龍自身も含め、この艦隊のメンバーはおおよそ遠征任務を主として行っている面々であり、戦闘に関してはそれほど熟れているわけではない。

 

翻って、敵は――

 

 

「――こんだけ近けりゃ目視で確認出来るな」

 

 

戦艦ル級、一隻。随伴には重巡リ級が二隻と軽巡ホ級が一隻、それに駆逐イ級が二隻……そのうち一隻は後期型と呼ばれる強化タイプだ。

 

とてもじゃないが、遠征用装備の軽巡一隻と駆逐四隻でまともにやりあえる相手ではない。

 

 

「敵に空母がいないのが幸いだね」

 

 

「幸いと言っても不幸中の、だけどねー……わわわっ、と」

 

 

「漣、大丈夫?」

 

 

「へーきへーき、と。ちょっと障壁貫通して服が汚れちったくらいね。あー、もー」

 

 

どこか緊張感の無い僚艦のやり取りを聞きながら天龍はそっとため息をつく。彼女たちなりに緊張をほぐそうとしているのだろうか。

 

 

(――だが、どうする?)

 

 

旧式の電探しか積んでいなかったことが仇となった。そして、まさか陸からそう遠くないこの海域で、戦艦クラスが混ざるような大規模な敵艦隊と遭遇するとなんて思いやしなかった。

 

それらの要因が重なって、敵艦隊を発見した時には既に砲雷撃戦が行えるようなミドルレンジに……更に、離脱にもたついたため、今や一層距離を詰められている。

 

現状、なんとか敵の攻撃を紙一重で躱してはいるが、このままではいずれ追いつかれる。更に言えば一人でも敵戦艦の砲撃による直撃を喰らえば、中、大破は免れない。機関部を損傷すれば航行速度も当然減速する。当然ながら、そうなっては逃げ切ることなど夢のまた夢だ。

 

 

「天龍。一応聞いておくけれど、近海に救難信号は出したのかい?」

 

 

無線から聞こえてくる響の冷静な声。

 

 

「あったりまえだろ、あいつらと遭遇した時点でとっくに出してはいる。もうどっかの鎮守府には届いてんだろ。だが、いくらここが鎮守府近海っつったってそう早くはやってこれねぇさ」

 

 

「運良く近くに味方の艦隊が航行していた……なんてのはないかしら?」

 

 

「流石にないっしょ。漣としてはそんな希望的観測にも頼りたい気分だけれどね」

 

 

だが実際問題、そんなに都合の良いことは無いだろう。漣もそれが解っているからこその台詞だし、雷とて本気でそんなことを願っていたわけでもない。そうであって欲しいと言う単なる幻想である。

 

天龍は考える。

 

 

(このままじゃ逃げ切れやしねぇ。救援艦隊が来るまでまだ暫くは掛かる。その間の時間を稼ぐのがベストだが、それにしたってこっちの兵装が貧弱過ぎる……どうすりゃいい?)

 

 

天龍の脳裏に、『囮』と言う単語が微かによぎる。自分が敵艦隊を引き付ければ、四人の駆逐艦たちは逃げ切れるのではないだろうか?

 

最大航行速度は、五人の中では天龍自身が最も遅い。最低限艦隊運動をする上で速度を合わせねばならぬが故に、現状他の四人は速度を抑えている形だ。自身が離脱すれば艦隊の最高速度は当然上昇するだろう。

 

 

「……なぁ」

 

 

「馬鹿なこと考えるんじゃないわよ、天龍」

 

 

言いかけた天龍の耳に、曙の渇いた声が響いた。

 

 

「大体あんたの考えていることは解るけれど、そんなの駄目。絶対に。絶対に、よ」

 

 

「……だけどよ、この状況をどうにかするには――」

 

 

「駄目って言ってんのがわからないの? クソ提督だって言っていたじゃない、あいつの言うことに同調するのも癪だけれど、全員が生きて帰ることを最優先に――きゃあッ!!」

 

 

「曙!?」

 

 

左舷で大きな水飛沫が上がった。重巡リ級の放った砲弾が着弾した衝撃で、水面が派手に揺れる。

 

その着弾地点には、曙の姿があった。

 

 

「――いっ、つ……たい、わね!!」

 

 

「ぼのぼのー!! 大丈夫ー!!?」

 

 

「たかが主砲……と、魚雷管……と、機関部……が、やられただけよ、へ、平気よ平気!!」

 

 

「控えめに言って致命傷だね」

 

 

「おい、損害判定は!?」

 

 

「……なんとか中破」

 

 

「大破じゃないだけマシか……各艦第一戦速、速度を落とすぞ」

 

 

「なっ、馬鹿じゃないの!! いま速度を落としたらあっという間に追いつかれて――」

 

 

「全員で生きて帰れつったのはお前だろ? 良いから無理すんな」

 

 

しかし、そうは言っても事態は最悪に近い。こちらに被害を与えたことで、敵艦隊は益々勢い付いている。こちらの速度が落ちたことも相まって、一気に攻め込んでくる。

 

砲撃も心なしか激しさを増している。このままでは――

 

 

「――!! 漣、響!! 後方から右舷へ雷跡確認!!」

 

 

不意に、雷からそんな声が上がった。

 

 

「っ、雷撃警戒!!」

 

 

「不味いッ」

 

 

緊迫した二人の声。

 

瞬間、右舷側で大きな爆発が巻き起こった。

 

 

「――響、漣!! おい!! 無事か!!?」

 

 

天龍の呼びかけに対して、無線からはノイズだけが返ってくる。最悪の自体が脳裏に浮かぶが、二人の艤装は『大破判定』を受けていなかった――どれだけの一撃であろうとストッパーが働く筈だ――だが、それでも万が一、と言う思いは消えない。

 

 

「……こちら、響。判定小破。直撃はしなかったけれど爆風に巻き込まれた」

 

 

「っ、良かった……沈んじゃいねぇな。漣はどうした?」

 

 

「……漣は、私を庇って被弾。こっちも直前で魚雷を誘爆させてギリギリ直撃は防いでいるみたいだ。沈んではないよ。意識も明瞭。ただ無線機器が吹っ飛んでいるから通信は不可。判定は――大破」

 

 

「――っ、大破、か」

 

 

判定大破。

 

『判定』とは、艦娘の艤装における『障壁損害度』を表す用語である。これが高ければ高いほど、敵の攻撃は障壁を貫通しやすくなる。貫通したダメージは当然、艦娘自身の肉体を損傷させる。

 

それでも判定中破であれば、一撃で死に至るほどのダメージが通ることはないとされる。実際の所、現状、そういった報告は一切上がっていない――だが、それが大破ともなれば。

 

判定大破は、いうなれば危険信号だ。次の被弾に対して、まともに障壁を展開することが出来ないと言う、艤装側からのサインである。

 

故に、次に直撃を受ければ――場合によっては、死ぬ。艦娘としての言葉で表すならば――轟沈する。

 

沈みゆく。

 

仄暗い、深い深い海の底へと。

 

 

「……響、漣を護衛しながら先にいけ。雷、曙は後方警戒しつつ、その後ろから続け」

 

 

「……どうするつもりだい?」

 

 

「最後尾にはオレがつく。いいから行け」

 

 

「馬鹿じゃないの!! 旗艦が最後尾って、何よそれ!! 天龍、あんた――」

 

 

「解ってるって、安心しろよ、一人で沈むつもりはねぇからよ」

 

 

だが、沈むかもしれない。

 

天龍の中には、その覚悟が既に存在していた。中破一人、大破一人を抱えた状態で、この敵艦隊から逃げ切ることはまず不可能だ。ならば、誰かが足止めしなければならない。

 

この中で無傷なのは響、雷、そして天龍。旧式と言えど天龍は軽巡洋艦である。装備している主砲も旧式の14cm単装砲であり、性能はお世辞に高いとは言えないが――。

 

しかし、天龍には固有の近接兵装である軍刀がある。

 

 

「……時間くらいは、稼げんだろ」

 

 

一隻で、戦艦や重巡の混ざった敵艦隊六隻を相手にする。いくら撤退戦とは言えど、背後には負傷した仲間がいて、攻撃を通すわけにはいかないともなれば――

 

 

「――無茶よ」

 

 

曙の声が無線から伝わる。

 

 

「無茶でもやんなきゃなんねぇだろが。旗艦命令だ、大人しく従っとけ」

 

 

「普段からクソ提督にあれだけ罵声浴びせているあたしが今更上下関係なんて気にすると思っているわけ!!?」

 

 

「ならなんか他にいい案でもあんのかよ?」

 

 

「……っ」

 

 

その言葉に、曙は言葉を詰まらせる。彼女自身、既に中破している身だ。天龍のように自身が重荷を背負おうとも、背負えるだけの状態にない。

 

だからこそ、何も言えない。

 

 

「――て、天龍」

 

 

曙と言い合っていると、ふいに、微かに震えた雷の声が、無線から聞こえてきた。

 

 

「? なんだ、どうした」

 

 

「ま、まえ、まえ……ぜ、前方上空に――多数の艦載機確認!!」

 

 

「――な」

 

 

艦載機――艦載機だって? まさか――敵の空母? 馬鹿な、他の敵艦隊と更に遭遇……いや、むしろ挟み撃ちにされたってのか?

 

いや、あり得ない。なんでたかが資源輸送の遠征艦隊をそんな大掛かりな作戦で襲う? いくら深海棲艦でも、そんなコストに見合わないことはしないはずだ。だけれど、なんでだ? なぜ、そもそも、この海域に戦艦クラスがいた? どうやって警戒網を抜けてきた?

 

何か、事情があったとしたら。

 

この海域に、敵空母がいたとしても、おかしくは――

 

 

「待って。天龍。あれは――」

 

 

「識別札――白二本!! 味方!! 味方の艦載機!!」

 

 

「白二本……五航戦、瑞鶴の艦載機か!!」

 

 

救援艦隊――そう理解した瞬間に、天龍の無線に通信が入る。

 

 

「こちら横須賀鎮守府第四支部、第一遊撃部隊旗艦、叢雲。救難信号を受信して援護に来たわ。状況を教えてくれるかしら」

 

 

「ありがたい――!! こちら横須賀鎮守府第六支部、第二遠征部隊旗艦、天龍。敵は戦艦ル級一、重巡リ級二、軽巡ホ級一、駆逐イ級二。こちらの被害は大破一、中破一」

 

 

「了解。そちらはそのまま真っ直ぐ、出来うる限りの速度で進んで頂戴。おおよそ三十秒で合流出来る筈よ――瑞鶴、艦載機を援護に回して」

 

 

「このままいきゃいいんだな? 了解したぜ、通信終了」

 

 

無線が切れると殆ど同時に、前方からやってきた瑞鶴隊の艦載機が、天龍たちの背後に肉薄しつつある敵艦隊へと迫る。

 

それを認識した深海棲艦たちはすぐさま対空射撃へと移る。だが制空権を奪っている以上、有利はこちらにあった。落としきれない攻撃機から魚雷や爆弾が投下され、水面を派手に揺らす。爆撃に巻き込まれて駆逐イ級が大破炎上――撃沈している様が見て取れた。

 

その間に天龍たちは離脱を進める。逃すまいと深海棲艦の砲弾が放たれるが、空からの攻撃に気を取られている所為でまともな命中精度を持っていない。近場に着水する砲弾を尻目に天龍たちは先を急ぐ。

 

――やがて、前方から四隻の艦娘がやってくるのが見えた。

 

 

(――四隻?)

 

 

前方からやってくるのは、駆逐艦、叢雲、夕立、綾波、そして重雷装巡洋艦、木曾の四隻だ。正規空母瑞鶴の姿は奥に見える。

 

駆逐艦三に、軽巡クラス一。その編成は、数と艦種で言うならば、天龍たちの編成よりも脆弱である。背後には空母瑞鶴が控えていると言う点ではかなりの戦闘力が発揮出来るのだろうが、しかしその瑞鶴の艦載機は現在、援護に回されている。

 

――この編成で、やり合うのか?

 

向こうは、戦艦や重巡の混じった重量編成である。イ級が先程一隻、爆撃で撃破出来ていることを考えても――些か厳しい。

 

夜戦であれば勝機は見えるかもしれないが、まだ夕暮れにも遠い時間帯である。

 

と、天龍がそこまで考えた時、叢雲隊と天龍隊が交差した。

 

すれ違いざまに、無線が走る。

 

 

「叢雲から天龍隊へ。このまま真っ直ぐいけば瑞鶴がいるわ。そこで待ってなさい、すぐ片付けてくるから。通信終了」

 

 

「お、おい!! お前ら――」

 

 

一方的に通信を終え、無線を切断した叢雲に向けて天龍は言葉を掛け損ねる。慌てて背後へと走り去っていく四隻の艦娘へと視線を向ける。

 

その時、気が付いた。

 

 

――彼女たちが持つ、『異質の兵装』に。

 

 

 

「……ねぇ、天龍。あの人たち、横須賀鎮守府第四支部……って、言ったわよね」

 

 

雷の言葉が、聞こえてくる。

 

横須賀鎮守府第四支部――第一艦隊。その言葉が、天龍の脳裏を刺激する。

 

そして、思い出す。

 

 

「……そうか」

 

 

道理で、異常に救援の到着が早いと思った。

 

あれが。

 

 

「――あれが、噂の――」

 

 

 

――血に酔った艦娘たち――か。

 

 

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