青ざめた血の水平線に   作:[この名前は既に使用されています]

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母港にて.03

 

 

艦娘同士の演習と言うのは、通常の場合海上で行われる。艦娘の戦闘は海で行われるのだから、それは当然のことだ。

 

故に通常の鎮守府支部には『陸上演習場』と言うものが存在していない。あるのはあくまで『陸上訓練場』であって、決して『演習場』ではない。

 

演習と言うのは安全に経験を積むことの出来る貴重な手段である。危険がゼロであると言うわけでは決して無いが、それでも実戦よりはよほど安全な、練度上昇の機会。それを一切行わないような艦隊運営をする提督と言うのは酷く稀な存在であろう。

 

それは鎮守府支部内部だけの演習にとどまらない。支部間での演習。あるいは支部を越えて、他の鎮守府との演習。そういった催しは日夜数多く繰り広げられている。

 

翻って、この鎮守府においては、他支部との演習、あるいは他鎮守府との演習と言った行為を一切行っていない。

 

まあ、当然といえば当然である。通常、艦娘と艦娘の演習においては模擬弾を使用する。万が一にも訓練による轟沈など起こらぬよう、万全を期した状態で行われる。

 

しかし、この鎮守府の艦娘たちの戦い方は、あまりにも通常の艦娘のそれとは逸脱している。

 

模擬弾もなにもない。

 

彼女たちの主兵装は、『仕掛け武器』と呼ばれる奇妙な兵装だ。鋸刃の槍。変形する大斧。弾丸射出機能を持つ刺突剣、古めかしい銃、そして鞘に収まる刀。短刀と分離させることの出来る長刀、弓と曲剣の性質を併せ持つ弓剣――各々そういった『仕掛け武器』を持っている。唯一、空母であるが故にメインとして通常の艦載機を扱う瑞鶴だけは、演習に参加することも不可能ではないだろうが、空母一人で行う演習に一体どれほどの意味があると言うのか。

 

深海棲艦、しかもその戦艦クラスの装甲ですら削り、打ち砕き、穿ち、切り裂く特殊な『仕掛け武器』。それらが艦娘に振るわれれば、どうなることか想像するに難くない。

 

そして何より、この鎮守府支部の艦娘――『血に酔った艦娘』と呼ばれる彼女たちは酷く恐れられた存在だ。畏敬と言うよりは恐怖――通常の艦娘とは一線を画するとてつもない膂力や反射神経と、その血を求む嗜好。

 

そんな輩と演習しようとする者が、一体どれほど居ると言うのだろうか。

 

故に、彼女たちは他支部や他鎮守府との演習と言う行為を行わない。だが、一切合切演習を行わないのかと言えば決してそんなことはない。

 

鎮守府支部内部で。

 

血に酔ったと称される艦娘同士で、演習を行うことは当然あるのだ。

 

このように。

 

 

「――っぽいッ」

 

 

がしゃんっ、と言う金属質な音が演習場に鳴り響いた。

 

瞬間、夕立の振るう斧が伸び、長柄斧の先端が綾波の胴体を襲う。艤装をつけ、障壁が展開しているとは言え、深海棲艦の装甲すら一撃で破砕するその一撃を受ければただでは済まない――綾波は後ろへステップすることにより、その一撃を紙一重で躱す。

 

 

「相変わらず、厄介、ですね、その斧」

 

 

綾波は小さく呟く。別に話しかけた訳ではない、独り言のようなものだ。

 

長柄の武器を相手にする時は、その懐に飛び込むのが最善だ。だが、夕立の扱うその大斧は、瞬く間に長柄斧と手斧の狭間を行き来する。飛び込みを読まれて手斧に畳まれ、攻撃を一撃でも貰えばただでは済まない。

 

そして、その手斧のリーチ圏内から離脱しようとする際が何より危険だ。変形し、振り回された大斧が遠心力を持って獲物に叩きつけられた際――その時の破壊力は絶大の一言に尽きる。

 

特に夕立の好んで使う、尋常ならざる膂力から放たれる駆逐艦らしからぬ凝縮された暴力が生み出す、一切の威力を殺さぬ連続した二度の回転斬り。

 

それを喰らえば、凶刃は障壁を食い破り、下手をしたら胴体を丸ごと持っていかれかねない。実際にそうなった深海棲艦の数は数えられないほどにいる。だからこそ、冷静に対応する必要がある。幸いにして、リーチの有利は綾波にあるのだ。

 

かちゃり、と左手にぶら下がっていた、旧式の短銃を構える。銃の反動を、斜めに逃がす変わった射撃の構えだ。銃口が夕立へと定まったその瞬間、すでに引き金は引かれている。

 

乾いた発砲音。

 

銃口から、『水銀』で構成された奇妙な弾丸が高速で射出される。それを見てから躱すことは不可能と言っても過言ではない。だが、それはあくまで弾丸が発射されてからの話だ。相手が銃を構えたその瞬間から警戒していれば、艤装を身につけた艦娘の――ましてや、『血に酔った』と称される彼女たちの反射神経であれば、躱せないほどのものでは、決して無い。

 

地を蹴り、銃弾を躱しながら右斜め前に飛び出した夕立。如何に長柄の斧と言えど、銃の射程には敵わない。故に距離を詰める。移動に邪魔であるからか、その際に長柄斧を手斧へと変化させ、駆ける。

 

だがそれを黙って見過ごす綾波でもない。後ろへステップしながら、その右手に持つ刺突剣を振るう。無論、その刃を夕立へ届かせようとしたわけではない。

 

刺突剣を振るったその瞬間、かしゃっ、と小さな音がして武器の機構が変化する。現れたのは銃口。そこから射出される銀の弾丸は、不安定な体勢で撃ったのにも関わらず、夕立へと真っ直ぐ突き進む。

 

そして間髪入れずに左手の短銃を構え直す――次、夕立が弾丸を躱したその瞬間、容赦なく次発を叩き込むつもりである。

 

しかし、夕立は回避を選択しなかった。その手に持つ大斧の分厚い刃を前面に出し、飛来する水銀の弾丸を弾く。鈍い金属音が演習場に響く。

 

回避ではなく防御を選択された――十中八九躱してくるだろうと予想を立てていた綾波は、その想定外の行動に一瞬、次の行動が遅れる。コンマ一秒にも満たぬその隙は、しかしそれでも、血に酔った艦娘同士の演習においては致命的なものだ。

 

 

「――――」

 

 

肉薄。

 

無言のまま、夕立の楽しげな表情が、綾波に近づく。とっさに右手の刃を振るおうとするも、夕立の左手がその手首を掴む。行動を阻害されたと理解した瞬間、夕立の右手に握られた手斧が綾波の首へと振るわれた。

 

 

「っ」

 

 

超常的な反射神経と運動能力によって、綾波はその凶刃を胴体を後ろに逸らすことで回避する。だが、右腕を掴まれているため距離を取ることは出来ない。故に選択は迎撃。

 

左手に持つ短銃を至近距離で、夕立の頭部に突きつける。直後に発砲音。ゼロ距離からの射撃。直撃すればただでは済まないそれを夕立は右にターンすることによって直前で回避する。

 

その回転の勢いを殺さぬまま、手斧を振るう。綾波はしゃがむことでそれを回避し、流れるように夕立の足を払った。綾波の右手首を掴んでいた夕立は、綾波がしゃがんだ事によって腕が引っ張られ、体勢を崩していたため、それを躱すことが出来ない。

 

綾波が空中を舞う夕立へと銃口を向ける。崩れた体勢。支えの無い空中。避けられる要素は――無い。

 

これで決まる――

 

はずだった。

 

 

「……ぽい!!」

 

 

夕立は空中で無理矢理に身体を捻り、身体をぐるりと反転させながら、その爪先で綾波の持つ短銃の銃身を蹴る。空中で強引に、本来あり得ないような、無軌道な動作によって行われた蹴りであるため、殆ど威力を持たないようなそれであったが、それでも銃口を夕立の身体から逸らすことには成功した。

 

 

(――そんなの、ありですか……!!)

 

 

綾波の心中に驚愕が訪れる。人と言うより、そして艦娘と言うより、まるで動物――()()()()()身体駆動。空中で無理やり体勢を変えた挙げ句、的確に銃身を蹴り抜くなど、尋常の所業ではない。

 

だが、その行動によって夕立の手が綾波の右手首から離れる。夕立はあまりにも常識外れの動きをしたせいで、まともに着地出来ていない。

 

綾波は素早く短銃を向ける。その引き金を引く直前、夕立が跳ねた。脚で地を蹴ったようには見えない。そもそもあの体制から脚力による跳躍することなど不可能だ。夕立のそれは、全身のバネを利用した無茶苦茶な跳躍だ。

 

身体が柔らかいだとか、そういった次元を越えている。綾波の放った弾丸が僅かに遅れて着弾する。躱された、と理解するまでもなく、綾波は追撃に移る。右手の刺剣に仕込まれた銃口を向け、再び撃つ。一切の無駄のない狙い。

 

一方滞空する夕立は空中で手斧をがしゃりと変形させ、長柄斧とする。それを強引に演習場の地面に叩きつけ、その反動で無理やり空中での立ち位置を変えることによって水銀の弾丸を回避しようと試みる。だが、その回避方法はあまりにも強引過ぎた。

 

綾波の放った水銀の弾丸は夕立の、決して厚いとは呼べない『障壁』を貫き、彼女の左頬に掠る。金色の髪が一房持って行かれる。裂けた頬からは鮮血が散った。

 

並々ならぬ力で重打を叩きつけられた演習場の床は派手に破損し、コンクリートが砕けて塵が舞う。その粉塵を境目にして、夕立と綾波は相対する。夕立はその長柄の大斧をぐるりと回し、綾波は両手に持つ銃口を向ける。

 

そこでようやく、夕立は自身の頬から流れる血に気がついた。左手でそっと血を拭い、ちらりと目をやってから、舐め取る。

 

 

「……あはは……匂い立つなぁ……えづくっぽい」

 

 

「ふふ、ふふふ」

 

 

夕立の口元が半月に歪められ、綾波の目が僅かに細められる。

 

まるで演習とは思えない、本気の応酬。互いに振るう力は直撃すればただでは済まない、どころの物ではない。普通に考えれば死ぬ。喰らえば死ぬ。そんな力を容赦も遠慮もなく、少しの躊躇すらなくぶつけ合っている。

 

お互い、そんなものは眼中にないのだ。手加減だとか、手心だとか、躊躇いだとか、そんなものが少しでもあるならば、彼女たちは『血に酔った』などと称されてはいない。この鎮守府支部にやってくることもなかっただろう。

 

綾波が動く。

 

左手の短銃と、右手の刺剣から連続で銃弾を放つ。粉塵が舞う中を水銀の弾丸が駆ける。夕立はそれを左へステップすることによって回避し、そのまま一気に距離を詰める。

 

懐へ飛び込んできた夕立を、綾波は刺剣を振るうことで牽制する。刃が突き刺さる直前、夕立は急激に速度を落とし、直後左へ飛びながら、腰部に接続されたアームから伸びる12.7cm連装砲B型改二を放つ。

 

それを綾波は右へ跳ねることで躱すが、そこに前方へステップした夕立の持つ大斧の凶刃が襲い掛かる。

 

 

(――避けきれない)

 

 

その判断は瞬時に行えた。ステップの勢いを殺さぬまま放たれたその一撃は想定を越えて素早い。遠心力が載っていないが故に威力はそれほどでもないだろうが、しかしその出の速さは折り紙付きだ。

 

綾波は咄嗟に右手に持つその『刺剣』の変形を解除しながら、振るう。その狙いは夕立ではなく、彼女の振るう大斧の先端だ。刃の部分に横から刃を当て、軌道を逸らそうと試みる。

 

その狙いは僅かながら効果を上げ、夕立の振るう斧は僅かにその狙いを外す。だが胴体に掠ったその一撃だけでも十二分に重い。綾波の展開する障壁が砕け、艤装がレッドサインを放つ。

 

 

「ッ」

 

 

吹き飛ばされる。

 

刺剣による逸しと障壁による防御によって、威力は大きく殺されている筈であり、そもそも突き出された大斧の力は振り回されたときのそれと比べて酷く低い筈だ。なのにも関わらず、掠った程度の綾波の身体は大きく後方へ吹き飛ぶ。

 

当然、その隙を見逃してくれる夕立ではない。素早く地を駆け、空中を舞う綾波を追う。首元に巻かれた長いマフラーが靡く。

 

このまま無策に追撃されるのは不味い。しかし夕立のように獣染みた強引な動きは、綾波には出来ない。長柄の得物を持つわけでもないが故に、先程のような強引な回避も不可能だ。

 

故に綾波は銃口を向ける。空中、それも吹き飛ばされている体勢と言う、とてもじゃないがまともに狙いを定めることが不可能であろう状態であっても、関係なく彼女は短銃の引き金を引く。

 

放たれた弾丸はそれでも正確に夕立の身体へ向かっていく。水銀で形作られ、そこに綾波の『血』が混ぜられたその弾丸は、果たしてどういう理屈か、艦娘の障壁や深海棲艦の装甲に酷く有効だ。先程のように、駆逐艦の障壁程度であれば容易に貫通し得る。

 

だからこそ、夕立はそれを躱すだろうと考えたが故の迎撃。それによって追撃を躱そうと言う試みだったが――

 

――夕立はそれを()()()()()()

 

水銀の弾丸が夕立の障壁に干渉する。空中に一瞬幾何学的な文様が光ったかと思ったその瞬間に、それが貫かれ霧散する。貫いた銃弾は夕立の左脚を刳り、血飛沫が舞う。

 

戦場において脚をやられると言うのはどうしようもなく致命的だ。それがより速度を重視するようなものであるならば尚更。機能的な話だけではない。脚を抉るような大怪我からなる痛みは通常それだけで人の動きを止めるものだ。

 

だが夕立は止まらない。痛みを感じていないわけではない。だがそれ以上に昂ぶる、彼女の内に潜んだ、人――そして人の理性とは相反する『それ』が彼女の脚を止めること無く進ませる。

 

確かに脚は縺れる。だがそれがどうしたと言うのだろう。一体それが、自身の得物を振るうのにどれほどの障害になり得ると言うのか。否、どれ程だろうが構わない。そんなものは関係ない。どれほどその身が傷付き血に塗れようとも、その得物を振るう。

 

それが、血に酔った艦娘(狩人)の矜持だ。彼女らは血溜まりを背に、一人佇む。

 

夕立の振るう斧が、再び綾波の障壁を打ち砕いた。ただでさえ大破判定の出ている綾波の艤装は、碌な障壁を展開出来ていない。それを軽々と打ち砕き、そしてその大斧は彼女の身体へと迫る。

 

綾波は咄嗟に両手をクロスするようにして、その凶刃を防ぐ。自身の得物である刺剣と短銃を突き出し、直撃を避けるよう試みる。

 

 

「――ッあ」

 

 

だがその一撃は余りにも重過ぎた。防ぐために突き出した刺剣も、短銃も、大斧の一撃によって吹き飛ぶ。あまりの衝撃に手は痺れ、その防御を圧倒的な暴力によって打ち崩した大斧の先端が胴を撫でる。それは確かに撫でると呼ぶに相応しいような接触の仕方ではあった。しかしその衝撃はとてもじゃないが撫でるなどとは呼べない――それは、余りにも激しい、重打の一撃だ。

 

直撃すれば深海棲艦の胴を砕き、内臓をぶち撒けられるような凶悪な一撃。その、ほんの僅かな一端が、綾波を襲う。たったそれだけの接触で、骨が軋み肉が叫ぶ。

 

 

「……ッ、く、ぁ」

 

 

弾き飛ばされる。

 

ただでさえ体勢を保てずにいた綾波は、夕立の追撃で更に体勢を崩す。思わず歯を食い縛る。喉の奥が熱い。脳髄の奥で何かが暴れるような感覚。灼け付く。だがその痛みがなんだと言うのだろうか。どれだけ痛みを負おうが、彼女たちの中に潜む渇望は決して消えない。消える筈がない。その程度で消えるのならば、彼女たちはここにはいない。

 

綾波は最低限の受け身を取るように着地する。地に這うように体勢を低くし、コンクリートの床に思い切り爪を立てて、吹き飛ばされた勢いを殺す。両手に得物は無い。刺剣も短銃も大斧の一撃によって吹き飛んでしまった。それを拾うような余裕はない。

 

夕立は地に伏せる綾波へと容赦のない追撃を仕掛けるべく、大斧を畳んで地を蹴る。跳ねるように、無軌道なまでの動作で飛びかかり――

 

がくんッ、と。

 

その夕立の身体が沈んだ。

 

綾波が何かをしたわけではない。ただ、先程撃ち抜かれた左脚が、夕立のその無軌道な動作に耐えきれなかっただけのことだ。だが、付いた勢いが消えるわけではない。思うように左脚を動かせなかった夕立は、そのまま慣性に則って地を滑る。

 

この機を逃す理由はなかった。

 

綾波はその背にぶら下げられた刀へと手を伸ばす。例え刺剣と短銃が手の届かぬ場所へ吹き飛ぼうとも、まだもう一つ、彼女には得物がある。

 

両手は確かに先程の一撃を防いだ影響で痺れている。万全のコンディションとは到底呼べない。それでも、左手で鞘を掴み、手元まで引き寄せ、腰の辺りで固定する。右手で柄を握り、そして――

 

――抜刀。

 

神速の居合。

 

一切の無駄を削ぎ落としたかのような、凶悪なまでの速度で抜き放たれた刃は、受け身の取れていない夕立へと向かう。直撃すれば当然、ただでは済まない。

 

その一撃を受けたのは、障壁でもなく、夕立の肉体でもなく、彼女の扱う仕掛け武器でもなく――夕立の腰部の艤装から一瞬にして伸びた、駆逐艦の主砲だった。

 

金属と金属のぶつかり合う激しい音が鳴り響く。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

沈黙。

 

見れば、綾波の居合を防いだ夕立の主砲は、先端が切断された状態となっている。艦娘の兵装と言うのは、その用途から比較的硬度の高い金属で造られているが故に、そう簡単には壊れない。それを一撃で――それも、万全の状態でない身体で切り落とすとなれば、どれほど鋭い一撃が必要になるのか。

 

切り落とされた側である主砲の先端は、周りを見渡しても何処にも見当たらなかった。どうやら接触の衝撃で何処かへと飛んでいってしまったらしい。

 

 

 

「……壊れちゃったっぽい」

 

 

「……ですね」

 

 

呟いて。

 

夕立はゆっくりと立ち上がった。左の爪先をとんとん、と地面に当てて脚の具合を確かめては「痛いっぽい……」としょぼくれる。どうにも弾丸が貫通しているらしい。それでも平然と立っていられるのは艦娘であるが故か、あるいは別の故か。

 

綾波は綾波で、胴を抑えながら立ち上がり、今しがた夕立の主砲を切断した刀へと目を向ける。幸いにして、波打つ銀色の刃に目立った傷は無かった。いくら艤装化しているからとは言え、切断した対象も艤装だ。同じ硬度のものを切断したのだったら、刃が傷んでいても可笑しくはないと思ったが故だったが、見たところ問題なく思えた。確認を終えて、二振りほど空を切った後、くるりと刃を一回転させて、納刀する。

 

 

「ん~っ、楽しかったっぽーい!!」

 

 

身体の点検を終えた夕立が、大きく伸びをした。別段、決着が付いたわけではないだろうが、どうやらなし崩し的に演習は終わったらしい。どちらの勝ち負けと言うわけでもない。そもそもこの演習は、夕立と綾波の二人のうちに溜まっていた、解消仕切れない戦闘へのフラストレーションを捌けるためのものだった。

 

それが解消されれば、それで良いのだ。綾波も、演習場の床に転がっている刺突剣と短銃を拾いながら、「楽しかったですね~」とのんびりとした口調で呟く。

 

二人とも、先程全力を持って戦っていたときのそれは全く違う表情をしている。夕立は天真爛漫に笑っているし、綾波は穏やかに笑みを浮かべている。

 

たった今まで、お互いに殺し合っていたとは思えない。微塵の躊躇いもなく。一切の手加減もなく。傍から見れば、それは気が狂っているとしか思えないような行動だろう。たかが演習で、どうしてここまで危ない橋を渡るのか。恐らく誰もがそう思う。だが、死力を尽くせる相手がいること。それはひょっとしたら、彼女たちにとってはある種幸せなことであるのかもしれない。

 

 

「でも……どうしようかしら。主砲、壊しちゃったっぽい。提督さん、怒るかも……」

 

 

腰部から伸びるアームの先にある、半分に切断された12.7cm連装砲B型を見ながら、夕立は不安げに呟いた。汎用の12.7cm連装砲ならともかく、B型はそれなりに貴重な代物だった。

 

それを演習で破壊してしまうとなれば、確かに問題であるかもしれない。しかし、もしもこの場に提督が存在していたならばこう言っていたことだろう。

 

――いや、それより怪我の心配しなよ!!

 

それは提督の性格や人格がどうこう、と言うよりは常識的な判断からくる至極まっとうな突っ込みと呼ぶべき何かだった。

 

 

「だ、大丈夫ですよ、司令官なら、多分……」

 

 

言いながら、綾波は周囲を見渡す。

 

銃痕だらけの演習場。しかもコンクリートは一部砕けていて、ある場所には出血の跡が残っている。

 

 

「……多分……」

 

 

綾波の声が小さくフェードアウトしていった。その『多分』と言う言葉の使い方には同じ綾波型である別の艦娘を思い起こさせるものがあったが、それとは特に関係ない。以前大規模に演習場を破壊してしまった時のことを思い出したが故だった。

 

 

(……あの時は司令官、流石に顔色が悪くなってました……)

 

 

演習場の修繕費もタダではないのだから、そうなるのは当然と言えば当然である。しかしその時でさえ特別叱られたわけでもないことを鑑みれば、怒りはしないだろうと考えられる。

 

綾波の脳裏に、この鎮守府支部を治める提督の顔が浮かぶ。想像されるのはどうにも覇気の無い笑みの青年。一見して、人の上に立つには全く向いていなさそうな人柄。ドックでの山城とのやり取りを見ていても解る通り、威厳などと言うものはまるで所持していない。

 

ある種奔放な彼は、自身の艦隊――『血に酔った艦娘』と称される彼女たちに対して、放任主義にも似たような立場を取っている。

 

コントロールする気などまるでない。

 

いや、あるいはしようとしても出来ないのかもしれないが。

 

しかし、だからこそ、彼はこの問題だらけの艦隊を指揮する立場にいることが出来ているとも言える。通常の提督がこの鎮守府支部に着任したとして、一体そこに何が生まれると言うのだろう。

 

 

「それにしても、綾波のそれ、凄いっぽい。『艤装化』した主砲を斬れるなんて……」

 

 

「これ、ですか?」

 

 

夕立の言葉に、綾波は背中に背負った刀を見せる。薄暗い金属の細かい意匠でコーティングされた暗色の鞘。それはそれだけで芸術的価値を見出だせるような代物である。鞘の上部には赤色の布が何重にも巻かれており、綾波はその布と同色の布紐で鞘を両肩からぶら下げるように背負っている。

 

持ち手の部分には日本的な鍔があるわけではなく、その部位に限って言えば西洋的な要素が強い。刀身もさることながら、真鍮のような色合いで造られた鍔や柄は一体どのような金属で造られているのかさえ不明瞭だ。

 

 

「これ、『千景』って言うんです」

 

 

綾波は鞘を撫でながらそう言った。

 

 

「ちかげ? っぽい?」

 

 

「はい、明石さんからこれを貰ったときに、そう教えて貰いました。こっちの刺剣と銃の仕掛け武器は『レイテルパラッシュ』、こっちの銃は『エヴェリン』と言うそうです」

 

 

綾波は自慢するように両手の得物を軽く振る。刺剣――レイテルパラッシュと、短銃エヴェリン。その両者ともに、千景の鞘を覆う金属と似たような材質の物で細かい意匠が組み込まれている。それを見るに、どうやら同郷の武器らしいと判断出来そうだ。

 

 

「へぇ、羨ましいっぽい……」

 

 

夕立は自身の大斧を見ながらそういった。彼女の持つ大斧には特に名前が付いていない。強いて言えば明石たち『工房』の面々が、『深海棲艦を狩るための斧』と呼んでいたくらいだ。

 

 

「夕立も何か、名前をつけようかしら」

 

 

言いながら夕立は大斧に目をやる。特にいい名前は浮かんでこない。しばらく「うーん」と悩んでいたが、やがて諦めたらしく話題を『千景』に戻す。

 

 

「それ、凄い刀だけれど、見ていると綾波はあんまり遣わないっぽい? 偶にしか抜いているところを見ないっぽい」

 

 

実際、実戦においても演習においても、綾波は専らレイテルパラッシュとエヴェリンを用いて戦う。決して一切遣わないわけではないけれど、夕立の言う通り、千景を遣って戦うことは稀と言っても良い。

 

夕立の言葉に、綾波は「あー」と小さく唸る。

 

 

「そう……ですね。この二つ程は、遣わないかもしれません」

 

 

「何か理由があるっぽい?」

 

 

「そんな大した理由じゃないんですけれどね」

 

 

少し合間をおいて、綾波は言う。

 

 

「実を言えば、綾波、あんまりこの刀を遣い熟せている気がしないんです」

 

 

「えー、そんなことないっぽい!」

 

 

夕立は先程の見事な抜刀を思い出してそう言った。通常では傷をつけることすら難しいような、艤装化された兵装……それをいとも容易く切断したあの一撃。あんなものを放っておきながら、『遣い熟せていない』は余りにも冗談が過ぎるような気がした。

 

けれど、綾波は首を横に振る。

 

 

「なんとなく、解るんです……きっと、この刀には、もっとちゃんとした遣い方があるんだって……ただ単に振るうだけじゃなくて、もっと、こう……本質的な……正しい、遣い方が」

 

 

「ふうん……」

 

 

きっと、遣っている本人にしか解らない何かがあるのだろう。夕立はそのように解釈する。それはきっと正しくもある。

 

 

「でも、三種類もそういう不思議な武器を遣うってだけでも、綾波は凄いと思うっぽい」

 

 

基本的に、ある種当然のことでもあるのだが、夕立たち『血に酔った艦娘』が好んで遣う得物は、どれもこれも酷く特徴的だ。ありていに言って癖が強い。それこそまともな艦娘では振るうことすら儘ならないような代物だったり、扱えても自傷を免れないような、そんな代物ばかりだ。

 

だからこそ、そんな代物を三種も扱う綾波を、夕立は素直に凄いと思った。しかし綾波はそれに対して苦く笑う。

 

 

「それは、仕方がないんです……だって」

 

 

綾波は、彼女にしては珍しく、少し自嘲気味に笑って、言った。

 

 

 

「綾波は、普通の兵装を艤装化できないんですから」

 

 

 




次で母港編(と言う名のキャラクター+世界設定紹介)が終わります。多分。
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