青ざめた血の水平線に   作:[この名前は既に使用されています]

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抜錨

 

 

この鎮守府において、大規模な掃討作戦というものは中々請け負えるものではない。何故ならば、往々にしてそういった大規模な作戦は他の支部や鎮守府との協力が不可欠になるからである。この鎮守府に在籍する艦娘たちにとって、他の艦娘との協力ほど難しいことはない。協調性のなさはチームワークの乱れを生み、結果として敵に付け入られる隙を与えるだけである。

 

当然の帰結として大規模作戦に参加することそのものが、彼女たちにとっては稀であり……そして、戦闘を好む嗜好を有する彼女たちが、それに心躍らせるのは必然であった。

 

作戦決行当日。

 

出撃ドックには、既に出撃準備を終えた艦娘六名と、提督の姿がある。艦娘たちはみな、既に水面へ降り立っており、提督のみが地上にいる。

 

 

「んじゃ、最後に作戦内容を振り返っておこうか」

 

 

叢雲、夕立、綾波、木曾、山城、瑞鶴の六名が揃っていることを改めて確認したうえで、提督は言葉を紡ぐ。

 

 

「今回の出撃海域は、北西太平洋、北マリアナ諸島付近。詳細な座標地点は旗艦の叢雲さんが覚えているから、みんなちゃんとついて行ってね。現地には多数の深海棲艦が待ち受けていて、情報によればどうにも無限湧き状態らしい」

 

 

「楽しみっぽい!」

 

 

提督の最後の言葉に、夕立は楽し気に喜びのジェスチャーをする。提督はそれに苦笑しながら説明を続ける。

 

 

「それで、だからまあ、一応掃討作戦って名付けられているけれど、もしも無限湧きが本当なら、いくら君たちでも掃討出来る道理はない。なので、今回の君たちの役割は、無制限に近い敵をひたすら殲滅して、味方の活路を開く……ってことになっている。計画では、横須賀第二支部の特殊任務艦隊(Special Task Fleet)が、その隙に突入して、詳細な海域情報と無限湧きの原因を突き止めることになっているんだけれど……まあ、無理に連携を取れとは言わないよ」

 

 

言ったところで取れるとも思わないし……と、提督の諦念にも似た表情が物語っている。一応、特殊任務部隊との連絡周波数を教えられている叢雲は、その様子にふん、と小さく息を吐く。

 

 

「ま、聞いての通り中々に難しい任務だとは思う。けれど、少なくとも、この役割は君たちにしか負えないのも事実だ」

 

 

「難しい任務? 楽しい任務の間違いでしょ?」

 

 

手に持ったノコギリ槍を、手持ち無沙汰なのか、無意味にがしゃがしゃ変形させながら叢雲は言う。それに同調するように、綾波や木曾はうんうんと頷く。夕立はぴょんぴょんと飛び跳ねている。瑞鶴や山城は他と違って大きくリアクションをすることはないが、その瞳の奥に憎悪や殺意にも似た闘志が煮え滾っているのが見て取れる。

 

――ああ、いつも通りのコンディションだ。

 

提督は思う。

 

艦娘の精神状態は、出撃時の戦闘能力に直結していると言われている。それは人においても変わりないと言えるが、しかし艦娘のそれは人間のそれと比べて極めて直接的である。疲労が蓄積している状態での砲撃はまともな命中精度を持たず、また敵の攻撃を回避することは非常に難しくなる。逆に高いコンディション(これを戦意高揚状態と呼ぶ)で出撃した際には、能力以上の戦果を挙げてくることもざらである。

 

よって、他の鎮守府では、艦娘のコンディションのケアに気を遣うことが多いと言うが……この鎮守府においては、そんな気遣いなど無用なのだ。

 

出撃できる。

 

戦える。

 

忌々しい深海棲艦を、徹底的に狩ることができる。その臓物をぶちまけて、好きなだけ血を浴びることが出来る。

 

それだけで、彼女たちのコンディションは最高潮に達する。

 

 

「まったく、頼もしい限りだね」

 

 

提督は呟き、締めくくりに入る。

 

 

「今回は大規模な作戦だから、俺も常時作戦をモニタリングさせてもらう。って言っても、せいぜい取得できるのは位置情報くらいだから、できれば叢雲さんから適宜現在の状況を無線で伝えてくれるとありがたい。無線が傍受されていると判断した場合は、双方ともに了承なく無線封鎖することを許可されるものとする。何か質問はある?」

 

 

三秒ほどの沈黙……全員が首を横に振ったことを確認して、提督は宣言した。

 

 

「それでは、これより『第二次NSI大規模掃討作戦』を開始する。最終艤装チェックの後、艦隊、抜錨せよ!」

 

 

 

×      ×

 

 

 

作戦地点に近づくにつれ、海鳥の鳴き声が減っていく。海は静かに凪いでいるが、それが却って不気味さを演出している。静寂の中、六人の艦娘が航行する僅かな音だけが空気を伝う。

 

通常の艦隊ならば、索敵陣形を取りながら進むのが基本であるが、この艦隊には当然のようにそんな定石は存在していない。各々が一定の距離をとって、好きなように移動している。それでも、航行速度が一致しているのは最低限の艦隊運動がなされていると言うべきか。あるいはその最低限しか守られていないと言うべきか。

 

 

「それにしても敵艦の無限湧きですかー。そんなことあるんですね」

 

 

静寂を破ったのは綾波の一言だった。ひとたび海に……人類の制海権の及ばぬ領域にまで出れば、そこはもはや戦場であると言っても過言ではない。本来なら雑談など交わしているような場面ではないが、未だ敵艦の反応はレーダーや偵察機にもなく、会話も許されないほどの緊張状態ではなかった。

 

 

「少なくとも私が艦娘になってからは初めてよね、そんなの」

 

 

偵察機からの入電を気にしつつも、綾波の言葉に答えたのは瑞鶴である。

 

本来、深海棲艦は人類、あるいは艦娘と同じく、艦隊を組んで行動する。その様子から奴らには戦術性と知性が認められており、それが政治の世界では論争の火種となる場面も多々あったりするのだが、どちらにせよ、その数は、これまで確認されている中では通常艦隊で六隻、連合艦隊で十二隻というのが最大である。

 

だが今回は違う。横須賀第一支部の話では、この先に待ち受ける深海棲艦は艦隊といったものを組んですらいないのだ。ただ、ひたすらに無限に湧き出て、単純な物量のもと、個々の暴力で殺しに来るという。

 

それは、ある種『血に酔った艦娘』の戦い方に似たものがあるとも言える。チームプレイや、各艦における庇い合いを極限まで捨て去り、一体一体が無軌道に敵を襲撃する。周りなど関係なく。どこまでも個人主義的に。

 

 

「だから異常事態なんでしょ。私たちに仕事が回ってくるくらいに」

 

 

叢雲はクールに呟くが、その声音に僅かな喜色が混じっていることに気が付かない者はいない。

 

結局のところ、彼女たちにとってはどのような状況だろうと、そこに敵がいるならば、それはただの狩場でしかないのだ。獲物を狩るための、場でしか。

 

 

「そういえば山城さん、珍しいの持ってるっぽい」

 

 

ふと、山城の方を眺めていた夕立が呟いた。その視線の先には、航空戦艦である山城が猫背になりながら航行している姿がある。

 

基本的に、航空戦艦が用いる主兵装は、主に大口径主砲や水上爆撃機などである。山城もそれらの兵装を用いることは決して少なくない。むしろ、彼女に限っては、この鎮守府の他の皆とは違い、そういった通常の兵装を装備していることの方が多い。

 

彼女の異質な戦い方は、兵装に依らないが故だ。

 

しかしながら、今回に限っては、彼女の兵装はみなと同じく奇妙な代物となっている。否、同じく、どころの話ではない。奇妙さで言えば山城のそれが断然トップであると言ってもいい。

 

それはまるで武器には見えない。

 

 

「ああ……これね……だって、今回は敵が無制限なんでしょう……? だったら、普通の弾なんて、いつまで持つか分かったもんじゃないじゃない。だから、久々に持ち出してきたのよ……これ……」

 

 

それは、一言で形容するならば『()()』だった。

 

巨大な車輪が、二つ、合わさっている。色は酷く薄汚れており、辛うじて金属でできているとしか判別できない。一部の汚れは染み着いた血痕のようにも見える。その形状とインパクトだけでも異様だが、何よりも見る者に不快感をもたらす悍ましい雰囲気が、その車輪を覆っている。

 

さながら、幾千の亡霊を啜ってきたかのように。

 

その車輪は、太陽の下でも暗い雰囲気を漂わせている。

 

 

「重くて嫌なのよね……これ」

 

 

そんなものを担いでいるがために、山城は猫背になって航行している。普段から姿勢が良いわけでは決してないので、特に違和感は生じない。車輪を持って航行していること自体には違和感しか覚えないが。

 

 

「いやぁ……いつ見てもそれ武器じゃないでしょ。ほんと」

 

 

瑞鶴があきれたような声を上げる。いくら彼女たちが異質な武器を用いて戦うといえど、あくまでそれは見るからに『武器』と断じられるものである。

 

ノコギリ刃の槍、伸縮する斧、銃身の備えられたレイピアと旧式の銃、それに美しい装飾の日本刀。柄頭に小型の刃が備えられた分離する刀に、弓に変形する曲剣。

 

どれもこれも奇妙な代物だが、それが何かと問われれば、万人が「武器である」と答えることには間違いない。

 

しかし、山城のそれはどう見ても武器ではない。

 

車輪だ。

 

不気味な雰囲気を漂わせ、見るからに頭のおかしな代物であると判断できるとは言え……それでも、車輪は車輪である。

 

 

「別にいいじゃない……なんでか知らないけれどこれが一番性に合うのよ……」

 

 

山城は、この車輪の所以を知らない。彼女がこの車輪を見出したその時から既に、車輪は薄汚れており、既に酷使されていることが見て取れた。だから、間違いなくこの車輪を過去に使っていた『誰か』がいたことには間違いない。だが、それがどこの誰なのかも一切解っておらず、なおかつ、この車輪が()()()()()振るわれていたものであるのかさえ解っていない。

 

ただ、こんなものを振り回すものが……それが人であれ艦娘であれ……まともであるとは到底思えない。しかし、この車輪の宿す怨念じみた雰囲気は、なぜだろう、山城の心に共鳴するものがあった。深い、水底に沈むかのような、その暗い雰囲気は……彼女の記憶の奥底に眠る、あの海峡の、彼岸の先のように……。

 

 

「……ま、どんな武器使おうと構いやしないけれどね……おっと」

 

 

小さく呟いてから、瑞鶴は軽く手を挙げる。その動作に、皆の注目が集まる。

 

 

「偵察機から入電――ここから約五分直進した付近に軽巡2駆逐3重巡2軽空母1の姿を確認……だってさ」

 

 

「もう会敵か? ってことは目的の場所までもう少しってところまで来たのか」

 

 

瑞鶴の報告に、木曾は言葉を零す。

 

 

「いえ、目的地まではもう暫くかかるわ。おおよそ目的の場所から漏れ出してきた『はぐれ』でしょうね」

 

 

「はん、なるほどな」

 

 

叢雲の返答を聞いて、木曾は小さく笑う。なんにせよ、間近に獲物が迫っていることに変わりはない。

 

木曾は左手にぶら下げていた落葉を持ち直すと、ぎゃりんッ、という派手な音を響かせながら長刀と短刀を分離させる。木曾だけではない。会敵の報を聞き、各々自身の『仕掛け武器』を持ち直す。

 

艦娘たちの目に暗い色が宿る。

 

 

「目的地までの前哨戦ね。遠慮することはないわ、派手にいきましょう」

 

 

叢雲の言葉と共に、六人は僅かに航行速度を上げて進んでいった。

 

 

 

×      ×

 

 

 

「……何か、変っぽい」

 

 

最初に呟いたのは、夕立だった。右手にはコンパクトに畳んだ斧を持っており、その無骨な刃と制服は既に道中屠ってきた深海棲艦の血で濡れている。血に塗れているのは何も夕立だけではなく、今回は瑞鶴も含む全員が既に血を浴びている。

 

指定された座標まであと少し。ここまで来るのにも随分な数の敵と遭遇した。通常の艦隊であったら、とっくに弾薬が尽きていてもおかしくない。これでまだ、本命の地点にたどり着いていないというのだから、その異常性は明確である。

 

しかし、夕立が感じ取った違和感は、その敵の多さについてではない。そんなことは作戦説明段階から解っていたことで、大量の敵が海上に存在している以上、その周辺地帯にも流出していると考えてしかるべきである。だから、数が多いことなど違和感の内には入らない。

 

夕立が感じたのはそれではない。それではなくて――

 

 

「……ねぇ、今何時かしら……?」

 

 

山城は独り言のように呟く。彼女が背負う巨大な車輪も既に深海棲艦の血と肉片で汚れており、この道中幾匹もの獲物をすり潰してきたことが見て取れる。そんな彼女は空を見上げて、憂鬱そうに目を細めている。

 

 

「まだヒトヨンマルマル……にもなってないと思います」

 

 

同じように、空を見上げて綾波は答える。まだ夕方……と呼ぶにも早すぎる時間帯。だと言うのに、なぜだろうか。

 

 

「……妙に暗いわね」

 

 

空の色が、おかしかった。

 

薄々感じてはいた。目標地点に近づくにつれて、妙に辺りが暗くなっていることに。そしてそれは、この地点に来て、目に見えて明確なものとなっている。

 

妙な雰囲気……だった。

 

時に、強力な深海棲艦が鎮座する海域周辺では、海水が赤く変色する現象が確認されている。同時に、上空に奇妙な色の分厚い雲が浮かび、結果として太陽光が遮られ、暗くなる……といった実例があることは、叢雲も知っていることだった。

 

しかし、今起こっている現象は似て非なるものである。

 

海の色に変化はない。空を見上げても、分厚い雲のようなものは見えない。そうではない。そうではないのだ。

 

空自体が、なんだか暗く見える。

 

と言うより……あれは。

 

 

「おい、おかしいだろ。今は真昼間だよな? なのにどうして……」

 

 

木曾は言う。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()

 

 

その視線の先には、妙に大きな、青白い月が浮かんでいた。

 

暗く見えるのも当然だ。本来存在するはずの太陽はいつの間にか空から姿を消していて、目標地点に近づくほどに世界は夜を濃くしていく。叢雲たちが把握している時間ではありえない。そんな、景色。

 

空に居座る月は、まるで作り物のようで現実味がない。

 

明らかな異常事態。数瞬の後、叢雲は無線機に手を当てる。

 

 

「……こちら第一部隊旗艦、叢雲。司令官、聞こえるかしら?」

 

 

『ん、こちら司令室。聞こえているよ。何かあった?』

 

 

無線機から聞こえてくるのんきな提督の声。叢雲は言う。

 

 

「変な質問かもしれないけれど、答えてくれる? 今、そっちは何時?」

 

 

『は? えー……ちょっと待って……えっと、ヒトサンヨンサンだけれど』

 

 

ヒトサンヨンサン……十三時四十三分。とてもじゃないが、月が出るような時間ではない。叢雲は続ける。

 

 

「じゃあ次の質問、そっちの空に月は見えている?」

 

 

『……ごめん、それ何かの暗号? シンプルに答えるなら、太陽が浮かんでいるよ。いい天気だ』

 

 

「そう……そういうこと」

 

 

と言うことは、この異常な空はこの地点周辺にのみ広がっていると考えられる。それが確認できた叢雲は、小さく息を吐く。

 

つまりこの現象は、件の深海棲艦の異常発生と無関係ではない可能性が高い。

 

 

『……質問内容からおおよそ検討はつくけれど、一応訊くよ。何があった?』

 

 

提督の言葉に、叢雲は答える。

 

 

「目標地点に近づくにつれて、だんだんと空が暗くなっていたわ。気がついたら太陽は失せていて、空には偽物みたいな大きな月が浮かんでいた。現状はそんな感じよ……ねぇ、一応聞いておきたいんだけれど、こんな現象、第一支部の報告書にはなかったわよね」

 

 

『ない……うん、なかったはずだ。しかし……どういう現象なんだ、それは。状況から見ると、その地点周辺だけ『夜』になっている、ってことなのか?』

 

 

「さぁ、どうなのかしらね」

 

 

解らない、というのが叢雲の出せる答えである。確かに、空の様子を見ると夜になっている、としか言えない。だが、局地的に、その地点のみ夜になる……などということが、本当にあり得るのか。

 

叢雲自身も、艦娘という常識外れの存在であり、そしてこれから向かう先には、同じく常識外れの存在である深海棲艦が多数存在している。だから、現実ではありえないようなことが起こっても、不思議ではないと、そう考えることも勿論出来るだろう。

 

実際、前述した赤い海や奇妙な雲のように、深海棲艦の影響によって異常気象が発生するのは既に観測された事実である。因果関係やそのメカニズムこそ解明されていないが、その原因が深海棲艦にあることは疑いようがないと言ってもいいだろう。

 

しかし、今回のこれは、あまりにも規模が違いすぎる。

 

赤い海、奇妙な雲。これらはまだ現実的に説明が出来なくもない。翻って、これはどうだ? 局地的に『時間を変化させる』など、それはもう、深海棲艦とか、艦娘とか、そういうレベルの話ではなく……一種の、そう。

 

さながら、神の所業のような。

 

人ならざる……人を……人智を超えた(上位)存在の業のようではないか。

 

――次元が違う。

 

その言葉がぴたりと当てはまる。

 

 

「局地的に夜に……か。知り合いの軽巡が聞いたら喜びそうな話ね」

 

 

瑞鶴は空に浮かぶ月を眺めながら呟いた。その脳裏には、この鎮守府支部に異動してくる前の僚艦であるとある軽巡の顔が浮かんでいる。夜に妙な執着を見せていた彼女。今頃どうしているだろうか。

 

 

「でも困るなぁー、夜じゃ艦載機が役に立たないや」

 

 

腰に括りつけられた矢筒を手で確認しつつ、愚痴っぽく言葉を零す瑞鶴。空母という艦種は、一部の例外を除き夜という時間帯が苦手なものである。夜目の利く夜間戦闘用の兵装を積みでもしない限り、本来、『瑞鶴』の艦娘には夜間の戦闘力は皆無であると言ってもいい。

 

この瑞鶴こそ、その手にぶら下げている弓剣による近接戦闘という戦闘手段が存在するため、一定以上の戦闘成果を上げることは可能であるものの……それにしたって、空母本来の領分である航空戦闘が一切行えないことには変わりない。それは、瑞鶴のみならず山城も同じことである。彼女の持つ水上爆撃機も今回の戦闘ではどうやら無用の長物となりそうだ。

 

 

「……なんにせよ、やることは変わらないわ」

 

 

しかし、開幕から夜戦であるというならば、それは叢雲たち駆逐艦、そして木曾のような重雷装巡洋艦にとっては最高の舞台であると言ってもいい。夜は、彼女たちの時間だ。駆逐艦や軽巡洋艦、重巡洋艦といった艦種は、やたらと夜目が効くことが多い。通常でさえ、それなのだ。『血に酔った』とさえ称される、戦闘に特化した彼女たちにとって、夜の暗闇は自身の身を隠す効果的な迷彩でしかない。

 

口元が笑みで歪む。

 

目が爛々と輝く。

 

異常事態に止まっていた足を、叢雲たちは再び進める。

 

 

「……目標地点まであと少し。戦闘が始まったら詳細な情報を逐一報告することは難しくなるだろうけれど、今のうちに何か聞いておきたいこと、言っておきたいことはあるかしら?」

 

 

無線の向こう側に、叢雲は問いかける。

 

 

『いいや、特にはないよ。ただ、強いて言うとしたら……ま、頑張って、とだけ』

 

 

「ふん、相変わらず緊張感のない奴ね……」

 

 

叢雲はため息交じりに言葉を零す。だが、提督のその返答は予想していたものでもあった。

 

――こいつが、戦闘前の私たちに余計なことを言うわけがないのだ。

 

何事も縛ることなく。彼女たちの好きなように、自由に暴れることを許可してくれる。だからこそ、叢雲たち六隻は、あの青年を上司として置くことを、自然と許容しているのだろうから。

 

特に別れの言葉もないまま、通信が終了される。

 

偽物の夜の海を、六隻の艦娘が駆ける。

 

月の光に導かれ、彼女たちは狩りの夜へと進みゆく――

 

 

 


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