異世界サバイバルに、神様なんていらない!   作:rikka

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幕間~工作員~

 

(一日はおおよそ二四時間。太陽の位置や東西南北の関係は、アタシ達の所とそう変わりはない。あの子の本の内容から見て、おそらくトール君も同じ)

 

 リーダーであるトール達と食事を楽しみ、休憩を終えたアシュリーの腰にベルトの様に巻かれたツタには、石斧やナタがくくりつけられていた。

 自身の持ち物であるナイフはない。

 おそらく、自分達が持っている凶器の中でもっとも出来のいいソレは、トールに預けて来ていた。

 

 下手に自分が持っていて、ゲイリーというとりあえずの仲間を無駄に警戒させるのは後々の事を考えると面白くないと判断したのだ。

 

「……日の出は東、そして沈むのは西。南寄りに登って沈んで行っている」

 

 アシュリーは、自分のこめかみの部分に埋め込まれた小型のサブ電脳に落とし込んでいた緊急用のナビシステム機能が、一部分だけなら作動することを再確認しながら更に森の奥へと――トール達がいる拠点から一歩一歩遠ざかっていく。

 

「なのに、やっぱりどの木も……」

 

 アシュリーは、そっと、無数に生えている木の一本に手を当てる。

 

(コケ)が両面に付いている」

 

 通常、こういう森では木々を見るだけである程度の方角を察する事が出来る。

 太陽が昇る方――つまり南側が乾燥し、光が当たりにくい反対側の根元にはコケが生えていくものだ。

 無論全てがそうなるわけではなく、環境によっては前面にびっしり付くことだってある。

 だが、これは間違いなく例外である。

 本来日の当たりにくい所に生える苔は、当然だが日が当たる所は避ける。

 それこそ、完全に日光が立っている高所に――カラッカラに乾燥するような場所にまで生えてくる事は基本的にあり得ないのだ。

 

 アシュリーは、完全に水分の抜けた苔を爪先で剥がした後、辺りを見回す。

 倒木の類はない。

 日光の当たり具合が急激に変わる要素はなかったはずだ。

 この一帯は他と違い木々の生え方がまばらで、どちらかというと林に近い。日当たりも決して悪いものではなく、低地ならばともかくアシュリーの顔の辺りまで苔が生える事など、よほどの湿地でない限りありえない。

 

(本当になんなのかしらね、この森は)

 

 小さくため息をついて、アシュリーはこれまで来た道を振り返る。

 トールが、アオイが、ゲイリーが、……そして自分も一緒になって作ってきた『住処』がある方を。

 

「……悪かったわね」

 

 まるで辺りに聞かれたくない人がいるように小さくアシュリーは呟き、そしてため息を吐いた後、

 

「無事に合流できてよかったわ」

 

 アシュリーの斜め後ろ――およそ二,三歩ほど離れた場所の空間が歪んだ……様に見えた。

 

「隊長、御無事で何よりです」

 

 そして気が付いた時には、一人の女が立っていた。

 アシュリーと似たような服、そしてアシュリーが持っていた物と同じナイフを腰に下げている。

 

「貴女達はいつからこちらに?」

「こちら側では三日前に。向こうでは……ランデブー・ポイント(合流地点)に到着した事を隊長に報告した直後に」

「……そう。ある意味、貴方達の方が先にこっちに来ていた訳ね」

「到着したのは隊長の方が先だったようですが」

「それも敵と一緒によ。まったくもう……まいっちゃうわね……ホントにここはどこで、どういう現象に巻き込まれたのかしら?」

「ハッ、自分には皆目見当が付きません」

 

 簡素な紐で長い藍色の髪を後ろで適当に束ねている女は、背筋を伸ばしたまま辺りを警戒している。

 その様子に一切隙はなく、どこかピリピリとした空気が辺りを覆う。

 それを一瞥したアシュリーは苦笑し、

 

「相変わらず貴女は固いわね。相棒を見習いなさいな」

「アイツは気が抜け過ぎているのだと思いますが……」

 

 対して女の方は、納得いかないというのが表情に分かりやすく現れていた。

 

「それで、ゲイリー=フォン=マニュ=テレースヴィヒ=グリューネヴァルトを補足したというのは?」

「ゲイリーでいいでしょ。魔術師のフルネームは長い上に分かりにくいわ」

 

 軽く肩をすくめたアシュリーは、そのまま続ける。

 

「えぇ、今は行動を共にしているわ。しかも、どういう訳か魔法が使えないみたい。……まぁ、あの子が継承してきた土地とは完全に別物なのだから仕方ないのでしょうけど」

「……ここで殺害しますか?」

「まだ駄目よ」

 

 女の物騒な提案に、アシュリーは顔色一つ変えずにそう返す。

 それ自体は、何もおかしくない提案だからだ。

 

「まず、アタシ達が帰る手段を見つけ出さなくちゃいけないし、それに連中の技術が必要になってくる可能性は捨てられない」

「ですが、当の本人が魔法を使えないのでは……」

「大丈夫よ、アテはある」

「……報告にあった例の少年ですか?」

 

 彼女達は、捕まる可能性のある潜入工作員である。

 そのために身体の改造などは、解析されても構わない最低限の物しかないが、通信機能はその最低限に含まれていた。

 自分が見た物をそのまま仲間に伝えるソレは、文明の気配が欠片も無いこの森の中ではなおさら重要な物になっていた。

 離れた場所にいる、誰にも気付かれたくない人間と会話をする時などは特に。

 

「一応確認しておくけど、貴女や貴女の相棒にも変化は起こっていないのでしょう? 持ち物も含めて」

「ハッ。何も」

「そう……じゃあやっぱり、彼だけなのね」

 

 アシュリーは女に顔を向けているが、その片目に映っているのは違うものだ。

 かつて、トールが自分の変化を説明するために見せたスマートフォンというデバイス。

 そこに表示されている、なぜか『自分達の言語』で詳しく習得可能なスキルについて説明している文を見つめて――いや、睨んでいた。

 

「……アシュリー隊長」

「貴女達がここに来たという事は、逆に言えば他の魔術師が来る可能性だって高い。……トールやアオイにも同じ事が言えるわ」

 

 アシュリーにとって、現在もっとも大事なのは帰る方法を見つけることだ。

 そして、その鍵を握っていると思われるのは――この世界に適応する説明不可能な力を手に入れたあの少年だと、そう考えていた。

 

「仮に魔術師が複数来たとしても、魔法が使えないのならその脅威度は格段に落ちますが……」

「いいえ、それでも野戦能力は彼らの方が上よ。……ゲイリーの運が悪かっただけで、もうどこかに彼らが集まって潜伏している可能性だってある」

 

 自然と共に生きてきた魔術師という存在に対して、アシュリーは油断をしていない。

 むしろ、テクノロジーによるバックアップを失った今、更に恐れているといってもよかった。

 

「ヴィレッタ」

 

 アシュリーの言葉に、ヴィレッタと呼ばれた女は小さく頷く。

 

「今は付近の偵察を重視してちょうだい。アタシ達の拠点に近づいてはダメ。特にトールという少年には絶対よ? サーチスキルに万が一引っかかったら面倒な事になるわ」

「ハッ。隊長は?」

「……そうねぇ。トールを押さえた上でゲイリーを確保しなくちゃいけない。魔術師が来ていると仮定して、トールを連中に取られる訳には行かないし……ゲイリーも出来る事なら確保したい」

 

 少しの間、アシュリーは自分の親指の爪をカチカチと何度も軽く噛む。

 そして――

 

 

「隙を見てアクションを起こすわ。不確定要素の多い状況だけど……アタシ達は必ず帰還する」

 

 

 

 

「前線領の領主と、奇怪な技術を手に入れた少年っていう二つの手土産を持って……ね?」

 

 

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