怪獣に産まれて 作:どろどろ
時は遡り、アドニスが怪獣となった直後のこと。
謎の巨大生物の出現によって街中に混乱が広がっていく。混乱したのはそれを目撃した響裕太、内海将、宝多六花の三人も例外ではなかった。
「何だ、あれ……」
「あれが響くんの言ってた怪獣!?」
「……多分」
裕太は昨夜以前の記憶を失っている。
気が付けば記憶喪失という訳の分からない状況に振り回されていて、友人の内海とクラスメイトの六花の助けを借りてどうにか一日を終えようとしていたのだ。
だがその矢先、怪獣の出現という非日常との対面。記憶を失っているから分からないが、きっと今日は裕太にとって人生最大の厄日だった事だろう。
正直に言ってしまえば、この状況を前に自分が何をすればいいのか分からない。
どうすればいいのかを、
しかし、
『……太、……裕太!』
その声は鮮烈に裕太の脳内を駆け巡った。
「――グリッドマンが、呼んでる」
どういうわけか、胸の奥から使命感が沸き上がってくる。
確か、自分には使命があったはず。だが依然としてその内容を思い出すことはできない。
今はたた、声のする方へ向かえば良い気がした。
裕太は駆け出す。
「裕太!」
「響くん!?」
内海と六花の二人の声は耳へ届いてこなかった。遅れて二人は裕太の背を追い始めた。
裕太は自分を呼ぶあの声のする方へ、ひたすらに走り続ける。
六花の家のジャンクショップ。そこにあるジャンクパソコンに映っている謎の男――グリッドマン。それが裕太を呼んでいた存在の正体だ。
「
『そうだ。私と君は覚醒しなければならない』
「覚醒……? それって――」
『説明は後だ!』
グリッドマンは焦っていたようだ。
状況判断も曖昧な裕太は、まともな説明を受ける暇を与えられることもなく、ジャンクの中に身体を引きずり込まれた。
全身が融解していくような感覚。光の粒になって画面に吸収されていく。
「ゆ、裕太!!」
「ええっ、何あれ!?」
そこでようやく追いついた内海と六花は、裕太が画面に飲まれる光景に唖然とする。
「裕太がジャンクに喰われちまった」
「昔のパソコンって怖……」
現実味のない現象を目の当たりにした訳だが、これは紛れもない現実だった。
二人はジャンクの画面を覗き込む。
そこには、電脳空間で向き合う裕太とグリッドマンの姿があった。どうやら電脳空間で自分の使命を感じ取ったらしく、裕太の表情は真剣そのものだ。
グリッドマンは実体を持たない存在。
響裕太という一人の実体を持つ存在と一時的に融合することで、実体のあるCGとして現れることができるのだ。
そうしてヒーローは戦地へと赴いていった。
黄金の怪獣を倒すために。
◆◆◆
怪獣の中でアカネからアドニスへの着信があった。
「アカネか。あれは一体何だ、何も聞かされていないぞ」
開口一番問いただす。すると、苛立ったような声で返答された。
『私だって知らないよ! アレクシスも知らないって!』
これでアカネたちが巨人と何の関わりもないことが確定された。
相手の正体と目的は何なのか。疑問はいくつも残るが、とりあえずは巨人を倒すことが急務だろう。
アドニスは自分の「脅威」を睨み付ける。
『とっとと倒してよ、あんな奴!』
「ああ、任せろ」
万が一に備え、羽を使うのはあくまでも奥の手。
アドニスは一先ず肉弾戦で巨人を蹴散らすことを決めた。
◇◆◇
グリッドマンがその巨躯で足を振り上げる。単なる回し蹴りは大砲の様に重く、アドニスを何歩か後退させるほどの威力があった。
だが、逆を言ってしまえばアドニスが素手で受け止めきれる程度の力だということ。
アドニスはグリッドマンの足を掴み、吹き飛ば――そうとしてその場で組み伏せることにした。
考えなしに吹き飛ばせば、一緒に街の建物も壊れてしまう。意図せず犠牲となる人間を増やすのはアドニスの望む所ではないのだ。
巨人に関節技が効くか確信はなかったが、その疑問は杞憂だったようだ。
グリッドマンの右足を本来なら曲がらない方向に引っ張ると、関節の部位から火花が散った。それにグリッドマンは苦しそうに暴れている。有効のようだ。
今の状態のグリッドマンとアドニスでは、根本的な膂力に少しだけ差があった。単純な力勝負なら、アドニスの方が僅かばかり有利だったのだ。
アドニスはより強く力を込める。グリッドマンの足を引きちぎるつもりだった。
しかし、素人の格闘技でずっと拘束され続けるほど愚かなグリッドマンではない。左足でアドニスの顔面を蹴り、力だ緩んだ隙に脱出する。
【――グ】
アドニスから鈍い声が漏れる。
【grhaaaaeeeeeeeeeeeeee―――!!!!】
大地を揺るがし、空が割れるかと錯覚するほどの咆哮。
込めた感情は当のアドニスですら知り得ない。
だが、怪獣の中でアドニスは微笑んでいた。
【――諦めろ。君は、僕に勝てない】
大胆不敵に告げた勝利宣告。それに気圧されたグリッドマンがたじろいだ。
正確に言えば、アドニスに恐怖を持ったのはグリッドマンではなく裕太の方だ。合体しているグリッドマンと裕太はもはや同一人物といっても差し支えない。
裕太の畏れにグリッドマンも共鳴し、士気が揺らぐ。
怪獣を前に死を予感し、恐怖する。無条件に怪獣に勝てる筈がないのだ、戦う以上は逆に殺されることだって考えられる。
そんな人間なら当たり前の想いが、たったの一瞬だけグリッドマンの動きを止める。
そして、それがたとえ一瞬の隙であっても、アドニスは決して見逃さない。
間髪入れずに距離を詰めると、無防備なグリッドマンにのし掛かり、容赦なく拳を叩き込む。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も――。
数十回続けた所で、グリッドマンの額の光が点灯し始めた。アドニスはその意味を知らないが、これはグリッドマンのエネルギーが枯渇し始めてきたことを表わすサインだ。
グリッドマンは限界に近づいてきていた。
『……やめ、るんだ』
【ッ!?】
今度はアドニスの動きが止まる。まさかグリッドマンが喋るとは思ってもみなかった。
【今、喋って――ぐッ】
攻撃の勢いが弱まったところでアドニスの手から逃れるグリッドマン。その際にアドニスが呻き声を上げる。
グリッドマンはアドニスから数歩分の距離をとった。だが着実にダメージは身体に浸透してきていていた。
何か打開策が必要だ。
このままでは確実にグリッドマンは負けてしまう。
【……ハ。僕としたことが油断した】
アドニスは小馬鹿にするような声を出した。
【だが、君の勝ちの目はより一層薄くなったな。その身体では、もうロクに戦えないだろう】
アドニスが前に出ると、グリッドマンは後ずさる。
自分の勝機を感じたアドニスは強気に言った。
【断罪者を演じるのであれば覚悟しろ。僕はそれすら凪ぎ払う】
『(身体が、重い)』
グリッドマンになった裕太はまるで身体が岩で出来ているような倦怠感を感じていた。
『(それに、敵も純粋に強い。……まるで勝てる気がしないぞ)』
敗北の予感は濃くなってきていた。
合体しているおかげか、グリッドマンの身体が限界に近づいてきていることは何となく分かる。実体を保っているだけでエネルギーの消費は激しく、早期に決着を付けなければ時間切れでグリッドマンは戦えなくなるだろう。
沸き上がってくる使命感と逃避したい想いが入り交じって、なおさら怪獣を倒せる気がしなかった。
『(どうすれば、いいんだ――)』
そんな時、内海と六花の声がどこからか響いてくる。
[響くん、大丈夫!?]
『(六花! どうして……)』
[おい裕太、その、何て言うか……無理して戦うことないからな! お前が死んだら何の意味もないんだ]
『(内海……!)』
友人の声を聞いて、臆病な気持ちはどこかへ消し飛んだ。
自分が怪獣を止めなければ、誰が止められるというのか。
『(……大丈夫。俺は負けない!)』
根拠のない自信が吹き出してきて、重たかった身体が少しだけ軽くなった気がした。
『オォォォォォォォォォォォ――!』
【いい加減に――沈めェ!!】
上下に振るわれた金竜の尻尾を、間一髪躱す。
グリッドマンと比べて、手足が短い金竜の体型は小回りが効かない。素早さにおいてはグリッドマンの方が僅かに勝る。
金竜の胸にカウンターパンチが突き刺さる。
続いて、拳を振り上げ顎をはね飛ばした。
【くハ、まだ君にそんな力が――】
何か言いかけていた金竜の顔面に飛び膝蹴りを叩き込む。
金竜の身体が軽く宙に浮いた。
想像以上に金竜は打たれ弱かった。たったの三発命中しただけで倒れ伏している。
金竜が起き上がろうとした瞬間、グリッドマンは最後の一撃を放つ。
『グリッドォ――ビーム!!』
叫びと共に、金竜の身体を黄金よりも遙かに激しい光線が包み込んだ。
グリッドマンの全身全霊をかけた『グリッドビーム』は間違いなく金竜に直撃した。余波だけで街の建物がいくつか崩れるほどの威力を誇るそれを喰らって、金竜も無事でいるはずがない。
[勝った、の……?]
[そうだよ、勝ったんだ! はは、やっぱヒーローが怪獣に負ける訳ねぇんだ!]
六花と内海が勝利を確信し騒ぐ声が聞える。
裕太も勝ったと思っていた。
グリッドマンのエネルギー残量も丁度底をつき掛けていたことろだ。これで倒れてくれなければ困るのはグリッドマンの方だった。
しかし無情にも、
『……まさか』
巻き起こった煙の中で、黄金の輪郭が見えた。
金竜は立っている――まだ勝っていない。
【――その程度の攻撃で、この僕を倒せると思っていたか】
黄金の背後に、虹色が広がっていた。
六枚にも及ぶ虹色の羽根が煙を吹き払うと、傷付きながらも決して倒れない金竜の姿が露わになる。
[なん、だよ。それ……]
内海が意気消沈した声で呟くのが聞えた。
だが、裕太はまだ勝つことを諦めなかった。その意志に呼応してグリッドマンは拳を構える。もう残り時間は僅かだが、決して折れることなく巨悪に立ち向かう。
しかし、その小さな勇気を踏みつぶすかの如く、
【――――堕ちろ】
虹色の羽が黒く光る。
――直後、金竜が放つ最強の黒の光弾がグリッドマンを襲った。
そして――勝敗は決した。
◇◆◇
【(クソ、完全には防ぎきれなかったか)】
グリッドマン渾身の『グリッドビーム』は、途中で羽を出して威力を半減させたとはいえ、確かにアドニスに命中していた。
回復しようと思えば可能だが、アドニスは怪獣化を解除して人間態に戻った。
『アドニス、どうなったの!? なんで戻っちゃったの!?』
不信がったアカネがすぐに電話を掛けてくる。
「相手は倒しきれたが、僕もかなり消耗したんだ。今は休む必要がある」
白々しく嘘を吐いたが、本当はまだアカネから指示された人間を殺す余力がある。
だがアカネはアドニスの嘘を絶対に疑わない。
それに、当初殺す予定だった人間が殺せなかったとはいえ、敵は倒せたのだ。アカネもおおむね満足だったらしく、咎めたりはしてこなかった。
「僕は休めば回復する。けど、敵は確実に倒した。僕の完全勝利だよ」
念を押すようにそう告げた。
◇◆◇
グリッドマンが敗北し、裕太もジャンクパソコンの中から戻ってきた。
てっきり死んでしまったと思い込んでいた内海と六花の二人は、裕太の帰還に胸をなで下ろした。
「良かった。てっきり俺たちは裕太とグリッドマンが死んだもんかと……」
「怪獣は!?」
戻ってきても尚、裕太の頭の中は怪獣を倒す事だけで埋め尽くされていた。
野放しにしていれば、たくさんの人が死ぬ。倒しきれなかったことは慚愧の念に耐えない。
ジャンクショップから飛び出した裕太は、怪獣がいた方向を見る。
が、そこには怪獣の影も形も見えない。
「あれ……、消え、た?」
「きっとアレだ。敵さんも力を使い果たしたんだろーぜ」
納得出来ない終わり方だが、もう怪獣の気配すらしないのも事実。
「裕太、お前がこの街を救ったんだ」
内海にそう言われて、ようやく戦いが終わったことを実感する。
肩の荷が下りたような気分になり、つい腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
内海は裕太の肩を叩いて労いの言葉をかけてくれる。
だが、六花はやけに静かだ。見ると、暗転したジャンクパソコンの画面を凝視している彼女の姿があった。
「……六花?」
「ん、あ、うん。何?」
見返りを求めて戦っていた訳ではないが、褒めて欲しくないと言っても嘘になる。
六花も何か言ってくれるのではないかと期待して待つが、そんな雰囲気ではない。
「あ、はは。……何でもないです」
「……?」
首を傾げられてしまった。確かに気持ち悪い間が空いたのは裕太も自覚している所ではあるが。
「なぁ、お前ら打ち上げ行こうぜ打ち上げ! この街の危機を救ったんだから!」
「お、いいね内海。じゃあ六花も一緒に」
「……ごめん。ちょっと今は休みたい。色々あって頭が付いていかないし」
「ま、それもそうか。んじゃ打ち上げは後日ってことで!」
三人には、危機が去ったという共通の認識があった。
しかし、その割に六花の表情は優れない。疲労を感じているのは分かるが、それを差し引いても物憂い様子に見えた。
「金色……か。前に、どこかで見たような――」
六花は喉を刺すような違和感を持っていた。
だが、その違和感を解消してくれる記憶は宝多六花の中には無い。
それがどうしてか、とても哀しいことだったのはよく分かった。
だって、金色はきっとまだ一人で泣いているから。
他に誰も知らない彼の心を、六花だけは知っていた筈なのだ。
原作一話は終わりです。何だかんだで問川生存。この先、これを生かした展開があればいいな。ちなみに作者にそんな能力はないらしい。
アドニスが人を殺すのは仕方なくです。
本人はマジで気に病んでたりします。人間の心があるのに人を殺して平気な訳がない。
アドニスがグリッドマンと戦っていた時に笑っていたのは、自分を倒してくれる存在が現れたと思ったからです。
アカネに従いつつも、心のどこかで自分を倒してくれる人を探している。そんなアドニスくんでした。