怪獣に産まれて 作:どろどろ
矛盾したら、後で書き直せばいいもんね!
ああ、指が軽い。こんな気持ちで書けるなんてアタシ初めてよ!
もう何も……恐くない!
だが別にオカマではない。
翌日、何事も無かったかのように至って平穏な日常が流れていた。怪獣について騒ぐ声は、テレビにもネットにも見受けられない。
裕太は昨日通りに内海と共に登校した。
教室でクラスメイトに聞いてみると、やはり誰も怪獣やグリッドマンについて覚えていなかった。
「ダーメだ。誰も昨日のことを覚えてやしない」
内海が落胆の声を漏らす。
怪獣が消えても異常現象は残ったままだ。周囲の人間は記憶を失い、裕太と内海だけは記憶が残っている。
先に教室に到着していた六花に話を聞いてみると、彼女には昨日の記憶があった。が、やはり彼女の友人にも記憶の欠落があるらしい。
非日常に取り残されていたのは、グリッドマンと関わったという共通点のある者達だけ。
歯がゆい想いを抱えながら、裕太は朝のHRを迎えた。
「おーいお前ら席につけー」
「――先生、アカネは!?」
「ん~?」
担任が教室に入ってくると、六花が真っ先に立ち上がって言った。
裕太は自分の左隣の席を見る。昨日はそこに、新条アカネというクラスのアイドルのような女生徒がいたはずだ。記憶喪失の裕太に声をかけてくれたし昼食にスペシャルドッグを恵んでくれたので、割と親近感を抱いている相手でもある。
遅刻だろうか、と思って直後に昨日のことを思い出した。
(まさか、怪獣に……?)
想像もしていなかったが、怪獣の手で命を奪われた人間がいないとも限らない。
最悪の事態が頭をよぎり、嫌な汗が頬を伝った。知り合いを守り切れなかったと考えると後悔の波が押し寄せてきた。
「そういや、体調悪いとかで欠席だったな。さっき本人から連絡があった。明日には来るだろう」
「そっか、良かった……」
六花と同じく、声にこそ出さないが裕太も安堵した。
それにしても、真っ先にアカネの安否について心配した所を見ると、六花はアカネと親しい仲だったのだろうか。
裕太と内海は三限目の移動教室の際に六花を廊下に呼び出した。
怪獣の事を覚えている唯一の三人だ。
「きっと、グリッドマンの言う危機はまだ去っていないんだよ」
「あぁ、なんか俺もそんな感じがしてきたぜ」
どうやら内海も裕太と同じ予感を持っているようだ。記憶の消失という不可解な現象。とても無視できるものではない。
「……で、もしそうだったとして、なんで私まで一緒になって会議しないといけないの。もう昨日のことでお腹いっぱいなんですけど」
「それは、だって、ほら」
裕太の声が萎んでいく。勢いで呼びつけてしまったものの、よくよく考えてみれば確かにその通りかもしれない。
今の状況は、確証も無い憶測で六花を縛っているようなものだ。裕太は子供じみた妄想に付き合いきれない六花の気持ちが分からなくもなかった。
「だってさ。ジャンク使えないことには俺たちグリッドマンと会えないだろ」
「じゃあ買ってけば良いんじゃない。内海くんたちはグリッドマンに会える、うちは儲かる。一石二鳥だね」
「何をちゃっかり稼ごうとしてんだよ! そんな金ねぇよ! ともかく今日も三人でジャンクショップ集合だから」
「ええ~、来るの~……?」
内海が『ウルトラシリーズ』のファンだからだろうか。六花を自然と巻き込む内海はどこか楽しそうだった。
「こういうのは名前があった方がいいな。カッコいい組織名みたいなのが。……よし、んじゃ俺たちは今から『グリッドマン同盟』だ!」
「おお……!」
裕太は内海の言う『グリッドマン同盟』が平和を守る秘密結社のように思えて胸の高揚を感じた。
「内海くんて、そういう変なことをよくもまぁ堂々と言えるよね。別に悪いとは言わないけどさ、そういう所が変人って言われるんだよ」
「ええっ、へ、変人……? 俺が? 誰に!?」
「割と皆に言われてるじゃん。主に女子を中心に。ね、響くん?」
「俺に振られても……。記憶喪失だから分かんないす……」
◇◆◇
アカネとアドニスは駅前のある飲食店に寄っていた。
値段も手頃なバイキングの店だ。どういう風の吹き回しか、呼び出したのはアカネの方で、奢ると言い出したのもアカネの方だった。
「本当にいいのか、奢ってもらって」
「いいのいいの~。昨日はアドニスも疲れたでしょ、力が空になるまで戦ってたし。今回はそのご褒美だよ」
「あ、あぁ、そうだったな……」
昨日は別に力を使い果たした訳ではなく、それを理由に殺人の計画を頓挫させたに過ぎない。標的を殺さなくて済む適当な理由をでっちあげただけだ。
アカネに嘘をついたことを、アドニスは後ろめたく思っていた。だが、それと同じくらいに本心では誰も殺したくないのだ。
「それにしても一体何だったんだろうな、あの巨人は」
「ホントだよね。アレクシスも知らないって言ってたし。何で邪魔してきたのかなぁ」
いや、邪魔する理由は何となく分かる。街で暴れる怪獣を止めたかっただけだろう。本気で分からないと言っているなら、やはりアカネはどこか破綻している。
だからこそ、より自分が支えてやらねばとアドニスは想いを強くした。
「……この街はアカネの街。そうだよな?」
「うん」
「アカネもアレクシスも知らない謎の巨人。……僕はアレが外から来た何かだと思うんだが、君はどう思った?」
「う~ん。難しいことはよく分かんない! もうアドニスが倒してくれたんだし、何も気にしなくて良いじゃん!」
どうやら、また新たな敵がいずれ現れることを危惧しているのはアドニスだけのようだ。
アレクシスはどう考えているのだろうか、アドニスと同じ考えなのだろうか、もうしそうならどうして何もアカネに助言しないのだろうか。
アレクシス・ケリヴ。端的に言って胡散臭い男だ。どうやら彼はアカネが作った怪獣ではないらしい。アカネはあくまでも只の人間だ。なら、怪獣を操るなんて危険な力の元凶は彼なのだろう。
アカネの味方のようだが、どうもアカネの殺意を煽っている節もある。アカネと一緒に家に住んでいるらしいが、いつまでも一緒にいさせる訳にはいかないかもしれない。
(まぁ、僕もアカネのイエスマンだし、アレクシスと何も変わらないけどな)
胸の内では不満を持っていても、ぶつけないのはアレクシスと同じだ。
「どうしたのアドニス、食べないの?」
「食べるよ。たくさん食べるさ。最近は食パンの耳以外、固形物を口にしていなかったからな」
「ええ~っ、嘘ぉ!? 死なない? 大丈夫?」
柄にもなく身を乗り出して心配してくれる。
その些細な優しさがアドニスの胸に染みた。数秒前の倍は活力が沸いてきた。
「ありがとう。でも大丈夫、最低限の栄養は確保してると思う。多分、きっと」
トマトジュースと珈琲牛乳とパンの耳くらいしか基本的には食べないので、自信はなかった。ちなみに珍妙な組み合わせだというのは自覚している。
「たくさん食べてね。アドニスは毎日私の出迎えまでしてくれるし」
「気にするな、好きでしていることだよ」
喋りながら、怒濤の勢いでパスタを口に運ぶ。コーラで一気に流し込んだ。
食べるときに食べておかないと、本当に栄養失調で死ぬかもしれない。少なくとも、この食事で1日分のカロリーは摂取するつもりだった。
「そっか。そういえばアドニスは私のことが好きなんだったね。……そう設定されてるから?」
「違う、絶対にこれは僕の心だ」
「ふぅん」
こんなやりとりは確か2回目だ。
いつだって無条件にアドニスは信じている。自分の心は自分だけのもので、この思考は誰かに規定されているものではない。
アカネへの好意はアドニス自身の感情――
(――だと、思いたいものだな)
結局は願望である。本音で言えば、本当に設定の力が感情に影響しているだろう。それを抜いたアドニスの純感情の範囲は計測不可能だ。
九割方の感情はアドニスのものかもしれないし、欠片もアドニスの意志なんて無いかもしれない。
それでも信じていたかった。ただそれだけの、単純明快な話だ。
でも、もし仮に全て設定されていた事だとしたら。
この感情は全てアカネに望まれたものだったとしたら。
(――僕は、アカネに人を殺して欲しくない。平穏に笑うだけの日常を歩んでほしい。これは……誰の願いだ?)
自分の根底にあった願いを見つめ直して自問する。
きっとアカネは泥沼の中で笑っているだけだ。
アドニスは、日の当たる場所で笑顔を振りまくアカネをみたい。
(全て最初から決められていたことだと仮定したら、僕の感情は全てアカネのもの……?)
可能性としては低いと思う。アドニスは成長し心を養う怪獣で、本人にはその自負がある。
だが、一度沸き上がってきた疑念は膨らんでいき、とうとう一蹴することができなくなってきた。
「確か、昨日殺す予定だった人間の名は問川さきる、だったか。アカネはその子に何をされたんだ?」
見逃した標的の名前を口にする。
アドニスは彼女を殺す理由をまだ聞いていなかった。
「……スペシャルドッグ、潰されたんだよね。謝るのも適当な感じだったし。そりゃ殺さなきゃでしょ」
(――は……? たったの、それだけのことで……?)
知らなければ良かった。アドニスは後悔する。
アカネの理不尽を知っても、反対する勇気が無い。
人を殺すのを止めてくれ。口にするのは簡単でも、受け入れられる筈もなく、盛大に嫌われる確率が高いだけだ。
「そう、かい……。それが殺す理由か」
アカネはアドニスの含みのある言い方に、何の疑問を抱いてくれなかった。
「うん。
アドニスが図った殺害計画の延期も空しく、非情な現実が突きつけられた。
延期しても殺害を中止する理由まではない。
「アドニスは休んでていいよ。今日は怪獣作るために学校サボったようなものだし」
「え。いやでも」
「いいからいいから。アドニスが私の役に立ちたい気持ちはよぉーく分かるけど、別の怪獣使わないと私が飽きちゃうんだってば」
ずっと察して欲しかった気持ちはいつのまにか伝わっていた。
だが、今伝えたい想いは微塵も届いていない。
喜ぶべきなのか嘆きべきなのか分からず、アドニスは形だけの笑顔を取り繕った。
◇◆◇
学校を終え、グリッドマン同盟の面々は六花宅のジャンクショップ「絢JUNK SHOP」に集まった。
「……ねぇ、まだグリッドマンって生きてるんだよね」
電源の点かないジャンクを心配そうに見つめる六花が言った。
「うん。なんとなく分かるんだ。俺を呼ぶ声はもう聞こえないんだけど」
「ええっ、じゃあまた怪獣出て来たらヤバくね? グリッドマン戦えないじゃん!」
「そんな簡単に出てこないって」
言いつつも、裕太は焦りを感じていた。
このままグリッドマンが復旧しなければ、折角集まったグリッドマン同盟は何の意味もない。
「なぁ、昨日のこと覚えてるよな」
「え、そりゃもちろん」
「怪獣、喋ったよな」
内海に言われて思い出す。そういえばそうだ。その時は倒すことに躍起になって考える余裕も無かったが、余裕のある今なら怪獣の声を鮮明に思い出せる。
澄んだ綺麗な声だったが、おそらくは男性のものだった。
「あの怪獣の正体が人間、てことは考えられないか?」
「……いや、そんな」
無い、と断言できなかった。怪獣があんなに人間味のある声を出すものだろうか。
「ちょっと待って。じゃあ響くんが戦ってたのって、人間……?」
「あくまでそういった可能性の話だよ。怪獣に化けた人間が人間の街を襲っていたんだ。ウルトラシリーズでも、あんな喋り方する怪獣はそうそういない」
「ウルトラシリーズってのは全然全くこれっぽっちも分からないんだけどさ、……もしもこの先、また怪獣が現れたら、響くんは人間を倒さないといけないってこと?」
内海と六花の視線が裕太へと向いた。
「いや、いやいやいや、流石に考えすぎ、じゃない?」
正しければ、街を救うために人間を殺すということだ。
その時がくれば、果たして裕太は確固たる決意を持って戦えるだろうか。
少なくとも今はまだ、裕太は人間を殺す決心をしていなかった。
「うーん……。グリッドマンがまだ死んでいないとすると、おそらくあの怪獣も死んだわけじゃない。休んでいるだけだ。――そう、怪獣は確実にまた現れる! やっぱりグリッドマンの力が必要なんだよ!」
熱く語る内海。
裕太と六花の二人は徐々に付いていけなくなってきた。
「内海くんって、こんなに喋るタイプだったの?」
「うん、記憶喪失だから分かんない」
記憶を失う以前の内海の事を裕太は知らないが、どうやら内海は自分の好きなものを語る時には雄弁になるタイプのようだ。まさに典型的なオタクを忠実に再現したような人間だ。
「ああああ、グリッドマンはやく起きないかなぁ!? 裕太、どうにかならないのか!? グリッドマン死んでないんだろ!?」
「ご、ごめん。どうすればいいかまでは僕にも分かんないよ……」
「くっそ! こんな時、グリッドマンの新たな仲間とかが登場してくれたらなぁ……!!」
「そんな漫画みたいに都合のいい話、ある訳が――」
言いかけた、その時。ジャンクショップの扉を開けて何者かが入ってきた。
見るとそこには、何処かで見覚えのある男が立っていた。猫背に加えて目の下には大きな隈があり、不気味な雰囲気だ。腰には何本か刀を携えていた。
「……不審者?」
失礼かと思ったがつい溢れてしまった。
「あの、今日は店休みなんですけど」
「お、俺はサムライキャリバー。き、危機が迫っている。だから俺たちは来た」
六花の声も無視してサムライキャリバー(以下、キャリバーと略)は店内に入ってきた。一度腰の刀が入り口につっかえて転んだので、多分敵ではない。こんな間抜けな敵がいるとは思えない。
キャリバーはジャンクの前まで行くと、無断で弄り始めた。機械に関する知識は皆無なので、裕太には何をしているかまでは分からない。
「何してるんですか」
「さ、最適化だ」
「最適化……? あっ、もしかしてグリッドマンの仲間の人だったり!?」
期待を込めて聞いてみるが返事はない。代わりに秒速でその『最適化』とやらを終了させた。
キャリバーがジャンクから離れると、画面にグリッドマンの姿が映し出される。
『――聞こえるか。聞こえるか、三人とも』
「グリッドマン! ああ、今度こそ聞こえる!」
内海がテンション高めの声で言った。やはりこの状況を楽しまずにはいられないのだろう。不謹慎かもしれないが、その気持ちは分からなくもない。
『急いでくれ、君たちにはやるべき事がある』
こっちの話は向こうに聞えていたらしい。君“たち”と言った辺り、もうグリッドマンがグリッドマン同盟の存在を知っているようだった。
「やっぱり、怪獣は倒せてないんだ」
『ああ。それどころか昨日は手を抜かれていた。敵はまた現れるだろう』
「手を抜かれてた……? でも、結構良いところまで追い詰めてたじゃないか」
『最後の一撃で確信した。あの怪獣を倒すためには、今のままではだめだ。君たちの力を貸してくれ』
ここまで話を聞けば、もう裕太の心は決まっていた。
最初から前のめりの内海はもちろん、乗り気でなかった筈の六花の顔持ちですら今は険しい。
グリッドマンの声はそれだけ張り詰めていて、鬼気迫るものを感じさせる。同時に、強い安心感もあった。
グリッドマンとなら――。そう、誰もが思った。
『私と、君たちで――敵を倒すんだ!』