怪獣に産まれて 作:どろどろ
アカネは怪獣を作りに帰ってしまった。
しばらく当てもなく街を散歩していると、一軒のフラワーショップがアドニスの目に留まる。アカネの前では押さえているが、本来のアドニスは好奇心の塊のような男だ。
「花屋か」
手持ち金はお世辞にも多いとは言えないが、見るだけなら損することはないだろう。
フラワーショップの中は、アドニスの想像よりは綺麗に飾り付けられていた。てっきりジャングルのようになっているかと思ったが、完全に偏見だったようだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか」
声をかけてきた店員は若い麗人の女性だった。
「いえ、特に何か買うつもりじゃないんです。目に留まったので、見学していこうかなと」
アドニスが客じゃないと知っても、女性は笑顔を崩さない。
アドニスは申し訳なくなって、安いものをいくつか買っていこうかと思った。もう殺風景な部屋にも退屈してきたところだし、アカネへのプレゼントにするという用途もある。
「やっぱり、女性って花をプレゼントされたら喜ぶものなんですか」
「あら、彼女さんでもいらっしゃるんですか?」
「ええ……まぁ、そんな感じかな」
恋人と言うより、執事と女王様のような関係だと思ってつい笑ってしまった。
「あくまで主観ですけど、プレゼントでしたら服なんかよりも花の方が嬉しいですね。私は花が好きでこんな仕事をしている訳ですし」
「……僕の彼女、喜んでくれますかね」
「気持ちの籠った物なら何でも嬉しいと思いますよ。花なんかは花言葉で遠回しに気持ちを伝えたり出来ますから、プレゼントには最適です。普段言えないことを、花に乗せて届けるんです」
「花、言葉……?」
直接言葉にして伝えた方が何倍も楽なのに。
アドニスは花を使って想いをぶつける人間の気持ちに共感できなかった。そんなものはただの臆病者だ。
だが直後、自分も臆病者だったことに気付く。
(そういえば、僕も全てをアカネに話せる訳じゃない)
寸刻前に花の贈り物を批判的に思った自分を恥ずかしく感じる。
嫌われるのが怖くて、何も言い出せない。そんな自分に臆病な誰かを蔑む資格はない。
目に付いた花に触れてみる。手入れの行き届いた美しい紫の花弁の花だった。値段は丁度、アドニスの所持金でギリギリ届く範囲だ。
「この花は何て言うんですか」
「紫のアネモネ、ですね」
「アネモネ……」
続く女性の言葉に、アドニスの心は釘付けになった。
「花言葉は――『君を信じて待つ』」
それは適当に手にしてみた花。
だけど、今なら運命めいたものを感じることができた。
この一瞬だけは、神を信じてみようと思う。
そしてあわよくば、都合のいい願いを聞き届けてほしい。
「――これ、ください」
花を受け取って、興味を持ったアカネが花言葉を調べてくれて。
それでもし、この想いが伝わったらなら、自分の生まれた意味すら満たされるかもしれない。
罪深い金色の人は、そんな素敵なこの先を神様に願った。
◇◆◇
おや、今日はアドニスくんじゃないんだねぇ。
……お休みをあげたのかい? ううん、でも彼はまだ戦えると思うけどなぁ。あと少しだけ体力は有り余っている筈だよ。
いやいや、もちろん君の意見も正しい。同じ怪獣ばかりでは芸がないしね。アカネくんの作る怪獣はどれも素晴らしくて、実は私も毎回仕上がりを楽しみにしているんだ。
ふむぅ、それにしても、私は最近アドニスくんと話をしていない気がするなぁ。
たまの休みくらいには彼に会いに行ってみるとしようかな。アカネくん、後で彼の住所を教えてくれるかい?
うん? ……ああ、ごめんごめん。そうだね、まずは新しい怪獣のことが先だ。
ではでは、おほん。
――――インスタンス・アブリアクション!
◇◆◇
――怪獣が聞こえる。
昨日と同じだ。裕太がそれを感じると、地響きが伝わってきた。
「あれ……地震?」
「いや、怪獣だよきっと!」
六花と内海がグリッドマンと裕太を見た。
『裕太!』
「分かってるよグリッドマン! 一緒に戦おう!」
グリッドマンの呼びかけで裕太も決意を新たにする。もしかすると、昨日の強い怪獣が現れたのかもしれない。あの強大な力の前に強きでいられると言えば嘘になる。
だが、グリッドマンとなら何でも成し遂げられそうな気もしていた。
『この世界で、私は実体のないエネルギーに過ぎない。裕太と合体しなければ戦うことができない』
ジャンクの画面が光を放った。
思わずその場の全員が目を閉じて――開いた瞬間には、
『それが、私と君のプライマルアクセプターだ』
裕太の左手首には大きなブレスレットが装着されている。
『君の意志で、私とアクセスフラッシュしてくれ』
それを聞くと、裕太は自分が何をすればいいのか明確にイメージできた。
――俺にしか出来ないこと。それが、俺のすべきこと。
戦士は再び戦場へと赴く。
「――アクセスフラッシュ!」
そんな青臭い台詞を吐いて、裕太の身体はジャンクの中へと吸い込まれていった。
◇◆◇
怪獣の名前はグールギラス。遠方に向かって火炎弾を発射する攻撃を主なものとする。
グールギラスの口内に最大出力の炎が蓄積される。
それを球体状にして射出した。
斜線上にあるのはツツジ台高校の体育館である。このままいけば、体育館の一部は軽く消し飛んでしまうだろう。
だが、斜線上に現れたグリッドマンはその火炎弾を拳で受け止めた。
青と白の装甲は一転、赤と白を基調としたものに変化している。
基礎身体能力も前回とは比べものにならないほど向上していた。
『(身体が軽い! これならいける!)』
倒せない敵などいない。そう感じさせるほどの万能感が裕太の中から沸き上がる。
[すげぇ、色も動きも違う。これが最適化したグリッドマンか!]
ジャンク越しに内海の声が聞えてきた。傍から見てもグリッドマンが飛躍的にパワーアップしているのは分かるらしい。
怪獣が連続して火炎を吐いてくる。
足下で逃げ惑う人たちが見えて、グリッドマンはそれらを全て受け止めることにした。拳を振るい、全ての炎を掻き消す。
怪獣の攻撃は一つもグリッドマンに通用していない。この時点で両者の間に大きな力の差があるのは明白だった。
[裕太、首だ! アイツは首が脆い! そこを狙え!]
戦いながら、グールギラスの首の皮が剥がれおちていた。まるで中途半端な塗装がとれるかのように。
裕太はそこに一早く気付いた内海の観察眼に関心する。一番敵を注意深く見ているのは、自分よりも内海の方かもしれない。
攻撃が止んだ所で、グリッドマンが距離を詰めた。
グールギラスの首に向けて腕を振るう。
渾身の力を込めると呆気なく首が落ちた。断面を見ると、グールギラスの体内が露わになっている。血肉はなく、中は回線のようなもので埋め尽くされている。
やはり普通の生物ではないらしい。
『グリッドビーム!』
太陽すら眩む目映い光線はグールギラスの身体を吹き飛ばす。
金竜には通用していなかったが、今度のグリッドビームには怪獣を一撃で屠るほど絶大な力があった。最適化して威力が上がったのか、それともこの怪獣が金竜より弱かったのかは定かではない。
一つ確かなのは、光線を受けた怪獣が四肢爆散して消滅したといことだ。
前回の戦闘を経て、今度こそグリッドマンは怪獣を打ち倒した。
だが、金竜が睨むこの庭で、勝利を掴み取ることは容易ではなかった。
アネモネの花束を抱えて電柱の上に立つアドニス。
彼は再び現れたグリッドマンを見て口元を歪める。
「また出たのか、ヒーロー。前とちょっと違うな、強くなってる」
アドニスも余裕綽々という訳ではない。グリッドマンはあまり油断できないレベルまで強くなっている。
携帯が鳴った。誰からの着信か、用件は何なのか、それを聞く前にアドニスは全てを察する。
『アドニス!』
「分かってる。今度こそ完全に倒す」
そして再度、金竜と巨人が相まみえた。
◇◆◇
グリッドマンが怪獣を倒すと、休む暇もなく完全怪獣化を遂げたアドニスが出現する。
【これから、君を敗北の標に導く】
アドニスの背から六枚の虹色の羽が最大質量で顕現した。
虹色が黒に染まっていく。
――刹那の間に、雷が迸った。
それは光と対照的な漆黒で、アドニスの周囲に発生してはグリッドマンに向かって伸びる。
【産まれた場所へと還れ!】
前回より強くなったのはグリッドマンだけではなかったようだ。
初っぱなから全力の攻撃を放つアドニスには、油断も慢心もない。昨日の戦闘が嘘だったかのような力を発揮していた。
たまらずグリッドマンは黒雷の射程範囲から抜け出そうと距離をとる。
だが、そもそもこの街の全域がアドニスの間合いだ。どこへ逃げようとも黒雷は追尾してきた。
黒雷は間合いが広い反面、拳で受けきれるほどの威力しか持っていない。しかしそれが何重にも重なって襲いかかって来るのだ。このままではジリ貧である。
アドニスの驚異的な所は、攻撃を休める気配がない所だ。
昼間の、それも今日は快晴の日。光からエネルギーを抽出するアドニスは無尽蔵の体力を持っているのと同じだ。
もちろんアドニスの体力は有限だが、それを突破するための火力がグリッドマンにはない。
『ク――ッ!』
攻撃を間一髪躱しつつ、次の黒雷が接近してくるまでの僅かな合間を縫って、
『グリッドビーム!』
全身全霊の力をアドニスに叩き込む。
が、アドニスは攻撃に使っていたエネルギー全てを変質させ、正面にシールドを作り出した。
光線は塞き止められ、アドニスの身体には届かない。やはり遠距離では絶対的に不利だ。至近距離にまで近づかなければ、微塵も勝機は見えない。
【以前よりは強いが、僕より僅かに弱いな】
不動のアドニスが飛翔する。
【――今回も喋れるのなら答えろ巨人。君は何者だ】
双方が動きを止める。
言葉を駆使するアドニスには対話の余地があった。
『お前こそ、どうしてこの街を壊すんだ』
【先にこちらの問いに答えろ。君は何者だ】
街から音が死んでいく。グリッドマンとアドニスの周囲は鳥すら寄りつかず、閑散としていた。
『――私はハイパーエージェント・グリッドマン。私は、お前を倒さなければならない』
アドニスの羽が動く。
思わず構えるグリッドマンだが、攻撃してくる様子はない。
しばらく、アドニスは『グリッドマン』という名を自分の中で反芻していた。
【グリッドマン。君の質問に答えよう。どうしてこの街を壊すか、だったな――】
【――君が知る必要はない、息絶えろ】
◇◆◇
「いや理不尽すぎんだろ!」
一連の会話を聞いていた内海は思わず壁を叩く。
『絢JUNK SHOP』にいた面々は、ヒーローと怪獣の対話を固唾を呑んで聞いていた。もしかすると戦わずに済むかも知れない。怪獣は容赦なくそんな期待を折り、グリッドマンへの追撃を開始した。
「くっそあの怪獣――マジで強いぞ!? さっきの火を噴くヤツとは大違いだ」
「グリッドマンの言うとおり、この前は手を抜いてたんだ……。でも、なんでそんなことを?」
「……もしかして、そうせざるを得ない理由があったのかも」
「理由って?」
「そこまでは分かんねーよ! 何か弱点は無いのか、何か……!」
血眼になって金竜の動きを観察しているが、弱点らしい弱点は一つも見当たらない。
それどころか、付けいる隙が一つも見当たらない。分かったのは攻撃の種類が複数あるということくらいだ。
「このままじゃ、グリッドマンが負けちまう……!」
内海の悲痛な声。
グリッドマンは先程から防戦一歩だ。六花も同じようにグリッドマンと、そして裕太の身を案じ始めていた。
自分にどうする力もない事にだけ気が付いた六花は、この状況を打破する手段はないかとキャリバーに縋る。
「キャリバーさん、さっきみたいにグリッドマンを強くしたりできないんですか!?」
「で、出来ない。既にグリッドマンは最適化済みだ」
「そんな……」
何を思ったが、キャリバーが前に出た。
「だが。と、共に立つことは出来る」
内海の身体を押しのけて、ジャンクの正面に立つキャリバー。
大きく息を吸って、
「アクセスコード、グリッドマンキャリバー!」
そう叫ぶと、裕太の時と同じようにジャンクに吸込まれていった。
残された二人は少しの間唖然として、内海がぽつりと、
「……あの人、マジで何の説明もしないよな」
グリッドマンの力になれるのなら、最初からそう明かしていて欲しい。
肩を落としつつも、希望を見出す内海と六花だった。
◇◆◇
アドニスの攻撃を遮るように、空中に突如として広がった波紋。
【(何だ、グリッドマンの技か……!?)】
波紋の中から現れた巨大な剣が、アドニスの黒雷をことごとくなぎ倒していく。
剣はグリッドマンの正面の地面に突き刺さり、
『俺を使えグリッドマン!』
『ッ! ああ!』
【(剣が喋るとはな!?)】
アドニスの驚くポイントは少しズレていた。
驚きつつも、アドニスは次の黒雷を形成するためエネルギーを溜める。
『電撃大斬剣グリッドマンキャリバー!』
【良い剣だ。だが受けきれるかな!!】
先刻の倍の量の黒の閃光がグリッドマンへと向かって迸る。
躱してばかりだったグリッドマンは、剣を構えてそれら全てを迎え撃つ。
直後――グリッドマンは
【……なるほど。また強くなったか】
『私は君を、倒さねばならないんだ!』
【分かっているよ。それはさっき聞いた】
まるで自分に言い聞かせるように言い放ったグリッドマン。
アドニスの瞳の赤が更に鋭利に光る。
【強くなるのなら、剣ごと打ち砕くまでだ】
怪獣になるとアドニスがすんごい中二病みたいになるんですけど。