怪獣に産まれて   作:どろどろ

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覆・没Ⅰ

「――オイ、こっちに人がいるぞ!」

 

 ビルを巡回していた警官の一人が声を荒げた。

 一部の壁が破壊されて瓦礫が積み重なった場所で、一本の腕だけが瓦礫から露出している。

 埋もれている何者かを救出するため、三人の警官が瓦礫をどかすが、現れた男の状態を見て三人は唖然とした。

 

「な、なんだ、この重傷は……!?」

 

 夥しい量の出血で少年は死んでいるようにも見えたが、どうやらまだ息はあるらしい。少年は咳き込みならが吐血する。

 異常なのは、所どころが焼け爛れたような皮膚。顔はまだ綺麗なほうで、裂けた服から露出した肉体は、溶岩にでも漬けていたかのように赤熱化していた。

 

 単に潰されただけの傷害ではない。

 ここまで酷い状態の人間を見たことがない三人は、吐き気を催しながらも少年の救出を続けた。

 

「しっかり……しっかりしろ! 意識はあるか!?」

 

 少年の手を握る。

 すると、粘土でも触っているかのような感触が広がった。

 見ると赤黒く粘度の高い何かが掌に付着している。それは少年の表皮と血液が凝り固まったものだった。

 少年の身体の一部が――溶けていたのだ。

 

「うわっ!? なんだこりゃ!?」

「……煩いな」

 

 警官の声に反応した少年。

 これだけの身体でまだ人間は生存できるものなのだろうか。少年の生命力に驚きつつも警官の一人が携帯に手をかけた。

 

「無事か! 安心しろ、すぐに救急車を」

「不要、だ。――頼む……、静かに、していてくれない、か。確かに今は死にかけだが、僕は……死なない」

「な、何を言ってるんだ君は! 自分の身体がどうなっているのか分かっているのか! 放置できるわけないだろう!!」

 

 警官の心配は尤もだ。

 だが、少年は痛みに耐えるので精一杯で他人の考えに共感するほど余裕はない。

 

「煩いと、言った」

 

 ここで初めて害意を持った金色の人は、心底目障りな警官三人に、

 

「君たち、本当に煩い――寝てろ(・・・)

 

 そう言った。

 そう、言っただけだ。

 少年の言葉を耳に通した警官三人組は、その言葉の通りに急激な眠気に襲われる。その後数秒と待たずに眠りに落ちた。

 

「……あぁ、僕も、眠いな」

 

 ――翌日、その場で眠っていた三人の警官が発見されたという。

 

 

◇◆◇

 

 金竜――アドニスとの再戦から一日が過ぎようとしていた。

 街に怪獣の痕跡は無く、消えた人間も現在は確認できていない。思い返せば、アドニスの巧みな立ち回りは本当に街への被害を配慮していた気もする。死んだ人間がいないのも、彼が気を回していたからかもしれない。

 

 グリッドマン同盟結成から三日目。今日は怪獣が現れる気配はないが、それでも同盟の面々はいつもの如く「絢JUNK SHOP」に集合していた。

 互いに険悪だった六花と内海の仲も、一日のインターバルを置いて解消されている。

 

「怪獣、出てこないね」

『……あまり良い前兆とは思えない。裕太、気を引き締めてくれ』

 

 グリッドマンに言われて、裕太は怪獣がもう出ないのではないかという期待を捨てた。危機は去っていないのだ。

 

「まぁ裕太の気持ちも分からなくはない。何せ、こっちからは何もできないんだからな」

「もどかしいよね」

 

 内海と六花に言われて考える。

 いつも悪役の方が先手だ。敵の正体の核心を突く情報を持っていない自分たちは、敵が現れるのを待つしない。

 

「――でも、このままってのもダメだ。六花、その、『アドニス』について何か思い出した?」

 

 今の同盟の中では、唯一怪獣の名前を知っていた六花が、問題を紐解く鍵となり得る。

 

「そんなこと聞かれても……。思い出すって言っても、本当に私があの人とあったことがあるのかどうかなんて分かんないし。思い出すようなことなんて、そもそも何も無いような気もするし……」

「でも、六花だけが怪獣の名前を知ってた」

「それはそうだけどさ」

 

 『アドニス』と発したときの自分が、自分でなかったかのようだったとは六花の談である。

 六花の記憶は非常に曖昧だ。昨日の話し合いの末に、彼女が演技をして何か隠している訳ではないという結論に達した。グリッドマンとキャリバーが皆を諭し、疑心暗鬼になっては敵の思うつぼだと気付いたのだ。

 

「ちなみに、私は怪獣の仲間なんかじゃないからね」

「分かってるよ、あの時は俺もどうかしてた……。正直、すまんかったと思ってる」

 

 素直に謝意を表わす内海が、同盟の結束力が僅かに上がったことを表わしている。

 これも全員がグリッドマンに多大な信頼を寄せているからこそだ。グリッドマンという柱を共有することで、とりあえず猜疑心は消えた。

 

「街の人たちから怪獣の記憶が消えてることを考えると、六花もそういった力で記憶を奪われてるのかもしれない」

「お、鋭いね裕太、今も俺も同じ考えだ。……ちなみに、俺は裕太の記憶喪失もそれと関係してると考えてる」

「うーん、俺の記憶喪失は本当に別件のような気もするんだけどな」

 

 どれだけ頭を捻っても事態が好転しそうな気はしない。

 

「グリッドマンはどう思う?」

 

 痺れを切らした内海がグリッドマンに問いかけた。

 

『人々の記憶。街を包む霧。霧の向こう側の巨大怪獣。そして六花と怪獣の接点。現状、重要なピースは揃っているような気もするが、それらを繋ぎ合わせる足掛かりがない』 

「やっぱグリッドマンでも分からないかぁ」

『すまない……』

「いや、グリッドマンは全然悪くないからね!?」 

 

 だが、この中で一番情報整理に長けているのはグリッドマンかもしれない。流石はハイパーエージェントと言った所だろうか。

 

「キャリバーさんはどう思います?」

「……考えるのは不得手だ。と、とりあえず、俺は仲間が揃うのを待つ」

「仲間?」

 

 何気なくキャリバーにも話を振ってみた裕太だったが、さらっと重要な事柄が明るみになった明るみに出た気がする。

 

「グリッドマンにまだ仲間がいるんすか?」

「あ、ああ。もうすぐ来る筈だ」

「……ほんと、この人何も説明しないなぁ。もう慣れたけど」

 

 内海が諦めのため息を吐いた。人畜無害に見えて、実は貴重な戦力だったりするのがキャリバーという男である。

 

「……ていうか君たち、ここが私の家だってこと忘れてない?」

 

 自宅の店が同盟の本拠地になってしまった上、怪獣との関係問題も浮上してきた六花。

 この場で一番頭を悩ませているのが彼女であるということに、男たちはまだ誰も気付いていないのだった。

 

◇◆◇

 

 自宅療養中のアドニスは、癒えない傷に悩んでいた。

 光を存分に浴びて自己治癒力をかなり高めたが、万全の状態と比べて傷の治りが明らかに遅い。

 アドニスの身体はエネルギーを使いすぎたせいで弱ってきていたようだ。エネルギーの吸収機能と循環機能は正常に動いているが普段より遅い。

 例えるなら、バッテリーの機能が低下して充電時間が長くなった携帯端末のようなものだ。それと異なる部分は、アドニスのバッテリーは時間と共に回復するという点だろう。

 

「やっぱり、まだ休んでいないとダメか……」

 

 動く分には問題ないが、身体の節々が痛むので戦闘は避けたいところだ。いつもなら楽にこなせる朝の新聞配達も、今日に限っては苦痛に感じた。

 

「しばらくはアカネの我が儘にも付き合えないな」

「――ほう、それは丁度良かった!」

 

 声はアドニスのすぐ後ろから。

 

「……びっくりした。君が僕の所に来るなんて珍しいな、アレクシス?」

 

 突如部屋に現れた男はアレクシス・ケリヴ。アドニスの産みの親の一人とも呼べる人物で、アカネに自分の意志で協力している胡散臭い男だ。普段は新条家のパソコンの中に住んでいるが実体化することも可能なようで、アドニスは何回かアレクシスを外で目撃したことがある。

 正直な所、アドニスはアレクシスを恨んでいた。この男がいなければ、アカネは人を殺す力を得なかっただろう。アドニスが抱く警戒心は至極真っ当だった。

 

「いやぁ、昨日の戦いはすごい迫力だったよ。特に最後の攻撃、あれは強力だった。しかしね、人間態の君は出力端子の少ないコンピュータも同然だ、そんな状態で使えば威力半減だろう。どうして怪獣態で放たなかったんだい?」

「ネグロシュバインのことか。あの攻撃は強すぎるからこそ使える場面が限られるんだよ。人間態で使ったときも、上空に向かって撃ったし」

「街を壊してしまうから、力にブレーキをかけてたということかい? 君はいつも優しいなぁ」

「そうでもないさ。壊しすぎると今度は街を直すのが大変だろ、それだけだよ」

 

 街を直しているのはアカネでなく、アカネの怪獣だ。今のアドニスの言葉は嘘で塗り固められていた。意志のない怪獣の労力は惜しむに値しない。

 街を壊さず、人を殺したくない。それが彼の本音だ。

 

「ほう……まぁ、いいか」

 

 アレクシスが面白くなさそうな声をもらす。

 

「今日はね、君に休暇を上げに来たんだ」

「休暇?」

「そうだよ。最近はずっと戦ってばかりだったからねぇ、かなり消耗しただろう。だが申し訳ないことに私では君にエネルギーを供給できない。というわけで、君に休暇をあげようというわけだ」

「……ということは、しばらく僕は必要とされないのか。……そうか」

「おや、不服なのかな。まだ戦えるというのなら私からアカネくんにそう伝えておくが」

「そんなことはない、ぶっちゃけ僕はかなり疲れている。そんな戦闘意欲だけ凝縮された殺戮マシーンみたいなことは言わないよ」

 

 アドニスにとっては体力の問題より、精神面の問題の方が強い。罪悪感を抱きながら毎日のように人を殺すのは気が滅入る。いっそ心という器官を破棄したいと思ったことすらあった。

 身体を休め、己の罪を忘れる時間が欲しいと感じていたところだ。アレクシスの提案は魅力的である。

 

「でも、どうしてアレクシスがそれを僕に伝えに来たんだ? ……もしや、僕はアカネを幻滅させてしまったのか」

「確かにとても幻滅していたよ、君は期待外れの失敗作だとねぇ。今は君を産んだことを後悔しているんじゃないかな。しかし、ここへ赴いたのは私の意志だ。君と疎遠になっているように感じていたから、たまには直接話したいと思ってね」

「――そう、か」

 

 アドニスは、毒を吐きながら優しく語りかけるアレクシスは悪魔の素質があると今更ながらに思った。

 

「アドニスくん。突然だが君、最近何か大切なことを隠していないかい?」

「……いや、思い当たる節はないが、どうしてそんなことを聞くんだ?」

「昨日のグリッドマンの発言さ。どうして君の名前を知っていた(・・・・・・・・・・)んだろうねぇ」

「あぁ、それか」

 

 何も知らないアレクシスなら不思議に思って当然だろう。アドニスもグリッドマンに名前を言い当てられて、最初は意味が分からなかった。

 

「隠していたつもりはなかったが、君には話していなかったな」

「その言い方……アカネくんにはその件について何か伝えているという事かな?」

「そういう訳でもない。簡単な話だ――そっちが行ってる記憶の改竄に不備があったんだろう」

「ふむ、ますますよく分からないな」

「個人的には話したくないことだが、簡単に要約して説明してあげるよ」

 

 一つ息を吸って、アドニスは話し始める。

 

「過去に僕と関わりを持った人間が何人かいる。きっとその人たちの中に僕を覚えている人がいるんだろうな。怪獣化を解いて人間態になった僕の姿を見て、怪獣の正体が僕だと突き止めグリッドマンに伝えた。もしくは、グリッドマンの正体が僕を知っている人間って線もある」

「記憶が消えず、アドニスくんを覚えている人間か……。興味深いね」

「というか、街に鎮座してる巨大怪獣が人々の記憶を改竄しているんだから、その怪獣の能力が弱すぎたのかもしれないよ」

 

 アカネの作る怪獣の精度はたまに低いこともある。能力に欠陥があっても不自然ではない。

 アドニスの能力も万能なようで欠点はある。草木の光合成のように無限にエネルギーを作れる訳ではないのだ。

 

「だけど、おかげでグリッドマンの正体に当てがついた」

 

 それが哀しいことに感じたのは口にしない。

 アドニスと関わりを持ち、名前まで知っている人間――それはたったの三人の少女だ。

 三人とも心を養ってくれた恩人で、敵対する立場に回って欲しくない人物だった。

 

「それで、その当てというのは誰のことだい?」

「そこまで君に言う筋合いはないな。さっきも言った通り、これは話したくないことだ。僕の問題は僕で片付けるから君は黙っていろ」

「恐いねぇ。でも今はしっかり休むんだよ」

「お気遣いどうも」

 

 そこで会話が途切れる。

 アドニスが床に寝転がると、アレクシスは窓から部屋を出た。

 そしてアレクシスがベランダから飛び降りる際に、

 

 

「――そう、しっかり休むといい。私としても、悪い怪獣に脅されている(・・・・・・・・・・・)アドニスくんを無理に戦わせるのは忍びないからねぇ」

 

 

 そう言ったのを、アドニスの聴覚は掴んでいた。

 怪獣の聴覚は優れているが、アレクシスの声量はわざと聞えるように調整されていた。

 嫌な予感がして、冷や汗を流したアドニスはベランダから目を逸らす。

 

「はは、演技だったんだが、流石にあの発言は地雷踏んだかな……?」

 

 表立ってアレクシスと敵対するつもりはない。

 だが、近いうちに意見が衝突することはあるかもしれない。

 

「――これ以上悪いことが起きなければいいんだが」

 

 きっとその願いは叶わないだろう。

 根拠はないが、そんな予感がした。

 

 

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