怪獣に産まれて   作:どろどろ

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覆・没Ⅲ

「キャリバーさんが帰ってこないって、どういうことですか……!」

 

 ジャンクショップに立ち寄った裕太を待っていたのは、キャリバーを除いた新世紀中学生三人だけだった。

 マックスが重たい口を開き、事の顛末を話し始める。

 

「偶然か必然か、この店に例の金髪の怪獣少年が現れた、人間の客としてな」

「アドニス……!」

「そう、そいつだ」

 

 ――怪獣が乗り込んできた。

 裕太たちの間で戦慄が走る。

 すぐに戦闘に入らなかった新世紀中学生たちは賢明は判断をしたと言える。このジャンクショップ「絢JUNK SHOP」はグリッドマンの急所とも呼べる場所だ。ジャンクパソコンが壊れればグリッドマンは戦うことができない。

 もし万が一、跡形も無くジャンクを壊されていたら――もはや今後現れる怪獣に対処する手立ては残されないだろう。

 

「……だとすると、どうしてここに来たんだ?」

 

 内海の視線が六花に向く。

 

「――……私のせい、なのかな」

「別にそこまでは言わないけど、何か関係があるかもな」

 

 裕太も内海と同じ考えだ。本当に偶然訪れただけとは思えない。

 “名前”を知られたアドニスは正気を失うほど動揺していた。知られてはいけないことだったのかもしれない。

 

「……自分の名前を知ってた六花を殺しに来た、とか」

 

 そもそも「六花がアドニスの名前を知っていた」ということをアドニスがどうやって知ったのか経緯が不明だ。これは確信のない憶測に過ぎない。

 が、どうやら口にしては不味かったようだ。

 裕太の言葉に六花の顔が蒼白になっていく。

 

「う、嘘。そんな――」

「いや、でも大丈夫! 六花のことは絶対に俺や内海が守るから!」

「……どうしよう、すっごく頼りない!!」

「そんな!?」

「さりげなく俺まで面罵してんじゃねぇよ……」 

 

 だが確かに怪獣相手にただの人間の身体が刃向かえる筈もない。

 

「ふむ、ではその線も考え、三人は今後私たちで護衛しよう」

 

 マックスがそう進言する。普通の人間より戦闘能力の高い新世紀中学生なら護衛に適任である。尤も、奇襲してきた怪獣と対等に渡り会える訳では無いが。

 

「話を戻すぞ。この店にきた怪獣アドニスをキャリバーが尾行した。そして、それ以降の消息が不明だ。何度もこちらから連絡をしているが、一向に応答がない。何かあったと考えるのが妥当だろう」

「あの、それキャリバーさん死んでないっすよね……? だって相手はグリッドマンでも苦戦するほどの怪獣でしょ」

 

 恐る恐る尋ねた内海に、マックスは首を横に振る。

 

「断定はできない」 

「――マジすか……っ痛!」

 

 ボラーの蹴りが内海の臀部に入る。

 

「縁起でもないこと言うな。キャリバーの奴はそう簡単に死なねぇ」

「そ、そうスよね、はは」

「たりめーだ。……あのキャリバーだぞ。死ぬわけないんだ」

 

 ボラーも自信はなかった。

 少なくとも無事でいるとは考えてない。まず間違いなくアドニスによってキャリバーは打ち負かされただろう。つまり、キャリバーの生死は敵の匙加減ということだ。

 

「――アドニスは人を殺すような人には見えなかった」

 

 言ったのは裕太だ。

 

「だからキャリバーさんはきっと生きてる」

「うん、私もそう思うよ。あの人が私を殺しにきたってのも有り得ない」

「……オイオイ、お前ら何を根拠にそんな事を――」

 

 二人の考えに反発するように、内海は続ける。

 

「ウルトラシリーズでヒーロー側の味方になる怪獣は……まぁ、そこそこいるけど。でもそんなの希望的観測だ。あの怪獣(アドニス)は頭が良くて口が回るに違いない。前回の戦いだって、最後の方は口八丁でグリッドマンの隙を作ったじゃないか」

「じゃあ内海はキャリバーさんが……殺されたって思うの?」

「そうじゃない。だからこそ生きてる可能性が高いと思う」

「それどういうこと……?」

「キャリバーさんを倒してもグリッドマンを倒したことにはならないだろ。だからアドニスなら、キャリバーさんを生きたまま捕まえて交渉材料に出したり――拷問したりするはずだ。グリッドマンの情報を引き出すために」

「ご、拷問!?」

「冷徹で聡明な敵なら考えそうなことだ」

 

 裕太は、拷問と聞いて、否定できず何処か納得している自分がいることが悔しかった。

 アドニスは自分のことを人間だと自称した。だが、人間だって残酷なことをする生き物だ。アドニスに情を求めるのは甘すぎる考えだった。

 

 それでも和解できるのではないかという希望を捨てきれないのは、やはり最後に見たアドニスの悲痛な表情のせいだ。

 内海が言うような冷徹で聡明な敵が、あんな激情を出すことがあるだろうか。

 裕太はあの時、アドニスに救いを求める子供の心を見た気がしていた。

 

「なら、全員で捜索しよっか?」

 

 今まで黙っていたヴィットが口を開いた。まるで無関心のようだったが、本当は心配していたらしい。自分から動こうとしない気性の彼からは想像しにくい提案が出た。

 

「いや、待て――」

 

 マックスが胸ポケットから携帯を取り出す。

 

「噂をすれば、だな。キャリバーの携帯から着信だ」

 

 マックスは携帯の画面を全員に見せつけて言った。

 

 

 ◇◆◇ 

 

 

 アドニスはキャリバーを部屋に軟禁していた。

 キャリバーは気絶させられた時に頭を殴打したため軽い頭痛が残っているようだが、他には大した怪我は残っていないらしい。

 刀を取り上げた上に首に拘束具を付けているので、下手に身動きがはとれないだろう。

 拘束具はまるで犬の首輪である。拘束具と繋がったチェーンはアドニスがしっかりと握っていた。

 武器もない今、万に一つも逃げ出せる可能性はない。

 

「携帯と刀、あと財布。めぼしい所持品はこれだけだったが、他に何か持っていないな? 持ってたら後が酷いぞ」

「安心しろ。それだけだ」

 

 この後に及んで嘘を突き通せるなんて甘い考えは持っていないだろう。

 鵜呑みにする訳では無いが、とりあえず信じる事にした。アドニスもおっさんを脱がして身体検査したりするのは避けたいところである。想像しただけで吐き気がする。

 

 ――余談だが、それはアドニスに性の観念が芽生えてきたことを表わしている。本人はまだ自覚していないようだが。

 

「財布には三千円入ってるな、よし、夕飯は少し奮発するか」

「こ、この外道め。それは(ペット)の餌代だ」

「そうなのか? ふむ、なら少し残してあげよう」

「……感謝はしないぞ」

「別に望んでないさ。それにどうせ、“君ら”は僕に憎しみしか抱いてないだろ。僕は数多くの人間を殺してきたんだからな」

 

 アドニスは声に少しだけ覇気を込めた。

 

「だから余計な真似はしないでくれよ。今更肉塊の一つや二つ、増えたところで僕の罪の多寡は大して変わらない」

 

 抵抗されたらまた気絶させるだけで、殺すつもりはない。

 こうして平然と嘘を吐けるのは、アドニスの“最賢”という産まれながらの特性が影響しているのかもしれない。建前で本音をいくらでも圧し殺すことができる。

 

「罪……だと? お前はそれを自覚していると言うのか」

「無論だよ。尤も、生きるために家畜を喰らうのが罪だと言うなら、だけどね。それだけじゃない。蟻塚を荒らす子供や、蜂の巣を駆除する大人たち。彼らも僕と同種の咎人だと思わないか」

「……意味が分からん」

 

 キャリバーはアドニスの考えを一蹴した訳では無い。本当に言っている言葉の筋を理解していないようだ。

 

「――ハ、馬鹿なんだな。でも、その人間の尺度を尊さとも呼ぶ。僕のように逸脱することは愚かしいことだ。“最賢”は――人間で言う精神病の一つかもしれない」

「……俺にも分かるように話せ」

「ダーウィンは愚者だったし、ジャンヌ・ダルクは魔女だった。これで意味を察しない人に、これ以上何も言うつもりはない」

 

 どうやらアドニスの真意はキャリバーに伝わっていない。

 だが当たり前だ。アドニスの言葉は婉曲され過ぎている。これは正義を翳して怪獣に立ち向かえるキャリバーへの嫉妬だった。

 

「ところでこの携帯だけど、六つだけ連絡先が登録してあるな。――マックス、ボラー、ヴィット、響裕太、内海将、そして宝多六花。この中にグリッドマンがいるってことか?」

「お、お前に言うことなどない」

「はいはい、そうですか」

 

 アドニスの中に強く残ったのはやはり『宝多六花』の名前だ。

 これで六花がグリッドマンと関わりがあることがほぼ確定してしまった。六花=グリッドマンの信憑性も高い。

 

(……六花の問題は後回しで、今は謎の究明が先だ。そのために誰かとコンタクトを取りたいが――このマックスってのにしようか。カタカナ表記だしなんか強そうな名前だし)

 

 実に適当な理由だが、この際六花以外なら誰でもよかった。

 早速アドニスはマックスに電話をかける。

 何コールかして、ようやく相手は応答した。やけに時間がかかったことに警戒しながら、アドニスは話し始めた。

 

「――こんにちは、マックス。僕はアドニス」

『……キャリバーはどうした』

 

 当たりだ。マックスはグリッドマン関係者だ。

 

「両足両腕を折り、歯と眼球を全て取り除き、傷口を焼いて固めた。だけど――何とか虫の息はあるから人質としてギリ価値がある程度には無事だよ。良かったねぇ、ほら喜びなよ」

『き、貴様……ッ! なんてことを!!』

 

 向こうで歯ぎしりする音が聞えた。

 アドニスの握るチェーンの先には、五体満足でおおよそ健康なキャリバーがいる。嘘で敵を焦らそうと考えたが、効果は覿面だったようだ。

 

「僕も切羽詰まっていてね。そこで聞きたい、グリッドマンとは何者だい?」

『ぐ……。こ、答えられない』

「おや、君は自分たちの状況を理解しているのかな」

『オイテメェ! 今すぐキャリバーを解放しやがれ!』

 

 マックスの声ではない。どうやら向こうは複数人いるらしい。昼間に喫茶店にいた誰かだろう。

 

「う~ん、こっちの質問に答えてくれない人とは言葉を交えたくないなぁ」

『っざけんなお前! 何様のつもりだよ!』

「知らないね。僕が何者かは君らが決めろ。けどグリッドマンが何者なのかは明確な答えを提示しろ」

『この、野郎……ッ! 絶対に許さねぇぞ!!』

 

 とうとうアドニスはため息を吐いた。

 全く話にならない。

 

『あの、私……、宝多六花って言うんですけど』

「ッ」

 

 次に聞えてきたのは、確かに六花本人の声だった。

 

(六花。君がそこにいるというのは――つまり……)

 

 もう自分に言い訳を聞かせることも出来なくなって、アドニスは苦い思いをそのまま呑み込むしかなくなった。

 瞳を閉じて気分を落ち着かせる。動揺を悟られてはダメだ。

 

「こんにちはお嬢さん。僕の要求は――『グリッドマンの無力化』だ。今後グリッドマンが怪獣の邪魔をしないと確約されない限り、こちらから話すことはなにもない」

 

 六花がグリッドマンという可能性も考え、殺さずに済む方法を提示したつもりだ。

 一字一句聞いたはずだが、六花はその要求に対して何も返答しない。代わりに、彼女自身の言葉だけ投げつけてくる。

 

『アドニス、さん。ですよね。私ってあなたと逢ったことがあるんですか!?』

「君なんて知らないよ」

『……あなたが、街を襲うのには理由があるんですよね!? キャリバーさんを傷付けたっていうのも嘘なんですよね!?』

「僕は質問もするし要求もする。だが、君らの問いにこたえるつもりは毛頭無い」

『そんな……』

 

 六花の声を聞いて決意が揺らぎそうになったが、何とか続きを吐き出す。

 

「この場での答えはもう期待しないことにした。12時間以内にグリッドマンを無力化し、僕にその証拠を提示してもらいたい。そうすればキャリバーは返そう。キャリバーが生きているうちに、前向きな返事が来ることを願っているよ」

『ちょっ、待――』

 

 一方的に通話を切る。これ以上六花と話していると、より譲歩してしまいそうだったからだ。

 

「お、お前は本当に理不尽なんだな」

「……ソレ、多分親譲りかな」

 

 アドニスはキャリバーに携帯を投げ返した。

 

 

◇◆◇

 

 

 夜になって、アドニスはキャリバーを外に連れ出すことにした。

 向かう先は近所のコンビニだ。所持しているのはキャリバーから押収した財布だけである。

 

「キャリバー、夕飯は何にしようか。臨時収入も得たし奢ってあげよう」

「それは……俺の……金だ……!!」 

 

 キャリバーは三段論法で睨んでくる。アドニスはそれを笑って適当に流した。キャリバーは金に余裕のない身の上らしいが、そんな事お構いなしである。

 

 コンビニに入ると、店員と客から好奇の視線を向けられる。キャリバーが首輪のような拘束具をしているせいだろう。

 

「あの、お客様……?」

 

 怯えた様子で声をかけてくる店員に、満面の笑顔でアドニスは、

 

「あっ、すみません。この店ペットの持ち込みは禁止でしたか?」

「い、いえ、そういう事では無く……」

 

 実際にペットは持ち込み禁止だが、店員が言いたかったことはそうじゃないだろう。だが、別に通報する必要はないと判断したらしく、それ以上誰かから声をかけられることはなかった。

 首輪の付けられたキャリバーは居心地の悪そうな顔をしている。アドニスはすごく笑顔だった。

 

「僕はお菓子を買おうかなぁ。キャリバーは何にしたい?」

「……いらん」

「じゃあ僕が決めるよ。知ってたかい、味の素って食えるんだよ」

「そ、それは調味料ではないのか……?」

 

 とんでもないゲテモノを食べさせられそうになっているのに危機感を覚えたキャリバーは前言を撤回する。

 

「……や、やっぱり大福と茶を」

「おお。なら僕もそうしよう」

「……お前は普段から夕飯にお菓子を食べるのか」

「別に良いでしょ。どうせ僕は怪獣なんだし」

 

 アドニスの肉体は人間よりはるかに長寿だ。食生活が多少不健康なものになっても寿命で死ぬことはまだまだ先だろう。早死にするとしたら寿命以外の要因でだ。

 

 

 

 

 

 夕飯(お菓子オンリー)を購入すると、コンビニの裏手に回って立ち食いし始める。

 キャリバーはアドニスと同じく大福と緑茶を口にしていた。両手は塞いでいないので食べる分に支障はない。

 

「大福旨い」

「……ああ」

 

 電話での交渉とは打って変わって子供っぽくなったアドニスに、キャリバーは少しだけ驚いていた。残虐で冷徹な男かと思ったが、味覚には素直なリアクションを取るらしい。

 

 思えば、戦っている時も傷が残るような攻撃はしてこなかったし、こうして食事(お菓子)も提供(代金はキャリバー持ち)してくれる。非人道的な存在には思えない。

 

「お前は……」

 

 気付けば口が開いていた。

 声に出すつもりはなかったが、この際なので聞いてみることにする。

 

「――お前は、どうして人を殺すんだ」

 

 自分の欲を満たすためなのか、他の目的があるのかは定かではないが、行動には確実に理由というものが伴う。

 キャリバーはアドニスが戦う理由を知りたくなった。

 

「……別に、それが使命だから殺すだけだ」

「使命、だと?」

 

 その時、野良猫が近づいてきた。

 野良猫は腰を下ろして大福を食べるアドニスの元へと寄る。

 

「おお、野生の猫とは珍しい。どれ、大福を上げようか」

「……喉に詰まらせるからよせ」

「では餡子だけ上げよう」

 

 本当は甘い物も不要にやるべきではないのだが、注意するのも面倒になったキャリバーは自分の大福を食べ始めた。

 餡子の付いたアドニスの指を猫が舐める。

 それで微笑んでいたアドニスは、人を殺した男とは思えないほど朗らかな表情だった。

 こうして見ていると、本当にただの善良なだけの少年にしか見えない。

 

「キャリバー。君は猫を飼育していたな」

 

 その時のアドニスはどこか哀愁の漂う口調だった。

 

「猫は、親と共に生き危険が伴う自然の中で短い寿命を終えるか、何処の誰とも知らない人間の手で安全な末永い生活を送るか、どっちが最終的に幸せになると思う?」

「……」

 

 それはキャリバーが考えたこともなかったことだ。

 

「人間は、食べる為じゃなく愛でるために動物を飼育する。本来在るべき場所から子供の命を掠め取り、自分たちの都合のいいように教育(洗脳)して、愛おしくなくなったら簡単に捨てる」

「……そうかもしれないな」

「けど、猫はたとえ捨てられても飼い主への愛着は消えないんだ。だってそれしか知らないんだから。いや、こういう点は犬の方が顕著なのかな。忠犬ハチ公って物語があるほどだし」

 

 そこには、アドニスの声に真剣に聞き入ってしまう自分がいた。

 キャリバーは再度アドニスを見る。

 だが、そこには残虐な怪獣の影も形もない。

 

「お前の考えは哲学臭くて一々共感できない……」

 

 アドニスの本音に触れた気がした。だからこそ、キャリバーも自分の本心をぶつけようと思った。

 

「――だが、そんな考えを持てる人間は、弱者の想いを知る慈悲深い人間に限られるということは分かる」

「……」

「お前はとても優しい人間だ。それだけ、分かった。だからもう十分だ」

 

 アドニスが緑茶の入ったペットボトルを歪むほど強く握る。

 すぐ隣で見ていると、下唇を噛んで眉間に皺を寄せながら俯いているのがよく分かった。

 

「それは違う。――僕自身が弱者ってだけだ」

「……お前は強い。俺では歯が立たないほどに」

「そういう意味じゃないんだけどなぁ」

 

 アドニスは腰を上げて大福を一気に口に詰め込む。

 緑茶も一気に飲み干した。怪獣は早食いが得意なのだろうか。少なくともキャリバーがあんな食い方をすれば、大福を喉に詰まらせるだろう。

 

「帰るよ。残りは歩きながら食べてくれるか?」

「……ああ」

 

 帰り道、食事をしているキャリバーに気を遣ってか、アドニスは拘束具を引く力を弱めてくれていた。

   

 

 

◆◆◆

 

 

 アパートが見えてきた所で、街灯の下に立つ少年の姿が目に映った。マフラーを巻いた銀髪の少年だ。金髪のアドニスとは対照的だが、似たような髪質をしていた。

 少年はアドニスを見ると、

 

「――お前がアドニスか」

 

 そう言いながら近づいてくる。

 

「そうだけど、君は何だい?」

 

 相手が子供ということもあって簡単に応えたが、一応は警戒するように心を崩さないアドニス。現段階でアドニスという存在を知っている人間はグリッドマン関係者かアカネの関係者だけだ。

 

「俺はアンチ。アカネにはそう名乗れと言われ、ここに来るように指示された」

「……え」

 

 アドニスが間の抜けた声を出した。

 

「てことは君は、……怪獣?」

 

 少年から返答はない。アドニスは作られた時から自分の正体を知っていたが、アンチは知らないのだろう。

 

「――うん? 待てよ、つまり僕の弟になるのか? なるほどなるほど」

 

 人語を扱う怪獣は自分以外で初めてだ。ここは人間に見立てて弟として扱うのが適当だろう。

 初めて弟ができた。

 そのとき、アドニスは家族が増えるという感情を実感する。頭の中を支配しているのはアンチへの庇護欲だ。それにはアカネに向けるのと似通った愛情だった。

 

「アンチ、アンチ。うんうん、アンチ、覚えた覚えた! あははっ、ウンチみたいな名前だね!」

「……」

「あっ、ご、ごめんよ。つい口が滑って……でも安心して、素敵な名前だと思うから!」

 

 アンチの表情は芳しくない。まだ何も学んでいないにしても無愛想すぎる。アドニスの言葉に微塵も反応が無かった。

 だが、アドニスは膨大なアンチへの恵愛に心が埋まっていて、アンチの無愛想など気にも留めない様子だ。

 

「折角来てくれたんだ、上がっていくといい! 珈琲牛乳があるよ。パンの耳と一緒に食べたら絶品なんだ。うん、是非とも食べていってほしいな!」

 

 空いている方の手でアンチの手を握り――振り払われた。

 その事に目を見開いて、何度か瞬きし、ようやく何が起きたか理解する。

 

「……え。あ、手を握られるのは嫌だったかい? ご、ごめんね……?」

「触れるな! 俺に何をするつもりだ!」

 

 余計に訳が分からなくなって、アドニスは返す言葉を見失ってしまった。

 所見で距離を詰めすぎて驚かせてしまったのだろう。その程度に考えたアドニスに、次に向けてくる言葉を予想することなど出来なかった。

 

 

「――アドニス! 俺はお前を越え、殺すために(・・・・・・・・・・・)生み出された!」

 

 

 今度こそ、本当に何も声が出なかった。 

 隣のキャリバーが後ずさるが、動かないアドニスにチェーンを握られているせいで思うように動けないようだ。

 

「俺の手で、大人しく死ねぇ!!」

 

 そして、アンチの周囲が光り出す。

 

「……なんだい、それは」

 

 怪獣化の光を放ったアンチから離れるため、アドニスは四本の翼を出す。

 いや、四本の翼を出す備蓄エネルギーしか彼の中に残っていなかったのだ。無理をしてエネルギーを作ろうにも今は夜間なので吸収できる光源が少なすぎる。

 

 アドニスはキャリバーを連れて後方へ飛んだ。

 同時にアンチが怪獣化を果たす。

 

「ぐ……ッ」

「なん、だ……!?」

 

 風圧がアドニスとキャリバーを襲った。

 近場の適当な家の屋根に着地して目を開けると、眼前には二十メートルを超える紫の怪獣が立っていた。

 

【GAAAAAAAAAAAAAAAA――ッッ!!】

 

 夜の街に現れた紫の怪獣は、完全怪獣化したアドニスと似た咆哮を吐いた。

 アンチの産声がツツジ台に響き渡る。

 その前でアドニスは静かに佇んでいた。

 

「――なぁ、アカネ。どうしてだい……?」

 

 宝石のように赤く輝く両目から色の無い滴が落ちたのは、六花に食事を出された時を含めてこれで2回目だった。

 最初は嬉しかった。

 いまはただ、身体が引き裂かれるような哀しみがあるだけ。

 

 

「どうして君は、僕にこんな辛い想いばかりさせるんだい……?」

 

 

 壊れてしまいそうなアドニスに応えてくれたのは、アンチが放つ純度の高い殺意だけだった。

 




原作からの変更点
アンチの目的
「グリッドマンを殺す」→「アドニスを殺す」

ちなみに、ここで逆にアドニスがアンチを返り討ちにして殺せば、番外編のアカネ√に入るフラグが立ちます。

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