怪獣に産まれて 作:どろどろ
アンチの雄叫びが響き渡る。破壊をもたらす鐘の音が木霊する。
アドニスは懐から小さな鍵を取り出してキャリバーに手渡した。
「それが錠の鍵だ。早く逃げろ」
「……何?」
キャリバーが怪訝に顔を歪める。表情に表れているのは困惑だけだ。ここでアドニスがキャリバーを解放する必要性は見受けられない。
「君を連れて戦えば勝機は微塵もない。今の僕には余裕がないんだ」
「馬鹿を言うな。お前ならあの怪獣くらい倒せるはずだ」
アドニスと直接戦ったキャリバーだから分かる。アドニスの力は絶大だ。アンチの力量は未知数だが、アドニスならそうそうやられないだろう。
しかしアドニスは首を縦に振らない。
「僕は弱り切ってるし、その上夜だからなぁ。普通に負けるよ、コレ」
「……負けるだと。お前がか?」
「今の僕にエネルギーの備蓄はない。補充も出来ない。どれだけ手数があっても、物資がなけりゃ勝てる戦争も勝てないだろう。第二次世界大戦じゃ強大な技術を有していたドイツをアメリカは物量で強引に打ち負かしたんだ。その二の舞になる」
「……」
キャリバーにはアドニスが怪獣に倒される所など想像できない。それにアドニスは平然と嘘を並べるような男で、発言自体も信用できるものがない。
だが、もしそれが真実だったとする。
アンチはアドニスを殺しに来た。つまり、アドニスの敗北は彼の死を意味する。
「……分かった。しばらくは持ちこたえていろ」
キャリバーは決意を固めた。
この人間はまだ死ぬべきではない。
「――必ず戻る」
「いやいや、そんな期待するようなセリフ吐かないでくれる?」
だがアドニスは大胆不敵に笑う。
「哀しくて、頭にきてるんだ。僕一人で勝利くらい引き寄せてみせるさ、クソッタレが。
力の許す限りの全力を喰らえ――一切の手加減は無しだ!」
戦闘に特化した破壊の化身に、既に力の枯渇した金色の人は牙を向けた。
頼りないくらい小さな背中に生えた翼は神々しさを増し、双眸にはどす黒い光が灯る。
――やがて満を持して、紫と黄金は夜の街で衝突した。
◆
◆
◆
轟音が大地を揺らす。
空気を揺るがすほどのアンチの拳がアドニスに炸裂しようとしていた。
四枚の翼を広げて正面にエネルギーシールドを展開しそれを防ぐアドニス。が、シールドはいつもより薄い。
「ぐ、ぉぉぉぉぉぉぉッッ!」
【――死ねぇええええええええ!!】
更に力を乗せたアンチの拳がシールドを突き破った。
アドニスは翼で身を包み衝撃を減らそうとするが、次の瞬間、全身の骨が砕け散るような感覚が広がった。
「ク……ッ」
痛覚が一瞬だけ吹き飛んだおかげで自覚する苦痛はさほど大きくなかった。血が滲むほど強く歯を食いしばって意識を保つ。
だが、一瞬遅れて身体中の神経が泣き声を上げる。力んで耐えようとするも、意識を止めておくだけで手一杯である。
そして、更に遅れて自分が遙か後方に吹き飛ばされていることに気が付いた。投げ放たれた野球ボールの様に弧を描きながら、頭を下に向けて地面へと落ちる。
(拙い、体勢を直せ……! 翼を動かせ……!)
ありったけの力を込めて翼を肥大化させ、備蓄運動エネルギーを推進力にその場に圧し留まった。
が、顔を上げてアンチを視認しようとした束の間に、背後から膨大な力の接近を感知する。
【――逃がすか】
「ッッッッ!?」
何をされたか確認する間もなく、風を切って前方に押し出された。
抵抗する余力も残されておらず、アドニスは自然落下に身を任せるしかない。
大きな一撃を喰らってしまった小さな身体は、街の中心部にあるビルに突っ込んだ。何層も壁を突破し、何人も人を押しつぶし、やがてビルの下層で落下は止まる。
生身のアドニスの脆さは人間と変わらない。
アドニスの軌跡を辿ってアンチが現れる頃には、血塗れで身体が張り裂けているアドニスがいた。
もはや糸のようにか細い生命力を何とか活性化させ、壊れた身体の無理な修復を何度も重ねている。
両腕は無かった。下半身も無かった。ぐちゃぐちゃになった胴体は筋繊維が変貌し歪な形に変化している。変質を繰り返した身体は、首から上以外人間のものではなかった。どうやらアドニスの身体は脳に近い箇所から回復していくようだ。
唯一幸運だったのは、かつて六花から譲り受けたネックレスがまだ首に掛かったままだったことだ。それは奇跡としか形容できない。
【醜いな】
アンチが呟いた。
耳には入ってこなかったが、丁度その直後にアドニスはアンチに目を向けた。
翼はある。命もある。まだ戦える。
【潰れろォ――!!】
ビルが崩壊していく。
何が起きたかはすぐに分かった。
アンチの背後で光り輝く七色の羽。六枚に及ぶそれは、金竜が持つものと全く同じだった。
(……僕の新型――もしくは、相手の力を
常人なら発狂して廃人になってもおかしくないほどの苦痛を伴いながら、アドニスは冷静に目の前の脅威を分析していた。
だがその考察に意味はない。何か分かったところで抵抗する手立てなどないのだから。
エネルギーの枯渇が原因で中途半端に修復された身体。いっそ死んでしまいたいと思うほどの虚無感と喪失感が沸き上がってくる。
こんな醜い姿で抗うくらいなら、潔く死んでしまった方がどれだけ楽だろうか。
アンチの羽が赤黒く発光しだした。超エネルギーの精製。それはアドニスもよく知っている技だ。単純にぶつけられたら、今の状態のアドニスくらい簡単に蒸発する。
楽な死に方が転がっているのにそれでも拾わないアドニスは、もはや最賢という自意識を捨てていた。
(――ふざけるなッ。僕はまだまだ大事なあの人と一緒にいたいんだ――それを、こんな簡単に諦めきれるかッッ!)
欲望を士気に代えて、言葉にならない声を吐き出す。
声帯が潰れ気管からは血が噴き出してくるが、それでも叫ばなければ心が潰えてしまいそうだった。
「gagggggrrrrd――aaaaa……ァ……ッッ!!」
【俺の前から消え去れ!!】
全エネルギーを身体に回し、身体能力の飛躍的な向上を図る。
もはや翼は邪魔だ。
爆発的に上がった脚力で跳躍することで、目の前に迫った光弾を躱した。
上へ。ひたすら上へ。
そして崩れたビルの屋上に着地すると、追跡してくるアンチから逃れるため更に上空へと向かう。
翼を消した今、アドニスに飛行能力はない。距離はすぐに詰められ、アンチの巨躯はすぐに迫ってくる。
(――アカネの馬鹿者が。君の思い通りには死んでやらん!! 醜かろうがなんだろうが、この僕がそう簡単に君の元を離れると思うなよ!)
絶望的なこの状況でもアドニスは決して諦めない。
あるいは感情を持たない最賢なだけの怪獣なら死を甘んじて受け入れていただろう。
が、ようやくアドニスは自分の意志でアカネの願望をねじ曲げ、生き延びることを志したのだ。
「……舐めるな、弟よ。君の翼はイカロスのそれと同じだ。そんな紛い物で僕を目指すなど、思い上がりも甚だしい!」
【馬鹿にするなァ! 誰がお前の弟だァ――!!】
「君だよクソアンチ! この愚か者がッ――!!」
アンチに落ち度は何も無い。生まれたてのアドニスにも善悪の識別はついていなかったし、人間を殺す事に躊躇いもなかった。
少なくともアンチには言葉という手段は届かない。吐き出した激情は自分を鼓舞するためのもの。
絶対に生き残ると、勝利を放棄して生存を選ぶと。
決めて、願って、想ったら前を見る。
アドニスは首に掛かった竜と十字架のネックレスを引きちぎり、思い切り拳で握った。
そうすることで、持っている全てを込めて戦える気がしたのだ。
「アンチィィィィィィ!!」
【アドニスゥゥゥゥゥ!!】
それから始まったのは、何の工夫もない殴り合い。
身体能力の上限を超えて強化された金色の人と、無垢な怪獣が織り成す拳と拳のぶつけ合い。
が、金色の人の腕は欠片も怪獣に届かなかった。
――77回。
それが人間態のアドニスが怪獣態のアンチに殴られた回数である。
街単位の被害をもたらす最強の兄弟喧嘩は、弟の勝利で終結したのだ。
静まりかえった今、平野となった街の一角で、地に伏すアドニスとそれを見下ろすアンチがいた。
◇◆◇
キャリバーは走る。目的地はグリッドマンのいるジャンクショップだ。
かなり深い夜だが、まだジャンクショップは開いていた。
「裕太! グリッドマン!」
柄にもなく大声で叫ぶ。それだけ緊迫した状況だった。
もはやキャリバーは、アドニスを怪獣として見れない。彼を突き動かしているのは、力を尽くしてアドニスを救わなければならないという使命感だ。
「キャ――」
唖然とするマックスがいた。
「キャ、キャキャキャ――」
混乱するボラーがいた。
「――あれ、聞いてたより滅茶苦茶元気そうだねぇ!?」
微笑むヴィットがいた。
「な、なんで……!?」
当惑する六花がいた。
「キャリバーさん……!!」
歓喜する内海がいた。
「おおおお! キャリバーさん!! 何か分かんないけど帰ってきた――!!」
そして浮き立つ裕太がいた。
そういえばと思い出す。キャリバーはアドニスに誘拐されて、凄惨な拷問を受けているという設定だった。それも全てアドニスの嘘八百だった訳だが、何も知らない者たちの誰が五体満足で健康体のキャリバーが普通に帰還してくると予想できるだろうか。
「……お、遅れてすまない」
「なんで!? なんでキャリバー!? え、えええええええ!?!? いやいやふざけんなよお前、どんだけ心配したと思ってんだ!? 普通に帰ってくるな空気を読め空気を!!」
キャリバーが無事で安堵したせいか、感情が裏返ったボラーが不満をぶつけてくる。
だが今はそれに構っている時間がない。
「裕太、分かっているな。怪獣が出た」
「……え。あ、はい。今アクセスフラッシュしようとしてた所で」
「……そうか。なら手短に話す」
裕太に何も知らせないまま戦わせる訳にはいかない。それに、アドニスの事を知ってもらった上で彼を救うことに意味がある気がした。
「――現れた怪獣の目的はアドニスの抹殺だ」
「え……?」
「アドニスが怪獣に襲われたのに乗じて俺は逃げ出すことができた」
正確にはアドニスが逃がしてくれたのだが、時間に猶予がないキャリバーは焦り口調だった。
「……捕えられている間に分かった。本当のアドニスは心をもった人間だ。それに貴重な情報を持っている。それを知った上で――裕太、アドニスを助けろ」
「ちょ、ちょっと待った――!」
横槍を入れてきたのは内海だ。
「怪獣同士の仲間割れなら好都合でしょ。助けるなんて絶対おかしいって!」
「……捕えられる前の俺なら、お前と同じように考えたかもしれないな」
キャリバーだけはアドニスの本当の顔を見た。
あんな物憂い少年を見てしまっては、救いたいという感情が芽生えて当然だ。
それに――野良猫に施しを与えるような奴がただの怪獣な訳がない。
「キャリバー、お前が捕まっている間に何があったんだ……?」
「話せば長くなる。だが、アドニスの本性を知った気がする」
説明する時間はない。
キャリバーは裕太の方を向き、
「裕太、行け」
「……」
裕太は逡巡していた。
「……グリッドマンはどう思う?」
『私は君の意志を尊重しよう。だが、大事なのはアドニスを救うか否かではなく、キャリバーを信じるか否かだ』
「……そうだね。俺は信じるよ」
キャリバーがアドニスを人間だと言うなら、それだけで救う理由としては十分だ。
「行くよ、グリッドマン――アクセスフラッシュ!」
◆
◆
◆
――なるほど、やっぱり僕はここで死ぬんだな。
感情論や根性論でどうにかなるほど、アンチは甘い相手ではなかったようだ。
何度も何度も全身を殴打された。
あらゆる骨はとっくに砕け、筋肉は引きちぎれ、関節という概念が消え去っていた。エネルギーは完全に底を尽き、今は生来の生命力で延命しているだけだ。
消えそうな命を、一瞬、また一瞬先へと繋げているだけ。
このまま見逃してもらえればあるいは生き残れる。だがきっと殺されるだろう。
――神様。僕の生き様はとてもつまらないものでした。
今わの際に立っていると理解して、ようやく懺悔の想いが生まれだした。
今まで関わってくれた人たちへの愛情も忘れない。自分を殺そうとしているアンチすら抱きしめてやりたいほど愛おしい。笑ってしまいそうなくらいおかしな事に、アレクシスへの愛情だけは希薄だが。
しかし、焦がれる想いを覆い尽くすほどの後悔の波が押し寄せてくる。
――僕はたくさん人をころしました。だけど、人にあこがれました。
――ころして……ごめんなさい。憧れて、もうしわけ、ありません。
アンチがアドニスの顔面を掴み上げ、上空に投げ飛ばした。
そして羽を輝かせ、黒い光弾を作り出した。
――僕を、やいてください。何も……、のこらないくらい、全部、ぜんぶ、やいてください。
――ぼくを、どうぞ、むげんじこくへ――。
アンチが黒光を放った。
寸分違わずアドニスへ一直線に伸びる。それを浴びて、アドニスの身体は消え去るだろう。
アドニスは右手の指を動かした。
祈るように握っていたネックレスはもう無い。
そして、これが生涯最後の瞬間だと悟った。今までアドニスがため込んでいた記憶が脳裏を駆け巡る。
あまり愛されていなかったかもしれない。あまり救いはなかったかもしれない。不幸と言われたら納得してしまうだろう。
塞き止めていたダムが決壊したかのように体液が漏れ出す。涙だったり、鼻水だったり、唾液だったり、血だったりと色々だ。
「……ぅ、ぅうっ」
喉から嗚咽みたいな変な音が出た。
最賢の怪獣には似つかわしくない最期だ。
――やいて、やいて、ぼくをやいて。
しかし、やはりアドニスの想いだけは初志貫徹していた。そのことだけはきっと誇ってもいいことのはずだ。
初めて心から神に祈ろう。
これを見ているかもしれない神様に。
――だから、ぼくをもやすかわりに……、あかねだけは、ゆるしてあげてください……!
ひとりぼっちの神様はアドニスの声を聞いていなかった。
そして、アドニスは知らなかった。
神話の時代は終わりを告げた。人を救うのは神の奇跡ではない。人の意志によって人は破滅するし、救済されるのだ。
『助けに来たぞ――アドニス!』
グリッドマンは落下中のアドニスを包み込むように両手で受け止め、黒光の斜線から逃れた。
【何だ貴様! 俺にそいつを殺させろ!!】
『そんなことはさせない! 彼は人間だ!』
一言だけアンチと言葉を交わし、グリッドマンはアドニスを地上に送り届ける。
「グリッドマン! こっち!」
車が通っていない交通道路のど真ん中にはキャリバー、内海、六花の三人がいた。グリッドマンはアドニスを彼らに渡すと、アンチとの戦いへと戻っていく。
渡されたアドニスを受け取ったのは六花だ。壊れないようにそっと、撫でるように慎重にアドニスを抱きかかえた。
――が。
「……何、これ。なんでこんな状態なの!?」
潰れて、崩れて、まるで溶けたようなアドニスの身体に触れて思考回路が機能しなくなる。
美しかった双眸だけは面影を残しているが、残りのほぼ全身は徹底的に壊されている。これで息をしているのが信じられない。
思わずアドニスを抱く力が強まってしまう。漏れ出している体液で服が汚れるのも気にしなかった。
「――う。おぇ……っ!!」
ついに内海が嘔吐した。
六花も吐きたかった。
「……酷いな」
キャリバーすらも顔をしかめる。
「普通はここまで痛めつけられて生きていられる訳がない。これでは、生きている方がよほど残酷だ」
「どうにか……彼を助けてください!」
「俺に治療能力はない。こいつの治癒力に賭けるしかないな。……ともかく安全な場所まで運ぼう」
キャリバーが六花からアドニスを受け取った。
後にキャリバーは――まるで挽肉を抱いているような感触がしたと述べる。それだけアドニスの状態は異常だったのだ。
◇◆◇
「――えっ、なんで!?」
『おやおや……』
アカネが驚愕の声を上げた。
「なんでまたグリッドマンが邪魔してくるの!? アドニスが倒したじゃん!」
『お客様は何度でも復活するようだねぇ。いやぁ困った困った。でも問題無いじゃないか、お客様は新しいアドニスくんにまた倒してもらえば』
「……もう、グリッドマンって面倒臭いなぁ」
思い通りにいかないアカネの心境は複雑である。
グリッドマンに計画を邪魔されて苛立つ気持ちもあるが、アドニスが生存したことでどこか安心もしていた。
『アンチくんは敵の攻撃をコピーできるんだろう?
「そうだよ。だってアンチは次のアドニスなんだもん!」
アカネにとって、アドニスは失敗作だった。
アドニスは思考する怪獣――否、戦闘と通して“成長する怪獣”である。だが、日を増す事に挙動が感情的に、より不安定なものになってきている。グリッドマンが現れてからというもの、戦闘中に感情に任せて喋ることも多くなったようだ。
だからこそ、再製造することに決めたのだ。
アカネはアドニスに愛想を尽かした訳ではない。
執着しているからこそ、想っているからこそ、新しいアドニス――アンチを作った。彼女はそれを裏切りとは呼ばない。
「それにしても……アドニスなら黙って殺されてくれると思ったのに、すっごく抵抗してたね」
『その辺も彼の汚点だねぇ。旧作が新作に勝る筈がないというのに』
「ほんとだよ~」
アカネは共感しない。
だから、紛いなりにも少しだけ心を許していたアドニスをこうも簡単に殺そうとするのだ。
言うなれば愛情の裏返しと呼ぶべきものだろうか――“愛着”が無ければ、そもそも新作を作ろうとはしないだろう。
「期待してるよ~アンチくん。頑張ってアドニスを超えるんだぞ~!」
アカネは何の邪気もない声援を送った。
✕✕✕
――私の名はアレクシス・ケリヴ。アカネくんに手を貸す、しがない紳士さ!
いやぁ、実はアドニスくんの心の成長は、最近の悩みの種だったんだ。アカネくんがアドニスくんの処分を検討してくれて本当に良かった。
うん? 何で悩んでたかって?
そりゃあ悩むさ。怪獣の分際で私のアカネくんを誑かすかもしれないし、新しい能力にも目覚めてたみたいだからねぇ。
そう、新能力。全容は私にも分からない――だってアドニスくんは成長する怪獣なんだから。
アドニスくんの本質は思考する怪獣だと思ってたけど、違ったみたいだ。実はこれ、つい数日前に判明したことなんだよ。
決め手になったのが、グリッドマンがアドニスくんの名前を知っていたことだからねぇ。
アドニスくんの名前を知っている存在がいるのは、記憶を改竄する怪獣の能力に不備があったから。
私も最初はそのように思ったよ? けど違った。
他ならぬアドニスくんが、人々の記憶を操る能力と同系統の力を得ていたらしい。
大方の察しはつく。さしずめ――「自分のことを忘れないで欲しい」という彼の願いが根源となり、新たな能力として目覚めた、ってところじゃないかなぁ。だからアドニスくんを覚えている人間がいた。
ほら、大問題だろう? 勝手に成長して私たちの妨害をしていたんだ。今後も似たようなことが起こらないとも限らないしねぇ。
……ああ、それから。アドニスくんの「悪い怪獣に脅されて仕方なく戦っている」発言には私もアカネくんも驚かされたなぁ。だって、悪い怪獣って絶対に私の事を指してるだろう? 全く、彼は失敬だよ、私はアカネくんに望まれて力を行使しているだけだというのに。うん、彼は何か誤解をしてたんだろうねぇ。
グリッドマンにアドニスくんの処分を邪魔されたが、大事なのはアカネくんの心意気だ。旧作アドニスくんから離れてくれればそれでいい。
いま言ったこと、アカネくんには秘密だよ。良い子の皆と、アレクシスお兄さんとの約束だ。
以上、アレクシス・ケリヴの独白でした!
✕✕✕
グリッドマンがアンチを倒し、瀕死のアドニスを六花の家に運ぶことで事態は終息した。
その後、救急車を呼ぶかどうかグリッドマン同盟でかなり激しい論争があったが、最終的には自然に回復するのを待つという結論に至った。アドニスの身体の構造が人間と同じかどうか不明だったからだ。
六花が非常事態ということを母に説明し、かつて宝多家の長男の私室だった部屋を開けてもらった。
新世紀中学生の全員で止血の措置を行っただけで、あとは何もしていない。キャリバーと六花の二人でアドニスを介抱し続けて――アドニスが目覚めないまま夜が明けた。
「――綺麗な顔……」
六花がアドニスの顔を覗き込んで呟いた。
傷は治り、本来の容姿に戻りつつある。アドニスが目覚めるのは時間の問題だろう。
「……そ、そろそろ学校の準備をしたらどうだ」
「今日は休みますよ」
「……そうか。なら尚更眠っておけ」
六花は一睡もしてない。年配のキャリバー(33歳)としては心配な所である。
「――……ぅ、ん」
その時、寝息を立てていたアドニスが声をもらした。
六花とキャリバーが即座に駆け寄ると、足音に気が付いたアドニスは薄く目を開けて最初に六花を、次にキャリバーを見つめる。
「目を開けた!」
「ぶ、無事か……?」
アドニスは二、三度瞬きして周囲を見回したあと、上体を起こした。
「……知らない二人だ。君らは誰だい?」
「え、あ。そうだよね、私は宝多六花。それでこっちの人が――」
「――サムライキャリバーだ。俺は一度お前に捕まった。覚えていないのか?」
アドニスが首をかしげた。
目覚めで記憶が混濁しているにしては様子がおかしい。
「……君たちは僕が初めて会った人間だ」
「は? お前は何を――」
何かに気が付いたキャリバーの顔色が変わった。
「二人のことなんて知らないよ」
――アドニスは記憶を失い、初期化されていた。
雛鳥は産まれて初めて見た動くものを親と認識する。
アドニスにも刷り込みと似たような性質が備わっていたらしい。
最初に見た動くもの――六花を見据えて彼は言う。
「――初めまして。僕はアドニス、只のアドニス。それが僕の正体の全てだ」
アドニスがほんとに幼児退行しちゃった……!
さて、そんなアドニスの今までの戦績です。
vsグリッドマン一回目・勝利
理由:グリッドマンが最適化前でアシストウェポンすらない状況だったから。
vsグリッドマン二回目・引き分け(実質敗北)
理由:無意識に負けることを望んでいた節があるから(超上空まで飛べばキャリバーだけのグリッドマンにはまず負けないのに、ほぼ同じ土俵で戦っていた)。本気でやってたらもっと勝機はあった。
vsアンチ・完全敗北
理由:前日の戦いで備蓄していたエネルギーを全て吐き出してしまった上に、夜だったから。消耗してなかったら初期アンチ程度にアドニスは負けません。
結論:アドニスは初戦しか本調子で戦ってない。