怪獣に産まれて 作:どろどろ
空模様はまるで自分の心を写しているようだ。アドニスはそう思った。
雨が降り始めたのはつい数時間前だ。人間はそんな長時間雨に晒されたら体調を崩すものだが、そこには全くの健康体である自分がいた。
アドニスが病気にならないこと。そして、極度の飢餓状態にあっても中々死なないこと。アドニスの制作者であるアカネか、あるいはアレクシスか。どちらかは知らないがそれを知っているのだろう。知っている上で、アドニスは何の施しも受けていなかった。
どうやら本気でアカネに嫌われてしまったらしい。許される気配も無い。
「……やはり辛いな、一人は」
泣きついて謝るのは気が引けた。
だが、こうしてずっと雨に打たれているのは退屈だ。そして、孤独は誰だって辛い。
(僕の名はアドニス)
一人では霞んでしまいそうな自分という存在を再確認する。
(何の為に、産まれてきたんだっけ……?)
それは気付いてはいけないことだった。
人間は生きるために産まれる。あるいは、親から愛を享受するために。
「I was born ――受動態か」
子供とは親のエゴが生み出す産物であるが、生誕は祝福されるものだと古来からの風習で決まっている。
イエス・キリストの誕生日は世界的に祝われているし、日本では天皇誕生日という祝日まで設けられる。それはおそらく、命が不幸の象徴ではないと証明するために。
アドニスは賢すぎたのだ。
だから、知ってしまう。
――僕は虚だ。とても虚。
――他人を満たすために産まれたから。
――――だから、自分は満たされない。
「哀しいなぁ、アドニス。一体何のために産まれて来たんだい?」
自分の奥底から沸き上がってくる声。
偽りのない本心だ。
「アカネに拒絶されて、ようやく気付いた。僕に意味などない。所詮は他人に奉仕するだけの傀儡だ。けど、この事実を知るには、僕は幼すぎたのかもな。センチメンタルってやつだ」
――ここにいるのが辛い。
そう思ったら最後、走り出さずにはいられなかった。
どこでもいいし、誰でも良い。
ここではない何処か。
別の場所の誰か。
何かを求めて走り出した。
――あぁ、雨が降っていて本当に良かった。
◇◆◇
変な人を発見してしまった。
宝多六花は路上で当惑していた。
『拾ってください』と書かれた段ボールの中で体育座りをしている優男。俳優になればそこそこ売れるであろう。雨も滴る良い男とはこういった人間を指すのだろうか。
最初に疑うのは何かの罰ゲームだが、それにしては顔色が優れない。
では家出かホームレスかと疑ってみるが、身なりが絶妙に整っていることからそれもあり得ないだろう。
男の視線が突き刺さる。
六花は自分で自分の行動を自覚するよりも先に、男に声を掛けていた。
「あの」
「ッ」
びくんと男の肩が震える。
そのままワン!とかニャア!とか鳴きそうな純粋な目をしていた。
「夜逃げとか、何かですか?」
「……」
「あ、ははは。なーんて……」
本当に路頭に迷っている人間のような気がしてならない六花は、そのまま立ち去ることが出来ずにいた。
(ご飯とか、あげてみようかな……)
六花は野良猫に施しを与えてはいけないという言葉を思い出す。野良猫は自給自足で生きる力を持っている。いざとなれば自然に順応し、虫を食ってでも生きるだろう。
さて、ではこの男はどうだろうか。
猫ではないし、しかも完全に子供でもない。
自分に出来ることはなさそうだ。
(……や、やめとこう。なつかれたら困る)
純粋な男の目が痛い。どんな生活をしたらあんな小学生みたいに澄んだ瞳になるのだろうか。
だが、ここは心を鬼にして立ち去ることを決めた。
鬼にならないと無視できない六花は大変なお人好しと言えるだろう。
「……」
「じー」
「……」
「じー」
数秒間無言の格闘が続く。
すると、どこからかやって来た犬が男の隣に移動し、片足を上げた。
男の肩に、黄金のシャワーが浴びせられる。
「……ああああっ! さ、流石に可哀想すぎることになってる!!」
「気にしないでおくれ。通りすがりの方。犬の尿を浴びるのは4度目だ。死にはしない」
「いやワンチャン死ぬのでは……? か、感染症、とかで……てか、ご飯とかって、ちゃんと食べてます……?」
「……ご飯……? あぁ、考えたこともなかった」
男の目には哀愁とも言い難い自虐的な光が宿っていた。
死ぬ覚悟もなければ生きる勇気もない迷い人。
風に揺蕩う廃人のように、男はただ呟く。
「産まれてきた価値すらない僕なんかに、食事などと……」
「────」
大泣きしている子供の姿を幻視する。
「……ぅ」
本気で困った。
ここで素通りすれば人として大切なものを失ってしまう気がするし、かといって警察に通報するのは男の破滅を呼び寄せる結果になってしまいそうで。
……いいや、本当はいくらでも方法はあったのだろう。
この瞬間、宝多六花は自分から男に手を差し伸べる理由を探していたのだ。
「……」
──現在少女の家は、親戚の集まりで外泊中のため、親が留守にしている。
男がもしボロボロの服で、容姿が醜ければ、もっと忌避感も覚えていたのだろうが、残念なことに男は大変な美青年であった。仮に自分の家に上げても、さほど嫌な感情は湧て来ないだろう。
全ての条件が男に傾いているような気がして、ついに六花は。
「……あの、困ってるなら……うちお店やってるんで、ちょっとの間、来てもいいですよ……?」
言葉にした後に、不思議と六花に後悔はなかった。
六花はアンチを洗ってあげたりしましたし、条件が揃ってれば一時的にアドニスを拾いそうだったのでこういう展開にしました。
裕太のヒロインを奪いたくないし、この物語のヒロインはアカネのつもりなんですが、アドニスのヒロインの座が六花に変動しそうで怖い。