怪獣に産まれて   作:どろどろ

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回・帰

 怪獣騒動が広く喧伝され、街中に混沌が浸透していく赤い夕刻。

 帰巣本能に従った鳥のように、アドニスは自分の産まれた場所へ戻ってきた。

 新条家の正面のアドニスと、門の中にいるアカネが顔を見合わせる。

 

「……やぁ、ただいま」

 

 親密な旧友と再会したかのように、アドニスは明るい声で言った。

 

「君、なんで六花たちといたの」

 

 アカネの口から早速出たのは、咎めるように鋭い問いだった。

 

「実は、放浪していた所をたまたま彼女に拾われてね。彼女の家に住まわせて貰っていた。本当は雨風を凌げればどこでも良かったんだが」

「ふぅん、六花も変なことするね」

 

 説明を聞いて、アカネから疑うような視線は簡単になくなった。彼女はアドニスが嘘をつくという発想を欠片も持っていないし、実際にアドニスは真実を語っていた。

 

「アカネは六花と知った仲だったのか」

「君には関係ないでしょ」

 

 だが、否定もしない所を見るとアドニスの予想は当たっていいたようだ。

 

「彼女は良い人だ。アカネの友人に相応しい」

「だから、君には関係ないじゃん」

 

 今度こそアカネの声音が冷たくなった。

 アドニスが察したのは明らかな溝。数日前に離れたときから幾分か機嫌は良くなっているらしいが、まだ自分への当たりはきつかった。

 

「……六花から僕の記憶を消しておいてくれないか。怪獣だということがバレた。下手に捏造するより、彼女の頭から僕の存在を抹消した方が良いだろう」

「元からそのつもり」

 

 端的に答えると、アカネは懐から一つの携帯を取り出してアドニスに投げた。

 

「そのスマホ、連絡用に持っておいてね。所在が掴めないと肝心な時に会えないじゃん」

「それはいいが、確かこれは定期的に充電しなければ使えなくなるんじゃなかったか」

「アドニスなら能力使って充電できるでしょ。ほら、光を別の力に転用するやつ。充電に必要な電気ならそれで作れるんじゃない?」

 

 自分の力を評価されているのか、質の悪い嫌がらせを受けているのか分からないアドニスは苦い表情だった。

 

「君はとんでもない無理難題を簡単に言ってのけるんだなぁ。あぁ、だが、それを実際に出来てしまう自分の才能が恐ろしいよ」

 

 アドニスの能力は、自分の実感よりも遙かに応用性に優れるのが実態だった。精製した超エネルギーは自然界のあらゆる低次エネルギーとして代替可能である。おそらく携帯端末の充電など片手間に行えるだろう。

 

「ん。じゃあ問題ないね」

 

 アカネは素っ気ない態度で家の中に戻っていく。もちろんアドニスを外に放置したままでだ。

 

「アカネ、待ってくれ」

 

 呼び止められたのがよほど驚きだったらしいアカネは、歩みを止めて硬直した。

 

「……なに?」

「いやね、君に伝え忘れていたことがあったんだ」

 

 今のアドニスは清々しいほど迷いがない。

 

「君は僕の大切な人だから、何があろうと僕は、君の味方だ。望みがあれば可能な限り答えるし、絶対に君から離れたりしない。僕を信頼するのは難しいだろうが、このことは忘れるまで覚えておいてくれると嬉しいな」

 

 背中越しに聞いた言葉はアカネの予想を遙か上をいくものだった。

 急いで振り返り、アドニスを見る。

 少なくとも、そこにいたのは小さな背中だった赤子ではなかった。

 

「……そもそも君は私を嫌いになれないよ。だって、そうなるよう作られたんだから」

「さてどうかな。僕が君を好いているの確かだが、その認識の根元は的外れかもしれないよ」

 

 アドニスは目を細めて遠くを見据える。アカネは自分の心の奥底に視線が突き刺さっている気がしたが、不快感はなかった。

 

「規定された思考や言動しかしない生物なんて、どこにもいないさ。ほら、僕はここで生きている」

 

 新条家の屋上にアレクシスの影があった。一度そちらを見てから不敵に微笑むと、もう一度アカネに視線を戻す。

 やがて誰かを後押しする追い風が吹いた。

 

「自分の意思で、君が好きなんだ」

 

 初めて自ら言葉にしたアカネへの想い。その真意が彼女に伝わることを祈りつつ、アドニスは踵を返した。

 願われた時だけ歩み寄ればいい。今はただ待つのみである。

 アドニスは振り返らず当てもなく歩き始める。その直後、新条家の門を開く音を聞いた。真後ろに近づいてくる足音がある。

 

「む、なんだ」

 

 アカネは片手に財布を持ち、軽くアドニスの肩を叩いた。

 

「君、結構可愛いところあーるーじゃん♪」

「……へ?」

「お腹すいてるんじゃない? ご飯行こうか」

 

 確かに仲を深めたいと願ったのはアドニスだが、アカネの機嫌の豹変ぶりに着いていくのは容易ではなかった。

 

「……まったく、アカネは本当に気まぐれな()だなぁ」

 

 

 

 

 その後、二人は飲食店を利用せず近所のコンビニで適当に食品を購入した。怪獣を使って街を壊す割には正規の方法で買い物をするのだな、とアドニスは感心する。

 他に誰も居ない公園のブランコに二人で座る。

 双方とも購入しているのは菓子ばかりだった。そこから普段からのアカネの偏った食生活が垣間見えた。

 

「はい」

「ありがとう」

 

 アドニスが受け取った袋には、板チョコが二枚と小豆餅が一つだけ入っていた。

 

「アドニスって甘いものが好きなんだったっけ?」

「そうだな、割と好きかもしれない」

「怪獣にも好き嫌いとかあったんだねぇ」

 

 怪獣の嗜好までは設計の範囲外だった。

 

「アカネは……どうだ? 好きな食べ物とかはあるか。可能なら僕が作ってあげよう」

「特にないかな」

 

 アカネはパックのトマトジュースを飲み始めた。そういえば、アカネがトマトジュース以外の何かを口にする瞬間をアドニスは見たことがない。

 

「てかアドニスって料理できんの?」

「六花の家で練習したのさ」

「……へぇ。六花の家で、ねぇ。そんなに打ち解け合ってたなら、いっそ向こうの子供になっちゃえば良かったのに」

「そ、それは行き過ぎた考えってものだろう」

 

 急に突っぱねるような素振りを見せたアカネの機嫌をとろうとして、アドニスの口調が早くなった。

 

「アカネは僕の――僕の……、何だろうか。上手く言えないがともかく大事な人なんだ、離れるなんて一番有り得ないことだ」

「ふふ、アドニスくんは素直だね~。そういうはっきり言うところは嫌いじゃないよ」

 

 そう言うアカネは上機嫌にみえた。彼女は存外に単純な人間なのかもしれない。包み隠さず直接的な物言いで接すれば、感情を分かりやすく露わにする。

 アドニスの言葉はひたすらに純粋(ピュア)であり、アカネと対話するには最適だった。

 

 やはり、言葉にすれば想いを伝えるなんて簡単なことだったのかもしれない。アドニスは改めて実感する。

 怪獣としてではなく人間として評価されたのは今日が初めてなのだ。

 

「……そうか。それは良かった」

 

 偽った自分でなく素の自分を。

 紛う事なき本心をぶつけて、受け入れて貰えた。アドニスがずっと望んでいた幸福が、ようやく実現し始めてきた瞬間だった。

 

「――ただ、怪獣の貫禄は無いけどね」

「む、そんなものを僕に求められてもな。……というか怪獣の貫禄ってなんだ」

「ほら~、最初に怪獣化したときみたいなさ、こうドワーって感じで。めちゃめちゃ威圧感がある、みたいな」

(ただデカいだけだろう、それは)

 

 最後の反論は口にせず、心の中で呟いた。

 

「怪獣化ならいつでも好きなだけ見せてあげるさ」

「当たり前でしょ、アドニスは私の怪獣なんだから」

 

 そこで区切り、アカネは、

 

「――あ、そうそう。そういえば今日、私殺し損ねた人がいたんだった」

「……僕が君の邪魔をしてしまった話か。怒っているのか?」

「もう気にしてないよ。ただ、殺さないといけない人はまだ残ってるからさぁ」

 

 その先を聞かずして分かったアドニスは、もうアカネの性格を掴んでいるのだろう。

 気付けばそこには、それをアカネの口から聞きたくないと思う自分がいる。

 

 瞳の中に悪意はない。殺傷の本質をまるで理解していないか、あるいは共感能力に欠けている幼気な少女は、淀みない瞳でアドニスに言い放った。

 

「君が、代わりに殺してきてよ! もう一回あの大きな金竜見たいなぁ」

 

 アドニスはようやく分かった。自分がアカネに何を求めていたのか。

 ――自分を見て欲しい。それもある。

 ――自分を求めて欲しい。確かにそうも願った。

 だがそれ以上に――彼女の中の異端に消えて欲しかった。それがきっと、彼女自身が救われる方法のような気がしたから。

 

 アカネの中には確かに、アドニス以上の怪獣が住んでいたのだ。

 怪獣の双眸はさながらギリシアの怪物『メドゥーサ』である。見つめられたアドニスは身体が固まり、心が冷えていくようだった。

 だが、その怪獣はいずれ己が倒す敵になるだろう――その直感は無条件に確信に変わった。

 やがて滅ぼす怪獣から目を逸らさず、アドニスは何とか言葉を紡ぐ。

 

「……今日は疲れただろう。そういう話はまた今度にしよう。僕もあまり気乗りしない」

「ま、確かに疲れたねー」

 

 アドニスは上手く話を逸らせたことに安堵する。

 一瞬の間に気力がごっそり抜け落ちてしまったので、その分を補充するため、アドニスは板チョコを一気食いする。

 

「……苦いな」

 

 ――チョコの味の方は甘くて最高に美味かったが。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「あ、六花たちだ」

 

 帰路についたアドニスとアカネは、道路を挟んで反対側の歩道に六花、はっす、なみこの三人を見た。

 向こうはこちらに気付いていない様子だ。

 

「……アドニス?」

 

 歩みを止めたアドニスを不審がったアカネが声をかける。

 頭一個分ほど身長が高いアドニスの表情は、丁度街灯が逆光となって見えなかった。

 

「――――」

 

 アカネの声が届いていないのか、返答はない。代わりにアドニスの口が動いたが声は出なかった。

 声に出来ない言葉を反芻し、悔しそうに拳を握ったアドニスの表情はやはり見えず、

 

「……ねぇ」

 

 確認するようにもう一度声をかける。

 今度こそアドニスはアカネに気付いたようで、視線を下ろした。

 

「寂しいの?」

「……まぁな。彼女らには世話になった」

 

 そう言われても、アカネの中に『六花たちの記憶を消さない』という選択肢はない。

 

「明日には忘れられちゃうからね。最後に別れの言葉でもかけてきたら?」

 

 普段ならそんな気遣いは持たないが、どうも今だけは例外らしい。

 少しばかりアドニスの感情に共感したアカネは、最後の選択を委ねた。

 しかし、アドニスは首を横に振って拒否する。ようやく明らかになった表情は殊の外晴れやかなものだった。

 

「もう済ませたよ」

「ふぅん、そ」

 

 ならば帰宅を急ごうと、再び歩を進める。

 そしてアドニスはぽつりと、

 

「……もういいんだ」

 

 微かに笑って言った。

 

「そろそろ僕も大人にならなきゃな」

 

 




キャラ設定
アドニス
『学習する怪獣』という名目で自律思考機能を搭載され、制作者の意志とは無関係に人間性を獲得した存在。思考するが同時に『アカネに従うように感情が左右する』という設定が組み込まれているため、基本的にはアカネへの健心を自らの本能として生きる。
だがその実態は、怪獣としての本能と、機械としての理性と、人間としての感情を兼ね備える人間もどき。本人も自覚している。
 
人間態だと、万人に安心感と幸福感を振りまくような絶世の美男子になる。どのくらい美男子かっていうと、たった二日と半日くらいで原作ヒロインの一人である六花と恋愛フラグ立てまくるほど理不尽なレベル。裕太はこいつ殴っても良いよ。
怪獣態の姿は全身金色の竜。虹色の羽を持っていて、そこから光エネルギーを吸収して自然界に存在しない超エネルギーに変換する。変換された超エネルギーで自己治癒力を高めたり、レーザービームのように放つことが可能。つまり結構な万能能力。
局所怪獣化という特技があり、身体の一部だけを怪獣化することができる。
 
 
ついでにちょっとした裏設定(割とネタバレかも)
『アドニス』の名前の由来は、ギリシア神話に登場する美と愛の女神アプロディーテに愛された美少年アドニスから。
ギリシアのアドニスは、趣味の『狩り』に没頭しその最中に猪に殺されます。
その後、悲しみのあまりアプロディーテはアドニスの流した血からアネモネの花を咲かせました。
一説によると、アドニスを殺した猪の正体はアプロディーテの夫であるゼウスらしいですね。人間の分際でアプロディーテを誑かしていたアドニスを快く思っていなかったとか。……この作品のアプロディーテ役とゼウス役は誰になるんだろーな(すっとぼけ)
 
神話のアドニスは最終的にアネモネになるそうなのですが、調べてみたところアネモネの花言葉は『君を愛す』『真実、期待、希望』『あなたを信じて待つ』が主流で、『儚い恋』『恋の苦しみ』『見捨てられた』『見放された』などの意味合いもあるそうです。ヨーロッパではアネモネは「美しさ」と「儚さ」の象徴であり、時には失恋のニュアンスを含んで用いられることもあるらしいです。
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