『凍夏ちゃん、また学校で告白されたんだって?』
『……姉さんから聞いたの?』
『うん、というか教えてくれた』
『姉さんってば……もちろん断ったよ、知らない人だったし』
『凍夏ちゃん、中学に入ってからも人気だね』
『全然。普段は誰も話しかけて来ないし。いつの間にか、エンデヴァーの娘っていうのが知られてるみたい』
『えっ、そうなんだ……まあどっちみち、今は僕たちにそういう余裕はないしね』
『うん。それに私、出久と結婚するから』
『…………そういうのは、小学校低学年までだって』
『む、本気だもん』
『はいはい』
『……それとも……わ、私の事、嫌い?』
『っそんな事ありえないから!!』
『っ、ご、ごめんね。変な事聞いて……』
『あ、い、いや、僕こそごめん。いきなり大きな声出して……嫌いじゃないから、安心して』
『…………ホントに?』
『幼馴染でしょ、嫌いな訳ないって』
『でも、例の『かっちゃん』は……』
『いや、凍夏ちゃんはもちろんだけど、かっちゃんの事も別に嫌いじゃないからね?』
『……そっか』
『不安にさせてごめん』
『ううん、大丈夫』
『(――――違うんだ。僕なんかじゃ……君とは、釣り合わない)』
出久の思いを受け取りにこにこ微笑んでいると、こほん、と咳払いが聞こえた。
言うまでもなく、リカバリーガールのものだ。
「そろそろ終わったかい?」
「あっ、は、はい! 何かすみません長々と……」
「あたしゃ別に構わないよ。けど、ドアの外の子たちがいつまでも入れないんじゃないかと思ってね」
「「へ?」」
彼女の言葉に、出久と一緒に入口のドアへと視線を向ければ。
お茶子をはじめ、飯田に八百万、梅雨ちゃんや峰田と何人かのクラスメイトたちが顔を覗かせている。
驚きと共に彼女たちと目が合うと、微妙に気まずい表情で入室してきた。
あ、いや、峰田だけ血涙流してる。
「わっ!? み、皆いつの間に!?」
「い、いやー結構前から居たんやけどねー」
「その、轟さんが緑谷さんに抱きついた辺りには既に……」
「その後も真面目な話をしていたから、入って良いのか分からなくてな……」
「つーかどこでもイチャついてんじゃねえぞ緑谷ァ……!」
「峰田ちゃん、まだ慣れてないの?」
「慣れてたまるかよ畜生!!!!」
一気に室内が騒がしくなったけど、何だか嬉しい。
多分、皆心配して来てくれたんだと思う。
私は殆ど覚えてないけど、とんでもない爆発だった筈だし。
「来てくれてありがとう。私は大丈夫だよ」
「僕も。ご心配おかけしました……」
「良かったー。フィールドごと二人が吹き飛んじゃったんじゃないか、って思うぐらい凄かったよ……」
「下手したらスタジアムのお客さんごと吹き飛んでたかもしれないわね」
「うっ……」
「……ごめん」
梅雨ちゃんの言葉も最もだ。
出久との試合で、トラウマを乗り越える為とはいえ、幾らなんでも加減をしなさ過ぎた。
力加減を把握するのも、街中で戦うのには必要な技能なのに。
「蛙吹さん、遠慮なしですわね……」
「ケロ、別に責めてる訳じゃないのよ。思った事は何でも言っちゃうの」
「いや……本当に蛙吹さ、梅雨ちゃんの言う通りだよ……」
「あ、そういや相澤先生が『緑谷も反省文だ……』って頭痛そうに言ってたぜ」
「うぇー、マジか……」
「あはは、ドンマイデク君」
「全力でやった結果だろうが、加減は大事だぞ!」
私と爆豪に引き続き、出久まで反省文の刑になってしまった。
何だか、どんどん人が反省文を書くきっかけになってるみたい。
こう、内申点クラッシャー的な存在に。
声に出したら絶対、出久に何言ってるんだって目で見られると思うから言わないけど。
代わりに、もう一つ思い浮かんだ言葉を首を傾げながら呟いた。
「……爆豪と合わせて、反省文トリオ?」
「クソみてえなチームに入れてんじゃねえぞ半分女ァ!!」
「わ」
怒声が聞こえたと思ったら、入口付近に爆豪がいた。
部屋に入ってないだけで、来てくれていたらしい。
入口に肘を掛けてもたれ掛かる爆豪に、出久が驚きと喜びが混ざったような反応をする。
「わ、かっちゃん! 来てくれたの!? でも次試合じゃなかったっけ!?」
「喜んでんじゃねえよキメェな!! テメェらが壊したステージがまだ復旧中なんだわクソが!!」
「あっ、そっか……ごめん……」
「ちっ……んなこたぁ別にどうでもいい。それよか轟、テメェだ」
「…………私?」
何故か睨みと共に指名された。
けど、爆豪に呼ばれた理由に見当が付かなくて首を傾げる。
「確認だ。炎……俺ん時に使えるんだろうな」
ああ、それか。
確かに爆豪になら、今まで私が攻撃に殆ど炎を使っていなかったのを気づかれていてもおかしくない。
洞察力に関しても、この男は才能マンだった。
さっきの話を聞かれてたなら、答えは分かっている筈だけど。
言葉に出すのは、大切な事だから。
「大丈夫。もう、乗り越えたから」
「…………そォかよ。ならいい」
私の返事を聞くと、爆豪はさっさと帰っていった。
この確認の為に、わざわざ来てたみたい。
っていうか、今のってつまり。
「常闇には、もう勝ったつもりなんだ」
「かっちゃんらしいけどね……」
「豪語をしてこそ爆豪君、って感じだもんね!」
「あれで口の悪さを直せば良いものの……」
「ええ……けれど言動は兎も角、自信ありきの姿は今の私も見習う必要がありますわ……」
皆の爆豪への評価が大体一緒で、少しおかしくなる。
ただ、何だか八百万が元気がないように見えるのは気のせいだろうか。
「そら、元気な子たちはそろそろお戻り。ああ、怪我人二人はもう少し休んでな」
どうしたのか声を掛けようかと迷っていると、リカバリーガールが手を叩きながらそう告げた。
確かに出張とはいえ保健室で騒いでいるのは、あまりよろしくない。
「あっ、ごめんなさい! それじゃあデク君、凍夏ちゃん、先に戻ってるね」
「ステージ修復の時間もそれなりに掛かりそうだ。ゆっくり身体を休めてくれ」
「お二人とも、お大事に」
「俺らが居なくなったからってイチャつくんじゃねえぞ緑やぶっ!?」
「しつこいわよ峰田ちゃん」
結局、八百万に言及する暇もなく、皆が出ていってしまった。
仕方ない、また今度聞こう。
「さ、お前さんたちは治癒で疲れてるだろうし、少しでもいいから横になってるといい。緑谷の棄権は後で伝えればいいさ」
「分かりました、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「はいはい。ほら、ペッツお食べ」
リカバリーガールからお菓子を貰って、口に含む。
ちょっとだけでも、エネルギーを補給出来るのはありがたい。
「それで? そこのバカは何時まで機をうかがってるつもりだい?」
「「へ?」」
出久と既視感のあるシンクロをしながら、再び入口を見る。
今度覗いていたのは、トゥルーフォームのオールマイトだった。
「オールマイト!! いつからそこに!?」
「や、やぁ、緑谷少年に轟少女。さっき来た所だよ」
「お茶子たちに見つからなかったんです?」
「それは大丈夫。私とは気づかれてないから」
「不審者だと思われてなければいいけどねえ」
「ゴフッ!!」
「わ」
びっくりした、急に血を吐くのは止めてほしい。
これじゃあ不審者というより重病患者だ。ちょっと怖いし。
持ち歩いているらしいエチケット袋に吐いていたから血の処理は問題ないと思うけど、貧血になったりしないんだろうか。
今はそれよりオールマイトの体調が心配だけど。
「あの、轟少女。そんなに心配しなくても大丈夫だからね?」
「えっ、でも」
「アンタはバカなのかい。ヒーロー志望の子に言う台詞じゃないだろ」
「っていうかヒーロー志望じゃなくても、目の前で血を吐かれたら普通心配しますよ……」
「ご、ごめん……」
出久とリカバリーガールがあまり深刻な顔をしてないから、そんなに酷いものじゃないのかも。
聞いてみれば、オールマイトの喀血は日常的なものらしく、慣れてしまったとの事。
いや、日常的な喀血って大分深刻なような。
出久に視線で訴えれば、深く考えてはいけないと返される。
……よく分からないけど、そういうものなんだと自分を無理矢理納得させた。
「コホン……兎も角、二人とも元気そうで良かった。緑谷少年も轟少女も、良い試合だったよ」
「「ありがとうございます」」
と、流れを取り戻そうとしているオールマイトに従って、場が真面目な空気になった。
彼の称賛に二人でお礼を言った後、出久は申し訳無さそうな声色で言葉を紡ぐ。
「……あの、オールマイト。実は僕――」
「勝負は君の負け、って事にするんだろ?」
「え……何で……!?」
話す内容を当てられて、驚く出久。
オールマイトはそんな出久の肩を、笑いながら叩いた。
「聞かなくとも分かるさ、仮にも師匠だからね」
「…………すみません。僕が来たって事を、世の中に知らしめるチャンスなのに」
拳を握り俯いた出久は、自分に対する失望感とそれでも曲げたくない意志との葛藤に苛まれているように見えて。
ここまで十分な結果を残しているのに、なんでそんな顔をしているの?
出久の力強い姿を、気合の入った笑みを、記憶に残してくれた人はたくさんいる筈なのに。
私がそう伝えようとすると、それより先にオールマイトが口を開いた。
「もう十分だ。個性を使いこなせなかった時から考えても、十分すぎる程に力を見せてくれているよ」
「これぐらいじゃ駄目なんです。僕は貴方から、No.1ヒーローから身に余る力を貰ったのに、それに甘えてこんな程度じゃ……!」
「甘えてなんかないよ、そんなに焦らなくて良いんだ」
「焦らなきゃいけないんです!!」
「っ」
出久に、オールマイトの声が届いていない。
声や表情に、必要以上の焦りが見える。
どうして、何をそんなに焦っているんだろう。
「強い力を貰ったからって、油断するような僕は、もっともっと頑張らなきゃいけない……」
「緑谷少年……」
オールマイトも、明らかに思い詰めている出久に声を掛けられない。
……こんなに苦しんでいる出久を、見ていたくない。
「こんなんじゃ全然、平和の象徴の後継者なんて……!」
平和の象徴の後継者。
そのワードに、全ての点と線が繋がった。
責任感の強くて、誰よりもヒーローを目指している出久だからこその、強い焦り。
自分を追い込んでいるのは、彼が元々無個性だったから。
劣等感。出久が胸に抱える負の感情。
スタートが遅れていると思い込んでいる出久は、今日の活躍程度では納得できないんだ。
それを理解した同時に、私は出久に近寄って。
パシン、と、出久の頬を叩いた。
「ちょっ、轟少女……!?」
「黙ってなバカ」
オールマイトとリカバリーガールが何か言っているけど、気にする余裕はない。
初めて、出久に対して自発的な暴力を振るった私は、そんな行動に出た自分に驚いていたし。
それ以上に、自分を追い詰める出久が、嫌だった。
私に叩かれて唖然とこちらを見ている出久の目を、睨むように見返して。
「一人じゃ、ないの」
溜まっていく涙を、溢れ落ちる涙を無視して。
想いの丈を、ありったけの気持ちを叫ぶ。
「出久は、独りでヒーローになるんじゃないの!!」
「凍夏、ちゃん」
泣いている私へ、恐らく無意識に手を伸ばした出久へと、衝動のままに抱きついて。
悲しい道へ歩み出そうとした彼を、引きずり戻すように訴える。
「独りでヒーローになっちゃやだ……オールマイトみたいな寂しいヒーローになんて、絶対させないもん……!」
「――寂しい、ヒーロー」
私の言葉を反復する出久に、抱きしめる力を強くする。
「心配してくれる人を、切り捨てるヒーローにならないで」
「そんな、事」
「誰にも助けを求めないヒーローにならないで……」
「ちが、僕は」
「独りで笑って、独りで死んじゃう……人を泣かせるヒーローにならないでよぉ……!!」
「――――――――っ!!」
胸の内を、出久への想いを、力いっぱい抱きしめながら伝える。
お願い、伝わって。
貴方の道は、オールマイトとは違う。
そっちじゃない……その道は絶対に駄目。
出久に、自分を犠牲にする道なんて、選んでほしくないの。
私を置いて、遠くへ行かないで――!
「…………ごめんね、凍夏ちゃん」
しばらくして、静かな部屋に穏やかな声が響いた。
「目の前の、大好きな女の子を泣かせる僕が、最高のヒーローに……ましてや平和の象徴になんて、なれる訳ないよね」
「いずく……」
「人を助けるのは物理的な力じゃないって、僕はよく知ってた筈だったんだけどな」
自嘲するように告げる出久からは、先程までの焦りは感じられない。
背中に回された彼の手からは、いつもの優しさが伝わってきた。
「昔、凍夏ちゃんはエンデヴァーじゃないって言った僕が、オールマイトみたいにならなきゃいけないって、思い込んでたなんてさ」
「……出久は、出久だよ」
「うん、僕は僕だ。お陰で目が覚めたよ」
そう言った出久は、私を優しく抱きしめる。
まるで大切なものを包み込むような、いとおしさを感じる触れられ方。
あったかくて、ふわふわとした気持ちが、出久から伝わってくるみたいで。
なんだかいつもより、ドキドキする。
少ししてから私から離れると、見守っていたオールマイトへと向き合った。
「ごめんなさいオールマイト。焦りすぎて、大事な事を忘れてました」
「…………気にしなくていい。そして訂正しよう」
「訂正、ですか?」
「ああ……君は、君の道を進んでくれ。その先で……私とは違う、緑谷出久の平和の象徴としての在り方を見つけるんだ」
「っ………………はいっ!!」
オールマイトの言葉に、出久は力強く頷いた。
良かった。私の慟哭は、ちゃんと出久の心へ届けられたんだ。
彼の辿ろうとしていた、オールマイトと同じ道へと向かう標識が、砕けた気がした。
「しかし、轟少女の言葉は効いたよ。私のヒーローとしての在り方を、真っ向から否定されたのは初めてだ」
「あ、あの、そんなつもりじゃ……ごめんなさい」
苦い笑みを浮かべるオールマイトに、身体を縮めながら謝罪する。
確かに、感情に任せてかなり色々言ってしまった。
けれど私が謝ると同時に、何故かリカバリーガールがオールマイトの腰を杖で叩いた。
「痛い!?」
「悪いのは全部アンタだよオールマイト! どうせ体育祭前に緑谷に変なプレッシャーを掛けたんだろう!」
「うっ!?」
「そのせいでこの子が必要以上に追い込まれて、視野が狭くなっちまってたんじゃないか!!」
「ううっ!!?」
「お嬢ちゃんが泣いて止めたから良いものの! アンタと同じ道を選ばせるような真似をしてどうすんだいこのバカタレ!!」
「ぶふぉっ!!!」
言葉と杖叩きの嵐で打ちのめされたオールマイトが、喀血と共に地に沈んだ。
No.1ヒーローさえ頭が上がらないリカバリーガール、凄く強い。
しかし、出久の不可解な焦燥はオールマイトが原因だったのか。
地に沈む師にあわあわしてる彼には悪いけど、私も一言言っておかないといけない。
「オールマイト、教えるのは下手なんですね」
「ぐはっ!!!!」
「ちょっ、凍夏ちゃん!?」
「だって、ホントの事だもん」
どんな発破の掛け方をすれば、出久があそこまで追い詰められるのか、逆に知りたいぐらい。
師匠をするなら、もっとしっかりしてほしい。
今の段階で、教師としてのオールマイトの評価は
努力でNo.2まで這い上がってきた父は、教えるのが上手い部類だと思うし。
「幾らでも言っておやり。この平和の象徴サマは教育者としては未熟も未熟なのに変に頑張ろうとして空回りしてるんだよ」
「言葉が強い…………そろそろご勘弁を…………」
「ならさっさと出ていきな。この子たちが休めないじゃないか」
「ハイ……」
「ああ、ついでに緑谷の棄権もミッドナイトに伝えておやり。弟子がゆっくり出来る時間を作ってやるのも師匠の仕事だろう」
「了解シマシタ……じゃあ二人とも、ゆっくりね…………」
「はい」
「は、はい…………オールマイト…………」
とぼとぼと出ていく哀愁の漂うNo.1ヒーロー。
ただでさえ細い背中が、更に頼りなく見えた。
ある意味でレアな姿のオールマイトに、出久が涙を流している。憐憫で。
「……さ、改めておやすみ。寝転んでるだけでも違うもんさ」
「あ、凍夏ちゃんは決勝あるもんね……ちょっとでも休まないと」
「うん」
リカバリーガールと出久に促されてベッドに横になる。
目を閉じると倦怠感で寝てしまいそうなので、さっき抱きしめられた感触でも思い出して幸せな気分に浸っていよう。
あの幸福感は、寝るのが勿体ないと思える位に好きだから。
出久とのやり取りを思い出しながら、ぼんやりとしていて。
そこで、ふと。
必死だったから聞き流していた、出久の台詞が脳内再生された。
『目の前の、大好きな女の子を泣かせる僕が、最高のヒーローに……ましてや平和の象徴になんて、なれる訳ないよね』
『目の前の、大好きな女の子を泣かせる僕が』
『目の前の、大好きな女の子』
『大好きな女の子』
――――――――はぇ?
え、う、あ、あの、あれ。
出久が、その、えっと。
だ、大好きな、女の子、って。
いや、いやいや、いやいやいやそんな。
私の、聞き間違い、記憶違いかもしれない。
「ね、ねえっ、出久」
「んー、どうかした……って物凄く顔赤いよ!? 大丈夫!?」
「おや、熱が出てきたのかい」
「ちがっ、違うの。あの、あのね、えっとね」
いや、でも、本当だったらあれだし。間違ってても恥ずかしいし。
うぅ、ちょっと、怖くなってきた。
「……ほほう、成る程成る程」
「り、リカバリーガール! 凍夏ちゃんは一体……」
「なーに、心配要らないよ。あたしゃちょっと席を外しておこうかね」
「えっ、ちょっと――!?」
でも、聞かないと何にもならないし……。
ゆ、勇気を出さなきゃ。頑張れ私。ぷるすうるとら。
――――よし。き、聞こう。
「いっ、出久!!」
ガバッと起き上がって、ベッドの上で女の子座りになった私は、出久へと向かい合う。
いつの間にかリカバリーガールが居ないけど、気にする余裕は全く無い。
「え、あの、凍夏ちゃん?」
「そのね、さっきの、事にゃんらけど」
「……さっきの?」
……噛んだ。舌が回らない。
普段からあんなに甘えてるのに、いざとなるとヘタレ過ぎる。
ええい、落ち込んでる場合じゃないってば。
言え、言うんだ、轟凍夏。
「……わた、私の事を……ね……?」
「凍夏ちゃんの事?」
「だっ、『大好きな女の子』って、言ったよ、ね?」
言えた、言えたよ、頑張ったよ私。
でも、もう無理、もう駄目。
出久の顔が見れないぐらい、顔が熱い。
恥ずかしすぎて、顔から火が出そう。ホントに出せるけど。
違う、つまらない事考える余裕があるなら精神的余裕に回してよ、私のバカ。
火照った頬に手を当てながら、出久の反応を待つ。
……。
…………。
………………。
反応が、無い。
えっ、なんで、どうして。
チラリ、と少しだけ顔を上げて出久の様子を伺ってみると。
「――――――――」
私に負けず劣らず、出久は顔を真っ赤にしていて。
目が合った彼は、視線を泳がせながら、ぽつりと一言。
「………………そう、言っちゃってた?」
「う、うん」
「……………………まじで、かぁ…………」
そして両腕で顔を覆いながら、唸り声のような長い溜め息を吐いた。
えっと、つまり、あの台詞は。
「無意識、だったの……?」
「……………………ハイ」
掠れるような声で肯定する出久。
そんな彼の様子に……私の鼓動はどんどん速くなっていく。
喜びや愛しさが溢れるように涌き出てきて。
あっ、これ、もう駄目だ。
出久への想いを、恋慕を、抑えられそうにない。
ゆっくり立ち上がり、出久の元へ近寄って。
「……ね、出久」
「と、凍夏ちゃん、ちょっと待って! 僕、まだ、心の整理がっ」
「手、退けてほしいな」
「…………うぅ……マイペース……」
私の言葉に秘められた引かない想いに気づいてか、出久は少し渋った後におずおずと腕を退ける。
その奥には、耳まで真っ赤な彼の顔。
さっきまでの私みたいな、羞恥でいっぱいな表情。
ああ……すごく、すごく、いとおしい。
私だけが、持っている訳じゃなかった。
出久も、私にこの感情を持っててくれた。
想いのままに、私は彼の頬に両手を添えて。
そのまま、自分の顔を近づけていき。
「――――――ん」
出久の唇に、私の唇を重ねた。
軽く触れるだけの、柔らかいキス。
たったこれだけの行為なのに、私の心は今まで以上に満たされている。
ちょっとだけ出久が震えたから、びっくりさせてしまったのかもしれない。
でも、それでも、今この気持ちを抑えるなんて出来なかったから。
そして、次は私の番。
ゆっくりと、名残惜しみながら口を離して。
驚きと恥ずかしさとが混ざった顔をしている大好きな幼馴染に、最高の微笑みを向けて。
「私も――――出久が大好きです」
声に、心を、想いを詰め込んで。
十年分の恋慕の丈を、差し出した。
ふわふわきらきらとした私の気持ちを、出久は少しだけ呆然とした後。
「…………はは。ホントにカッコ悪いや、僕」
かなり照れ混じりだけど、いつもの苦笑を浮かべて。
「だけど、改めて言わせてね――――僕も、凍夏ちゃんが大好きです」
とてもやさしくて、あったかい気持ちで受け止めてくれた。
想いを伝えあった私たちは、真っ赤に火照った顔を付き合わせて。
どちらからともなく、笑いあった。
――これは、私が最高の想いを伝えられた日。
今日という日を、私は生涯忘れない。
初めての雄英体育祭で、初めて全力で戦った準決勝の後。
誰もいない、二人きりの部屋で。
轟凍夏は――緑谷出久の恋人になりました。
○
ずっと、後ろ暗い思いを抱えていた。
隠しても、誤魔化しても、心の奥底にずっと居る。
凍夏ちゃんの隣に立つ資格が、僕にあるのかどうか。
無個性だった十年前から、個性を授かって今日に至るまで。
凍夏ちゃんはいつも、想いを寄せてくれていたけど。
例え僕が、同じ想いを持っていたとしても。
それを受けとっていいとは、思っていなかった。
凍夏ちゃんは、僕に救われたと言うけれど。
僕だって、いつも彼女に救われていた。
無個性でもヒーローになれると言ってくれたから。
今まで諦めずに来れたんだ。
さっきも、凍夏ちゃんが居てくれたから。
自分の在り方を見失わずに済んだんだ。
うっかり、無意識に心の中身を漏らしてしまったけど。
僕に、気持ちを伝える資格なんてない――
『私も――――出久が大好きです』
――そう、思っていたのに。
凍夏ちゃんのきらきらとした告白は、それがどうしたと言わんばかりに。
理屈なんて考えないで、ただただ素直な気持ちを僕に渡そうとしてきて。
ああ、もう、本当に。
彼女には、敵わない。
釣り合いなんて、僕が勝手に思い込んでいただけだって。
そう、思わせてくれるんだから。
完敗だ。
僕も、腹を括ろう。
彼女の隣に、堂々と立つ覚悟を。
彼女と一緒に、平和の象徴の形を探す決意を。
彼女の傍らで、恋人として歩んでいく未来を。
さあ
これからは、後ろを向く暇なんてないんだから。
抱えていた筈の暗い気持ちは、どこかへと消えていった。