世界という名の不条理から目を背け続ける話。

※この作品はフィクションです!
※この作品は小説家になろう、Xfolioにてマルチ投稿しております。

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ひとひらの唄

しんしんと降る雪も時速80km超の速度で移動すれば、風情もあったものではない。 長い長い二車線道路には二台の二輪車がエンジンを吹かしながら、真っ直ぐ駆け抜けている。

元々土地のある北の大地に舗装されたアスファルトの上を通る自動車は少ない、それが人里から離れていれば尚更である。

雪の積もっていない場所を選び慎重かつ大胆に前へ、前へと進んでいく。

 

どれだけ走ったかもわからない。

まだ秋も終わり、冬がまもなくといった具合であるのに気温は氷点下に差し掛かっている。 ライダージャケットと防寒具の上から冷気が貫く。

手入れはされてるが、どこかオンボロに見える二台の中型二輪は空を裂きながら走り続ける。 ただ必死に車体にしがみつきながら、前へ前へと。

この状況下で飛ばせと煽るような阿呆はいない。 並走する二台の中型二輪はどこを目指すでもなく、ただひたすら走り続ける。

 

–––くい、とメタリックブルーのバイクに跨る女が並走する買ったばかりの中古車という印象のバイクに向けて合図を送る。 簡単な手信号だ。

二台のバイクは跳ね馬のように乱暴に速度を上げ、100km先の自動販売機が設置されている場所を目指す。

今やグーグル検索はここまで進化したのだ。 カーナビ代わりに使っていたスマートフォンに目を向ける。

 

メタリックブルーのバイクは急ブレーキをかけるわけでもなく、滑らかで安全が約束されたブレーキをかける。

ヘルメットを外し、自身の後ろを親指で差して、ツヤのあるリップを震わせる。

 

「–––Hey、you!」

 

ここに停めな、と。 わざわざ英語で格好までつけて言ってきたのだ。

煽られたわけでも、挑発されたわけでもないのでもう一台のバイクも静かに停車する。

エンジンを切り、ヘルメットを脱ぐと開口一番に疑問を飛ばした。

 

「さっきなんて言ってたんですか?」

「あら、もしかして聴こえてなかった? 残念」

 

気恥ずかしいのか、寒いのかはわからないが茶髪の女性は頬を赤らめる。

ライダースーツがキツそうだ、主に胸部が。

 

「.....何回見ても、先輩のムネって脂肪の塊以外のなんでもないですよね」

「そうなのよ、お陰で苦しくてしょうがないわ」

「本人が自覚して悩んでる、ってことが僕にとっては一番ムカつくんですけ、ど、ね!」

「え、えぇ」

 

短な黒い髪を揺らしながら詰め寄る。

 

「ちょっと短気すぎないアキ?」

「ハル先輩がわざと喧嘩売ってるようにしか思えないんですけどね」

 

まったく、と呆れながら黒髪女性のアキは自動販売機で缶コーヒーを二つ買う。 ガタン、という音が周囲に響く。

 

「いくら?」

「別に、これくらい奢りますよ。 ブラックでよかったですよね?」

「えぇ、ありがと」

 

金の外装にFIREとラベルのされた熱のある缶コーヒーをアキは先輩であるハルに手渡しする。

 

二人は同じ大学の先輩後輩の関係だ。

たまたま同じ学部でたまたま同じ文芸部、活動名【ジョバイロ】のメンバーというだけである。

アキはまだ在籍しているが、ハルは既に卒業している。 それだけの関係である。

 

「温かい」

「そうですね、僕にとってはちょっと暑いかなと思ったんですけど」

「アキって猫舌だっけ?」

「普通ですよ、この時期のコンビニの肉まんだろうがおでんだろうが渡されてその場で食べきれる自信はあります」

「.....もっと味わって食べればいいのに」

「メガネが曇るので嫌です」

「取れば?」

「く、隈が目立つから嫌なんです」

 

マフラーに顔を埋める。 この先輩には一生勝てる気がしない。 アキはそんなことを思いながら缶コーヒーを飲み続ける。

 

「ねぇ、次の文フリはみんな行くの?」

「知りませんよ、僕はもう来年度には引退なんですから。 少なくとも僕は行きません」

「そっかぁ、時間の流れは早いねぇ、アキの新作もまた読みたかったんだけどなぁ」

「.....僕の新作をそこまで楽しみにしてくれてるの、ハル先輩くらいですよ」

「ファンにして愛弟子だもん、当たり前よ」

 

ズズズ、とアキの缶コーヒーを啜る音が小さくなる。

 

「.....先輩、は、角川では上手くやれてるんですか?」

「まー、それなりにね。 この前も無事脱稿できたし! 来年の二月には発売する予定だから買ってよ!」

「嫌ですよ、先輩が僕に見本送ってくれれば買う手間も出費も省けるじゃないですか」

「私も生活のために収入が必要なーのー!」

「後輩にせがまないでください!」

「けち」

「どっちが」

「むぅ」

 

気がつけば密着してきてたハルをアキは追い払わない。 いつもなら乳が鬱陶しいとかいう適当な理由で邪険にするのだが、今は少しでも温もりが欲しかった。

 

「えい」

「ひゃ!?」

 

前言撤回。

阿呆な先輩が首に手を突っ込んできたので引っ叩いて距離を取った。

微妙な距離を取ってしまったせいで、立ち位置がどうもしっくりこない。

 

雪は色を変えることなく降っている。

故郷の空は曇ることはあっても、こんなに雪が降るなんてことはなかった。

飲んだ缶コーヒーを近くのゴミ箱に入れる。

曇ったレンズを拭き、ありのままの真実を写すことのないメガネを掛け直す。 この程度でアキも目元の隈を隠せてるなんて思ってない。 いくら縁が大きかろうと気休めにすぎない。

 

烏が鳴いている。

誰が言ったか、まるで不吉な声と。

はたまた誰が言ったか、あれは人間の欲で黒く染まっただけの幸せの青い鳥だと。

そんなことはアキにとっては心底どうでもよかった。

烏、アキにとって故郷を思い出して物思いに耽るには十分な存在だ。

 

「そろそろ行きます?」

「ううん、まだここでアキと話す。 長いこと走ってて人肌も恋しいし」

「二時間近く走りっぱなしでしたもんね、屋根のある場所だとよかったんですけど」

「私は気にしない。 いや、むしろこうしてるほうが旅人らしくていい」

「.....ところで今日はどこまで走る予定なんですか? いつになれば終わるんですか?」

「ふふ、終わりなんてないわよ。 終わらせることはできるけど、勿体ないでしょ?」

「.....その終わらない旅に僕を巻き込まないでほしいんですけどね」

「じゃあ、オアシスを見つけたらそこをゴールにしましょ!」

「ここ北国ですよ」

「それもそうね、ならやっぱりこの旅に終わりはないわね」

「そうですか、じゃあお気をつけて。 僕は帰ります」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、寂しいから付いてきてください、ネタも思い浮かばないの、お願いします」

「.....まぁ、明日も土曜で何もないからいいですけど」

 

アキは呆れながら床に腰を下ろす。 上に比べて防寒の少ないズボンから伝ってくる寒さは相当なものであった。

 

「ちょっと、わざわざ地べたに座ることないんじゃないの?」

「ハル先輩の気が済むまでお付き合いしないといけないのは長そうなので、僕のことが心配ならこの先にあるイオンまで行きません? 屋根もありますし、ゆっくりできますよ」

「.....そうね、こんなところでのんびりしてたら私達雪に埋もれて白くなっちゃうわ」

「雪の色がただの白とは限りませんけど、埋もれるのは僕も嫌です」

「でもなぁ、やっと落ち着けたと思ったのになぁ」

「飛ばせばすぐ着きますよ」

「ふぅん、珍しいね。 アキが飛ばせって煽るなんて」

「たまにはいいでしょ? こういうのも」

 

ゆっくりと立ち上がろうとしたが、思ったように立てなかった。

 

「おっと」

「気をつけてよ」

「.....ありがとうございます」

 

–––雪は白く冷たかったけど、ここで飲んだ缶コーヒーとハル先輩の差し伸べてくれた手はとても暖かった。

 

 

 

最寄りのイオンモールに到着し、最初に向かったのは本屋だった。 未来屋書店、とある電子蛍光板の門をくぐる。

 

「紙文化は随分廃れたのに、本が残ってるというのはなんか不思議な感じです」

「まだ新しい文化を受け入れられない世代のせいでしょうね、彼らがこの国の中枢を担っている限り進歩はあり得ない」

「僕はそれぞれに良さがあると思いますけどね。 データはボタン一つで消えるけど、紙はそうじゃない」

「アキってたまに年相応と思えない考えしてるわよね、もしかして鯖読んでる?」

「殴りますよ?」

「短気ねぇ」

 

今日は平日だからか客が少ない。

イオンモールという施設に人の気配が感じられないのはいつものことだが、今日は特にそう感じさせられる。

 

「あ、私の本扱ってくれてる! 嬉しい!」

「ノワールってペンネームやめたんですか?」

「えぇ、担当さんと相談したら今時横文字は流行らないって言われちゃってね。 日本らしい漢字の方がわかりやすくていいそうよ、ルージュ」

「い、いきなりその名前で呼ばないでくださいよ! 恥ずかしい!」

 

ルージュとはアキのペンネームだ。

一部界隈では現代のアンデルセンと呼ばれるくらい、悲劇を書くことを得意としていることで有名だったりする。

 

「で、新しいペンネームが野崎晴ですか。 もはや誰かわかんないですね」

「ファミリーネーム以外本名よ」

「先輩のミドルネームって聞いたことないんですけど、ていうか晴の漢字違うじゃないですか」

「そこは気にしなくていいの」

 

手に取った文庫本は200ページちょっとの長いとは言えない短いものだった。 それでもハルが一生懸命書いた血と汗の滲んだ一作であることに違いはない。

 

「私もアキみたいに異名がつくなら現代のケルアックって言われてみたいわ」

「ケルアックって、かなり古い方ですよね? たしか、先輩が影響ガン受けしたとかいう」

「今度貸すわよ」

「なんで持ってんですか」

「ファンだからよ」

 

ドヤ顔を浮かべながらハルは胸を張った、相変わらずデカイ。

 

「店員さんでもいたら、置いてくれたお礼にサインとか書いたのに」

「イオンなんてレジも掃除も機械がやる時代ですよ、ここには僕たちのような物好きな客か、今日明日の献立に迷う主婦くらいしか来ませんよ」

「あとは荷物持ちの旦那様とか」

「それは主婦とセットでいいでしょうが」

 

いくら客が少ないとはいえ、同じ場所で長い間立ち話をしてるのはよろしくない。 それが商品の前なら尚更である。 目の前にある文庫本、アキの隣に立つ野崎晴先生もそろそろ恥ずかしくなってきたのか、この場を離れたそうにしてる。

その様子をアキは面白そうに目を向けるが、すぐに飽きて本屋を後にする。

 

隣の雑貨屋で小物を見ては駄べり、十代から三十代の婦人服を扱っている店に入り、試着を繰り返していた。

買うかはわからないが、こういうのはノリが大切なのである。

 

「いやぁ、まさかアキちゃんのセーラー服姿が見れるなんてね! 北夕附属はブレザーだから新鮮!」

「ちょ、もういいですよね! 僕も恥ずかしいんですけど!」

「いいじゃないいいじゃない! 他にお客さんもいないんだし! 誰も迷惑しないわよ!」

「僕が絶賛迷惑しとるんじゃー!」

 

「.....ねぇ、アキ。 これって、アキの趣味?」

「さぁ? でも、ハル先輩も中々いいものをお持ちなので着てもらわないわけにはいかないでしょ?」

「.....さ、さすがに日曜の朝にやってる魔法少女の服は恥ずかしいんだけれど、ていうかなんであるの?」

「さぁ?」

 

「......楽しいけれど、これ以上はお互いのためによくないわね」

「......そうですね、ご飯食べにいきましょか」

 

ハルの言い出した相手に選んだ服を着てもらうという試着会はそれぞれ一着着ただけで終わりを迎えた。

なんだか馬鹿らしくなってきたのと、単純に恥ずかしいというのが要因となった。

 

「フードコートも人いませんね。 僕が席取っとこうと思ったのに」

「.....まるで、この世界に私たちだけ取り残されたみたいね」

「そんなSF染みた展開は物語の中だけで十分ですよ」

 

窓の外では雪がしんしんと降っている。 雲はさっきよりも薄くなっており、太陽が世界を照らしている。

雪の色は空の色を写したかのように薄い青みを帯びている。

 

二人はマクドナルドでそれぞれバーガーを一つずつ買い、向かい合う形で席に着いた。 セットのドリンクはホットティーだ。

 

「アキ、卒業はできそう?」

「先輩と違って単位はしっかりと取っているので問題ありません」

「そっか、アキの学科には卒論なかったんだったね」

「同じ文学部でもここまで差があるとは思いませんでしたけどね」

「いいなぁ、単位さえ取ってれば卒業できるなんて」

「その単位さえも危なかったのは誰でしたっけ?」

「うぐ」

「ホントに、ギリギリで卒業しましたよね。 ちゃんと締め切り守れてるのか心配ですよ」

「ま、守れてるもん!」

 

どうやら心配しすぎたようだ。 締め切りさえ守ってくれれば何も言うことはない。

エビバーガーを頬張りながらアキはハルの大人びた顔を見る。 相変わらず中身と外見のギャップのある人だな、と思いながら自分のことを卒業しても気に掛けてくれる優しさに感謝をする。

 

「なに、じっと見つめちゃって」

「別に」

 

ただ、恥ずかしいからこの感情は声には出さず、胸の奥に秘めておくことにした。

 

「もう十一月も終わりかぁ」

「そうですね、早いものですよ」

「時の流れも旅と同じみたいで、自分で終わりを決めれたらいいのにね」

「そんなことしたら世界はパニックになっちゃいますね。 僕はそんな世界も少し見てみたい気はしますけど」

「あ、今度は否定しないんだ」

「別に空想科学少年のような妄想が嫌いだと言った覚えはありませんよ。 先輩と二人だけの世界は苦労しそうだったので否定しただけです」

「ひどいなぁ」

 

口元についたタルタルソースを拭うハルは苦笑いを浮かべる。 ぺろり、と唇を舐めて乾きを潤しながらアキは椅子の背もたれに全体重を預ける。

 

「眠いの?」

「どこかの誰かさんが朝から走ろうと連絡を飛ばしてきたものですからね」

「じゃあ、さ、札幌まで行ってホテルに行かない? 久しぶりに、さ、いい、でしょ?」

「......僕は構いませんけど、まだ時間早くないですか?」

「アキが眠そうにしてるんだもん」

「じゃあ、ちょっと仮眠させてください。 多分、この状態で運転したら確実に事故ります」

「寝顔、つついていい?」

「目が覚めました、今から移動しますか?」

「もう!」

 

–––先輩の声はとても暖かい。

まるで、雪のように街全体を包み込むような暖かさだ。

 

 

 

札幌に到着する頃には日が沈み始めていた。 思った以上にイオンモールで長居してしまったらしい。

アキとハルは誰もいないたった二人だけの札幌市内を二輪車を押しながらまるで恋人のように並んで歩いていた。

 

「人、いませんね」

「いないね」

「不思議な感じです。 まさか、先輩の言った通りのことが起こってるなんて」

「私も適当に言っただけよ。 でも、不思議と不安はない」

「僕と手を繋いでるから、いや、絡めてるからですか?」

「そうかもしれない。 手と一緒に不安も絡めちゃってるのかも」

「そうですか、僕は一切不安なんか感じてませんよ」

 

近くのパーキングエリアにバイクを置き、目的の場所まで歩くことにした。

車も通ってない道路のど真ん中を歩くのは新鮮だ。 これ以上にないくらいの開放感が感じられる。

 

「.....ここでも、やれたらな」

「僕は寒いので絶対にやりたくありません」

「しゅーん」

「そんなことしても駄目なものは駄目です」

 

チカチカと消えかかっている外灯に群がる羽虫達も暖を取ろうと動き回り、電熱と光を頼りに仲間と一緒に寒さを凌いでいるように見えた。

 

「この時代、人間が働く必要なんてなくなっちゃいましたもんね」

「ブラック企業、だっけ? 労働者を最低賃金以下の給料と明らかなオーバーワークで奴隷のように扱ってた企業のこと、あれが社会問題になって年数もかなり経ったのよ、当然ね」

「もう死語のようなものですけどね、結果人間が働くことはなくなった」

「私は、働いてることになるのかな?」

「小説家は、どうなんでしょうね? そもそも僕らは趣味に精を出しながら日々を生きている。 これは、人生という名の労働なのかもしれませんね。 生きる意味だって必要なんですから」

「それすらも失った世代、平成の闇世代や2000年代前半の人たちにとって、働くってなんだったのかな」

「歯車になりながらも、歯車になりたくないと訴えかける半端者には僕は成り下がりたくもないのでわかりません」

「こらこら、小説家として人の心情を理解するのは大切なことよ! それこそ時代が違ってもね!」

「......どうにも僕には難しいことです。 あるがままの流れを書いてるだけにすぎないので」

「たまにはその悲劇をへし折ったハッピーエンドにも挑戦してみたら?」

「僕の場合、そのへし折ったペンで物語を変えようとしても歪な喜劇になるだけで、結局誰も救われない物語になるだけですよ」

「ぶれないわね」

「これが僕ですから」

 

日が沈み夜になる。 こんな凍えそうで壊れそうな夜で独りにならなくてよかった。

アキは隣に立つ先輩に感謝しながらギュッと強く手を握り返す。

 

「怖いの?」

「......怖い、ですよ。 どうして僕らだけこんな」

「それは考えても仕方のないことよ。 大切なのは、今を楽しむこと」

 

本当の姉のように、ハルはアキに聖母のような笑みを浮かべる。

この、胸に秘めた恋心はアキもハルも気がつくことはない。 しかし、恋心だけはこの二人の行く末を知っている。

それは神様にもこの世界にも、ジョンにもディランにもわからないことだ。

 

「着きましたね」

「着いたわね」

「僕が手続きするので先輩は待っててください」

「.....ずるいねぇ、アキは」

 

今や人の立つことのなくなったカウンターでアキは電子パネルを動かしながら手続きを済ませる。 部屋の鍵を受け取り、ハルの手を引いて部屋の扉を開けてリードするように中へ入る。

 

「いつもの部屋ね」

「いつもの部屋にしましたから」

 

アキは先にシャワーを済ませるため服を脱いでバスルームへと向かう。

アキが先にシャワーを浴びる順番もいつも通りだ。

ハルがバスルームの扉に背をつけて、アキに話しかけてくることもいつも通りだ。

 

「私、お父さんに会いたい」

「僕も、ナツに会いたいよ」

「弟君、元気?」

「僕は少なくとも元気だと信じてる。 今朝は元気だったよ」

「よかった」

「先輩のお父さんは?」

「わからない。 昨日は帰ってこなかった」

「.....それは心配ですね」

「だから、早く忘れたい」

「じゃあ、今夜は相当激しくしないといけませんね」

「.....うん」

 

ハルの声が聞こえなくなり、アキが服を着ることなくバスルームから出ると、下着姿になったハルが床に座っていた。

アキにとっては見慣れた姿だが、相変わらず嫉妬するほどプロポーションが整っている。 下着も大人っぽさがあり、艶かしく魅力的だ。

 

「やっぱり、アキはメガネない方が私は好き」

「僕は嫌なんだよ、この隈が」

 

これもいつものやりとりだ。

二人はそのままベッドの上まで行く。

どうもハルはベッドの上に一人で行くのが怖いらしい。

 

「今日はシャワーしなくていいんですか、先輩?」

「うん、今日は、アキと一緒に風を感じたこの身体のまま、私を感じて欲しいから」

「僕は、いえ、なんでもありません」

 

この世界に二人は爪弾きにされているのかもしれない。

そうでなければ、このような仕打ちが続くわけもないのだから。

この立ち位置が痛い、言えずにいた思いも二人だけの世界から隔離された空間でなら言うことができる。

 

「好きです、ハル先輩」

「今日は、先越されちゃったか。 私も好きよ、アキ」

 

二人は1999まで数えた告白の回数に2000回目の告白を刻む。

夜空には二つの月が真実を隠すように世界を見下ろす。

 

今日の雪はとても暖かい。




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