「シュナイデン!」
イリヤの攻撃が魔獣を捕らえた。
辺りを見渡す。
既にネロ達はいったん退いており、追撃しようとしていた連合ローマ軍の足止めも出来た。
ついでに血の匂いにつられてきたのかどうかは知らないが、寄ってきた魔獣に関してはイリヤと二人で撃退済みだ。
多少の知恵でもあるかと思ったが、幸いなことにまともな思考力がなかったので、戦闘自体は楽だった。
鎖で足止めしてイリヤが撃ち落すか、俺が切り伏せるかだけの違いだけで同じことの繰り返し。
ほとんど作業と変わりない。
これ以上ここにいる必要はないだろう。
ネロたちが退いたところまで自分も戻ろう。
「もういいだろう、お疲れ様」
「藤丸さんところに戻るの?」
「皇帝の様子も気がかりだしね」
ガリアを取り戻した。
その事実はローマをひどく沸き立たせた。
そして、その後程なく遠征に出ていた呂布と荊軻の迎え入れにも成功した。
それまでの劣勢が嘘のように戦場の盤上がひっくり返る。
する側としてはこれ以上ない戦果ではあるが、されたほうは一気に士気が下がるので溜まったものではないだろう。
それに乗じてという部分も大いにある中、再出陣となった。
正直言うとこれだけの大移動はかなりきつかった。
ガリアからの帰りに古の女神のところに寄り道した上に、レオニダスとの戦闘があったため疲労はかなり溜まっていた。
ただ、レオニダスとの戦闘は良かった。
宝具から出てきた兵士である以上容赦はする必要はない。
無力化云々を考える必要も無く、殺せばいい。
スパルタ兵であるため、一般の兵士に比べればかなり強い兵士ではあるが、強い武器を生成すればいいだけであり、苦労する場面はなかった。
むしろ面倒だったのは古の女神、ステンノだ。
行く場所が分かっていれば、起こりうることもだいたい分かるので、対策をしていたのだがそれがいけなかった。
女神の権能を弾いたことで機嫌を損ねてしまい、古の女神らしい非常に回りくどい嫌味を頂いた。
あれはかなり嫌われてしまっただろう。
まあ、彼女を使役することもないだろうからそのあたりは構わないし、何より女神に愛されるなんていうのは、オリオンを見たら分かるとおり、決して幸せなものになると限らない。
むしろ、人間との価値観が違いすぎて合わない可能性のほうがずっと高いだろう。
まあ、そこまでの付き合いになることもないだろうが、君子危うきに近寄らずだ。
女神に関わると碌な事にはならないには違いないわけだし。
「ちょっと、ストップ」
「ほえ?」
戻ってきたところで話し声が聞こえたのでイリヤにストップをかける。
これはある意味ちょうどいいタイミングだったのかもしれない。
「皇帝と藤丸が話をしているみたいだな。今入ると話の邪魔になるかもしれない」
退いた時のネロの様子は必死に虚勢を張っていた。
いきなり現れた神祖を目の当たりにして心が竦んでしまったのだろう。
「余も神祖に下ればよいのだろうか、とな。いや、言おう。言ってしまうぞ」
どうやら話の中途で戻ってきてしまったみたいだ。
これなら下手に入らなくて正解だ。
確実に話の腰を折っていただろう。
「下りたくて仕方がない。それが、余の偽らざる内なる気持ちそのものだ!」
イリヤの息を呑む音が聞こえた。
話の途中ではあるが、だいたいの中身は予測できたのだろう。
「神祖だぞ!まがりなりにも建国王その人に他ならぬ!余の道が誤りであるなら、そう断ずるのならば、任せてしまいたい。任せたい。連合の『皇帝』となって!」
俺も見たが、ネロがそう思ってしまう気持ちは分かる。
あれは、自分と同じ人間とは思えないほど格が違う。
とてもじゃないが、自分が同列な存在だとは思えない。
手を差し伸べられれば、思わず手を取ってしまいそうなほどの力を持っている。
「だが――。だが、出来ぬ。それだけは出来ぬのだ。神祖はきっと間違えている」
それでも、苦しそうに搾り出すようにネロは言葉を続ける。
「連合の下にいる民を見よ。兵を見よ。皆、誰ひとり笑っていない!いかに完璧な統治であろうと、笑い声のない国があってたまるものか!」
彼女の理想は誰もが笑って暮らせる世界なのだろうか。
彼女に統治や国の在り方を聞いていない以上分からないが、例え違っていてもそれに近いものなのかもしれない。
「ならば、余は……余は……」
「間違っていない。そのまま進め!」
消え入りそうな声にそれまで黙っていた藤丸の活が入った。
その声は、腹にどすんと一撃が入ったかのように重い。
王としての責務なんて知らない、ただ生きるために必死にあがいているだけの少年。
だが、同時にただの一般人のくせにその背に世界の命運を背負わされた少年でもある。
「そうだ。ああ、そうだな!」
その声に何かを感じ取ったのだろうか、ネロの浮かなかった顔色が変わる。
「そうであった。余は大切なことを忘れるところであったぞ」
沈んでいた声音が変わる。
「何が相手であっても迷うことなどない。余は、余のなすべきことをなそう」
翳っていた皇帝としてのオーラが変わる。
「感謝する、藤丸。目の覚めた気分だ」
これで大丈夫だろう。
もうこれでネロは大丈夫だ、戦える。
「ただいま戻りました、先輩。あれ、ネロさん?」
ちょうどいいタイミングでマシュが戻ってきた。
「どうやら話が終わったみたいだし、俺たちも行こうか」
「う、うん」
ネロが見せた迷いに何か思うことがあったのだろうか、少し思案気味な表情を浮かべている。
「皇帝が迷った姿がそんなに気になるのか?」
「あ、えっと、うん。そうだね。今までのネロさんって自信満々って感じだったから」
「皇帝だからね。例え不安があっても顔には出さないさ。ううん、出せないんだよ」
「どうして?」
「皇帝が弱い姿を見せればそれを臣下が不安がり、その臣下の不安が下へ下へと伝播していく。自分の皇帝は果たして国を自分達を守ってくれるのかと」
民は王の強さについてゆくのだ。
王の強さの庇護下に入れば、自分の安寧が手に入るからついてゆくのだ。
「そして、その不安が頂点に達した時反乱が起きる。自分達の国を、自分の身の安全を任せることが出来ないとね」
この王ではダメだ。
この王では国を、自分達の身の安全を守れそうにない。
そう思われた瞬間に引き摺り下ろされる。
「だから、皇帝は強くなくちゃいけない。誰かに弱みを見せることも出来ない。例え、それが自分の親兄弟でもね」
「……ならネロさんは無理してたのかな?」
「自分で自分を鼓舞していたところもあるだろうな」
ローマ皇帝として弱い姿を見せないために自分自身を奮い立たせていた部分も当然あるだろう。
「皇帝は孤独だ。その優雅な姿だけを捉えて羨む人間もいるだろうが、それと同時に誰もが逃げ出したくなるような責務がある。今回の件なんて特にそうだろう」
目の前に現れた神祖。
彼女にとって抗いたくない存在だ。
ぽんとイリヤの頭に手を置く。
「彼女は強い。まさしく皇帝となるために生を受けた人だ」
心が折れなかったのは、藤丸の助力もあるだろう。
彼の言葉のおかげで竦みかけていた足はしっかりと立った。
だけど、それ以上に彼女の心が強いからこそ、立ち上がれたのだ。
「彼女にとって皇帝として生きることは彼女を彼女とたらしめているものなんだろう。だから、それは彼女にとってのそれは無理ではなく当たり前のもの。皇帝として生きる彼女の覚悟のようなものだろう」
優しい少女は心配したのだろう。
ネロの辛さを感じ取ったのだろう。
でも、それは不要なものだし、彼女にそれを伝えれば怒るかもしれない。
侮辱と感じるかもしれない。
「だから心配することはないさ。俺たちは少しで皇帝が楽出来るようにする。それだけで十分だ」
「うん」
理解はしても受け入れられるとは限らない。
だけど、それでも受け止めはしてくれたのだろう。
「さて、これ以上もたもたしていたら置いていかれる。行こう?」
「……うん、そうだよね。色々考えるよりも動く方がいいもんね」
「そうだな。色々考えるよりもそっちの方が手っ取り早い」
「うん、ネロさんが少しでも楽が出来るように頑張らないとね」
「ああ、頼りにしてるよ、イリヤ」
「任せて!」
力強い声が返ってきた。
ネロは好きなキャラの一人です。
彼女の天真爛漫な姿は見ていて楽しいですし。
ただ、それと同時に皇帝としての強さも好きなんですよね。
だから、その魅力が少しでもお伝えできればと思います。