阿久津愛乃の性悪説   作:塩崎廻音

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前編

 ばしゃり、と吹き出した血が床に零れ落ちる。

 その光景を呆然と眺めながら、少女は床に倒れ伏した。そして少女の腹部に襲い掛かる、燃え上がるような痛み。ここに至って、少女は自分の腹部が何かに打ちぬかれたことを理解した。

「――…ぁ…は、ぅぐ……」

 助けを求めようと口を開いたが、その意に反して声が出ない。腹部に出来た大きな穴は少女の命を着実に奪い去り、もはや彼女は死を待つだけの存在となっていた。

 混乱する思考の中、背後から近づく何かの気配を感じる。この状況では、それはどう考えても腹部の傷を作った犯人に他ならない。少女の思考は、恐怖で塗りつぶされた。

 ――死にたくない…!

 その一心で背後の気配から逃げようとするが、大量の出血で上手く力の入らない体は思うように動いてくれない。それどころか、少しずつ思考に靄がかかるように、頭がボーっとしてくる。

「おや、驚いた。一撃で仕留めたと思ったのだが」

 霞みがかった頭に、背後に立った何者かが口にしたであろう言葉が響くが、もはやその声の主を探るだけの余力も残っていなかった。

 体の動きも止まり、ますます思考が闇に塗りつぶされていく。

 ――やだ、やだ、助けて…

 最期に頭の中で助けを求めるが、誰一人としてその助けに応じるものはいない。そのまま、少女の思考は永遠の闇に落ちていった。

「ふむ、まあ初めて使う魔法だ。少しくらいの誤差は良しとするか」

 声の主――黒いローブに身を包み仮面をかぶったその人物は、少女の死に対して何の感慨も抱いていない様子でそう呟く。少女の亡骸を見る目にも、なんの感情もこもっていないように見えた。

 その背後に、何かの塊のような影が現れる。その姿は肉腫の塊に目や口、さらには触手が生えたような、まさに異形といって差し支えないものであるが、その異形を見ても、ローブの人物にはさしたる動揺もない。まるで、そんな怪物は見慣れているとでもいうように。

 突然、怪物の体躯が肥大化し、少女の亡骸に覆いかぶさる。そして、ゴリゴリというおぞましい音とともに、その亡骸を咀嚼しだした。

「肉片一つ残すなよ?ことがばれると面倒だ」

 ローブの人物は、その異常な光景を見ても眉一つ動かさず、むしろその行為を後押しするかのような言葉すら口にする。

 静かな夜の学園に、冒涜的な、異様な音が響き渡る。

 やがて、怪物は亡骸を残らず飲み込み、飛び散った血液までもを全てその身に収めきる。その様子を見たローブの人物は、満足そうに一つ頷き、その怪物に声をかける。

「よし。今日のところはこれで終わりだ。戻るぞ」

 そう言うと、ローブの人物は来た道へ向かって歩き出す。そして、そのあとを怪物がのっそりと追い、暗闇の中へ消えていく。後に残されたのは、奇妙なまでの静けさに包まれた、夜の学院の廊下だけ。

 静まり返った廊下に、雲間から現れた月の光が降りそそぐ。

 それは、先ほどまでの出来事が夢であったかのような、冷たさすら感じる青い夜。

 満ちた月が、再び欠けていく。

 

***

 

「ありがとうございます、助かりました!」

 昼寝をしたくなるような麗らかな昼下がり。

 学舎裏で助けた女生徒からの礼の言葉を受けた少女――阿久津愛乃はにこりと微笑んだ。

「いえ、良いのよ?そもそも、ああ言う輩が野放しになっていては、学院の風評にも関わるわ」

「ああ……阿久津先輩のこと、誤解していました。こんなに心優しい方だったなんて…!」

 感極まって涙すら流す女生徒。

 まあ、無理もない。自分よりずっと大きな体躯の厳つい男から恐喝を受けていた場面で、まるで白馬の王子様のごとく助けが入れば感動の涙の一つも流すものだろう。抱きつかないだけ自制心を残しているとすらいえる。

「気にしないでいいの。そう思われるのは仕方のないことだし」

「…先輩!!」

 と思っていたら結局抱き着いた。…まあ、こういう状況ですし。

 そのあとも何やら青春っぽいやり取りを重ねた女生徒と愛乃さんだったが、しばらくすると気が済んだのか、二言三言別れの言葉を交わして、それぞれの学園生活へ戻ろうとする。

「もし、またああいった輩が現れたら、遠慮なく私に声をかけてね?始末をつけに行くから」

「始末……えっと、助けていただけるってことですか?」

「…ああ、うん。そうよ」

「そんな、これ以上お世話にだなんて…」

「ううん、良いの」

「…阿久津先輩……ありがとうございます!」

 そんなこんなで話も済んだらしいその女生徒は、何度か振り返っては別れを惜しみながら、学舎の中へと消えていった。まあ何と言うか、無事にことが済んで安心した。

 そんな風に内心胸をなでおろしていると、徐に振り返った愛乃さんが僕の方を見て話しかけてくる。

「どうかしら?普君、今回は完璧に善人だったでしょ?」

「…『始末をつける』はちょっと物騒でしたけど、まあ概ね」

「よしっ、やったぁ!」

 小さくガッツポーズをとる愛乃さん。やや幼げな容姿と相まって大変可愛らしいが、そういうことを口にすると照れ隠しに何をされるか分かったものではないので、内心にとどめておく。この人は倫理観が大変に怪しいので、割と本当に危ない。

「まあ、今日は上手く言ったということで、とっとと戻りましょう。午後の講義に遅れますよ?」

「分かってるわ。それより、普君?」

「…なんですか?」

 やけに楽しそうな愛乃さんの声色に、ちょっと嫌な予感。

「さっきのあの子、二、三日したら多分同じような目に合うわよね?そこを助ければ善行がまた積めるんじゃないかしら?」

 予感的中。

 愛乃さんは、愛らしい笑顔で、そんな性格の悪いことを言い放った。

「…愛乃さん、善人を標榜するなら、そこは同じ目に会わないように護るなり周りの状況を変えるなりすべきです」

「あら、どうして?事件が起きなければ善行は積めないわ?」

「……そういう、分かりやすい『善行』を行うだけが、善人ではないですよ」

「ふぅん、難しいのね…まあ、普君が言うならそうなんでしょうけど」

「分かっていただけたようで何より…」

「うん!これでまた一歩善人に近づいたわ。ありがとう!」

 愛乃さんは、そう言ってにっこりと晴れやかな笑みを浮かべる。

 …本当、見た目だけは可愛らしいんだけどね。

 

 阿久津愛乃は生まれながらの悪人である。

 ただ、それに気づいた両親が徹底的に善人であるべしという教育を施したため、彼女自身は善人であろうと務めている。それでも、生まれつきの倫理観のなさだけは矯正できなかったらしく、彼女がなろうとしている『善人』は、非常にあいまいなものだった。それこそ、善行をするものが善人である、といった程度の。

 さて、生まれつきの悪人であるところの彼女は、そのせいか普段から悪人然としたオーラを放っている。見た目はちょっと幼げな美少女といった感じなのだが、見るもの誰もが彼女が悪人であることを確信するような雰囲気をしているらしい。

 らしい、というのは、僕がそのオーラを感じることができないから。割と小さなころから一緒にいるせいか、それとも僕が鈍感なだけか。僕の目には、彼女は一つ上の愛らしい先輩としか映っていなかった。

 ただ、見た目の上では悪人として見えないからといって、彼女と深く付き合えば彼女の倫理観の無さはおのずと見えてくる。例えば、彼女の家の裏庭には、彼女が魔法の実験台にして『壊して』しまった小動物たちのお墓がいくつも並んでいることを、僕は知っている。恐ろしいことに、今でもときどきその数が増えているのだ。『誰に迷惑をかけるでもなし、問題ないでしょう?』とは愛乃さんの談。そう言う問題ではない。

 そんなわけで、彼女を放っておくと何をしでかすことか分かったもんじゃないということで、僕はほとんど付きっきりで愛乃さんと一緒にいる。実際、彼女は善行のつもりで犯罪まがいの行動に出ることがあるので、なかなか油断がならない。基本的に倫理観が欠如しているのだ。

 尤も、彼女は頭がいい方なので、倫理観が無くとも論理的に善悪を判断できる。このため、まあ大体の場合においてそこまで狂った行動に出るわけでもないのだが。

 そんなわけで、僕はこの愛らしい悪人と、いつも一緒にいるのである。

 

***

 

 僕がその噂を耳にしたのは、珍しく愛乃さんと別れて講義を受けていた日のこと。さしもの愛乃さんも、流石に講義の最中に妙なことをしでかすほどの常識知らずではない。なので、講義の時間帯に関していえば、僕と彼女が別行動をとることもままある。

 そんなわけで、愛乃さんとは別の講義に出て、普段は愛乃さん愛乃さんを怖がって近づこうともしない男友達と、久々に世話話をしていたわけだった。

 大半はとりとめもない雑談で、誰それが交際を始めただとかあの教授が気に食わないだとかいう毒にも薬にもならない話だった。だが、ふと噂好きの一人、井端がこぼした『怪談』が、僕の心に妙に引っかかったのだ。

「そう言えば知ってるか?旧校舎の怪物の話」

「ん?なんだそれ。聞いたことないけど」

「ありきたりな怪談なんだけどな。満月の夜に旧校舎に入ると、怪物が出てきて食われちまうって」

「言っちゃなんだけど、本当にありきたりだな」

「言うなっての」

 それは、ごくありふれた怪談話で、取り立てて興味を引かれるようなものでもなかったはずだった。だが、何故か僕の心はその怪談のことを聞いた瞬間にざわめきだし、その怪談の詳細を聞くべきだと自信を急かした。もしかしたら、ちょっと前に旧校舎裏で愛乃さんが助けたあの気の弱そうな後輩の少女のことが、心の中をよぎったのが原因だったのかもしれない。

「ねえ、その話。もうちょっと詳しく聞いてもいい?」

「お?珍しいな、平野。お前がこういう話に乗っかってくるなんて」

「…まあ、なんだかちょっと、その話が気になって」

「ふうん?まあいいけど。ただ、俺もそんなに詳しいことは知らないぜ?」

「うん。分かってることだけでもいいから。あ、そう言えばその話、誰から聞いたの?」

「…誰だったかな?確か、別の講義でよく一緒になる奴だったような気がするが」

「あ、それって斎藤か?確か、手品部かなんかって言ってた」

「ん?ああ、そうそう。あいつ、部室が旧校舎だからって不気味がって話してたけど、ビビりすぎだよな」

「…それ、旧校舎の部活だと結構有名な話だったり?」

「いや、分かんねえけど。ただ、斎藤は部活で聞いたとか言ってたから、それなりに広まってるんじゃないか?」

「なるほどねえ…」

「ああ、そうだ。なんでも、この前の満月にも一人の女生徒が…なんて話らしいぜ?そうだったら、もっと大騒ぎになってるっての!」

「…そりゃまあ、人が一人いなくなれば大騒ぎだよね」

「おう。だけど実際には世はなべてこともなし。所詮怪談は怪談だってことだ」

 まあ斎藤はビビってるけど、といって井端が笑う。僕もその通りだといって笑い返したが、心の中には妙な違和感がわだかまっているのを感じていた。

 

「――…という噂話を聞いたんですよ。どう思います?」

 講義が終わった後の教室。僕は合流した愛乃さんに、先ほど聞いた噂話について説明していた。彼らも言っていた通りありふれた下らないだけの話だとは思うのだが、妙に嫌な予感がするのだ。

「普君がその話を聞いて違和感を感じたってことは、何かがあるってことかしら?」

「まあ、いつものごとく、ただの勘なんですけど」

「…あなたの勘は、よく当たるのよねぇ」

 愛乃さんが、ため息をついてそう言う。

 彼女の言葉通り、僕の”嫌な予感”は過去にも結構当たっている。それは例えば、晴れているのに嫌な予感がして傘を持っていったら雨が降ったとか、街中で嫌な予感がして愛乃さんを引き留めつつ足を止めたら進路上に看板が落ちてきたりだとか。重い軽いの差はあるものの、概ねこういった予感は当たってきた。そして、だいたいの場合は愛乃さんも一緒にいるため彼女もそのことはよく知っている。

「そうなると、旧校舎で何者かが悪さをしている、ってことかしら?」

「分かりませんが、あるいは」

「気に食わないわね…」

 そう言って、愛乃さんが不機嫌そうに目を細める。ちょっと意外だ。今までの経験からして、愛乃さんは目の前にない悪事に対しては割と鈍感だ。倫理観が怪しい分、他人の悪事を責めるという感情が湧きづらいのだと思う。そう考えると、ここで感情を露わにするのは彼女の成長を見ているようでちょっと感慨深い。そう思っていたのだが…

「私のテリトリーで企みごとだなんて、生意気」

「…愛乃さん、そこは義憤に駆られるところです」

「あら?」

 結局愛乃さんは愛乃さんだったよ…

 まあ、ある意味では安心した。平常運転だ。

「っていうか、テリトリーって何ですか。愛乃さん、普段は旧校舎になんて行かないでしょうに」

「何を言ってるの。こうして学生生活を送っているんだもの。学院全体が私のテリトリーよ」

「…さいで」

 なんだろう、この、久々に喋っていて疲れる感じ。最近は割と落ち着いてきていたので、ちょっと前のころに戻ったような気がして懐かしさに泣けてくる。悪い意味で。

「…じゃあ、その不届きものを成敗するために、調査でもしましょうか?」

「そうね。今からちょっと旧校舎に言って調べてみましょう」

「…今ですか?」

「今よ。ほら早く」

 そう言って、立ち上がった愛乃さんが僕の手を取って歩き出す。僕も、そんな彼女に促されるままに渋々と旧校舎の方へと向かう。正直面倒くさいが、この噂話に関しては自分で言い出したことなので仕方ない。

 そう言えば、と道すがらスマホで今日の月齢を調べておく。そんな遅い時間まで旧校舎に陣取るつもりはないし、まさか本当に怪物が現れたりはしないとも思うが、噂の満月に近い方が色々と情報も得られるかもしれない。そう思っていたのだが、今日はほぼ新月。完全に真逆だった。まったく、ツイてない。

 まあ、何かしらの補足情報でも手に入れば万々歳か。そう思って、僕を急かす愛乃さんに手を引かれ、旧校舎に向かった。

 

***

 

 世に曰く、捜査は足でするものらしい。その心は、地道に足を動かして聞き込みを重ねるのが鉄則であって、座ったまま簡単に解決できるほど甘くはないということ。まあ、中には例外もあるのだろうが。そんなわけで、僕たちは実際に旧校舎に足を運び、そこで事件の痕跡なり詳しい噂話なりを調べようと思っていたわけだが…

「…愛乃さんが調査向けの魔法を使えたら、もっと手早く情報が集まるんですけどね」

「うぐ……今まで、そう言うのが必要になることが無かったのよ」

「偏ってますからねえ…愛乃さんが使える魔法」

 肝心の愛乃さんが、調査では割と無能だった。

 割と”正統派”な魔女であるところの愛乃さんは、魔導士としての能力こそ高いものの使える魔法が限られている。他人を呪う魔法や怪物に変身する魔法といった悪い魔法には長けているのだが、日常生活で便利な魔法はあまり習得していないのだ。使える小技と言ったら、精々が小物を自在に動かす傀儡魔法程度。

 対して僕は、物事の痕跡を調べる魔法といったような調査に使える魔法をいくつか習得しているものの、僕自身があまり腕のいい魔導士でない。一応捜査対象を工夫して得られる情報を増やせないか頑張ってみたものの、結局は大した情報は得られなかった。

 そんなわけで、早々に魔法による調査は諦めて、旧校舎に部室を構える部活に聞き込み調査でもしてみようか、という運びになったのである。

「まさか、魔導士二人が雁首揃えて、文字通りの『足を使った捜査』をすることになろうとは…」

「…ちがうのよ」

 何が違うというのか。

 そう言い訳する愛乃さんに視線を向けるが、サッと目をそらされた。麗らかなはずの春の風が、妙に冷たく感じる。

 ため息を一つ。まあ、そう最初からすべてうまくいくとは思っていなかったし、まだまだ焦る必要もない。

 と、思って適当な部活に向かおうとしたところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「あれ?阿久津先輩じゃないですか。こんなところで、どうされたんですか?」

「…?あら。あなた、昨日の」

「はい。お助けいただいた比良坂です!」

 声の主に視線を向けると、そこには愛乃さんが昨日助けた女生徒――比良坂七夜がいた。

「こんにちは。その後、お変わりないかしら?」

「はい。先輩のおかげで、今日も元気に過ごしています!」

「そう。それは良かったわ」

 愛乃さんは、先ほどの狼狽が嘘のように、その振る舞いを吊り繕って優雅に対応する。一方の比良坂さんは、それに気付いた様子もない。まあ、彼女にとっては優しくてかっこいい先輩なわけだし当然か。

 しかし、純粋に慕われる愛乃さんというのは、なかなかレアな光景だ。大抵の場合、彼女はひどく怖がられている。

「それにしても阿久津先輩、どうしてこんなところに?もしかして、旧校舎の部活に所属しているのですか?」

「いえ、私は特に部活には入っていないの。今日はちょっと、噂話の調査にね?」

「噂、ですか?」

「そ。満月の旧校舎に怪物が出るっていう噂。聞いたことあるかしら?」

「あ、はい!今話題の!」

 心当たりあります!といった感じの比良坂さん。話に聞いてはいたが、あんなありきたりな怪談が本当に流行っているのかと驚く。

「…本当に、話題になっているのね。あまり面白い怪談でも無いと思うけど」

「まあ、確かに話の大筋自体は大した面白味も無いんですが、ちょっとだけ変わった部分がありまして…」

「変わった部分?」

「はい。なんでも、自分がその怪物に食べられる光景を夢に見る人がいるらしくて。しかも、嫌になるくらいリアルに」

「夢に……噂を聞いて、その光景が偶々夢に出たとかじゃなくって?」

「う~ん…まあ、そういう可能性もありますけど。ただ、夢に見たのは一人じゃないらしいので。そう都合よく同じような夢を見るものかなあと…」

「確かにそうね。偶然にしては出来すぎ」

 思いがけず得ることのできた有益な情報。

 比良坂さんの話は、情報収集の当てに困っていた僕達にとっては福音とすら言えるものだった。少なくとも、これで何を調べればいいかの見当がつく。

「これは、次のアクションは決まりですね、愛乃さん」

「うん、そうね。…比良坂さん、その夢を見たという生徒、一人でも良いから知らないかしら?」

「ごめんなさい、名前までは……ああでも、手品部に確か、先月にそんな夢を見た女の子がいるとかなんとか…」

「手品部…!」

 確か、僕がこの噂を聞くことになった斎藤何某が所属しているという。これは、もしかしたら当たりかもしれない。

「ありがとう、比良坂さん。それじゃあ、私たちは手品部に噂話について危機に行くから…」

「あ、阿久津先輩!よろしければ、私もご一緒させていただいても?!」

「え、あ……うん。構わないわ…」

 愛乃さんのその言葉に、おや、とちょっと驚く。怪物の噂話を調べるのに、比良坂さんは邪魔だとは言わずとも基本的には不要。経験上、愛乃さんは無駄を省くタイプなので、ここで比良坂さんの同行を認めるのはちょっと意外だった。

 そう思って愛乃さんの様子をうかがってみると…

 ――なるほど、そう言うことか。

 そこには、どうしたものか、と内心慌てている様子の愛乃さん。内心の動揺を表に出さないのは流石だが、長い付き合いの僕には愛乃さんが見たことがないくらいに慌てているのが良く分かる。

 多分、今まで同年代からは得られなかった”純粋な好意”を向けられて、自分の感情の置き所が分からなくなってしまったのだろう。積極的に話しかける比良坂さんにたじたじになっている。可愛い。

「――でも、そんなに魔法に熟達するには、相当な訓練と才能が必要だったんじゃないでしょうか?」

「いえ、私は昔から色々試す機会があったから慣れているというのもあるし…」

「むぅ…やっぱり、小さいころからの反復が大事だと言うことでしょうか」

「そうね。使い慣れれば、苦手系統でも多少はマシになるわ」

「むむむ…そう言えば、先輩の得意魔法ってどんなものなんですか?」

「え!?…ええと、ほら。魔導士たるもの、自分の手札は軽々に明かすものではないし…」

「なるほど!勉強になります!」

 動揺のせいか言ったらやばそうな部分が見え隠れしてしまっているけど。まあ、比良坂さんの懐きようからすると、多少倫理観の駄目な部分を見せても説明すれば納得しそうではあるが。

 そんなわけなので、愛乃さんがさりげなく送ってくる救助要請には気付かないふりをする。

 頑張れ愛乃さん。多分そっちの道は、愛乃さんが目指す真人間に続いてるから!

 と、心の中だけでエールを送る。

 現実?無視だ、無視。この人も偶には苦労したほうがいい。

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