十七
基地付近にトリオン兵が出現したと言うことで、早速俺たち三人が動くことになった。十分休んだし、戦う準備は万端である。
そもそも真夜中じゃないしな。視界開けてるしなんとかなるだろ。
そのトリオン兵の出現した場所付近まで走って向かう。ほらな、体力つけといて良かっただろ。
「いや、まぁ、たしかに、そうですけど……」
めっちゃ微妙な顔で言うね君。こちとら体力不足で何度も死んでんだ、他人事じゃないんだぞ!
「そもそも私としては普通の身体でトリオン体に付いてくるのが異常としか言いようが無いんだが……二人とも本当は種族違ったりしないか?」
そんなこと……ないと思うぞ。多分。
「いや私は普通ですから」
「それは無い」
空腹少女の言い訳にアレクセイの無慈悲な一撃、走りながら崩れ落ちるという変態挙動を空腹少女が行い、それに引きながら走る。その天才性もう少し別な方向に活かせない?
「っと、おしゃべりはここまでだ。近いぞ」
切り替える。思考を極限まで戦闘に特化させ、全てを理解し把握するくらいの気持ちで。
空腹少女がピクッと反応する。俺に背筋が凍るような感覚は来ないから俺を目掛けてのものでは無い。少女が真横に飛び出し加速するのを見届けてアレに比べたらまだ人間らしいんじゃ無いかと内心思う。
――まぁ、どっちも似たようなもんだ。
若干遠くに見えたトリオン兵が、砲撃を放とうとしてるのが見える。木に紛れつつ進んでいたのに場所を把握されてるあたり本当索敵能力の高さが素晴らしい。
地面を蹴り、木を足場にして接近する。次の木に跳んで、また木を蹴り加速する。運動エネルギーを余すことなく利用して自分の出せる最高速度を引き出す。
背筋が凍るような感覚が来るので、その感覚に従って砲撃を回避する。そして次の砲撃を放とうとするトリオン兵をすれ違いざま真っ二つに斬る。
まだいるかと思い周りを見渡したが、どうやら既に二人が片付けたらしい。剣を抑えて俺の方へ向かってくる空腹少女とアレクセイを見て、安堵の息をつく。
――この基地で防衛戦力として戦い始めてから、三日は過ぎた。
基地内で人を遊ばせている余裕は無いから、休みなしで戦場へ赴く死んだ目の兵士達を見送りつつ走って斬って走る毎日。
お陰で少しは体力が付いた。飯はもう諦めた。
空腹少女も二時間はぶっ通しで走れるようになった。すごい進歩だなとも思ったけどとっくの昔にそんくらいやってたなそういや。アレ?あんまり変わってなくね。
敵を探して斬って戻って休んで探して斬っての繰り返しをここ二日間程行ってきた。程よく休めるし、身体に大きな負担も無い。
大丈夫だ、順調に進んでる。焦ることはない。
目の前でパクパク料理を口に放り込む空腹少女を見つつ、今後のことについて考える。やはり一番帰還する確率の高いのは、この国の侵略部隊に入る事だろう。
それがどれほど遠い道のりか――そんなことは分かってる。だが、それでもそれしか道が無いのだ。だったら答えは一つ。突き進むのみだ。
「ていうか今更思ったんですけど、私達こんな一杯ご飯食べていいんですかね……?」
空腹少女の今更すぎる疑問。初日のドカ食いの時点で気付こうな!
「問題ないだろう。この国はこう見えてもそれなりに大きな軍事国家だ。トリオン体を操る正規兵は食料は普通の量でいいし、奴隷兵士は本来食料はあまり貰えないからな。正直君達二人はトリオン量が最底辺付近なのに何故そこまで生身が強いのか……」
トリオンだけを絶対視しているのは本部の連中のみで、意外と戦場に出たことのあるものはトリオン体ではない死が身近にある生身で活躍する人間は大事に扱う傾向があるらしい。まぁトリオンが多かったら空腹少女なんざ最強格だからな。こんなん誰が殺せるんだよ。
何度も死んだ彼女の顔がフラッシュバックする。ああ、やめろ。今は生きてるんだから問題ない。切り替えろ。
ズキズキ痛む頭を無視し、ひたすらモノを口に運ぶ。
「じゃあいっか!」
「その切り替えの早さと能天気さは見習うべき物があるな……」
アレクセイが割と重いことを言ったけど、全てを無視して食事に集中する空腹少女のメンタルに心底感服する。ほんと鬼メンタルすぎだろ。
「でもあれですね。故郷の料理も少し恋しくなりますね」
故郷の料理、か。……もう、味も忘れちまったな。響子が良く作ってくれた料理さえ覚えていない。一つまた一つと抜け落ちている自分の記憶を発見した自覚する度に溜息が出る。
だが、それがどうした。
料理も覚えていないのなら、再度覚えればいい。帰って、再会して、また作って貰えばいいのだ。食べればいいんだ。
そうだ。響子に出会えば――
「ふむ。君たちの故郷の料理か……少し興味があるな」
「そこまで大きな違いはないですけど、やっぱり細かい部分の味付けが違うかな〜」
和気藹々と会話する二人を見て、一瞬思考が止まるがそれでも無視して切り替える。そうだ、俺の目的は◼︎◼︎響子に再会するのだ。俺が文字通り死んででも助けようとしたあの人に、再度出会うのだ。
――何のために?
…………さあな。そんなの、俺が聞きたいよ。でも、会うんだよ。理由なんか無い。理由がないなら今作ればいい。それこそ料理を作ってもらうとか、好き勝手に理由をつけろ。
それで俺は生きていける。足を止めなくて済む。この現実を受け止めなくて済む。
「それで、甘い果物とかケーキとかアイスクリームとか色々乗っけたパフェって言うのがあって」
「ケーキ……アイスクリーム……ふむ、未知の単語だ。それも甘いのか?」
「えぇ、とびきり美味しいですよ!」
「それは気になるな……!」
ああ、それも良いかもな。響子に会うのは当然だが、アレクセイと空腹少女と三人で地球観光なんてしても良いかもしれない。そうだ。生き延びるんだ。いつの日かまた帰る為に。
「虫を……食べるのか?」
「? ええ、味付けで煮込んでそのまま」
「……ちょっとトイレ行ってくる」
ちょっと待て。地球の食文化がゲテモノ食いみたいに思われるじゃねぇか!
――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。その感覚に身を任せ、アレクセイを突き飛ばす。
突き飛ばした瞬間、伸ばした左腕の肘から先が切断された。
「――ッ」
せめて正体を見極めようと見て、その姿に驚いた。通常のトリオン兵とは違い、人間そのものと言っても過言ではない。顔のパーツも、身体のパーツもまるで人間。
嘘だろ、トリガーつか
十八
――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。くそっ、マジかよこれまでで最悪のループだ。一先ずさっきと同じようにアレクセイを突き飛ばして剣の軌道からどうにか引き剥がしたいが、俺の腕が持っていかれる。それは避けたいがアレクセイを見殺しにもしたくない。
ならば、こちらから仕掛ける。
立ち上がる勢いを利用し先程敵がいた場所に腕を振る。ガッ!!という音と共に腕がなにかを捉えて吹き飛ばす感覚を掴む。
背筋が凍るような感覚は来ないので、一先ずこれで十分かと判断して武器を構える。基地内で武器持っててマジよかったわ……前回みたいに武器なくて逃亡しかできませんは話にならないから。
「完全に死角からの一撃だぞ……?チッ、一体どんな仕掛けだよ」
悠長に喋るトリガー使いに向かって跳ぶ。一瞬だけ、一瞬あればいい。跳んだ衝撃で空に舞ったテーブルやイスの破片を足場に加速する。踏み場なんて少しあれば十分だ。
人型を殺すのなら何処が一番良いのだろうか。やはり首か胴体になるのか。まぁ一先ず斬ればいいだろう。斬れなければ、斬れるまで斬り続ける。それだけだ。
狙うは首、すれ違う瞬間に剣を抜き斬り捨てる。
――斬
十九
――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。嘘だろ、反応したってのか。こっちなんざあれで仕留めれるとまで思ってたのに、見てから回避して斬って来やがったくそっ、なんだそれ反則だろ。
ああくそ、反応が遅れた。面倒だ死の
二十
――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。慌てるな、俺はこいつと違って何度でもリトライできる。こいつが反応できないタイミングで仕掛ければいいだけだ。
取り敢えず先程と同じで腕を振り回し殴り飛ばす。そしてここだ。この殴り飛ばした瞬間に剣を抜刀し斬る。
「うぉっと――あぶねぇなァ」
ちっ、上手く耐えられた。まぁ凌がれる気はしてたが。だから二手三手連続でかかる。
「ちょっ、待」
俺の背後から空腹少女が斬りかかり、敵の首を刎ねた。流石としか言いようがない身のこなしにやはり頼りになると思いつつ敵のトリオン体が解けるのを確認する。
「……嘘だろオイ、かんっっぜんに不意打ちだっただろ。何で分かるんだ?」
こいつの話には微塵も興味がない。取り敢えずどうするべきかアレクセイに聞く。
「必要ないな」
よしわかった、殺
二十一
――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。問答無用で殺すべきだな。この時点で斬りかかれば良くないか?
敵の剣の軌道は既に知っている、そこに剣を振ればいい。キィン!と甲高い音が響き敵の表情に驚きが見えるがそんなもの知ったことではない。即座に切り替え斬り殺す。
右から左から前から上からを繰り返し、空腹少女が陰から敵の首を刎ねる。そしてトリオン体が解除された瞬間、有無を言わせず斬り殺す。
身体を真っ二つに縦に割る。何だ、めっちゃ楽だな。人を殺すときは苦労したような気がするが、そんな昔のことどうでもいい。基地の中に突如トリガー使いが現れるとか笑えねぇぞ。一先ずアレクセイに指示を仰ぐ。
「……この国の防衛機構もう駄目じゃないか?」
おっ、なかなか身を張った自虐だな。
「冗談じゃない……取り敢えず友軍が生きてるか確かめよう。というか周りから戦闘の音はしないな」
初手でぶっ殺されてるのか、それとも此処だけだったのか……狙いは定かではないが、襲撃があったことだけは確かだ。友軍に手が届くかは不明だが、せめて俺たちは生き残ろう。