「──死ね」
身体を液体へと変化させ、更にそれを刃の形に加工。直後に固形化する事でトリオン体を破壊する攻撃手段へと昇華し相手に放つ。
見るだけならば簡単だが、実際やってみると簡単にはいかない。慣れ親しんだ、使い手の技量あってこその技。
「よっ、ほっ、はっ」
──だが、相手も積み重ねたモノがある。
バキンバギンとエネドラの放った攻撃を弧月で割りながら少しずつ接近する。
「──アステロイド」
横にいる水上が上に跳びながら弾丸を放ってくる。回避するのも面倒に感じたエネドラはそのまま受け止め、目の前の生駒への対処を優先する。弾丸が自身の身体に接触する寸前──目の前で爆発する。
「残念、メテオラなんすわ」
爆炎に包まれ視界が悪くなった次の瞬間に煙を掻き分け旋空弧月が飛んでくる。
「ち──」
エネドラの黒トリガーである
「んー……斬った感触はするんやけどな」
「いやいやどっからどう見ても斬れてるやろ。ほら、何か角黒いし黒トリガーなんじゃ」
「そういえばそうやな」
「この猿共が……!」
生駒たちからすれば至って会話しているだけだが、エネドラからすれば黒トリガーを目の前にしているのに全く緊張感の欠片もなくほんわかした空気で戦闘を行われていることに苛立ちを募らせる。
ただでさえ斬撃を伸ばす敵に対して少し忌避感があるのに、こうも神経を逆なでされると──頭にくる。
「クソ猿共が──!!」
グワシャ、と大きく液体を渦巻かせる。ぐるぐるとエネドラの周囲を回り、その規模の大きさを容易に悟らせる。
「──これヤバない?」
「ヤバい」
普通に背を向けて逃げた生駒隊の二人を尻目に、エネドラは渦に包まれて一人周囲へと攻撃を開始する。
「死に晒せ!」
次々と周囲に伸びていく刃、小さな台風と言っても過言ではない程の暴風域を伴って侵略する。
「──旋空」
しかし、それを許すわけにもいかない。ボーダー隊員として街を守る生駒は、街をいたずらに破壊するエネドラを止めなければいけない。
「──弧月」
ズ、と高速で振り切られ、気が付いた時には斬られている。効果時間を圧倒的に減らし、その分射程距離を伸ばした生駒の象徴ともいえる技。
エネドラの渦へと放ち、確かに半分に斬る。しかしエネドラまでは届かず、渦巻いて攻撃しながら歩いてくるため更に距離を取る。
「──これ無理や」
「いや諦めるのはやっ」
「ちょ、見てみい。旋空弧月入らないやん。もう無理やん。どうすりゃええねん」
『なぁに遊んどるんすか』
狙撃手、隠岐孝二が少し離れた屋根の上で腕を組んで話す生駒へと通信を出す。
『あんまりのんびりしてるあの感じ、他狙いますよ。もっと気を引いてくれないといかんすわ』
「言われても攻撃入らんし、これは
「上手い事言ったつもりか」
ゴーグルをつけている所為で顔がよくわからないが、どこか誇らしげな雰囲気を纏って言う生駒に水上がツッコミを入れる。
「どないします? 正直突破力がないっすわ」
「二宮隊とかどこいったん」
「もう落ちましたよ」
「ほんまか」
「──何時までくっちゃべってんだこの猿共!」
グオ、と雪崩の様にエネドラから攻撃が放たれる。屋根の上に居る二人に向かい地面からの攻撃で、必然上を向く形になる。
「うおっ危な」
すれすれで回避する生駒、水上は何の遠慮もなく二つ隣の家まで逃げている。
「このままテメェから落としてや──」
る、と。言葉は続かなかった。
キン、と音が遅れて聞こえ、エネドラの落ちていく視界の中に逆さまで振り抜いた姿勢の生駒が映る。
「まあ、こんなもんやろ」
エネドラの首を斬り落とした生駒は、何一つ変わらない仕草で再度弧月を構える。首が元に戻るより前に、水上による射撃が入る。バスバス身体に穴を開けられたエネドラは少しずつ弱点をずらして知られるのを回避する。
「──旋空弧月」
勿論ただぼうっと見てるわけもない。弾丸が突き抜けてない箇所へと旋空弧月を当てる。修復とダメージ、どちらが早いかの競い合いになり始めた所で──遠距離から飛んできた銃弾がエネドラの身体を貫いた。
「こんだけ当ててもまだトリオン体解除されへんのか」
「ムカつきますわ」
適当言いながらバスバスズバズバ攻撃を当てていく生駒隊。
内心煮えくり返るエネドラが一先ず回避の為に再度液体と化したボルボロスを渦巻かせる。攻撃が止んだのを確認しつつ、ゆっくりと相手の位置を確認する。
優先順位を決め、最優先で生駒を墜とす事を選択した。見事に甘く見ていたため、想定以上の実力であることを認識し改める。
我が身を気体にし相手の身体に侵入させ、内部から破壊する。そうすることで確実に相手を潰すことができる。屋外だと使い辛い手ではあるが、最も確実に倒せる。
しかしここで問題となるのが位置関係。生駒は現在少し離れた箇所の屋根の上にある。流石にトリオンと言えども気体になってしまっては風に流される。
少しずつ空気を周りに増やし、相手が接近してくる隙を窺う。
「(……ち、流石にそこまでアホじゃねぇか)」
こうなれば近寄ってくることもなく、こちらの射程の中に入ることもない。一応ボルボロスの最大射程を考えれば、届きはするが、届いて確実に撃破できる相手ではない。
苛立ちを隠さず、蓄積されていく。
それはエネドラの周囲を回るボルボロスにも現れており、先程より荒れ狂いながら渦巻くそこに近寄ろうと考える人間はいない程。
「ぐるぐるやな」
「ぐるぐるすね」
一向に動かない生駒隊、そろそろ飽きてきたのか適当な会話を再度繰り出す。
「そういや、食堂に新しいメニュー増えてたで」
「ホンマっすか?」
「おう。マグロナスカレーや」
「うそつけ。なんでカレーに魚が入るんですか」
中身の無い会話を続け、エネドラが動くまで待ち続ける。
「いやいやちょっと待て。まず俺の好きなカレーは知っとるやろ?」
「いや知りませんがな」
「ナスカレーや。そんでもって今回増えたカレーはマグロナスカレーや」
したり顔で言う生駒に若干嫌な予感を感じつつも水上が話を聞く。
「
「──死ねや!」
地面から大量に突き出してきたエネドラの攻撃を回避する。言葉を折られ少し寂しそうにする生駒を尻目に水上がその場へとメテオラを放つ。爆発が響き、その場を爆風が占拠する。
「チッ、気付いたか……? んな訳はねぇ、ただの目くらましだなぁ!」
続けてボルボロスによる攻撃を立て続けに行い、爆風の中を突き抜け家を破壊して回る。次々と破壊されていく街並みの影から、生駒が静かに孤月を構える。
「──旋空」
構えに入り、上段から振り下ろす形で維持する。振り始めのタイミングと、振り切りの力のインパクトを合わせなければ生駒の旋空孤月──通称生駒旋空は成功しない。
標的を視界に収め──てはいない。オペレーターに要請し、レーダーをよる位置を目視で確認できるように設定したのだ。これによって壁越しの攻撃が可能、通常であれば射手がよく使う技だが生駒を含む数人の攻撃手がよく好んで使う。
家の向こう側、二つ先の居住ブロックで暴れるエネドラの位置を把握して振り始める。
「──孤月」
グワ、と生駒の攻撃が伸びていく。家を半分に断ちながら鋭く伸びていくその攻撃に対しエネドラは──口元を歪め笑った。
「それを──待ってたんだよ猿野郎!」
全力で、液体を向かわせる。液体の中を空洞にし、気体になった自身のトリガーを運ぶことで遠くの敵を確実に処理する。これは剣鬼とのトレーニングで発見した新たな戦闘方法で、同じような種類の敵に対し猛威を振るう。
初見でなく、何度も戦った相手にすら刺さる技。
そして──再度エネドラの首が飛んだ。
「(んだと!?)」
まだ、生駒旋空は届いていない。自分の視界の目の前、触れる直前くらいの場所にはあるがそれでもまだ刺さってはいない。で、あるならば。一体何が──と飛んだ視界の中で近くに人間がいるのを確認する。
生駒と同じ隊服に身を包んだ、軽そうな男──南沢海。
ニ、と口元を歪め孤月を振り切った構えで硬直するその男をみて、まだ敵がいたのかと油断していたことを認めるエネドラ。慢心はしているが、油断はしていない。それがバトルスタンスのエネドラからしてみれば相手のペースに引き込まれすぎたと猛省する。
──ならば、とせめて生駒を落とそうと液体を運ぶのを優先する。ついでに自らの身体を液体と化し、その攻撃と共に移動する。後ろに回り込み、確実に殺す。
──ズバン! と自身の弱点の真横を通過していった狙撃に思わず驚愕を示しつつ急ぎそちらも対策を練る。硬質化したパーツを増加させ、弱点のダミーをいくつも生成する。仮にバレていたとしても、これで一撃で抜かれることはない。
そう考え、攻撃のために意識を切り替えた途端──エネドラの視界を爆発が埋め尽くした。
「──流石蔵っち、ええ威力しとるわ」
「ちょっと巻き込まれた海がどっか飛んでったんすけど?」
「たまにはそんなこともあるで」
完全に煙と瓦礫の中に埋もれたエネドラを、少し離れた場所から見る生駒と水上。
「にしても、なんでこいつわざわざ俺たちの方に寄ってきたんすかね」
「わからん。もしかしたら戦闘狂で太刀川さんタイプだったのかもしれん」
当然のように屋根の上に立つ二人。
『視覚サーモで見てますけど、動きありませんなぁ。ていうか、これトリオン目視できるようにとかできひん?』
「うわ、なんやそれ。めちゃ便利そうやん」
「一気に流行る──というかカメレオンが死にトリガーになるやん」
「せやな。あかんわ」
あーだこーだ話す三人だが、一応エネドラの動向は常に確認している。
「ん? ていうかトリオン反応を見てもらえれば下に潜ってるとかわかるんちゃう?」
「それだ」
「マリオちゃん、ちょっと見てくれ」
『もう確認しとる。じわーって広がってるわ』
「……さっぱりわからん」
抽象的すぎる例えに、いまいち理解ができなかった生駒。
「ちょっと図でくれへん? 隅っこでいいから送ってほしい」
『わかった。とりあえず送るで』
生駒の視界に突如マップが広がる。視界の八割を占拠したマップに思わず文句を言う。
「いやデカすぎやろ」
『えっ? あっすまんミスったわ』
右下に縮小された図が映り、今見ている視界に大きく黒のモヤのようなものが広がっている。
『この靄みたいのがトリオンや』
「なにも見えへんけど」
「というかトリオンって可視化できるん?」
『──あれ、黒ツノって身体液体とかなんかスライムみたいにしてましたよね』
「せや」
『固めたりもしてましたよね』
隠岐が確認するように言う。
『じゃあ他にも変化できるんちゃいます? トリオン反応見る限り』
「──成る程、流石モテる男は違うわ」
『別にそんなモテませんて』
広がるトリオンを相手の身体の一部だと考えれば、再度固めることが可能なのは一目瞭然。生駒と水上は二人目を合わせ、一気にその場から走り出した。
それで一番焦ったのは──瓦礫の下で身体を液体に溶かしていたエネドラである。
「(──はぁ!? 何でわかったんだ猿共が!)」
彼の作戦はこのまま風に任せて気体状のボルボロスを送り、前線を張る二人を殺して援護を飛ばしてくる連中を消しとばすこと。
それがなぜかバレて逃げられたのである。たまったものではない。
「──クソが!」
急いで地上まで出て逃げた先を確認する。もごもごと蠢き、気体は集めきらないまま液体の身体を寄せ集め──そしてその光景を見た。
──目の前まで迫る大きな大きなトリオンキューブに、同時にいくつも飛んでくる小さめの弾丸。そして百メートルほど離れた場所に立ち、両の手を胸の前で合わせ拝むようなポーズでこちらを見る生駒に本気で殺意を漲らせながらこう誓った。
「(──あいつマジで殺す)」
直後、エネドラの身体は爆散した。