四
少女を抱えたまま、黙々と歩く。一寸先すら見えないこの暗闇は、自然と心を不安にさせる。もしかしたら目の前には既にトリオン兵が居て、先行しているアレクセイは既にこと切れているかもしれない。
俺の背後には既にトリオン兵が居て、俺のことをずっと追い続けているのかもしれない。そんな不安な妄想が俺の心に現れる――が。
全てを振り払う。俺の目の前にアレクセイが居て、既にトリオン兵に殺されているとしたら?そんなもの決まっている、もう一度やり直すだけだ。いつ、どれくらいの時間歩いた、身体の感覚はどのくらいの時だ。
そう言った要素全てを計算に含む。
普通の人間なら精神的に参ってしまうだろうが――生憎俺は普通じゃない。
死への恐怖など、とうに乗り越えた。
出来るだけ夜の間に進んでおきたい。トリオン兵に夜間専用の探査モードとか搭載されてるかもしれないし、何より基地からもっと離れないと。
体の疲労具合から言って、恐らく歩き出して1時間程度だろうか。まだ目の前を先行するアレクセイの音は途切れていないし、若干だが獣道のようなものが出来ているので人を一人抱えている俺を考慮して道を作っているのだろう。
すると、目の前でドガッという音が聞こえてアレクセイがふらふら後ろに下がってくる。一体どうしたと声をかける前に、こちらに振り返って額を抑えながらこう言った。
「……木にぶつかった」
少し痛そうに額をこするアレクセイに少しだけ気が抜けた。トリオン兵にぶつかるよりはマシだろう。
「そ、それより調子はどうだ?」
調子?何のことだ、そう思ったがそう言えば怪我してたような気がする。脇腹に目線をやると血で赤く染まっていた。今のところ意識が薄れて来たりとか、そう言う現象は起きてないからまだ平気だ。
そのお陰で腕に抱えた空腹少女は血が染みてきてるが。目を覚まさないお前が悪い。
そんなことより先に進もう。時間は無限にあるが、今は有限なんだ。
歩き始めて3時間ほど経過したか、一旦疲労も溜まって来たし小休止することになった。今だに周囲は暗闇に包まれているが、流石に少しづつ目が慣れて来た。ぼんやりとだが周りの様子が分かるようになった。
「ふぅ、まさか正規兵になってこんな目に合うとは」
アレクセイが溜息をつきながらそう零す。
「元々私は君達と同じ連れ去られて来た人間なんだ」
独白を始めるアレクセイ。たしかに他の連中に比べれば、アレクセイはこっちを気遣っていたような。こいつの部隊の奴らも――やめろ。あいつらは死んだ。俺が見捨てた。
そうだ、そもそもこいつらを信用しきるのがおかしい。疑え。俺を騙そうとしていると。
「私は君達よりはトリオンがあったからな。奴隷兵士よりは扱いがまともだったよ。……それでも、使い捨てだったけれど」
本当この国クソだな。
「何年も何年も戦って、殺して、傷付いて……気がつけば、正規兵になっていた。だから君を見て思い出すんだ」
懐かしい光景を思い出しているのか、暗闇の中空を見上げるアレクセイに俺は何も言えなくなった。
ああ、やめろ。信用するな。これ以上知ってしまっては、駄目だ。
アレクセイの部隊の奴らは、ちょっかいはかけて来たがそれは嫌味からではなかった。これから共に戦うからと、そんな理由で少しでも打ち解けようと突っかかって来た。
もしかすると、あいつらも元は――やめろ。これ以上考えるな。こいつらは全部敵で、信用できるのは俺だけ。ああ、そうだ。俺が正しくて、こいつらは侵略者だ。
ああ、頭痛がする。ズキズキと頭を蝕むその痛みに内心悪態を付きながら思考を切り替える。
侵略者で、もう死んだ。
一度死んだ者は、蘇らない。そうだ、俺以外等しくそうだ。理解しようとするな。俺を理解する人間はただ一人――響子だけだ。
少し休んでいると、漸く寝坊助が目覚めた。うぬうぬ悶えながら寝返りを打ってもう一度寝ようとしたので流石にぶっ叩いた。何寝ようとしてんだテメー、俺が寝てーよ。
「いっ……たぁー!何するんですかもごっ」
めっちゃでかい声で叫ぶから慌てて口を塞ぐ。ずんずん進んできたとは言えそんな油断出来る状況では無いのだ。
「やはり彼女は大物だな」
この状況で疑問を抱かず真っ直ぐストレートで俺に文句を言ってくるあたり流石としか言いようがない、アレクセイも皮肉げな表情でそう呟いた。俺も同意するよ、その図太さはもっと別なところで生かしてくれ。例えば体力トレーニングの時とか。
「
「それでいいのか……」
いや、決して良くないと思う。もう少し緊張感をだな。
「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」
「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」
よく分かってないんだな、そうか。それでも分かったと言う程度にはアレクセイの事を信用しているのか――頭痛が酷い。ここまでの痛みは初めてだ。
手足が千切れてもそこまで痛いと感じない癖に、なんで頭痛如きがここまで痛むのか。あぁクソ、イライラする。今すぐ暴れてやりたい気分だ――だが抑えつける。
頭痛がなんだ、痛みがなんだ。たかが人の機能の一部程度が、俺の道の邪魔をするな。
前を行く二人の気配を朧気に感じるので、俺もそれについて行こうとして一歩踏み出して――バランスを崩して倒れ込んだ。
「どうし――」
五
「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」
「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」
クソっ、この頭痛は持ち越しか。頭がガンガン痛むが何とかそれを抑えつけ、前を歩いて行こうとする二人を抱えて走る。なんか二人とも文句言っているような気がするが無視。
直後、後ろから背筋を撫でるような感覚がした。右腕に抱えた空腹少女も一瞬ブルリと震えたので、自らの予感が偽物ではない事を確信する。
直観に従い右に全力で跳ぶ。――が、跳んだ場所にあった木に激突して、勢いが付きすぎてた所為で一瞬で口から血を吐きながら倒れた。くそっ、身体が動かねぇ。
「避け――!!」
六
「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」
「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」
どうする。実際昼間だったら逃げられただろうが――真夜中で場所を理解できていないのが厳しい。何よりトリオン兵の射撃が昼とは相変わらずだ。
つまりあいつらは視界が暗かろうが明るかろうが関係ないという事だ。これはマジで困った。一先ず周囲の地形の把握をしていくしかない――頭痛が相変わらず酷いが、取り敢えず二人を抱えて真っ直ぐ突き抜けてみる。
猛ダッシュ、後ろからゾクリという感覚はあるが気にせず真っ直ぐ突き進む。一先ず真っ直ぐ突き抜けて逃げれるかどうかを試す。走っていると、不意に足が地面に着かなくなって転んだ。今度は足を撃ち抜かれた――ていうか両足とも膝から先が無くなっている。
ちっ、真っ直ぐじゃ駄目k
七
「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」
「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」
俺が抱えて逃げるより、二人に伝えた方がいいのではないか?空腹少女の勘の良さを信じて突っ切ってもらうのもいいかもしれない。
俺が伝えるよりも早く少女が反応する――ことは恐らくない。一番最初の時、彼女は気が付かず俺が倒れるまでこちらを振り向くことは無かった。こっちが注意を向けるほかないだろう。
走れ――他に何も伝えずに無言で俺が先に駆けだす。二人とも一瞬だけ何を言われたか理解できず動きが止まっていたが、すぐさま俺についてくる。
「凄いな――よく、気が付いたな」
アレクセイが背後から木が揺れる音を聞いて気が付いたらしい。全く、どうやってここまで音を出さずについてこれるんだ。それに早すぎる。たまに休憩はしていたが、そこまでゆっくり進んでいたつもりはない。
一先ず少女に先行してもらう。木を避けながら走れないかと伝えると意図を把握したらしくはいっ!と返事をして俺より先に行った。あいつあんなに飛ばして体力持つのか――ああ、これまで寝てたから体力あんのかな。
暗闇で少女の姿もほぼ見えないが、なんとなく感覚でわかる。少女の走った跡をたどりこっちも同じように走る。基本的に少女・アレクセイ・俺の順番で走る。俺もある程度暗闇の中でトリオン兵の攻撃を回避できるからこの順番なんだが、空腹少女の辿る道がやばい。
木の枝を掴んで跳んで、木の上に足を付け地面に跳んで更に着地の瞬間ローリングで前転して回避して更に加速する。人間というかアレだな、野生染みた動きだ。
てか普通についてくアレクセイも凄いな。俺もなんだかんだついて行ってるけど、どこかでミスしそうでこわ
八
「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」
「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」
くそッ、また気が付かない間に攻撃喰らってたっぽいな。やっぱりある程度回避できなきゃ意味無い。後ろに意識を集中させて何とか躱し続けてみるか。
九
「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」
「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」
後ろに意識を集中させすぎた結果、ついていけなくて一人になって木に激突して動けなくなったところに集中砲撃喰らって死んだ。こりゃある程度まで通る道を覚えていくしかないか。
十
「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」
「うーん……なんかよくわから
さっきよりはマシになった頭痛に耐えつつ、さっきまでと同じ行動を繰り返す。
伝えて先導してもらい、ひたすら道を覚える。体が勝手にその動きを再現するまで何度も何度も繰り返し行う。跳ぶ、木を跳ねる、枝を掴む、地面に着地する、駆ける。ひたすらその繰り返しになる。
繰り返せ考えろ実行しろ――頭に何度でも刻み込め。お前に残された道はそれしかないのだから。
アレクセイが途中で着地に失敗して錐もみ状態になった。どうやら空腹少女もそれに気が付いて足を止めたが、もう遅い。助からないんだし、先に行こうと考えると
大丈夫だ、また死ねば会えるさ。だからそんなに悲しそうな顔をするなよ。
十一
「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」
もう一度、もう一度だ。アレクセイがあの場所で転ぶことが分かっていれば助けられる。ああ、大丈夫。何度だって繰り返そう。
「後ろからトリオン兵が来てる」
彼女が駆ける、アレクセイも続く。背後から忍び寄るクソ共から逃げる為に、俺は再度暗闇へ身を翻した。