VRアイドルえのぐの二次創作短編小説3本目です。
過去にツイッターで公開した2作目になります。

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優しい謝罪

 この部屋にいるのは、私と彼女と、暗く湿った気まずい空気だけ。初めて感じる彼女との距離に次に発する言葉を躊躇ってしまう。

 彼女から感じられるモノは、私に向けられた怒りだけだった。

 

「……帰って」

 

 彼女から初めて告げられた悲痛な思いに、私は何も言えず、外へと出た。

 きっかけは些細なことだった、と思う。いつもと変わらない会話の中で、彼女の琴線に触れた言葉があったのだろう。

 私は、彼女を怒らせた事実よりも、彼女を怒らせた言葉が理解できないことに悔しさと悲しみを隠せずにいた。涙が溢れないように無心で暗闇の家路を走る。

 

「ただいま」

「おかえりー、あんずー。早かった、ね……。どうかしたの?」

 

 平然を装っても環ちゃんにはお見通しらしい。少しだけ頑張っていつも通りの私を演じてみる。

 

「どうって、どうもしないよ? どうして?」

「いや、だって、涙出てるよ?」

「え?」

 

 どうやら私の演技力は自分が思っている以上に酷いらしい。

 涙が流れていることに気付いたその瞬間、壊れた蛇口の元栓を開けたように涙が溢れ出した。見かねた環ちゃんが私の背中を優しくさすってくれる。

 

「どうしたの? らっこと喧嘩でもした?」

 

 証拠も根拠も無しで、いきなり確信へたどり着いた質問に思わず涙も止まってしまう。どうして、こう、妙なところが鋭いのだろう、この人は。本当に名探偵なんじゃないか、そう思うときがたまにある。

 私はいきなり真相を当てられたことが恥ずかしくなって腕で目を覆い、黙った。しかし、沈黙は正と捉えられたようで、たまきちゃんは私の回答を待たずに続けた。

 

「そっかそっか。珍しいね、らっことあんずが喧嘩なんて、初めてじゃない?」

「……うん」

「あんずは、優しいからあんまり人を怒らせたりしたことないでしょ」

「……うん」

 

 その通りだった。桜ちゃんに限らず、人を怒らせた記憶なんて小学校で掃除当番を忘れて帰ってしまったときぐらいで、中学校になってからの記憶はない。お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんからも叱られることはあっても、怒りを買ったことはなかった。

 

「私、どうしていいか分からなくて。黙って帰ってきちゃった」

「そっか。あんずはどうしたい?」

わたしは……、又作ちゃんと話がしたい。二人で一緒に遊んで、眠って、おはようって、挨拶がしたい」

「そうね。じゃあ、環はあんずから謝った方がいいと思うな」

「……でも、私、なんで桜ちゃんを怒らせたのか分からないんだよ? 何を謝っていいのか分からんだよ。それに許して貰えなかったら……」

 

 怖かった。さっきまでいたあの静かな空間で、もう一度彼女に拒否されることが。そんな私の気持ちを察してか環ちゃんがぎゅっと手を握ってくれる。

 

「あのね、あんず、環はね、許してほしいときじゃなくて、許してあげたいときも謝るんだよ」

「許して、あげたいとき?」

「そう。私は貴方を許しました、貴方は私を許してくれますか? っていう問いかけの意味もあるの。そうじゃない時は自分から謝ったりしないよ」

 

 そういうと環ちゃんは私の顔を見て少しだけいたずらっぽく笑った。握っていた手を放して、流れ落ちる涙をぬぐい取ってくれる。

 

「だけど、桜ちゃんを怒らせたのは私だよ? 許して貰う立場で、許してあげる事なんて、何もされてないよ?」

「ううん、違うよ。昔から言うでしょ、喧嘩両成敗って。喧嘩はどちらか一方が悪いことなんて無いんだよ。理由は分からないけど、らっこも気持ちに余裕がなかったんだと思う。怒りを自分の中で呑み込めずに、そのまま態度に出して、あんずを傷付けたんじゃないかな」

 

 私はまた黙っていた。桜ちゃんが悪いなんて、どうしても考えられなかった。だけど、否定することが出来ない。私が傷つき、泣いてしまったことも事実だから。

 黙っている私に環ちゃんはもう一度、今度はにこっと笑って見せた。

 

「怒り方も怒られ方も下手なんだよ。あんずもらっこも、優しいから。

 私は弟といっぱい喧嘩したから、怒ることも、怒らせることもいっぱいあったよ。だけど、謝るときはね、怒らせた時も怒った時も、どちらからなんて決めなくてもあやまってたんだ。私も、弟も。お互い、また遊びたいなって、また話したいなって、挨拶したいなって、そう思って自然と謝れたんだと思う。

 あんずとらっこも一緒なんじゃないかな。立場は違うかもしれないけど、同じ気持ちで、あんずと同じことをしたいとらっこも思ってる、環はそんな気がする」

「でも、そうじゃなくて……、本当にもう会いたくないと思っていたら……」

「らっこがそんな意地悪だと思う?」

 

 私は即座に首を振った。桜ちゃんは優しい。誰よりも。だからこそ、彼女を怒らせた自分が本当に悲しかったんだ。

 環ちゃんは、また泣き出しそうな私の頭を撫でて、続けた。

 

「大丈夫、らっこを信じてあげて。あんずのことを愛している優しい子だから」

 

 そういうと環ちゃんは私の頬に手を当てて、まぁ、環の愛には敵わないけどね、と自信満々に付け加えた。

 私は、そうだね、と笑顔で答えて立ち上がった。

 

「私、もう一回、桜ちゃんの家に行ってくる」

 

 そう伝えて、脱ぎかけの靴を履きなおし、家を飛び出た。背後からは気を付けてね、の一言だけが私の背中を押してくれた。

 

 インターフォンを鳴らす。1回、2回……、5回鳴らしても反応はない。彼女のことだからもう寝てるかもしれない。そう思いつつもドアノブに手をかけると、扉は何事もなかったかのように開いた。

 

「桜ちゃん……」

 

 彼女はベットの上に座り、淡々とスマートフォンを操作していた。私の声に少しだけ反応したが、こちらを見る様子はない。もう一度、名前を呼んだ。

 

「桜ちゃん!」

 

 突然、大きな声で呼ばれたことに驚いた彼女は、びくっと体を跳ねてこちらを見る。きょとんとしている彼女に向って、私は勢いよく頭を下げた。

 

「ごめんなさい!」

 

 彼女の反応は分からない。返事が返ってくるのが怖くて、畳みかけるように言葉を投げ続けた。

 

「私、桜ちゃんを何で怒らせたのか、桜ちゃんが何で怒ったのか、分からなくて、怖くて、逃げちゃった。でも、どうしてもお話がしたくて、私のこと嫌いになったかもしれないけど、私は桜ちゃんのことが好きで。だけど、優しい桜ちゃんを怒らせた自分が嫌で、情けなくて。あの、なんだろう、ごめん、言葉が色々溢れてきて……えっと……、え?」

 

 何度も考えた言葉が無数にあふれ出てきた。整理する余裕もなく次から次へと絶え間なく投げ続けていると、不意に柔らかな暖かさに包まれた。思わず、顔を上げるとベットの上にいた彼女が私のことを包み込んでいた。

 

「ごめん、ごめんなさい! 私、あんずに酷い態度取った。いっぱい嫌な思いさせた。そんなことがしたいわけじゃなかったのに、感情が上手く出せなくて、冷たい態度をとることしかできなかった。本当にごめんなさい。謝ろうと思って、何回もメール書いたの。だけど、自分の感情が何なのか分からなくて、なんであんなに怒ったのか分からなくて、なんて謝っていいのか分からなくて……」

 

 環ちゃんの言ったとおりだった。私が思った通り優しい桜ちゃんだった。

 彼女が流している優しい涙を見て、私もまた泣いてしまう。だけど、もう悲しいわけじゃない、嬉しいんだ。こんなに優しい彼女と許しあえることが、とっても。

 暖かいこの部屋で、二人そろって泣いた後、次のおやすみの予定を決めて、一緒に眠りにつきました。朝起きて、おはよう、と挨拶をしたら、きっともう何事も無かったように二人の日常がまた幕を開けるのでしょう。やさしさに溢れた毎日が。


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