カードファイト!!ヴァンガードG 孤独の先の、愛の物語 作:リー・D
どうぞ、お楽しみください。
クロノ「……」
俺、新導クロノは椅子に座って頭を抱えていた。
そんな俺に声を掛けるやつが居た。
シオン「どうしたんだい、クロノ。まさかこの期に及んで後悔してるなんて言うつもりは無いよね?」
親友シオンがまた辛辣な言葉を俺にぶつけてくる。
クロノ「いや、そんなつもりはないけど……」
シオン「じゃあ、なんだい?」
クロノ「俺……ちゃんと家族としてアイツを支えることできるのかなって」
素直に聞いてくれるから、抱えていた不安をシオンにぶつける。
シオン「……本当に今更だね。これからトコハの夫になって、その子供の父親になる人間の台詞とは思えないよ」
クロノ「うるせーよ」
そう、俺は今、結婚式場の新郎控え室に居る。
これから行われるのは、俺とトコハの結婚式。
俺たちは、恋人になってから3年の月日が経って、現在大学3回生で結婚することになったのだ。
カズマ「しっかし、驚いたぜ。安城……もう新導って呼んだほうがいいか。とにかく、アイツがお前の子供を妊娠しているなんてな……」
クロノ「俺だって驚いてるよ」
クミ「避妊しなかったの?」
そんな直球に言うなよ、岡崎~。
クロノ「ゴム着けない行為はしてたけど、トコハはピル飲んでたんだぜ」
シオン「まあ、ピルだって完璧じゃないってだけだよ。責任とって結婚するんだから、良いけど、これからは気をつけるんだね」
クロノ「ううう……」
正論だから、なにも言い返せなくて辛い。
カズマ「しかしよ~。あのクロノさんが立派になったよな~。なんせ東大生だぜ。高1のころのペン回ししてたころからは想像できないよな。さすがに入試で選んだのは理科1類だったけどな」
うるせえな!
何時まであの時のこと言ってんだよお前は!
クミ「しかも成績はトップクラス。下手な理科3類の人よりも成績上なんじゃないかって言われてるみたいだしね~」
まあ、教員から褒められてるけど、そこまでか?
シオン「おまけにヴァンガードの腕もアイチさんに順調に勝てるほど上がってるからね。本当に立派になったよ、クロノは。このまま行けば、クリスさんの会社にも問題なく入れるだろうね」
クロノ「まあ、推薦状はもう貰ってるからな。それ抜きでも入れるようにしないと宇宙飛行士部門への転勤は認められないって脅しも貰ってるから」
そう、俺は卒業後、クリストファー・ロウさんの会社である「ジニアスコミュニケーションテクノロジー」のアメリカ支部に入社する予定なのだ。
NASAとの連携を目的としたその支部なら、宇宙飛行士への道に最も近いとクリスさん自身が押してくれたのは、すごく感謝しているから、期待に応えたい。
なんて考えていた矢先に、トコハの妊娠発覚からの結婚だったんだよな。
シオン「でもよかったね、クロノ。学生で結婚&妊娠なんて、いろいろ言われても仕方がない案件なのに、何も言わないどころか今回の結婚式に出席してくれるなんてよっぽど信頼してくれている証だよ」
カズマ「そうだな。まっ、その信頼に応えるように頑張れよ」
クロノ「……分かってるよ」
そうこう言っているとドアが開き、タイヨウが入ってきた。
タイヨウ「わあ、クロノさんかっこいいです」
クロノ「ありがとな、タイヨウ。お前も受験で忙しいのに来てくれてサンキューな」
タイヨウ「クロノさんとトコハさんの結婚式ですよ。参加しないわけないじゃないですか!」
カズマ「しかしよ。タイヨウがもう高校3年生なんてな。月日が経つのは早いぜ。あっ、身長はあんま伸びてないけどな」
『!?』
クロノ「ば……バカ、カズマ。何言って……」
タイヨウ「……そうですね……。どうせ僕はヒロキ君やサオリ君、ノア君のように背が高くなりませんでしたよ……。この間のファンレターもヒロキ君もサオリ君もかっこいいって内容だったのに、僕だけ可愛いってコメントばかりなんですよ! 学校でも2人はラブレターや告白を良く受けているのに僕だけ無いんですからね! 僕の何が悪いんだ-! 身長か!? 世の中やっぱり身長なのか!?」
『……』
タイヨウェ……。
そんなに思い詰めていたのか……。
もうなんて言ったら良いのか分かんねえよ。
クロノ「カズマ……。この話題はタイヨウの前じゃ禁句だって前言っただろ」
カズマ「わ……悪い。忘れてた」
クミ「とりあえず、カズマ君。今夜はお仕置き確定ですな~」
カズマ「!?」
岡崎のお仕置きか。
カズマから恐ろしいと聞いてるけど、そこまでビビることなのか。
まあ、どうでも良いけど。
タイヨウ「そもそも! この部屋に居るの、僕以外全員彼女持ちじゃないですか! 何なんですかこれ! いじめ!? いじめですか!? 僕だって……僕だって! 彼女欲しいーーーー!!」
シオン「……あははは。こ……この件に関しては僕からは何も言えないよ。それよりも、今年のVF世界大会は、トライスリー不参加決定だね」
シオン……。
露骨に話変えてきたな。
でも、乗っかるか。
クロノ「まあな。あれ9月ぐらいからだから、ちょうどトコハは臨月あたりだしな」
カズマ「臨月の母親を出場させるわけにはなあ。体力使うし。クロノ、全力で止めろよ」
クロノ「分かってるよ。トライスリーで参加できないとなると、俺も不参加かな」
カズマ「うちのチームは、ベルノ次第では、1人余るな。よかったら、どっちかくるか?」
シオン「僕は、予定が合えば参加するから、候補には入れておくよ」
クミ「VF世界大会優勝チームが揃って参加できないとなると、盛り上がりにも欠けますなぁ。シオン君だけでも参加して欲しいところだねぇ」
シオン「本音を言うとクロノには参加して欲しいけどね。大会でクロノを破って、トコハを倒して、僕がトライスリーNo.1だと証明したいからね」
クロノ「相変わらず拘るな~。それ」
ホント、シオンは変わらないな。
まっ、今更変わっても、こっちが対応に困るから、別に良いけど。
タイヨウ「僕だって、いい加減公式大会でクロノさんに勝ちたいです。来年は参加してください。勝ち逃げなんて許しませんよ」
クロノ「大丈夫だよ。俺も日本にいる内に、1回は子どもの前で優勝した姿を見せたいからな。何時になるかは分からんねえけど、必ず出るからな」
タイヨウ「お待ちしてます」
タイヨウとは、もう何回もファイトしてるからな。
こいつとのファイトも俺の楽しみの1つだ。
シオン「おや? どうしたんだい、クロノ?」
クロノ「いやただ、俺はヴァンガードと出会えてよかったなと思ってな」
ずっと、俺の世界は変わらないと思ってた。
自立したいとは思っても、具体的にやりたいことはなくて、ただ時間だけが過ぎていた。
俺には世界がモノクロに見えていた。
でも、ヴァンガードと出会って、世界がカラーになった。
止まっていた俺の時間が動き出したんだ。
クロノ「ヴァンガードがなければ、今の俺はなかった。多くの仲間を得ることも、具体的な夢を掴むこともなく、たった独りで立ち止まっていただけだった」
暗い、自分だけの部屋でふさぎ込んでいたあの頃の俺は、明日に呼ばれても振り向けなかった。
シオンとも、トコハとも、ただのクラスメイトで終わっていた。
そんな有り得た未来を想像しながら、俺は部屋のドアを見た。
知っている気配を感じながら。
クロノ「だから、伊吹には本当に感謝してるんだ。アイツが俺にカードを届けてくれたから、ギアクロニクルと出会わせてくれたから、狭い世界から飛び出すことができたんだって」
披露宴じゃ言わないからな。
今聞いとけ、この野郎。
クロノ「そして、トコハを愛することができた」
みんなが笑っている。
俺の過去を知っているから。
苦しみの中でやっと掴んだ、俺の、本当の気持ちを理解してくれているから。
クロノ「アイツの気持ちを理解して、一緒にチームで戦って、アイツが俺の瞳に居ることに気がついた時、世界はさらに輝いた。居なくなって、アイツの大切さに気がついた。トコハが居たから俺は強くなれたんだ」
俺は必ず、宇宙に行く。
その夢を掴んだ時にも、帰ってきた後にも、トコハには、ずっと俺のとなりで笑っていて欲しい。
だから……
クロノ「もう絶対に手放さない。トコハも生まれてくる子供も絶対に守ってみせる」
シオン「だったら、その想いをみんなの前で誓おう。ちょうど、時間だ」
もうそんな時間か。
クロノ「ごめんな、みんな。俺だけ一方的に話して」
カズマ「いや、お前の素直な気持ちも分かったしな。その想い捨てるなよ」
クロノ「お前もな。カズマ」
クミ「クロノ君。お幸せにね。今日も司会は任せるんだぞい」
カズマ「俺もフォローするから、心配するな」
クロノ「任せたぜ。岡崎」
タイヨウ「クロノさん。クロノさんなら、大丈夫です。貴方の強さと優しさを誰よりも理解してくれている人が傍にいるのですから。互いに支え合えば大丈夫です」
クロノ「ああ。そうだな。ありがとう、タイヨウ。さて、行くか」
シオン「クロノ、待った」
クロノ「シオン?」
どうしたんだ?
シオン「もう少しだけ、君は残れ。大丈夫、時間稼ぎはするから」
そう言って、シオンたちは出て行った。
直後、部屋に入ってくる人がいた。
ミクル「クロノ……」
クロノ「ミクルさん……」
母を知らずに育った俺にとって、最も近くに居てくれた人。
親父が失踪した後、俺のためにその身を削って働いて、俺をここまで育ててくれた、大切な家族がそこに居た。
クロノ「ミクルさん。お子さんは、ミツルくんはどうしたんだよ」
ミクル「今は、シン君と兄さんに任せてる。あなたの元に行きなさいって、ね」
そう言いながら、ミクルさんは俺に近づいて、俺を抱きしめた。
ミクル「やっぱり、クロノ大きくなったね。4歳のクロノを引き取る事が出来なくて、寂しい想いをさせてしまった。遠慮しがちな性格に育ててしまった。自分の中の闇を抱え込む癖を身に付けさせてしまったのは、私のせい。そのことをずっと後悔してたの」
ミクルさんが震えている。
前にトコハに吐き出した想いを知った時も、ミクルさんは泣いていた。
気づかなくてごめんなさい、と俺に謝り。
話してくれてありがとう、とトコハに感謝した、あの時と同じように。
ミクル「でも、もう安心ね。トコハちゃんに全てを吐き出したあの日から、クロノは本当に成長した。弱さを隠す必要が無くなったからかな。トコハちゃんとお互いを支えあう関係を、本当の意味で築くことができたから、勉強も、スポーツも、ヴァンガードも全部成長した。まさかもう子供が出来ちゃうとは思わなかったけど……心配なんて必要ないわね」
泣き止んだミクルさんは、俺の成長を喜んで笑ってくれた。
子供の件は呆れてるけど、本当に信頼した声で話してくれる。
クロノ「ミクルさん。成人式の時にも言ったけど……俺のこと、育ててくれて。愛してくれてありがとう」
少しだけ離れて、頭を下げて感謝の言葉を送った。
ミクルさんは、何も言わずに、俺の頭を撫でてくれた。
しばらくして、俺が頭を上げると、ミクルさんはまた笑って言葉をくれた。
俺のことをずっと見守ってくれていた笑顔で。
ミクル「行きましょう、クロノ。貴方の愛する人のもとへ」
少しだけ、俺は目を瞑った。
クロノ「……うん」
もう1度、目をあけた時の俺の顔はとてもいい顔だったと、後にミクルさんは語った。
ミクルさんと並んで歩いて、俺は礼拝堂の祭壇の前まで歩いた。
会場には本当に多くの人が集まってくれた。
でも、その中でも目を引くのが――
クロノ「なんでお前が牧師役なんだよ、ツネト」
なぜか牧師として俺の前に立っているが、トリドラの多度ツネトだった。
ツネト「ウェディング牧師のバイトがたまたま合格してな。折角だからお前たちの結婚式の牧師として立候補したんだ。運命を統べる者と自称してたが、こんな大役を引き受けることができるなんて……俺、ついてる!」
テンションたけーなぁ……。
主役は俺とトコハなんだから目立ちすぎるなよ。
ツネトを無視して俺は礼拝堂を見渡す。
新郎親族席には、親父にミクルさん。
ミクルさんの夫のシンさんに、2人の子どもである2歳のミツル君が座っている。
後ろに有る友人席にはシオン、タイヨウが。
トコハの親族席にはミサエさんとマモルさんがいる。
新婦友人席には、司会で座れない岡崎の代わりに、ハイメがいた。
その腕には、友人……ミゲルの遺影が抱えられている。
大丈夫、ミゲルにも誓うさ。
トコハと共に生きることを。
他にも、アイチさんとミサキさんが生まれたばかりのお子さんと共に来てくれた。
ミツル君同様、俺たちの子どもと友達になってくれると嬉しいな。
普及協会からは、伊吹と江西が代表で来た。
他の人は、仕事で来れないらしいが、大山支部長と雀ヶ森支部長をよく引き留めることができたよな。
伊吹曰く、江西はトコハの友人としての参加も兼ねているらしい。
先ほど話があがったクリスさんは単独で来てくれたけど、その隣にはレオンさんがいつもの双子のお2人と一緒に座っていた。
クリスさんにも、レオンさんにも、俺……感謝しています。
恥ずかしいところは見せられませんね。
櫂さんやガイヤールさん、ネーブさんまで、わざわざヨーロッパから来てくれた。
ユーロリーグでトコハと全力でファイトしてくださって、ありがとうございます。
ルーナとアムは、サーヤと一緒に座って、俺に手を振ってくれた。
あの席は、アイドル用の席らしいけど、なんでDAIGOさんが居るんだ?
あの人……アイドル?
新ニッポンやニューオーガのメンバーみたいに遠くからわざわざ来てくれた人もたくさんいる。
そして、カムイさんを見つけた。
俺の視線に気がついたカムイさんは、ただ笑ってくれただけだったけど、その笑顔がとても嬉しかった。
その後と、隣にいるナギサさんに、どこか吹っ切れた顔で話しかけていた。
トコハに告白しに行った時や、帰ってきた時も思ったけど、来られなかった人も含めて、多くの人から祝福されていることが身に染みて分かる。
だから、この後の披露宴も含めて、みんなに伝えよう。
俺はもう大丈夫だって。
クミ『それでは、新婦入場です。みなさま、大きな拍手でお迎えください』
岡崎の声が聞こえ、会場内に音楽が鳴り響く。
ドアが開く音が聞こえたので、俺はドアに背を向けて、ジッと待つ。
コツッ、コツッと聞こえる足音が何よりも大きく聞こえた。
ヨシアキ「クロノ君」
ヨシアキさんの呼ぶ声が耳に入ったので、俺はあの人に振り向いた。
ヨシアキさんは、嬉しそうに、だけど、もう泣いてしまったのか、目元が赤くなった顔で俺に向き合った。
ヨシアキ「もう、君に言うことは1つだけだ。トコハをよろしく頼むよ」
ヨシアキさん。
クロノ「……必ず、トコハを幸せにすると約束します。お義父さん」
俺のその一言に満足したのか、ヨシアキさんは笑って自分の影に隠れていた人を俺の前に差し出す。
トコハ「……クロノ///」
そこには、純白のウェディングドレスを身に纏い、頬を赤く染めているトコハが居た。
トコハ「に……似合う?///」
そんなことを聞いてくるので、トコハの格好をもう1度見直すことにした。
髪型はいつもと変わらずに頭に白いヴェールを着けてる。
肩を出したドレスで、豊満な胸を強調し、まだ目立たないが確かに俺の子がいる細い腰が良く見えるのに、その姿はとても清楚に見えた。
スカートは良く穿いているが、その純白さがトコハにとても相応しく思えた。
クロノ「ああ。とても良く似合ってる。トコハが世界1番綺麗だ。俺の美人なお嫁さんだよ」
トコハ「ありがとう///」
俺の言葉にトコハの頬はさらに赤くなり、照れながらお礼を言う姿がとても可愛かった。
トコハ「クロノもすごくかっこいいよ///」
互いに褒めあいながら見詰め合っていると、ツネトが咳払いをしたので、そちらを向くことにした。
ツネト「それでは、これより、新導クロノと安城トコハの結婚式を行います。新郎、新導クロノ!」
クロノ「はい」
ツネト「貴方は、安城トコハを生涯の妻とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を神とメサイア神に誓いますか?」
えーっ!?
クロノ「ぶっ、はははっ。おい、笑わせんなよ。ちゃんと言えよ」
ツネト「うるせぇ。こっちの方が俺たちらしいだろ? それで、誓うのか? 誓わないのか?」
まったく、こいつは。
ちゃんと練習してきたのに台無しだな。
でも、確かに、俺たちらしいか。
クロノ「もちろん。誓います」
ツネト「うぬ。では、新婦、安城トコハ」
トコハ「はい」
ツネト「貴方は、新導クロノを生涯の夫とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を神とメサイア神に誓いますか?」
トコハ「はい、誓います」
既に1回前振りがあったからか、トコハは落ち着いて言った。
ツネト「では、指輪の交換を」
ツネトの言葉を聞いて、奥からトリドラの1人、ケイが出てきてトコハの隣に立った。
俺の隣にはカルが来た。
トリドラの残りの2人の役割はこれだったんだな。
俺はトコハの左腕の手袋を外し、ケイが持っている台の上にある指輪を取った。
クロノ「トコハ。着けるぞ///」
トコハ「どうぞ///」
左手でトコハの左腕を押さえ、その左手の薬指に指輪を嵌める。
たったそれだけのことなのにとても緊張した。
トコハ「わあぁ///」
嵌め終わった指輪をトコハはしばらく見つめた後、トコハが右手でカルから指輪を受け取った。
そして俺と同じように俺の左手をとり、その薬指に指輪を嵌めた。
トコハ「うふふっ/// お揃いだね///」
そのままトコハが自分の左手を俺の左手と重ね、指を絡めて言った。
その笑顔は可愛く、俺も嬉しくなった。
ツネト「それでは、誓いのキスを」
俺は左手を離してトコハに近づいた。
しばらくトコハと見つめあった後、トコハが目を瞑って俺を待った。
礼拝堂中が息を呑むように静かになった。
俺は、トコハの頬を手に沿え、キスをしながら目を閉じた。
普通のキスなのに甘く、長い時間が過ぎたように感じた。
ツネト「今、ここに新たなる夫婦が誕生しました! みなさま、大きな拍手でご祝福ください!」
ツネトの一言から会場中が大きな声援で湧き上がり、拍手が鳴り響いた。
キスを終えた俺たちは、その大きな音と会場中の笑顔を2人で見届けた。
トコハ「クロノ」
クロノ「ん?」
トコハ「私は貴方を愛しています。だから、ずっと一緒だよ♡」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になり、気がついたらトコハをお姫様抱っこで抱き上げていた。
トコハも驚いたようだが、すぐに俺の首に腕を回してくっついて来た。
その体勢のまま、もう1度キスをして愛を確かめた。
みんなもより大きな拍手や指笛で祝福してくれる。
ああ……本当に幸せだ。
そして、半年以上のときが過ぎた。
クロノ「はぁ……はぁ。みんな! トコハは!?」
俺は走って、ある一室の前に集まっている仲間たちに話しかけた。
シオン「静かに。ここは病院だよ、クロノ。トコハなら落ち着いたよ」
クミ「会ってあげて、誰よりも早く」
クロノ「はぁはぁ。ああ」
シオンや岡崎に勧められ、俺は病室に入ることにした。
他にも、カズマやトリドラの3人に見守られながら、息を整えて、俺は病室のドアを開ける。
少し歩いて、ベッドが見えてくると……穏やかで、慈愛に満ちた笑顔で自分の腕の中で眠る赤ん坊を見つめていたトコハがいた。
その姿に魅入ってしまい、俺の思考は停止してしまった。
トコハ「あっ、クロノ。テスト終わったんだね。お疲れ様」
俺に気づいたトコハは、その笑顔のまま俺に声を掛けた。
トコハ「クロノ? どうしたの? ほら、こっち来て」
クロノ「あっ、ああ」
トコハに呼ばれたので、重い足取りで彼女の元に近づく。
我ながら緊張してるのが分かった。
クロノ「う、生まれたんだ、な」
トコハ「うん。母子共に健康だって。さっきお乳をあげて寝ちゃった。ほら、お父さんですよ」
トコハが赤ん坊に俺のことを父と呼ぶのがこそばゆく感じてしまうのと同時に不安を感じてしまう。
俺は……この子の父として、ちゃんとやっていけるのだろうか?
トコハ「ほら、クロノ。抱いてあげて。貴方の子よ」
クロノ「あ……ああ」
進められたので、トコハから赤ん坊を受け取る。
クロノ「……重たいな」
少し力を込めれば簡単に壊れてしまいそうなのに……これが……生命の重さってやつなのかな。
クロノ「……お……俺の……子ども……」
トコハ「うん。私たちが互いを愛したから、生まれた新しい命だよ。だから、泣かないでクロノ。笑い合って喜びましょう」
トコハに言われるまで、俺は自分が泣いていることに気がつかなかった。
俺の頬にトコハの左手が触れている。
トコハ「クロノが私とこの子を愛してくれたから、私は無事にこの子を産めたんだよ」
クロノ「お……俺は、なにも……」
俺は、何も出来なかったばかりか、トコハのお産と自分の試験が重なって、傍に居て見守ることも出来なかったのに。
トコハ「何言ってるの? クロノ、私の妊娠発覚からずっと気遣ってくれたじゃない。バイトも勉強もあるのに、私のこと心配して身の回りのこと手伝ってくれて、不安な時には抱きしめてくれて、私、すごくクロノから愛されてるって感じてたよ」
クロノ「だって……俺に出来ること……なんて……それ……ぐらいで……トコハ……辛そう……なのに……何も……出来なくて……俺……俺」
トコハ「それで良いのよ。クロノが全部出来るわけじゃない。クロノにしか出来ないことがあるように、私にしか出来ないこともある。だから、支え合うの。何度でも言うよ、クロノ。独りで抱え込まないで」
トコハが空いている手を子どもに添えて続けた。
トコハ「クロノがこれまでしてきたように、クロノなりの方法で私たちに愛情を与えて。私も私なりの方法で2人のことを愛していく。この子は、そんな私たちの想いに応えてくれるよ。2人で育てていこう。私たちは家族なんだから」
トコハ……
クロノ「お……俺。頑張るから」
トコハ「うん」
クロノ「トコハも……この子も……護って……自慢の父親になれるよう……頑張る……」
トコハ「うん。私も母親として、妻として、家族を守れるように努力する」
クロノ「ありがとう、トコハ。俺の子を産んでくれて。俺を父親にしてくれて。俺の妻になってくれて……本当に……ありがとう」
トコハ「私こそ、この子の母にしてくれて、私の夫になってくれて、ありがとう」
気がついたら、俺は泣きながら、トコハ飛びついていた。
我が子を胸に抱きながら……
しばらく泣いて、落ち着いたところで、トコハが声をかけてくれた。
トコハ「ねえ、クロノ。聞かせて……この子の名前を」
シオン「僕たちも聞きたいな」
いつの間にか、シオンたちも部屋に入っていた。
マモルさんとタイヨウも到着していたのか、一緒に居た。
俺は、赤ん坊を片手で支え、もう片方の腕で顔の涙を拭った。
シオン「聞かせてくれないか。君たち2人の子どもの名を」
クロノ「あ……ああ。えーっと、この子は……どっちだ?」
そういえばトコハから子どもの性別を聞いてなかったな。
トコハ「あっ、言ってなかったね。ゴメン、ゴメン。この子は女の子だよ」
トコハが少しだけ舌を出して、ウィンクしながらテヘペロとか言いながら教えてくれた。
たっく、後でお仕置きだな。
クロノ「分かった。この子は、俺たちが望んだ世界に芽吹いた新しい命そのものだ。だから……この子の名は、フタバだ」
俺は自分の娘、フタバを高く抱き上げて、その名を与えた。
トコハ「フタバ……良い名前だね」
トコハも笑って承認してくれた。
そんなトコハの笑顔を見ていると、マモルさんが近づいてきて、フタバの頭を優しく撫でた。
マモル「新導フタバ……か。おめでとう、クロノ君、トコハ」
シオン「おめでとう」
クミ「おめでとう」
皆『おめでとう』
クロトコ「「……ありがとう」」
仲間たちが笑って祝福してくれる。
俺とトコハは、そんな皆に心からの笑顔でお礼を言った。
そんな時、開けていた窓から、風が吹いた。
――クロノ……本当におめでとう――
えっ……!?
俺は勢い良く振り向いて窓を見た。
タイヨウ「クロノさん? どうしたんですか?」
クロノ「いや……誰か、居た様な気がして……気のせいだよな」
一瞬、トコハともミクルさんとも違う、優しさに満ち溢れた声が聞こえた気がした。
あの声は、続けてこう言った気がした。
――これからもずっと、ずっと見守ってるね。愛しているわ……クロノ――
もしかして……母さん?
……だったら、見ていて欲しい。
俺の愛する人と、その人との子ども。
俺が手に入れた、愛する家族を。
トコハ「ク~ロ~ノッ♪ どうしたの、こっち来てよ」
トコハが笑顔で俺を呼んだ。
皆も笑って、俺を待ってる。
クロノ「トコハ。みんなも」
トコハ「ん?」
クロノ「ありがとう」
全員が目を大きく開けた後、また笑った。
母さん、見て。
これが俺の掴んだ世界だよ。
こんなにも多くの人と、繋がったんだ。
親父を愛してくれて、俺を生んでくれて、愛してくれて、ありがとう。
歩んでいくよ。
守り抜いたこの世界で、愛する人たちと。
決意を新たに、俺は1歩踏み出した。
不確定でも、温かく、希望に満ちた世界を。
完
本小説を読んでいただき、ありがとうございます。
本シリーズはこれにて完結ですが、続編を現在作成中です。
Pixivには他にも短編をいくつか投稿しています。
どちらも読んでみてください。
それでは、次の小説でお会いしましょう。
さようなら。