ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE    作:赤狼一号

5 / 31
お待たせいたしました。第4話となります。



盗賊騎士≪ブリガンド≫

初めて見た瞬間から妙な違和感があった。

 

 

 先ほど別れた冒険者の事を思い出しながら、ゴブリンスレイヤーは胸の内で反芻した。

 

 鍔広の鉄帽子(ケトルハット)。その鍔元から垂れた鎖綴りが顔全体から後頭部までを覆っているので顔こそは見えないが、いかにも落ち着いた雰囲気がある。

 

 黒革の盗賊胴(ブリガンダイン)に鉄板で補強された腕当と革籠手、半装甲(ハーフガントレット)厚手の革手袋(グローブ)。厚革の脛当と革小札を綴った草摺までそろえている。

 

 足元を守る革のブーツも恐らくは鉄板の仕込まれた頑強なものだろう。

 

 そのどれもが返り血で汚れ、刻まれた数々の傷が潜った修羅場の数を物語っている。ただしそれは華々しい騎士の冒険譚というよりは荒々しい盗賊や傭兵の血生臭い蛮行を想起させるものだ。

 

 どう贔屓目に見ても騎士は騎士でも盗賊騎士といった装いである。

 

 手にした猟刀(メッサー)は返り血の割に目立った刃こぼれや曲がりが無いところを見るに、そこそこ上等な鋼が使われているらしい。

 

 一見すれば中堅どころの冒険者の装備だ。それもかなり堅実で幾多の修羅場を踏んでいることは間違いない。新人冒険者の引率であれば、これ以上に頼りになる者はいないだろう。

 

 

 故に違和感があった。

 

 そもゴブリンスレイヤーがここへ来たのも、新人冒険者ばかりで小鬼(ゴブリン)退治を受注した無謀な連中がいるとギルドの受付嬢に泣きつかれたからだ。

 

 だというのに目の前の冒険者らしき何かは、どう見ても中堅のそれだ。引率の冒険者の存在を受付嬢が告げ忘れたのだろうか。

 

 だが、それも妙な話だ。中堅どころの冒険者が引率を引き受けているなら、相当な上位種が率いる群れを引き当てない限り十分に勝算がある。わざわざ帰ってきたばかりのゴブリンスレイヤーに泣きつくようなことはしないだろう。

 

 そもそも手間や危険度の割に報酬が割に合わないのが小鬼退治である。経験豊富な中堅以上ならまず嫌がるだろう。むしろ下水道清掃やネズミ退治をして資金を稼ぐ様にいさめる方が手間が無くていい。

 

 本来、中堅どころの冒険者となればそれなりの報酬が得られる。故に小鬼退治程度に怪我の一つもすれば、一文の得にならないどころか、大損である。

 

 妙に松明の数が少ないのも気にかかった。その上この冒険者は目の前の洞窟の奥を一目見て、迷わず中には残っていないと答えた。

 

 つまり、相当に夜目が利くという事だ。なんとも都合のいい話である。 

 

 もちろん、偶然みつけた巣穴らしき洞窟にわざわざ踏み込むような冒険者なら、蟲人や獣人の様に夜目の利く種族であると考えた方がむしろ自然である。

 

 故にそれらの疑念は全てこじつけに近い。だがそれでも違和感は妙に確信めいていた。いや、むしろ確信めいているが故に違和感があるのだ。どうしてこうまでして気にかかるのか。

 

 なんともなれば、旅路の途中の冒険者が見慣れない洞窟を見つけて興味本位に入ってみる。夜目の利く種族だから行きがけの駄賃に迷宮探索。または下見をしてみた。いずれもよくある話である。

 

 にも拘わらずゴブリンスレイヤーの勘は何か異常を訴えている。何故だかわからないが気になる、そんなことはこれまで一度もなかった。

 

 まさかゴブリンが化けているわけでもあるまい、そんな埒もない考えが浮かんだほどだ。それこそ馬鹿らしい。そもそも、それだけ気になっていながら、放置して洞窟の奥へと進んだのは新人冒険者の一党である女魔術師が涙ながらに助けてくれたのだと語ったからだ。

 

 泣き落としに負けたという事ではない。ゴブリンは虐げることはあっても救う事などありえないのだ。だいたいにして、群れの乗っ取りが目的ならこうも念入りに数を減らす必要などなかったはずだし、そもそも真正面から戦えば件の冒険者もどきのほうが強い。

 

 ただ、小鬼に苛まれた者に救いの手が伸べられた。その事実を無下にしたくないという思いが、ゴブリンスレイヤーを迷わせたのだ。

 

 それは彼自身が最も望んだものであり、同時に彼には与えられなかったものだった。

 

 

 そんな感情論は置くとしても、やはり意図が分からないというのは大きい。

 

 だいたいにしてなにがしかを企んでいたとしても、ゴブリンの巣穴に飛び込むほどのリスクを冒してまで何をするというのだろうか。

  

 もし仮に新人の少女たちによからぬ思いを持っていたとしても、わざわざゴブリンの巣穴に突入するくらいなら、付近の村娘をさらって小鬼の仕業に見せかけた方がよっぽど楽だ。

 

 しかも道中の小鬼共はしっかりと皆殺しにされている。

 

 

 そうこうしている間にゴブリンスレイヤーは巣穴の奥へとたどり着いた。

 

 松明の炎に照らしだされたのは惨たらしい虐殺の跡だ。何体もの小鬼の死骸がそこかしこに転がっていた。引き裂かれて腹からはみ出した臓腑。這いずったであろう血の跡。心臓や肺を貫かれて自身の血液でおぼれ死んだものと思われる苦悶に満ちた顔。

 

 どうやら完全な奇襲であったらしい。隠す暇もなかったのだろう。頭蓋を砕かれた小鬼の幼体が転がっている。

 

「・・・おとりにしたのか?」

 

 誰に言うでもなく、ゴブリンスレイヤーは呟いた。完全に隠密して先行していたのか。はたまた別のルートを発見したのか、いずれにしろ新人たちが入り口で騒ぎを起こして戦力が分散された隙に襲撃を掛けたのであろう。

 

 松明の明かりに照らし出されたのは、頭目らしき呪術師(シャーマン)の死骸だ。

 

 頭蓋を叩き割られ脳漿らしきものがあたりに飛び散り、顎と鼻が砕けて片方の眼窩からは目玉が零れ落ちている。

 

 自身は隠密に侵入し、後続の新人冒険者をおとりに戦力を分断し奇襲をかける。恐ろしいほど合理的で非情な決断。なにより小鬼を殺すことを優先した者の発想だった。

 

 ちょうど自分と同じように、そんな思いが胸に浮かんだ瞬間、薄闇の中で何かが動く。ゴブリンスレイヤーはとっさに松明の炎をそちらに向けた。

 

 数人の女達が隅の方でうずくまっていた。付近の村から攫われたであろう女達。ゴブリン達に破かれたのであろう。服らしきものはなにもつけてはいない。だが、恥ずかしがる素振りすらせず、燃え盛る松明の火に虚ろな視線を向けている。

 

 それでも、お互いに体を拭きあうことは出来たのか、憔悴してはいるが妙に身ぎれいだった。そのおかげか見たところ何かしらの病気にかかっているようにも見えない。

 

 ゴブリンに囚われ不衛生な環境で凌辱の限りを尽くされた女が病で死ぬのは良くある事だった。むしろ、苦しみが早く終わるだけ幸福な末路とすら言える。

 

「冒険者だ。助けに来た」

 

 ゴブリンスレイヤーは一人ずつ外傷が無いことを確かめながら簡潔に告げた。

 

 女たちの目にわずかな光が戻り、お互いに抱きしめ合う。静まり返った洞窟の中に、すすり泣きの声が木霊した。

 

 松明に照らされた女の一人が、かすれ切った声で呟く。

 

「あなたは・・・あの人の仲間?」

 

「誰だ?」

 

 松明の灯火に照らされた女の長い髪。その燃えるような赤毛が、ゴブリンスレイヤーの脳裏に心の奥底に押し込めた記憶を蘇らせる。ゴブリンたちに凌辱され、なぶり殺しにされた姉の姿。

 

「一瞬だけ見えたの・・・盗賊みたいな騎士様」

 

 憔悴しきった女の震える声。

 

「ゴブリンを、殺していったの」

 

 女は両手で自身の身を抱きしめながら、たどたどしい口調で続けた。

 

「・・・みんな殺してくれたの」

 

 顔を上げた女の頬に一筋の涙が流れ落ちた。

 

 

 幸いにして女たちは、入口まで歩く程度の体力は残っているようだ。

 

 女達を先導して入り口まで歩きながら、ゴブリンスレイヤーは闇に向けて呟いた。

 

「お前は、何者だ」

 

 彼の問いに答えるものはいなかった。

 

 

 

 

「・・・・・・・」

 

 地母神様、私は一体どうしたら良いんでしょうか。途方に暮れた女神官は胸の内で信奉する神に問いかけた。

 

 小鬼を殺すもの(ゴブリンスレイヤー)と名乗った冒険者が洞窟の奥へ向かってから、その場を何となく気まずい沈黙が支配していた。

 

 今の今まで死を間近に見ていたのが嵐のような急展開の末、ゴブリンたちは死屍累々のありさまで、方々に手やら足やら胴体やら臓物やら転がっている惨状だ。

 

 それは良いとしても、その主な原因である謎の冒険者ときたら、若き冒険者達の存在などどこ吹く風の様子で、ゴブリンの死体から粗末な衣服をむしり取り、悠々と自分の猟刀(メッサー)に付いた血をぬぐっている。

 

 取り落とした松明の仄かな明かりの中で、鍔広の鉄帽子(ケトルハット)から垂れる鎖綴りがちゃらりと音を立てた。顔全体を覆っているその物々しいヴェールのせいで何を考えてるかなど全く伺い知れない。

 

 冒険者が小盾を剣帯に引っ掛け猟刀を鞘に戻す。倒れたゴブリンの死体に蹴りを入れて片手斧を引き抜くと注意深く刃を確かめる。丹念に血をふき取って腰帯に差した。

 

 黒革の盗賊胴(ブリガンダイン)に鉄板で補強された革籠手、半装甲(ハーフガントレット)厚手の革手袋(グローブ)。新人冒険者である自分たちとは比べ物にならないほど整った装備。

 

 ただしどう見ても堅気の雰囲気ではない。冒険者自体が堅気の仕事かと言われると返答に困る部分があるが、そこを差し引いてもまず間違いなく街の入り口で衛兵に声を掛けられるタイプだ。率直に言えば仕事を終えたばかりの盗賊である。

 

 しかもそこそこの長身であり、先ほどまでたっぷり血を吸った武具を携えているとくれば、普通に怖い。

 

 一応、窮地を救われた形になったにも関わらず、若き冒険者たちが声も出せずに凍り付いていたのはその為であった。

 勿論、一番はあっけにとられていたと言うのが大きい。何しろ吟遊詩人の語りもかくやと言わんばかりの展開である。

 

 唯一の希望であった女魔術師は、先ほどと打って変わっておとなしい。恐らくは我に返って恥ずかしくなったのであろう。話しかけようとして、ちらちらと盗賊騎士の方をうかがうのだが、結局、何も言えずにヘタレて顔をふせるという事を繰り返すばかりである。一向に進展する気配がない。

 

 剣士の青年は相変わらず気絶しているし、流石に治療を終えたばかりの女武闘家に押し付けるのは気が引ける。そうなれば選択肢は一つしかなかった。

 

 斯様な成り行きで、神官の少女は再びなけなしの勇気を振り絞る運びとなったわけである。

 

 

「あ、あのっ!」

 

「あ、ちょ、あんた」

 

 期せずして大きくなってしまった声に、盗賊騎士が動きを止めた。隣にいた女魔術師が慌てて女神官の裾を引っ張る。まだ心の準備が、と泣きそうな顔が言っていた。

 

 意外と可愛らしい方だったんですね、当人が聞いたら真っ赤になって否定しそうな感想を女神官は胸の内で呟いた。

 

「た、助けて頂きましたし・・・」

 

 女魔術師がうっと痛い所を突かれたような顔をして押し黙る。だが女神官を見る目は妙に未練がましい。そんな目をするくらいなら、踏ん切りつけて話しかければよかったじゃないですか、と見返すと。

 

 それはそうだけど、もう少し落ち着くのを待ってくれても、だって、ほら、筋としては私が話かけるべきだしさあ、と女魔術師の目はこれ以上ないほどに雄弁であった。

 

 女神官とてその気持ちは痛いほどよくわかるのだが、正直言ってあの妙に居心地の悪い沈黙には耐えられなかったのだ。

 

 気づけば鉄帽子の頭が女神官のほうを向いていた。鎖綴りの奥に光る眼が突き刺すように女神官を見つめている。

 

「「ひうっ!」」

 

 鋭い視線に射竦められた女神官と女魔術師が小さく悲鳴を上げて抱き合う。

 

 見かねた女武闘家が体を起こして庇うように二人の前に出た。前に出たまでは良かったが、おそらくは勢いで出ただけなのだろう。あからさまにあたふたしている。

 

「あ、え、えーと、助けてくれてありがとう」

 

「・・・・・・」

 

 なんとか言葉をつなぐ女武闘家だが、盗賊騎士の方はただ静かに女神官達を見ている。

 

「そ、それでそのっ、あ、あなたは一体・・・」

 

 これで声さえ震えてなければ大したものなのだが、残念ながら自分たちを殺しかけたゴブリンを悠々虐殺して見せた相手である。一応の虚勢を張って見せただけ立派というものだ。

 大体にして、いくら怪しげな風体であるとはいえ、相手は凌辱されかけてた自分を間一髪で救ってくれた恩人である。もとより有利不利はあえて問うまでもなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その盗賊めいた戦士は無言のままだった。

 言葉を発する素振りすら見せず、女武闘家の方へ距離をつめる。

 

「な、な、なに! や、や、やるのっ!!」

 

 言葉の威勢こそは良いものの、もはや声は裏返っており、武装とくれば両の手を握り締めての拳骨のみである。対する相手ときたら、身長は先ほどの冒険者より頭一つ高く。その拳は半装甲(ハーフガントレット)でとても痛そうである。

 

 おまけに抜いてこそいないものの相手の腰には片手斧と猟刀に短剣が揺れているのだから、不利有利など言うまでもない。その上その武器をいかに巧みに扱うかは先ほど目の当たりにしたばかりだ。

 

 腰帯にごそごそと突っ込んだ手はいつでも短剣を抜けそうな位置にある。

 

 

 ごく自然な動作で盗賊騎士は腰帯に突っ込んだ右手を抜いた。女武闘家がとっさに両手を顔の前で交差する。女神官は直後の惨劇を予想して顔を覆った。

 

 大丈夫、小癒の奇跡はまだ使える、そんな自分への確認とも慰めともとれぬ言葉が、女神官の脳裏に浮かぶ。

 

 はたして目を開ければ、女武闘家の顔面は打ち砕かれてなどおらず。交差した両手の前に突き出された手があった。手には何かがつままれている。二つに折り畳まれた羊皮紙の欠片。

 

 女武闘家が反射的にそれを受け取り、開く。

 

 しばらくして、女武闘家の肩がわなわなと震え始める。半泣きになった女武闘家が女神官の方へ振り返った。

 

「ごめん、読めない」

 

 

 女神官はその場に崩れ落ちそうになるのに必死で耐えながら、羊皮紙の欠片を受け取った。

 

 羊皮紙に書かれていた文字は、およそこの盗賊めいた外見からは考えもつかぬほどの達筆だった。

 

 その上単語の使い方や言い回しなども異様に洗練されており、印章さえあれば王都のしかるべき機関が発行した正規の文章であると言われても信じてしまうほどである。

 

『吾輩はローグ。とある邪神に掛けられた呪いのせいで喋る事ができぬ。

 

顔を隠しているのも二目と見られぬ見苦しい面相ゆえである』 

 

 おおよそそんな内容が書かれていたのだが、女武闘家が読めぬのも無理はなかった。異様に格調高い文体で書かれており、書いた人物がかなりの教養を持っていることが一目でわかる。

 

 女武闘家と剣士は共に農村の出身と言っていた。両親が読み書きができるなどの幸運に恵まれなければ、そも字が読めない書けないは当たり前である。なにせ代筆代読は神殿出身者や新米の魔術師達の大切な現金収入の手段となるほどだ。

 

 それに加えてこの冒険者の文章はやたらと堅苦しい形式で書かれており、神殿や賢者の学院などである程度公的な文章で使う文字や言い回しを習う機会がなければ下手をすれば文字を知っていたとしても読み解くのは難しかった。

 

 

 ともあれ、先ほどから一言たりとも喋らぬ理由に関しては合点がいく。混沌の勢力の跳梁跋扈するこの世界において、厄介な呪いに苛まれる事はよくある話でもあった。

 

 不思議なもので、そうしてみれば終始無言の怪しい盗賊もどきが急に騎士らしく見えてくる。

 

 まるで沈黙の聖騎士様みたいですね、と女神官は思った。

 

 それは地母神の神殿で一度だけ見た英雄の思い出だった。

 

 岩壁から削り出したかのような厳つい面差しにギョロリとした三白眼。真一文字に引き結んだ口からは時折くぐもった唸りが漏れるのみで、幼い時分に初めて見た時には夢に出るほど怖かったように思う。

 

 尤も女神官は出迎えの列の一人として見かけたに過ぎず、特段に何か恐ろしい目にあわされた訳でもない。

 

 むしろ物静かで神殿に入りたての孤児の少女にすら道を譲るような人物だった。今となっては怖がったことを申し訳なく思うくらいである。

 

 聖銀の甲冑の上に着た漆黒の陣羽織(サーコート)には嫌味にならぬ程度に香が焚き染められ、口からこそ一言たりとも発さぬものの、その文筆の冴えたるや精緻にして優美である。

 およそ混沌の軍勢と血みどろの戦の先頭に立っていたなどという風評が信じられぬ程であった。

 

 ところがこの人物がひとたび戦場に立てば幾多の武勲を立て、吟遊詩人たちがこぞって謳いまわる大英雄である。

 

 

 

 聖句を唱えられぬ故に奇跡こそ使えないまでも、只人としては破格の長身と筋骨に見合った剛力に加えて、武器を取らせれば短剣から馬上槍まで縦横無尽。

 軍馬を手足のように乗り回し、鋼鉄製の全身装甲(フルプレート)の甲冑を着こんでなお蜻蛉をきって見せる身のこなし。

 

 

 その鞍には討ち取った幾多の魔神将の首が吊られていたという。

 

 世の大悪を討つ事を信条とし、敵としてその前に立ったものに対しては一かけらの慈悲も容赦もなく、相手は必ず物言わぬ躯になる事こそ「沈黙の聖騎士」の由来であると言われていた。

 

 堂々たる一騎討ちから奇襲強襲の戦まで負けなしの戦上手。

北に駆ければ古城に巣くった邪竜を討ち。南に走れば邪教団を塵殺する。

 

 幾多の返り血で聖銀の全身装甲(フルプレート)は真っ赤に染まり、されどその身は清廉潔白、大物の相手だけでなく、辺境で跋扈する山賊どもを、寒村で暴虐をふるう小鬼の集団を、わずかな報酬と引き換えに退治した騎士物語の体現。

 騎士と名のつくものなら、皆が憧れる「最も望ましき騎士」。

 

 それがかの騎士を詠う吟遊詩人たちが詠い広めた物語(サガ)であった。

 

 女神官は盗賊騎士の鉄帽子をしっかりと見やると。その視界に入るように手を掲げ、白魚のような指を動かした。

 

『はじめ、まして、私は、地母神の神殿の、神官です』

 

 たどたどしい手技は、地母神の神殿で仕込まれた手話(てばなし)の技だ。先の「沈黙の聖騎士」が神殿に逗留するにあたり、賓客に不自由が無いようにと仕込まれたものだった。

 

 もともと地母神の神殿は様々な弱者の寄る辺である。その中には生まれつき耳が聞こえぬ者や、何らかの理由で声を発することができなくなった者も含まれる。故に手話の普及は地母神の神殿が行っている福祉事業の一環であった。

 

『神官であるとはいえ、手話が使えるとは驚いた。こちらの事情は先ほど見せた通りである』

 

 ともあれ相手方が理解できなければ意味はないのだが、目の前の相手にその心配は無用のようだった。盗賊騎士の返した手話は、厚手の革手袋をしているとは思えないほど滑らかである。

 

「あわわわ、すみません。もう少しゆっくりして頂けると」

 

 女神官が手話が追い付かずに、声を発して答える。

 

『これは失礼した』

 

 盗賊騎士の手技が緩やかになる。

 

「え、あの聞こえているんですか」

 

『声を発することができぬだけで、耳が聞こえぬわけではない』

 

 先ほどより緩やかな動きで盗賊騎士は答えた。

 よくよく考えてみれば当然である。耳も聞こえぬ状態でああも的確に周囲の状況を把握して戦っていたというなら、とんでもない超人という事ではないか。

 女神官は自分の間の抜けた質問に顔を赤らめた。

 

 なにか言葉を続けねば、そう思ったまさにその時、洞窟の奥からこちらに向かってくる明かりが見える。先ほど奥に入っていって冒険者が戻ってきたのだろうか。

 

 

「ゴブリンはみんな死んでいた」

 

 ボロボロの鉄兜から響いた声音は、やはり静な重みを持っていた。ゴブリンスレイヤーと名乗ったその冒険者の影の中に、静かに佇む人影が見える。

 

「女達を連れてきた」

 

 何も言わずたたずんでいたのは、虚ろな目をした女達だった。

 あられもない姿の女たちは大きな怪我こそないものの、ひっかき傷や歯型など痛々しい凌辱の爪痕がうかがえる。

 それを見た女武闘家が顔を真っ青にしてその場にしゃがみ込んだ。女達の姿と自分を重ねたのだろう。彼女とてもう少しで攫われた女達の様に嵐のような凌辱に心身を蝕まれる寸前だったのだ。カタカタと震えているのは自分の歯の根もだと女神官は気付いた。

 

 助け出された女達は皆一様にガラス玉のような目。その虚ろで光を無くした目は冒険者たちの姿など写っていないようだった。

 

「ここを出る」

 

 ゴブリンスレイヤーは簡潔に告げると、入口へと向かった。盗賊騎士が無言で青年剣士を担ぎ上げ、そのあとに続く。

 

 ひとり赤い髪の女だけが、じっと盗賊騎士の事を見つめていた。

 

 

 

 がたりごとりと揺れる荷台の上。視界には青い空がいっぱいに広がっている。あれ、なんで空? そう思った青年剣士の脳裏に電光の如く記憶が蘇る。

 

 仄暗い闇に閉ざされた洞窟、襲われた女魔導士たち、無情にも手から離れていく剣、そして群がるゴブリンたちの残忍な笑み。

 

「うわぁっぁぁぁぁぁっ!」

 

 青年剣士はガバッと体を起こした。

 

「大丈夫?」

 

 耳元で聞こえたのは幼馴染の声。毛布のようなものを羽織った女武闘家が心配そうな顔で彼を見ていた。毛布の隙間から見える白い足と胸に気付いて青年剣士は顔が熱くなる。すぐに目を逸らすと、逸らした先には二人で眠りこける女魔法使いと女神官の姿があった。

 

「あれ、二人とも無事で、おまえは? 怪我とかしてないかっ!?」

 

 女武闘家はくすくすと笑いながら、青年剣士をやさしく引きはがす。いつもなら照れ隠しに一発食らってもおかしくないのに、どうした事か女武闘家の笑顔はいつもより妙に大人びていた。

 

「大丈夫」

 

 助けてもらったの、と彼女は続けた。そこから聞いた話はまるでおとぎ話のようだった。あわや凌辱されんとしていた瞬間に助けに現れた盗賊騎士の話。小鬼共を撫で斬りにして見せた残酷な呪いを背負った寡黙な戦士。それは幼いころに父親達にせがんだ冒険者の物語そのものだった。ただ冒険の熱に浮かされて醜態をさらした自分たちとは違う本物の冒険者の物語。

 

 それに引き比べて小鬼と馬鹿にして油断した己はどうだろう。挙句に仲間と幼馴染の命を危険にさらした上に自分も死にかけた。

 

「あの、ごめん・・・俺っ」

 

 なんと言葉を続けて良いかわからない青年剣士の頭を柔らかいものが包み込んだ。

 

「え?」

 

 幼馴染の胸に抱かれているのだと理解すると、羞恥と混乱が湧き上がってくる。

 

「え、あの、!?」

 

「ごめんね」

 

 ふと熱いものが青年剣士の頬に落ちる。一つまた一つと落ちてくる熱いしずく。

 

「私ね、もう・・・無理なの。ほんとに怖くて、怖くて」

 

 子供の様にしゃくりあげる幼馴染の声。どうして、そう問いかけようとした青年剣士の視界に虚ろな目をした女たちの姿が目に入った。

 

 一歩遅ければああなっていたんだ、そんな考えが頭をよぎる。残酷な現実がそのまま形になったような女達の姿。その姿が幼馴染と重なる。青年剣士はボロボロの毛布一枚を羽織って、虚ろな目で空を見つめる幼馴染の姿を幻視した。

 

「だから、私・・・故郷に帰るよ」

 

 彼の頭を優しくなでながら幼馴染がささやくような声で言った。ちょっと姉御肌でいつだって弱音を吐かない快活な少女の姿はそこにはなかった。

 

 軽挙な自分に文句を言いながらも付き合ってきてくれた彼女。剣を買って有頂天になる自分をいさめて、自分は身軽なほうが良いからとなけなしの金で胸当てを買ってくれたのも彼女だ。

 

 青年剣士はひたすらに自分が恥ずかしかった。こんなはずじゃなかった、そんな思いが頭をよぎる。退屈な田舎を旅立ち胸躍る冒険と栄光の日々。そんな希望と夢を抱いて故郷を出てきたはずだ。こんな風に幼馴染を泣かせたいなんて欠片も思ってなどいなかった。

 

「・・・ひとりで、かえるから・・・ごめんね」

 

 しゃくりあげながら弱々しく詫びる幼馴染。その姿を見て青年剣士はすとんと何かが胸におちた気がした。

 

「・・・帰ろう」

 

「えっ?」

 

 退屈な田舎の生活がなんだと言うのだろうか。大切な女の子と二人の間のありふれた幸せを守っていく。その先に何があるかなんてわからない。なんだ、立派な大冒険じゃないか。

 

 頬に添えられた女武闘家の手を握り締める。方々にタコの出来た手。小さいころからずっと頑張ってきた手だ。それでも女の子らしい柔らかさを残した優しい手。彼の大好きな手だった。

 

「一緒に・・・家へ、帰ろう」

 

「・・・・・・うん」

 

 

 

 その日、冒険者がゴブリンにとらわれていた娘たちを救出した。

 

 初めての冒険が無残な失敗に終わり、心折れた冒険者は故郷へと帰った。同じく夢破れた幼馴染と共に。故郷に帰った二人は結ばれ、ささやかながら幸せな家庭を築いたという。

 

 そしていつの日か旅立つかもしれないのだ。

 

 二人の両親に愛され育まれた13人目の白金等級となる少年が。

 

 

 それは、ありふれた冒険者の幸運な末路だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 なんか結構新人パーティ助かる話ってのは多いんですが、そのまま冒険者続けるパターンが多いので、引退していただきました。まあ、初めてで躓いていろんな人に迷惑かけた上に自分の幼馴染まで死にかけさせたら、結構反省すると思いますし、人によっては次うまくやればとは考えられないと思うんですよね。

 まあ、夢を追うってのは何であれ続ければ幸せとは限らないっていう話です。むしろ、不幸だったり辛かったりすることの方が多いので、まあそういった内容になりました。
 ちなみに、神殿で手話習ってるとかはオリジナル設定です。ただ失語症とか喋れなくなる呪いとか、こっちの世界の方が結構多いと思うのでつけてみました。

それでは皆さん。今回も応援よろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。