ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE    作:赤狼一号

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シルバー144様より、素敵なファンアートを頂きました!!


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 かっこいい。沈黙の聖騎士の元で修行しているとローグはこんな感じですね。フレッシュでまだ体もそんなに大きくなく、現世への怒りや憎しみが剥き出しな感じがあります。


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 それが気づけば、プレデターみたいなマッシブ体形になってるわけですから、ゴブリンってすごい(笑)




小鬼砕き≪グラムドリング≫

「小鬼殺しの鋭き致命の一撃(クリティカル)が、小鬼王の首を宙に討つ」

 

 ひげを蓄えた男と細面の男。二人組の楽師が竪琴とリュートをかき鳴らす。夕暮れ時、大路に響くその音色。

 

「おお、見るが好い。青に燃ゆるるその刃。まことの銀にて鍛えられ、決して主を裏切らぬ」

 

 朗々と響き渡る歌声が高らかに物語を歌い上げる。物悲しく勇壮な旋律。それが一転して激しさを伴ったものに変わる。

 

「その背後に迫りたる小鬼英雄。危うし小鬼殺し。勇者のその身に魔の手が迫る」

 

 相方の髭を蓄えた楽師が入れる合いの手が、物語の急を告げる。

 

「しかしてその悪しき刃を阻みしは、剛力無頼の盗賊騎士。小鬼殺しの盟友、小鬼砕きなり」

 

 重く張りのある声が堂々と響く。

 

「太き腕が振るいたる、長柄の妙を見るがいい」

 

 勇ましい掛け声とともに威勢よくかき鳴らされるリュートの音。

 

「小鬼砕きの北方蛮族風の戦斧(デーンアックス)が小鬼英雄を真っ向唐竹割り(クリティカル)

 

 一息吸って髭の楽師は一際朗々と佳境の場面を歌い上げる。 

 

「鉱人のみに伝わりし、神代の秘密、鋼の英知。込めて鍛えしその刃。打ちて砕けぬものは無し」

 

 入れ替わりに今度は細面の楽師が口を開く。

 

「おののく小鬼の残党に、小鬼殺しが咆哮す」

 

 じゃん、と竪琴を一鳴らしすると、見入る観衆を睥睨しながら一間を入れる。

 

「頼む剣は一つにあらじ。いつとて我と並び立つ、この盟友こそがまことの剣と知るが良い」

 

「おうとばかりに小鬼砕き。握りし戦斧の一撃は、燃え立つ砦をしっかと捉え、木っ端微塵に打ち砕く」

 

 細面の男から髭の楽師へテンポよく語りが交互に切り替わる。

 

「かくて小鬼王の野望も終には潰え、救われし美姫は、勇者の腕に身を寄せる」

 

「しかれど、彼こそは小鬼殺し。彷徨を誓いし身、顧みたるは、盟約共する友の顔」

 

「延ばす姫の手は空を掴み、連れ発つ勇者と盗賊騎士。共に誓いし盟約が、さぶらう事を赦すまじ」

 

 そしてまた一間。細面の男の若く力強い声と髭の楽師の落ち着いた張りのある声。二つの声が立体的な重奏を作り出す。

 

「「彷徨流浪の誓いを共に、今日はいずれの空の下。辺境勇士、小鬼殺しと小鬼砕きの物語。山砦炎上粉砕の段、これにて閉幕にございます」」

 

 リュートと竪琴が最後の旋律を奏で、一瞬の静寂。万雷の拍手が二人の男に注がれた。

 

 最近、辺境から伝え聞く風変わりな冒険者の噂。破天荒な二人組の冒険譚は、吟遊詩人たちの想像力をこれでもかとくすぐり、ある種の流行とも言えるほどに幾多の物語を生み出していた。

 

 

「オルク、ボルグ……グラムドリング」

 

 観衆の中、遠巻きに見物をしていた森人の冒険者がぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「だからオルクボルグとグラムドリングよ」

 

 その珍妙な客人は開口一番に聞きなれない単語を口にした。時は昼前、起きだした冒険者たちが各々ギルドへと集まり始める頃合いである。

 

「お、オークと……グラン?」

 

 受付嬢は何とか聞き取れた単語を自信なさげに繰り返す。

 

 何とも聞き覚えの無い単語であるが、おそらくは森人の言葉なのであろう。それ以外は皆目見当がつかない。

 

 さてどうしたものかと受付嬢が途方に暮れていると、森人は焦れたように言いなおした。

 

「違うわ。オルクボルグとグラムドリングよ」

 

「はあ」

 

 そう言われたところで、受付嬢としては聞いたことのない響きである事に変わりはない。

 

 相手は絶世の美人である。恐らくは上の森人。見た目は十七か八か。定命ならざる命を持つ種族の年齢を考えるなど無駄なことだが、それにしても彼女は美しい。

 

  森人(エルフ)とは本来浮世離れした美しさを持つというが、彼女はその中でも群を抜いていた。すらりと背が高く、女鹿の様な四肢を細身の狩装束に収めて身のこなしは軽い。

 

 背に負った身長と同じくらいの大弓は野伏(レンジャー)か弓手であろうことが窺える。細い首に提がるのは銀の認識票。

 

「おかしいわね。ここにいる、と聞いたんだけど」

 

 と妖精弓手が怪訝な顔をした。

 

「馬鹿め、これだから耳長共は気位ばかり高くていかんのじゃ」

 

 妖精弓手の隣で口を開いたのはずんぐりむっくりの鉱人(ドワーフ)だ。

 

 カウンターからやっと覗くのはつるりとした禿頭。長い白髭を、しごくように撫でていた。

 

 纏った衣装は東洋風の奇妙なもので、腰にはがらくためいたものの詰まった大鞄。

 

 受付嬢は呪文遣いの鉱人道士(ドワーフ)と判断した。こちらも首に提げるのは銀の認識票だ。

 

「ここはのっぽ(ヒューム)の領域じゃい、耳長言葉が通じるわけがあるまいて」

 

「あら、それなら何と呼べば良いのかしら?」

 

 ふん、と上森人(ハイエルフ)らしからぬ表情で小鼻を鳴らした妖精弓手が、嫌味たらしく言った。

 

 それを受け、鉱人道士の方は自慢気に口髭を捻る。

 

「『かみきり丸』に『なぐり丸』じゃい!」

 

「あの、そういう名前の方は…」

 

「……おらんのか!?」

 

 受付嬢が頷くと、鉱人道士はがっくりと肩を落とし、その様子を妖精弓手がにやにやと意地の悪い笑みで見物している。

 

「やはり鉱人(ドワーフ)はダメね。頑固で偏屈、自分ばかりが正しいと思っている」

 

「なにおうッ!!」

 

 だんだんときな臭い雰囲気になっていき、「金床」だの「樽」だの罵詈雑言が飛び交い始めると、受付嬢は辟易として声をかけるタイミングを計った。

 

 森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)の仲の悪さは前々から聞き及んではいたが、まさかこれ程とは……。

 

「あの、そろそろ喧嘩を――」

 

「すまぬが二人とも、喧嘩ならば、拙僧の見えぬところでやってくれ」

 

 喧々諤々の争いを遮って、巨大な影が覆いかぶさるように現れた。見上げる様な体躯は、最近見慣れてきた盗賊めいた新人よりさらに高い。鱗の生えた全身、シャッと鋭く動いた長い舌。

 受付嬢も思わず声を上げそうになった男は蜥蜴人(リザードマン)だった。見たこともない民族的な装束を身に纏い、その首元に提がるのは先ほどから見慣れた銀の認識票と、なにやら見慣れぬ護符めいたものである。

 

 不思議な手つきで合掌した蜥蜴人(リザードマン)はどうも恐らく僧侶なのであろう。

 

「拙僧の連れが騒ぎを起こしてすまぬな」

 

 蜥蜴人(リザードマン)の長い首が受付嬢に向かって垂れる。

 

「あ、いえ! 冒険者は皆さん、元気の良い方ばかりですから、慣れてます!」

 

 まあ奇妙な一行であった。森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)、三種族とも冒険者になるものが珍しい訳ではない。その三種族が徒党を組んでいるというのが珍しいのだ。

 

「それで、どなたをお探しですか?」

 

「うむ、拙僧も生憎と人族の言葉に明るいわけではないのだが」

 

「はい」

 

「かみきり丸となぐり丸、オルクボルクとグラムドリング、とはその者達の異名のようなものでな……小鬼殺しと小鬼砕きを意味する。小鬼狩りを得意とする者達なのだが、心当たりは?」

 

 蜥蜴僧侶から「小鬼」つまりゴブリンという単語を聞いた時点で、受付嬢はかなり複雑な気持ちになっていた。「彼」の名が遠くに知れ渡っているのは嬉しい。

 

 だが同時に妙に引っ掛かるのはもう「一人」が彼の相棒として広く認知されているという事だ。もとはと言えば受付嬢が望んだことである。望んだことではあるのだが、なんだかあの二人を見ているともやもやするのだ。

 

 ていうかあの人いくら何でも馴染みすぎじゃないですかね。

 

 ふとギルドの同僚たちの腐臭漂う戯言が頭をよぎる。そんな雑念を受付嬢は頭を振って振り払った。

 

 信じてますよ。ゴブリンスレイヤーさん。

 

 渦中の一党がギルドの入口に姿を現したのは、ちょうどその瞬間だった。

 

 

「ああ、ゴブリンスレイヤーさん。ローグさん」

 

 その場に現れたのは二人組の冒険者だった。一人は薄汚れた革鎧と鉄兜、中途半端な長さの剣を持ち、円盾を括ったみすぼらしい格好の男。

 

 もう一人は蜥蜴僧侶に迫る長身に、具足の上からでもわかる頑健な体躯の盗賊めいた男。

 

 鍔広の鉄帽子(ケトルハット)と鍔元から垂れ下がる鎖覆いによって顔を完全に隠し、黒革に鋼板の小片を裏打ちした盗賊胴(ブリガンダイン)、腰の剣帯に吊られた猟刀(メッサー)小盾(バックラー)、その内側に締めた腰帯(サッシュ)には北方蛮族(ヴァイキング)風の浮彫が施された古びた髭刃の片手斧(ビアードアックス)短剣(ダガー)を差している。

 

 その妙に似ているようで対照的な二人の間から、白い神官服をまとった少女が顔をだす。

 

 ところどころ血液と煤で汚れた金の髪、若干濁りを帯びた青い瞳は妙に達観したような光を宿している。

 

「それと女神官さん、お帰りなさい。三人ともご無事なようで何よりです。」 

 

「……問題なく終わった」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に傍らに立っていた盗賊騎士(ローグ)が黙って頷いた。

 

「無事に……そう、無事に、ふふ、言葉って不思議ですね。私も無事、あなたも無事、だけど小鬼は皆殺し……くふふふふ」

 

 女神官が妙に虚ろな目で笑いながら、なにやらぼそぼそと呟いている。正直言って物凄く怖い。

 

 初めて彼女がこのギルドを訪れた時は、不安そうな顔であたりをきょろきょろと見まわす子犬の様な少女だった気がする。

 

 こんなに短い間に邪神を信奉する輩のように不気味な笑みを振り撒く様に変貌しようとは…。

 

 それもこれも皆、顔は見えないが他人事のような顔をしているであろう男共のせいである。

 

 ゴブリンスレイヤー単独の時ですら連日休まずにゴブリン退治をしていたのだ。それが同じくらいゴブリン退治に傾倒している冒険者と引き合わせてしまったせいで、もはやその討伐のペースは異常の一言に尽きる。

 

 その凄まじさたるや、一時期ゴブリン退治の依頼が完全に無くなった事があるほどだ。その話をした時のゴブリンスレイヤーは珍しく呆気にとられたような声で「ゴブリンは無いのか…」と呟いて、唐突な休日を持て余していた事を覚えている。

 

 何はともあれ、そんなこんなで彼女はきっと疲れているのだ。受付嬢は女神官の惨状から目をそらしながら、ゴブリンスレイヤーに来客がある旨を告げた。

 

 その後、いろんな意味で疲れ切った女神官を置いて、ゴブリンスレイヤーとローグは2階の応接室へと上がっていった。

 

「つ、疲れたでしょ。まあゆっくり休んで」

 

 受付嬢は強引に女神官をロビーの円卓の一つに座らせると、強壮の水薬(スタミナポーション)ましましの紅茶をいれて彼女の前に置いた。

 

 女神官は虚空を見つめながら、くくく、ふふふ、と時折何かを思い出すように暗い笑みを浮かべる。当然のことながら怪しい物体(女神官)に近づくような勇者はいない。

 

 周辺の冒険者たちも、女神官を遠巻きにして、気まずい様子で視線をそらす。

 

「…すみません。わたし、ちょっと行ってきます」

 

 そう呟いたのは、「嘱託」と書かれたカードを提げた女性だった。

 

 大きなため息とともに、白い指がずれた眼鏡の位置を直す。ギルドの制服に窮屈そうに収まった豊満な体。後ろで束ねた赤い髪。ギルドの制服に身を包んだ女魔術師は、邪神官と化した同期の惨状にもう一度ため息をこぼすと、のしのしとそちらへ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとあんた大丈夫?」

 

 怪訝そうな顔で声をかけたのは女魔術士だった。豊かな胸元には『嘱託』と書かれたプレートが揺れている。

 

「ふわ? 女魔術士さん、ふふ、私は大丈夫です、大丈夫ですとも、くくくく、ゴブリンはみんな殺すから大丈夫なんです」

 

 かくかくと人形のように頭を上下させながら女神官はぼそぼそと物騒な事を呟く。

 

 ぜんぜん大丈夫じゃないわよ、とため息をつきながら女神官の頭を抱いて胸に押し付けた。

 

「あんた、ほんとに頑張ってるよ」

 

 女魔術士は穏やかに言いながら、女神官の髪をなでる。やわらかい感触が手に心地いい。もそもそと抵抗していた女神官が急におとなしくなった。

 

「………がんばったんです」

 

 胸元から消え入りそうな声が聞こえる。

 

「足手纏いになりたくなくて…」

 

 ぐずぐずと鼻声が混じる。

 

「でも……ついてくのが精一杯で」 

 

 女魔術士は黙って女神官の背中をとんとんと叩く。

 

「わたし、がんばったんです……」

 

 ぐずぐずとしゃくりあげる女神官の体を女魔術師はしっかりと抱きしめる。

 

「あんた、ほんとにえらいよ……」

 

 優しく髪をなでるその手は、母親が我が子にする様に優しい。

 

 

 

「……すみません」

 

 しばらくして、落ち着いた女神官はギルドから出された紅茶を啜っていた。その顔は夕日のごとく赤い。

 

「まったく、あんたも根を詰めすぎなのよ」

 

「……はい」

 

「だいたい本当に足手まといになると思ってたら連れて行かないわよ」

 

 私みたいにね、という言葉が浮かんだがそれは付け足さなかった。それを言うのは贅沢に過ぎる。それは女魔術師が一番よくわかっている事だ。

 

 と言うかローグに任された代書屋が軌道に乗りすぎたせいで、女魔術師は冒険どころではなくなっていた。

 

 ローグの代理や手伝いで公文書の書式も今ではすっかり覚えている。おかげで唯でさえ多かった依頼が増えに増え、ギルドの受付嬢にいたっては「お前だけは逃がさん」というギラギラした眼差しを隠さなくなった。

 

 そもそも辺境の街では専業の代書屋よりも冒険者たちによる副業の代書屋が多い。さらには供給に対して需要が圧倒的に上回っている現状もあって、文筆のスキルがあれば誰でもできる状態である。

 

 つまり組合(ギルド)らしきものがほぼ存在しないのだ。

 

 知り合い同士で仕事を融通し(押し付け)合う事はあるものの、それでなくとも文筆の教養は、それさえあれば十分に食べていける程の希少技能。

 

 圧倒的に手が足りない上に、代書屋が続けられるほどのスキルと信用があれば、恒常的に人手不足なギルドが見逃すはずもない。

 

 冒険に行くまでに過労死するのではと思うような修羅場の末に、女魔術師はとうとう魔術師や神官などの文筆スキルを持つ新米冒険者達をスカウトし、同時に個人の兼業代書屋や専業代書屋達に対して下請けに出すことを決意したのであった。

 

 新人とはいえ冒険者であるから同業としては気安い部分があるし、後ろ盾のローグは明らかに敵に回せば何をされるかわからない。その上、とんでもなく強力なコネがあるとの噂まであるとくれば、いちいち反発するのも馬鹿らしい。

 

 これに喜んだのはほかならぬ冒険者ギルドで、重要度の低いわりに手数のかかる事務仕事を下請けできる集団の誕生を歓迎した。

 

 そんなこんなで女魔術師は自身も筆をとりつつギルドからの下請け仕事を仲介する立場にあって、気づいた時にはすっかり代書屋達の取り纏めのような立場である。

 

 と言うか、彼女は知らないが一度でも代書屋として机を連ねたものは、顔を真っ赤にしながら恋文を代読する女魔術師の姿を楽しんでいるので、実質的にはただのファンクラブであったりする。

 

 半ば職員のような扱いだった女魔術師は、受付嬢からの「このまま正規の職員になってしまえ」と言う熱い視線を受けつつ、ギルドに常駐することになっていた。

 

 ではこれが嫌かと言われれば、同業者には一目置かれる立場であるし、ギルドの信頼もやたらと厚くなっている。恩人から頼まれた事業を大きくしたという自負もあって、悪い気分ではない。

 

 ただ、冒険者として活動できない事には一抹の寂しさを感じる。

 

 故に女魔術師の女神官に対する感情は同情が半分、妬ましさ半分といった複雑なものであった。

 

 とは言え、それはそれだ。もとより女魔術師は面倒見が良い性質であるし、同じ日に冒険者になった同期の桜、もっと言えば命の恩人でもある。

 

 

「あの朴念仁共はちゃんと言わないと伝わらないし、ちゃんと言っても察しが悪いんだから。気にしすぎたら駄目よ」

 

「……はい」

 

 捨てられた子犬のような目をした女神官に、女魔術師はふと故郷の弟の事を思い出した。

 

 妹がいたらこんな感じだったのかしら、女神官の柔らかな金髪をなでながら、そんな事を思う。

 

 2階の階段を降りる足音。ふと目を向ければ、階段を降りるゴブリンスレイヤーとローグの姿。

 

「ローグ、ゴブリンスレイヤー、ちょっとそこに座りなさい」

 

 素直に座った二人に、女魔術師がちらっと女神官に視線を向けて言った。

 

「あんた達、この子の事なんだと思ってるわけ?」

 

 女神官がびくっと肩を震わせ、伺うように二人を見る。

 

 鉄帽子と鉄兜がきょとんとしたように顔を見合わせ、手言葉と言葉が同時に答えた。

 

『「仲間」』

 

「それ……ちゃんと言ってあげなさいな」

 

 しれっと答えた朴念仁二人に、女魔術師はことさらに大きな溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 女神官の隠された懊悩があまりにもあっさりと覆され、別のベクトルで彼女の目つきが荒んだ事を除けば、ゴブリン殺しの一党は今日も今日とて平常運転であった。

 

 結局のところ、ゴブリンスレイヤーとローグを訪ねて来た3人組の要件はやはりゴブリンで、エルフの領域近くに巣食ったゴブリンの討伐を依頼に来たという。

 

 只人(ヒューム)のゴブリンスレイヤーと女神官に森人の弓手、鉱人の道士に、蜥蜴人の僧侶。そして、なんだかよくわからないローグ。

 

 なにはともあれこの6人の徒党は旅立ち、夜を迎えて一つの焚火を囲んでいる。

 

 森人、鉱人、蜥蜴人、と言う異色の組み合わせの3人組は、一様に興味深げに彼女の両脇に座した戦士二人を見ている。

 

 にも拘らず当事者である二人は我関せずという態度を隠しもしない。

 

 左右を血生臭い甲冑に身を包んだ戦士二人に挟まれて、女神官は半目になって朴念仁二人を見た。

 

 私は多分通訳する感じなんですかね、ちらりと傍らに坐した盗賊めいた恰好の騎士を見ながら女神官は思った。

 

 なにせ盗賊騎士(ローグ)は邪神の呪いによって話すことはできない。彼の手話を完全に理解できるのは今のところ彼女だけである。

 

 筆談という手もあるのだろうが羊皮紙もインクも無料ではない。ほかに手段がなければまだしも通訳ができる者がいるなら通訳したほうが経済的なのだ。

 

 結局、この人たちほっとけないんですよね、と女神官は思った。女魔術師には醜態をさらしたが、女神官とて短期間であるが幾多の修羅場をともに潜り抜けた自負が無いわけではない。

 

 というか、それ以上にこの破天荒な二人組を野放しにしてはいけない、という使命感めいたものがあった。

 

 それに、大体にして言葉が足りなかったり、行動がやたらと破天荒だったり、発想が概ね非常識だったり、正直に言って頭がおかしい、色々と思うところはあっても悪人ではない。……と思う。

 

 それとなく気は使ってくれるし、どちらかと言えば紳士的とさえいえる部分が多い。にも拘らず、二人そろってしかもそこにゴブリンが絡んだ日には錬金術的反応を起こして、たちまち常識を蹴飛ばし始めるのだ。

 

 だが、それゆえに女神官にはこの二人の性質の違いがよく分かった。客観的に見れば恐らくローグの方が気を使うように見えるが、それはあくまでゴブリンを効率よく排除するという目的を円滑に遂行するためである。すべての行動がその目的に基づいて行われているのがはっきりわかる。

 

 実を言えばローグはゴブリンスレイヤー以上に感情が見えなかった。何をしようとしているかはわかるが、何を考えているかは全く分からない。引き比べてゴブリンスレイヤーはゴブリン以外の事柄に関しては鈍感で絵に描いたような朴念仁であるが、不器用な優しさがある事はなんとなく分かる。

 

 もし仮に、ゴブリンスレイヤーとだけ冒険していたら、やはりその内面を慮るにはもっと時間がかかったように思う。逆にローグだけだったならば、そもそも誰かと徒党を組むという選択をしなかったような気がするのだ。

 

 

 

「それであんた達がオルクボルグにグラムドリングね」

 

 女神官の思考を遮ったのは、上の森人の声であった。

 

 鎖覆い付きの鉄帽子と無骨な鉄兜が同時に妖精弓手に向けられる。

 

「な、なによ…」

 

 ああ、きっと何言ってるんだこいつ、みたいな事を考えているんだろうなあ。

 

 女神官は心の中でそっとため息をついた。ゴブリン以外には朴念仁な二人の考えることなど、彼女にはお見通しである。と言うか今まで幾度となくそういう反応を見て来たのだ。

 

 

 

「…俺はその様に名乗ったことは無い」

 

 ゴブリンスレイヤーの反応は予想を裏切らない。ローグに至っては興味がないので答える気もない、と言った有様である。

 

「あの、その、おるくとか、ぐらむって…なんですか?」

 

 にべもない回答にムッとしている森人の気を逸らそうと、女神官はおずおずと尋ねた。

 

「森人に伝わる小鬼を殺す名剣の名前よ。小鬼を前にすると青く輝くと言われているわ―――」

 

「―――鍛えたのはワシ等鉱人じゃがな。ワシ等はかみきり丸になぐり丸と呼んでおる」

 

 森人の言葉を鉱人道士が引き取る。

 

「本当に鉱人って細工のセンスと名付けのセンスが真逆なんだから」

 

「わしらの細工に関してはいかな森人と言えど認めぬわけにはいかんようじゃのう」

 

 意外と仲良しなんですかね、二人の間で交わされる軽口の応酬を見ながら女神官は心の中で呟いた。無論口に出せば両者から否定される事は疑うべくもないが、不俱戴天の仇と言うよりは喧嘩友達のように見える。

 

 女神官は他種族に対して燃やされる決定的な憎悪がいかに凄惨であるかを知っていた。

 

 それを彼女に教えたのは、彼女の横に座して、我関せずとばかりに、己の道具の手入れをしたり、武器に砥石を掛けている朴念仁二人組である。ゴブリンスレイヤーとローグの凄絶な戦いの様子を傍で見ていればこそ、鉱人と森人のやり取りは、女神官にはどこか微笑ましいものにさえ見えた。

 

 森人相手に軽口を叩いていた鉱人の視線が、唐突にローグの方へ向けられた。興味と好奇心が入り混じった視線に妙に深刻な色が混じる。

 

「一つ頼みがあるんじゃが……」

 

 鉱人道士が髭に手を当てながら、ローグに声を掛けた。猟刀(メッサー)の十字鍔の元から鋭い刃先に向けて砥石を流す手が止まり、鉄帽子(ケトルハット)の伏せられた鍔が持ち上がる。

 

「その腰に差している手斧、ちいとばっかし見してくれんか?」

 

 盗賊騎士は黙って腰に差した片手斧を引き抜くと、クルリと回して、浮彫の施された柄を鉱人道士に手渡した。鉱人道士が注意深くそれを手に取るとまじまじと観察する。

 

「まさかと思ったが……こいつは」

 

 鉱人道士は目を見開いて、驚きの声を上げた。

 

「なに? どうしたのよ」

 

 妖精弓手が興味深そうに耳をピコピコさせている。

 

古き鋼(ウルフバート)じゃ……」

 

「は?」

 

「なんとっ!?」

 

 蜥蜴僧侶が同じく驚愕したように目を見開く。どうも聞きなれない単語が出たが、蜥蜴僧侶には心当たりがあったらしい。信じられないものを見るような表情で、手斧を見つめている。

 

 鉱人の道士は何度も確かめるように古びた髭斧を見返しながら、興奮した様子でまくしたてた。

 

「伝え聞いた通りじゃ。古き鋼(ウルフバート)は古き時代の遺物よ。決して錆びることなく折れず曲がらずよう斬れる。その全てにおいて鉱人の名工が鍛えた逸品であろうと敵わぬ。古の神から鋼の謎を盗み出した者の名だと言う話もあれば、鋼の謎そのものを示す言葉であるとも言われておる」

 

「見たところ只の古い斧じゃない」

 

 妖精弓手が疑わしそうな目で古びた斧を見やる。

 

「森人にはわからんじゃろう。こうして見ておるだけで震えがくるわい。わしとて話に聞くには半信半疑であったが、こうして直接手に取ればはっきりとわかる。わしは今心底道士であってよかったと思うておるわ。鍛冶屋であれば見ただけで嫉妬と絶望で気が狂うような代物じゃ。腕が良ければ良いだけな」

 

「拙僧の伝え聞いた話ではその銘の刻まれた古剣は決して錆びることなく、頑強な古竜の鱗を切り裂いて刃こぼれ一つしなかったと言います。話半分としても生中な代物ではありますまい」

 

 焚火に照らされた斧の刃が静かに煌めいてる。確かになにか吸い込まれてしまいそうな不思議な光がある。

 

「おぬしこれをどこで手に入れた」

 

 盗賊めいた騎士はちらりと女神官の方を見た。

 

『吾輩の師からの餞別である』

 

 彼の返答は簡潔であった。

 

「あの、お師匠様から戴いたそうです。という事は、沈黙の聖騎士様に戴いたのですか?」

 

 女神官がそう言うと、ローグは静かにうなずいた。

 

「なんと、沈黙の聖騎士殿の従士でござったか。それはさもありなん」

 

「うううむ、かの御仁が古き鋼(ウルフバート)を収集しておるという話は真実(まこと)であったか」

 

 蜥蜴僧侶が感心したように頷く。鉱人の道士も合点がいったような顔でうなった。

 

『我が師はことさら武具を集めるのが好んでおられた。吾輩も安くとも質の良いものを見出すようにと教わったものである』

 

 だから事あるごとにゴブリンスレイヤーさんに武器を勧めるんですね。妙に饒舌になったローグの手言葉を訳しながら、女神官はそう思った。

 

 そういえばこの間も鉱人が鍛えた鋼で作られた片手剣を勧めていましたっけ。女神官はローグの手言葉を通訳しながら、盗賊騎士と小鬼殺しの異様な買い物風景を思い出す。

 

 たしか、十字の鍔と幅広い鍔元から鋭い切っ先を持つやや短めの片手剣だったか…。武器屋の親父の呆れ顔と珍しく辟易した様子のゴブリンスレイヤーを尻目に、手にした片手剣が如何に軽く鋭く取り回しに優れているかを力説し、それを女神官は一字一句余さず通訳する羽目になったのだ。

 

 確かに手にした剣は重心が手元寄りで女神官でも振りやすいと思うような逸品であり、前段のローグの力説もあって、ちょっとだけ欲しくなったのは秘密である。

 

 鉱人道士は満足したのか、片手斧をローグに返した。

 

「とにもかくにも古き鋼(ウルフバート)はワシ等鉱人が鍛えた鋼にも勝る。折れず曲がらず全てを打ち砕くと言われておるが、詳しいことはほとんど分かっておらん。わしらドワーフでも殆ど分からんのだ。かつてそれを手にした鉱人の中でも稀代の名工と言われた者がおったが、気が触れてしもうた」

 

 そこで一度鉱人が言葉を切った。女神官がごくりと唾を飲み込むと

 

「ただ鋼を信ずる者のみがその真価を発揮できると言い残してのう……以来、その秘密を探るのは禁忌とされておる」

 

 古より伝わる神のもたらしたとされる鋼。その北方蛮族風の文様が描き込まれた片手斧をローグは黙って見つめていた。

 

 どうやら少なからず驚いているらしかった。どうもローグ自身も己の斧がそんなとんでもないものだとは欠片も思っていなかったらしい。

 

 確かにローグがあの片手斧を振るって首でも手足でも平気で斬り飛ばすのを女神官は何度も見てきている。とはいえローグ自身大柄で頑強な身体つきであるし、武術の冴えも尋常ではない。ゆえに武器の性能によるものだと言う発想はなかった。

 

「ローグ」

 

 今まで黙っていたゴブリンスレイヤーが唐突に口を開いた。

 

「…ゴブリンが拾うと困る。失くすなよ」

 

 おう、とばかりに片手を上げるローグ。妖精弓手や蜥蜴僧侶に鉱人道士が意外なものを見るような目で二人を見ている。ゴブリンスレイヤーにとっては伝説的な武器もゴブリンにとって有用か否かという程度の価値しかないらしい。

 

 ゴブリンスレイヤーとローグ、四六時中ゴブリンゴブリン言っている変わり者の朴念仁。

 

 女神官はそんな二人の様子を見て、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 




 なんだか結構間が空いてしまいました。お待たせして申し訳ありませんでした。
なかなかうまくまとまらずにこの有様です。

いやもう素敵なイラストまでいただいたというのに本当に情けない限りです。

今後の予定ですがオーガ攻略→小鬼王襲来と原作第1巻の流れに沿ってやっていこうと思っています。水の街編はやる予定はないのでやるとしたら、アニメ版の様に小鬼王の前にやる事になると思います。アニメ版でそこに水の街編を持って行ったのは結構良い判断だと思いましたので。



さてここからまたぞろ長い後書きですので、苦手な方はブラウザバックしましょう(笑)

 冒頭の吟遊詩人の部分はいまいちリズムが分からなかったので、なんだか浄瑠璃っぽいノリになってしまいました。韻を踏んだりしてみましたが、やはりこういうリズムが分からない楽曲の様式感と言うのは難しい。ソネットの構成とかも使ってみようと思いましたがいまいち不慣れなもので。

 文筆技能の希少性に関しては、こんなものかと思います。そもそも代書が成立するほど識字率の低い世界観で、しかも辺境の街です。
 ちゃんとした学位を修めた人間は冒険者になる以外で来ることは低いでしょう(女魔術師ちゃんもなんで賢者の学院出て冒険者とか言われてたみたいですし)。
 イヤーワンの代書をネタにした短編でも行列ができていたとの描写があるので希少性があることは間違いないでしょう。

 そして、魔法使いや神官など学術スキルの有りそうな人たちは後衛で何かあったらすぐに死んでしまう上に冒険者としても希少性が高いわけで。そうすると人材がさらに食い合いになってしまう上に、人手不足なギルドの存在もあるので非正規職員の需要と言うのはかなり高いものと思われます。

 そんなこんなで半分口入屋のようになった女魔術士さん。なんか女社長とか似合いそうですよね。

「グラムドリング(なぐり丸)」は指輪物語に登場するエルフの剣で、ゴブスレさんの異名「オルクボルグ」の元になった「オルクリスト(かみつき丸)」と対を成すという設定の剣です。
 ゴブリンスレイヤーと対をなすゴブリンローグなので、これ以上のあだ名は無いかなと思ってます。原作の元ネタにペアになる剣があるってのはちょっと運命的だな、とこっそりほくそ笑みましたが(笑)

 原作の命名様式的に考えれば「グラムドボルグ」とか「グラムドヴルッフ」などに改編すべきだったのでしょうが、オマージュである事を分かりやすくするためにあえてそのまま使ってます(二次創作なので版権の問題も今さらですしね)

 ウルフバートはヴァイキング時代に実在したOパーツとも言われる刀剣がモデルになっています。折れず曲がらず良く斬れるを地で行くような名剣です。
 作中の古き鋼(ウルフバート)もやたらと頑丈で良く斬れるというのが主な能力で雷ドーンとか炎がバーンみたいな派手な能力はありません。ローグ自身がとてもいい斧だなあ、くらいしか思ってないほどですから。

 古き鋼の設定での、鋼の英知云々はお察しの通り「コナンザグレート」ですね。原作者様的に言うと「トヨヒサ・ザ・グレート」ですが。

 ちなみにローグの師匠こと沈黙の聖騎士が所持して言る現物は北方蛮族風の両手斧(デーンアックス)北方蛮族風の片手剣(ヴァイキングソード)及びダガーです。師匠はコレクターなので槍やハルバートなども所持していていずれもとんでもない名品です。両手剣に至ってはもうね…。

 ローグの片手斧と師匠のデーンアックスは対になっており、片方を持っていると片方の所在や所有者の安否がなんとなく分かるという特徴があります。つまりお守り兼首に着けた鈴の役割になっています。
 なのでもしローグが闇落ちしたり死亡した場合、もれなく完全上位互換の沈黙の聖騎士が襲撃してくるという嫌がらせのような仕様になっています。
 この辺りはプレデターが狩りに失敗して警報を鳴らすとプレデターウルフが襲撃してくるのと似てますね。もっとも沈黙の聖騎士の場合はローグが自爆に成功しても襲撃してくるのでさらに悪質です。

それでは長々とここまで読んでくださってありがとうございました。
また次回もよろしくお願いいたします!!

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