それにしてもこのデミウルゴス、ノリノリである。
―リ・エスティーゼ王国、ロ・レンテ城内ヴァランシア宮殿の一室―
その報告を聞き、国王ランポッサ三世は膝から崩れ落ちた。
ガゼフの話から、勝てないことは分かっていた。
しかし、王族や貴族は生かして捕らえ、交渉の材料に使うのでは無いか。或いは、逃げること位は出来るのではないか、と甘く考えていた。
魔導王は、正しく神の力を持っていたのだ。自分は何故、戦士長を信じられなかったのか。
どうして、自分には決断が出来なかったのか。自分を責める言葉ばかりが頭に浮かんでくる。
軍隊用語で言う全滅ではない。生存者0という意味での全滅だ。
「一人もか…。誰一人として生存者はいないのか? 」
「誰一人、生きているものは居りません。陛下」
報告をした兵士は、軍に同行した者では、勿論無い。
戦端が開かれてから、一向に連絡が無いことに業を煮やして、調査の為に兵士を遣わしたのだ。
エ・ランテルに潜入した結果、あの戦争の顛末を確認することが出来た。
死体の残骸は全て、あの魔法の後、空中に空いた黒い穴から現れたアンデッドが回収した。
エ・ランテルではあの穴は地獄に繋がっている、というのが定説となっている。
神罰によって地獄へ落されたのだと。
ボウロロープ候も、第一王子バルブロも死んだ。死体すら残らないとは。
王国など、放り捨ててしまえば良かった。
エ・ランテルでは、これまでに無い善政が敷かれていると聞く。
王国の統治になど、二度と戻りたくないという民しかいない程に。
蒼の薔薇も、今、報告をした兵士も一様に同じことを言っていた。
民の為と言いつつ、何も行動しなかった結果がこれだ。
せめて、最期は国の役に立とう。この首一つにどれだけの価値があるかは疑問だが。
「魔導国の使者殿をお呼びせよ。丁重にな」
それでもやるしかない。無能な王の、最期の仕事だ。
―玉座の間―
「ようこそ参られた。魔導国の使者殿」
精一杯の虚勢であるが、せめて、王の威厳を保とうと声を張り上げる。
魔導国の使者は、赤いスーツを着た、涼しげな笑顔を浮かべた悪魔、魔導王の側近デミウルゴス。
勝者の側であるデミウルゴスが王国の王に対し、頭を下げることは無い。
「さて、愚かにもアインズ様に逆らった者たちの処遇ですが、こちらに記載しております。ご確認を」
魔導国の要求はおおまか、以下の通り。
一つ、王の退位
一つ、賠償金の支払い
一つ、指定の貴族及び、その親族の引き渡し
「さて、この貴族たちは処刑することになりますが、それは構いませんね? 」
ざわざわと騒ぎ出す貴族たち。
「負けたのはこちらだ。仕方が無い」
ランポッサ三世は、苦虫を嚙み潰したような表情で答える。
「話が早くて助かります。それでは早速、明朝にでも王城前の広場にて、公開処刑を行いましょう。煮るのと焼くのとどちらが宜しいですかね? いや、牛馬を使って車裂きというのも面白いかもしれませんね。それとも、獣に食わせるというのはどうでしょう? ふふふ、退屈している民たちには、良い見世物になるでしょうね」
「な、何だと? 」
「それから、賠償金の金額はそこに書いてある通り、全てです」
「それは、国庫の全て、ということかな? 」
全て持っていかれては戦後の復興すら出来ない。戦勝国が吹っ掛けるのはある意味当然だ。
ならば、分割支払いの交渉を、と考えていたランポッサ三世の耳に信じがたい言葉が飛び込んでくる。
「いいえ。まずは今、この国にある全て。そして今後、この国が得られる全てを、徴収させて頂きます」
「は? ちょっ、ちょっと待ってくれ、使者殿。それでは、この国で生きていられるものなどいなくなってしまう」
「それが何か? アインズ様に歯向かった愚か者など、生かしておく必要がどこにあるのです? 」
楽しくて仕方がない、というように、まるで口が裂けるかのように、デミウルゴスは破顔する。
悪意だけで作られた笑顔というものを形にしたら、きっとこんな風になるのだろう。
「使者殿、それは、本当に魔導王陛下のご命令なのか? 」
戦士長ガゼフ・ストロノーフには、この魔導国の要求がどうしても信じられない。
ほんの僅かに話をしただけだが、彼の魔法詠唱者は、そのような命令をする人物ではないはずだ。
「今回の件は全て、私の裁量に任されております。ですから、私の命令はアインズ様のご命令という訳です」
「デミウルゴス様、それはどうでしょう? 」
デミウルゴスの後ろに控えていた白髪の執事が口を挟む。
「何だね、セバス? アインズ様のご命令に逆らうつもりかね? 」
「自由にしてよいとは、アインズ様の御威光を汚さぬ範囲でと心得ております。デミウルゴス様。恐れながら、貴方様がなさろうとしていることはアインズ様の御威光を汚すものであると判断致します」
セバスの眼光はより鋭く、声は段々と低くなっていく。
デミウルゴスの笑顔は変わらないが、纏う雰囲気が変わっていく。
まるで、王城自体が震えているかのような錯覚を覚える。
セバスとデミウルゴスの放つ殺気に当てられたのか、貴族たちがバタバタと倒れていく。
「やれやれ、分かったよ、セバス。君とやり合うつもりはないからね。全く、ちょっとした冗談だよ。では、これで良いかな? 」
懐から新しい書状を取り出した。
「内容は先のものと大体同じだが、金額はちゃんと書いてある。支払いが滞るようであれば、先ほどの冗談が冗談では済まなくなるかもね」
ニコリと笑って退出していく。
―ヴァランシア宮殿の一室―
恐怖で震える国王とレエブン候、そしてガゼフは、蒼白な顔で魔皇との謁見を振り返る。
「あれが、あれが魔導王の側近、デミウルゴス。いや、魔皇ヤルダバオト」
冗談などでは無かった。あれは、あの悪魔は、セバスという執事が居なければ、本当にこの国を亡ぼすつもりだった。
いや、楽しんで、人間を根絶やしにしていたことだろう。じわじわと、人間が苦悶する姿を楽しみながら。
エ・ランテルで語られる神話は嘘ではないと確信した。人間の歴史が始まる前に、世界を蹂躙したという、神に匹敵する大悪魔。
あれを自由にさせることは世界の破滅だ。
「王国は魔導国に降る。それしかない」
「はい。それが宜しいかと」
レエブン候も同じ意見だ。
彼は引き渡される貴族たちと異なり、自分の所領も現状通り運営することを許された。約束通りに。
「戦士長、いや、ガゼフ殿。貴方は魔導国に仕えて頂きたい」
「そうだな、ガゼフ、お前は魔導王に仕えよ。そして魔導王を、この世界を、人の世を守ってくれ」
ガゼフ程度の力ではどうしようもないことは、ランポッサ自身も分かっている。
それでも、魔導王の治世に協力することで、僅かでも力になれることがあるはずだ。
あの悪魔は、魔導王がいるから表立って暴れることが無いだけだ。もし魔導王が斃れたら、それは世界が終わる時だ。
―ヴァランシア宮殿の一室、ラナーの部屋―
「滅茶苦茶よ! あの魔導王陛下が! 何故、あんな悪魔を配下にしているの? 」
「落ち着けよ、ラキュース」
「あの悪魔は、セバス様が止めて下さらなかったらこの国の人間、皆殺しにするつもりだったのよ? 」
ラキュースは鼻息荒く憤っている。
「あれが、かつて魔皇ヤルダバオトと呼ばれた大悪魔か。今はデミウルゴスと名乗っているらしいが」
「悪魔が改名することなんてあるの? イビルアイ」
「ありえん。悪魔の名前は力そのものだ。存在自体が名に縛られているんだ。それが変わることなど、それこそ別の存在に転生でもしない限りあり得ない」
そんな荒唐無稽なことでも、あの魔導王なら出来るのかもしれない。いや、出来たからこそ、あの悪魔が配下に収まっているのだろう。
「はあ、魔導王陛下は、何で止めを刺さなかったのかしら? 」
「あの人らの考えなんて人間の俺らに分かるわけねえだろ。分かんのは精々、魔導王陛下が人間を守ってくれるってこと位と、セバス様が格好いいって位だな」
「マジで本気? 」「ガガーランに遅い春? 」
「遅くねえよ! 俺のこと、いくつだと思ってんだお前ら。なあ、姫さんよ、セバス様って今日は宮殿の客室に泊まるんだろ? 会えねえかな? 」
「まあ! ガガーラン様が恋ですか? 」
「何だよ、姫さん、可笑しいかよ」
「いいえ! 私、恋の話とかしたことが無いんです!誰ともそんな話が出来無くって…ほら、ラキュースはそういう話、全然ですし」
「ちょっと、今はそんな話してる場合じゃないでしょ? 」
そこへ、コンコン、とノックの音が聞こえてくる。
「セバス様? 」
クライムがドアを開けると、そこに居たのは白髪の執事だった。
「失礼致します。少しだけ、お話をさせて頂いても宜しいでしょうか? 」
「ええ、構いませんわ。どうぞ、大したおもてなしも出来ませんが」
「お構いなく。すぐに退出致しますので」
セバスは、少し言いにくそうに目を伏せた後、頭を下げた。
「本日は申し訳ございません。デミウルゴスのことで、ご不快な思いをさせてしまったことでしょう」
「セバス様、はっきり聞くけど、何で魔導王陛下はあいつを使ってんだ? 」
「ガガーラン様、デミウルゴスが優秀なことは間違いありません。それに、今回のことも私が止めると分かってのことでしょう。」
「何のためにそんなことするんだよ? 」
「デミウルゴスがアインズ様に忠義を捧げているのは間違いありません。ただ、強大な悪魔である彼の忠誠は、その本能により歪んでいるのです」
「歪んでる? 」
「ええ、彼はアインズ様の魂を望んでいます。アインズ様への忠誠故に、アインズ様の魂を永遠に、自分一人のものにしたいのです。ですが、デミウルゴスは、アインズ様が与えた名によって縛られている為、直接アインズ様に戦いを挑むことは出来ません。ですから、アインズ様に敵対し、殺そうとするものを探しているのです。アインズ様の治世を乱そうとするのもその一環でしょう」
「何でそんな危険な奴を配下にしてるんだよ? 首を刎ねちまえば良いじゃねえか」
食い気味にガガーランが重ねてくる。
「デミウルゴスはアインズ様のご友人の創造物なのです。アインズ様は、今はお隠れになられた、大切なご友人の忘れ形見であるデミウルゴスを愛しておられます。それが例え邪悪な悪魔であっても。それ故に、ヤルダバオトを調伏し、名と力を封じたのです。ですが、デミウルゴスが死ねば、どこかで魔皇ヤルダバオトが復活することになるでしょう。アインズ様が負けることなどありませんが、ヤルダバオトを討つまでにどれだけの犠牲が出ることか。彼はアインズ様を避け、転移によって世界中のどこにでも現れるでしょう」
「なるほど、呪いみたいなものか。死からの復活によって、元の名前と力を取り戻す可能性があるということか」
「流石イビルアイ様、その通りでございます。悪魔は魔界と呼ばれる異世界に本体があります。故に、斃れても、いつかは復活してしまうのです。ですから、アインズ様は彼に仕事を与え、目の届く範囲においているのです。皆さまへお願いがございます。どうか、悪魔の誘惑に乗られぬよう、強いお心をお持ち下さい」
「セバス様、ご忠告、肝に銘じておきます」
ラキュースが立ち上がり、頭を下げる。
「差し出がましいことを申しました。それでは、失礼致します」
「あ。セ、セバス様、この後時間があったら飲みに行かねえか? その、良い店があるんだよ」
「それは良いですね。ですが、申し訳ありません」
「ガガーラン、振られた」「ガガーラン、ドンマイ」
「いえ、そうではなく。女性に誘わせてしまうようでは男の名折れ。エ・ランテルにお越しの際は、私にエスコートさせて頂けますか? 」
「え? マジで? あ、ああ、勿論、よろしく頼むぜ」
「では、その時を楽しみにしておりますよ」
ニコリと笑ってセバスは退出していった。
貴族は大半が粛正されるから大丈夫だろうが、一つだけ、デミウルゴスの誘惑に抗うことが出来ないであろう、潰さなければならない組織がある。
魔導国の使者が帰ったら、すぐに行動に移さなくてはならない。
恐るべき魔皇の誘惑から、どれだけの人間が逃れられるだろうか。
王国の明日はまだ晴れそうにはない。
―ヴァランシア宮殿内、客室―
「上手くいきましたね」
「ええ、全くアインズ様の予定通りですね。」
デミウルゴスとセバスは、先ほどまで殺意の籠った視線を交わし合っていたとは思えないほど、穏やかな雰囲気でお茶を楽しんでいた。
「ところでセバス? さっきは、本気で私を殺そうとしなかったかい? 」
「そのような事はありませんよ、デミウルゴス。ただ、貴方の目にもそう映ったのなら、私の演技力も中々のものということでしょう」
どちらも目は笑っていない。
「はあ、まあ、良いですけどね。兎に角、これでアインズ様を斃すことがどれだけ危険であるか、良く理解出来たことでしょう」
「ええ、もし、アインズ様がお隠れになられるようなことがあれば、世界は魔皇によって蹂躙されるのですから」
「ふふふ、まあ、それでも私にアインズ様を斃させようとする愚か者は出てくるでしょうがね」
「分かりませんね。もしデミウルゴスが勝ったら自分たちが酷い目に会うというのに」
「この国の貴族と同じだよ。そこまで頭が回らないのだろうね。若しくは、自分だけは例外だと、理由も無く信じているのだよ」
「まあ、デミウルゴスにピッタリな役目だとは思いますよ。良く、裏切りそうだと言われるでしょう? 」
「セバス? 喧嘩を売っているのかい? まあ良い、私は今から新しい手駒を手に入れに行ってきますよ。アインズ様のご命令なのでね」
どうしても、この男とは馬が合わない。しかし、至高の主のご計画通り、セバスと一緒だったから今回の件は上手くいった。
嫌い合っている同士でも、コンビを組ませて上手くいかせる方法があるとは。
やはり、まだまだ自分は至高の主には遠く及ばない。精進しなければ。アインズ様の敵対者という大役を賜ったのだから。
ラナー「ガガーラン様と恋バナが出来るなんて嬉しいです」
ガガーラン「俺もまさか、姫さんと恋バナするなんて思わなかったぜ」
ラナー「それで、ガガーラン様もセバス様を鎖でつないで飼ってみたいって思ってるんですか?」
ガガーラン「え?」
ラナー「もしかしてもっと凄いことを? 凄い! 一体どんなことをするのでしょう? 流石ガガーラン様! 」
ガガーラン「えええ?」