ローブル聖王国最強の聖騎士と誉れ高い、レメディオス・カストディオは聖騎士団を率い、アベリオン丘陵へと進軍する。
アンデッドと同盟を結ぶなど、馬鹿げている。
ケラルトはどうかしているのだ。魔導王は凄腕の魔法詠唱者だという。きっと何かの魔法をかけられて操られているに違いない。
カルカの目を覚ましてやらなくては。
その為には、魔導国など恐れるに足らずと教えてやれば良いのだ。
カルカは怒るかもしれないが、戦争になってしまえば後に引くことは出来まい。
ケラルトの独断専行が許されて自分が許されないはずがない。自分は正しいことをしているのだから。
―聖王国首都ホバンス、王城内の聖騎士団兵舎―
「何考えてやがんだ! あの糞馬鹿が! 」
オルランド・カンパーノが訓練用の木剣を壁に叩き付ける。
「落ち着け、しかし、本当なんだろうな? レメディオス・カストディオが聖騎士団を率いて出陣したってのは」
「足手纏いの見習い従者どもをおいて、一人の聖騎士もいなくなっちまったあいつらの兵舎が幻か何かじゃなければそうなんだろうよ」
オルランドは苛立ちを隠せない。
これからやらなければならないことが、自分が何をしなければならないか分かっているからだ。
そして、それはパベル・バラハも同じだ。
「聖王女陛下のところに行こう。ケラルトが決断できなければ、俺たちがやらねばならん」
「だよな、糞が。あ~、マジで糞が! あのバカ女が! 」
「はあ、本当に気が滅入る。これが終わったら長期休暇を申請しよう。半年は休んでも罰は当たらん」
「おお、良いな、それ。良し、旦那、俺はまた魔導国に行くぜ。武者修行の旅って奴だ」
二人は少しだけ楽しい未来を想像する。
この役目が終われば、もう聖王国に居場所は無くなるかもしれないのだから。
―聖王国首都ホバンス、王城内の一室―
「おう、嬢ちゃん、覚悟は決まったか? 出来ねえなら俺らがやる。どうすんだ? 」
オルランドは既に完全武装で出発準備は出来ている。
したくもない嫌な話なのだ。とっとと終わらせようと、捲し立てる。
「待って、まずは説得を」
「そんな時間があるわけねえだろ! 俺らはもう一日遅れてんだぞ! おう、聖王女様よ、どうすんだ? どっちを取るんだよ? 」
オルランドがさらに捲し立てる。
国か、レメディオス個人のどちらを取るのか。
「私も行くわよ、カルカ。これは“聖王女として”命令して頂戴。聖王国を守る為に、貴方にしか出来ないことよ」
「ケラルト…」
カルカには命令を下すことは出来ない。それを口にすることは出来ない。
「聖王女様よ、出来ねえんだったらよ、悪いが、今ここで死んでくれや。その首でことを治めるからよ」
「申し訳ありません、陛下。これ以外に方法がありませんので」
オルランドが剣を抜き、パベルも弓を構える。狙いは、彼らが守るべき聖王女、カルカだ。
「どっちを選んでも、私たちは地獄に落ちるわね」
ケラルトもカルカに顔を向ける。慈母のような笑みと涙を浮かべて。
手には魔法の杖を握って。せめて、苦しまないようにと。
「どうしても、それしかないのね? なら、私も行きます。せめて、あの子の最期を看取らせて」
カルカの目に涙が浮かぶ。震える声で命令を下す。
「聖王女、カルカ・ベサーレスの名において、レメディオス・カストディオの討伐及び、聖騎士団の殲滅を命じます。直ちに出陣準備を整えなさい」
この件は、聖騎士団の暴走として処理する。
魔導国軍が出てくる前に、聖王国の手でかたを付けなくてはならない。
魔導国がことを治めてしまっては、聖王国の立場は無い。
同盟を結んだ相手に戦争を仕掛けるなど、人類国家の中で、聖王国を信じるものはもういなくなるだろう。
間に合わなければ、どれだけの賠償を請求されるか分からない。聖王家も取り潰されるだろう。
そんなもので済めば良い方だ。あの魔導王を怒らせれば、国民全員アンデッドの材料にされることだってあり得るのだ。
これから、彼ら四人は重い足取りで向かう。同胞を、仲間を、家族を殺すための戦場に。
―アベリオン丘陵―
「団長、情報の通り、亜人の強者たちはいないようです」
レメディオスは、副団長の一人、イサンドロ・サンチェスの報告に満足そうに頷く。
「ケラルトの情報は正しかったか。ふん、敵国との国境線に戦力を配置していないとはな。所詮、亜人共という訳だな」
「あのう、本当に大丈夫なのですか? 魔導国とは同盟を結んだと聞いております。このようなことをしては」
心配性の副団長、グスターボ・モンタニェスだ。
「喧しい。亜人は悪だ。我々、聖騎士は正義を体現するのが役目だ。何か間違っているか? 」
レメディオスは頭が固い。
彼女を説得出来るのは、聖王女か妹のケラルト位だ。
「さあ、我らの正義を示す時だ! 亜人共を攻め滅ぼせ! 突撃!! 」
レメディオスの号令の下、攻撃が始まる。
夜が更けるころ、亜人の集落には、女子供に至るまで、誰一人として生きているものは居なかった。
―エ・ランテル王城内、アインズの執務室―
「何だと?」
アルベドからの報告に、思わずアインズは立ち上がる。
「聖王国聖騎士団がアベリオン丘陵の亜人の集落を襲撃致しました。生存者は無し。更に侵攻を進めている模様です」
アルベドは、淡々と報告を続ける。
「指揮官は聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ。どうやら、聖騎士団全員が出撃している模様です」
「そうか、同盟を結んだ相手に、その舌の根も乾かぬうちにか」
「アインズ様に歯向かう愚か者共です。魔導国の最精鋭にて迎え撃ちましょう。殲滅のご命令を」
「亜人とはいえ、女子供も平気で殺すのか。非戦闘員だと分かって殺すことがこいつらの正義か」
久しぶりに、精神が沈静化されるほどの怒りを覚えたアインズは、手を上げてアルベドを制する。
「いや、こいつらは私を甘く見ているようだ。私自ら手を下してやろう」
更に言うと、正直、最近は結構暇なのだ。
配下たちは、皆優秀だ。そのうえ、今世では、楽が出来るよう、アンデッドの行政官も最初から多めに作ってある。
前世のシステムやマニュアルも使用しているので、暫く自分が居なくても大丈夫のはずだ。
ストレス解消にちょっと体を動かすくらい問題ないだろう。
「ア、アインズ様が御自ら? このような些事、私共で処理致します」
「アルベドよ、こ奴らは私の顔に泥を塗ったのだ。分かるな? 私の手でやらねば気が済まん」
ついでにアベリオン丘陵の視察をしてこよう。数多の亜人が住まう大都市を作るのだ。
エ・ランテルとは異なる、亜人らしい趣向を凝らした街が良い。
長年の支配者生活により、都市開発はアインズの趣味の一つになっていた。
―アベリオン丘陵―
最初は良かった。強い亜人たちはいなかった。
次々に亜人の集落を襲い、皆殺しにしていく。
初日と二日目は、今までの亜人との戦争は何だったのか、と思うほど簡単に侵攻していった。
三日目になって、あり得ない事態が起きた。何が起きているのか、レメディオスには理解出来ない。
後ろから追いかけてきた聖王国の軍隊。
聖王女の旗を掲げるそれは、あろうことか、聖騎士団に矢を放ってきた。
「何をしているお前たち! 私たちは味方だ! 」
戦場で誤射など勘弁してほしい。
そう思ったのも束の間、彼らの殺意が自分たちに向けられていると知った時、レメディオスの世界は崩壊した。
先頭に立って指揮を執るのは、己の片割れ、ケラルト・カストディオ。
自分と同じ九色を戴くオルランド・カンパーノもいる。
今、副団長のグスターボを射殺したのは九色の一人、パベル・バラハだろう。
何故、自分が聖王国の軍と戦っているのか、意味が分からない。
「こんの糞馬鹿が! くたばりやがれ! 」
複数の剣を佩いた戦士、オルランドが突撃してくる。
「貴様! 貴様たちがケラルトとカルカを誑かしたのか! 」
レメディオスの顔が怒りに染まる。
だが、一騎打ちにはならない。
パベルの放つ矢がレメディオスの動きを制限する。
レメディオスが如何に強かろうと、九色の二人を同時に戦えるほどではない。
まして、近接戦闘に特化したオルランドと、遠距離攻撃に特化したパベルのコンビでは、端から勝ち目など無かった。
ふと、空中に黒い穴が開く。
そこから出てきたのは異形の怪物たち。
天使、悪魔、ドラゴン、アンデッド、魔獣等々、どれもが強大な力を秘めた、文字通り一騎当千の、神話に出てくるような化け物たちだ。
……そして、最後に出てきたのは死の化身。
戦場の時間が止まったかのように、誰も動けなくなった。
―何だこれは? 何故、聖王国軍同士で戦っているんだ?
アインズは混乱していた。こんな時、表情が変わらない骸骨の体は本当にありがたい。
こいつらは、聖王国軍の後詰では無かったのか?アルベドの報告に間違いがあったのか?
「さて、これはどういう状況かな? 我が国に侵攻してきた聖騎士団と、それを後ろから追撃する聖王国軍とは」
「魔導王陛下、ご無沙汰しております。ケラルト・カストディオでございます」
「おお、久しいな、ケラルト殿。今の状況を説明してもらえるかな?」
「魔導王陛下、私は聖王国聖王女、カルカ・ベサーレスと申します。我が国の聖騎士団団長、レメディオス・カストディオが独断で魔導国に侵攻を開始した為、それを阻止する為、聖王国軍を派兵した次第です」
成程、大体理解出来た。聖王国のトップは馬鹿では無かったようだ。
恐らくは、本当にレメディオス一人の暴走だろう。
魔導国に侵攻することで、同盟をご破算にする積もりだったのだろう。
こちらが動く前に、聖王国の手で処理することでレメディオス一人に責任を負わせ、ことを治める積もりだ。
実際にレメディオス一人の暴走なのは、アルベドの報告書から想像できる。
しかし、ここまで馬鹿だったとは。前世でもこうだっただろうか?
今世でも、同じような名を残すことになりそうだ。流石にこれは同情出来ないが。
「貴様が魔導王か! 私と勝負しろ! 妹と聖王女様を誑かしたアンデッドめ! 」
うん、大体分かった。こいつは本物の馬鹿だ。
「ほう、君が聖騎士団の団長、レメディオス・カストディオで間違いないな」
「アンデッド風情が王などと片腹痛い。で、どうなんだ? 私と戦う勇気はあるか? 」
何でこいつはこんなに偉そうなんだろう。まあ、ストレス解消の運動に来たんだ。少しは付き合ってやろう。
魔導王が赤いペンを虚空から取り出した。
「ふむ、では、相手になるとしよう。だが、私が魔法を使っては勝負にもならないからな。これでお相手しよう。殺さないように注意するから安心してかかってくると良い」
「ふん、アンデッドなど聖騎士の敵では無いと思い知るが良い」
開口一番、レメディオスは一気に距離を詰める。
が、目の前に居たはずの魔導王が居ない。
「加速力が低いな。突進は初速が命だぞ? 」
自分の後ろから声が聞こえる。
耳元で囁く骸骨の姿が目に入った。
周りで見ているオルランドは目の前の戦いが信じられなかった。いや、信じたくなかった。
あの武神が従っているのだから、強いのは分かっていた。
だが、戦士としても、あの武神に勝るとも劣らない力量を見せられるとは思わなかった。
レメディオスの斬撃を優しく受け流す。躱しざま、赤いペンで首元に線を入れる。これが短剣であれば致命傷だ。
突きを紙一重で躱す。すれ違いざまに合わせるようにペンを走らせる。鎧の隙間に赤い線が走る。
誰が見ても明らかなほど、魔導王とレメディオスの実力には差があった。
やがて、全身の急所という急所に、赤い印が付けられたレメディオスの膝が崩れる。
戦う意思を完全に砕かれたのだろう。無理もない。聖騎士自慢の剣技が、魔法詠唱者のそれの、足元にすら及ばなかったのだから。
「もう良いかな? では、聖王女殿、ケラルト殿、事の顛末は、後で聞かせてもらうとしよう。使者を送るので、その時にな」
「はっ魔導王陛下、感謝いたします。」
アインズはレメディオスを聖王国軍に引き渡し、踵を返す。
亜人たちの死者を生き返らせるとしよう。
聖王国の連中が、自分たちの保身のために嘘を吐いたら直ぐに分かるだろうし、こちらに都合よく話を進めることが出来るようにもなる。
ついでに亜人たちの信仰も固めておこう。
―アベリオン丘陵長城の砦、牢の一室―
レメディオス・カストディオは、処刑までの時間を待っていた。
カルカの命令により、既に拘束は解かれている。
何が悪かったのか、何を間違ったのか。自問自答するが、答えは出ない。
正しいことをした筈の自分が、何故こんな目に会うのか。
「レメディオス」
自分を呼ぶ声がする。
「レメディオス、私よ」
目の前にカルカが居る。
「ねえ、レメディオス、聖王国は魔導国に降ることにしたわ」
それ以外には道はない。レメディオスはそれだけのことをしたのだ。
後世、国を亡ぼした騎士として名を残すことだろう。
「けれど、魔導王陛下は決して非道な方ではないわ。きっと良い国になる筈よ。私が作ることが出来なかった、誰も泣かない国。あの方は、人間だけではなくて、全ての生あるものを守ってくださるわ」
カルカの口からそんな話は聞きたくない。カルカは、自分の聖王女はそんなことは言わない。
レメディオスの手が伸びる。カルカの腰に佩いた儀礼用の短剣に。
この夜、一人の罪人が世に解き放たれた。
聖王女殺しの聖騎士、レメディオス・カストディオ。
彼女は、砦で目撃者を数名殺害した後、姿を消した。
ラナー「ヤンデレって怖いですね」
アルベド「本当、自分の気持ちだけを押し付けるなんて最悪ね」