―エイヴァーシャー大森林―
「さあ、クアイエッセ殿! あちらにもおりますぞ」
「応! 行け、ギガント・バジリスク」
巨大なトカゲから石化の視線が放たれると、エルフたちが悉く石像と化していく。
「ふふふ、クアイエッセ殿、疲れましたかな? 」
「恐怖公様、何を仰いますか。このクアイエッセ、今までにない位に力が漲っております。まだまだこれからにございます」
「何とも頼もしい。では、吾輩は隠れているものたちを炙り出すと致しましょうかな」
眷属たちに命令を下す。
隠れるところが大量に溢れている大森林で、恐怖公に勝るものなどいる筈がない。
ゴキブリは家屋に住まうイメージがあるが、実際には、そのほとんどが屋外の森林地帯などに生息するのだ。
既に、エイヴァーシャー大森林は、恐怖公の手の中にあった。
クアイエッセは恐怖公の召喚術に感嘆していた。
今までは、戦闘能力の高いものを召喚することが第一だと考えていたが、己の視野がどれだけ狭かったか、目から鱗が落ちる思いだ。
恐怖公は完全に戦局を支配している。
相手の情報を完全に掌握することが、どれ程戦場を有利に導くことか。
自分も負けてはいられない。この紳士に師事し、自身の召喚術も更に上を目指すのだ。
眷属が索敵、僕たちが伏兵を炙り出し、クアイエッセの魔獣が敵兵を捕らえる。
二人のコンビネーションは即席とは思えないほど息があったものだった。
「ねえ、私は全然働いていないでありんすが? 私の魔法で拘束しても良いんじゃありんせんの?」
出番が無いシャルティアは不満げだ。
「おや? シャルティア様、吾輩たちがしているのは露払いでございますぞ」
「ん? 露払い? 」
「左様。まさか、アインズ様のお妃の一人であらせられるシャルティア様が只の一兵卒と剣を交えるようなことがあってはなりますまい。この様な些事は吾輩たちが行いましょう。シャルティア様は、敵の大将首のみを挙げることをお考え下さい」
成程、確かに至高の御方の妃である自分が、敵の一兵卒と直接剣を交えるなど、おかしな話だ。
「それに、今回の総大将はシャルティア様でございます。これはシャルティア様の御威光を示す良い機会になりましょう。大将らしく、堂々と構えておられなさい」
「確かに恐怖公の言う通りでありんすね。大将らしく、自軍の中心で堂々と立っているべきでありんしょう」
「流石はシャルティア様。真打は、敵の大将の首級を上げる時にだけ出るべきなのです。軽々しく表に出ては、シャルティア様の格が下がりましょうぞ」
恐怖公の言うことは最もだ。雑魚と一々剣を交える大将など、舐められてしまうではないか。
ここは堂々とした姿を見せることこそ、己の仕事と考えるべきだろう。
「良し、恐怖公、クアイエッセ、そなたたちは私の露払いとして、目の前の敵を悉く捕らえなんし」
「それでこそシャルティア様。お任せ下さい」「はっ必ずやご期待に応えて御覧に入れましょう」
やれやれ、上手くいった。これで彼女もじっとしてくれることだろう。
シャルティアは飽きっぽい性格ではあるが、決して愚かではない。
自分の役目だと認識すれば、全力でそれを果たそうとするだろう。
最大の障害は排除出来た。後は自分の仕事を果たすだけだ。
恐怖公は心地好い疲労感を感じつつ、再び指揮に集中する。
―エルフの国、首都―
もう駄目だ。兵士たちの間に絶望の色が宿る。
法国が魔導国とやらに降ったと聞いた時には、少しだけ希望を持った。
ひょっとしたら戦争が終わるかもしれないと。
蓋を開けてみれば、結果は真逆だった。魔導国は法国より遥かに強かった。
見たことがある人間は一人だけ、それも漆黒聖典の実力者だ。
それ以外は、漆黒聖典を遥かに上回る化け物の軍勢だった。
エルフが得意とするはずのゲリラ戦も通用せず、仲間たちは次々に捕らわれていく。
敵の軍勢は、決して自分たちを殺そうとはしない。
ならば、自分たちに残された未来は一つだ。
決して解放されることのない、奴隷としての未来が待っている。
兵の一人が、意を決して王のもとへ向かう。
この期に及んで動かないのであれば、自分たちは王を放って逃げるしかない。
果たして、王の気まぐれか、はたまた、同族を哀れんだのか、王自らが出陣することとなった。
長きに亘ったエイヴァーシャー大森林の戦乱は、この日、幕を下ろすことになる。
エルフの王が、自分の威を示すように、王城前の魔導国軍の前に立つ。
「さて、弱者どもよ、ここまで来られたことは褒めてやろう。だが、本当の強者というものを知らんというのは哀れなものだ」
強者として生まれた王は、常に最強だった。敵は全て弱者。それが彼の世界だった。
これまでは。
「私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王が妃、シャルティア・ブラッドフォールン。その
「ふん、抜かしおる。だがまあ、見た目は良いな。お前が強ければ私の子供を産ませてやろう」
余計なことを言わなければ、或いは、簡単に死ぬことが出来たかもしれない。
赤い閃光が走ったと思ったら、王の左腕は肘から先が無くなっていた。
「お前ごときが、アインズ様のものであるこの私に子供を産ませるだと?」
魔導国において、最も怒らせてはならない相手は、当然魔導王だ。
しかし、魔導王は非常に温厚で寛容な王であり、そうそう怒りに触れるようなことは無い。
魔導国で最も危険な相手こそ、二人の王妃であり、彼女こそその一人、シャルティア・ブラッドフォールンである。
これは不味いな、と恐怖公は考える。
折角、エルフの民たちの前で王と一騎打ちの形になったにも関わらず、王を嬲り殺しにしてしまえば、折角のシャルティアの名声を高める計画が台無しになってしまう。
「至高の御方の妃たるこの私にお前ごとき虫けらが! 身の程を知れ! 」
エルフの王は、絶対強者であるが故に、自分より強いものの存在を考えたことも無かった。
だからこそ、敵の戦闘能力を推し量るという、この世界の住人であれば、人間であってもある程度備えている能力を持っていなかった。
彼我の戦力差を見誤ったものの末路は常に同じ。
逃げることも出来ず、王は両腕、両足をもがれ、命乞いをする中、頭を踏み砕かれて一騎打ちという名の蹂躙は幕を閉じた。
この惨状を、恐怖公はどう治めるべきか、思案していた。
流石に、解放者たる魔導国側が、暴君とはいえ、王を一方的に嬲り殺しにしてしまったら名声も糞もない。
新たな暴君に入れ替わるだけだ。ここは、全員眠らせて誤魔化そうか、などど考えていると、当のシャルティアがエルフたちに向けて笑いかける。
「エルフの民たちよ、お前たちを虐げ続けてきた暴君は無様な最期を遂げた。お前たちの怒りを全て返せたわけではないが、多少の留飲は下がったかえ?」
さっき自分のことを言われて切れてたじゃないか、とは口には出さない。
恐怖公は出来る男なのだ。
「もう、そなたたちを傷付けるものも、不当に奪うものもありんせん。そなたたちは皆、今より、魔導国の民。魔導王、アインズ・ウール・ゴウン様の子となるのでありんすから」
先ほどまでの怒りの表情は身を潜め、穏やかな笑顔を写したその神々しい姿は、暴虐の王を斃し、開放を齎した正義の戦乙女。
誰ともなく、跪く。やがて、王城前のエルフたちが皆、膝を折る。
どうなることかと思ったが、エルフたちは、自分たちの怒りを代弁してくれたということで―無理やりかもしれないが―納得してくれたらしい。
空気が読める連中で良かった。
どうやら、主には良い報告が出来そうだ。
この後、エイヴァーシャー大森林エルフの国は、魔導国に降ることになる。
帝国に出荷され、奴隷にされたエルフたちも、遠からず戻ってくるという。
エルフたちの、王が即位してからの苦難の日々はようやく終わりを告げた。
―魔導国首都エ・ランテル、アインズの執務室―
アインズは、エルフの国から戻った恐怖公から報告を聞いている。
「ふむ、ちょっと危ないところはあったが、おおよそ予定通りだな。良くやってくれた、恐怖公」
シャルティアが居ると、都合の悪いことがあった場合、報告されない可能性があった為、別々に呼び出すことにした。
「ありがたき幸せ。この恐怖公、久方ぶりの大仕事に心躍る思いでしたぞ」
「ふふ、楽しんでもらえたなら幸いだな。仕事というものは楽しんでやるのが一番だ」
「アインズ様から頂ける仕事は、全て、吾輩たちにとっての最高の幸福であり、娯楽でもあります」
「うむ、お前たちがそういうことは良く知っているとも」
アインズは一旦話を切り、そして続ける。
「さて、お前の報告にあったこいつだが、今も位置を把握しているな? 」
「当然でございますとも、吾輩の眷属は、強さこそありませんが、どこにいても不思議は無いもの。気付かれたとて、何の問題もございません」
「そうだろうとも、で、どこに向かっている? 」
「はい、この方向であれば、恐らく、エ・ランテル方面かと」
「そうか、では、待っていれば私のところに来るかもしれんな」
アインズと恐怖公は顔を見合わせてニヤリと笑う。
どちらも表情は変わらないが。
聖王女殺しの聖騎士、レメディオス・カストディオ。
目的はアインズの命か、であれば、誰に会いに行くのか。
「デミウルゴスを呼べ」
アインズの声が執務室に響いた。
コキュートス「私ハ大将失格ダ、ウォオオオオン」
恐怖公「いや、シャルティア様に申しましたのは言葉の綾というか」
コキュートス「ウオオオオオオオ、アインズ様ニアワセル顔ガナイ」
恐怖公「耐性切って飲んだのは失敗でした。デミウルゴス様、早く来て下さい」