転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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思った以上に親衛隊の評判が悪かった。
だが待ってほしい。
ギレンの野望で、部下が情報の出し惜しみをしたらどうなるか。


第五十五話

 ラサにあるジオン軍秘密基地の会議室で、冬彦は細くした目の隙間からちらと視線をやり場全体の空気を伺っていた。

 

 ドーラでフランシェスカが銃を抜いた後、密談はすぐに打ち切られた。打ち切ったのは冬彦だが、ミレイアも続けようとはしなかった。ドーラでの密談は前哨戦にもならないような“さわり”にすぎない。本番はこれから臨むギニアスを交えた会談だ。

 

会議室は一触即発、という程物騒な空気ではない。けれど、和気藹々というにはほど遠い。味方ではあるが、互いに寝首を掻き斬りかねない三者が揃った、というところだろう。

 冬彦含め、着席している三人は笑みを崩さず、控える三人は互いを牽制し、最後の一人は状況を理解しきれていない。

不穏。一言で表すならこれにつきる。

 ある意味でいつも傍にあった慣れ親しんだ空気というか気配なのだが、ややこしい面子であるだけにいつも以上に気は抜けない。

 

 数十の椅子が並ぶ部屋に、顔を揃えたのはたったの七人。

 情報の機密を何よりも重視し、余人を一切交えず極力人を削った結果、そうなった。

幾つも空席を空けて、三方に別れている。入り口から見て、左右に二人ずつ。そして奥に三人。男女の別で見れば、男が四で、女が三。

 

 右側には冬彦とフランシェスカ。左側にはミレイア達親衛隊。となれば残る奥に控えるのは、ラサ基地の主であるギニアス・サハリン技術少将の一行だ。

 右の背後には軍服姿のノリス・パッカード大佐。左の背後には少尉の階級章を襟に付けた女性が立っている。アイナ・サハリンだ。

 ギニアスの妹でMAアプサラスシリーズのテストパイロットを勤める女性だが、はっきり言ってこの場にいるとは思っていなかった人物だ。

 階級も一番低く、ノリスと一緒にこの場に連れてくるには相応しい人選とは思えない。ギニアスの実妹であるから問題無いと言えば無いのだが、紹介するにしてももっと相応しい場は幾らでもある。

 何か仕掛けてくるのに連れてきた。そう見るべきなのだろう。

 

 一方で、親衛隊。こちらはこちらで、何ともやりづらい。

 ドーラの中で銃を向けたのは、どう取り繕ってもマイナスにしかならない。失態である。先に抜こうとしたのが親衛隊の側であったとしても、だ。

 親衛隊の中尉、コリンズという名前らしいが、彼の激発はミレイアとしても想定外だったのだろう。あれでMS乗りとしての腕は良いと言う。腕一本で親衛隊への入隊を勝ち取ったのなら大した物だが、それにしても沸点が低い。おかげでミレイアはフランシェスカの行動を咎めづらいはずであるから、冬彦としてはかえって助かっているので良い皮肉だ。

 ミレイアの行動と、親衛隊の思惑も気になる。親衛隊の思惑は、即ち総帥ギレンの思惑そのものだ。コリンズの暴発などは些事であって、見極めなくてはいけない本質はそこだ。ギニアスに対しても同様である。

 

(さて、ギニアス閣下はいったい“どこまで”がお望みなのかね)

 

 切り抜けるための手札は三枚。

 

 一つは、おそらくは宇宙攻撃軍唯一の地上部隊の指揮官であり、ドズルから大権を任された地上における宇宙攻撃軍の窓口としての立場。

 

 一つは、ザンジバル級機動巡洋艦「ウルラⅡ」とザンジバル改級工作艦「ルートラ」。そしてMS一個大隊によって構成された戦隊という大隊規模の戦力。

 

 そして、先日の戦闘で得た特務仕様らしきものを含めた連邦製のザクの残骸と、連邦製とは言えザクが使用できたビームサーベル。

 

(……思いの外、ばば札だったのかもしれない)

 

 存在自体は既に幾つものルートでもって上層部には知られているのだろうが、実際に物を確保した冬彦には一つの優位性がある。

物を幾つ確保したのか。その気になれば、これを誤魔化すことができる。

 ただブラフを張りすぎると各所との連携に支障が出るし、これまで以上に派閥間で敵対視されかねない。さらに、それぞれが後生大事に抱え込んでビームサーベルのようなビーム兵器全般の開発と配備が遅れれば、結果としてジオンが不利になり戦局にマイナスに働いてしまう。

 もっと言えば、他所の戦場で確保された物が上に送られ、手札の価値そのものが無くなることすら充分ありえる。

 せっかく手に入った現品込みの敵性技術。こそこそと調べてちまちまと生産していたのでは間に合わない。

 もっと、ばーっと一気になにもかもを出来るところに、最低一つは渡さないといけないのだ。手元にあるのは連邦の特務部隊と同じ三本。これを尻込みせずとっとと切らねばならない。

 

(とりあえず、本国に一本。それとギニアス閣下に一本。これは確定でいいだろう。代金は幾らか便宜を……貸しにしてドズル閣下に丸投げするのもありか)

 

 親衛隊ではなく、彼らを通してギレンの手元に渡るようにすることで本国サイド3に一本。近隣一帯の責任者で義理もあるギニアスに一本をそれぞれ送れば、少なくとも派閥の上で敵対することは無くなるはず。貸しになるかと言われれば難しいが、本拠地に居ない分立場が悪いし、一応三方全てにとりあえず面目が立つ以上はこれでいくのが上策だろう、と考える。

 問題は残る一本。宇宙攻撃軍で確保しておくのが安牌だが、他所へ回すのも有りといえば有りなのだ。

 

(とりあえず、一本はしばらく手元に残すべきか……いや)

 

 先に述べたように、切り札として切れる内に切っておかねば、無価値になってしまう。ならその前に、価値のある内に高く売り払ってしまおうという選択肢。無論対価は必ずしも金ではない。物資でも良いし、情報でも良い。

 候補で言えば、例えば月の突撃機動軍。キシリアはギレンと何処かしらそりが合わない所があるから、戦力や技術の獲得に貪欲だ。オデッサに腹心であるマ・クベが居るために間をおかず早い内に交渉と物資の交換ができるのも利点だ。

 他に、となるとサイド3のジオニックなどの重工業各社も候補になる。何せ、敵性技術の塊である。他所を出し抜くためにも、特にツィマッドあたりは喉から手が出るほどに欲しいだろう。

 

(……ドズル閣下と相談してからだな)

 

 冬彦がとりあえずの結論を出したところで、部屋の隅の時計が鳴った。

 

「それでは、始めようか」

 

 ちょうど切りの良い時間になるのを待っていたギニアスの言葉で、このラサでの密談が始まった。

 少々待ちくたびれた感もあるが、外交にはそういう戦略もあると聞く。

 冬彦、ミレイア共にノーリアクションのまま、ギニアスの言葉を待つ。

 

「単刀直入に言う。今必要なのは、情報の共有だ」

 

 ギニアスが手元のパネルを操作すると、部屋が暗くなり、天井からスクリーンと映写機が降りてきた。出席者の目は皆そちらへ向く。映し出されるのは、連邦製の白いザクと、地上用の暗緑・濃緑を用いた迷彩が施されたアジア方面軍のJ型が戦闘しているシーンだ。

 

「北米方面から情報が来ていた例の連邦製のザクと思われるMSについてだが、この機体が先日の戦闘で確認されたのは諸君らも知っての通り」

 

 見上げるようなアングルで固定されていることから、おそらくは歩兵で構成されるスカウト部隊の定点観測によるものだろう。随分と近いような気もするが、とにかく映像はJ型の後方から撮られているらしい。戦闘は夜に行われていたが、照明弾が打ち上げられていたのか明るく、ちゃんと撮れている。

 行われているのは、格闘戦だ。J型がヒートホークを振りかぶり、頭部めがけて振り下ろしたのを、連邦のザクは小型の盾で受け止めた。

 盾には大きな亀裂が入ったが、連邦のザクに致命的な損傷はない。後退もしていない。

 結局は別のJ型の射撃でこの連邦のザクは撃破されたが、一対一のままであれば反撃によって返り討ちも有りえた展開だ。もっと言えば、J型が撃破できなかったということでもある。

 

「これを見てわかる通り、この連邦製のザクの性能は現行のザクⅡに劣っているわけではない。少なくとも我が方のMSとまともに格闘戦が行える程度の力があり、残骸を解析したところによると優っている部分もある。ゆゆしき事態だ」

 

 ミレイア達親衛隊も現場には出てこそいないが、ラサ基地で情報を得ることはできていたらしく、ギニアスの言葉に驚いている様子は無い。

 

「まだ解析は途中だが、関節のエネルギー伝達系や光学センサーなどでは我が方のザクとの差違が顕著だ。光学センサーではこちらが優位にあるが、関節部については確実に連邦の物の方が性能が上だという試算が出ている。ヒダカ中佐もそちらで残骸を回収したと聞いているが、同様だろうか」

「はっ、その通りであります」

 

 隠すところではないので、この点についてはさっさと認めてしまう。

 

「この連邦製のザクについての今後の対応を考えたい。そのためには何より情報が欲しい。セブンフォード特務中尉。不躾だが、親衛隊でこのザクについての情報で把握しているところがあるなら教えてもらえないだろうか。ヒダカ中佐も、そちらで回収した残骸から得たデータを提出してもらいたい」

 

 出番が来たか、と冬彦は顔をギニアスの方へと向けた。

 

「閣下。その点について報告しておきたいことがあります。発言の許可を」

「もちろんだ。少しでも情報が欲しい。何でも言ってくれたまえ」

「それでは……。我が隊は先日の戦闘中に他とは違う仕様の機体と交戦しました。これらについては先の戦闘でが取りこぼし無く撃破しており、問題はありませんが、問題なのはこの機体らが装備していた武装です。現在残骸を検分中ですが、一般機には無いビームサーベルを装備していました。このことから特務仕様ではないかと推察しております」

「ビームサーベルだと?」

 

 反応を示したのはノリスだ。知っていてもおかしくはないのだが、戦場での巡り合わせが悪かったか、それとも演技か。忠臣の心を読むのは、まだ冬彦には難しいらしい。

 

「はっ。その通りであります。おかげで不意を突かれ、危ういところでした」

「ヒダカ中佐でも危うい……ビームサーベルとはそれほどの物か」

「火力は充分過ぎるものでした。乗機をまたお釈迦にされましたよ。そう遠く無い内にMS用のビームによる携行火器が出てくるでしょう」

「中佐。残骸を回収したと言ったが、ビームサーベルはその中に?」

「あります」

 

 ノリスはその脅威について考えているようだが、ギニアスの方はやはり技術屋としての方が優先されるらしく、そちらについて突っ込んでくる。

 

「データ取りの途中ですが、終わり次第データとまとめてこちらに運び入れましょう」

「何なら、ラサ基地の設備を使ってくれてもかまわないが」

「ありがたいことです。早速部下に検討させましょう」

 

 ギニアスは終始にこやかだ。にこやかだが、水面下では何を考えているのかわからない。追い詰められた人間は怖い。

それに、他所からも殺気じみたものが飛んでいる。

 ちら、と見るのはミレイアの方。ギニアスでは無くこちらを見ており、背後のコリンズは視線からして猛々しくこちらを睨みつけている。

 

「ヒダカ中佐。親衛隊としても、そのデータには興味があるのだが」

「もちろん。本国の方にも回させていただきますとも。足はそちらで用意していただきますが、一応サンプルはお付けします」

 

 これにコリンズは呆気にとられたように視線が珍妙な物をみるような物に変わったのだが、逆にミレイアの方は完全に視線がこちらに固定された。

 彼女は譲歩されたと思っているのだろうし、冬彦としてもそのつもりでいる。交渉はこれからだ。

 ドーラでのやりとりは何だったのかと言いたくなるような話だが、時には釘を刺す意味で茶番も必要になるのだ。もっとも、その後の中尉二人の行動は冬彦の予想の範疇には無かったことだが。

 

「セブンフォード特務中尉は、何かあるだろうか」

「は。本国と連絡を取り合っておりますが、芳しい報告はありません。ただ、欧州戦線でも目撃があったとか」

「欧州……北米、アジアと続いてか。どう思う、ノリス」

 

 ギニアスが後ろにいるノリスを見て訪ねる。ノリスは直立不動のまま、迷う素振りも見せずすぐに答えた。

 

「連邦も本腰をいれて反攻作戦に出てきていると言うことでしょう。大敗を喫したこのアジアではしばらく動けないでしょうが、北米、欧州はこれから……ということも考えられますな」

「そうか……今しばらく、時間があるか」

「おそらく、ではありますが」

 

 ノリスの言葉にギニアスは納得した素振りを見せ、前へ向き直った。

 

「中佐。特務中尉。情報に感謝する。今回はこれまでにしよう。今後も動きが在りしだい、すぐに伝える事を約束する」

 

 どうやら、これでお開きと言うことらしい。アイナを伴って、ギニアスが退出する。続いて、親衛隊の二人が。残されたのは、ノリスと、冬彦達。

 

「……何か、ご用がお有りでしょうか。大佐殿」

「ヒダカ中佐。少し付き合って貰うが、かまわんな」

「もちろんでありますが……御用向きをお聞きしてもかまいませんか?」

「うむ。ギニアス閣下が、もう一度お会いになる」

 

(……第二ラウンドか)

 

 どうやら冬彦が戦隊に帰還するのは、もう少し先になるらしい。

 

 

 

 




本編に関係ない私の近況。

天極姫を買った。
帰ってさっそくプレイした。驚いた。
言いたいことは山ほどある。ここでは書かない。

ただ一つ言っておくが、歴代極姫シリーズをやってきた猛者たちには忠告しておきたい。
久しぶりに極姫シリーズで悪い意味でやりがいのあるのが来たと。

これで長慶様ルートでなかったら泣く。

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