転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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 投稿が遅れて申し訳ありません。一月ぶりです。
 色々ごたついていて、書けませんでした。



宇宙・動乱のジオン編
第五十七話 秒読み?


 

 

 

「どうしてお兄様は、あんなものを造ったのかしら」

 

 白磁のカップに目を落として、自室に戻っていたアイナ・サハリンはそう呟いた。

 あんなものと言い表したのは、ギニアスが心血注ぐアプサラス。アイナにもその価値はわかるのだが、狂気じみた熱意を注いでいることは理解出来ない。

実を言えば、思い当たる節がないではない。しかし、そうだとは思いたくなくて。

 紅茶の水面は平静そのものであり、問の答えは返ってこない。

 それどころか、紅茶を入れるために側に控えていた侍女兼任の女性士官に窘められる。

 

「アイナ様。少将のことをそう仰っては」

「わかっています」

 

 そうは言う物の、アイナの視線はカップの中に落とされたままだ。

 軍服の襟も少し緩められており、ちびりちびりと紅茶を口元に運ぶその姿は、残念ながら名家の令嬢の、あるべき姿とは言えない。

 いつもであれば、側に控えるノリスに窘められて襟を正すのだが、今は席を外しているために気にする相手もいないため、羽を伸ばしている。

 そもそも、アイナは軍服を着ること自体稀なのだ。普段は大抵私服であるし、アプサラスのテストパイロットとして搭乗時にパイロットスーツを着るくらいだ。

 それを珍しく兄のギニアスが軍服を用意し、その着用を命じられたかと思えば発言を許されることもないような重苦しい場に連れて行かれ、結局そのまま終わってしまった。いったい何だったのか。

 息苦しいのを我慢したのだから、他人の目の無いところで襟を開ける位は当然の権利なのだと自己弁護し、茶請けにと持ち出してきた菓子を摘む。

 

「それほどお嫌になるようなことがお有りになったのですか?」

「そういうわけではないのです。無いのですが、何の説明もなく、何をするでもなく……堅苦しい格好をさせられるだけさせられて徒労だったというのは……」

「……紅茶、お入れいたしましょうか」

「お願いします」

 

 手空きになったアイナは、何と無しに時計を取り出した。本体の左右に羽を象った装飾を付けた、凝った造りの時計である。

 文字盤に示された時刻は、アイナがギニアスと別れてから半時間ほど経過したことを示していた。時計を元あった所へと戻し、新しく入った紅茶に口を付ける。ふっと、少しきつめの柑橘の香りが鼻から抜けていった。

 

「お兄様たちは、まだ会議をしていらっしゃるのかしら……」

「今日はどちらの方がいらしてたんですか」

「そうね、親衛隊の方もいらっしゃったわ。セブンフォードという特務中尉よ。あとは、何と言ったかしら。中佐の階級章をつけていたけれど……そう、ヒダカ中佐、だったかしら。眼鏡を掛けた方」

 

 今のアイナは籠の鳥。戦場にほど近い場所にいるというだけであって、行動を制限されるという点では本国にいる良家の令嬢となんらかわらない。それどころか軍事基地の中に居て、軍の極秘計画の一つにかかわっているということを考えれば散歩もそう気軽にはできない。どこへ行くにも誰か付き人がつく。菓子も紅茶も所詮気休め。無聊を慰めるには味気ない。そんなアイナの楽しみと言える数少ないことの一つがおしゃべりである。大抵はノリスが相手で話の中身も堅い物が多いが、同じ女同士だと自然と華やぐ。

 

「ヒダカ中佐、ですか?」

 

 茶請けの菓子を取り替えていた士官が聞き返すが、アイナはそれにそうよ、とだけ返して話を続ける。手にはカップを持ったままだ。

 

「なんだか気むずかしそうな方だったわ。まだお若いようだけど、ノリスみたいな雰囲気ね。なんだか口うるさそう。貴女はどう思う?」

「ええと、その何とも。ただ、ノリス大佐と似ているなら、悪い方ではないのではないでしょうか」

「……そうかもしれないわね」

 

 しばし、顔を見合わせる二人。アイナは不満顔で、士官の方は困り顔だ。

 もしかすると、自分の意見に賛成して欲しかったのかも知れない。

 そう士官が思ったときには手遅れだったらしく、アイナは空になったカップを置き、ソーサーごとつぃと士官の方へと押し出した。

 また新しく紅茶を注ぐと、今度は先ほどとは違いすぐに口を付けず、普段はあまり使わないシュガーポッドから角砂糖をひとつ落としては、ティースプーンでかき混ぜる出なく沈んだ砂糖をつついて形を崩す。一つ溶け終わったら次を。それが無くなったらもう一つ、もう一つと。

 

「アイナ様、余り砂糖を入れすぎては。それに、行儀が悪うございます」

「砂糖をとかしているだけよ」

「行儀が、悪うございます」

 

 子供じみたアイナの拗ね方に、士官はきりと窘める。彼女もノリスに留守を任されているのであり、その間に起きたことに関しては彼女の責任の範疇になる。

 侍女扱いとはいえ、現役の軍人に凄まれては、アイナでは分が悪い。

 結局半壊していた物を最後に、砂糖を入れるのを止めた。

 

 ところで、紅茶に限らず珈琲など、多少なりとも手間のかかる類の“飲み物”を愛飲する人間には好みがあり、飲み方からして“これじゃないと嫌”という強い拘りを持つ者も少なくない。

中には珈琲に角砂糖が沈まぬ程に山盛りをする強者もいるが、一般的に紅茶珈琲共に二つ三つがせいぜいである。にもかかわらず角砂糖を七つ八つとしこたまいれてはどうなるか。大きめのマグカップであればまだしも、それを薄く透けるようなティーカップでやればどうなるか

 

「甘い……」

「それだけ砂糖を入れては、そうなるでしょう」

 

 答えは、眉目を歪めざるを得ないようなただただ甘い紅茶のできあがりである。

 アイナにすればできれば替えをと言いたいところだが、それは士官が許さない。

 

「んぅ……」

 

 一息に飲み干して、背筋を駆け上がる掻痒に耐えるのみだ。

 

「茶葉を、変えてもらえますか」

「苦みのある物にしますか」

「それでお願いします」

 

 今のアイナには、そう返すのがせめてものつよがりだった。

 

 

 

「……ふぅ。疲れるね。お嬢様の相手は」

 

 ワゴンを下げて部屋を出た士官は、軽く肩を回しながらそう言った。

 お嬢様とは、当然アイナのことである。

 気むずかしいギニアスや厳格なノリス、神経質な技術士官達の相手をすることを考えれば余程楽だが、時折見せる子供っぽい仕草をたしなめることには気疲れを感じていたのだ。

 彼女はワゴンを押し、とある一室に入って扉を閉める。今までの貴族然とした旧世紀の遺物の如き装飾から一転し、白単色のつるりとした壁に背を預ける。ここはアイナの部屋の側にある、所謂貴人の給仕のため給湯室である。

 

「さあてどうしようか。親衛隊が同席していたのなら、私が報告する必要も無いのだろうがヒダカ中佐か。一応入れておくべきか。うん、そうだな。そうしよう」

 

 彼女は懐から端末を取り出すと、給湯室の一角に接続し通信を始める。この回線は表沙汰にされるわけにはいかない通信の為の、しかも味方の目をはばかる為の“秘匿回線”である。

 彼女が認証の為に打ち込んだパス。それに用いられているコード。それは、親衛隊が使用する物であった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「また随分と性急にことを運んだ物だね。フユヒコ。おかげで私は大好きな睡眠の為の時間を削って部隊をザンジバルに詰め込む計画を組まないと行けなくなった」

「悪いとは思っている」

「反省は?」

「もちろんしている」

「――は?」

「……しています」

「よろしい」

 

 ローテーブルの上に書類を拡げたアヤメの前に、冬彦は座っていた。

 珍しく冬彦の私室ではなく、艦長室を兼ねたアヤメの部屋にいるわけだが、部屋の主は随分とお怒りだった。

 

 原因は決まっている。冬彦が打ち出した方針である。

 冬彦は、ギニアスとの密談を受けた。

 理由は幾つか在るのだが、ここが所謂“賭け時”だと判断し、勝負に出たのだ。

 戦術級、運用計画においては戦略級にも手を届かせたアプサラスⅢ。それが二機あり、現実的に運用可能な段階が目前であるという。この機を有効活用するべきだという判断を下したのだ。

 だが、アヤメが怒るのは、それが原因ではない。問題にしているのは、ギニアスが必要とし、後々の有事の際の協力の代価として提示した物品の受け取り。

これに、冬彦は“戦隊”を宇宙に上げると、アヤメに言ったのだ。ザンジバル一隻に戦闘部隊を乗せるだとかそういう話ではなく、MS隊、開発局分室なども含んだ全てをだ。

 最初、規模としては隊を半分に分け、ザンジバルの片方を宇宙に上げるのだろうと考えていたアヤメにすれば、この話は明らかに過剰に思えた。

 オマケに、アヤメには艦隊の運航計画の仕事もある。ザンジバル級はカタパルトと追加ブースターが無くては宇宙へ上がれない。

 そのためには近場であるラサ基地に移動する必要があるのだが、ラサ基地は秘匿基地であり、移動には気を遣う必要があるし、更に言うと戦隊が留守をすることになると、有力部隊の一つが消えることになる。もし移動がばれると、散々叩きはしたとはいえ連邦に隙を見せることになる。勿論その隙を塞ぐためにノリスが代わりの部隊を動かす予定だが、隙は隙である。その隙を潰すために、基地から出るのにも一苦労なのだ。

 

 だが、冬彦も譲れなかったのだ。何せ、一時的とはいえ地上からの戦隊全ての引き上げは、ジェネレータの件で話を通すために通信したドズルからの命令でもあるのだから。

 

「それで? 私達独立戦隊がソロモンではなく本国(サイド3)に直行する理由を、良い加減聞かせて貰おうか」

「それな」

 

 アヤメが不機嫌な最後の理由。それが、目的地がソロモンではなく本国のサイド3であるということだ。

 先の二点に加え、直行するには補給などの面でも悩まねばならず、味方の勢力圏を行くのに敵地を突っ切るのと同じレベルの難詰めをするはめになったのである。そして、冬彦はあろうことかその理由をすぐには言わず、今やっと話そうとしているのだ。

 

「こんな強行軍を強いるんだ。余程の理由なんだろうね」

 

 変わらず不機嫌なままのアヤメと、しゅんとした様子の冬彦である。

 副官のフランシェスカも外しており、この場の空気はある意味士官学校時代に近いものがあった。悪く言えば、信頼以上に身内同士のなれ合いに近く、だからこそ、話せることもあるのだが。

 

「……最悪に備える、必要があるみたいだ。事と次第に寄るが、最悪艦隊戦もあり得る。「ミールウス」以外の戦隊所属艦も再結集されるらしい。悪いが、そのつもりでいてくれ」

「待て、最悪というと……」

「どうなるかはまだわからない。動くかも知れないし、動かないかも知れない。ただ、最悪。本当に最悪、事が何もかも悪く運んだら――」

 

 

 

 

 

 ――ジオンが、割れる。

 

 

 

 

 

 





久しぶりに無限航路スレを覗きに行ったら、最後の書き込みが2014/11/08ですって。
すさまじくゆっくりとはいえ、まだ伸びてるとは……
もう5年くらい前のゲームになるんですね。誰か新しくSS書いてくれないかな……



……言い出しっぺの法則? 知りませんねぇ……


あと活動報告で久しぶりにアンケート取ります。本編には関係ないので、お暇な方だけ規約に則った上でご協力いただけるとありがたいです。

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