艦これ短編集――艦娘のごった煮――   作:fire-cat

34 / 47

前作【桜葉の香り、春の宴( https://syosetu.org/novel/175413/33.html )】の曲水の宴にて。

下の場面から。

詠めなかった艦娘は、杯の酒を飲み干し、顔を赤らめながら次の首を練った。詠めずに杯の酒を重ねて飲み干した艦娘の中には酔いが回り、襟元や裾が乱れて襦袢も危なくなった者もいたが。




※ 因みに、曲水の宴は宮中行事なので、どんなに親しい身内の集まりでも袿では格が低いので小袿で参加しないとダメだったようで。





 いや、まぁ和歌というものは短歌や長歌、旋頭歌も含めた倭歌のことで、この場合は短歌と呼ぶべきなんでしょうが、平安以降は短歌=和歌になっていましたし。いまでも伝統行事では和歌と呼んでいますし……。
 明治以降は、五七五七七の形式の和歌は短歌となっていますが、長歌は復活してないから、和歌で良いじゃん……なんて言ったら怒る人は怒るんだろうなぁ。
 この際、古典和歌、近代短歌の区分云々は無視。




杯に浮かぶ春の声(春風・旗風)

 春の風が、桜の花びらを舞わせる。

 

「良い風景だ。……そうだ! 曲水の宴を行おう」

 

 そんな提督の思いつきで突如始まった曲水の宴。

 

「飛龍、出るだろ? 久しぶりに飛龍の小袿姿も見たいし」

 

 当然のようにのたまう提督に、飛龍が強い拒絶の意を表す。

 

「私は出ませんからね! 前にひどい目に遭いましたし」

「罰杯が怖いってか?  詠めなきゃ、ただ酒を吞むだけの楽しい遊びだろ?」

「楽しいのは提督だけです! 私はもう二度と……」

 

 大失敗をしてしまった苦い思い出が脳裏に浮かぶ飛龍。

 詩が読めず罰杯を重ね、ひどく酔いしれ服装も乱れてきた秘書艦を心配して様子を見に来た提督にしなだれかかり押し倒し、頬を摺り寄せたり、提督が呑めない酒を口移しして酔い潰したりと普段の様子からは考えられないほど甘えまくってしまったのだった。

 その後の惨状を思い出したのか、提督がばつが悪そうに頭をかいた。

 

「うちの飛龍は酒に弱いんだよな、何故か」

「多聞丸は強かったから私も大丈夫だと思ったんですけどね……って会場はどうする……あぁっ!」

 

 飛龍が、朝から姿が見えない明石と夕張が何をしているか気がついた。

 

「あの二人、どこに行ったのかと思ったら」

 

◇◆◇◆◇

 

 明石と夕張が急遽竹で縁取られた曲水を設け、白砂が敷かれた庭の小川には杯が浮かべられ、緩やかな流れに乗って次々と流れていく。水面に映る空は、淡い青だった。

 両岸には、艦娘たちが色とりどりの和装で並び、筆と短冊を手に待ち構えていた。

 始めの参加者は小袿姿に着替えた村雨、神通、川内、扶桑。

 やがて、上流から小さな漆塗りの杯が流れてきた。

 

 ― 春の雨 霞む桜は 筆の先 夢のごとくに 滲む花かな ー

 

 杯が目の前に来る寸前に詠み終え、村雨は満足げに微笑み次へと流す。

 

 ― 水面には 揺れる桜と 己が影 乱れる心は 映さじと立つ ―

 

 慌てることなく詠み終える神通。

 

 ― 咲き誇る 桜の下で 月を待つ 今宵も戦ぞ 宴の始まり ―

 

 昼間の花見を楽しみつつも、夜戦に思いを馳せる川内。その歌に川内らしいと苦笑が聞こえる。

 

 ― 花明かり 妹の笑顔に 照らされて 我もまた咲く 枝垂れ桜 ―

 

 扶桑が妹を想う歌を詠みあげる。

 杯が流れるたびに、笑いと歓声が庭に響き渡る。

 参加者が小袿に着替え入れ替わる。詠めなかった艦娘は、杯の酒を飲み干し、顔を赤らめながら次の首を練った。詠めずに杯の酒を重ねて飲み干した艦娘の中には酔いが回り、襟元や裾が乱れて襦袢も危なくなった者もいたが。

 詠めた者は、短冊を桜の枝に結び、春の風に託す。

 

 興味を持った艦娘達が次々と小袿姿で参加し、川の流れに杯を浮かべ、和歌を詠む。

 そんな中、白と紅の装束に身を包んだ春風は、静かに座していた。

 その姿は、まるで春そのもの。けれど、彼女の瞳は揺れていた。

 

「参加したからには和歌を詠まなければなりません。でも、言葉が……出ません。どうしたら……」

 

 彼女は小袿の袖を握りしめる。砲火の音は、望まずとも耳に届く。けれど、歌を詠むための言の葉の海は、あまりに静かに凪いでいて、拾い上げることができない。

 

「砲火の音だけを胸に刻んできた私に、花鳥風月の詩など詠めるはずがない。もし詠むなら、完璧な強さを装う詩でなければ……」

 

 杯を重ねるたびに言葉は遠ざかり、詠みたい想いは胸の奥で絡まったままほどけない。

 まるで、春の霞に包まれた心の奥に、言葉が迷い込んでしまったようだった。

 周囲からは、華やいだ声と共に句が聞こえてくる。

 

 ――風そよぐ 鹿島の灘も なだらかに 春の愁を 飲み干しにけり――

 

 鈴を転がすような声でそう詠んだのは、詠んだ詩と同じ名を持つ練巡だろうか。

 

 ――故郷の 面影映す 杯に 揺るる花びら 重ねてぞ見る――

 

 低い声質ながらも穏やかな声は、きっと重巡の誰かだろう。

 流麗に詠み、笑みを交わしながら杯を流していく仲間たちの光景がまぶしくて、少しだけ苦しい。

 彼女も、和歌の美しさに憧れていた。けれど今は、酔いが頬を染め、襟元が乱れ、裾がほどけていくたびに、心までほどけてしまいそうだった。

 

「罰杯なんて悔しい。でも、詩に浮かぶ私の弱さなんて、誰にも見せたくない。……弱さを見せない詩を詠まなくては……」

 

 杯の中で揺れる酒は、まるで自分の揺れる心そのものだった。襦袢が覗くのを気にしながらも、直す気力も湧かない。それでも、宴の流れに身を委ねるしかない。

 桜の香りと酒の香りが混ざり合い、彼女の心は浮き沈みを繰り返していた。

 隣の艦娘がそっと短冊を差し出してくれた。

 そこには、彼女の名を詠み込んだ一句が。

 

 ――詠めぬ詩 君の沈黙 春の声 風に吹かるる 夢見草――

 

 その句は、まるで春風の沈黙に寄り添い、それ自体が美しいのだと、そっと言葉を灯すようだった。

 その瞬間、彼女の瞳に涙が滲む。

 詠めなかったことも、罰杯も、乱れた姿も――すべてが、春の宴の一部なのだと、ようやく受け入れられた。

 差し出された短冊には、旗風と記されていた。彼女らしい、優しさと少しの茶目っ気が滲む筆跡。

 春風は短冊をそっと手の中に包み込み、旗風へと視線を向けた。いつものように、まっすぐな、それでいてどこか柔らかな笑みがそこにあった。

 

「春姉さん、綺麗ですよ」

 

 旗風の声は、宴のざわめきを抜け、川のせせらぎのように、すっと彼女の耳に届いた。

 乱れた襟元も、熱を帯びた頬も、酔いでかすむ視界も、すべてを包み込んでくれるような、温かな言葉。その一言が、頑なだった春風の心を解きほぐしていく。

 

「ありがとう……」

 

 かろうじて絞り出した声は、ひどく掠れていた。それでも、旗風は何も言わずに、ただ静かに微笑んでくれた。その沈黙が、何よりも雄弁に彼女の気持ちを伝えていた。

 春風は、短冊を胸元にそっとしまい、旗風に微笑み返す。その笑みは、先ほどまでの震えを含まず、春の陽光のように柔らかい。

 再び流れてきた杯を手に取った。先ほどまでの重圧はもうない。酒を一口含むと、桜の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。桜の花びらが一枚、彼女の膝に落ちる。

 それを指先で拾い上げ、杯に浮かべると、ふと一句が心に芽吹いた。

 

 ――沈黙も 詩となりにし 花霞 ひとひらごとに 春の声あり――

 

 言の葉として紡ぐことはなかった。だが旗風は何かを感じ取ったように、そっと頷く。その瞳が、春の光を映して静かに潤んでいるのを、春風は見た。

 いつの間にか、彼女の心にも、春の風が吹き抜けていた。

 もう、言葉は必要ない。この美しい景色の中で、大切な仲間と共にいること。それだけで、胸の奥で絡まっていた想いは、するするとほどけていく。

 春風は、ゆっくりと顔を上げて、宙を舞う桜の花びらを眺めた。それは、罰杯を重ねた自分の涙のように、美しく、そしてどこか儚くきらめいていた。

 

「詠めなかったことも、詠めたことも、どちらも私の春ですから」

 

 その姿は、春の光に照らされ、新たな色を帯びていた。

 

◇◆◇◆◇

 

 宴の終わりが近づく頃、旗風はそっと袖を整えながら、春風の背を見つめていた。

 彼女が短冊を胸元にしまった瞬間、その指先の震えが、ようやく止まったことに気づいた。

 

「春姉さんは、言葉にできない想いを、誰よりも深く抱いている人だから」

 

 旗風は、そう思いながら、そっと懐からもう一枚の短冊を取り出す。そこには、誰にも見せるつもりのなかった一句が記されていた。

 

 ――詠まずとも 花は咲きゆく 春の風 言の葉なくも 香り満ちたり――

 

 それは、春風の沈黙を肯定するための、旗風自身の祈りのような句だった。彼女はそれを、そっと袖の内に戻す。

 春風が詠んだあの一句

 

 ――沈黙も 詩となりにし 花霞 ひとひらごとに 春の声あり――

 

 春風の声には紡がれなかった。だが旗風には、確かに聞こえていた。

 

「春姉さんの春は、きっと、誰よりも美しい」

 

 そう心の中で呟きながら、旗風は静かに杯を流した。その水面に映る桜の花びらは、まるで春風の笑みのように、柔らかく揺れていた。

 

 

 硬い表情で俯いていた春風が、旗風と何かを交わしたのをきっかけに、ふっと顔を上げて柔らかく微笑んだ瞬間を、提督は見逃さなかった。

 戦いの記憶を、春の霞が優しく包んでくれるのなら、これ以上のことはない。

 提督は、舞い散る桜に、そして愛しい艦娘たちの穏やかな時間に、そっと自身の杯を掲げた。その杯に、戦いの記憶を越える詩が彼女たちの心に残るように、との静かな願いを込めて。

 

◇◆◇◆◇

 

 宴も終わりに近づいた頃、

 

「さあ、提督も一首お詠みください」

 

 そう促された提督が静かに一首詠んだ。

 

 ― 春の風 桜吹雪に 舞う心 君の笑顔に 酔いしれにけり ―

 

 提督から鎮守府の艦娘へ愛情を伝えた詩に艦娘たちは拍手を送った。

 曲水の宴が終わると艦娘たちは桜の枝に結ばれた短冊を見上げ、風に揺れるその姿に、春の余韻を感じていた。

 

 提督は少し離れた席から、その光景を眺めていた。

 戦うために生まれた彼女たちが、筆を手に悩み、友に寄り添い、雅な遊びに興じている。その一つ一つの仕草が、何よりも尊いものに思えた。

 

 

<FIN>

 




 AIに、罰杯を重ね酔いが回ってしまった春風の艶姿を作ってもらったんですが、小袿姿でも、長袴もないので袿姿とも違う、袿の要素を取り入れた和風の衣装って感じですかね。
 もったいないので載せますが。

 ― 酔いに咲く 頬の紅こそ 春の花 襟ほどければ 心もほどけ ―


【挿絵表示】




 その他の艦娘の艶姿は、【桜葉の香り、春の宴( https://syosetu.org/novel/175413/33.html )】を見てね。


曲水の宴で和歌を詠めずに杯の酒を重ねて飲み干して酔いが回り、襟元や裾が乱れて襦袢も危なくなった艦娘の姿(AI製)

【挿絵表示】


更に罰杯が進み……って小袿姿じゃないじゃん、AIさんよ。長袴じゃないから袿姿でもないけどさ。

【挿絵表示】

 

 ここの鹿島さんは、伊丹諸白と灘の生一本をこよなく愛する酒豪ですw 
「あの歌の意味ですか? 春の鹿島灘も、酒も、心も…すべてがなだらかに、酔いに溶けていく。そういう想いの歌です。でも、歌と違って鹿島の心は提督さん、いつもあなたの側にありますから」


 提督さんの杯の中身はまだ甘酒です。瓶も白酒の瓶にすり替わってはいませんw



 次は8/31更新。黒潮、浦風のお好み焼き論争……?(予約投稿済)












 前作書いていた時に、こんな歌が浮かんでいました。

 ― 乱れ髪 襦袢の奥に 月隠れ 酔いのまどろみ 夢か現か ―

 春の昼間の宴には合いませんが、月の名前を持つ艦娘で一作品作ろうと思いまして、挿絵用に、この和歌に似合うイラスト作って。とお願いしようと思ったんです。
 が、どう考えてもR-17.5くらいにはなりそうな予感。
 月がつくからと睦月型にしたら、ロの字のとんでもない濡れ衣を着る羽目になる。
 となると、今いる艦娘のうち、月の名がついて濡れ衣を着ない(であろう)のは秋月型のみ。んで、いまいる秋月型で、乱れ髪が似合いそうな長髪は涼月くらい(冬月いません)
 ということで


艦これの涼月をモデルにして、この和歌が似合う場面のイラストを作成してください。

乱れ髪 襦袢の奥に 月隠れ 酔いのまどろみ 夢か現か


と作ってもらったら、涼月の双月が危なかった。










 涼月の双月が危ないイラストを基にした作品はここでは9/7に公開します(予約投稿済)。
 pixivで本日起床後公開予定(忘れていなければ)です。まぁ、こっちでの公開時に向こうと若干文章が変わっているかもしれませんが大きな変更はないでしょう、多分。


 この話は、pixivで曲水の宴の場面がないので、色々修正した後に公開予定(忘れていなければ)。
 ぶっちゃけ、この話と涼月の話の順序が入れ替わっています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。