ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり 未踏査地区編 作:ロートシルト男爵
第1章 大陸辺境
ファルマート大陸。アルヌスより東へ2000キロ地点。
補給地点たる帝都、ロー河を経て自衛隊地形掌握圏外とされるグラス半島よりさらに東へ進む高機動車と
「全く、どこを見ても山と野原ばかりだ…本当にこんなとこに居んのか?大津班長……」
土煙のこびりつくフロントガラスの向こうを所在なさげに眺めながら、陸上自衛官、豊川3曹は呟いた。
「まぁあの人も物好きやし、案外こういう所で天幕張って寝てたりしてんちゃうの?」
助手席に座る豊川の横でハンドルを握る茶髪の3曹、善通寺崇は、蒸し暑く陰鬱な車内の雰囲気を紛らわせるべく茶々を入れた。
「まさかな…ハハハ……」
「いやぁでもあのハンチョ、色々話してくれたやん。ホラ、PKOでイラク行って髭剃ってたせいで向こうのオカマに狙われたとか、カンボジアで孵化直前の茹で卵やら虫料理を食ってゲー吐いたとか、ジプチやったかハイチやったか、フランス語が上手すぎて現地の人に驚かれたりとか…。あの人特地語の辞書とか会話集書けるくらいやし、案外こっちでの生活が楽しすぎて戻って来なくなったとか……?」
「んなわけあるか。あの鬼陸曹が職務をほっぽり出してこんなとこに逃げてる筈はねえよ。まさかとは思うが……向こうで捕まったり命を落としたりしてねぇといいが」
数年前銀座に開かれた
その過程で多数の帝国軍兵士が逮捕者という形で事実上の捕虜となり、現場を歩いていた一般市民もまた帝国側に拉致された。
その後は
つまり、日本と帝国間の長い戦争は特地に攫われた邦人の奪還に端を発するものと見てよい。
故に、特地で消息を絶った日本人が自衛官であるといった今回の案件は、日本政府、帝国両政府にとって何物にも先んじて解決せねばならない急務となったのである。
「コラ豊川!縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇ」
「す、すいません曹長」
後部座席に座る体格のいい老け顔の曹長——千僧義雄が飛ばした喝にビビった豊川が思わず身を竦める。
「でも曹長、本当に生きてるかどうかわかんないって話ですよ。先行偵察に行った空自の
「バカ! お前もやめろって!あのレンジャー大津のことだ。きっとまだ生きてるさ。それに一尉には施設科、普通科その他混成の一個中隊と装備が一緒だ。きっと何かあるんだろう」
「何か…と言いますと……?」
「そ…そこまでは……あの変人一尉の腹の中までは俺も分からん」
大津厳十郎一等陸尉——銀座に門が開かれた当初より施設科部隊の一員として対帝国軍用の陣地構築やアルヌスでの現地人への民生支援などで活躍し、帝国皇太子ゾルザルの起こしたクーデタでは嘘か本当か190cmもの体格を活かし自ら4本の
その後は幹部となり、情報科に職種変換した後は特地の地理、言語、動植物等の調査を行なっていたという。
今回の任務は自衛隊地形掌握圏外とされる大陸東部——旧帝国植民地における調査のための基地設営に向かった大津1尉率いる混成部隊の救出である。
元々帝国周辺の地理は自衛官達の間でも完全に掌握されておらず、「北に氷雪山脈とハイエルフの森がある」「西に砂漠がある」「南に碧海がある」とかなりいい加減な情報しかないのが現状だ。
加えて自衛隊との交戦、ゾルザルによるクーデタを経て失墜した帝国の権威、軍事力に呼応するように数多もの旧植民地、藩王国が独立。盗賊や傭兵団長までもが国王を名乗り群雄割拠するちょっとした戦国時代となっているのが現在の大陸東部である。
故に帝国としては情勢不安な辺境の治安維持並びに調査協力を日本に求め、帝国との和平を維持したい日本側としても協力を惜しまない方針を示した。
かくして大陸東部——碧海沿岸にジブチ方式でその拠点が建設されることとなり、その下準備としての調査に向かう最中突如姿を消したのが件の大津一尉率いる混成調査部隊である。
帝国皇帝モルトの怪死後、ゾルザルのクーデターを経て無事帝国皇帝として即位した皇女ピニャ・コ・ラーダらの協力もあり、今回の任務では帝国の全面協力が得られることとなった。
豊川らの第七偵察隊もアルヌスで武器弾薬等を受領後、帝国領内にて水、食料を調達。万全の状態で東へと出発した訳である。
『現在時刻
『『了解』』
休憩のために車列を止めるよう千僧が呼びかけ、後ろの高機と3トン半が等間隔で停止する。
『下車よーい‼︎』
『下車‼︎』
『銃‼︎』
『銃‼︎』
後方の3トン半から各バディに手持ちの64式小銃を手渡しつつ降りてゆく陸士達を横目で見ながら、豊川らも高機から下車してゆく。
「さて飯だ飯だ」
豊川はダンプから降ろされた段ボールの中からOD色の缶をいくつか取り出し、千僧と善通寺に渡す。
「うわっ……また
「まぁそう言うな。俺はコレ、割と気に入ってんぜ?特にこのとりめしとかは味付けそんな濃くないし、『ご飯とおかず』の日本人の食生活にも合致してる。それに赤飯も塩分とれて腹持ちいいし。あとウインナーソーセージとハンバーグも美味いな。」
「ほんまかいな……お前ある意味大津班長並みの物好きちゃうん?俺もう飽きたわ〜はよ帰って千日前の串カツ屋で一杯やりたいわぁ」
カンメシこと戦闘糧食1型——最近ではめっきり見なくなったが、昭和の自衛隊黎明期より長らく隊員達の間に賛否両論の嵐を巻き起こして来たロングセラーレーションである。
空中投下にも耐える耐久力、25分湯煎すれば3日間食べられる利便性、演習中のスタミナ回復に十分なボリュームがある反面毎日食うと便秘になる、一食分800g近くもある重量、湯が無いと食えない。寒冷地で凍るといった欠点も持ち合わせ、現代では2型——通称パック飯に置き換えられたという。
特地派遣部隊に配備された小火器や戦車が64式や74式等旧式のものばかりなのと同様に、飯の方も旧式だ。
一説には門の向こうに廃棄しても構わない物品を優先的に流しているという噂だが、景気に関わらずいつも金の無い防衛省のことである。あながち嘘ではない。
「そして特に旨いのが……これだ」
とりめし缶を半分程食った所で、豊川がシーチキン缶サイズの薄い缶に缶切りを当て、キコキコと開ける。
豊川は中から現れた黄色の塊を一切れ箸でつまむと、そのまま口に放り込みボリボリと旨そうに咀嚼した。
「まぁ……たくあん漬が旨いのは認めるけどな。でもな〜、せっかく特地行きが決まって、帝都でももう2、3日は旨いもん食ったり女の子と遊べる思ってたのに……残念やわぁ〜」
「食い物の話はもういいとして、女っつったら帝都はスゲエらしいぞ。飛田も吉原にも負けねぇくらいの別嬪、しかも人外が選びたい放題の店があるらしい。帰ったら行こうぜ」
「ぜ…絶対やからな。ちなみに豊川は何系が好きなん?」
「俺か?俺は何でもいけるぞ?エルフ、バニー、メイド、褐色、獣耳、体操服、セーラー服、ロリ系、女王様あとは……」
「もうええわ!よーそんな出てくるなぁ。やっぱ怖いわぁガチモンのエロゲオタクって」
嵩ばらぬよう食べ終わった缶から小さい順に重ねつつ、二人は談笑し続けた。
* * * * *
高機にもたれかかり、スモッグ一つない晴天を見上げる豊川の耳にカン‼︎とジッポーの蓋を開ける特徴的な音が入る。
隣を見やると、そこには
「お疲れ様です」
豊川はいつものように挙手の敬礼を行い、高機助手席の足元から針金製の取手のついた赤いペンキ缶を取り出し千僧に手渡した。
「
「おお、いつもすまんな」
「いえいえ」
「お前は吸わんのか?」
「ええ、
「真面目な奴だなぁ。感心感心。俺も最近体にガタきてっし、娘にも『煙草臭い』って嫌われてるからなぁ。禁煙すっかなぁ」
「ええ、ぜひ」
豊川も食後の一服を決め込むべく、戦闘服のカーゴポケットからアルヌスで買ってきた特地の菓子——我々側の世界でいう
「………ん?」
「どうしました?曹長」
「おい豊川、
「了解」
豊川は眼鏡を手にし、東の方角に向けて歩哨の要領でゆっくりと目に近づけた。
「人員1、川沿い。北から南に移動中。尚負傷している」
眼鏡の向こう側では、ヒト種であれば恐らく10代後半の女性が杖をついて歩いていた。
衣服は一介の町娘といった感じだが、その裾や袖は所々破れており、命からがらどこからか逃げてきたといった感じだった。
「了解。接触するぞ」
「え?いいんすか?現地人と無闇に接触して」
「怪我してんだろ?だったら人命保護が最優先だ。きっとワケありなんだろ。でなきゃこんな野原の真ん中で女一人、足引きずって歩いてる訳ねえ。行って助けるぞ。全員乗車よーい」
「じょ、乗車‼︎」
* * * * *
「ご、ご機嫌よう。お嬢さん」
豊川が特地語での挨拶と共に少女に差し出した手は、平手によって払われた。
「こ、来ないで‼︎」
「あちゃぁ、、警戒してる。やっぱ帝国じゃ有名な俺ら自衛隊も、辺境じゃまだまだ知名度低いのかなぁ」
「いや、これは明らかに警戒してる。というかお前のこと睨んでんぞ。豊川、お前この子に何かしたか?」
「何もしやしないですよ‼︎やだなぁ人聞きの悪い」
「来るな‼︎あっちへ行け‼︎人殺し!」
傷だらけの少女は、肩まで伸ばした紫の髪を振り乱し、その黄緑の瞳を潤しながら手に持った杖代わりの棒切れを振り回す。
「なっ——人殺しだと?テメェ言わせておけば……」
豊川は咄嗟にそれを避けると、戦闘訓練の癖かバックステップを行い、64式小銃の太い消炎制退器を目の前の少女に向けた。
「おい豊川。銃口どこ向けてんだ」
「で、でもコイツが——」
「下ろせ…何か事情があるんだろう」
「す、すいません」
ヒトゴロシ——そう呼ばれるのは何年ぶりだろうか……。
平和憲法の下、軍隊を持たない国となった日本に於ける、軍ならざる唯一の軍事組織たる自衛隊。
その職務は大きく分けて災害派遣、
故に訓練内容も支給される装備も、「自国の平和を守る」という目的を達成する為の「人を殺めるためのもの」である事は否定出来ない。
故に、災害派遣等で自衛隊を好意的に見ていない現地住民から「人殺し集団」と野次られたこともあったし、豊川もまたそれを諦め受け入れてきたのだが、いざこんな特地に来てまで同じ事を言われると夢にも思わなかったことからショックを受け、ついカッとなってしまった。
「お嬢さん、私達は自衛隊だ。別に君に危害を加えるつもりはないから安心してくれ。私達はこの土地に調査に来て消息を絶ったある将校を探しているだけなんだ。何か知ってたら教えてくれないかね…?」
千僧が、いつも部下に対し向けている強面を解き、腰を屈めて少女の身長まで目目線の高さを合わせると、まるで自分の娘に語りかけるような優しい口調で話し出した。
「……知ってるわよ。ジエイタイの事も、その将校の事も」
「ほ、本当か⁈その将校——大津厳十郎1尉とその部下は生きているのかい?」
「ええ、生きているわ。とびっきり最悪の状態でね。詳しい話は場所を変えてしましょう。ここから北へ行った先にある村までその鉄のクルマで連れて行って頂戴。敵対行動を取らないって事を条件に貴方達に教えてあげるわ。この地域で一体何が起きてるかも併せて、事の顛末全てをね」
「わ、わかった。おい善通寺。お嬢さんをお連れしろ。豊川は適当に何か作れ!」
「りょ、了解‼︎」
善通寺がそそくさと高機動車のドアを開け、慣れない手つきで少女をエスコートするのに合わせて豊川もまた食べ残したカンメシのいくつかをズボンのカーゴポケットから取り出し、彼らの後を追った。