ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり 未踏査地区編 作:ロートシルト男爵
「申し遅れたわ。私はフェルネット・ブランカ。ここ、アヴァロン王国の第1王女……元だけどね」
高機動車で村へ向かう途中。薄紫の髪をした少女、フェルネットは小さな手に湯気の立つ飯盒と民生品のスプーンを握りながら静かに切り出した。
飯盒の中身はカンメシのコーンドミートベジタブルに熱湯を加えてスープにしたものに同じくカンメシの白飯を混ぜた簡単な肉雑炊。2日ばかり何も食べていないというフェルネットの為に、消化に良く且つ肉野菜の栄養が取れるものをと豊川が気を利かせて作ったものだ。
「元…と、いいますと?」
千僧が首を傾げながら尋ねる。
「文字通り『元』よ。今、私の父——ヴェルモット・アヴァロンが座っていた玉座に座っているのは別の人——あなた達のよく知ってるオオツ一尉よ」
「な…そんな馬鹿な‼︎」
「そんなに驚かないで頂戴。私は事実を述べただけ。あいつら——ジエイタイは調査に来たとか何とかで暫くこの地に居たわ。あいつらは、当時王党派か共和派かで内戦が起きてたこの土地で、私達の側——私の父が筆頭となっていた王党派に加担して、見事共和派を倒し、父を王にしてくれた。王国には見たこともない鉄の鶴や猪がやってきて、次第に城壁が作られ、王都が出来始めた。新しく出来た王国の存在を快く思わなかった帝国や周辺諸侯の連中の襲撃も、奴らは火を噴く鉄の杖を持って追っ払ってくれたわ……」
「し、知らなかった……あの大津一尉がそんなことを…」
「私達は完全に腑抜けてた。私も父も、あいつらを最低限の見返りだけで動いてくれる傭兵程度にしか思っていなかったもの。でも違った。オオツが私達に最後に求めた見返り…それは、この王国そのものだったの」
「なるほど…それでさっき我々を『人殺し』と……」
「ええ、さっきは酷いことを言ってごめんなさい。あなた達が奴らと別の部隊で、私達の敵じゃないって事は理解出来たわ…」
「殿下、お…俺もさっきはカッとなって……ご無礼を」
助手席で話を聞いていた豊川は振り向き、フェルネットに頭を下げた。
「いいのよ。やっぱり本当は礼儀正しいのね、ジエイタイって……。でも、あいつらは違った」
「大津一尉達は政権を奪った後、一体何をしたんですか?」
「簡単よ。奪って、殺して……。帝国兵や盗賊の方がまだマシに思えるくらい…色々と……女の口からは言えないことも含めてね……。終いには『反乱が起きないように旧王国の血を絶やす』とか言って、逃げ延びた先の、当時召使いの実家があった村にまでやって来て、私は命からがら、着の身着のまま逃げてきて今に至るってワケ。私は助かったけど親戚から父と親交のあった門閥貴族まで、全員首を斬られて殺されたわ……」
「ひ…酷い……お許し頂けないとは思いますが、一尉に代わってこの千僧、謝罪させて下さい」
千僧が中帽を脱ぎ、その場に伏せるのを見てフェルネットは「面を上げて」とだけ言った。
「いいえ、むしろ頭を下げたいのはこちらの方よ。だって貴方達の目的はこの地からオオツと部下を連れ帰る事でしょう?だったら私からこの国の皆を代表してお願いするわ。ジエイタイの皆様、どうか我が国からあの
フェルネットは高機動車の座席に座ったまま頭を垂れながら千僧に要請する。
言葉を続けるうち彼女の声は次第に鼻声になり、高機動車の床には大粒の涙がポタポタと落ち始めた。
「わ…わかりました。殿下。ここは一つ、我々にお任せ下さい」
「ほ…本当に助けてくれるの…?私達をこの地獄から」
「ええ、我々は自衛隊です。たとえ他国にいようとも、人命が常に最優先ですから。殿下の命も貴国の民の命も、必ずやお守り致しましょう」
「曹長、村が見えてきました」
「了解だ善通寺。さぁ姫様、もうすぐ目的地です。お話の続きは村でしましょう」
「わかったわ。村に着いたら適当に貴方方の宿も手配しておくわ。事情は私から話しておくけど、事情が事情だから一応気を付けて……あと、色々あるかもしれないけど、どうか気を悪くしないでね」
「了解。慣れておりますのでご安心を」
フェルネットを乗せた高機動車とその後に続く3トン半からなる車列は、特地文字で『ロコト村』と書かれた看板に従いノロノロと走り続けた。
* * * * *
「これは……なんと惨い…」
ロコト村中心部。
大通りを進む高機動車越しに村の様子を見た豊川は、思わずそう呟かざるを得なかった。
まず目に入るのは荒れ果てた荒野——所々目に入る立ち枯れた小麦の穂を見るに、ここがかつて麦畑だったことが伺える。そしてそれとは対照的に村一面に咲き乱れる芥子の花畑だ。
花に粗末な木桶で水をかけるのは子供か年老いた老爺ばかりで、若い男女の姿は稀だ。
「ああ、ケシ畑ね……そっちの世界では薬にも使われるらしいけど、ここでは煙草みたいにキセルで吸うのが一般的だわ。勿論父は『これを吸うとみんな駄目になってしまうから』って栽培を禁止したんだけど……。オオツは農民にこれを作らせて税として収穫分を取り上げに来るの。取ったケシは煙草にして王都で売ってるそうだわ。平和だった王都の治安が一気に悪化して、本来肥沃な土地のこの村で餓死者が出るようになったのは奴らがこれを植え始めてからよ。ほら、あそこ」
フェルネットが助手席に身を乗り出し、フロントガラスの向こうを指差す。
「——っ⁈し、死んでる……」
窓の向こうでは、まるでミイラのように痩せたまま干からびて横たわる野良着姿の老婆と、それを必死に揺り動かすヒト種の痩せた男児の姿があった。
災害派遣で何人もの仏に手を合わせ、人の死に向き合って来た筈の豊川にとっても、この光景は余りに残酷に映った。
「この村じゃもう見慣れた光景ね…でも仕方ないわ。男達は普通の農業だけじゃじきに干上がることを知ってるから家族を養うために奴らが持ってる鉄の杖やクルマを作る工場か鉱山、油田に出稼ぎに行くしかないし、女達は綺麗なのは種族関係なくみんなオオツ達の
武力攻撃を伴わない敵国の間接支配——大津はかつて大英帝国が清朝に、大日本帝国が台湾や満州に行ったのと同様の手法を学んだのだろう。
一度阿片に手を出せば、その者はいかなる手法を使ってでもそれを手にしようともがき、それを提供する側の
国民全体が中毒者になってしまえばやがて治安、経済、国民の健康全てが破壊され、自ら手を下す事なくその国の主権が掌握できることを、大津は知り尽くしていたのだ。
「さぁ、着いたわ。ゼンツウジ……とか言ったわね。あの宿屋前にクルマを止めて頂戴。あそこが私の隠れ家よ」
「は、はい‼︎」
善通寺は部隊で叩き込まれた通り、車内の隊員やフェルネットの身体に慣性がかからぬようゆっくりとクラッチペダルとブレーキにかかる力を調節し、静かに高機動車を停止させた。
* * * * *
「殿下‼︎生きておられたのね‼︎良かった……」
村の中でも一際大きな建物の門扉が開かれ、中から現れたヒト種の少女——褐色の肌に小柄な背丈、茶の短髪に気の強そうな風貌が特徴的なメイド服の女にフェルネットは抱擁を受ける。
「ええレア。貴方も無事でよかった……飲まず食わずで逃げている所を、そこの人達に助けてもらったわ…」
(うぉっ⁉︎か…褐色貧乳メイド……しかも見た感じツンデレ。俺の性癖にどストライク……)
(やめとけって豊川。不謹慎やぞこんな時に)
豊川が小声で始めた不埒な性癖開示トークを善通寺が小声ながらも全力で阻止しにかかる。
勿論会話は日本語だから彼女らにその内容が知れることはないものの、相手の知らない言葉で第三者と会話する行為は時として悪口や密談と取られるため異文化交流に於いてはタブーだ。
「そこの人達……?ひ、ひぃっ⁈な、何の用⁈うちには何も無いわよ⁈帰って頂戴‼︎」
フェルネットが指差す方向——つまり豊川らの方を向いたレアの顔が凍りつき、遅れてその表情に警戒と憎悪の色が入る。
「安心してレア。この人達は
「そ…そう。私、てっきり殿下がとうとうあいつらの軍門に下ったのかと……」
「そんなことしないわよ。落ち着いてレア。私はまだ諦めた訳じゃない。それにこの人達はあくまで私達の味方。今度こそ私達に平和を齎してくれると信じてるわ。だから、あまり邪険にしないであげて頂戴」
「……全く。殿下も相変わらずですね。その理想主義的な人の良さ、お父様そっくり……。いいわ、殿下がそういうなら、ちゃんとおもてなししないとね。はじめまして、私はレア・アスール。フェルネット王女付きのメイド長よ。そしてここは私達の隠れ家。普段は宿屋をやってるように見せてるわ。3階は空き部屋になってるから、部下のメイド共々好きに使ってやるといいわ。けど、夜の相手は期待しないでね」
「自分は豊川正志、陸上自衛官3等陸曹です‼︎歳は23歳、甘党です」
「俺は善通寺崇や。階級は同じく3曹。よろしゅうな」
「自分は千僧義雄。階級は曹長でこいつらの隊長をしております。他にも陸曹、陸士長が20名おりますが、時間がかかってはいけませんので紹介はこの場では割愛しておきましょう」
「トヨカワにゼンツウジ、それにセンソウね。覚えたわ。何人かの相部屋になるけど早速全員宿に——」
「いえ、この度の不都合は別の部隊の者とはいえ我が自衛隊が起こした不始末。これ以上ご迷惑をかける訳には参りません。折角の申し出有難いのですが、今宵は彼らに野営をさせるつもりです」
「え…?野営って…野宿ってこと?そんな……気を遣わなくても…」
「いえ、我々自衛隊は『自分達で出来る事は自分で』をモットーとしておりますから。勿論フェルネット殿下の護衛の為宿に何人か不寝番をつけさせますから、そこだけご了承下されば幸いです」
「わ…分かったわ……じゃあせめて食事だけでも——」
「いいのですよ。アスールさん。そちらが苦しい状況なのは存じております。むしろ食事を提供するべきはこちら側です。夕刻になりましたら広場に村人をお集め下さい。アルヌスと帝都から仕入れてきた穀物がたんまりありますから、後で給養員に炊き出しをさせます」
「し…信じられない……。あいつらと同じ緑の服を着た人だというのにここまでしてくれるなんて……」
「『献身、尽くせ一途に』——これもまた我々のモットー。これが本来の我々の本来の姿です」
「ほ…本当に感謝するわ。アリガトウ」
レアは拙い日本語でそう言い、ぎこちなくお辞儀をすると、フェルネットの世話をすべく宿の奥へと消えていった。