ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり 未踏査地区編 作:ロートシルト男爵
「ちっくしょう……なんでお前とソーチョだけ宿泊まって俺らは野宿やねん……ホンマだるいわぁ……」
カンッ!カンッ!と天幕のペグに金槌を打ち付けながら、善通寺はぶつくさ文句を垂れた。
「しょうがないだろ?殿下の警護には最低二人必要、後は前哨長と当直陸曹が必要だからな」
「えぇなぁ……。なんやねんこの中不条理。でもお前、宿泊まるゆうたらあのメイドのネーチャン達と会い放題やん。ひょっとしたら夜の方もワンチャンあるんちゃうん?」
「馬鹿言うな。会ってまだ一日も経ってねえぞ。それに…こっちじゃ女は買うなと言われているだろう。俺だって変な病気は貰いたくねぇさ」
天幕のタープの端末をペグに固定し、ピンと張りながら豊川は善通寺の文句に相槌を打ってやる。
「…よし、後はポールを立てるだけ……っと。善通寺、俺はメシの方見てくる。その辺の見張り頼む」
「あいよ」
* * * *
ロコト村、中央広場。
紫紺がかかった橙の夕空に、飯が炊ける時に出る甘く白い湯気が立ち昇っては消えてゆく。
その煙の出元は高機動車で牽引された
炊具の6つの釜のうち3つの釜の中では米——日本ほど水の便が良くない特地に於いても育つよう首都農大の研究者達が品種改良を重ね、アルヌス郊外で試験栽培していた通称「特地米」が炊かれており、残り3つの釜では日本本国から支給された味噌と乾燥野菜を煮込んだみそ汁が炊かれている。
「中の様子はどうだ?」
「はい!ほかほかであります!」
「よし!開封よーい!」
「開封!」
壮年の糧食班班長が大声で叫ぶと、若い陸士達はせっせと釜の蓋を開け、先端が人の頭ほどもある巨大なしゃもじで炊きたての飯が固まらぬよう切るように混ぜてゆく。
白飯の中に所々垣間見える薄茶色い粒は帝都で購入した特地産の小麦だ。
日本に於いて古来より軍隊のメシは麦飯と決まっている。
戦後の復興期を生きた世代の方々には「昔を思い出すから」と未だ抵抗が残るらしいが、少なくとも全国各地の自衛隊駐屯地では若い隊員達の間で今日まで特に抵抗なく消費されている。
もちろん防衛省が麦飯を採用し続けている理由は古来よりの伝統もあるが、隊員の健康維持の為でもある。
庶民の間で精白米が食べられるようになった江戸時代から肉や魚などの副食が十分摂られるようになった戦後しばらくまで、脚気は結核と並ぶ日本の二大国民病と恐れられていた。
特に猛威を振るったのは明治27年の日露戦争の頃であり、死者総数の内訳20%は脚気による死者だったらしい。
当時の陸軍軍医——時のドイツ帝国より最新医学を学び、作家としても活躍した某による「脚気細菌説」と同時期の農学者や海軍軍医により提唱された「栄養説」の論争は盛んに繰り返され、陸軍は結局前者を採用して白米のみを支給し続けた結果、栄養失調による死者数の増加はのちの彼らにとって苦い教訓となった。
ちなみに海軍に於いては肉、パン食中心の洋食が採用されたお陰で脚気患者数は激減したという。
尤も特地に於いては地域にもよるが西洋同様肉、麦食が庶民の食生活の中心であるため脚気の心配はないだろう。
勿論、食用作物が十分に採れないこの村に於いては村人の健康状態がどの程度であるか、改めて衛生科による検査が必要になるだろうが……。
「よし。上出来だ。それでは皆様一列に順番に並んで下さい。食器はできれば各家庭の物を。無ければこちらで用意しますから」
飯炊きの陸士が慣れた様子で指示を出し、腹を空かせた村人達を並ばせてゆく。
定期的に起こる自然災害に備えて自衛隊の各駐屯地では災害派遣に於ける炊き出しの訓練も行われている。
災害大国の日本で培われた経験が食料事情の悪いこの特地に於いても存分に活かされたのだ。
「うわっ!何だこれ!めちゃめちゃ美味え‼︎」
「ねぇジエイカンさん!この赤くて酸っぱいのなーに?」
「あぁ、これか?これは梅干っていってな、日本で昔からご飯と一緒に食べられてるプラムの塩漬けだ。そのまま食ってもいいけど種はちゃんと捨てるんだぞ」
木のボウルに盛られた白飯の上に乗せられた梅干——これも味噌と合わせて日本から持ち込んだ物を指差しながら、獣人種の男児が豊川に尋ねてきた。
豊川は飯盒に盛られた自分の分の食事を口に運びつつ、優しく質問に答えてやる。
「いい香りがするわね。トヨカワ。私達にも分けてくれないかしら?」
子供と談笑する豊川の背後に、フェルネットとレア、他お付きのメイド達までやってきた。
「で、殿下?いけません。庶民と同じものをお出しするなど……近くの農家から豚でも買って料理させますから暫くお待ちを——」
「何?トヨカワとか言ったわね。殿下が庶民と同じものを食べられないお高くまとまった人とでも言いたいワケ?」
「い…いえ……」
「いい?殿下も亡き父君も、民の事を第一に考える心の優しい方々なの!そんな事で貴重な家畜を取られた農民を見て殿下が何を思うか……あんた考えてから物言いなさいよね‼︎」
「し……失礼しました……」
つっけんどんに言うレアの言葉に平謝りする豊川の肩をぽん、とフェルネットが叩いた。
「その辺にしておきなさい。レア。トヨカワは私の命の恩人よ。昼も行き倒れそうだった私に、わざわざ自分達の分まで削って肉粥を作ってくれたわ。あまり邪険にするなと、私は忠告した筈よ」
「ご、ごめんなさい……」
「謝罪は私ではなくトヨカワに!いいわね?」
「…はい……」
レアは豊川に静かに頭を下げ、その後人数分の食事を要求した。
* * * * *
「………あったかい……」
広場に幾つか置かれた丸木細工のベンチに腰掛けたフェルネットは、味噌汁の入った椀を両手で掴み、一息ついた。
「お気に召しましたか?殿下。食後はお茶をご用意致します」
「ええ。ありがとう。そちらの国——ニホンの軍人達は皆こんなに美味しい陣中食を?」
「ええ。余裕がある時はこうして野外調理が行えますが、演習中や戦場の最前線で火が炊けないような状況でも素早く、温かく、日を置いても腐らず、普段と変わらない食事がいつでも摂れるよう
箸が使えないため木製のスプーンで飯や味噌汁を口に運ぶフェルネット達を横目に、豊川はスラスラと説明を続ける。
通称「駅前留学」——自衛官達に課せられる特地語の事前研修の効果は覿面だ。
外交等公の場面を除き、外国語を学ぶ上で最も意義があることといえばまず「自国の文化がどのようなものか他国の国民に紹介する時」が挙げられるだろう。
衣食住、宗教、思想その他——それらは相手国の言葉に翻訳されて初めてその国の人口に膾炙する。
近年の諸外国に於けるスシ・ブームが良い例だが、ある一つの地域、民族間で共有されているガラパゴス的文化は交流を通じてグローバルのものとなるし、また、社会の発達段階に於ける「近代」を経験していない地域に於いて、先進国との交流を通じて人権思想などのグローバル的概念が流入し、その地域の発展に役立つ場合もある。
鎖国中の江戸幕府に突如現れた黒船の存在が後の明治維新の契機となったように、門のこちら側——即ち我々の世界がここまで発展した理由……それはひとえに人類が今日まで幾多の争いや交渉を経験しながらも推し進めたグローバル化の賜物といって良いだろう。
勿論かつての列強諸国のように「これがグローバルスタンダードだ」と先進諸国の文化を発展途上国に押し付ける事は必ずしも正しい行いではないし、それを受け入れるか否かの決定権もまた受け取る側にある。
だが、変わろうが自国の常識に凝り固まろうが結局自由意思による選択の機会はあるべきであり、その為にも政治的利害の如何に関わらずあらゆる国同士で民間レベルの文化交流は行われるべきである。
野外炊具を囲んでワイワイと騒ぎ食事を摂る村人達を横目に、豊川は水筒のアルミカップに注いだ緑茶を一口啜り、濃紺へと変わってゆく特地の空を見上げた。
* * * *
「交代」
村のはずれに掘られた歩哨壕の中、バディの西田と共に着剣した64式小銃を腰だめで構え夜間歩哨につく豊川の陰にぴったり寄り添いながら、善通寺は小さな声で交代を告げた。
古来より昼間、夜間問わず歩哨の重要性はいかなる国の軍に於いても変わらない。
例えば朝鮮戦争中、基地の歩哨についていた韓国軍兵士の隙をついた朝鮮人民軍の兵士達が基地に潜入し、仮眠をとっていた米、韓国軍の将兵を叩き起こして捕縛し、重要機密と武器を奪った後に短機関銃で全員を射殺したという痛ましい事件があったという。
つまり、戦闘継続の為に必要な休息を隊員達が取っている間は歩哨の監視のみが部隊全体の運命を左右するといってよい。
「ああ、もう交代か。後はよろしく頼む」
「ええで。姫様との一夜、どうぞ楽しんで来ぃや」
嫌味ったらしく言う善通寺の言葉に、豊川は眉をひそめる。
「別にそんなの期待してねぇよ。俺はただの当直で、部屋は姫様の隣だ。くだらねぇ事ばっか言ってねぇでさっさと監視を始めろ」
「へいへい」
豊川は敵方から見えぬよう、「銃口上方控え銃」で銃を構えて屈む姿勢——通称「ガチョウ歩き」で壕の中に身体を隠しつつ、村の方へと去っていった。
* * * * *
「アー。だるいなぁ。いつものこととはいえ退屈やわぁ。はよ交代してタバコ吸いたいわ」
満天の星空の下、善通寺は歩哨壕の中ぶつくさ文句を垂れる。
歩哨、警衛、当直等の特別勤務は、自衛官のうち、特に退屈を嫌う者に関しては大変苦痛なものである。
ちなみに歩哨は勤務中喫煙してはならず、許可なく座臥してはならないとされている。
善通寺は先程から監視位置は空際線上を透視——即ち、地平線上に浮かんだ敵影をすぐ見つけられる位置に陣取っているのだが、一向に敵どころか動くもの一つ見ていない。
「まぁそう言うな。これも仕事だ。敵と戦わなくて良いだけマシと思え」
「いやゆーてもな、俺せっかく特地来れるって聞いてあの第3偵察隊みたくドラゴンと戦ったり甲冑着た兵隊とやり合えるってワクワクしてたのに何やこれ。場所違うだけでやっとること演習と大差ないやん」
「まぁそれはそうだが——ん?」
「どしたん?」
西田が言葉を止め、彼方に現れた車両——見間違いでなければおそらく陸自の高機動車の方向に目を凝らした。
「車両1。中央道」
「了解」
「外哨長、こちら第一歩哨……あれ?」
敵方にこちらの動きがばれぬよう緩慢な動きで電話機を握り、口元に当てる。
「外哨長!こちら第一歩哨!おくれ‼……クソっ‼︎繋がらん!」
「こっちに来るぞ‼︎」
そうこうしてゆくうちに車両は近づき、左右のドアから数十メートル先で停止して中から何人かの人影を吐き出す
歩哨中に発見した車両は停止させて取り調べることになっている。
善通寺は西田と共に構えた64式の切換えレバーを
「誰か?誰か?だれ———」
車両の方向から僅かに見える幾閃もの光。
同時に闇夜に響く乾いた発砲音。
銃を構えながら3度誰何していた西田の
「——ひ、ひぃっ⁈」
先程まで共に監視を行っていたバディが敵の射撃により屍体となった事をようやく確認した善通寺は、恐怖で顔を引きつらせながらも正面の散兵に銃口を向け、床尾板を肩付けする。
「銃を捨てろ。両手は見える位置に」
「——?」
突如背後からかかる声。
善通寺がゆっくりと頭を横に回すと、そこには顔面にドーランをベタ塗りし、着込んだ戦闘服4型の胸元に