恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART   作:カスケード

24 / 69
第二十三話 Song for you

―――穏やかな朝を迎えるものかと思っていた、リーンボックス滞在4日目。

しかしそれはチカの突然の帰還、そして5pb.の突然の訪問によって崩れ去った。

 

 

「……お久しぶりですベール様。 そして………白斗、君………」

 

「ふぁ………5pb.!?」

 

 

少し怯えながらも、姿を現した少女―――5pb.。

彼女はリーンボックスの歌姫と呼ばれ、そこを中心に活躍する大人気アーティスト。

そんな少女と、まさかここで再会するとはさすがの白斗も夢にも思わなかった。

 

 

「あら、白ちゃん……5pb.ちゃんのこと、ご存じですの?」

 

「以前……その、ら、ラステイションで助けて、いただいたこと……があって……」

 

 

恥ずかしそうにもじもじさせながらも、5pb.は何とか口にする。

やはり人見知りは相変わらずだ。

そもそも今、緊張してしまっているのはまだ顔見知りという段階でしかない白斗がそこにいるためだろう。

苦笑いしながらも、白斗はあの時貰ったチケットを一枚、ひらひらと取り出した。

 

 

「んで、明日やる予定のライブのチケット貰ったんだ」

 

「……まさか、5pb.ちゃんにまでフラグを?」

 

「何だよそのフラグって!? 大体、5pb.も俺にまだ慣れてねーし。 な?」

 

「う、うん………」

 

「ほれこの通り。 顔を赤くしてそっぽ向くだけですがな」

 

(その時点でアウトですわ……ッ!)

 

 

内心でベールは叫びたい気分だったが、普段のキャラ付けがそれを許さなかった。

精々唇を引きつらせながら青筋浮かべて、黒いオーラを発する程度である。

兎にも角にもこのままでは話が進まない、腕を組んでいるチカがため息を付きながら続きを促した。

 

 

「で、アタクシはお姉様が気がかりで急いで仕事を終わらせて帰ってきて、この子が教会の前でウロウロしていたので……」

 

「招き入れた、というワケですわね」

 

 

なるほど、と誰もが納得した。

どうやら人見知りな5pb.も、ベールには懐いて心を開いているようだ。さすがはリーンボックスの女神。

チカとはそれほどと言ったところだが、顔見知りとしてそのままにもしておけなかったのだろう。

 

 

「で、改めてどうしてアンタはこの教会の前に?」

 

「……い、いえ……し、仕事で近くを通りかかったので……挨拶でも、しようかなと……」

 

「こんな朝っぱらから? 大人気アイドルだからって非常識じゃない?」

 

 

少し非難がましい視線で睨み付けてくるチカに、5pb.は怯えてしまう。

けれども彼女がそう思うのも無理もない。まだ朝の8時にすら到達していない時間帯、支度も済ませていない人が多いだろう。

そんな時間に訪ねてくる人は大抵は非常識と言われても仕方ない。

 

 

(……或いは、大抵じゃないことが起こったか)

 

 

そして辿り着くもう一つの可能性。そうしてでも訪ねなければならない用事があったから。

だが見るからに5pb.という少女は、物怖じしまくるタイプ。チカのように強く言われては縮こまってしまい、本音を出すことが出来ない。

チカの苛立ちも尤もなので、白斗も強く口出しは出来なかったが。

 

 

(……? 5pb.の目……少し疲れてて、悲しげだ……)

 

 

チカを宥め、5pb.を庇うようにして立つベール。

そんな彼女に守られている5pb.の姿、そして目。白斗は観察を続ける。

彼女自身が本音を引き出せないなら―――こちらがそれを引き出すまでだ。

 

 

(5pb.は大人気アイドル、何かしらトラブルにでも巻き込まれたか? そして旧知の仲とは言え、リーンボックスの最高権力者と言ってもいいベール姉さんに頼りたくなるまでの事態………ん?)

 

 

まだ観察を続ける。結論に至るには情報が足りない。

と、その時白斗は見てしまった。今はリストバンドで隠しているのだが、その下から覗かせる―――僅かな痣を。

 

 

(……手の跡……そういうことか)

 

 

人を傷つける手段を熟知している白斗だからこそ、分かってしまった。

彼女の身に何が起こったのか。

―――それを知った瞬間、怒りで自分の身を焦がしそうになった。

 

 

「ち、チカ? 落ち着かないと5pb.ちゃんも話せませんわよ?」

 

「でもお姉様! いい加減話してもらわないと何が何やらです! お姉様とて暇ではないのですから!」

 

 

チカとしては、さっさと本音を吐かせたい余り、そんな口調になっているようだ。

彼女のやり方も決して間違いではない。だが、5pb.相手には酷な話だろう。

しかも、気の弱い彼女からすればそんな言葉を聞かされては引っ込めるしかない。

 

 

「あ、あの……ご、ごめんなさい。 ぼ、ボク……そんな、大したお話もありませんから……」

 

「そーだよ姉さん。 ご本人が言うんだから大したこと無いんでしょ」

 

「ちょっと白ちゃん……!」

 

 

引き下がろうとする5pb.。そんな彼女を、白斗が肯定した。それも軽い口調で。

明らかに何かあるのに引き下がらせるわけにはいかないと、さすがにベールも少し怒り気味で食らいつこうとする。

 

 

「まぁ、精々………昨日夜道でストーカーか何かに襲われそうになったくらい、だろ?」

 

「えっ!? ど、どうしてそれを………!!?」

 

 

だが、急にトーンを落とした白斗の迫力のある声。

そして核心を突いたその言葉に、5pb.は思わず肯定してしまった。引き下がろうとするも、白斗の鋭い視線が絡みついて離さない。

彼女自身の言質もある、最早言い逃れなど出来ない状況だった。

 

 

「ストーカーって……白ちゃん、どういうことですの!?」

 

「姉さんの前だってのに緊張というよりも怯えた態度、そしてリストバンドの下の手の跡……痣からして昨日あたりに出来たものだ。 収録帰りに夜道で誰かに手首を掴まれたってトコだろ?」

 

 

白斗は怒っていた。そんなことは彼の声のトーンや目、そして態度からしても分かる。

落ち着かせようと飲んでいたコップには、怒りの握力で亀裂すら入っていた。

そんな彼の推理は正しかったらしく、少し戸惑いながらも5pb.は左のリストバンドを外す。確かに痛々しい手の跡がそこにあった。

 

 

「……凄い、ね……白斗君……。 そう、なんです……昨日、収録が終わって家に帰る途中………突然、物陰から誰かに手首を掴まれて……」

 

「そ、そんなの立派な犯罪ですわよ!! どうしてもっと早く相談してくれないんですの!?」

 

 

バン、とベールが怒りで机を叩いた。

勿論犯人への怒りもあるが、すぐさま相談しない彼女の姿勢にも戒めという意味を込めて。

 

 

「……ベール様、大切な客人が来るってはしゃいでいたから……お邪魔しちゃいけないと思って……」

 

「俺の事か………」

 

 

どうやらベールと親しい友人として、ある程度のスケジュールは聞いていた模様だ。

大切な客人、紛れもなく白斗の事である。

相当楽しみにしていたのだろう、そんな彼女の一時を邪魔したくないと言う健気な思いにベールも、そしていきり立っていたチカも何も言えなくなる。

 

 

「……でも……ボク……こ、怖くて………夜も、眠れなくて……っ! それで、厚かましいけど……た、助けて、欲しく、てっ………!!」

 

 

そして、その綺麗な瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。

どれだけ怖かったのだろうか、どれだけ心細かったのだろうか、どれだけ傷ついたのだろうか。

慌ててベールが駆け寄り、ハンカチでその涙を拭ってあげた。

チカも、白斗も、痛々しいその姿に視線を逸らしそうになる。

 

 

「……お気遣い、ありがとうございます。 でも、私は貴女の友人にして、このリーンボックスの女神なのですから。 気兼ねせず、相談してくださいまし」

 

「………はいっ………!!」

 

 

優しい声と姿、そして腕で5pb.の震える体を包んであげたベール。

一瞬白斗には、彼女が天使の翼を生やしているのかと錯覚した。それを思わせるだけの美貌と優しさ。

ゲーム好きもただの一側面にしか過ぎない。彼女もまた―――女神なのだ。

 

 

「……5pb.、さっきは……ごめんなさい。 アタクシも言い過ぎたわ……」

 

「いいんですっ……あ、ありがとうございますっ………!」

 

 

こんな事情があるとは知らなかった。それでもチカも、真摯に頭を下げた。

けれども5pb.は、それ以上に嬉しかった。気に掛けてくれたことが、優しい言葉を掛けてくれたことが。

涙腺が崩壊したその様子から、それが伝わってきた。

 

 

「……それから、白斗君も……ありがとう………」

 

「んー? 俺ぁ、何もしてねーよ」

 

「………そんなこと、無いよ。 本当に……あり、がとうっ……!」

 

「……どういたしまして」

 

 

涙ながらに、5pb.がお礼を言ってくれる。

大したことはしてないと軽く流そうとする白斗だったが、それでも彼女は、しっかりと目と目を合わせた上で、また言ってくれた。

人見知りであるはずの彼女が、それをしてくれることはどれほど大きな意味を持つか。

あのラステイションの時と同じく、今度は白斗もしっかりと目を合わせてその言葉を受け取った。

 

 

「それより、5pb.の今後だ。 下手に警察に駆け込まなかったのはある意味正解だな」

 

「ど、どうしてですの?」

 

「警察が動けばその動きを察知して犯人が雲隠れする。 増してや5pb.は超人気アイドル……マスコミだって飛びついてくらぁ」

 

 

白斗が重視しているのは、犯人の確保による5pb.の安全確保だった。

彼女の話からして、昨日の一件は逃げてきただけであり当然犯人像などについては一切不明だ。

彼女自身も判別がついていない。

 

 

「話だけだとただのストーカーなのか、営利誘拐を目的としているかも分からない。 そんな奴らをのさばらせるのは5pb.に心身共に負担を掛けることになる」

 

「確かにそういう輩はキッチリとシめる必要があるわね」

 

 

チカも今回は白斗の意見に同調してくれる。

何せベール絡みではない話題、それも真剣な話題だ。彼女も色眼鏡など掛けずに、真剣に考えてくれる。

 

 

「でもどうやって犯人を捕まえるの? 今の段階じゃ手掛かり一切無しよ」

 

「……手掛かりは一から集めるしかない。 5pb.、差し支えない範囲で構わないから今日一日のスケジュールを教えてくれないか?」

 

「あ、うん……。 今日の午前中はお休みで……午後1時からCDのレコーディングとラジオの収録……。 夜まで掛かる予定で……」

 

「因みに俺達以外にこれを話してるのは?」

 

「……ここに居る人達、だけだよ……。 迷惑、かけたくないから……」

 

 

とにかく、真っ先にすべきは彼女の安全確保。

そのためには彼女がどんな行動をするのか知る必要がある。すっかり信頼してくれたのか、大雑把ながらもスケジュールを教えてくれる5pb.。

それだけではなく、どれだけの人間が事情を把握しているかも白斗は聞き出した。

 

 

「……午前中フリーなのは助かるな。 とりあえず、俺は現場に行って手掛かりがないか探してみる。 姉さんは5pb.についてくれない?」

 

「……分かりました。 この屋敷にいる間は、何人たりとも触れさせませんわ」

 

「さっすが。 11時までには俺も戻って、午後からの護衛計画を決めよう。 最悪の場合は局や事務所にも連絡を入れて協力体制を採る必要もあるし」

 

 

白斗のテキパキとした、それでいて的を射た意見に反対する者は誰もいなかった。

そうと決まれば善は急げ、白斗はすぐさま支度を済ませ、5pb.から事件現場を聞き出し、颯爽と屋敷を出ていった。

 

 

「ふふ……不謹慎ですけど、こういう時の白ちゃんは勇ましくて……カッコイイですわ……」

 

 

すっかり恋する乙女となったベール。

弟でもあり、そして想い人でもある白斗の勇姿に骨抜きにされていた。当然、チカは青筋を浮かべて震えているが今それを口実に荒ぶるほどの余裕は無かった。

 

 

「……ベール様」

 

「どうしましたの?」

 

「……どうして、白斗君は……ボクなんかのために、あそこまでしてくれるんですか? 顔を合わせた時間なんて、合計しても1時間に満たないのに……」

 

 

一方、5pb.は不思議がっていた。

ラステイションで助けてくれた時は、正義感が働いただけなのかもしれない。ここで再会したのも、単なる偶然だ。それだけの関係でしかない。

けれども白斗は、彼女のために考え、彼女のために怒り、彼女のために行動している。それこそ一時間にも満たない出会いのために。

 

 

「……下手をすれば、白斗君だって……危険なのに……!」

 

 

そして何より、今の彼は無茶を厭わない。

始めて助けてくれた時も、勝負自体は圧倒的だったとは言え返り討ちにされる可能性だってあったはずなのに。

こんなことに首を突っ込めば、命も危険も十分考えられるのに。

そんな彼女の疑問を晴らす答えを、ベールは知っていた。何せ、そんな彼に恋しているのだから。

 

 

「……それはね……“白ちゃんだから”、ですわ」

 

「……え?」

 

「今は分からなくてもいい。 ただ、信じてあげてください。 彼の事を」

 

 

ベールは、心の底から信頼していた。

いつも誰かのために必死になり、いつも誰かのために無茶をして、いつも誰かのために全てを受け止められるあの少年、黒原白斗の事を。

チカも、面白くは無さそうに鼻息を鳴らしたが否定はしなかった。

 

 

(……白斗君……)

 

 

この二人に信頼されている―――いや、5pb.自身も信頼している彼の事を、もっと知りたくなった。

胸が僅かに締め付けられるような、そんな感覚と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、ここが現場か………)

 

 

白斗は携帯電話にマッピングされた箇所を確認し、周囲を見渡す。

目視できる範囲で店は一件もない、所謂住宅街の路地。日も高いのに、人通りが少ない。夜になれば、更に少なくなるだろう。

まさしく、人に害をなすには適した地形である。

 

 

(5pb.によると夜の9時くらいとのことだが……目撃者は期待できないな)

 

 

そもそも5pb.は何度も言うようにリーンボックスでその名を轟かせる大人気アイドルだ。

もし彼女が襲われている現場を目撃している人がいたのなら、こんな静かな時間が流れているはずがない。

襲われた当時も5pb.は少なからず悲鳴を上げたとのことだが、誰も助けてくれなかったところを見ると相当人がいなかったらしい。

 

 

「やれやれ、さすがに証拠品が落ちている……なーんてゲームのようなご都合展開もナシ。 ゲイムギョウ界なのに………」

 

 

いきなりお手上げだ。

だがそれは現場に限った話、現場の周辺での聞き込みや証拠品探しなどまだやるべきことは山のようにある。

いい加減見切りをつけ、次に移ろうとしたその時だ。

 

 

「あー!! 白斗く――――んっ!!!」

 

「んん? この元気のよい声………まさか!?」

 

 

やたら明るく元気のよい少女の声。

白斗の中で元気がいいと言えばネプテューヌ、しかしもう一人いる。つい先日、ルウィーで出会ったばかりの、あの(一応)くのいちの女の子。

振り返ってみれば、やはり今日もオレンジ色のボブヘアーとその爆乳を揺らしながら近づいてくるあの少女。

 

 

「ま、マーベラス!?」

 

「やったー!! ライブ前日だったけど会えたー!!!」

 

 

マーベラスAQL、ルウィーでの一件で知り合って以降は白斗に懐いている少女だった。

彼の姿を見かけては近寄ってくる辺り、どこか子犬らしさを感じさせる。

 

 

「ライブ前って……お前も5pb.のライブに行くのか?」

 

「ま、まぁ……それもある、かな……」

 

「ふーん……?」

 

 

本当の目的は違うようだが、もう達してしまっていた。

そんなことにも気づかない白斗は少し訝しむが、それ以上追求しないことにした。

 

 

「ハァ……ハァ……! お、おいマーベラス……いきなり走るなと前にも言っただろう……。 この私を振り回してくれた礼はドュクプェで……」

 

「あ、MAGES.じゃん。 おっす」

 

「お、おう……白斗、4日ぶり……だな………」

 

 

その後方から走ってきた、魔女っ娘帽子を被った少女、MAGES.である。

冷静沈着、しかし意味不明な言い回しが特徴的な彼女だが、さすがに運動は苦手らしく、走り終えた直後に肩で息していた。

それでも白斗の挨拶に応えてくれる辺り、ノリは良い。

 

 

「ふ、私の黒魔導の中の最高術……漆黒の翼さえ発動していればこんな無様な姿を晒さずに済んだものを………」

 

「たかが短距離走に切り札使っちゃうのかよ」

 

 

白斗のツッコミは鋭くも冷たい。ルウィーでもないのに。

 

 

「そうか、MAGES.は5pb.の従妹だもんな。 来るのも当然か」

 

「今回は、マーベラスの付き添いと言ったところなんだがな……」

 

「え、えへへ………」

 

 

どうも彼女に付き合わされた形らしい。

誤魔化すようにマーベラスは今日も愛らしい笑顔を向ける。

その時、白斗にはある感が過った。もしかしたら、これこそご都合主義なのかもしれない。それでも、賭けてみる価値はあると思って。

 

 

「ところで……二人はいつこの国に?」

 

「昨日の夜だよ。 近くに宿があって、しばらくそこを拠点にするの」

 

「……まさかと思うけど、昨日この辺で怪しい人物とか見なかったか?」

 

 

一抹の希望を抱きながら訊ねる。

これから一つでもいい、進展させなければならない場面だったのだ。少しでもいいから事件解決の糸口に繋がればと強い視線と共に問いかけた。

 

 

「何かのクエストか? ……まぁいい、9時くらいだったか? こことは少し離れたところになるが、宿に向かう途中で気持ち悪い男を見かけたな」

 

「うん、あれは無いよね……。 『やっとだ……』とか言いながら5pb.ちゃんの応援Tシャツを着こんだ男の人が自分の手をペロペロしてた」

 

「それだああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

「「ひゃあっ!!?」」

 

 

まさにドンピシャ。白斗が求めていた、犯人の人物像だった。

状況から察するに、ファンの域を超えた重度のストーカーが5pb.と接触し、その手の感触を味わっていた、という変態的構図だったのだろう。

マーベラスとMAGES.が目撃した光景は、まさしくそれである。

 

 

「なぁ!! そいつの特徴とか覚えてないか!?」

 

「す、すまないが見るに堪えないのでその場からすぐに離れた」

 

「でしょーねー……。 けど、やっと犯人像が見えてきた……!」

 

 

1と0では大きな違いがある。

今の証言だけでも、確実ではないが可能性がある。性別は男、そして5pb.の応援Tシャツを着ていたということは重度のファン。

更にはその手を舐めていたという人格破綻、これだけでも一気に絞り込むことが出来る。

 

 

「……あの、白斗君。 何か厄介事なら手伝うよ? 私を助けてくれた白斗君を、今度は私が助けたいの!」

 

「そうだな。 私も救われた身、ここで借りを返すのも悪くない」

 

 

すると、そんな彼の様子が気になったのかマーベラスとMAGES.が声を掛けてきた。

付き合いとしては短い方だが、二人はすっかり白斗に信頼を預けていた。だからこそ、そんなことを言ってくれる。

 

 

「……そう、だな。 特にMAGES.には知らせといた方がいいよな」

 

「私?」

 

「この件は極秘で頼む。 実は………」

 

 

そして、白斗は彼女達だけに明かした。

昨日ここで何があったのかを、今日の朝に何があったのかを、5pb.がどんな思いをしていたのか、そして彼女を安心させてあげたいことを。

 

 

「なっ!? 5pb.が………まさか、昨日の輩がそうなのか………!」

 

「まだ確実ではないが、状況から推測して可能性は高いと思う」

 

 

MAGES.が拳を握り締め、震わせる。

顔から見ても、声のトーンからしても、怒りが最高潮なのは明らかだった。

無理もない、彼女にとって大切な従妹が危険に晒され、しかも泣いているというのだから。

まだ彼女達が目撃した人物が犯人だとは断定できない故に白斗も予防線は張るが、それでも犯人に対する怒りは抑えられそうにない。

 

 

「許せない……! 5pb.ちゃんをそんな目に遭わせるなんて!」

 

「ああ。 ……円環の理に導かせるまでもなく、滅してやる……!」

 

 

MAGES.の仲間として、そして彼女も5pb.の知り合いとしてマーベラスも怒りを露にする。

そんな彼女達からの協力を得られるのは、正直に言えば心強い。

だが二人の貴重な時間を割くことになる上に、二人を危険に巻き込む可能性もある。白斗はそれらを慎重に天秤にかけた上で、頭を下げた。

 

 

「二人とも、巻き込む形になってすまない。 ……でも、力を貸してほしいんだ」

 

「「当然!」」

 

 

白斗が頭を下げると同時に、二人の声が響き渡った。

そこにいたのは、数々の戦いを潜り抜けてきた戦士としてのマーベラスとMAGES.。だからこそ、彼女達にはこの程度の事態など危険でもなかった。

 

 

「……分かった。 それじゃこの辺で一時間くらい聞き込みをしてリーンボックスの教会に向かおう。 そこでさらに打合せするから」

 

「了解!」

「分かった」

 

 

白斗の指示に従い、全員が散開する。

誰もが皆、真剣で、全力で取り組んでくれている。全てはあの少女を助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くお前という奴は……! 私には相談しろと言っているだろう!」

 

「ご、ごめんなさい……。 でもMAGES.ってあちこちの世界に良く行っちゃうから……」

 

「だったら今回みたいに女神に頼るなりなんなりだな……」

 

 

そして約束の11時、リーンボックスの教会にて5pb.は正座で従妹の説教を受けていた。

優しい抱擁からのこのお説教の連続、傍から見ている白斗たちも苦笑ものだった。

 

 

「白ちゃん、このお二人の事情は分かりましたがあのお説教の嵐は止めた方がよろしいのでは……」

 

「いや、確かにお説教には参ってるけど5pb.の元気が少し出てきたみたいだ。 何だかんだで従妹が傍に居てくれるのは更に元気が出るってなモンよ」

 

「……確かに」

 

 

さすがにお説教コースは可哀想だと思ったベールが止めようとしたが、白斗によって止められる。

誰しも説教は嫌なのだろうが、それ以上に気心知れた従妹が、心細い時に居てくれて嬉しくないはずがない。

チカも、しばらくはあのままでいいかと白斗の意見に賛成した。

 

 

「さて、しばらくあの二人は団欒させておくとして……マーベラス。 一応自己紹介を」

 

「はい! こっちの世界のベール様とは初対面だけど……マーベラスAQLです! 気楽にマベちゃんって呼んでください!」

 

「よろしくですわマベちゃん。 そして白ちゃん、またフラグ立てましたのね……」

 

「だから何故にそうなる!!?」

 

 

ベールの冷たく、じっとりとした視線が白斗に絡みつく。

とりあえず否定しては見るものの、依然として厳しい視線に白斗は竦み上がる。肝心のマーベラスも、顔を赤らめて否定してくれない。

 

 

「そ、それよりだ! 午後からの護衛や犯人確保をどうするかを考えなきゃ!」

 

「全く……犯人像は絞れたのですよね?」

 

「あれからも聞き込みしてみたんですけど、私達が見た人物がその時間帯、現場周辺で目撃されてます」

 

 

やはり人通りが少ないと言っても、存在しないわけではない。

得られた目撃証言自体は少数だが、そのどれもがほぼ一致していたことから信憑性は高くなった。

後はその犯人を捕らえるだけ、なのだが。

 

 

「でも、実際問題どうやって捕まえればいいんだろう……また襲ってくるかな?」

 

「どうでしょうか……。 聞いた限りだと重度の5pb.ちゃんのファン、彼女以外には興味を示さないと思いますわ」

 

「アタクシもそう思います。 つまり、向こうから来てもらうとなると……」

 

 

チカが言葉を飲み込みながら5pb.を見た。

今回の最有力容疑者は5pb.のファン、つまりは彼女の前以外では姿を現さないということだ。

とは言え、5pb.を前に出すことは彼女に精神的に追い込みかねない。

さすがにそんな手段は採りたくないとマーベラスも、ベールも、そしてチカ自身も唸ってしまう。

 

 

「……俺に考えがある。 5pb.を守りつつ、犯人を誘き寄せる方法が」

 

 

重い空気が漂う中、ソファに座り込んでいる白斗は一つだけ作戦を組み立てていた。

5pb.を傷つけず、尚且つ彼女の安全を確保し、同時に犯人を誘き寄せる方法。

そんな夢の様な提案に、誰もが視線を向けた。

 

 

「ほ、ホントですの!?」

 

「ああ。 ……ただ、これはある意味俺が死を迎える方法だ」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

だが、その次に発せられた言葉が更に衝撃的だった。

白斗の目は覚悟に満ちている。今の彼は、5pb.のために己の全てを犠牲にしようとしていた。

そんな力強い視線、だがベールとマーベラスは真っ向からそれを否定する。

 

 

「でしたら……そんなの認めませんわ!! 白ちゃんを犠牲にするなんて!!」

 

「そうだよ!! 白斗君を傷つけるくらいなら別の方法を……」

 

「でも5pb.を守る方法はこれしかないっ!! ……だったら、全てを捨て去ってやるさ」

 

 

だが、二人の反論は止められた。

白斗の机を叩くその衝撃と音、そして彼の更に強くなった視線によって。

そのまま、5pb.の元へと歩いていく。片膝をつき、彼女と同じ目線になって、その目で語り掛ける。

 

 

 

 

「5pb.、心配なんかしねーで夢に向かって突っ走れ。 ……俺が、守ってやる」

 

「……は、白斗君………」

 

 

 

 

 

力強い視線と言葉。

弱り切った歌姫の体を、それらが支えた。夢に向かって走るのは、彼女自身の力でなければならない。

だが、その夢を害するものから守り通すというその姿に、5pb.は信じざるを得なかった。

―――胸のときめきが、そう彼女自身に命じていたのだ。

 

 

(……ベール様の言ってたこと、なんとなく……分かっちゃったかも……)

 

 

温かなその気持ちを抱きしめながら、5pb.は一筋の涙を流す。

けれども、彼女はそこでようやく笑顔を見せてくれた。

笑顔で応える、それこそが白斗と5pb.にとっての契約の証だった。

 

 

(そんなことされたらァァァァァァァァ!!!)

 

(胸キュンで死んでしまうでしょうがァァァァァァァ!!!)

 

 

一方、それを見せつけられたマーベラスとベールは、机を盛大に叩いていた。

両腕をハンマーようにして振り下ろし、やり場のない怒りを発散させようとする。

けれども5pb.のためを思い、決して口に出さないだけまだ理性は働いている方だった。

 

 

「あ、それから姉さん」

 

「な………何ですの……?」

 

「この作戦終わったら俺の介錯、頼むわ」

 

「本当に何をする気ですの貴方は!?」

 

 

本当に彼は強く死を望んでいるような、そんな暗い雰囲気を感じる。

一体彼が何をしでかすつもりなのか、この時は誰もが理解が及ばなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして午後一時。

リーンボックス総合テレビ局の中、5pb.はレコーディングの打ち合わせのためにスタッフらと顔合わせをしていた。

 

 

「それでは5pb.さん。 本日もよろしくお願いしますね!」

 

「はい!」

 

 

スタッフからの声に、元気よく、笑顔で応える5pb.。

先程まで悲しい思いをしていた少女とはまるで別人の様な切り替え方。これが彼女の夢、夢のためには弱音など吐いていられないという5pb.の芯の強さを感じさせた。

 

 

「ところで……あちらの方は?」

 

「すみません。 クエストで雇ったボディーガードの方です。 収録などは一切参加せず、ボクの身辺警護を担当してくれることになりましたので」

 

 

そして、5pb.の視線の先にはあの少年―――黒原白斗がいた。

いつもの黒コートを着込みながらも、余計な表情は一切見せず、ただストイックに護衛に徹している。

それでも声を掛けられれば一礼するなど、最低限の返事はした。

 

 

「分かりました。 では早速収録の方へ行きましょう」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

元気いっぱいの挨拶と共に、5pb.はレコーディングルームへと入っていった。

一切の哀しみを見せずに収録へ臨むその姿は、まさにプロ。

そんな輝かしい姿を見せられては、白斗もやる気を出さざるを得ない。

―――それから二時間後、収録が終わり、5pb.は部屋から出てきた。

 

 

「お疲れ様でした! 次は二時間後にラジオ収録になりますので」

 

「了解しました!」

 

 

仕事をしている時の5pb.はまさに元気溌剌、意気軒昂。

誰にも等しく笑顔で接し、その声で人を魅了する。

歌の実力も勿論だが、何より人と接するその姿勢がまさに歌姫と呼ばれるに至るのだと白斗は改めて思い知らされる。

 

 

「ふぅ……ひゃんっ!?」

 

「お疲れさん。 こいつは俺からのオゴリな」

 

「は、白斗君……! もう、いきなりは卑怯だよ……」

 

 

だがさすがに疲れが湧いてくる。

そんな彼女の火照った頬に、冷たい缶が押し当てられた。

振り返ると、悪戯小僧のような顔を張り付けた白斗がジュースの缶を手にしている。

 

 

「悪い悪い。 ……でも本当にお前、あの人見知りで臆病で人見知りでさっきまで泣いてて人見知りな5pb.と同一人物か?」

 

「疑いたくなるのは分かるけど人見知り三回言わなくてもいいよね!?」

 

「大事なことだからな!」

 

 

カッカッカ、と笑う白斗はやはり意地悪だった。

けれども少しだけリードするような言動をしてあげる方が、5pb.にはとっつきやすかった。

まるで旧知の仲のように打ち解け合い、極度の人見知りもすっかり白斗の前では鳴りを潜めている。

 

 

「それにしても大変だな。 二時間後とは言えこれからラジオ収録だろ?」

 

「うん。 でも、ラジオも大切で大好きな仕事だから」

 

 

アイドルとしての仕事は歌だけでは留まらない。

今回のようにレコーディングやラジオの収録、更にはテレビ番組に出演するなど多岐かつ多忙。

きっと輝かしいことばかりではない、裏では血の滲むような努力や今でも業界特有のストレスもあるはずだ。それでも彼女は、このアイドルという仕事を愛していた。

 

 

「……そっか。 なら、俺の責任もデカイなこりゃ」

 

「……ごめんね、白斗君。 こんなことに巻き込んじゃって」

 

「良いってことよ。 これも大切で、大好きな仕事だから」

 

「………もうっ」

 

 

何でも無さそうに笑う白斗。

わざわざ5pb.の台詞で返す辺り、やはり意地悪だった。けれども気心知れた仲のように、その会話すらも楽しくなってくる。

楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、彼女は挫けることなく次なる収録へと向かう。

 

 

「はい! というワケで始まりました『ふぁいらじ』! 本日は3時間のスペシャルでお送りしま~す!」

 

 

明るく元気な彼女の声から始まるラジオ番組。

聞いた話だと視聴率もリーンボックスに限らず、ゲイムギョウ界中で大好評らしい。

それも5pb.の実力の高さから織りなせるものなのだろう。

今回は特別に白斗もブースの向こう側ではあるが、その収録を直に見せてもらうことが出来た。

 

 

「では最初のお便りは……あれ? ラジオネームなし? シャイな人なのかな」

 

(シャイ度で言えばお前以上の奴はいねーだろうよ)

 

 

彼女のコメントに少し苦笑い。

そんな彼の視線を感じたのか、5pb.も頬を膨らませるがすぐに切り替えて届けられたハガキを読み上げると。

 

 

『合言葉はねぷーっ!』

 

「………ナニコレ?」

 

(何やってんだアイツうううううううううっ!!?)

 

 

犯人は間違いなくプラネテューヌの女神様である。

 

 

「こ、この番組に合言葉とかないからね! では次のおハガキは……えーとノワール……ノワール様?」

 

(アイツもかよ!?)

 

 

ラステイションの女神様まで送ってきた。して、気になるその内容とは。

 

 

『次回のスペシャルゲストは私よ! ラジオとか一度やってみたかったのよね~』

 

「いや呼びませんから! ボクそんな権限無いし!」

 

(……声優とかに憧れてたとは聞いてたが、ここまでやるか……)

 

 

5pb.だけではなくスタッフらも、そして白斗も呆れの余り疲れてきた。

開始5分で、既に彼女の心はへし折られそうになっている。それでもプロ意識からか何とか持ち直し、震える指で次のハガキを摘まむ。

 

 

「き、気を取り直して次のお便り……ブラン……また女神様!?」

 

(どんだけ暇人だお前ら!?)

 

 

女神様も、存外暇なようだ。

最早怖くなってきたが逃げるわけにはいかない。意を決して文面に目を通す。

 

 

『私、ラジオドラマの脚本書いてみたの。 是非起用してみない?』

 

「……だからそういうのを送ってこないでください……」

 

(とりあえずあいつら纏めて説教だコラ)

 

 

白斗は怒りの余り携帯でメールを送信する。

受け取った女神達は皆、涙目になっているそうな。

 

 

『5pb.ちゃん! 四女神オンラインでパーティーに入ってくださいまし! 人数の集まりが悪くて……』

 

「…………………」

 

(バカ姉貴も追加だコラ)

 

 

ついでにベールも涙目になっているとか。

―――かくして微妙な空気から始まった怒涛のラジオも、5pb.のガッツとトーク力により持ち直し、大盛り上がりを見せていく。

途中休憩やCM、別のゲストによるトークもあったとは言え三時間にも及ぶ収録はさすがにハードの一言に尽きる。

それを、5pb.は笑顔で乗り切っていた。

 

 

「……さて、名残惜しいですが三時間のこの番組ももう終わりです! みんな、次の放送もよろしくね!」

 

(………本当に、凄いな………)

 

 

この世界に来て白斗が最も尊敬していたのは女神達である。(先程の醜態はともかく)

しかしそこにもう一人加えることになった。どんなハードな仕事にも、そして自身の抱える人見知りとも、夢への憧れを支えに頑張っている5pb.。

彼女の姿は、とても眩しかった。

 

 

「………はぁぁぁ………や、やりきった……」

 

「お疲れ様。 ……いや、マジで凄かった。 お前はアイドルになるべくしてなったんだなって思うよ、ホントに」

 

 

疲れ切った彼女を労わるかのように白斗が清潔なタオルを差し出した。

タオルは予め霧吹きで湿らせており、程よい清涼感が彼女を包み込む。

 

 

「ありがと。 それじゃ……後は着替えるだけだね」

 

「ああ、そうだな」

 

 

二人は笑顔で部屋を離れ、それぞれの部屋へと向かう。

それから数十分後、茶色いトレンチコートを着た青い長髪の人物。誰もが認める5pb.がテレビ局のドアを潜り抜けてきた。一人で。

 

 

「5pb.さん、お疲れ様でした! またよろしくお願いします!」

 

 

多くのスタッフから声を掛けられ、彼女は微笑みながらテレビ局を後にする。

この一瞬だけでも、どれだけ5pb.という一人の人間が人望を集めているか分かった。

 

 

「………ふぁ、5pb.ちゃ~ん………今日も可愛いなァ………」

 

 

すると物陰から一人、荒い呼吸をした若く、不清潔な男が少女の姿を捉える。

男は細身で健康的な見てくれでは無かったが、かなりの身のこなしで周りの人物に悟られないよう、物陰の隙間を縫うように移動していく。

そして5pb.が向かった先は、昨日と同じ現場。この近くに彼女の住む家があるのだから、必然とここを通るしかない。

 

 

「ふ、ふへへへ……5pb.ちゃぁぁぁああああああん!!」

 

「っ!?」

 

 

物陰から一気に肉迫した男の動きは、想像以上に素早かった。

どこで身に着けたかは知らないが、明らかに一般人を凌駕する技術である。一気に手首を掴まれた少女。

更に力も思ったより強く、中々振りほどけない。

 

 

「あ、安心して……。 君を守ろうと、毎日クエストをこなしてたんだぁ……どうだい、君のナイトに、ふ、相応しいでしょぉ~?」

 

 

どうやら5pb.のファンであるが故に身に着けた力らしい。

だが、当の本人の気持ちを全く考えていないこの男に、掴まれている少女は腸が煮えくり返りそうになる。

 

 

「き、昨日……やっと憧れの君に触れられたんだ……。 き、今日こそ……僕が、君だけのナイトになってあげるよぉ………」

 

 

愛ゆえの行動。愛ゆえの暴走。愛ゆえの狂気。

男は一切迷うことなく、それを実行してしまった。5pb.の気持ちを一切考えずに。

そんな彼女の顔を覗き込もうと、男は屈んだ。

 

 

「……テメェがナイトだと? ふざけてんのかクソ野郎」

 

「………えッ!?」

 

 

だが、手首を掴んでいる少女―――いや、“少年”の声は低かった。

明らかに殺気が込められており、その瞳は怒りの炎で燃え上がっている。男は驚いて手の力を緩めてしまった。

その隙に少年は手を振り払い、男から距離を取る。

 

 

「お、お前……5pb.ちゃんじゃないのか!? 僕の彼女をどこへやったァ!!?」

 

 

尚も身勝手な発言を繰り返す男。

いい加減、怒りが爆発しそうだ。少年はカツラを外し、コートを脱ぎ捨て、本当の殺気を解放する。

―――今まで5pb.に変装していた少年、黒原白斗の、暗殺者としての殺気の全てを。

 

 

「テメェのモンじゃねぇよ。 ……見えないのか、あの子がどれだけ傷ついたか。 どれだけ苦しんだか。 ……どれだけ泣いてるのかッ!!!」

 

「ヒッ……!? ヒイィィィィイイイイイイイイ!!?」

 

 

凄まじい殺気からの怒号。

クエストをこなしてきたという男も、すっかり戦意を喪失してしまうほどの恐怖。このままでは、自分はこの少年に殺される―――。

逃げようと振り返る、その先に居たのは。

 

 

「ふぁ、5pb.ちゃん……!? それに、女神様まで……!!?」

 

 

そこにいたのは、彼が愛してやまない少女こと5pb.。

だがその彼女の傍にはマーベラスとMAGES.、そしてこの国の女神、グリーンハートことベールが槍を携えて立っていた。

 

 

「白ちゃんの言う通りですわ。 ……仮にもナイトを名乗るのなら、この子の怯えた目を見て、もう一度言ってくださいまし」

 

「ああ。 ……貴様如きに、私の従妹に近づく資格など無いがな」

 

「そうだよ! 少しは白斗君を見習ったらどうなの、このゲス!」

 

 

ベールだけではない、MAGES.も、マーベラスも厳しい言葉を投げかける。

けれどもそれ以上に男を打ちのめしたもの。

それは愛してやまない5pb.からの―――拒絶の目と言葉。

 

 

「……来ないで、ください」

 

「……………ッッッ!!? ぅ、ぁ、あぁぁあぁあぁあぁあああああああ!!?」

 

 

愛していた存在からの、一方的な拒絶。

尤もその愛すら一方的なのだから、一方的に拒まれるのが当然と言うもの。しかし人格が破綻したその男にはその正常な思考が出来ず、狂ったように喚き散らす。

そんな、どこまでも身勝手な男に白斗は。

 

 

「うるせぇ」

 

「がほっ!!?」

 

 

怒りの拳を一発、脳天に叩き込んだ。

豪快且つ鈍い音が響き渡り、男は力なく地面へ沈む。

 

 

「………これで良し。 5pb.、もう大丈夫だ」

 

「……白斗君……本当に、本当にありがとう……!」

 

 

また見せてくれた、涙と合わせての歌姫の笑顔。

それを見せてくれれば、今回の報酬としては身に余るほどだ。

 

 

「もう思い残すことは無い。 さぁ、姉さん……俺を殺してくれ」

 

「女装したくらいでそんな自棄にならなくても……とっても可愛かったじゃありませんか。 私、待ち受けにしちゃいましわ♪」

 

「だから死にたいんだァ!! 殺せェ! 殺せよォ!!!」

 

 

身悶えしながら白斗はアスファルトの上で転がる。

散々言っていた「死ぬ覚悟」だの「全てを捨てる」だの、その理由は女装だった。

メイクはベールやマーベラスが担当してくれたとは言え、想像以上の完成度に白斗自身が悲しくなってしまったのだ。

 

 

「いや、白斗君! すっごく可愛かったから!!」

 

「ああ、良いものを見させてもらった……クックック」

 

「うん! ボクも嫉妬しちゃうくらい! 何だったら、その筋で芸能デビューしてみる?」

 

「うおおおおおおお!! 死ぬ!! 死んでやるぅぅうううううううう!!!!!」

 

 

女装を寧ろ褒められ、気に入られている。

だからこそより白斗は悲しくなり、死にたくなった。絶望の声を上げるそんな彼の姿がおかしくて、面白くて、楽しくて。

5pb.は思わず大笑いしてしまう。先程までの恐怖の一幕も忘れてしまう程に。

こうして大爆笑の中、5pb.を恐怖させたストーカー事件は幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、ストーカーは警察に連行されることはなかった。

代わりに待っていたのは5pb.個人による説教。当然周りから反対や心配の声が上がったものの、「ボクのファンだから」と笑顔で立ち向かっていた姿は、格好良く、美しかった。

そして一時間、みっちりと己の凶行を否定されながらも説得された男は憑き物が落ちた顔でトボトボと歩いていく。

聞けば今後もファンでいること、同時にファンであることは一側面に留めて置くという話。

正直なところ、白斗には不安もあったが、5pb.が望んだ結末だからだと静観することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日―――。

 

 

『みんなー! 盛り上げていくよー!!」

 

「「「「「ゥゥゥォオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」

 

 

リーンボックス最大級のライブ会場。

真夜中であるにも関わらず、5pb.のライブは大盛況、大熱狂だった。

その場にいた誰もが彼女の歌に惚れ、酔いしれ、そして彼女を盛り上げようと声を上げ、サイリウムを振り、飛び跳ねる。

 

 

『―――Go! to Dive キミのミライ……信じて!』

 

 

その歌声も、踊りも、そしてその瞳。

どれもが力強く、眩しくて、美しかった。

漫然と歌っているのではない、歌でその想いを表現している。だからアーティストなのだ。

―――黒原白斗は、特等席で彼女の持つ魅力全てを肌で感じ取っていた。

 

 

「ヤッベェ……これが、生の……本気の5pb.の力か……!!」

 

 

肌が、そして魂がビリビリと震え上がる。固唾を飲んでしまう。

彼女の事を知って追いかける程度では、本当の彼女の魅力を知るには不十分だったのだ。

本気の歌というものを生で浴び続けた白斗はすっかり彼女の歌の虜になってしまう。

 

 

 

「ええ、我が国自慢の歌姫ですわ!」

 

「従妹としても鼻高々だ」

 

「だからもう、あの子とあの子の歌が好きになっちゃうんだよね!」

 

「アタクシも暇じゃないんだけど……まぁ、こういうのもたまにはいいかもね」

 

 

今回の一件を解決してくれた礼として、この国の女神であるベールは勿論、MAGES.とマーベラス、チカの特等席も手配されていた。

誰もが最前列で、彼女の歌に当てられ、興奮の渦へと巻きこまれている。

 

 

「こういう時くらい、楽しまなきゃ損ですわ! イヤッホー!!」

 

「そうですね! と言うワケで私もイェヤアアアアア!!」

 

「お、お姉様にマーベラスまで……」

 

「まぁ、いいじゃないか。 私は騒がんが」

 

 

下手をすれば、自分達の声など周りのファンの声に押しつぶされてしまう。

それぐらいにまで大盛り上がりしている会場。

圧し潰されたくなければ、5pb.に想いを届けたければ、彼らに負けないくらいに盛り上がり、声を張り上げねば。

ベールとマーベラスも、負けじと応援していく。

 

 

 

「……んじゃ、俺も負けてる場合じゃねぇな!! 5pb.――――――!!!!!」

 

 

 

ファンの経歴としては、この中で最も浅いかもしれない。

だが間近で彼女を見て、守ってきた人間として、彼女を応援してやりたい。その一心で、白斗はそれこそ喉が張り裂ける勢いで彼女に声を、想いを届ける。

そして、彼女は一瞬、ほんの一瞬だけだが―――白斗“だけ”に微笑んだ―――ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ライブは当然、大盛況、大成功のまま終わった。

現在は関係者を集めての打ち上げパーティーの真っ最中。VIPという扱いで女神グリーンハートことベール、そしてその関係者として白斗らも参加していた。

その最中、白斗は誰もいなくなったライブ会場へと足を運んだ。

 

 

「ごめんね、白斗君。 打ち上げの最中に呼び出しちゃって」

 

「いいってことよ。 このライブ自体には関わってないし、ぶっちゃけ居辛かったし」

 

 

自分の目の前を歩く彼女、5pb.に呼ばれていたのだ。

白斗も打ち上げには参加していたのだが、彼は運営に関して何も手を付けていない。場違いにも程があると少々肩身が狭いと感じていたところである。

だからこうして連れ出してもらえたことは素直に有難かった。

 

 

「で、どうしたんだよ急に」

 

「いや、白斗君には……ちゃんとお礼したかったから」

 

「俺だけじゃなくて姉さんやマーベラス、MAGES.にも言ってやってくれよ」

 

「勿論、みんなにも感謝してる。 でもボクにとっての“一番”は……白斗君だから」

 

 

人見知りではあるが、律儀なのも彼女という要素。

ただ、実力があるだけではない。そういった人間的魅力が彼女をトップアイドルの座へと導いているのだと白斗は思い知らされる。

 

 

「……白斗君、本当にありがとう。 ボク……白斗君がいなかったら、きっと……アイドルを続けられなかった」

 

「……そっか、なら光栄だな」

 

 

本当なら謙遜したいところだが、ここまでストレートにぶつけてくれるのならそれを無碍にするわけにもいかない。

白斗は彼女の感謝を、しっかりと受け止めた。

 

 

「でも言葉だけじゃ足りない。 だから……ボクに出来る一番の方法で、貴方に……気持ちを伝えたいんだ」

 

 

そう言いながら、5pb.は近くの操作盤に手を付ける。

すると無人のライブ会場にスポットライトが一つだけ灯った。

真上からステージ中央だけを照らす、その範囲に5pb.が立つ。インカムの具合を確認し、大きく息を吸い込んで調子を整える。

 

 

「……白斗君。 君だけのために、歌います。 ……今だけ、貴方だけの歌姫になります」

 

「……5pb.……」

 

 

今、この会場には二人きり。

そして彼女は、白斗のためだけにその声を、その笑顔を向けてくれる。リーンボックスが誇る歌姫が、自分だけのために歌ってくれるその事実が嬉しかった。

けれどもまだ彼女の歌を聞いていない。微笑みながら、一番近い席に座る。

 

 

「BGMも、楽器も、バックダンサーも無いけど………精一杯歌うので聞いてください。 “Song for you”」

 

 

聞いたことのない曲名だ。もしかしたら新作なのだろうか。

すぅ、と静かに息を吸い込む音でさえ響き渡る静けさ。けれども、白斗と5pb.の胸は緊張による鼓動で満たされている。

この静けさも、胸の鼓動すらもBGM。その“意味”は二人の中で違えど、互いに重なりあう。

その最高の瞬間、5pb.のライブが始まった。

 

 

―――ずっと ずっと ずっと 私を守ってくれたよね

 

 

静かな曲調だった。

盛り上げるのではない、人の心に入り込んでくる歌。明るく元気だけではない、人の心に“感動”を与えてくれる。

 

 

 

 

内気で 怖がりで 感情表現できない 心の檻に囚われた私

 

 

 

 

そんな檻から 差し込んだ光 ―――貴方の、笑顔だった

 

 

 

 

その手が 私を 引き上げてくれたんだよ

 

 

 

 

 

比喩などではない、ストレートな表現。

だからこそ心に深く入り込んでくる。それはまるで―――彼女自身の心情を思い起こしているような詞。

 

 

 

 

 

 

 

私の夢を 輝かせてくれた 大好きな人 そんな貴方の“大好き”になりたい

 

 

 

 

 

 

だから 私は歌うの 私の夢で 私の想いで

 

 

 

 

 

 

―――大好きだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

歌い終わった。一番だけの、短い時間だったかもしれない。

けれども5pb.にとって、一世一代のライブだった。上がる息、震える体、赤く染まった頬。

そしてやり切ったと言わんばかりの、最高の笑顔。

白斗は息すらも忘れ、心臓すら止まりそうになる。そんな美しさがあった。

 

 

「………ボクの、気持ち………歌にして、見ました……」

 

 

少し恥ずかしそうにしながらも、ハッキリと目を合わせてそう言ってくれた。

美しくもあり、力強くもあり、そして可愛らしくもある。まさに女性の姿。

 

 

「……まさか、わざわざ……俺のために?」

 

「うん。 白斗君のために……歌いたかった」

 

 

彼女の気持ち、そして白斗へのお礼。

この日、この瞬間のためだけに彼女自ら作曲してくれた歌なのだと悟った時、白斗は更に胸が熱くなった。

気が付けば、彼女の人見知りも白斗の前では発動しなくなっている。それだけ、白斗が特別な存在になったということである。

 

 

「……身に余る報酬だ。 ありがとな、5pb.」

 

「……うん」

 

 

全く偽りのない言葉と笑顔。

白斗は大満足してくれたようだ。反面、5pb.としては貰いたかった言葉が貰えなかっただけに少々不満げだったが。

 

 

(……はぁ、やっぱり……。 白斗君って鈍感だよね……)

 

「え? 何でそんな悲しげな顔を?」

 

 

彼女にしてみれば、かなり勇気を振り絞ったのだがこれでもまだ伝わっていない。

周りにいるベールやマーベラスの反応を見ていれば、薄々も感づいてしまう。

何せ、彼女も“同じ”なのだから。

 

 

「……何でもないよ。 それから……その……」

 

「これからも頼りにしてくれていい。 歌とかは出来ねーけど、相談くらいならお安い御用だから」

 

(……こういうところだけは鋭いんだよね、はぁ……)

 

 

他人の助けを求める声には逐一敏感、なのに自分に向けられる感情に対しては恐ろしく鈍い。

だからこそ、“黒原白斗”という人間が出来上がったのかもしれないが。

ただ否定されたわけではない。これからも、彼との繋がりが、絆が続いていくと思うと嬉しかった。

 

 

「……なら、“これ”は契約料ってことで」

 

「ん? 何だこのメモ?」

 

「ボクの連絡先だよ。 白斗君も、何かあったら連絡してくれると嬉しいな」

 

「い、いいのか!? スキャンダルネタになっちまうぞ!?」

 

 

相変わらず、他人の危機には嫌と言う程敏感な男だ。

でもそんな彼の反応も既に予測済みだったらしく、5pb.は笑顔で受け流す。

 

 

「スキャンダル怖くてアイドルなんかやってられないよ。 それに相談したいなら連絡取れるようにしないと」

 

「……はは、確かに。 んじゃ俺からも」

 

 

白斗も自身の連絡先を書いたメモを渡した。

連絡先と言っても手にしている携帯電話。こんな薄っぺらい通信端末が、この世界では一般人でしかない彼とトップアイドルを結ぶもの。

全く世の中何が起こるか分からないと、白斗は微笑んだ。

そんな彼を、5pb.は愛おしそうな目で見ていた。

 

 

 

 

 

(……まだ、ボクの気持ちは伝わらなかったけど……でも、とても幸せな気分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……きっと、これが“恋”する……ってこと、なんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白斗君……大好きだよ♪)

 

 

 

 

―――少女は胸に秘める。いつか、愛しの人の歌姫になってみせると。




と言うことで5pb.ちゃんヒロイン回でした。
初代からずっと親しんでいたキャラなので、ようやくメイン回出せて良かったです。そしてマベちゃんやMAGES.も活躍。
他のメーカーキャラ達も、いろんな形で出せればと思っています。更にはさりげなく白斗君に女装属性が(笑)
さぁ、今後は白斗をどうオモチャにしていこうか……。
次回はリーンボックス編ラスト!ベールさんともイチャイチャしつつ、色んなキャラを絡ませるお話にしますのでお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。