恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART   作:カスケード

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第三十四話 Shall We Dance?

―――それは、とある日。リーンボックスでの出来事だった。

 

 

「社交舞踏会?」

 

 

何が何だか分からない、そんな声色で聞き返したのは白斗。

彼の目の前に居たのはリーンボックスの教祖こと、箱崎チカだった。

今回、白斗は珍しくチカから呼び出しを受けて参上したのである。彼女は明らかに困ったような顔色とため息で概要を説明した。

 

 

「……まず、このリーンボックスは海の向こうということで特殊な歴史があるの。 実はこの国は昔、科学技術すら殆ど導入されていなかった国だって知ってる?」

 

「あ、歴史を勉強して知りました。 中世のファンタジーをイメージしたような国だって。 それ故自然豊かで、“雄大なる緑の大地”もその頃の名残とか?」

 

「さすがに勉強してるわね。 それ故、この国では貴族制自体は無いんだけど、それを先祖に持つ有力者が多くいるの」

 

 

なるほど、と白斗は理解を示した。

血筋によって権力を持つ人間はどの世界、どの国でもいる。このリーンボックスではそれが色濃く出ているということだろう。

 

 

「で、その有力者たちがリーンボックスの政務を支えてくれてるワケ。 言っておくけど……」

 

「姉さんは最高の女神だけど、一人で国政を賄いきれるわけがない。 その姉さんを支えるために有力者たちが協力してくれてるワケですね」

 

「ええ、分かってくれてるようで何よりだわ。 それで話は戻るんだけど、その有力者たちを労うための催しがこの国では多く開かれる。 社交舞踏会もその一つなんだけど……」

 

 

そう言ってチカは視線をやった。視線の先にはベールの私室。

どうやらいつものように彼女は部屋に籠ってゲーム三昧らしい。そしてまた溜め息を一つ。

ここまで来たら、チカが何故白斗を呼んだのか嫌でも分かる。

 

 

「……この国の女神たる姉さんがいつまで経ってもゲーム三昧で催しに参加してくれない。 有力者たちのご機嫌取りのためにも、姉さんを引っ張り出してこい、ということですね?」

 

「そう言うことよ……話が早くて助かるわ」

 

 

また溜め息を一つ。察するにどうやら随分長い間、そう言った催しに参加していないらしい。

何しろベールはこの国の女神にしてあの美貌、そしてあのグラマラスな体型。参加するだけでも有力者たちにとってはお目に掛かれるだけでもありがたいというもの。

一方でベールの参加したくない気持ちも分からなくもないが、このままでは国政に影響が出かねない。さすがにそれを看過できるチカと白斗ではなかった。

 

 

「分かりました、微力を尽くしましょう」

 

「まぁ、アンタに寄せてる期待なんてほぼ無いも同然なんだけど。 何せこのアタクシが何度言っても聞いてくださらないのだから」

 

 

本当は白斗に頼むのが癪だったようだ。

ベール大好きな彼女にとって、自分以上に愛を寄せられている白斗を面白く思うワケが無いのだから。

ハハハ、と苦笑いをしつつも白斗はドアを潜り。

 

 

「姉さん、俺この舞踏会に参加したいんだけど。 姉さんと一緒に思い出作りたいな」

 

「行きましょう! 白ちゃん!!」

 

 

二つ返事だった。想像以上にアッサリだった。

そしてその様子を目の当たりにしていたチカはと言うと。

 

 

「   」

 

 

絶句していた。

無理もない、あれだけ自分が言っても聞かなかった敬愛する姉が、ポッと出の少年の言葉にあっさりと動かされるのだから。

その遣る瀬無さで彼女は真っ白な灰と化した。さすがに白斗も申し訳なさを覚えている。

 

 

「うふふ♪ 白ちゃんと一緒にダンスパーティー……♪ チカ、服の準備を! 今宵の舞踏会は最高のものにしますわよ~♪」

 

「……………はひ……………」

 

 

はしゃぐベールとは対照的に、チカはフラフラと魂が抜けたかのような足取りで部屋を出ていった。

余りにも惨い光景だと、白斗は肩を竦めた。けれども何もできないのが歯痒いところだ。

とは言え、これで任務自体は完了。後は今夜開かれるという社交ダンスを楽しむだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――舞踏会会場。

ベールの教会にも勝るとも劣らない規模の、貴族の屋敷を思わせる館。

その館の前に一台のリムジンが止まる。そこから降り立ったのは、二名の男女だった。

 

 

「うぇー……仕方ないとは言え、まーた堅っ苦しい格好すんのかよ……」

 

「うふふ、素敵ですわよ白ちゃん」

 

「姉さんほどじゃないって」

 

 

タキシードを着こんだ白斗、そして美しいドレスに身を包んだベールだった。

ベールは今回女神としての出席であるため女神化した状態で参加することになっている。

エメラルドを思わせる美しい翡翠色のポニーテールが揺れ、一歩一歩歩くたびに揺れる魅惑の肢体。男ならば誰でも目を惹いてしまう。

 

 

「けれども舞踏会……正直な所ご無沙汰ですから、緊張しますわね」

 

「大丈夫。 何かあったら俺が守るから」

 

「……ふふ、やっぱり素敵さでは白ちゃんに敵いませんわ」

 

 

当然、ベールはこの国の女神だけあってお近づきになりたい人間は多い。その中にはきっと良からぬ考えを持った者もいるだろう。

だが絶対に彼女を守って見せると白斗は力強い笑みを向けた。彼女自身には告げていなくても、ベールを守る。それが彼の中の絶対の誓い。

そんな彼が格好良くて、胸を高鳴らせてしまうグリーンハート様だった。

 

 

「では、素敵な殿方にエスコートして頂きましょうか」

 

「……お任せを、女神様」

 

 

伸ばされた手を取り、白斗は会場へとエスコートした。

手袋越しでも伝わる美しい感触に機械の心臓がまた過剰反応しそうになるが鉄壁の理性で押さえ、大理石でできた床を歩いていく。

革靴とハイヒールの靴音が心地よく響き渡る廊下の突き当り、大きな木製の扉を押し開ける。すると荘厳で華やかな音楽が、二人を出迎えた。

 

 

(うぉ……! すげぇ……まさに貴族の舞踏会って感じだ……!)

 

 

どこまでも華麗に響き渡る弦楽器の旋律、力強く心の奥底まで聞こえる管楽器の音色、音楽に彩りとリズムを刻ませるピアノ、そしてそれを至高の存在へと導く指揮者。

何もかもが完成された音楽に誘われ、人々は華麗に踊っている。有力者たちの道楽だけではない、踊りの華麗さ一つ一つがハイレベルだ。

白斗も圧倒されそうになったが何とか平静さを保つ。ここで一々驚いて、格を下げるようなことはしたくなかったからだ。

 

 

「ふふ、驚きましたか? この社交舞踏会はダンスを楽しむ場だけではなく、様々な人達へのアピールの場になるのですわ」

 

「アピール?」

 

「所謂求愛もそうですし、商談や政治会談の場にもなりますわ。 そしてそんな人たちにも『出来る人』と思わせるために、見事なダンスを披露するのです」

 

 

なるほど、と白斗も納得した。

白斗が元居た世界でも政治家などが良くゴルフなどの趣味をしていることが多いが、それは所謂パイプを持つための人付き合いという意味もあった。

この舞踏会もその一種なのだろう。現に―――。

 

 

「おお、グリーンハート様! ようこそお出でくださいました!」

 

「今日はグリーンハート様がご出席なさると聞きましてな、馳せ参じましたぞ!」

 

「相変わらずお美しいことで……!」

 

「あ、あはは……どうも皆様。 ご無沙汰しておりますわ」

 

 

数々の男達が言い寄ってくる。

いずれも高級そうなスーツで身を固めた者達だ。年齢は様々で政治家然とした者もいれば、若くして起業家となった者、純粋に女神に世話になった者など様々。

白斗もどうベールを守ったものか、と彼女の傍を離れず鋭い視線を向けようとしたが。

 

 

(白ちゃん、私は大丈夫ですからしばらくパーティーを見て回ってくださいまし)

 

(え? で、でも……)

 

(これも女神の務め、ですわ。 折角の舞踏会、楽しんできてくださいな)

 

 

ベールが目で、そう語ってくれた。

その後のやり取りをしばらく見守っていたが、ベールの対応は実に大人で、相手の神経を逆なでさせず、しかし容易く触れさせない高潔さを見せつけた。

女神の責務の一環として培われた経験から、男のあしらい方も心得ているらしくこれならば自分の出る幕はないと白斗も納得せざるを得なくなった。

 

 

「……さっすが姉さん、素敵だよ。 んじゃ、俺は料理でも食べるとしますかね」

 

 

色気より食い気を見せてしまう辺り、白斗もまだまだ子供。

本来なら近くに置かれたシャンパンを手に取りたいのだが下手に未成年であることが露呈して騒ぎになるのも忍びない。

大人しく料理に手を付けようかとテーブルに向かった時だ。

 

 

「あれ!? 白斗君!?」

 

「白斗さんも来てたんですか!?」

 

「ん? その声……」

 

 

そこへ聞き覚えのある声が二つ。いずれも白斗と親交のある少女の声だ。

振り返るとそこには―――。

 

 

「5pb.にツネミ? 二人も来てたのか!」

 

「それはこっちの台詞だよ! もう、こっちに来るなら連絡くらいしてよ!」

 

「はい、驚き過ぎてもう心臓が止まるかと……」

 

 

リーンボックスとプラネテューヌ、それぞれの国でアイドルとして大活躍中の少女、5pb.とツネミだった。

二人とも舞踏会に合わせてるためかいつもの恰好ではなく、可憐なドレス姿だった。

5pb.は黒いドレスを身に纏っており、大人っぽさを醸し出している。

対するツネミは紫色のドレスを着こみ、普段の可愛らしさを押さえて美しさを引き立たせていた。

どちらも思わず白斗も一瞬だけ言葉を失ってしまう程の、素敵な女性だった。

 

 

「……そりゃこっちの台詞だ。 二人とも、凄く綺麗だ」

 

「えっ……そ、そんな……!」

 

「き、綺麗だなんて……」

 

「本当だって」

 

「「は、はうぅぅ~~~………!!」」

 

 

ドレス姿が余りにも綺麗すぎて、ストレートな感想が飛び出てしまった。

一切飾り気がないだけにその言葉は真っ直ぐ、二人の胸を打つ。意中の人からそんな一言を貰えてときめかない乙女がいるかという話だ。

更に追撃の言葉を掛けられ、二人は茹蛸のように真っ赤になってしまう。

 

 

「……それにしても5pb.はともかく、ツネミは何でここに?」

 

 

白斗が抱いた純粋な疑問。5pb.はこの国の大人気アイドル、故にここに招待されるのも頷ける話だがツネミの活動地域はプラネテューヌだ。

こういったリーンボックスでの催しには余り関係なさそうなものだが。

そんな彼の疑問に、二人も冷静さを取り戻した。

 

 

「5pb.さんとはあれ以来仲良くさせていただいてまして……実は私達のコラボレーション企画が持ち上がったところなんです」

 

「それで、打ち合わせしてたところテレビ局の局長さんにこのパーティーに誘われちゃって。 折角だからツネミさんも一緒にどうかなって」

 

「なるほどね」

 

 

あれ以来、というのはツネミのあの無料ライブで5pb.も手伝いに来てくれたことだろう。

同じアイドル同士馬が合ったらしく、人見知りな5pb.ですらツネミとは気兼ねなく話しているようだ。

仲良きことは美しきかな、白斗もうんうんと頷いている。

 

 

「でも……ライバル同士でもあるんだけどね」

 

「負けませんよ、5pb.さん。 ふふふ……」

 

(あれ、何で火花散らしてんの? アーティスト同士で勝負とかするのかねぇ)

 

 

すると突然、不敵な微笑みを張り付けたままバチバチと火花が散らされた。

彼女らの背景には可愛らしいハムスターとペンギンが威嚇し合っているような幻覚すら見える。

しかしアーティストとして勝負しているのではない。同じ惚れた男を巡っての女の戦いであることを、白斗はまだ知らない。

苦笑いしながら二人を眺めていた白斗だったが―――。

 

 

「あ、あの! 貴方、確かこの間ツネミさんのライブでギターボーカルやってた人ですよね!?」

 

「へ? 俺ですか? ま、まぁそうですけど……」

 

 

一人の見知らぬ女性が近寄ってきた。

その女性はどこかのご令嬢らしい、整った身なりで年も白斗とはそんなに離れていない。

にも拘らず興奮気味でそんな言葉を掛けてきた。あのツネミのライブで白斗は代役としてだが、確かにギターボーカルを買って出た。

嘘をついても仕方がないので、歯切れ悪くも肯定したところ。

 

 

「やっぱり!! あのライブでファンになっちゃいました!! サインくださいっ!!」

 

「へっ!? サイン!?」

 

「「あー……やっぱり……」」

 

 

するとその女性がサインを強請ってきた。

さすがに色紙は持ち歩いていなかったため、ハンカチにサインをお願いしているが白斗としてはただただ驚くばかり。

一方で5pb.とツネミはどこか納得したような複雑な表情を向けていた。

 

 

「ま、待ってください! 俺あの時、代役で出ただけで本職じゃ……」

 

「で、でも貴方のあの声、ギター、そして姿が凄くカッコ良かったんです! お願いします!」

 

 

頭を下げるという、これ以上ない位の真剣な頼みっぷりだ。

ご令嬢と言うからにはプライドもあるだろうに、それすらかなぐり捨てて、頭まで下げてきたのだ。

例え本職じゃなくても、女性にここまでされては白斗も無碍には出来ない。

 

 

「わ、分かりました。 俺ので良ければ……。 サラサラサラ……っと、これでいいですか?」

 

「……っ! ありがとうございますっ!! またあのボーカル聞けるの、楽しみにしてますね!!」

 

「で、ですから代役……」

 

 

ハンカチに適当にサインを掻いて手渡した。それがもう女性にとっては嬉しかったらしく、喜びを爆発させていた。

その舞い上がり様ときたら、白斗の声すら耳に入っていないようだ。女性はまさに天にも昇る心地でその場を後にした。

 

 

「何なんだ一体……」

 

「何なんだも何も、あのライブ以降白斗さんって隠れファンがついているんですよ」

 

「マジか!?」

 

「マジだよ。 事実カッコ良かったし、素敵だったし! またやって欲しい!」

 

「はい、白斗さんのあのギターボーカルは最早伝説。 一回しかやらないなんて勿体ないです」

 

 

それでか、と白斗は納得した。

あのライブ以降、プラネテューヌの街中を歩いていると時折視線を感じたがどうやらそれ関係らしい。

しかもツネミは勿論、5pb.も聞き惚れてしまったらしくまたギターボーカルとして勧誘されている。

 

 

「そこで、今度のコラボには白斗君も交えたらどうかなって企画してるんだ!」

 

「何それ!? 当人である俺に一切話来てないんですけど!? 誰だそれ企画した奴!?」

 

「「ベール様」」

 

「姉さんンンンンンンンンンンン!!?」

 

 

隠れファンにして首謀者は女神様だった。

因みにグリーンハート様ことベールは「白斗ファンクラブ」のNo.1にして名誉会長である。更に言えばNo.2、3、4はそれぞれネプテューヌ、ノワール、ブランであることを白斗はまだ知らない―――。

 

 

「も、もう俺の話はいいだろ! それより、二人は踊らないのか? 折角の舞踏会だろ?」

 

「……忘れがちなんだけど、ボク……人見知りなんだよね……。 ここに来たのも局長さんの付き合いってだけだし……」

 

「あー……」

 

 

5pb.は極度の人見知りだ。当然、周りにいる人は知らない人だらけ。

思えば彼女は先程から妙に落ち着きが無かった。今平静を保てているのは白斗やツネミが傍に居るからだろう。

しかし、そんな彼女が見知らぬ他人と顔を突き合わせて踊るなど、正直無理ゲー感があった。

 

 

「私も、こういうところは初めてなので……どうしたらいいか……」

 

「ふーむ……思った以上に大変だな」

 

 

ツネミも感情表現は乏しい方で、尚且つこういった華やかな場所は慣れておらず、戸惑っていた。

確かに彼女達がいきなりこういう場所に放り込まれるのは聊か酷と言うもの。

 

 

「だったら僕が相手してあげようかぁ?」

 

「えっ?」

 

 

すると、背後から白斗とそう年の変わらない青年が声を掛けた。しかし品のない声だ。

が、既に出来上がっているらしく顔が赤く、呂律も少々回っていない様子。声を掛けられたツネミと5pb.も思わず引き下がってしまった。

 

 

「お~~~さすが5pb.ちゃんとツネミちゃんだぁ~! かぁわいい~!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「ささ、遠慮せずに僕と踊ろうよぉ。 その後はウチでじっくりとお話でもぉ……」

 

「ちょ、そんな……」

 

 

元来いい子であるため、上辺だけの褒め言葉にも返したのがまずかった。自分に興味ありと向こうが受け取ったらしく、強引に手を取ろうとしてくる。

酒の勢いもあるのだろうが、彼女達の可憐さを自分の物にしようとしている厭らしい手つきに5pb.とツネミも涙目だ。当然、それを許すこの男ではなかった。

 

 

「はい、そこまで」

 

「ぐッ!?」

 

 

白斗だった。男の手首を握り締めている。

思わず苦し気な声を上げてしまう青年、何しろその手から伝わる握力は尋常ではない。

この手首が握り潰されそうなほどの力―――いや、それ以前に無情ささえ感じさせるほどの冷たさが伝わった。

 

 

「今宵、ここは女性と戯れる場に非ず。 戯れるのは酒だけでいいでしょう?」

 

「………っ!」

 

「エスコートの仕方でしたら私がレクチャー致しましょうか? こう見えても得意なんですよ」

 

 

その手に優しくグラスを持たせ、血のように赤いワインが注がれる。

青年の手は震えていたが、白斗の手付きは波一つない湖面のように穏やかだ。ワインを注がれたグラスを手にしては、男も下手に暴れることが出来ない。

そして酒を注ぎ終えた時、白斗は彼にしか見えない角度と彼にしか聞こえない声でこうつぶやく。

 

 

「……地獄までのな」

 

 

―――まさに地獄のような恐ろしさと冷たさが、男を震え上がらせた。

 

 

「ひ、ヒィィィィイッッ……!!? ふ、ふん……興が削がれたっ!!!」

 

 

負け惜しみな台詞を吐き捨てながら男は去っていった。

白斗の言葉を受けて幾分か冷静さを取り戻したこともあるのだろう、こんな公衆の面前で事を荒立てるわけにもいかず、ズカズカと足音を荒くしていくが、徐々に小さくなる。

対する白斗はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

 

「ふん、本気で欲しい女なら俺くらい押しのけて見せろっての。 ……二人とも、大丈夫か?」

 

「「ぽー………」」

 

 

すぐさま男の事など忘れ、5pb.とツネミの心配をする白斗。

けれども二人は先程の恐怖もすっかり忘れ、顔を赤くして白斗に魅入っていた。

 

 

「ん? どないしました?」

 

「い、いや……白斗君が、カッコよくて……」

 

「はい……。 白斗さん、ありがとうございます……!」

 

「大したことはしてないって。 それよりも二人が無事でよかった」

 

 

好きな人に、劇的に助けて貰えたことがより一層二人の胸を打った。

普段の楽な格好とは違い、今の白斗はタキシードという整った服装を身に纏っているが故に大人の色気を醸し出していた。

それがより一層二人を酔わせる。とうとう我慢できなくなったのか、5pb.が一歩踏み出して。

 

 

「あ、あのっ! は、白斗君……ぼ、ぼ、ボクと、踊って……くれませんかっ!?」

 

「へ?」

 

 

ダンスの申し込みが、来た。

あのリーンボックスの歌姫からの申し込みなど、ファンであれば垂涎ものだろう。

だがそれに我慢ならない少女が一人。

 

 

「ふぁ、5pb.さんずるいですっ! 私も、白斗さんと踊りたいですっ!」

 

「だ、ダメだよ! 早い者勝ち! 白斗君、ボクと……踊ってくださいっ!!」

 

「分かった、分かったって! ツネミはこの後な?」

 

「うぅ……分かりました……」

 

 

感情表現に乏しいツネミにしては珍しく、怒りを露にして抗議してきた。

すると5pb.が更に反論してくる。彼女も押しが強いタイプではないだけに珍しいことだ。それだけ二人とも、本気で白斗の事が好きなのだ。気弱な自分を変えてしまうくらいに。

白斗は気圧されつつも、まずは順番ということで5pb.と踊ることに。

 

 

「……ボク、こういうところで踊るのは初めてなんだ……。 ちゃんとエスコート……してね?」

 

「俺も初めてだけど……全身全霊でお相手しますよ、レディー」

 

 

白斗にとって今、目の前にいる5pb.とは気軽に話せる友達などではない。

この場で踊れることを光栄に思えるほどの美しいレディーだ。そんな彼女の手を優しく取り、腰に手を添え、音楽に合わせて体を動かす。

ステップ、ターン、そして優しいリード。5pb.は白斗に全てを委ねていた。

 

 

「わぁ……! 白斗君凄い! 本当に初めてなの!?」

 

「ここに来るまでに姉さんに散々仕込まれたからな。 まだまだイケるか?」

 

「勿論!」

 

 

もっと白斗と踊っていたい。彼ともっと素敵な時間を過ごしていたい。

そんな要望に白斗は笑顔で応え、更に動きを速めた。音楽に合わせてテンポアップし、華麗なステップを刻んではターンで世界を一転させる。

 

 

(あはは……! 楽しい!! 白斗君と踊れるのが、こんなにも楽しいなんて!!)

 

 

目の前に愛しの人がいて、その人も同じ一時で楽しんでいた。今何を考えているのだろうか、自分の事をどう思っているのだろうか。それすらもどうでもよくなるほどに。

今の5pb.はまるで湖の上で踊る妖精のような可憐さだった。

やがて、音楽が終わると名残惜しくもその指先が離れ、互いに一礼する。

 

 

「はぁー……はぁー……! 楽しかった……!」

 

「俺もだ。 ……素敵だったよ、5pb.」

 

「……ありがとう! ボクも白斗君と踊れて、幸せだよ!」

 

 

僅か三分にも満たないダンス。それでも、その僅かな時間の中に全ての情熱が込められていた。

白斗も5pb.も汗を掻き、肩で息をしている。それでも不思議な高揚感があった。またこの一時の中に溺れたい―――5pb.はまた白斗と踊れることを願っていた。

 

 

「は、白斗さん……」

 

「お待たせ。 ほらツネミ、おいで」

 

「で、でもお疲れでしたら……」

 

「約束しちまったんだ、待ったナシ。 ほらよっと!」

 

「ひゃっ……!?」

 

 

余りにも見事なダンスだったので、ツネミは尻込みしていた。

何よりも白斗も体力を消費していたので無理をさせたくはないと生来の大人しさから遠慮しようとしてしまう。

だが、ここでやめてはきっと後悔する。そう思った白斗はツネミの手を取り、力強くも優しく抱き寄せた。

一見強引で、しかし優しいエスコート。ツネミの目の前に、白斗の顔が寄せられる。

 

 

「は、白斗さん……」

 

「踊らにゃ損だ。 楽しもうぜ、一緒に」

 

「……はいっ!」

 

 

こんな素敵な時間を楽しく過ごさないなど、勿体ない。

だから白斗は自分に出来る精一杯の笑顔で彼女を迎えた。彼の優しい笑顔に触れ、ツネミもその手を取った。

汗を掻いている白斗の顔が、余計に色っぽく見える。互いの吐息が触れることで、既にツネミの心臓は爆発寸前だ。

 

 

(ああ……白斗さんの顔がこんなにも近くて、こんなにも温かくて、こんなにも触れ合えて……幸せです……!)

 

 

白斗ともに踊れるこの一時が、ツネミにとっての幸せだった。

この温かく力強い手によって優しくリードされ、腰に添えられた手で常に支えられ、その足取りはゆったりとした柔らかな時間を作り出してくれる。

一歩一歩を大切に、一呼吸一呼吸を感じながら、目と目が合う一瞬を胸に刻み込む。

 

 

「………………」

 

「……? 白斗さん、どうされたんですか……?」

 

「いや、ツネミが綺麗なもんだから……見惚れてた」

 

「………ふふっ、私もです。 白斗さんが素敵すぎて……見惚れてました」

 

 

白斗もまた、目の前の歌姫に魅了されていた。

歌う時以外はほぼ無表情にも近かったツネミが、白斗の前では色んな女の子の表情を見せてくれる。

どれもが可愛くて、美しくて、色っぽくて。白斗に飽きない魅力を感じさせた。

そしてその魅力をダンスが更に引き出してくれる。優雅な踊りはゆっくりと互いの魅力を余すことなく伝える。

―――音楽が終われば、楽しい一時も終わる。切なさを感じながら、二人は一礼した。

 

 

「……本当に幸せな一時でした。 また……踊ってくださいね」

 

「ああ」

 

 

こんな楽しくて幸せな時間を、たった一度きりで終わらせるなどもう出来ない。

踊りの、そしてお互いの魅力に取りつかれてしまった二人はまた踊る約束をした。

 

 

「で、でしたら白斗さん……でしたよね? 私とも踊ってください!」

 

「へ? あ、貴女はさっきの……」

 

「先程の踊り、素敵でした! 是非……」

 

 

すると、背後から女性の声。先程サインを強請った女性だ。

どうやら今の踊りを見て更に白斗に興味を持ってくれたらしい。男冥利に尽きるというものだが、それを見せられて膨れっ面になるのはツネミと5pb.。彼女達からすれば、想いを寄せる少年をポッと出のモブキャラに奪われるわけにはいかない。

 

 

「し、失礼ですが白斗さんは連続で踊っているのでお疲れの筈です!」

 

「そ、そうです! ですから少し時間を空けて……」

 

「むー……分かりました……」

 

 

幸いにも女性は押しが強くなく、押しに弱いタイプらしい。

気弱であるはずのツネミと5pb.の提言を受けて渋々だが引き下がった。

 

 

「ふ、二人とも? 俺は別にバッチ来いなんだが」

 

「私達がバッチ来いじゃないんです!」

 

「そうだよ! 白斗君はもう少し自分がどういう人間なのか自覚すべきだよ!」

 

「何なんだよそれ……ん?」

 

 

そして何故か叱られた。

無理無茶もやり通すことで有名なこの男も、親しい女性には逆らえないという決定的弱点があった。

と、ここで白斗が理不尽さを感じならが謝っていると。

 

 

「―――っ!? 悪い二人とも、また後で!」

 

「あ、白斗君!?」

 

「どこへ……?」

 

 

何かを見たらしい、白斗が表情を変えてその場から去った。

一瞬引き留めそうになったが、彼の顔を見て引き下がるしかなくなる。何故かと言えば、彼の顔が刃のように鋭かったからだ。

白斗があんな表情をする時、それは誰かのために無茶をしようとしている時だ。

―――さて、白斗が向かった先にあった光景とは。

 

 

「グリーンハート様ぁ。 いい加減、私と一曲踊ってくださいよぉ」

 

(……はぁ、面倒な方が現れましたわね。 だからこういう催しは好きじゃないのに……)

 

 

挨拶ラッシュもそろそろ打ち止め、かと思われたと思いきや最後の最後にベールが苦手とする男が現れた。

このリーンボックスでも辣腕を振るう敏腕政治家だ。有事の際はベールにもよく尽くしてくれているのだが、こういった催し事ではそれをいいことにで何かと彼女にすり寄っているという、ベールからすれば対処に困る相手だった。

 

 

「私がどれほど貴女様のために尽くしてきたか……お忘れではありますまい」

 

「……ええ、その件については感謝の極みですわ」

 

 

明らかにこの優雅な会場に似つかわしくない男だが、周りの客たちは何も言えない。

裏で根回しして借りやパイプを作っているためだろうか、男に強気に出られないのだ。

ベールも正直この男の事は嫌いだったが国政については大変世話になっているのも事実。

邪険に扱えば、リーンボックスの明日に影響が及ぶかもしれない。

 

 

「でしょう!? ですから一曲くらい踊ってくださいよぉ~。 踊り方なら私が手取り足取り教えて差し上げますからぁ~」

 

 

わきわきと、何かを掴もうとする厭らしい手が伸びてくる。

さすがにベールも嫌悪感を覚え、思わずその手を払い除けようとした―――その時。

 

 

「おっと失礼」

 

(え……?)

 

 

ベールの体が別の誰かに優しく引き寄せられ、男から距離を離された。

あっという間の出来事だった。リードする力は強かったはずなのに体に痛みはない。それどころか羽のような浮遊感と、心地よい温もりが伝わってきたのだ。

引き寄せた“誰か”に目を向けると―――。

 

 

「こちらのレディーは私が予約済みですので。 ……触らないで頂けますか?」

 

(は……白ちゃん……!?)

 

 

白斗だった。

こんな公衆の面前であるにも関わらず、大物政治家相手であるにも関わらず、何よりその体に抱き寄せているのが女神様であるにも関わらず、堂々と啖呵を切って見せたのだ。

鋭い視線に男は一瞬、白刃で貫かれたかのような錯覚を覚えてしまい、怯んでしまう。

 

 

(は、はわわわ……! 白斗君、相変わらずの無茶を……!!)

 

(い、いざとなったら……私達も出張りましょう! 白斗さんを守るために……!)

 

(……そ、そうだね!)

 

 

とんでもない緊張感が流れ、会場が静かになる。

5pb.とツネミも口元を押さえて一瞬慌てていたが有事の際には白斗の味方になる覚悟を決め、動けるようにスタンバイする。

一方の男は白斗の視線に怯えを隠せないものの、何とか持ち直した。

 

 

「……っ!! な、なんだ貴様は!! 女神様相手に無礼だろうが!!」

 

「いえいえ、強引なエスコートをする貴方ほどではない」

 

「ぐ、ぐぐぐ……!! 何と生意気な……どこの田舎出身だ!!?」

 

(は、白ちゃん……以前と同じ方法を……!?)

 

 

白斗も馬鹿ではない。相手がこの国の国政に携わる重鎮相手であることは承知しているはずだ。それでも彼は決して怯まず、寧ろ煽り立てるような口調を崩さない。

彼の怒りの矛先を自分“のみ”に向けるため。以前、ウサン議員相手にもやった方法だ。こうすることでベールに一切非は無くなる。

彼女を理不尽から守るための、白斗の覚悟が伝わってきた。

 

 

「そ、それよりもいい加減グリーンハート様を離せぇ!! そのお方は今夜、私と踊り明かすのだぁ!!」

 

「……踊り明かす、ね。 それなら……」

 

 

ただ、ここは楽しい社交舞踏会。白斗とて暴力沙汰になるのは避けたい。

女神グリーンハートの名を傷つけぬためにも、相手が納得するような方向で事を収める必要がある。

ならばと、腕に抱いていた女神を優しく立たせ―――。

 

 

 

 

 

 

「……マドモアゼル。 どうか、私と踊ってください。 誰にも真似できないような最高のダンスを、私と一緒に―――」

 

 

 

 

 

 

彼女に、手を差し伸べた。

この会場に来ていたほとんどの客が白斗に対して「なんと無礼な」、「恥知らず」、「田舎者」と誹りの視線を投げつけてきた。

だが彼は一切揺らがない。どんな非難だろうと罵詈雑言だろうと、その背中で堂々と受け止め、守ってくれる。

 

 

(―――ああ、やっぱり貴方は優しい人ですのね。 こんな状況でも、私のために手を差し伸べてくださるなんて……。 なら、私に出来ることは―――)

 

 

そんな強くて、温かい彼だからこそ、女神グリーンハートは―――。

 

 

 

 

「……ええ、お願いしますわ。 私の王子様……」

 

 

 

 

―――その手を、取った。これ以上ない美しい微笑みと共に。

 

 

「なっ……!?」

 

「音楽団の方々。 ……『美しく青きドナウ』を」

 

 

驚く男に目もくれず、グリーンハートは音楽団にリクエストをした。

何故か白斗の世界でも存在する曲名だ。世界三大ワルツの一つに数えられる、最も有名なだけに難易度の高い曲である。

これは女神様からの信頼の証。白斗ならば自分と一緒にこの最高峰の曲で、最高の踊りをしてくれると。そしてこれを踊り切った時、誰もが認めざるを得ないと。

美しき女神の手を取り、その柔らかな腰に手を添えて、互いの視線を合わせる。

 

 

「………行くぜ」

 

「いつでも」

 

 

―――その微笑みが、始まりの合図。

指揮者がタクトを振るうと、静かなバイオリンの音色が会場内を包んだ。ドナウ川の美しさを例えた曲であり、静かな曲調からティンパニーも加わって迫力が齎される。

女神と少年は、その曲の流れに身を任せるかのように軽やかなステップを刻んだ。

 

 

(……不思議なもんだな。 姉弟して何度も顔を合わせてるってのに……目の前の姉さんが……いや、こんなにも美しい女神様が……こうして俺と踊ってくれてる、なんて)

 

 

今、白斗の中にはある種の緊張感があった。

それはこの踊りを成功させなければ、という次元の低いものではない。この世界における至高の存在、そして美の化身とも言える女神グリーンハートと踊れる喜びだった。

彼女の一挙手一投足が美しく、その一つ一つに魅了される。

 

 

(……ああ、まるで夢みたいですわ……。 姉弟になってから何度も遊んでいるのに……こうして私と踊ってくれる貴方が力強くて、温かくて、優しくて……本当に格好良くて……! もう、どうして貴方はこうも素敵なんですの!)

 

 

そしてそれは、グリーンハートも同じだった。

もう長い時間、彼と共に過ごしているはずなのに。また一つ彼の魅力を刻み込まれて、益々夢中にさせてくれる。

手から伝わる温もりが、互いに触れ合う吐息が、交わされる視線が。何もかもが女神をときめかせた。

 

 

(………まるで、俺と“ベール”だけの世界)

 

(今、この世界には私と………“白斗”の二人きり)

 

 

もう、お互いに心の中では呼び捨てだった。それだけの存在になれたのだ。

例えるならアダムとイヴ。唯一無二の存在となった二人は、尚も激しくなるステップとターンで二人の世界を築き上げていく。

音楽が二人だの世界を縁取り、そこに白斗とベールが情熱的な踊りで世界に色付けをしていく。更に互いの幸せな表情が、世界に命を齎した。

 

 

(もっと……もっともっと、ベールと踊っていたい……)

 

(白斗……まだまだ足りませんわ。 私と、もっと踊って……!)

 

 

互いに抱き合い、ベールは白斗にすべてを委ねて倒れそうになる。

白斗はそれを優しく支え、流れる川のような美しき所作で抱き寄せた。そこから畳みかけるようなターンの連続。

そして互いに離れては優雅なステップとターンで周りの観客たちを巻き込み、再び互いの手を取り合う。

 

 

「は、白斗さん……素敵……」

 

「ベール様も……なんて情熱的で、綺麗なの……」

 

 

5pb.もツネミも、周りの客たちもその美しさに飲まれてしまっていた。

最早誰もが白斗に野次を飛ばすことは無い。彼らの情熱的な踊りと、至高の音楽、そして美しきその姿に介入することが出来ないでいた。

僅かな雑音でさえ、完成されたこの美しき世界を壊してしまうから―――。

 

 

「………っ」

 

 

その中には、あの政治家の男もいた。

すっかり白斗とグリーンハートの世界に魅入ってしまい、固唾を飲んでいる。特に自身が欲していた女神の美しさが、彼の心を遍く照らした。

 

 

(……そうだ。 あの美しさに惚れこんで私はこの仕事に就いた……。 あの美しい微笑みで私を見てくればと思っていた……のに、いつの間にかあの美しさを独占したくなってしまって……私自身が、醜くなっていた……)

 

 

彼らが美しく輝けば輝くほど、己の醜さが浮き彫りになる。

男は自らの掌を見て、しかし必死に顔を見上げた。こんな自分よりも美しいグリーンハート、そして白斗の姿を目に焼き付けるために。

二人は尚も踊り続ける。その踊りで美しさ、楽しさ、幸せを表現するために。

 

 

(……すげぇ。 女神様と踊れることが……)

 

(ああ……なんて心地よさ……。 好きな人と踊れることが……)

 

 

二人の距離が、一気に縮まり、そして止まった。

 

 

 

 

 

((―――こんなにも、幸せだなんて!))

 

 

 

 

 

まるで見ようによっては、愛の口付けを交わしているようにすら見える一瞬。

誰もが息を飲み、口元を押さえ、顔を赤くしてしまう。それだけの美しさと色気があった。

それも一瞬、すぐに川の流れを表現するかのように音楽は激しくなる。しかし、徐々に川の流れは穏やかになっていくもの。

10分以上もあった音楽は、フィナーレに向けて静かになっていく。

 

 

(―――もう、終わってしまうのか)

 

(終わりたくない……こんな素敵な世界を、終わらせてしまいたくない……)

 

 

名残惜しさを感じながらも、二人のターンは最高潮になる。

一頻り回り終わると同時にグリーンハートはその美しい腕を高らかに上げる。それに合わせて音楽も最後の盛り上がりを見せ―――。

 

 

 

 

「―――最高の一時だったよ、“ベール”」

 

「私も幸せでしたわ。 ―――“白斗”」

 

 

 

 

 

美しき一礼を以て、フィナーレとなった。

白斗もベールも、全てを出し切り肩で息をしている。それでも体に籠った熱も、この疲労感も、何もかもが心地よく、充実していた。

二人の息遣いしか聞こえない静寂の後、彼らを出迎えたのは―――。

 

 

「ヒューヒューッ!! サイコー!!」

 

「さすがグリーンハート様!! 美しかった!!」

 

「でもあの男の子も凄くない!? 女神様とあんなダンスを披露するなんて!!」

 

 

盛大な拍手と称賛の声だった。

もう誰もが、今夜これ以上の踊りを披露することは無いと確信したからだ。

中には涙するものまで。最高の演奏をしてくれた音楽団の面々も、感涙してしまっていた。

 

 

「……もう、白斗君とベール様が素敵すぎる……ズルいよ……」

 

「……でも、負けていられません」

 

「うん! ……ボクだって、白斗君と素敵な世界を作って見せるんだから!」

 

「私もです。 ……白斗さん、そしてベール様……私も諦めませんから」

 

 

5pb.とツネミは余りにも完成されたそのダンスに息を呑んでしまっていた。だが、同時に憧れもした。

これを超える最高の世界を大好きな人―――白斗と作り上げたいと。

負けを認めるどころか、寧ろ対抗意識を燃やし、二人はより一層の精進を誓った。

 

 

「……………………」

 

 

対するベールに言い寄っていたこの男は、すっかり言葉を失っていた。

余りの完成度の高さに自分がついていけないという絶望感。それもあった。

だが、それとは別の感情も宿り始めていた。

 

 

「……さぁ、旦那。 次は貴方の番です。 俺を超えるダンス、期待してますよ」

 

「ええ。 そのお覚悟があれば、この手を取ってくださいな」

 

 

最高のダンスをしてみせた白斗に最早悔いはない。あるのは満足感と幸せ。

だから、笑顔で彼に次の順番を明け渡したのだ。

後はこの男がグリーンハートの手を取れば、次の踊りが始まる。しかし、男は首を横に振った。

 

 

「……無理だ。 私にあれ以上の踊りは……美しさは出せない」

 

「へへ、なら俺の勝ちってことで」

 

「ああ、負けたよ。 ……そしてグリーンハート様、申し訳ありませんでした」

 

 

すると男は憑き物が落ちたかのように負けを認めた。

それだけに留まらずベールに対し頭を下げてきたのだ。その姿は誠実そのもの。白斗が見ても、その真っ直ぐさに疑う余地は無かった。

 

 

「私は貴女様の美しさに惚れ、貴女様のためになればと政務に取り組んでいました。 ……ですが、いつしか私欲に塗れ、あのような醜態を晒してしまいました。 申し訳ありません」

 

 

明らかにプライドの高かった彼が、自らの非を認めてきたのだ。

ここまで言われては白斗ももう何も言うことは無い。グリーンハートもまた、彼に嫌悪感を抱くこと無くその手を取った。

美しき感触に思わず身震いをして顔を上げると、あの美しき女神の顔が彼を出迎えた。

 

 

「……いいのです。 確かに先程の姿には嫌気が差しておりましたが……それでも貴方は私にとって大事な国民。 これからも、お互いに尽くしましょう」

 

 

まさに女神。その美しさと優しさを以て、男の醜態を許したのだ。

女神とは国民のために尽くし、そして国民はそんな女神のために尽くす存在。互いが互いに尽くしあう理想の関係がここに生まれた。

男は涙しながらその手を握り締め、彼女に改めて誓う。

 

 

 

(……ま、勢い任せだったけど……姉さんのためになったなら、良かった)

 

 

 

最高の夜は、最高の結末を以て迎えるもの。

そんな女神と政治家の姿に惜しみない拍手が送られるこの光景に、白斗も満足したように微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それからしばらくして、白斗とベールは教会へと戻ってきた。

もう夜遅いからということで今夜はここで宿泊することになる。それを知った5pb.とツネミからは「明日遊びに行きましょう!」と半ばダブルデートに誘われてしまった。

今宵起きた怒涛の一時を思い起こしながら、白斗はキッチンへと向かっている。

 

 

(あー、今日は疲れた……。 ハッスルしまくったから喉が渇いたのなんの……)

 

 

三人の女の子と、最高のダンスを繰り広げたからには疲労感は尋常ではない。

特にベールとのダンスは曲の関係上10分以上も踊っていたのだ。汗もだくだく、体が水分を求めている。

故に誰もが寝静まったこの時間帯で喉が渇いたため、飲み物を求めていたところ。

 

 

「……ん? 音楽?」

 

 

どこからか、優雅な音楽が流れてきた。

目を向けるとそこには誰かがテラスで蓄音機を作動させていた。傍のテーブルにはティーカップが置かれている。

背凭れに隠れて姿は見えないが、もう誰の仕業かは分かってしまった。

 

 

「姉さん、何してんの?」

 

 

やはりベールだった。当然女神化はもう解除してある。

こんな夜更けに優雅に紅茶を飲んでいる人間など、この教会では一人しかいない。

声を掛けられたベールは特に驚くこと無く、いつものふんわりとした微笑みを向けてきた。

 

 

「あら、白ちゃん。 いえ、眠れなくて……音楽を聴きながらお茶を飲んでいましたの。 そう言う貴方は?」

 

「喉が渇いたもんでなんか無いかなーと」

 

「でしたらこちらの紅茶をどうぞ」

 

 

どうやら白斗が通りかかってくれることを予測していたらしい、ご丁寧に用意されたもう一つのカップに温かい紅茶が注がれた。

芳醇な香りが凝り固まった脳内を解してくれる。

 

 

「ありがとう。 ………ん、美味しい。 それに何だか眠くなっちゃうな……」

 

「カモミールティーですわ。 リラックス効果が高く、就寝前に飲むとストレスを緩和させてくれる紅茶です」

 

「銘柄や効能まで完璧。 さすが姉さん」

 

 

大人の女性として気遣いも出来る、まさに理想の女性。

これでゲーム廃人でなかったら、とも一瞬思ってしまったがそれもまたベールの魅力だ。

そしてそんな魅力的な女性と静かな夜で、二人きりになっている。

 

 

「……姉さん、ありがとな」

 

「いいですわよ紅茶くらい」

 

「そうじゃなくて、今日の舞踏会。 一緒に行ってくれてありがとな」

 

 

あの舞踏会は、白斗の思い出の一ページに刻まれた。

確かに堅苦しい格好は好きではない彼だが、だからと言って興味が無いわけでは無かった。

最初こそはチカに頼まれたからというのもあったが、実際にあの場で踊ってみると独特の楽しさに酔いしれることが出来る。

あの夜は、まさしく最高の一時だったと白斗は満足気だ。

 

 

「……私もですわ。 白ちゃんと一緒でしたから、あんなにも幸せな一時を過ごせました」

 

 

そしてベールも、白斗に最上級の感謝を送った。

もし白斗が来ていなければ、誘われていなければ。今日もいつもと変わらないゲーム浸りの一日となっていただろう。

それを最高の夜にしてくれたのは、恋した人だった。恋した人だったからこそ、最高の一時を過ごせた。だからベールは、彼に夢中になってしまう。

 

 

「ふふ、思い出したらまた踊りたくなってしまいましたわね」

 

「俺も。 ……姉さん、夜はまだ長いよね?」

 

「ですわね。 こんな素敵な夜、まだまだ終わらせたくありませんわ」

 

「なら良かった。 それじゃ―――」

 

 

白斗は意を決して立ち上がる。

時間は夜、誰もいない。光源となるのは夜空に瞬く星々と、ふんわり降り注ぐ月明りのみ。BGMは蓄音機から流れる古ぼけた音楽。格好とてフォーマルの欠片も無い、楽なものだ。

それでもこの人が一緒ならば、最高の夜になる。そして隣に座る女神に手を伸ばし―――。

 

 

 

 

 

 

Shall We Dance(私と踊ってくれませんか? )?」

 

 

 

 

 

 

たった二人だけのダンスを申し込んだ。

ベールは笑顔でそれを受け取り、二人は静かに踊り始める。

優しく、静かで、しかし幸せな踊りはまだまだ続く。星々と月は、それをいつまでも優しく見守っていた――――。




サブタイの元ネタ。はい、まんまあの名作映画です。
ということでダンスネタのお話でした。素敵なお話を書きたいと思ったんです。
こういった大人な一時って実は憧れたりします。バーに入り浸ったりとか憧れません?
そんな大人な雰囲気が一番相応しいのがベールさん。そして5pb.ちゃんとツネミちゃんも登場です。
5pb.は楽しく、ツネミは優しく、ベールさんは美しく躍らせてみました。少しでも伝われば幸いです。

そしてダンス、と聞いてボボボーボ・ボーボボのあの一幕が思い起こされました。
「実は鼻毛のお話か、ダンスのお話かどっちを書こうか迷っているんです」「鼻毛で行こう、澤井君」。私も脳内会議しました。結果、ダンスが捻じ伏せました。良かった、鼻毛にならなくて……。
次回は久々にプラネテューヌに戻ってネプ子と映画撮影!? お楽しみに。
因みにもし、14日まで上がらなければ14日にバレンタイン記念小説を先に投稿しようと思いますのでそちらもお楽しみに。
感想ご意見、お待ちしております!
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