恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART   作:カスケード

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番外編その1 バレンタインデー☆Kiss

―――この世界にもこんな行事があるの?あったっていいじゃないか。

時間軸はどうなってるの?考えるな、感じろ。

そんな軽いノリではあるが、乙女たちはいつだって真剣そのもの。

命短し恋せよ乙女、それは女神様とて同じ。

これは最初で最後の恋をした女神様達による、愛を届ける物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、これで必要なものは揃ったかなーっと」

 

 

日付は2月13日。聖戦の前日。

プラネテューヌの一室でネプテューヌは戦闘装束(エプロン)に着替えていた。

彼女の目の前には多数の調理器具と戦闘指南書(レシピ)、そして大量の板チョコ。

これらの情報から何をするか、もう画面の前の貴方もお分かりだろう。

 

 

「よーし! バレンタインチョコ作り、始めちゃいますかー!!」

 

 

そう、明日は2月14日。バレンタインデー。

いつもなら新作ゲームを待ち望んでいるゲイムギョウ界でも、この日は色めき立つ。

何せ恋人や想い人にチョコを送って気持ちを伝えるという女の子なら誰もが憧れる日だからだ。

今まで恋してこなかったネプテューヌはスルーしていたのだが今年からは違う。何せ彼女にも、好きな人が出来たのだから。

 

 

「……白斗、喜んでくれるかな……」

 

 

携帯電話の待ち受け画面を開く。

そこには自分の膝枕で気持ちよさそうに寝ている少年―――黒原白斗の姿が。

異世界から迷い込んだ、元暗殺者と名乗る少年。だがそんな彼に幾度となく救われ、その優しさに心を溶かされ―――恋に落ちた。

今のネプテューヌは彼のためなら何だってできる、まさに恋する乙女だった。

 

 

「あーもー。 身持ちが固いことで有名なネプ子さんがここまで心溶かされちゃうなんて、白斗も罪な男ですなー。 ……ふふっ!」

 

 

これまでその可愛らしさと明るさ、優しさから男性人気こそあったものの男の影も無かったネプテューヌ。

それだけに白斗と言う想い人の登場に彼女はときめきっぱなしである。そんな彼に送る初めての本命チョコ。尚更気合が入った。

 

 

「さてさて、まずは湯煎でチョコを溶かして……っと。 これでもちょっとは料理が出来るネプ子さんだから、実は安定感あるんだよー! え? メシマズ属性を期待してたって? ざーんねんでしたー!! いい嫁には必須のスキルなんだからー!!」

 

 

以前愛妻弁当を作る際に必死に勉強した甲斐があった。

料理得意とまでは行かないものの、主人公らしく安定感がある。ネプテューヌは鼻歌を歌いながら楽しくチョコレート作りに勤しむのだった。

 

 

「それにチョコレートだけじゃないんだもんねー! とっておきも用意してあるんだから!! ふふふのふー!!」

 

 

更に秘策を用意していたネプテューヌ。

その秘策とは、ポケットに差し込んだ二枚のチケットが物語っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ここでラステイションに場面は移る。

ラステイション、と聞けばあの黒髪ツインテール女神の出番ということはお分かりいただけるだろう。

そう、今キッチンで鼻歌を歌いながら調理をしている少女、ノワールである。

 

 

「ふんふふーん♪ ラステイションの新名物になればと思って試行錯誤していたショコラ・デ・ノワール……白斗が第一号ね♪」

 

 

元から努力家であった彼女は当然料理とて人一倍研究していた。

その甲斐あって手付きは慣れたもの、今回作っているのはチョコレート味のケーキ、ショコラだ。

ラステイションの名物になればと思い研究していたのだが、その甲斐あって作り方はもう熟知している。あっという間に生地を完成させ、オーブンに入れた。

 

 

「白斗、喜んでくれるかしら……。 も、もし……もしよ? もし、これも告白も受け入れられたら……きゃ~~~~♪」

 

 

何だかんだで一番真面目かつ一番乙女な女神様は彼女かもしれない。

 

 

「……それにしても、女神である私にここまでさせるなんて……。 それだけ、白斗が好きになっちゃったのよねぇ……」

 

 

脳裏に思い浮かべるは、恋したあの人の笑顔。

いつも彼に守られ、助けられ、そして支えられてきた。あの温かな彼に触れるためなら、何だってしてあげられる。

 

 

「白斗……明日は覚悟しなさいよね♪」

 

 

誰もいない今だからこそ見せられる素の自分。

どうやって渡そうか、どんな言葉を掛けようか、そんなことを考えるこの一時すら愛おしい。

緩んだ頬を引き締めようとしながら、結局は緩んでしまう黒の女神様であった。

 

 

「ふんふふー……ん? 何だか焦げ臭……のわああぁぁ――――っ!!?」

 

 

―――尚、妄想に耽りすぎてショコラを焦がしてしまうのはご愛敬。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむ……」

 

 

その頃、夢見る白の国、ルウィーでは一人の少女が一冊の本を手に唸っていた。

彼女の名はブラン、この国の守護女神である。その女神様が見てる本とはレシピ本。それもチョコレート菓子が掲載されているページである。

 

 

「……絶対に皆、白斗にチョコレートを渡しに来る……。 そうなったら、絶対に形やら色合いやらで被りが出てしまう……! それだけは避けないと……白斗にとってのオンリーワンにしてナンバーワンにならなきゃ……!」

 

 

ここでも乙女心を爆発させている女神様。

彼女は今、オリジナリティ溢れるチョコレート菓子を作ろうと模索中なのだ。

ずっと思い出に残ってもらえるように、自分の想いが一番深く刻み込まれるように。それだけ彼女は本気なのだ。

 

 

「ぬ、ぬぬぬ……でも皆のチョコの形が分からない以上、どれが被らないかなんて……」

 

 

これが一人や二人ならまだしも、白斗の場合想いを寄せいる女の子の人数が多すぎるのだ。

判明しているだけでもブランを含めて11名。とんだジゴロである。それだけの人数がチョコを作る以上、バラけると言っても幾らか被りは出てしまうだろう。

沸騰しそうな頭を抱えて沈んでいた、その時。

 

 

「でしたらブラン様、渡し方で演出してみては如何でしょうか?」

 

「ブラァッ!? ふぃ、フィナンシェ!?」

 

 

背後からぬっ、と現れた女性。

この教会が誇る出来るメイドことフィナンシェだ。メイドは見ていた。

 

 

「ふふ、白斗さんにお渡しするチョコでお悩み中ですよね?」

 

「えっ!? あ、いや! そのっ!? 違っ……………………………………はい」

 

 

何もかも分かっているような意地悪な微笑みと共にズバリ言い当てられる。

慌てて否定しようとするも、自分一人ではどうにもならないのも事実。顔を赤らめて下を向きながら、か細い声で肯定した。

因みに敬語である。

 

 

「ふふっ。 可愛いですよ、ブラン様」

 

「か、からかうんじゃねぇっ! それよりもっ!! 渡し方で演出って何だッ!!?」

 

「そ、そんなにがっつかなかくても……」

 

 

誤魔化そうとしているのか、それとも真剣に聞きたいのか。

いつもの物静かさから素の口調へと変わってしまう。

 

 

「頼む!! 他の奴らに負けたくない!! 私が白斗の一番に……なりたいんだよぉ……」

 

 

どうやら後者だったようだ。

ブランはどちらかと言えば自分の内面に踏み込まれるのを苦手とするタイプ。そうなった場合、つい攻撃的な性格になってしまうのだ。

だが今はそんなプライドをかなぐり捨ててまでフィナンシェに頭を下げている。それだけ白斗に想いを伝えたいのだ。

本気で彼の事が―――好きだから。

 

 

「……分かりました。 では改めてご説明しますと、チョコの種類で勝負するのではなく、シチュエーションで攻めるということです。 多分他の人達はチョコ作りに凝り過ぎて普通に手渡しになると思いますから……」

 

「な、なるほど……ロマンチックな渡し方をして意識させろということね! さすがフィナンシェ!」

 

「えっへん! 出来るメイドです♪」

 

 

その発想は無かった、とブランが舌を巻いている。

褒め称えられたフィナンシェは得意げに胸を張った。ブランよりはある胸ではあるためいつもなら嫉妬の対象だが今回ばかりは頼りがいがある。

 

 

「……ありがとう、フィナンシェ。 挙式の準備をしておいて」

 

「ちょっとそれは段階すっ飛ばしすぎでは!? どこまで行くつもりですか!!?」

 

「ふ、ふふふ……ハネムーンはどこまで行こうかしら……いっそ月まで……」

 

「ブラン様ー!! 意識まで月に飛ばさないでくださーい!!!」

 

 

何やら舞い上がり過ぎてブランがとんでもないことを言い始めた。

どうやら恋のABCで言うところのEまで行っているらしい。果たしてこんな調子で大丈夫なのか、と不安がるフィナンシェだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、海を越えてリーンボックス。

今、ベールは自室でゲーム三昧―――ではなく、とある参考文献を片手に作戦を練っていた。

その目は真剣そのもの。どんなゲームのラスボスよりも緊迫し、尚且つ絶対に負けられない戦いが明日、幕を開ける。

 

 

「……バレンタイン。 白ちゃんに私の気持ちを伝える聖戦……何としても勝たねば!!」

 

 

今日のベールはなんとゲームに一切手を触れていない。

来るべき2月14日、バレンタインに向けて着々と準備を進めていたのだ。彼女にとってゲームは人生、しかし白斗は己の命。

ギュッと胸元を握り締め、高鳴る心臓を必死に抑える。今となっては彼の顔を思い出すだけで鼓動が止まらない。

それほどまでに彼を愛していたのだ。姉としても、妹としても、女としても。

 

 

「お、お姉様~。 買ってきました……」

 

「あら、チカ。 ご苦労様~」

 

 

そこへノックが鳴らされる。

ドアを開ければ買い物袋をパンパンに膨らませているチカが。手にした買い物袋を床に置けばドン、という重みのある音が伝わる。

袋を開けるとそこには―――。

 

 

「……お姉様。 バレンタインだからチョコが必要なのはわかりますが、こんなに大量に必要ですか?」

 

 

ギッシリと詰められたお徳用チョコが。

重量にして数キロはあるかもしれない。失敗を考えると幾らか予備は必要だとしても、こんなに使うワケが無いとチカも首を傾げている。

 

 

「勿論、チカや教会職員の皆様用でもありますわ」

 

「お姉様……! ……だとしても、結構余りますよ?」

 

「ええ。 どうしても量が必要ですから!」

 

「量、ですか……。 ところでお姉様、その本は?」

 

「明日の聖戦を勝ち抜くための戦術指南書ですわ!」

 

 

そうやって彼女が掲げた一冊の本。

チカが一体何なのかと開かれたページを見て見ると―――裸の女性が自らの体に溶けたチョコを塗りたくっているというとんでもないシーンが描かれていた。

 

 

「んなっ!? こ、これ……お、お姉様ぁぁああああああああ!!?」

 

「最近のラブコメは過激ですのね……。 ですが、これこそ殿方を悩殺させる最強の一手! 白ちゃんのためならこの身を捧げることなど厭いませんわ!」

 

「厭ってくださいッ!! これただのエッチな漫画じゃないですか!?」

 

「甘いですわチカ! 漫画だからこそ憧れるというもの……男の子の純粋な願いを叶えてあげてこそいい女ですわ!!」

 

「いい女の前にただの痴女ですーっ!!?」

 

 

チカのツッコミは正しい。紛うこと無き正論であろう。

敬愛する姉を痴女にするわけにはいかないと泣きながらなんとか諭し、このシチュエーションを敢行するならチョコレートは使わせないという条件を押し付けることでベールは渋々ながらそれに従ったのだった。

 

 

「でしたら私の体を模したチョコレートを作れば……」

 

「お姉様ぁーッ!! お願いですから目を覚ましてー!! この小説R-18タグついていませんからぁ――――!!!」

 

 

余りにもとんでもない展開にチカまでもがメタ発言。

はてさて、緑の女神様のバレンタインはどうなることやら―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ここまで、四女神達の聖戦前夜をお送りした。

だが何も主役は彼女らだけではない。明日の主役は恋する乙女たち全て。

誰もが主役であり、誰もが恋に胸をときめかせる日。誰もが、最高のハッピーエンドを迎えるべく準備を進めていた。

 

 

「今回だけはお姉ちゃんには負けない……! 私だって、お兄ちゃんが大好きだから!」

 

 

ある者はエプロンを着込んで溶けたチョコレートを必死に掻き混ぜ。

 

 

「……出来た! 後は白兄ぃに渡すだけ……ええい、女は度胸! 当たって砕けろよ!」

 

 

ある者は玉砕覚悟を決め、エプロンを外した。

 

 

「……よし、これに決めた! ……は、白斗……喜んでくれるかしら……」

 

 

ある者は、携帯電話を片手に想い人に送るものを決め―――。

 

 

「これで準備完了です! ……あいちゃんには負けないです!」

 

 

ある者は出来たてほやほやのチョコを嬉しそうに掲げる。

 

 

「う、うぅ……! また失敗……!! 早くしないと白斗君にチョコを渡せなくなっちゃう……」

 

 

またある者は愛する者のために悪戦苦闘しながらも諦めることなく調理を続け―――。

 

 

「……うん、最高の贈り物が出来た! ……ボクの気持ち、届くかな……」

 

 

ある者はギターを片手に贈り物を詰めた箱に口付けを一つ落とし―――。

 

 

「白斗さん……。 受け取ってくれると、いいな……」

 

 

ある者は自らの想いを詰めたチョコレートを胸に抱き、明日へと思いを馳せた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――誰もが明日の主役にしてライバル。

大好きなあの人に自分の想いを届けたい、そんな純粋な願いが明日集う。

気が付けば温暖な気候で有名なプラネテューヌにも寒気が訪れ、雪が静かに降っていた。

 

 

「……お、雪か。 何だか明日はいいことが起こりそうな予感……なんつって」

 

 

その様子を自室の窓から見つめていた少年―――黒原白斗。

愛読書である「女神と守護騎士」を手にしていたが、それを閉じて雪を眺める。

間もなく日付が変わる深夜零時近く。何故か彼も、胸が高鳴っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして日は昇り、2月14日。

さすがのプラネテューヌも身を切るような寒さに包まれる時期。だがどんな気候であっても生活習慣を崩すのはよろしくない。

というわけで、この男の朝はいつも通り早いのだった。

 

 

「おぉー、寒ッ……! こんな日にランニングするもの好きなんて俺くらいかね……」

 

 

白斗だった。元から早起き体質である彼は毎朝5時には起きてランニングしたり、今日一日の準備を整えたりする。

今朝も何も変わらない、単なる一日が始まる―――そう思っていたのだが。

 

 

「おはようお兄ちゃん! 待ってたよ!」

 

「ネプギア? おはよう、早いな」

 

 

だが今朝は違った。

既に普段着へと着替えを済ませていたネプギアが部屋の前に立っていたのだ。

彼女も規則正しい生活を送っているとは言え、こんな朝早くに用事もなく起きるような娘ではない。となるとそれほど大事な用事があると見える。

 

 

「えっとね、どうしても一番乗りしたかったから……」

 

「一番乗り?」

 

 

もじもじ、と顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いている。

大変可愛らしい姿だ。だが話が見えてこない。

一体何のことやら、と首を傾げているとネプギアは何度も深呼吸を繰り返し、そして覚悟を決めて。

 

 

「……お、お兄ちゃん……これっ! う、受け取ってくださいっ!!」

 

 

勢いのまま、可愛らしいラッピングが施された小箱を受け取る。

ネプギアらしい丁寧な包み方に優しさを感じた。

 

 

「あ、ありがとう……でも今日って俺、誕生日でも何でもないけど……」

 

「あれ、お兄ちゃん知らないの? 今日はバレンタインデーだよ」

 

「バレンタイン? こっちの世界にもあったのか……。 え? じゃぁ、これって……」

 

 

ここまで言われたら、さすがに鈍感な彼でも分かる。

手渡されたのはバレンタインチョコだと。それを認識するや否や、さすがに顔が少し熱くなってきた。

彼の赤らんだ顔を見て、ネプギアの顔までもが赤くなってくる。

 

 

「あ、あのねお兄ちゃん……その、ね……。 ほ、ほ……」

 

「ほ……?」

 

 

何とかして伝えたい、この想いを。

鈍感な白斗であろうと「本命」や「本気」と一言添えれば、それで自分の気持ちが伝わるはず。

ネプギアは己の勇気を振り絞り、そして。

 

 

「……本当に、いつもありがとう! 大好きだよ!」

 

「……こっちこそ、ありがとうなネプギア」

 

 

―――どちらとも受け取れる発言に、なってしまった。

他に遠慮してしまったのか、今の距離感を壊したくなかったのか、単に勇気が出なかっただけなのか。

それでも、白斗は笑顔でそれを受け取ってくれた。更には温かな手でネプギアの頭を撫でてくれる。

 

 

(……うぅ、私ってばどうして肝心なところで勇気が出ないのかな……でも、お兄ちゃんが喜んでくれたし、いいよね!)

 

 

頭を撫でられて嬉しい反面、想いを伝えきれなかったことに落胆するネプギア。

溜め息をついてしまうが、チョコを受け取った白斗は本当に嬉しそうだ。

 

 

「あ、引き留めてごめんね! トレーニング、頑張って!」

 

「おう。 んじゃ、行ってきます!」

 

 

受け取ったチョコを懐に仕舞い込み、ネプギアの声援を受けながら走り込みへと向かった。

上機嫌なまま、白斗は街の外へと向かうべくエレベーターに乗り込む。

不思議と足取りは軽かった。

 

 

(……まさか俺みたいな奴にもバレンタインチョコとは。 我が世の春が来たかな~♪)

 

 

柄にもなく鼻歌を歌いながらプラネタワーを出る。

するとその前に、一人の見覚えのある少女が立っていた。

 

 

「来た来た。 噂通りの早起きね」

 

「アイエフ? お前もどうしたよ、こんな朝早く」

 

 

自称ゲイムギョウ界に吹く一陣の風ことアイエフだった。

彼女もいつもの青いコートではなく、長袖長ズボンのジャージと動きやすい格好である。

 

 

「いや……偶には一緒にランニングとかどうかな、って……」

 

「おう、いいぜ。 誰かと一緒にランニングなんて久々だ」

 

 

どうやらランニングに付き合ってくれるらしい。

事前連絡も無かったので驚いたが、純粋に嬉しくもあった。こんな個人的な時間に付き合ってくれる物好きなど精々ラステイション姉妹くらいだったのだ。

彼の返事が返ってくるとアイエフも嬉しそうに微笑んでくれる。それが始まりの合図、二人は同時に走り出した。

 

 

「んーっ!! 気持ちいわねー!!」

 

「だろ? これを機に習慣づけてみたらどうだ?」

 

「そうね……たまにだったらいいかな。 ……白斗と一緒なら」

 

 

最後の方はよく聞き取れなかったが、顔が赤らんで、それでも嬉しそうなアイエフ。

敢えて聞き返す必要もないかと、白斗は二人だけのランニングを楽しむ。

誰も無いプラネテューヌの街中は静かであり、より二人きりであることを意識させてくれる。

冷気で澄み切った空気を心地よく感じながら走っていた二人だったが、30分くらい経つと汗も出てくる。

 

 

「よし、ここまでにしようか」

 

「ふぅ、ふぅ……結構汗掻いちゃったわね」

 

「だな。 飲み物買ってくるよ。 何がいい?」

 

 

とある公園で走り込みを切り上げた。

軽いランニングとは言っても30分も走れば肩で息をするほど疲労する。体中が水分を欲していたので、近くの自販機で何か買おうと提案すると。

 

 

「ま、待って! ……あの、これ……」

 

「ん? 水筒?」

 

「……飲んで……」

 

 

アイエフが一本の水筒を差し出した。

思えば今日、白斗を待っていたことといい、このジャージ姿といい、随分準備がいい。

ただ、水筒を差し出しているアイエフの腕が緊張で震えていた。

何をそんなに震えているのだろうか、と首を傾げながらも白斗はそれを有難く受け取る。

 

 

「ありがとな。 んじゃ早速………お? 何だこの飲み物? 甘い匂い……これ、ひょっとしてホットチョコレートって奴か?」

 

「………うん」

 

 

コポコポと心地よい音を立てながらコップに中身を注ぐ。

すると茶色い液体で満たされていた。湯気と共に甘い匂いも漂っている。食欲をそそるような甘さだ。

ホットチョコレート、チョコレートを牛乳で溶かした飲み物である。

ずずっ、と啜ってみるとその匂いに違わない心地よい甘さが口の中に広がる。アイエフはその様子を固唾を飲みながら見守っていた。

 

 

「……美味しい!」

 

「ほ、ホントに!?」

 

「ああ、上品な甘さで後味もしつこくない! 飲みやすいし、温度調整も完璧……って、まさかこれ、アイエフが作ってくれたのか?」

 

「……そ、そうよ……」

 

「わざわざありがとうな! ホットチョコレートなんて初めてで嬉しいよ!」

 

 

白斗が問うと、アイエフはこれまで以上に顔を赤くさせ、目をギュッと瞑りながらも頷いた。

どうやら彼女が腕によりをかけて作ってくれたお手製ホットチョコレートらしい。気配り上手なアイエフらしいチョイスである。

彼女お手製のホットチョコレートをしっかり味わっている白斗の笑顔を見て、アイエフが胸元を握り締める。

意を決して白斗の耳元まで近づくと。

 

 

「……ハッピーバレンタイン、白斗」

 

「え……」

 

 

可愛らしい声で、そう呟いてくれた。

 

 

「……そ、それじゃっ!!!」

 

「あ、おい!?」

 

 

すると耐えきれなくなったのか、アイエフは脱兎のごとく駆け抜けてしまった。

まさにゲイムギョウ界に吹く一陣の風と言わんばかりの疾走っぷりだ。

思わず声を掛けるももう届かず、アイエフは朝霧の中へと消えていってしまう。

 

 

「……これ、まさかバレンタインチョコ……ってことか?」

 

 

まさかもまさか、それ以外の結論には至れなかった。

固形物ではないが、だからこそより新鮮に映る。それを意識すると、白斗の顔が少し赤くなった。

もう一杯啜ってみる。今度は、先程とは違う甘さを感じた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「―――ご馳走様でした!」」」

 

「はい、お粗末様でした」

 

 

その後、プラネタワーに戻り、各種作業を済ませるとイストワールが朝食を作ってくれていた。

既にネプテューヌ達も起きており、皆で一緒に朝ご飯を平らげる。綺麗なった皿の前で手を合わせ、感謝の気持ちを伝えると食事当番だったイストワールも嬉しそうに返してくれた。

 

 

「イストワールさん、皿洗いしておきますね」

 

「いつもいつもすみません」

 

「いえいえ、今日一日休みですしこのくらいは」

 

 

そう、今日は白斗に仕事は回ってきていない。休日だ。

前々からイストワールが定めていたのだが、どうやら彼女の取り計らいらしい。今にして思えば「ゲイムギョウ界のバレンタインをしっかり堪能してください」というメッセージだったのだろう。

 

 

「あ、そうです。 今日は忙しくなりそうなので先にお渡します」

 

「ん? これ……チョコレートですか?」

 

「はい。 白斗さん、いつもありがとうございます。 これからもよろしくお願いしますね」

 

 

振り返ると、イストワールが可愛らしい模様の紙袋を手渡してくれた。

もうここまで来たら鈍い、鈍感、唐変木と三拍子揃う白斗でも感づける。これもバレンタインチョコだと。

手にしたそれを受け取ると、イストワールが可愛らしく微笑んでくれた。思わず胸が高鳴ってしまうような可愛らしさだ。

 

 

「ではこれから職員の皆さんにもチョコレートを配ってきますので」

 

「私も行ってきます! お兄ちゃん、また後でチョコの感想聞かせてね!」

 

「白斗、またねー!!」

 

「おー」

 

 

どうやら忙しくなりそう、とは職員たちにチョコレートを配る作業があるかららしい。

イストワールだけではない、ネプギアやネプテューヌもそれに参加するようだ。手にしているのは市販のチョコだが、女神様や可愛らしい少女から貰えるチョコなど大金積まれても手放せないほどの価値があるだろう。

事実、今日という日を支えに生きている教会職員も多いのだとか。何と浅ましいことか。

 

 

「……ってことは、これ義理か。 ま、そうだよな」

 

 

イストワールから受け取った袋を、それでも大事に仕舞い込む白斗。

しかし彼は知らない。イストワールが彼に送ったチョコレートは、実は市販の物ではないないことを。

それでも嬉しかったらしく、上機嫌で皿洗いに取り掛かる白斗にひっそり微笑みながらイストワールはチョコレート配布へと向かおうとした。

 

 

(……あら? そう言えばネプテューヌさんはまだチョコレートを渡していないのでしょうか? 真っ先に白斗さんに渡しそうなものですが……)

 

 

と、ここで違和感に気付く。

いつもであれば積極的に白斗に絡んでくるネプテューヌが、まだ何のアクションも起こしていないことに。

白斗の様子を窺ってもまだ彼女からチョコレートを貰っていないらしく、尚更状況が呑み込めない。ネプテューヌも普段と変わりない明るさで、チョコレートを用意し忘れたというオチでもなさそうだ。

 

 

(ふっふっふ……いーすんは怪しがってるなー。 だがもう遅い、先程白斗にチョコを渡した時点で勝敗は決しているのだよっ!!)

 

 

ネプテューヌはそんな彼女の視線に気づき、内心勝ち誇った顔を浮かべていた。

そう、これも全ては彼女の作戦の一つ。

 

 

(ジゴロな白斗は多くの女の子からチョコを貰ってしまう。 つまり普通に渡したのでは気持ちは伝わりにくい……ならば私は今日一日の最後、つまり一番最後にチョコをあげることで強烈に印象付けることが出来るのだ―!!)

 

 

女性人気の高い白斗は、その性格からして真剣に送られたものであれば決して無下にはしない。

つまりバレンタインチョコを多く抱え込むことになってしまうのは目に見えていた。だからこそ彼女は一番最後に渡すことで、自分の気持ちをアピールしようとしている。

既に乙女の戦いは火蓋を切って落とされているのだ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、洗い物OK。 自分の洗濯物OK。 ゴミ出しOK。 後は……」

 

 

家事を手際よく終わらせていく白斗。ここまで行くと主夫の領域である。

因みに洗濯物に関しては女の子の下着などもある関係上、白斗のものは彼自身が洗濯をするように申し出た。

ネプギアなどは気にしないと言ってくれるのだが白斗が気にするので強引に押し通した形となった。

と、ここでインターホンが鳴る。来客だろうか。

 

 

「へいへーい、どちら様ー?」

 

 

ここは女神が暮らす居住区、何の警戒も無しに開けるのは愚の骨頂なのだがそもそもここはプラネタワー。入り口などは衛兵によって固められているため、知り合いでもなければ簡単にここに来ることは出来ない。

つまりは知り合いであるということ。ドアを開けてみれば、やはりその通りだ。

 

 

「ラステイションの女神様よ。 白斗、こんにちは!」

 

「白兄ぃ! ヤッホー!」

 

 

ラステイションの女神とその候補生、ノワールとユニだった。

真面目なノワールだけに礼儀正しい挨拶、ユニは少し崩した挨拶。この短いやり取りだけで二人の性格が垣間見える。

 

 

「ノワールにユニ、いらっしゃい。 ……で、なんで二人して抓り合ってんの? 喧嘩でもしてるの?」

 

「き、気にしないで頂戴」

 

「け、喧嘩とかじゃないから……牽制だから……」

 

 

よく見るまでもなく、互いの手で互いの腰を抓り合っていた。

そう、お互いに牽制し合った結果だ。ノワールとユニは今となっては仲の良い姉妹にして恋のライバル同士。

笑顔が引きつっているが、その意味を白斗は知らない。

 

 

「そ、それよりも白斗! そ、そのね……」

 

「お姉ちゃんズルイ! 白兄ぃ! あのね……」

 

「お、おう………」

 

 

二人して何かしようとするらしい。真面目なこの二人だ、物騒なことはしないと信頼しているため白斗も身構えることは無い。

無い、のだがいつまで経ってもアクションを起こさないノワールとユニ。顔を今にも爆発させようなくらい赤らめているが、恥ずかしがって言い出せないようだ。

 

 

(……ああああぁぁ!! そうよ!! お菓子作りに没頭する余りどんな風に渡せばいいのか全然考えてなかったああああああああああ!!!)

 

(もーアタシの馬鹿馬鹿馬鹿ぁー!! ここが肝心だってのになんで準備が悪いのよぉ!! ここでお姉ちゃんを超えないといつまで経っても永遠の二番手なのにぃ!!!)

 

 

というより、まさに恥ずかしがっていたのだ。

チョコに関しては自信がある。問題は渡し方を一切シミュレーションしていないのだ。

どんな言葉で、どんな表情で、どんな仕草で渡せばいいのか。一歩間違っただけで何もかもが台無しになる予感がする。

 

 

「……あのー、二人とも?」

 

(は、早く渡しなさいよノワールぅ!! 白斗に呆れられちゃうでしょーがぁ!!!)

 

(動けアタシ!! 何でもいいから動けぇええええええええええええええ!!!)

 

 

涙目になりつつも、動けない、口も開かない、そのくせ汗だけはやたら流れる。

白斗の時間とて無限ではない。いい加減何らかのアクションを起こさないと彼に呆れられること請け合いだ。

けれども焦りに焦った脳内が思考を掻き乱してくる。このままでは渡せないまま一日が終わる―――そんな最悪な未来すら見えていた時だ。

 

 

「……ところで二人とも、その手に持ってるのってバレンタインチョコか?」

 

 

白斗が、話題を振ってくれた。

その手にぶら下げている袋、その中にあるものをいち早く感づいてくれたらしい。

 

 

「えっ? そ……そうよ! 白斗のために作ってきたの!!」

 

「う、うんうん! もー目敏いな白兄ぃはー!! あはははー!!!」

 

 

こうなれば勢いに任せて渡すしかない。

二人は袋からそれぞれ包みを取り出して白斗に差し出す。ノワールは新作のショコラ、ユニはチョコロールケーキだ。

どちらもお洒落で手間のかかるお菓子。それをわざわざ作ってきてくれたことに白斗は感謝の念が絶えない。

 

 

「はい、どうぞ! 召し上がれ!」

 

「あ、お姉ちゃんズルイ! アタシから先に……」

 

「まぁまぁ、順番順番。 ノワールのはショコラか」

 

「ええ。 ラステイションの新名物にしようとしてた試作品よ」

 

「おお、俺が第一号って奴か! そりゃ光栄だ、頂きます!」

 

 

タッチ差で先に差し出されたノワールのショコラから頂く。

ふんわりとした生地に上品な甘さが程よく絡みつき、あっという間にペロリと平らげてしまった。

 

 

「ご馳走様! 美味かった!」

 

「もう、少しは味わって食べなさいよね。 ……でもそれだけ美味しかったんだ、ふふっ♪」

 

「むぅ……白兄ぃ! 今度はアタシの!」

 

「はいはい。 では……はむっ。 ん、チョコクリームと生地の柔らかさがまた絶品……!」

 

 

続いてユニから差し出されたロールケーキも味わう。

こちらはクリームの滑らかさと生地の触感が絶妙で、何個でも美味しく食べてしまう。紅茶が欲しくなると思いながらも白斗はそれを美味しく味わう。

だが美味しく味わえば味わうほど無くなるのも早いというもので。

 

 

「ご馳走様! あー、もっと欲しくなるな……」

 

「もう、白兄ぃってばもうちょっと味わって食べてよ……」

 

「だってどっちも美味しかったんだから。 本当にありがとうな、二人とも!」

 

 

あれだけ苦労したのだから一気に食べられると呆気なく感じてしまう二人。

しかし、白斗の笑顔がそんな些細な不満も吹き飛ばしてくれた。

大好きな人の笑顔を見られたことが、ノワールとユニにとって何よりも幸せだった。この笑顔は、二人だけのものなのだから。

 

 

「……も、もー。 そんな顔されちゃ許すしかないじゃない……」

 

「ホントだよー。 ……でも、いつもありがとう。 白兄ぃ!」

 

 

けれども、この女神姉妹の笑顔も白斗にとっては幸せなものとして映るのだ。

今度また二人のお菓子を味わう時が来たらしっかりと味わって食べようと決めたその直後、白斗の携帯電話に一本の通知が入る。

 

 

「ん? 通知……4件も来てる!?」

 

「……察するにブランとマベちゃん、ツネミにコンパってところかしら」

 

「なんで分かる!?」

 

「分からない方が不思議よ。 ……あれ? ベールさんは来てないの?」

 

「来てないけど……何で姉さんの名前が出てくるんだ?」

 

((いや分からないんかい))

 

 

相変わらずの唐変木だった。

この教会で住んでいる以上、ネプギアらからは真っ先に貰っていると推測できる。となると自然と面子が絞り込めてしまうのが悲しいところだ。

それもこれもこの黒原白斗と言う男の懐の深さか、はたまた業の深さか。

 

 

「ひょっとして外に出てこいって呼び出しかしら?」

 

「だからなんで分かると……」

 

「白兄ぃ……」

 

「そんな非難がましい視線やめてくれユニ。 兄は悲しいよ」

 

 

けれどもこの場合、誰もがノワールとユニの味方であることは明白だ。

それは当然、今までのこの様子を眺めていたこの少女にも言えるわけで。

 

 

「悲しくなるのはネプ子さんも同じだよーだ」

 

「ネプテューヌ? 何だその荷物?」

 

 

不満な顔を浮かべながらネプテューヌがドシドシと歩いてきた。

下の階に響く歩き方だからやめて欲しいのだが、今の彼女にはどうでも良さそうだ。それよりも気になるのは、その手に握られている小包だ。

 

 

「5pb.ちゃんからだよ。 わざわざ日時指定して送られてきたんだって」

 

「俺宛か? どれどれ……お! これもチョコレートと……CD?」

 

「それに手紙も付いているわよ」

 

 

包みを開いてみると、上品なラッピングがされた小箱。もうバレンタインチョコ確定だ。

だがそれだけではなく一枚のCDが収められたケース、それに一通の手紙が同梱されている。

 

 

「とりあえず手紙を……ってなんでお前らも見ようとするんだ!?」

 

「だって気になるじゃんー!!」

 

「そうよ! 私達の事は空気中のマイナスイオンだとでも思いなさい!!」

 

「こんな威圧感たっぷりなマイナスイオンお断りなんだが!?」

 

「ゴチャゴチャ言ってないでさっさと読みなさーい!!」

 

 

何故か叱られた。文句を垂れると更に威圧されるため、理不尽さを感じながらも白斗は手紙を開いた。

そこには5pb.直筆らしい、柔らかい文字が綺麗に書き連なっていた。見ようによってはその手紙自体が完成された楽譜のようにも見える。

 

 

 

 

『白斗君へ

 

ハッピーバレンタイン! 今日はバレンタインイベントのお仕事があるので、代わりに手紙とプレゼントを二つ送ることにしました。

一つはボクの手作りチョコです。 白斗君の口に合うと嬉しいな。

そしてもう一つはこの日のためにボクが作曲した曲です。 世界でただ一つ、貴方のためだけの曲です。 是非……聞いてください。

感想は白斗君から直接聞きたいので、また今度ね! いつもありがとう!

                                                5pb.より』

 

 

文章量としてはそこまで多くはない。けれども、一文字一文字に5pb.の想いが込められているのが感じ取れた。

始めは真剣に読んでいた白斗の頬もいつの間にか緩んでいる。そしてネプテューヌらの目は、少し鋭くなっていたが気にする余裕もない。

 

 

「……ありがとな5pb.。 さて、ちょっと準備してから外行ってくる。 んじゃ!」

 

 

明らかに浮かれているとしか思えない口調と足取りで白斗は自室へと戻っていった。

恐らく身なりを整えるのと、先程5pb.から貰った彼だけのための曲をインストールするためだろう。

後に残された乙女たちは、ハァとため息を付く。

 

 

「くっ……この日、白斗のためだけの新曲……! アイドルならではの方法ね……!」

 

「うぅ……アタシもアイドルデビューしようかしら……?」

 

「だがまだだ! まだ終わらんよ! 真打ちネプ子さんがまだ残ってるもん!」

 

 

誰もが皆、個性的な渡し方や贈り物をしている。

遊びなどではない。大好きな人のために自分の出来ることを精一杯やっている。

だがそれはノワールも、ユニも、そしてネプテューヌも同じ。何より彼女はまだチョコレートを渡していないというアドバンテージがあるのだ。

 

 

「あら? ネプテューヌはまだチョコ渡して無いの……ハッ!? まさか最後に!?」

 

「ふっふーん! というワケで私は白斗の跡をついていくのだ! それじゃーねー!」

 

「ね、ネプテューヌさんそれ姑息ですよおおおおおお!!!」

 

「姑息とは卑怯と言う意味ではないのだ! 覚えておくがいい!! ねぷーっふっふっふ!」

 

 

変な笑い声をしながらネプテューヌは外へと飛び出していった。

宣言通り白斗の跡をついていき、全員のチョコが出揃ったことを確認してから渡すつもりなのだろう。

大急ぎで飛び出せば白斗は既にプラネタワーを出ており、街中へと歩いていた。

 

 

(さて、ここからは隠密行動……! ネプ子さんの女神の力で白斗を尾行する!!)

 

 

最近の女神様はストーキングが必須スキルらしい。

兎にも角にも絶妙な距離を保って後をついていくネプテューヌ。そして前を歩いている白斗は上機嫌だった。

ここまで6名からバレンタインチョコを貰っている上に今はイヤホンを通じて5pb.がくれた新曲を耳にしているからだろう。口笛だけでも幸せなメロディーが伝わる。

 

 

(……こんな明るくて幸せになれる曲が俺だけのものなんてな。 ヤベ、マジでだらしない顔になっちまうな……)

 

 

果たして通行人が見たらどう思うだろうか。

少なくとも後ろを歩いているネプテューヌはぐぬぬと対抗心を燃やしていらっしゃる。

やがて曲を聞き終わったのかイヤホンを外して歩いていると。

 

 

「白斗さん! ここにいたんですね」

 

「あーっ!! 白斗君見つけた―っ!!」

 

「やっと会えたです~~~!」

 

「え? え? え?」

 

 

三方向から少女の声が聞こえる。

慌てて振り返ると、金髪ツインテールの綺麗な少女にふわふわしたような柔らかい印象を与える癒し系少女、そして元気な忍者娘がこちらへと近づいてきた。

 

 

「ツネミにマーベラス! それにコンパも!」

 

(ね、ねぷぅーっ!? こんなギャルゲー然としたシチュエーションっ!!?)

 

 

一人の名はツネミ。このプラネテューヌの大人気アイドルだ。

一人の名はマーベラスAQL。異世界から来たというくノ一。

一人の名はコンパ。アイエフとネプテューヌの親友にして現役看護師見習いをしている少女。

その三人が、たった一人の少年を目当てに集った。―――修羅場である。

 

 

「……あれ? まさかお二人もです!?」

 

「そのまさからしいね……。 こんな展開になるとは……」

 

「むむむ……絶対に、負けません……!」

 

 

女三人寄れば姦しい、とは良く言ったものだがこれはもう姦しいの範疇を超えている。

誰もが想いの籠ったチョコを胸に抱き、恋の炎を燃え上がらせていた。

その異様な熱気に白斗も少しだけ退いてしまう。

 

 

「……そ、それで……お前らはどうして俺を探していたんだ?」

 

 

分かっている。ここまで来たら嫌でも分かる。でも、話題を振らずにはいられなかった。

彼の一言に目を輝かせた三人が一斉にこちらをグルンと振り返る。

 

 

「は、白斗さん!! 私のチョコ食べて欲しいです~~~!!」

 

「こ、コンパ……うわっぷ!?」

 

「「「ああぁぁ――――っ!!?」」」

 

 

すると突然誰かが駆け寄り、白斗の視界が真っ暗になった。更には少しだけ息苦しさと同時にマシュマロ―――いやそれ以上の極上の柔らかさが白斗の顔を包んだ。

コンパだ。彼女が白斗に飛びついてきた―――のだが、勢い余って彼の顔に抱き着いてしまったのである。

当然それを見たツネミとマーベラス、そしてネプテューヌも悲鳴を上げる。

 

 

「こ、コンパさん!? そんなズルイ……!!」

 

「む、むむむ……っ!! そ、そう言うことするなら私だってーっ!!!」

 

「はぶっ!?」

 

 

今度は我慢ならなくなったマーベラスが反対方向から抱き着いてきた。

背中側にも極上の柔らかさを感じ、言うなればパイサンド。白斗には苦しいのやら極楽なのやら、二律背反な感情が渦巻いていた。

 

 

「マーベラスさんまで……!? ……私だって本気なんです……本気で、白斗さんのことが好きになったんです……! だから……絶対に負けませんっ!!」

 

 

残されたツネミも、もう形振り構っていられない。

他の二人ほど胸は大きくないが、非常に整ったスタイルの持ち主だ。それを活かして二人の間に縫うようにして潜り込み、何とか白斗の左側に抱き着くことに成功する。

 

 

「ち、ちょっと三人とも落ち着けってぇ!!? こんな往来の中でそれ以上はヤバイからあああああああああああああああああ!!?」

 

 

どちらかと言えば、白斗の精神の方がヤバかった。

何せ美少女三人に抱きつかれているという、誰が見ても「羨ま死ね」と吐き捨てられてもおかしくない状況なのだから。

実際見ているネプテューヌも悔しさの余り涙を流しそうになっていた。

 

 

(ね~~ぷぅ~~~……! 白斗ぉ!! 一回爆発しちゃえ―――!!!)

 

 

きっと、彼女の心の叫びは多くの人とシンクロしただろう。

だがそんなことも知らない三人組は、この状態からチョコレートを差し出してくる。

 

 

「白斗君! わ、私の気持ちです! 私のチョコ……食べてください!!」

 

「白斗さ~~~ん! 私のチョコも食べて欲しいです~~~!」

 

「……私の想いを全てこのチョコに詰め込みました。 お願いです、受け取ってください!」

 

 

想いと胸とチョコの板挟み。

こんな状況に白斗の鉄壁の理性も崩れに崩れ、最終的には―――。

 

 

「…………きゅう…………」

 

「「「き、気絶したー!!?」」」

 

 

気を失ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、白斗は何とか目を覚ました。そんな彼を迎えたのは美少女三人による介抱。

また修羅場になりそうな予感だったが、そこはコンパらが抑えてくれたのであれ以上の光景にはならず、結果として穏やかにチョコレートは渡されたのだった。

 

 

「……白斗さん、これからもよろしくですっ!」

 

「はい。 ……いつもありがとうございます」

 

「またね! 私の主様♪」

 

 

そんな、可愛らしく嬉しい一言を残して少女達は去っていった。

何だかんだでまたチョコレートを貰えた白斗は鼻歌を歌いながら、今度は公園に入った。

誰かと待ち合わせらしい、幸い開けている公園なので敷地内に入らなくても遠目で確認は出来る。五感を研ぎ澄ませながら覗いていると。

 

 

「……―――白斗ぉ!!」

 

「ん? ブラン? ………上から!!?」

 

 

空から声が降り注いだ。

思わず見上げてみれば、女神化したブランことホワイトハートが空にいた。どうやらルウィーからここまで飛んできたらしい。

おーい、と白斗が手を振り気付いてくれたことを確認するとブランはプロセッサウィングを解除し―――。

 

 

「って何やってんのォ!? 落ちる落ちる落ちるって――――!!?」

 

「白斗ぉおおおおおおおお!!! しっかり受け止めてくれよぉおおおおおおお!!!!!」

 

「え!? ちょ……なんのおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

そのまま白斗目掛けて落ちてきたのだ。

もし受け止め損なったら大怪我どころでは済まない。咄嗟に白斗は落下地点を見極めてそこに滑り込み、全身全霊でそれを受け止める。

ぽすん、と可愛らしい音と共にブランの小さな体が白斗の胸にすっぽりと収まった。さすがに直前でウィングを少し展開し、勢いを緩和させたようだ。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……! び、ビビったぞ今のは……!!」

 

「悪い悪い! でも、白斗に受け止めて貰えて嬉しいな……へへっ」

 

「ったく……そんな顔されちゃ怒るに怒れないじゃねーか……」

 

 

女神化した姿であるため口調こそは強気だが胸に収まっているブランは可愛らしい姿だった。

あの女神ホワイトハートが自分の胸の中でこうして顔を埋めてくれるという国宝級、いやそれ以上の贅沢な光景を味わいながら白斗は微笑んだ。

 

 

「……いつもありがとな白斗。 いつもこうして、私の全てを受け止めてくれて」

 

「俺がやりたいようにやってるだけだからさ。 気にするなって」

 

「気にするに決まってんだろ。 ……こんなことするの、白斗だけなんだからな」

 

 

今も尚白斗の胸の中に収まっているブラン。

正直周りに誰もいなくて助かったと思わざるを得ない。と、そんな可愛い彼女の顔をしっかりと瞳に焼き付けようとしていたところブランが胸に何かを抱いているのを見た。

 

 

「ブラン、それ……」

 

「……ああ、バレンタインチョコだ。 まずはロムとラムの分」

 

「お、あの二人も用意してくれたのか」

 

「わざわざ自分たちの小遣いで買ったんだとよ。 ちゃんとお礼言っておけよ」

 

 

まずは、ということで小さな包みを手渡してくれた。

こちらはロムとラムが用意してくれたチョコ。買ってくれたということは市販のものだろう。ただ、二人のお小遣い自体は少ない方だと聞いている。

そんな二人が自分たちの欲しいものを我慢してまで買ってくれたチョコレート。兄として、白斗は胸が熱くなった。

 

 

「……そ、それから……これが、私の分……」

 

「これまた可愛い包み……ん? 何だか香ばしい匂い」

 

「クッキーを焼いてみたんだ。 初めてだけど……美味しく出来てると、思うから……」

 

「おお! ブランの手作りクッキーか! ありがと……」

 

 

クッキーが入れられた包みを渡された。

隙間から漂う香ばしい匂いが食欲を刺激する。匂いだけで分かる、このクッキーはブランの中の最高傑作だと。

感謝の言葉を伝えながら包みを受け取ろうとした、その時。

 

 

「………んっ」

 

「へっ?」

 

 

ブランの顔が近づけられ、そして白斗の頬に柔らかい何かが押し当てられた。

ちゅ、という可愛らしい音。離れたブランの顔がやたら赤かったこと。更には指先で自分の唇に触れていたこと―――。

 

 

「……じゃ、じゃあなっ!!」

 

 

それだけを言うと、ブランは飛んでいってしまった。

何をされたのか。白斗は己の頬に指先を当ててその箇所をなぞる。ぽーっ、と顔に徐々に熱が籠ってきた。

 

 

「……もしかして……俺、ブランに……キス、された……?」

 

(ぶ、ブラン~~~! それは反則でしょー!!)

 

 

そして遠巻きにそれを観察していたネプテューヌは涙ながらに吠えた。

間違いない、間違えるものか、間違えろという方が無理がある。

ブランは包みを渡すと同時にキスもプレゼントしたのだ。他の女神のようにスタイルで攻めることが出来ないからとは言え、伝家の宝刀を抜いてきたのである。

 

 

「ねぷぅ……私はどうしたら………あれ?」

 

 

こうなってくると後手に回ったことが寧ろ悪手と化してきている。

何とかして白斗に自分の想いを伝えなければと焦り始めたその時、ネプテューヌがあるものを見つけた。いや、「ある者」が正しいか。

その人物は、ネプテューヌとは反対サイドから公園を、白斗を見つめていた。

 

 

「……こりゃとんでもないバレンタインプレゼントだな。 さて……」

 

 

心は既に満たされまくりで、寧ろ溢れている白斗。

ここまで喜びの感情が溢れてくると一蹴回って落ち着きすらしてきた。土埃を払い、何とか立ち上がった。

かと思えば、突然背後を振り返る。

 

 

「そこで何やってんの? ―――ベール姉さん?」

 

「ぎくぎくぅ!?」

 

 

名前を出せば、大袈裟なリアクションが返ってくる。

もうバレている。観念したかのように、木陰からちらりと顔を覗かせた。彼の姉貴分にしてリーンボックスの守護女神、ベールである。

今日もその美貌と豊満なボディ、落ち着いた言動が魅力的―――であるはずが今日はいつにも増してどこか怯えた様子だ。

 

 

「は、白ちゃん……その……。 ………~~~~っ!!」

 

「って待たんかい!! 何故逃げるっ!?」

 

 

それどころか、脱兎のごとくその場から走り去ろうとしたのだ。

いつもなら身体的接触をモットーとしている節すらあるベールが、である。白斗としては当然見過ごすわけにはいかない。

女神化していないのであれば、純粋な身体能力は白斗の方が上だ。それにワイヤーを使って樹木やら電柱やらに飛びついてのショートカットが出来る。

そのままあらゆる障害物を跳び越え、ついにはベールの前に飛び降り。

 

 

「つーかまえたっ!!」

 

「ひゃっ!?」

 

 

裏路地に逃げ込んだ彼女の逃げ道を封じるように右腕を伸ばして壁に叩きつけた。

―――所謂「壁ドン」である。

乙女なら一度は夢見るであろうシチュエーションに、大人の余裕を振りまくベールですら赤面し、緊張で震えていた。

 

 

「どうしたんだよ姉さん。 急に逃げ出すなんて」

 

「そ、その……わ、私……」

 

「バレンタインチョコ、くれるんだろ? 分かってるって」

 

 

敢えてワイルドに攻めてみた。

彼女の前では比較的甘えた言動が多い白斗だが、いざという時には逆にベールに甘えさせるような言動となる。

手にしている小さな箱を取ろうと手を伸ばしたのだが。

 

 

「だ、ダメですわ!! こんなもの、お渡しできません!!」

 

「え? なんで?」

 

 

明らかにバレンタインチョコだ。包み方も立派だ。

一瞬自分ではない、別の誰かにあげるものなのかと勘ぐったがどうやら違うらしい。

よく見ると、ベールは泣きそうな表情をしていた。

 

 

「……私、昨日裸チョコで白ちゃんに喜んでもらおうと思っていたのですが、敢え無くチカに却下されてしまったのですわ……」

 

「当たり前や」

 

「そこは同情してくださいまし!!」

 

 

笑い所なのかと一瞬錯覚しそうになった。

ただベールにとっては大真面目らしい。だからと言って容認できるわけがなかったが。

 

 

「で、その後も色んなチョコを作っては却下され……最終的には、時間が無くて……こんな安っぽいチョコレートしか、出来なくて……」

 

 

散々却下されるとはどれだけ倫理コードガン無視のチョコレートだったのだろうか、白斗は一瞬戦慄したが、すぐに現実に意識を引き戻した。

どうやら彼女は自分が作ったチョコレートに自信が持てないらしい。

 

 

「……他の皆は私のものよりもっとマシなチョコを作っているのに……私だけこんな、ごく普通のチョコで……白ちゃんに喜んでもらえないと思うと……」

 

 

更には今までの白斗の様子を観察していたらしく、コンパ達三人組との触れ合いや先程のブランとのやり取りもしっかり目撃していたようだ。

更にその様子を観察していたネプテューヌも心中を察してしまう。だが、当の本人である白斗はそんなことなどお構いなしだった。

 

 

「そんなこと無いよ。 “ベール”」

 

「ひゃっ……!?」

 

 

ずいっ、と顔を近づけた。

真剣さを帯びたその表情は、相変わらずどんなナイフよりも鋭く、しかし美しく、それでいて力強い。

ベールは驚きの余り一瞬だけ目を逸らしたが、すぐにその瞳に吸い込まれる。

 

 

「……目の下、隈が出来てる。 それだけ夜通しで作ってくれたってことだろ? 俺なんかのために」

 

「な、“なんか”ではありません! 白ちゃんだから……あ……」

 

 

自分を卑下するような発言があったため、思わず口を挟んでしまった。

けれどもつい口を滑らせてしまう。どれだけ自分が本気だったのかを。

確かに形としては在り来たりだったのかもしれない。ロマンチックなシチュエーションが思いつかなかったのかもしれない。

それでも白斗に届けたいと必死になって作ってきた想いの結晶が、そこにある。

 

 

「……それだけ俺の事を思ってくれたんだ。 形よりもまず、その想いが何よりも嬉しいんだ。 だから、俺はそんな貴女の気持ち……ちゃんと受け止めたい」

 

 

白斗は確かに多くの女性から好意を寄せられている。

それでも彼自身は誠実な心の持ち主だ。そんな白斗がこれまで多くのチョコを受け取ってきたのは、それが相手からの本気だったから。

本気の想いには、本気で応えたい。だから白斗はそれを受け取った。ベールに対しても同じ、彼女が本気で作ってくれたものだから本気で受け取りたいのだ。

 

 

「……ふふっ。 あんなにたくさんの女の子からチョコを貰っておいて、ですか?」

 

「ああ。 例え義理でも、俺にとっては一つ一つが宝物さ」

 

「朴念仁は相変わらずですのね……。 ……でも、白ちゃんらしくて安心しましたわ」

 

 

どうやらあくまで義理と考えているようだ。いや、義理以上本命未満だろうか。

だとしても、白斗は真剣に向き合おうとしていた。

だからベールも、いつの間にか笑顔になっている。今なら渡せる。形こそ在り来たりだが、想いの詰まったこのチョコを。

 

 

「……私のチョコ、受け取ってください。 “白斗”」

 

「……ありがとう。 ベール」

 

 

その呼び名は特別な時にしか用いない。これは彼女にとって特別な一時。特別な相手だからこそ渡せるチョコレート。

ベールは静かにそれを手渡し、白斗は微笑みながらそれを受け取った。

 

 

「……やっぱり貴方で無いとダメなんですわ!! 白ちゃ~~~ん!!」

 

「むぎゅぅっ!? わ、分かったから離れろって!!」

 

「イヤですわ!! コンパちゃん達にあんなに抱き着かれて……私が上書きしますの!!」

 

「上書きってなんぞや!?」

 

 

結局、いつもの調子を取り戻したベール。

決して口では肯定しないだろうが、白斗もそんな彼女のいつもの姿に嬉しそうだ。

一方、遠巻きでその様子を眺めていたネプテューヌは頬を膨らませながらも、これで恋敵が出尽くしたことで己の胸の中に一つの決意をする。

 

 

(形よりもまず想い、か……。 白斗らしいね。 ……うん、変にやり方とかに拘るよりも私の素直な気持ち……白斗に届けてあげたい!)

 

 

確かにどれだけ美味しく作れたかも、どんなシチュエーションで渡すかも大事だろう。

でもそれ以上に自分の気持ちを伝えることが、白斗にとって何よりも嬉しいのだと。

だからそれを伝える。今、彼に対して抱いている想いを全て、余すところなく。ネプテューヌはチョコを取り出し、それを彼に届けようと―――。

 

 

「きゃぁぁぁ―――!! ガボッ!! た、助け………」

 

「えっ!?」

 

 

すると、ネプテューヌの後方で水音が聞こえた。それだけではない、女の子の悲鳴も。

慌てて振り返ると一人のまだ幼い女の子が川の中で溺れていたのだ。

傍には母親らしき女性もいるがどうすればいいのか分からず右往左往している。そうこうしている間にも服が水を吸ってしまい、少女の小さな体はあっという間に川の中へと沈んでいってしまう。

 

 

「た、大変!! 変身―――っ!!」

 

 

咄嗟に変身したネプテューヌ。

女神化した状態ならば身体能力も上がる上にウィングで水中もある程度水泳出来る。

迷うことなく川へと飛び込んだネプテューヌは水の中で溺れていた少女を見事救い出し、背中を叩いて水を吐き出させた。

 

 

「大丈夫!? しっかりして!!」

 

「げほごほっ! ……め、めがみさま……?」

 

「良かった……! もう大丈夫よ、すぐにお母さんの下へ届けてあげるから」

 

 

水もそんなに吸っておらず、意識も安定しているようだった。

それに一安心するとネプテューヌは橋の上で慌てていた母親の下に届けてあげる。

母親はすぐに涙を流しながら我が子を抱いた。

 

 

「ありがとうございます女神様! この子ったら憧れの男の子からチョコを貰えたことで舞い上がっちゃって……」

 

「ふふ、可愛らしい理由だけど本当に気を付けてね。 それから念のため病院で診てもらった方がいいわ」

 

「はい! 女神様、本当にありがとうございました!!」

 

 

母親と少女は何度も頭を下げながら病院へと向かった。

病院はここから近い、例えずぶ濡れでも風邪を引くことは無いだろう―――

 

 

「………ってしまった!! チョコがっ!!?」

 

 

と、ずぶ濡れという単語で咄嗟に思い出した。

慌ててポケットから白斗に手渡そうと思っていた箱を取り出す。

しかし、少女を助けるためにネプテューヌも川の中へと飛び込んだのだ。当然、箱はぐっしょりと濡れており、泥水をたっぷりと吸っていた。

 

 

「あ………。 ……ダメね、こんなの白斗に渡せるわけがないわ……」

 

 

一瞬泣きそうな表情になってしまったネプテューヌ。

このチョコレートとて形や味を調えるのがすごく大変だった。何度も失敗を繰り返してようやく納得がいった一品だったのだ。

だがこんな泥水塗れのチョコレートなど気持ち以前の問題。人様に食べさせられるようなものではないと、ネプテューヌは顔色を暗くしながら偶然近くにあったゴミ箱へと歩く。

 

 

「………………」

 

 

もう家にチョコは無い。時間も無い。

市販のチョコでも買って渡そうか、と思ったが既に白斗は今日チョコで溢れている状態だ。

幾ら形など構わないという彼でも、こんなもの自分が納得いくわけがない。

自分の本気は、自分の力で示したかったのに。女神パープルハートはその綺麗な瞳から流れ出た美しい雫を、泥水塗れの箱に一滴落とすとそれをゴミ箱へと放るのだった。

 

 

「……今夜、白斗と一緒にプリンでも食べようかしら。 そっちの方がまだ伝わる……かな」

 

 

何とか自分自身を奮い立たせようとするが、本気のチョコだっただけにどうしてもあれ以上のものになるとは思えない。

だがダメになってしまったものに縋りつくわけにもいかない。悲しげな雰囲気を纏ったまま、ネプテューヌはプラネタワーへと飛んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その後だった。一つの人影がゴミ箱の前に現れ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ……」

 

 

数十分後、プラネタワーの浴室からネプテューヌが出てきた。

湯上り特有の湯気を纏い、タオルで髪を拭くその仕草はとても色気のある光景だ。

だが、風呂上りであるにも拘らずネプテューヌの表情は決して晴れやかではない。それもそのはず、結局あの後新しいチョコを作る気にも、増してや買う気にもなれなかった。

 

 

「…………こんなことなら、さっさと渡して置けばよかったかな」

 

 

ぽつり、と寂しそうに呟く。

変な意地や作戦など考えずに、彼の言う通り自分の気持ちを素直に伝えておけばこうはならなかっただろう。

後悔ばかりが反芻し、尚更気分が重くなる。兎にも角にもまずは夕食だ。

 

 

「……あ、そう言えばネプギアはユニちゃんと一緒に外食だっけ。 いーすんも教会職員のパーティーに出席するって言ってたっけ。 ……晩御飯どうしようかな……」

 

 

今日の夕食は珍しく一人だ。しかし、一人だけで晩御飯を作っても味気ない。ピザの出前でも取り、その後はプリンを一緒に食べて、バレンタインチョコ代わりにしよう。

そんな自分を情けなく思いつつ、テーブルへと向かうと。

 

 

「お、来たかネプテューヌ」

 

「白斗?」

 

 

既に白斗が幾つかの皿をテーブルに並べていた。

よく見るとエプロンを装着している。男がエプロンを装着している理由など、一つしか思い当たらない。

 

 

「あれ? 今日って白斗が料理当番だっけ?」

 

「俺が申し出たんだ。 ネプギアとイストワールさんいないし、どうしても作りたくなってな」

 

「白斗のご飯か……。 ふふっ、ちょっと楽しみ」

 

 

好きな人に手料理を振る舞ってもらえる幸せで、ネプテューヌは少しだけ元気を取り持だした。

よくよく考えれば、こうやってディナーを作ってあげる手もあったなーと今更ながらに後悔するが、もう後の祭りである。

これ以上暗くなるのは自分のキャラでもないし、白斗にも失礼になると何とか笑顔を浮かべて席に着いた。

 

「お待たせしました。 こちら、本日のメインディッシュでございます」

 

 

一際大きな皿に、銀色のドーム状の器―――通称「クロッシュ」―――が覆い被さられている。

まるで料理番組のようなフリでクロッシュを開けた。

すると香ばしい匂いと温かな湯気が飛び出し、その中から姿を現したのは―――。

 

 

 

 

―――ハートマーク状の、ハンバーグだった。

 

 

 

 

「え…………?」

 

 

 

 

そう、ごく普通の楕円形ではない。ハートマークにして焼き上げていたのだ。

当の白斗は赤くなった頬を掻きながらそっぽを向いている。照れ隠しらしい。

 

 

「……俺からの気持ち、だよ。 ネプテューヌ、ありがとな」

 

「な、何言ってんのさ白斗? 私、白斗に何もしてあげられてないのに……」

 

 

突然の、白斗からの感謝の言葉。しかし、ネプテューヌには心当たりがない。

チョコだって渡しそびれているし、今日は特別な会話もしていない。一体何に対してのお礼なのだろうかと首を傾げていると。

 

 

「……チョコ、美味しかったぜ。 ご馳走さん」

 

 

懐から、一つの箱を取り出していた。

見間違うはずがない。ラッピングの模様、そしてあの汚れ方。―――あの時捨てたはずの、ネプテューヌのチョコだった。

 

 

「って何やってんの白斗!!? あれ汚いんだよ!!?」

 

 

思わず声を荒げてしまったネプテューヌ。

実際、そこまで汚い川では無かったがだからと言ってその水を吸ってしまったお菓子を人様に出せるわけがない。

だが白斗は、その危険も承知の上でネプテューヌの気持ちを拾い上げていた。

 

 

「……お前のチョコ貰わずして、今日が終われるかってんだ。 それに言ったろ? 形よりも、想いの方が嬉しいって」

 

 

どうやらネプテューヌの尾行にも気づいていたようだ。だからこそ彼女がチョコを捨ててしまったことも知っていたのだろう。

しかし、何よりも白斗はネプテューヌの気持ちを一番にしてくれていた。

 

 

「は、白斗……」

 

「それに遊園地のチケットもありがとな。 チケットはダメになったけど、また買い直せばいいだけの話だし」

 

 

更にはその箱から二枚のチケットを取り出した。

ふやけてしまっていたが、ネプテューヌが今日のためにと用意した秘策中の秘策。遊園地のチケットだ。

これでデートに託けるつもりだったのだが、泥水で使い物にならないと纏めて捨ててしまっていた。でも、彼はそれも察して懐から新しいチケットを二枚見せてくれた。

 

 

「……こ、今度。 休み合わせてさ……二人で、遊びに行こうか……」

 

 

今度は白斗が緊張で震えていた。

赤くなった顔をまともに見せようともせず、でもしっかりとネプテューヌを誘ってくれた。

今日、彼女が一体何をしたかったのか。それを全て察した上で、その願いも叶えてくれて。

―――ネプテューヌはもう、嬉しさの余り涙を流していた。

 

 

(……もう!! 優しすぎるよ白斗は……こんなの、もう耐えられないじゃないっ!!)

 

 

嬉し泣きなど本当にあるものだな、と思いながらネプテューヌは駆けだす。

白斗はネプテューヌが突然泣き出したことや走り出したことに大慌て。そんな彼の隙を見逃さず、紫の女神様は白斗の胸に飛び込んで、つま先立ちをして―――。

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗の唇に、口付けをした。

 

 

「…………んなぁぁあぁあああああああああああっ!!?」

 

「ふふっ! 私からの最大級のバレンタインプレゼント、だよ!」

 

 

触れるだけのフレンチキス。でも、その一瞬にネプテューヌの想いが全て込められている。

まだ、ハンバーグを食べる前で良かった。脂ぎった唇でキスなどみっともなかったから。

キスをしたネプテューヌの顔色は当然赤い。でも、緊張よりも幸せに満ちた顔だった。

 

 

「ホラホラ、ハンバーグ冷めちゃうよ! 早く食べよう!!」

 

「…………あ、ああ…………」

 

 

朴念仁な彼には、とんでもないプレゼント程度にしか思っていないのかもしれない。

でも、白斗にとってこんな嬉しい贈り物は無かった。

ようやく見せてくれたネプテューヌの極上の笑顔に何とか意識を現実に引き戻しつつ自らの作ったハンバーグを食べる。

正直、先程の「甘い」キスのお蔭で味は全く分からなかった。でも。

 

 

 

「―――白斗、大好きだよっ!!」

 

 

 

そんなネプテューヌの言葉と笑顔で、どうでもよくなるのだった。

少しこっぱずかしいかもしれない、波乱万丈に満ちていたかもしれない、でもこれはゲイムギョウ界の―――彼らのバレンタインデー、その一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにその後、結局白斗は腹を下し、ネプテューヌの看病を受けていたとか。




バレンタイン記念小説、ギリギリになりましたが如何でしたか?
今回はズバリどんなチョコよりも甘い展開を書いてやろうと試行錯誤したわけですが、人数が人数だけに全員分のシチュエーション考えるのマジで疲れました。
冒頭にもありました通り、時間軸とかは一切気にせず「こんな一時もあったのかな」程度で考えてくれると嬉しいです。
さて、「まだあのキャラ出てないやん!」というお声もあるかと思います。これについてはキャラが出揃ったら個別回で出すか、或いは後日この小説に加筆という形でお送りしようかと考えています。
じゃぁ来年まで待てばって?待てなかったんや……。
皆さんはどの子のシチュエーションがお気に入りでしたか?今回のお話を読んで少しでも幸せになってもらえましたか?
バレンタインなぞ無縁のカスケードですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ではまた次回お会いしましょう! 感想ご意見お待ちしております!!

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