恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART   作:カスケード

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第三十七話 嵐の時間

―――ある日のプラネテューヌ。

ネプテューヌは朝の日差しを浴びながら自室で世話をしていた。

何の世話かと言えば―――。

 

 

「ふんふふーん♪ 今日も綺麗に咲いてくれたね~♪」

 

 

植木鉢から生えている、名もなき一輪の花である。

紫色の花。それは白斗がリーンボックスへ滞在した時のお土産として送ってくれた花。ネプテューヌらしいと感じて彼女のために送ってくれた花。

そんな白斗の想いが脳内に反芻し、この花を愛でたくなってしまう。この花が、白斗が送ってくれた自分への気持ちなのだから。

 

 

「お姉ちゃん、今日もそのお花育ててるんだね」

 

「あ、ネプギア。 えへへ、まーね!」

 

「むー……お兄ちゃんってば私にはそういうの送ってくれないんだもん。 羨ましい……」

 

 

そこへ通りがかったネプギア。意外そうな表情をしていた。

正直、姉であるネプテューヌは面倒くさがりな面もある。それ故にきちんと花の世話ができるかどうか心配だったのだが、白斗から送られたものだけあってこれだけは真面目だった。

咲かせている綺麗な花が、何よりの証拠だ。

 

 

「あれ? そう言えばお兄ちゃんは?」

 

「今日はコンパに誘われたんだって」

 

「あー……あの映画の……」

 

 

誘われた、というのは今や語り草となったあの映画撮影でのこと。

出演交渉の際に報酬として一部の女子達が白斗を一日貸して欲しいと言い出したのだ。

結果白斗はそれを承諾、今日はコンパの番ということで彼女と街中へ遊びに行っている。

無論これはコンパからすればデート以外の何者でもない。

 

 

「こうなったら帰ってきたら真っ先にお兄ちゃんを予約しなきゃ!」

 

「ちょっとネプギア! 次は私ー!!」

 

「ダメだよ!! 最近お姉ちゃんがべったりだったんだから今度は私ー!!」

 

 

そして繰り広げられる白斗争奪戦。

だがこれが彼女達のいつもの日常。これが彼女達の当たり前。

二人があれやこれやと譲らない様を、イストワールとピーシェは遠くから眺めていた。

 

 

「あははー! ふたりでたのしそう! ぴぃもまぜてー!!」

 

「混ざってはいけませんよピーシェさん。 それにしても……」

 

 

あの言い争いは兎も角、イストワールはここ最近のネプテューヌ達を見ていて感じたことがある。

 

 

(……ネプテューヌさんも仕事に取り組むようになってくれましたし、それ以前にこの教会も以前よりずっと明るく、楽しくなってきました。 これも白斗さんのお蔭ですね)

 

 

今こうしてこの教会に笑顔が溢れているのも、一人の少年のお蔭だと感じる。

異世界から来たという少年、黒原白斗。

彼がこの世界に来てからもう4ヶ月は経つ。今となっては女神全員から信頼―――いや、愛されてる、この世界に無くてはならない存在となっていた。

そんな彼に感謝を送りつつ、イストワールは残った仕事を片付けるべく執務室へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、その頃。件の白斗はと言えば。

 

 

「白斗さん、ぬいぐるみありがとうです~!」

 

「良いってことよ。 それより大事にしてくれよ」

 

 

ゲームセンターから出てきた。コンパと一緒に。

彼らは今、デートの定番であるゲームセンターで遊んでいたのだ。コンパの胸元にはUFOキャッチャーで手に入れたくまのぬいぐるみが抱きかかえられている。

ふんわりとした雰囲気を持つ彼女とぬいぐるみの相性は抜群で、凄まじい癒しオーラを放っていた。

 

 

(はぁ~……白斗さんとお買い物して、ゲームセンターで遊んで……これがデート! し、幸せです~~~!!)

 

 

想いを寄せる少年と一緒にお出掛けして、一緒に遊んで、思い出の品まで送ってもらえて。

これで舞い上がるなと言う方が無理な話だ。

待ち合わせから始まった今回のデートだが、コンパは最初から今までずっと胸を高鳴らせ、そして行動の一つ一つに幸せを感じていた。

 

 

「コンパ、浮かれすぎだって。 危ないぞ」

 

「こんなの浮かれない方が無理で………きゃっ!?」

 

 

くるくると運動音痴のコンパにしては珍しくアグレッシブな動きをしている。

それだけ嬉しかったのだろうが、当然そんなに動いて通行人に当たらない訳が無い。体格の良い男の肩に当たってしまい、コンパの華奢な体が崩れてしまう。

 

 

(……あれ? 痛くないです……)

 

 

しかし次の瞬間、感じたのは固いアスファルトの感触ではなく、力強くも優しく包み込んでくれる温もりだった。

 

 

「……っと! 大丈夫かコンパ?」

 

「は、はははは白斗さん!!?」

 

 

そう、白斗がコンパを抱きかかえていたからである。

自分をクッションにすることで彼女へのダメージを最低限にしたのだ。彼に抱きしめられていると分かるや否や、コンパは顔を真っ赤にして大慌てである。

 

 

「痛ってぇな!! 気を付けろや!!」

 

「すいませんでしたっ!!」

 

 

肩をぶつけられた男は存外沸点が低いらしい、大人げなく怒りを露にするが間髪入れず白斗が頭を下げてきた。直角90度。

ぶつかったのはコンパなのに、何も言わずに自ら頭を下げて。慌ててコンパもそれに倣い、頭を下げる。

 

 

「ご、ごめんなさいです!!」

 

「チッ………」

 

 

ここまで誠心誠意の籠った謝罪を街の往来で繰り広げる度胸を見せられては、男もこれ以上の文句は言えなかった。

舌打ち一つを残し、荒々しい足取りでその場を去っていく。

 

 

「ふぅ、コンパ。 怪我無いか?」

 

「は、はいです……白斗さん、ごめんなさい……」

 

「別にいいって。 それよりも気を付けてくれよ?」

 

「はい……」

 

 

街行く人の視線を集めているにも拘らず、白斗はケロッとしていた。

無頓着なのではない、彼にとっては己の恥などよりもコンパの身を案じることの方が大事だったのだ。

嬉しさを覚える反面、コンパは申し訳なさで空気を暗くするが。

 

 

「……そうだ! 昼飯だけどよ、ここのパスタに行かないか? コンパ、こういの好きだろ?」

 

「え? そ、そうですけど……どうして知ってるんです?」

 

「前ネプテューヌやアイエフとパスタ談義やってて、この店行きたいって言ってたじゃんか」

 

(た、確かに言ってたですけど……白斗さんが通りかかったのって一瞬だったのに……)

 

 

白斗が見せた携帯電話の画面、それは今人気のお洒落なパスタ料理専門店について記載されたグルメブログの記事だ。

確かに個々の店に行きたいって言っていたがそれはほんの一瞬のこと、その間に白斗はと言うと荷物を運んでいただけだ。そんな僅かな時間でも、彼はしっかりと覚えていてくれた。

 

 

「……白斗さん、ありがとうです!」

 

「お礼言われるほどの事じゃないって。 それよりも行こうぜ」

 

(……こうした些細な気遣いが嬉しんですよ、白斗さん)

 

 

白斗の得意技の一つ、細やかな気遣い。

自分に向けられるベクトルには疎い癖に、他人に対してのベクトルにだけは敏感なのだ。

何よりそれを恩に着せようともしない。それが彼にとっての当たり前であるから。だから、余計にコンパは惹かれてしまうのだ。

 

 

「ところで白斗さんはどんなパスタが好きですか?」

 

「俺はカルボナーラだな。 コンパは?」

 

「私はシーフードのパスタが好きなんです! だからここのパスタが楽しみで……」

 

 

先程までの重い空気もどこへやら、少年少女達はパスタ談義に花を咲かせている。

どこからどうみてもカップルとしか思えないような光景だった。

―――そんな光景を羨ましそうに見ていた、二人の少女。

 

 

「あ、白斗君! コンパちゃんとあんな楽しそうに……うぅ、仕事中じゃなかったら……!」

 

「もう、どうしてこういう時に限って諜報部にお鉢が回るのかしら……」

 

 

マーベラスとアイエフという、珍しい組み合わせであった。

普段は絡みのないこの二人だが、ネプテューヌを通じて友人関係となっている。とは言え、そこまで関わりが深いワケでもないのに何故行動を共にしているのかと言うと。

 

 

「……にしてもごめんなさいねマベちゃん。 休日だってのに私の仕事に付き合わせちゃって。 それも指名手配犯の捕縛だなんて」

 

 

アイエフの本日の任務、それは指名手配犯の追跡だった。

凶悪な犯罪者がこのプラネテューヌに来ているという情報が入った。そのため、諜報部でありフットワークも軽く、戦闘もこなせるアイエフにその任務が課せられた。

それを追跡している最中、マーベラスが見かけ手伝うことになったのが一連の流れである。

 

 

「いいのいいの、こういうのはお互い様! それよりもさっさと捕まえて白斗君を追わなきゃ!」

 

「賛成! ……っとタレコミ来た! どうやらこっちの方に逃げたらしいわ!」

 

「それじゃ早く追い詰めよう!」

 

 

白斗の事は気になるものの、仕事には真面目になる二人。

身軽さがウリのアイエフとマーベラスは、素早い身のこなしで通報のあった場所まで向かう。

二手に分かれながら、時に合流し、犯人を確実に追い詰めるような動きで。

 

 

 

―――その頃、彼女達から追われているその犯罪者は今、路地裏に身を潜めていた。

 

 

「う、うぅ……クソッ! クソォッ!! なんで、元ノルス幹部ってだけでこんなにも追われなきゃなんねぇんだよぉッ……!?」

 

 

男は今となっては潰された暗殺組織、ノルスの元幹部だった。

以前の一斉検挙の際、その場に居合わせなかったため偶然にも逮捕は免れたのだがその存在が露呈、こうして指名手配され、追われる身となっている。

幹部と言うからには相応の悪事を働いているのだがそれすらも棚上げにしていた。

 

 

「それもこれも皆……皆女神の所為だッ!! あの小僧の所為だッ!!! あいつらがいなけりゃ、俺はこんな惨めな思いなんて……!!!」

 

 

隠れなければならないというのに、思わず苛立ちを零してしまう。

この男にとってこの自業自得という状況ですら受け入れがたいものとなっていた。だから絶望している。そして憎悪している。

こんな状況を作り出した少女達に、女神達に、あの少年こと白斗に。

 

 

 

 

「……ほう、これは丁度いい駒がいたものだ」

 

「なっ………!?」

 

 

 

だがその直後、何も無かったはずの暗がりから突然女の声が。

慌てて振り返ると、まさに魔女としか形容するしかない肌色の悪い女が一人、宙に浮いていた。

 

 

「な、なんだお前……!? あの小娘共の仲間か!!?」

 

「失礼な。 貴様に救いの手を差し伸べてやろうと思ったのにその言い草は何だ」

 

「す、救いの手……だと……?」

 

「……そうとも」

 

 

魔女の声は誘うというよりも、嫌々という声色だった。

だがそれでも差し伸べられたその救いの手には、一粒のカプセルが握られている。

 

 

「この状況から脱したいのであればこれを飲め。 貴様の絶望に応じて“絶暴”出来る」

 

「な、何を言っているんだ……? お前は何なんだ!!?」

 

「私の事はどうでもいい。 言っておくが金など要らぬ。 というよりも、貴様から毟り取れる金など一銭たりとも期待できそうにないからな」

 

 

この魔女は男に一体何を期待しているというのか。

強いてあげれば、この薬らしきものを服用することである。こんな状況で手渡される薬など麻薬かドーピングか。

悪事に手を染めていただけあって、男にはロクでもないものということは分かっていた。だが、そうこうしているうちに―――。

 

 

「アイエフちゃん! あっちから声が!」

 

「ええ! 聞こえたわ!」

 

 

少女の声が二つ聞こえてきた。自分を追い詰めている少女達だ。

追われている様子から分かる通り、男単騎では少女達には敵わない。しかし逃げようにも巧みなコンビネーションで逃れきれない。

このままでは捕まるのは時間の問題。だが目の前には悪魔の誘惑としか思えない怪しげな薬。

 

 

「……別に私はこの薬を飲まないのであればそれでも良い。 その場合貴様は冷たい檻の中だ。 未来永劫、日の光を浴びることなく……な」

 

 

魔女は実に鬱陶しそうに話している。

まるで「誰かに指示されたかのような」、そんな話し方。だが男にとってそんな些細なことなど気にする余裕もない。

彼に残された選択肢は二つ。大人しく捕まり、惨めな余生を過ごすか。或いは身の破滅と分かっても、この薬に一縷の望みを託すか。

 

 

 

 

―――その汚れに汚れた手は、魔女の囁きへと手を伸ばした。

 

 

 

 

「………そうか。 ならば後は貴様の好きにするがいい」

 

 

 

 

魔女は呆れながらも、薄汚れたその手にポトリと、先程のカプセルを落とす。

そのまま男と目を合わせることもなく、暗がりの中へと消えていった。

そうこうしている間にも少女達の声と足音は目前にまで迫っている。迫りくるたびに男の心臓は押し潰されそうになる。そんな感覚が、彼の最後の逃げ道を断たせた。

 

 

「ングッ……!! う、うゥうゥウウぁあアアアぁァゥあウ………!!?」

 

 

迷っている暇はない、男は一気にカプセルを飲み干す。

すると己の中に持っていったどす黒い感情が、あっという間に脳内を塗り潰した。

気持ち悪い声が口の中から漏れ出ると共に頭の中はありとあらゆる汚い言葉のみで汚染される。

 

 

 

 

 

 

 

―――殺す…………壊す………消す……こロす……コロ……ス……

 

 

 

 

 

 

 

コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………? ね、ねぇアイエフちゃん……なんか嫌な予感がしない?」

 

「き、奇遇ね……。 ここに何かがいるのは間違いないし応援を呼びましょうか……」

 

 

 

ようやく駆けつけたマーベラスとアイエフ。

しかし、路地裏の物陰から漂う異様な気配を肌で感じ取り、汗を流していた。歴戦の猛者である彼女達でも脳内で警鐘を鳴らさねばならないほどの危険な何かがいる。

指名手配犯が何らかの奥の手を出してきたか、或いは増援が現れたのか。何れにせよ、二人だけでは手が足りないと応援を呼ぼうとした、その時。

 

 

 

「グルルルル…………」

 

「「―――――――ッ!!?」」

 

 

 

人間のものとは思えない唸り声、そして鋭い爪を生やした異形の手が物陰から伸びてきた。

目の当たりにした瞬間、アイエフとマーベラスの背筋が凍り付いた。

自分達が追い詰めていた相手は人間だったはずなのに、いつの間にか人間ではない何かがそこにいた。それも圧倒的な。

 

 

 

 

 

 

「グルルルッ……グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

やがて顔を覗かせたそれは―――筋骨隆々の、凶暴そうな狼男そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パスタ、美味しかったです~!」

 

「あ、ああ……そうだな……」

 

 

その頃、お洒落なパスタ専門店から出てきた男女が一組。

白斗とコンパだ。しかし上機嫌のコンパに対し、白斗はしどろもどろになっている。

パスタの味が不味かったや口に合わなかったというわけではない。寧ろパスタ自体は専門店を謳うだけあって絶品だった。

では何故こうも落ち着きがないのかと言うと―――。

 

 

「……あのですね、白斗さん……。 やっぱりさっきの……パスタの食べさせあいっこ、恥ずかしかったです……?」

 

 

そう、互いのパスタをフォークで巻き取りからの「あーん」のコンボが炸裂したのだ。

お約束の鉄壁の理性で何とか持ちこたえ、互いに食べさせあった。

因みにその様子も、パスタの味もよく覚えていない。

 

 

「は、恥ずかしかったけど……それ以上に照れるっていうか、嬉しかったって言うか……」

 

 

結局のところ、白斗君も男の子なのです。

 

 

「そうなんですね! やったですぅ!!」

 

「のわぁっ!! どーしてどいつもこいつも俺なんぞの腕に引っ付きたがるんだぁ!?」

 

 

白斗の左腕に豊満で柔らかく、優しい感触が包み込んでくる。コンパが抱き着いてきたのだ。

この人懐っこさと柔らかさはまるでうさぎのようだ。

驚きの余り顔を赤くする白斗だが、決して嫌とは言わなかった。そこが白斗たる所以である。

 

 

「と、とにかくだ! コンパ、次はどこ行くよ?」

 

「だったら私、新しいお洋服を見に行きたいです!」

 

(……女の子の服合わせってめちゃんこ時間もお金もかかるんだよね……トホホ)

 

 

そろそろ寂しくなってきた財布を労わりながらまたクエストの日々が始まるな、などと軽く涙を流しながら、しかしコンパがどんな服を着るのか楽しみにしていた。

―――そんな楽しい時間は。

 

 

 

 

「「きゃあああぁぁぁぁ―――っ!!!」」

 

 

 

 

二人の少女の悲鳴によって、壊された。

 

 

「なっ……!? い、今の悲鳴はマーベラス!? それに……」

 

「あ……あいちゃんの声ですぅ!?」

 

 

どちらも聞き慣れた声だ。

マーベラスとアイエフ、どちらも白斗にとって親しい少女。特にアイエフはコンパの大親友である。

そんな二人の悲鳴が聞こえたら、嫌でも血の気が引いてしまう。

 

 

「コンパ!! 店に戻ってジッとしてろ!! いいな!?」

 

「は、白斗さんは!?」

 

「俺は二人を探しに行ってくる!! 絶対に二人を守るからな!!!」

 

「あ、待ってくださいですぅ!!!」

 

 

まずはコンパの安全を確保するため店に戻るように指示、荷物を全て預け、白斗は悲鳴の合った方向へと走り出した。

プラネテューヌの地形は入り組んでいる、故に場所特定までは難しいと思われたのだが声のした方向に走るにつれ、衝撃が届いてくる。

 

 

(アイエフやマーベラスほどの手練れが悲鳴……それにこの衝撃……!! 頼む、二人とも……無事でいてくれっ!!!)

 

 

悲鳴、そしてこの衝撃音。どれもがのっぴきならない状況を意味している。

1秒でも早く駆けつけるべく白斗は走り続けた。機械の心臓を破壊するくらいに激しく、速く、速く、速く、速く。

―――そうして辿り着いた裏路地。そこには。

 

 

「グルルル………」

 

 

獰猛そうな狼男、そして。

 

 

「う、ぐっ……!!」

 

「あ……う……!」

 

 

その化け物に足蹴にされている、アイエフとマーベラスの姿が―――。

 

 

「二人から……離れろォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

「グゥゥウッッガァァアアアアアアアアアアアア!!?」

 

 

勢いを緩めず、寧ろ更に加速して渾身の跳び蹴りを狼男の横っ面に打ち込んだ。

さすがの速度と威力に体格の良い狼男と言えど避けられず、凄まじい衝撃が脳内を揺らし、堪らず引き下がった。

その隙に白斗は二人の盾となるように前に出る。

 

 

「アイエフ! マーベラス! 無事か!?」

 

「は、白斗……! ありがとう、無事よ……げほっ……!」

 

「また……白斗君に助けて貰っちゃったね……うっ……!」

 

 

二人の容態を直に見たいところだが、蹴り一発でさすがに卒倒するような狼男ではない。

そのため白斗はモンスターから視線を逸らさないまま、背中で語り掛けた。

命に別状は無さそうだが、アイエフやマーベラスも苦しそうな声を出している。ちら、と横目で見ると二人の服がところどころ破れ、傷が出来ていた。

それを目の当たりにした途端、白斗はギリッと歯を食いしばり―――。

 

 

「……このクソ犬が……ッ……!! よくも……よくも二人を傷つけやがったなあああああああああああああああッ!!!」

 

「ルォォオッ!?」

 

 

怒りが、爆発した。

まるで火山の噴火のような怒号と共に懐から銃が取り出され、火を噴く。

空を鋭く駆け抜ける鉛玉。だがそれが着弾する前に狼男は素早く飛び上がり、それを避けていた。

 

 

(速ェ……!! 身軽な二人がやられたってことは、きっとそれ以上のスピードを……)

 

 

銃弾を避けるなど、人間は勿論モンスターですら容易なことではない。

だがこの狼男は軽々とやってのけた。それだけ凄まじい反射神経と素早さを有していることになる。

そして避けたと思えば狼男は白斗の目の前にまで肉薄し―――。

 

 

「グガァ!!」

 

「ぐッ!?」

 

 

鋭い爪を振るった。

咄嗟にバックステップすることで直撃は避けたが、腕が浅く切られてしまう。

 

 

「白斗君……!!」

 

「掠り傷上等! 確かに速ェけど、目で追えないことはない!! これでも動体視力で生き抜いてきた経歴持ちなんでな!!」

 

 

腕から滴り落ちる血を見て、マーベラスが悲痛そうな声を上げるがすぐに白斗の声がそれを掻き消した。

実際痛みはそこまででもなく、毒なども塗布されていない。

何より狼男最大の武器である素早さだが、過去暗殺者として生きてきた白斗はそれを目で追えるだけの動体視力を養っていた。

 

 

「グル、オ、オオォォオッ!!」

 

「っく! チ、イッ!! なんのぉッ!!!」

 

 

ヒットアンドアウェイの要領で近づいては攻撃を繰り出し、そして距離を取る狼男。

獣だけあってそこまで知恵が回るわけでもなく、攻撃のテンポと動きさえ掴んでしまえば直撃だけは避けられる。

白斗は時に避け、時には防ぎ、合間を縫ってナイフを振るって獣の腕を切り付けた。

 

 

「グゥゥ……!!」

 

「……互いに決め手に欠けるって感じだな……。 アイエフ、ネプテューヌに連絡!!」

 

「もうしてる!!」

 

「さっすが!! なら後は粘ればこっちのモンだ!!」

 

 

素早さは狼男の方が上だが、肝心の決定打を白斗に与えることが出来ない。

一方の白斗もいなし続けるだけではモンスターは倒れない。だがこちらには女神と言う最強の決定打がいる。

ネプテューヌさえ来てしまえば、彼女とのコンビネーションでこの程度の狼男など―――。

 

 

「あいちゃーん! マベちゃーん! 白斗さーん! 大丈夫ですか~~~!?」

 

「「コンパ!?」」

 

 

だがそんな緊迫した空気を破壊するような緩い声。コンパだ。

その手にはコールで呼び出したらしい、救急箱を手にしている。

 

 

「バカ!!! 店に戻……」

 

「グルルッ……!!」

 

 

遅かった。既に狼男の視線はコンパに映っている。

明らかに興奮したような声と敵意の籠った瞳。ギラリと光る鋭い牙。

マズイ、誰もがそう思った次の瞬間には狼男は消えていて―――。

 

 

 

「クソッ!! オーバーロード・ハート起動ッ!!!」

 

 

 

考えている暇はない、白斗は機械の心臓を起動させた。

過剰作動させることで血液の流れを速め、身体能力を引き上げるドーピングのようなもの。

使えば体に激痛を伴い、機械の心臓にも過剰なダメージが入るがそんなもの白斗には関係なかった。

 

 

「コンパぁぁあああああああ――――ッ!!!!!」

 

「きゃ……!?」

 

 

狼男にも負けない速度で走り抜け、コンパを守るために獣の前に立つ。

彼女の柔肌に突き立てようとした爪は白斗の腕に食い込み、血が溢れ出した。

歯を食いしばり、激痛を堪えながら魔物の腕を掴む。力むたびに更に血が吹き出すが、その手は絶対に離さなかった。離せば、この手が白斗の大切な人を傷つけるから。

 

 

「ぐぎぎぎぎぎッ……!!」

 

「は、白斗さん!?」

 

「大……丈夫だッ……! それよりもなぁッ!!」

 

「グゲェッ!!?」

 

 

爪が食い込んでいない、右腕の袖口からナイフを取り出した。

そして乾坤一擲、僅かな隙を見出して蹴りをその腹に打ち込んだ。強烈な威力が五臓六腑に染み渡り、痛みと吐き気を抱えながら狼男は後方へよろめく。

その瞬間、白斗は踏み込み、白刃を閃かせ―――。

 

 

 

「だああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「グ、ググゲェェエエエエエエ…………!!!」

 

 

 

狼男の喉元に、刃を突き立てた。

ズブリと気持ち悪い音と感触が伝わる。血も溢れ出す。

狼男は激痛と溢れかえる血によって呼吸を奪われる苦しみを味わいながら、狼男は呻き声をあげ、倒れ伏した。

 

 

「はっ……俺の、大切な人に手ェ出すなっての………」

 

 

致命傷ではないとは言え爪による攻撃、何よりも心臓を過剰作動させた反動で白斗は既に虫の息。

しかし、その手を狼男の血で真っ赤に染めながらも白斗は決して倒れなかった。

 

 

「は、白斗さん……」

 

「ったく……店から出るなって釘刺したろーが」

 

「ごめんなさいです……あいちゃんやマベちゃんが大変な目に遭っていると思うと……」

 

「まぁ、実際大変な目に遭っていたしな。 診てやってくれ、俺は後回しでいい」

 

「で、でも白斗さんだって大怪我……」

 

 

コンパはおろおろしてしまう。

親友を治療したい気持ちはあるが、目の前の白斗とて軽傷ではない。

こういう時、看護婦に求められるのは冷静さ。しかし彼女にはまだまだそれが足りていなかった。

 

 

「~~~だぁーっ!! 俺との約束を破った罰だ、さっさと二人を治療しなさいっ!!」

 

「は、はいですぅ――――っ!!?」

 

 

白斗の大声でコンパは弾かれるように二人の診断に向かった。

少々手荒だったが、踏ん切りがつかないよりずっといいと判断したからだ。まだたどたどしさはあったが、回復薬や包帯でアイエフやマーベラスを治療していく。

 

 

「コンパ、ありがとう。 ……それから白斗もありがとう」

 

「……ごめんね、白斗君」

 

「良いってことよ。 寧ろ頼らなきゃ怒るって言ったろ?」

 

 

治療を受けながらアイエフとマーベラスは白斗に感謝と謝罪の言葉を送った。

助けに来てくれたこと、そしてそのために怪我を負わせてしまったこと。どちらも白斗にとって当たり前のことだったので、特に気にすることでもなかった。

 

 

「……って白斗? どうしたの、そんなに腕を震わせて……」

 

「腕……?」

 

 

だが、アイエフが突如として指を差してきた。

その先にあるのは、返り血によって真っ赤に染まった手。この手が何故だか震えているのだ。

 

 

「……な……何だ、これ……?」

 

 

何故震えているのか、白斗自身にもわからなかった。

血が気味悪く感じたからなのか、冷えていく血液で寒さを感じたのか、それとも激痛によるものなのか。

分からない、分からないからこそ尚更―――“怖い”。

 

 

(……怖い……? おいおい、もうモンスターは倒したってのに……)

 

 

白斗は思わず倒れていた狼男の死骸に目を向けた。

だが、そこで彼の疑問はさらに深まることになる。

 

 

(……ってオイ、なんであのモンスターの死骸が消えてないんだ!?)

 

 

そう、この世界に存在するモンスターは力尽きると電子の欠片となったかのように消えてしまう。

だがこの狼男の死骸はまだ消えていない。死んだふりでもしているのかと思い、再びナイフを構える。ところが、幾ら待っても狼男はピクリとも動かない。

 

 

「あ、あれ……? 何だか、萎んでない……?」

 

「ほ、ホントです……!」

 

 

それだけではない、なんと狼男の体が萎んできたのだ。

膨れ上がった筋肉はまるで空気が抜けていくかのように縮んでいき、獣らしさを醸し出す体毛も剥がれ落ちていき、ナイフの如き鋭さを持った牙と爪も小さくなっていく。

やがて小さくなったその姿は―――。

 

 

 

 

「………に、人間………?」

 

 

 

 

―――紛れもない、人間の男だ。

すっかり骨と皮だけの、何かの副作用としか思えないような異様な痩せ方だが人間である。

既に息絶えていた。体が変わっても致命傷は変わらなかったらしく、喉元には白斗が突き刺したナイフの痕、そしてそこから今でも流れ出る赤黒い血がそれを物語っている。

 

 

「ま、まさか……こいつ! 私達が追っていた指名手配犯……!?」

 

「この人が……モンスターに変身していたの……!?」

 

 

アイエフは、その男の正体を見破った。先程まで追跡していた元ノルス幹部だ。

彼を追ってきたからこそこの場面に出くわしてしまった。彼が何らかの方法でモンスター化し、迎撃してきた。

だからこそこんな街中でもあんなモンスターが突然出現したのだとすれば説明はつく。

 

 

 

 

―――けれども。そのモンスターだった人間は―――“死んだ”。

 

 

 

「……は、ぁッ……グ、ハッ、ガ、ヒッ……!!」

 

「は、白斗さん!? 白斗さぁん!!」

 

 

それを理解した瞬間、白斗の中の何かが崩壊を始めた。

鼓動は速まり、息が詰まり、血の気が引く。汗は滝のように流れ、震えが止まらなくなった。

慌ててコンパが駆け寄るも声すら届いていない。

 

 

「ハァッ……ハァッ…ハッ、ハ、ハ、ァ、ッ! お、俺……俺ッ……!!」

 

「ち、違う!! これは白斗の所為じゃない!! 貴方の所為じゃないの!!!」

 

「そうだよ!! だから落ち着いて白斗君っ!!!」

 

 

アイエフとマーベラスも、異常なまでに震える白斗を抱きしめた。

彼は「人を殺した」という事実に傷ついている。その事実に打ちのめされ、崩れそうになる白斗を支えようとする。

そんな必死になる少女達の姿が、微かにだが白斗の瞳に映る。

 

 

 

 

「……アイエ、フ……コ………ンパ……マーベ、ラ、ス………」

 

 

 

こんな自分を支えてくれる少女達に、確かな感謝を抱きながらも―――白斗の意識は黒く塗りつぶされていった。

底知れぬ闇へと沈んでいくような、どこまでも暗く、重く、冷たく―――。

 

 

「は、白斗!! しっかりして白斗ぉ!!!」

 

「白斗君っ!! 白斗君っってばぁ!!!」

 

「白斗さん!! 白斗さあああああああああああああん!!!」

 

 

まるで糸の切れたマリオネットのように倒れ込んでしまった白斗。

アイエフやコンパ、マーベラスは涙ながらに愛する者の名を叫び、体を揺り動かす。しかし、白斗は動かない。目を開けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その様子を、ビルの屋上からあの魔女―――マジェコンヌは見下ろしていた。

 

 

 

「……なるほど。 これが“絶暴草”……そしてあの男の息子の力か……」

 

 

 

一部始終を見届けたマジェコンヌはそう呟くと虚空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今回の事件は幸いなことに目撃者がいなかった。

そのため事件は「モンスターが街に紛れ込んでいた」という形で処理され、国民には詳細が伏せられることとなった。

だが、全てを隠したままには出来ない。国政の中心、プラネタワーの一室。そこにはこの国の女神であるネプテューヌとイストワール、そして白斗を心配して集ったノワール、ブラン、ベールら女神達。

 

 

「―――以上が、事件のあらまし……です……」

 

 

この錚々たる面々に説明をしていたのは当事者でもあるアイエフだった。

傍には同じくこの仕事を手伝っていたマーベラスも同席している。だが、どちらの表情も暗い。そして、女神達の表情も重苦しかった。

笑顔を信条とするネプテューヌですら、白斗を想う余り笑えなくなっている。

 

 

「こ………今回の責任は、全て指名手配犯を逃がした私にあります!! ですから……白斗を助けてください!!! お願いします!!!」

 

「わ、私からもお願いします!! アイエフちゃんだけの責任じゃありませんっ!!!」

 

 

全てを報告し終えたアイエフは、必死になって頭を下げた。

何よりも一番傷ついている想い人、白斗を救おうと嘆願している。同じく責任を感じているマーベラスも白斗の放免を願った。

 

 

「お、落ち着いてよ二人とも! 私達、白斗を逮捕しようなんて思ってないから!!」

 

「……ほ、ホント……?」

 

「白斗、何も悪くないじゃない!! ……あいちゃんやマベちゃんだって、悪くないんだよ」

 

 

しかし、そんな必死な二人をネプテューヌは優しく宥めた。

彼女も白斗を愛する者の一人。本当は心が引き裂かれそうなほど辛いはずなのに。

悲しみを堪えながらもアイエフとマーベラスの肩に温かな手を置き、優しく微笑んでくれた。

 

 

「……ネプ、子……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

「う、うぅ……ううぅぁぁぁぁああああ!!」

 

 

親友に慰められて、アイエフとマーベラスは涙が溢れ出した。

本来ならば責められても仕方がないというのに。友達だからというだけではない、普段はおとぼけていても、ちゃんと物事の本質を直感的にだが捉えてくれる。

そんな親友であり女神でもあるネプテューヌの温かさに触れ、アイエフとマーベラスの涙は止まらなかった。

 

 

「私もネプテューヌの意見に賛成よ。 プラネテューヌの法律、ざっと目を通させてもらったけど法的に見ても正当防衛が成立するわ」

 

「ええ。 そもそも白斗は相手が人間だと知らなかったわけだし」

 

「……正しいことをした人が裁かれるなんて、それこそあってはならない話ですわ」

 

 

各国の女神達もネプテューヌの意見に賛同してくれる。

ただ白斗に対する想いだけではない、説得力のある言葉で白斗を、そしてアイエフとマーベラスを支えてくれた。

誰もが自分にできる方法で白斗を助けようとしてくれている。そんな温かな思いは伝わってきた。

 

 

「……後は、白斗さんの心持次第ですね……」

 

 

だが、口を開けたイストワールの一言で再び空気が重苦しくなった。

これでも言葉は選んだ方だ。厳しいようだが、事実その通りなのだ。

幾ら法的に許されようとも、肝心の白斗がどう受け止めているか。それによって接し方を変えなくてはならない。

皆が俯く中、気まずそうに部屋を横切る少女が一人。

 

 

「……お姉ちゃん」

 

「ネプギア……白斗の様子は?」

 

「まだ目を覚まさない……今はコンパさんが傍にいてくれてる……。 私はお水取り換えに来ただけだから……」

 

 

洗面器を抱えたネプギアだった。

あの後、白斗は保護のためこのプラネタワーに移された。怪我はしていたものの、命に別状はなかったため包帯や治療薬だけで済んだ。

それでも正当防衛とは言え、人を殺めてしまったことが相当ショックだったのか未だに目を覚まさない。

 

 

「……傷つくなって方が無理よ……。 白斗、今どれだけ苦しいを思いをしているのか……!」

 

「情けないわ……こんな時に、白斗に何もしてあげられないなんて……!」

 

「……白ちゃんに、何をしてあげられるのでしょうか……」

 

 

ノワールは歯を食いしばり、ブランは顔を俯かせ、ベールは一筋の涙を流した。

皆、白斗を想う余り自分の心すら追い詰めている。

 

 

「……ネプギア。 私、白斗の様子を見に行ってもいいかな?」

 

「うん……お兄ちゃん、まだ目を覚まさないと思うけど……」

 

「それでも……傍に居てあげたいんだ……」

 

 

今、白斗の心は間違いなく傷ついている。

傷ついている人は放っておいてはいけない。それがネプテューヌが出した答えだ。

だから何があろうとも彼の傍にいる、そんな覚悟を見せられては止められる者などいない。

いつもよりも大人しい歩調で廊下を歩き、白斗の部屋のドアを開ける。

 

 

「あ……ねぷねぷ……」

 

「こんぱ、お疲れ様。 ……白斗はどう?」

 

「体は大丈夫だと思うですけど……凄く辛そうです……」

 

 

ベッドで眠る白斗、その傍らにコンパが座っていた。

優しい笑顔を向けたがコンパは苦しそうに俯いている。今日の一件で彼女も責任を感じてしまっているのだろう。

だが、それ以上に白斗が辛そうだった。悪夢でも見ているのか、魘されている。

 

 

「……ねぷねぷ! あ、あの……」

 

「分かってる。 白斗も、みんなも悪くないから」

 

「……ありがとう、です……」

 

 

彼女もやはり白斗を罪に問わないように嘆願しようとしていた。

だがそれはもう済んだこと、そう伝えれば力なくコンパは礼を言う。

 

 

「こんぱ、ちょっと休憩したら? 思い詰めすぎて先に倒れちゃいそうだよ?」

 

「……ですね。 ねぷねぷ、少しだけ白斗さんをお願いしていいですか?」

 

「うん」

 

 

これでもコンパはナースだ。自分の体調がどうなっているかくらいすぐに分かる。

今の状態では白斗の看病もまともにできないと判断し、ネプテューヌに後を任せて部屋を出た。

ネプテューヌは少しでもコンパの気が軽くなることを祈り、椅子に座った。白斗は尚も苦しそうに呻いている。

 

 

「……ぅ、ぁ……う、ウ………!」

 

「……白斗……」

 

 

決して人前では弱音を吐かない白斗。そんな彼が、こんなにも苦しそうにしている。

大好きな人が目の前で苦しんでいるのに何もできないこの状況に、ネプテューヌも泣きそうになっていた。

けれど必死に涙を堪え、白斗の手を握る。少しでも心の支えになるように。

 

 

「ぅ、ぅっ………! ……ん……う……」

 

「っ!? 白斗……白斗!!」

 

 

すると、その想いが伝わったのか苦し気な声を吐き出しながらも白斗の瞼が開きかけた。

本当はもう少し寝かせるべきなのかもしれない、それでもネプテューヌは彼の名前を呼んだ。

 

 

「………あ…………お…………お、れ………?」

 

「白斗!! 大丈夫!!?」

 

「……ねぷ……てゅーぬ…………………―――ッ!!?」

 

 

凄まじい汗と尚も渦巻く不快感の中、何とか視界を取り戻す。

やがて朧気に浮かび上がったその姿は、心配そうにこちらを覗き込んでいるネプテューヌの顔だった。

綺麗な瞳が白斗を包み、小さくも綺麗な手で白斗の手を握っていた。だが、その握っている手は、あの時狼男を―――いや、あの人間を「刺し殺した手」で―――。

 

 

「うわあぁあぁあぁあぁあッ!!? は、離れろぉぉおおおお――――ッ!!!」

 

「きゃッ!? は、白斗!?」

 

 

盛大な悲鳴と共に咄嗟に振り払った。

ネプテューヌも何が何だかわからず手を離してしまった。慌てて白斗を見ると、怯えながらその手を見つめている。

自分の手に、恐怖していた。

 

 

「触るなぁ!! こんな……こんな血塗れの……人殺しの手なんかッ………!!!」

 

「違う!! この手であいちゃんやこんぱ、マベちゃんを守ってくれたんだよ!!」

 

「でも……でもっ!! お、俺、俺ッ……うわぁぁああああぁぁぁぁああ――――ッ!!?」

 

「お、落ち着いて!! 落ち着いてよ白斗ぉ!!!」

 

 

いつもの白斗からは全く想像できない錯乱ぶりだ。

やはりあの人を殺めてしまった一件は、白斗の心をズタボロに崩していた。だからと言ってここで引き下がってはいけない。今、白斗を一人にしてはいけない。

苦しみから逃れようと暴れる白斗に、ネプテューヌは必死に抱き着いた。

 

 

「あ、アァァアァアアァアァア!?」

 

「大丈夫!! 絶対に離れないから!! 絶対に離さないから!!!」

 

「アアァァア………ア、ア、あ…………!!!」

 

 

いつぞやのネプギア以上に取り乱している。

それでもネプテューヌは腕に力を籠め、その胸元に顔を埋めた。この想いが少しでも伝わるように。

少しずつだが、暴れる力が弱まり始める。

 

 

「……白斗、ありがとう。 皆を守ってくれて……本当にありがとう……!!」

 

「ね、ネプテュー……ヌ……う、ウううぅぅッ……!!」

 

「……苦しいよね……。 でも、貴方のお蔭で助かった人もいるの……。 それも白斗のお蔭だって言うことは……否定しないで」

 

 

まだ震える彼にお礼を言った。

女神として、そしてアイエフ達の友達として。命懸けで守ってくれた白斗に。

人を殺してしまったことは事実なのかもしれない。でも、彼の陰で守られた人がいる。それもまた事実なのだ。人を殺したことよりも、確かな事実なのだ。

そんなネプテューヌの温かい言葉に、白斗は徐々に落ち着きを取り戻していく―――。

 

 

「ぅ、ぁ………はぁ………はぁ………」

 

「良かった……落ち着いた………?」

 

「……………………」

 

「無理はしないでね。 はい、お水。 顔は私が拭いてあげるね」

 

 

尚も肩で息をしている。だが、当初ほどの乱れようではない。

力なくも、コクリと頷いてくれた。差し出されたコップに口をつけ、その間ネプテューヌが白斗の顔から吹き出た汗を拭う。

 

 

「……ごめんな、ネプテューヌ……」

 

「謝らなくていいよ。 白斗は何も悪くないんだから!」

 

 

あっけらかんとした、朗らかな笑顔で返してくれたネプテューヌ。

人を元気づけることに関して右に出るもはいない。まさに慈愛の女神。

まだいつもの調子は取り戻せそうにないが、白斗もようやく人並みの反応を返してくれるレベルにまでは落ち着いた。

―――それでも、恐怖は体中に刻み込まれている。

 

 

「う……うウ……ッ……! でも、俺……“また”人を……ッ」

 

 

震える手。やはり、あの人を殺めた感触が忘れられないのだろう。

だからこそ、ネプテューヌは尚更疑問に思ってしまった。

 

 

(……白斗……本当に、人を殺したことがあるの……?)

 

 

これだけ人を傷つけることを恐れ、殺めたことを悔いている。こんなにも優しい人が、元の世界でとは言え暗殺者など到底信じられなかった。

仮に殺したとしても、彼自身の意思ではないことは明らかだ。今白斗を苦しめているものは現在と過去の、二度に渡る殺人。

その罪の意識が、彼を追い詰めている。

 

 

 

 

 

 

もし、そこから助け出せることが出来れば―――或いは―――。

 

 

 

 

 

「………ねぇ、白斗………」

 

 

 

 

本当は、これを口にするべきか否か。今も迷っている。

彼を追い詰める結果になるかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。でも、嫌われてもいい。

本当に白斗を助け出せるのなら、どんな汚名でも、罵詈雑言の言葉でも受けきる。ネプテューヌは握り拳を固め、白斗と向き合った。

 

 

「……今、胸に抱えているもの……全部話してみて。 今の気持ちとか、過去に何があったとか、全部」 

 

「……え……?」

 

 

彼の苦しみを、一度吐き出させるしかない。

先程は突然の恐怖でパニックに陥っていたが、ある程度取り戻した今ならダムのように序徐々に引き出せるはず。

優しい笑顔と穏やかな口調に、白斗は面食らったかのように動きを止めた。

 

 

「八つ当たりでも何でもいいよ。 打たれ強いことで有名なネプ子さんだもん、ドーンと来い!」

 

 

ネプテューヌには分かっている。今でも白斗は無理をしていたことを。

何故なら、彼は人前では決して弱音を吐かない。いや、吐けない人なのだ。

ノワールと似たタイプだが、彼の場合は自らの意思でそれを引き出すことが出来ない。だから外部から引き出させるしかない。

白斗は当然、彼女の真意に気づいている。だから、時間こそは掛かったがそれを受け入れ、口を薄く開く。

 

 

 

 

「……………………お………俺――――」

 

 

 

固唾を飲みながらもネプテューヌは真剣に目を向け、耳を立てる。

彼の一言一句を全て受け止めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だが、事態は予想しない方向へと転がってしまった。

 

 

 

 

 

「―――ウグッ!!? うッ、グェェエエ…………!!?」

 

「白斗!!?」

 

 

 

 

突然、白斗が嘔吐し始めたのだ。

先程まで良かった顔色も、一気に青ざめてしまっている。瞳からは光が失われ、また汗が滝のように吹き出している。

慌ててネプテューヌは白斗の体を抱きしめた。

 

 

「ゲボッ!! グボォェェエ……!!」

 

「白斗!! 白斗ぉ!!!」

 

「は、離れ……汚れ…………グブッ!!!」

 

 

尚も吐き続ける白斗。当然吐しゃ物はネプテューヌの服にも掛かってしまう。

だが彼女はそんな事一切気にも留めなかった。ただ、白斗を落ち着かせるために必死に抱きしめ、体をさすっている。

 

 

 

 

 

「だ、誰かぁ!!! 誰か来てぇ!!! 白斗を……助けてぇえええええええええええ!!!」

 

 

 

 

 

―――その後、ネプテューヌの叫びが木霊したことで異変に気付いたノワール達も慌てて部屋に駆け込んできた。

彼女達もこの惨状を目の当たりにしながらも己の身を省みず白斗の介抱に当たる。その後、白斗は気絶するように眠ってしまい、何とかこの場は収まった。

だが、ネプテューヌの心は一気に絶望の淵へ叩き落とされてしまった。

 

 

 

「……そんな……白斗…………わ、私の所為で………………」

 

 

 

彼のためだからと、軽はずみに聞いてしまった。

まさか白斗が、口にしただけで吐いてしまうほどの絶望を抱えていたことなど知らなかった。知ろうともしなかった。

それがネプテューヌの顔から笑顔を奪い去り、一筋の涙を流させた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日。天気だけは快晴だった。

だが、このプラネタワーはそんな気持ちの良い天気に反して、重苦しい雰囲気に包まれている。

リビングルームでは泊りがけで白斗の介抱に当たっていたイストワールとネプギア、そして三ヶ国の女神達が集まっていた。

息苦しささえ感じる空気の中、最初に口を開いたのはベールだった。

 

 

「ネプギアちゃん……白ちゃんの様子はどうでしたか?」

 

「……体は大丈夫みたいなんですけど……。 昨日の一件で更に自分を追い詰めちゃったみたいで……『みんなに、お姉ちゃんに悪いことをした』って……」

 

「……白斗の所為でも、ネプテューヌの所為でもないわ……」

 

 

ブランの言葉に、誰もが頷く。

昨日のあらましはネプテューヌから聞くことが出来た。彼が何故、尚も取り乱していたのか。

あんなにも吐くことになってしまった原因も。

 

 

「……私も、あの場にいたらネプテューヌと同じことをしていたわ……。 あの子だけを責めることなんて、出来ない……」

 

 

苦しそうに片腕を抱えながら、ノワールがポツリと呟いた。

涙ながらにネプテューヌが話してくれた、昨日の経緯。ノワールも、同じことを考えてしまっていたからだ。

ブランも、ベールも、ネプギアも。今回、ネプテューヌが聞いてしまっただけで誰もが同じ状況にしてしまっていただろう。だから、彼女を責めることなど誰も出来なかった。

 

 

「……ネプギアさん。 ネプテューヌさんの方は?」

 

「お姉ちゃんもすっかり暗くなっちゃって……。 さっき、お兄ちゃんに謝りに行ったんですけど……お兄ちゃんも謝りまくって……。 もう、違う意味で収拾つかなくて……」

 

 

イストワールがネプテューヌの様子を聞いてきた。

彼女の気分も最悪らしい。朝、落ち着いたところで昨日の事を互いに謝ったらしいが気にしすぎる余り距離が出来てしまっている様子だ。

 

 

「……こんな時まで他人の心配なんて……優しすぎるのよ、白斗は……」

 

 

昨日、これ以上ないくらいに傷ついているというのに白斗はネプテューヌの、そして皆の心配をしていた。

その優しさが、寧ろ白斗自身を追い詰めている。ノワールは今にも泣きそうになっていた。

 

 

「……ネプテューヌにだけ苦しい思いはさせられない……! 私達も、白斗のために出来ることを探しましょう!」

 

 

盛大に机を叩き、飛び上がるようにしてブランが叫んだ。

具体案など思いついてはいない。だが、考えることをやめればそれは白斗とネプテューヌに背を向けるのと同じ。

白斗に想いを寄せる者として、そしてネプテューヌの友達として。言わずにはいられなかった。

 

 

「……ブランさんの言う通りです。 今度は、私達がお兄ちゃんとお姉ちゃんを支えなきゃ!」

 

「はい。 ……白斗さんを、みんなで助けましょう」

 

「ええ。 ここで動かなくては私は女神でも、姉でも……女でもありませんわ!」

 

 

ネプギアとイストワール、ベールも同意した。

愛する者を守りたい気持ちと友を助けたい思い、どちらも等しく、皆が共有している。

これだけの面々が勢揃いしているのだ。何もできない方がおかしい。

ノワールも希望を取り戻し、少しだが笑顔を取り戻した。

 

 

「でも、どうしたらいいのかしら……」

 

「……ネプテューヌの考え方自体はあってる。 ただ、焦り過ぎただけ……少しずつ白斗の本音を引き出していく方向はどうかしら?」

 

 

ブランがまた一つ提案をした。

一気に苦しみを吐き出させようとしたから、心のダムがその負荷に耐え切れず決壊してしまった。それが昨日の一連の流れ。

だから苦しみの放出量を少しずつにするしかない。

 

 

「でもお兄ちゃん……私達と一緒にいることを避けてるみたいです……」

 

「無理もないわね……あんなことがあったんだもの……。 でも、ここで避けたら……白斗がいなくなってしまうかもしれない……!」

 

 

実は体の傷や痛み自体は既に完治している白斗。だが彼を縛り付けているのは心だ。

特に昨日の一件でネプテューヌや皆を傷つけたくないと思っているのだろう。

ノワールも理解してしまう。だが、だからと言ってここで距離を離してしまえば白斗は本当に彼女達の下を去ってしまうかもしれない。そう考えただけで、心が引き裂かれるような痛みに襲われた。

 

 

 

「……でしたら、その時間を作りましょう。 私にお任せくださいな」

 

 

 

そこで名乗りを上げたのはベールだった。

何か妙案があるのかと皆が一斉に視線を向ける。

 

 

「お誂え向き、と言えば聞こえは悪いのですが……実は一件、リーンボックスで厄介な事件が発生しましたの」

 

「事件?」

 

「ええ、その事件と言うのが―――」

 

 

ベールは虚空から事件の資料を取り出してテーブルに並べ始める。

並べられた資料に、誰もが目を通した。白斗のためになることを祈って―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。ここはリーンボックスにある山の一つ、『ベイカ山』。

何やら事件が起きそうな名前かもしれないが、至って平和な山の一つ。

であるにも関わらず今この山には四人の女神と、一人の黒コートを着込んだ少年が召集されていた。

 

 

「はい、というわけでこれよりパトロールを行いたいと思います!」

 

 

パン、と勢いよく手を叩いて宣言したのはこの国の女神ことベール。

彼女の呼びかけに応じたノワールとブラン、そしてネプテューヌ。だが紫の女神の雰囲気は昨日の一件を引きずっているのか、どこか暗い。

そして体自体は快復したとして無理矢理の形で引きずり出された少年、白斗も覇気が無かった。

 

 

「……ベール、パトロールってどうしてそんなことをするの?」

 

 

力ない語気で話しかけるネプテューヌ。

普段の彼女であれば無理矢理ボケをかまして白斗を元気づけようとしているところだろう。

しかし、今の彼女は余計な一言を言わないようにしているのが見て取れた。

どこか調子が狂いそうになりつつもベールは説明を続行する。

 

 

「先日、我が国でも有数のキャンプ地を抱える『ノドカーナ山』が突然の山火事にあいましたの」

 

「山火事……」

 

「更に近隣の山でも山火事の被害が報告されています。 誰か放火犯がいるに違いありませんわ。 そこで今回は我々の手でまだ無事なこの山をパトロールするというワケです」

 

 

ここまで特に疑問点は無い。

まだ無事であるこの山を狙う可能性は高い。特にリーンボックスはリゾート地、山火事を防ぎたいと思うのは当然だろう。

 

 

「……でも姉さん。 さすがに5人だけだとカバーしきれないかと……」

 

(着眼点は鋭いですがどこか余所余所しいですわね……。 まるで、白ちゃんがこの世界に来た時のような感じですわ……)

 

 

どこか他人行儀、というよりも自分自身に存在を感じられないと言った様子。どこか虚ろな反応を返してくる白斗。

この世界に来たばかりの白斗もこのような感じだった。今にして思えば、過去の殺人を自責していたからなのか。だが、それでもベール達は彼を支えると決めている。

 

 

「ご安心を。 反対側にはネプギアちゃん達にもお願いしてありますわ」

 

「……そっか」

 

「ええ。 ですから白ちゃんはあちらの川のあるエリアを。 ネプテューヌはその反対側のエリアをお願いしますわ」

 

「……うん」

 

 

白斗とネプテューヌは返事を返したが、やはり二人ともが無理に元気を絞り出している。

心の状態が最悪な中、それでも仕事に手を貸してくれたのは気を紛らわせたいからだろう。

荒療治にはなるが、これもベールの読み通りだ。

 

 

「ではお二人とも、お願いしますわ。 私達の担当は既に決まっていますので」

 

「分かった」

 

「りょーかい」

 

 

何とか笑顔を作り出し二人は持ち場へ向かう。

互いに心配を掛けたくないためであることは見て取れたが、足取りがどこか覚束ない。

しっかりしておらず、まるで風が吹けば飛んでいってしまうような危うささえあった。このまま見過ごせば、特に白斗はどこかへ消えてしまうかもしれない。

 

 

 

(((―――絶対に、離さない)))

 

 

 

女神達の想いは、固かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、白斗たちとは反対側のエリアを担当していたネプギアらはと言うと。

 

 

「……お兄ちゃんとお姉ちゃん、大丈夫かなぁ……」

 

 

ネプギアが、ランチョンマットを広げていた。

少し地味な色合いのマットだが、8人が使用できるくらい広いものだ。これを4枚も並べている。

彼女だけではない、ユニやロムとラムと言った女神候補生、アイエフとコンパ、マーベラスに5pb.やツネミもいた。

共通しているのは皆、白斗を心から慕っている者達であることだ。

 

 

「だいじょーぶ! お姉ちゃんならきっとお兄ちゃんを元気にしてくれるって!」

 

「そうしたら、今度はわたし達でお兄ちゃんを元気づけてあげなきゃ!(ふんす)」

 

「……そうね。 ロムとラムの言う通りだわ」

 

 

実は事の詳細は伝えられていないロムとラム。だが、まだ幼い彼女達には白斗の身に起こったことを受け止められるわけがない。

それでも白斗が本当に辛い思いを抱えていることだけは知っている。だから元気づけようと必死だ。

ユニは詳細を知っているからこそ心を痛めていたが、二人の言葉に賛同する。

 

 

「私達は苦しい時、白斗さんに支えてもらってばかりでした……今度は私達が白斗さんを支える番です!」

 

「うん! ボクだって……ボクだって白斗君を愛してるもん! 好きな人のためならどんなことだってしてあげられる! してあげたい!!」

 

 

ツネミと5pb.も、それこそ決死の覚悟を見せていた。

彼女達も白斗のお蔭で自身の生きる道を繋いで貰えた者として。何より白斗に恋をした者として。

白斗が荒れることも、拒絶の言葉を受けることも覚悟済みだ。だからこそ、ここに来ている。

生半可な覚悟、増してや遊びのつもりなど一切なかった。

 

 

「……私だって! 白斗を追い詰めた責任だけじゃない……白斗を助けたい気持ちだけは誰にも負けないの!」

 

「私もです! 好きな人を元気にさせられないなんて、女の子失格です!」

 

「白斗君は、何度も私を命懸けで助けてくれた……! 私も、何度でも白斗君を助ける!」

 

 

そしてあの事件の当事者だったアイエフとコンパ、マーベラスも揺らぎない覚悟を見せていた。

白斗に対する責任や罪悪感だけではない、彼を想う者だからこそ絶対に助ける。

 

 

「それじゃ、白兄ぃのためにも早くピクニックの用意しちゃいましょうか!」

 

 

ユニの呼びかけに皆がペースを早める。

そう、彼女達はピクニックの準備をしていたのだ。当然呑気に楽しむためではない。

少しでも白斗の心の癒しになればという思いからだ。

少女達は祈る。大好きな人ともに、また笑いあえますようにと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、件の白斗は指示された通り川に来ていた。

ギラリとした視線を周囲に振りまき、放火犯がいないか見て回る。だがその視線の鋭さは剣呑と言うべきか、殺気を纏っているというべきか。

とにかく穏やかさの欠片も無かった。

 

 

「…………………」

 

 

無言、とにかく無言だ。

何も喋らない、何も話したくない、何も考えたくなかった。何か他ごとに意識を向けてしまえば、この不安定な心が保っていられない。

そう感じていた矢先、ふと穏やかに流れる川に目が行く。そこには余りにも怖いとしか表現のしようがない自分の顔が―――。

 

 

「――――ぐぇっ……!?」

 

 

途端、また吐き気が込み上げてしまう。

不快感に崩れ落ち、体中が恐怖で支配された。その顔は、自分の中で最も嫌悪し、最もしてはならない顔だったからだ。

 

 

 

 

 

(あ……あの顔……俺が、俺が人を殺した時の………! 結局、お、れは……ただの……ひと、ごろしで……みんなをー――)

 

 

 

 

人殺し―――それを自覚するや否や、白斗の心は一気に闇一緒に塗り潰され―――。

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫。 貴方は人殺しなんかじゃないわ」

 

「ええ。 私たちの大切な人、ですわ」

 

 

 

 

 

 

その時、白斗を包んでくれる二つの優しい温もり。

 

 

「……ブラ、ン……ベール……ねえ、さ―――………」

 

 

ブランとベール。白斗と親しくしてくれる女神様二人だった。

こんな酷い状態であるにも拘らず、先日と何ら変わりない優しさで白斗を支えてくれる。

それどころか今も尚、震える体を優しく抱きしめてくれた。

 

 

「落ち着いて。 ―――ずっと傍に居るから」

 

「何でも吐き出してくださいな。 少しずつで大丈夫ですから」

 

 

先日取り乱した際にも、二人には迷惑をかけた。

あんな汚い状況だったのに、嫌な顔一つせず対処に当たってくれた。だからこそ白斗は尚更、己を情けなく思う。

 

 

「………ごめ、ん………俺、人殺しで……みんなに……ネプテューヌに酷いことを―――」

 

 

何よりも、彼にとって許せなかったのは他人を傷つけることだ。

殺してしまったことは勿論、先日取り乱したことでネプテューヌらを傷つけたと思っていることが彼にとって何よりの後悔。

けれども、ブランとベールは微笑みながら首を横に振った。

 

 

「……白斗。 貴方は自分の事を人殺しなんて卑下するけどそれは違う」

 

「ただの人殺しは、そんな時まで他人を気に掛けたりしませんわ。 貴方はどんな時でも他人を思いやれる、優しい人ですのよ」

 

「そ、そんなこと………」

 

「貴方は否定しても、私達は知ってるのよ。 貴方は誰かのために戦う人だって」

 

「本当に戦う意思がないなら、その装備だってしてこないはずですわ」

 

 

優しく諭され、指摘される。

今の白斗の恰好はいつもの黒コートだ。当然中にはナイフや銃、ワイヤーと言ったいつもの装備が多数仕込まれている。

彼にとっては戦闘スタイルである暗殺を象徴するもののはず。なのにそれを着込んでいた。

 

 

「そんな白ちゃんだから私たちは、貴方が何よりも大切なんですの」

 

「大切な人のためなら何だって出来る。 貴方がしてくれたように、私たちも貴方を支えるわ。 どれだけ時間がかかっても」

 

「少しずつで構いません。 白ちゃんが抱えるもの……吐き出していってください」

 

 

白斗は今、自分で自分が分からなくなっていた。

起きてしまった事実だけが自分を形作るのだと思い、それ故人殺しを、そしてネプテューヌ達を傷つけたとばかり思っていた。

だが、それでも彼女達は違う。白斗がそんな人ではないことを。それもまた事実なのだと。

―――だから、白斗は支えてもらいたくなった。

 

 

「………俺、ネプテューヌと………また、笑いあいたい……。 この前……凄く傷つけてしまったから……」

 

 

彼にとって、今一番後悔していること。やはり先日のネプテューヌにしてしまったことだ。

頭では分かっていても、心は悲鳴を上げている。

ようやく口から出してもらえた彼の弱音に、ブランとベールは柔らかく微笑みながら諭していく。

 

 

「……大丈夫。 ネプテューヌも白斗が悪いだなんて思ってないわ」

 

「ブランの言う通りですわ。 第一、謝るよりも前に大事な言葉をまだかけてないのでしょう?」

 

「謝るよりも……大事……? あ………」

 

 

二人に諭されて、ここまでの言動を振り返ってみる。

これまで彼女達への罪悪感で自らを追い込み、謝罪の言葉を何度も繰り返してきた。だが、一方でかけていない言葉があった。

それは―――。

 

 

「……そう、だな……。 一番大切なこと、言ってなかった……」

 

「なら言ってあげて。 向こうはノワールが何とかしてくれてるはずだから」

 

「白ちゃんの言いたいこと、少しずつ言ってあげてください。 ネプテューヌもそれを受け止める覚悟はありますから」

 

「……うん」

 

 

白斗は微笑んで二人に頭を下げる。

まだまだ無理に作っている笑顔だが、幾分か柔らかくなっていた。

そのまま白斗は走り出す。いつも元気を与えてくれた、あの少女の下へ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数分前。こちらは静かな森林地帯。

柔らかな木漏れ日を浴びながらネプテューヌは歩いていた。けれども、その足取りは重く、顔色は暗い。

 

 

「………はぁ」

 

 

仕事で来たはずなのに、全く身が入らない。元から仕事はサボる性質ではあるが。

しかし、今は仕事に逃げたかった。

原因は言わずもがな、先日白斗の心を傷つけてしまったと感じていたからである。

 

 

(……なんで私、あんなことを言っちゃったのかな……)

 

 

後悔が豪雪のように降り積もり、ネプテューヌの心を冷たく、重く潰しに掛かる。

もっと他に言いようがあったのではないか、何もあんなタイミングで無くても良かったのでは、そもそも自分ではなく別の誰かならもっと上手くやってくれたのではないか。

 

 

「…………っ」

 

 

それらを考える度に、涙がじわりと浮かんでくる。

今となってはトレードマークである笑顔の浮かべ方すら忘れてしまった。もう、どうすればいいのかも―――。

 

 

「貴女らしくないわね、ネプテューヌ」

 

「ノワール……?」

 

 

いつの間にか、彼女の背後にノワールが立っていた。

口調こそいつも通りだったが、表情はいつもよりも柔らかい。ネプテューヌに確認を取ることなく、スタスタと彼女の傍まで歩いてくる。

ツンデレが個性である彼女にしては珍しい積極性だ。

 

 

「……白斗を傷つけたとか、思ってるんでしょ」

 

「…………うん」

 

「まぁ、やっちゃったわねー」

 

「ってノワール!? そこ慰めてくれるところじゃないの!?」

 

「普段のアンタもこうやって死体蹴り喰らわせてるからそのお返しよ」

 

 

確かに普段のネプテューヌは茶々を入れてくることもあるが、それは彼女なりの気遣いの場合もある。

真面目なノワールが、こんな冗談めいた言葉を掛けてくるとはさすがのネプテューヌも面食らってしまい、盛大に慌てた。

 

 

「………でもね、きっと私やブラン、ベールがあの時、そこに居たとしても……同じこと、してたと思う」

 

「え……?」

 

「白斗の事を想う余り、白斗の心の傷の深さまで考えられてあげなかった……。 だから、貴女だけの責任じゃないのよ」

 

 

すると、ノワールがその細い腕でネプテューヌを抱きしめてきた。

弱り切った心に、この温かさは深く沁み込んでくる。

 

 

「今回ダメだったのは一人で解決しようとしたからよ。 ……今度は皆で白斗を支えましょう」

 

「ノワー、ル……」

 

「大好きな人を助けたい気持ちはみんな一緒だもの。 ……時間だけは幾らでもある。 だからみんなで力を合わせて、少しずつ白斗の苦しみを吐き出させていく。 それがダメなら別の手を考える。 ……まだ貴女が白斗のために出来ることはあるわ」

 

 

女神として、恋のライバルとして、そして友達として。

ノワールは全身全霊でネプテューヌをを支えてくれる。本当は彼女も白斗の事が心配で、心が張り裂けそうなはずなのに。

 

 

「……あり、がとう……」

 

「これくらいなんでも無いわ。 ……い、言っておくけど白斗のためだからねっ!!」

 

「ふふっ……やっぱりノワールはそうでなくちゃね」

 

 

やっとネプテューヌが笑ってくれた。

ノワールもしっくり来たらしく、自らの腕の中から彼女を解放する。

 

 

「でも……なんかノワール変わったね。 以前はメッチャ余裕ないーって感じだったのに」

 

「そう? だとしたら、きっと白斗のお蔭ね。 ……っと、丁度いい頃合いね」

 

「ん? 頃合いって……」

 

 

するとノワールは後方を気にし始めた。

何かを待っているらしい。同じくネプテューヌが彼女の後方に目をやると―――。

 

 

 

「はぁ……はぁ……! ね、ネプテューヌ……!!」

 

「は、白斗!!?」

 

 

 

白斗が走ってきた。遅れてその後ろにはブランとベールがいる。

ノワールが彼女の相手をしている間に、二人は白斗を元気づけてくれたらしい。

まだ白斗も本調子ではないが、それでもネプテューヌの下に一秒でも早く駆けつけるために走ってきてくれたらしい。

 

 

「あ、あの……白斗……。 その……!」

 

 

突然のエンカウントでネプテューヌは慌てふためく。

元気は出せたが、いざ何を言えばいいのか分からない。どんなふうに謝れば白斗は許してくれるのだろうか。

ぐるぐると考えばかりが脳内で渦巻き―――。

 

 

 

「―――ありがとな、ネプテューヌ」

 

 

 

白斗の温かな声が、闇に包まれたネプテューヌに光を齎した。

 

 

「え……?」

 

「……昨日、俺を支えてくれてありがとう。 それとちゃんとお礼言ってなくて……ごめんな」

 

 

まさかお礼を言われるとは思ってもいなかったネプテューヌ。

でも、白斗はそれを当然の物と思っていた。だからこそ彼が今表現できる最大の温かさで、ちゃんとネプテューヌの目を見て言葉を掛ける。

入れ知恵こそブランとベールがしてくれたのだが、この温もりと嬉しさは彼でしか表現できない。

 

 

「……ズルいよ……そんなの………どういたしましてってしか言えないじゃない……!!」

 

「いいんだよ。 ネプテューヌは何も悪くないんだから」

 

 

挙句、彼女自身が掛けた台詞を返してくれた。

まだ白斗はショックから完璧に立ち直れてはいない。心はボロボロのままだろう。

それでも、白斗はネプテューヌのためにここまで来てくれた。そんな彼の優しさに、そして彼をここまで導いてくれたノワール達に感謝しか出てこない。

 

 

 

「……白斗。 私からも……」

 

 

 

ありがとう―――そう言いかけたその時だった。

 

 

「っ、う、おわっ!?」

 

「じ、地面が……揺れてるっ!?」

 

 

急に地面が揺れ出したのだ。地震とは違うような震動。

しかし、揺れ自体は強く白斗たちも突然の震動に足を取られて動きがままならない。

何事かと地面に目を向けると、今度は地面から何かが盛り上がり―――。

 

 

「っ!! 白斗、危ないっ!!!」

 

「うわっ!?」

 

 

咄嗟に危険を感じたネプテューヌが、白斗を突き飛ばした。

次の瞬間、地面から赤黒いコードのような何かが伸び―――。

 

 

「きゃぁっ!? な、何よこれ!!?」

 

「ねぷぅ!? ちょっと、緊縛プレイここで出しちゃダメだってー!!」

 

「う、くっ……! ち、力が出せない……!!」

 

「まさか……この触手も、アンチモンスター……!?」

 

 

ネプテューヌ達が縛られてしまった。

手首や足、関節に巻き付かれてしまっており完全に動きを封じられた。しかもどうやらこの触手はアンチモンスターの一種らしく、女神化することも、引きちぎることも出来ない様子だ。

 

 

「み、みんな!! クソッ、今助けるっ!!!」

 

 

白斗は躊躇いなくナイフを手に取り、触手を切り付ける。

だが細かい傷こそ入るが、中々切り裂くには至らない。

 

 

「このクソッタレがあああああああ!!! 皆を離しやがれぇえええええええええええ!!!」

 

 

吠えながら白斗は白刃を振るい続ける。

しかし、想像以上に固く、薄皮一枚ですら切り裂けない。

 

 

「無駄だ……アンチモンスター『コード・テンタクル』……。 攻撃性能こそないが、捕縛性能と防御性能を向上させた触手だ。 人間如きでは切り裂けない」

 

 

するとそこに陰湿な声が降りかかってきた。女性の声だ。

刃を振るう手を止め、咄嗟に振り返る。背後にいる女神達を守るように、白斗は再びナイフを構えた。

そこに居たのは、空中に浮かぶ肌色の悪い魔女が一人。

 

 

「……テメェか? この趣味の悪い生き物仕掛けたのは」

 

「そうだ。 生み出したのは私ではないが……まぁ、どうでもいいか」

 

「確かにどうでもいいな。 ……女神様にこんなことをしてタダで済むと思うなよ」

 

「フン、それはこちらの台詞だ」

 

 

今の白斗には、人を殺したことやネプテューヌ達を傷つけたことに対する後悔など一切吹き飛んでしまっていた。

あるのはただ女神達に敵意を向けるこの魔女に対する怒り、何よりも女神達を守りたいと思うこの気持ちのみ。

そんな彼に苛立ちを感じながらも、魔女は杖を向ける。

 

 

 

 

 

 

「女神を排し、この世界全てを統べる支配者になるこのマジェコンヌに歯向かって……タダで済むと思うなよ……小僧」

 

 

 

 

 

 

―――嵐は、まだ収まらない。




サブタイの元ネタ 暗殺教室より128話ショックこと「嵐の時間」より


ということでシリアス回になります。
ここからしばらくシリアスなお話になるのですが、なるべくシリアスなの続けるとしんどいなーということで一話一話を長めにして話数そのものを減らす方向性で行きます。
ここからのテーマは、今まで断片的にしか明かされなかった白斗の過去。彼がどう向き合うのか、そしてマジェコンヌとの死闘はどうなるのか。お楽しみに。
感想ご意見、お待ちしております!
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