恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART   作:カスケード

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第三十九話 絶望、そして“絶暴”

「―――よくやった、マジェコンヌ」

 

 

某国某所、どこにあるとも知れない研究所。

必要最低限の光しか灯っていない、計器類のみが光源となっている怪しげな雰囲気の研究室で一人の科学者が狂気に歪めた嗤いを上げている。

彼が見つめる緑色の液体に満たされたカプセル。その中に浮かべられていたのは―――満身創痍の黒原白斗だった。

 

 

「白斗……よくも親であるこのワシを裏切り、この世界に逃げ込み、香澄の事も忘れた挙句のうのうと生きていたなァ……」

 

(……少なくとも、貴様よりは立派な小僧だったがな)

 

 

身勝手な理論をかざして怒りをぶつける科学者、彼の親と名乗る男「黒原才蔵」。

そんな彼に呆れのため息を密かに吐く魔女、マジェコンヌ。

 

 

「……で、今満たされている液体がこの世界に生えている薬草こと『絶暴草』か」

 

「正確にはそれと同じ成分の薬品だ。 私に掛かれば、例え僅かしかない薬草であっても同じ成分を作り出すことなど造作もない……」

 

(そう、コイツは半端に優秀なのだ……使えない愚か者なら幾らでも切り捨てられるのだが)

 

 

才蔵の手に握られていた一本の薬草。毒々しい色合いのその草は「絶暴草」と呼ばれていた。

他ならぬマジェコンヌが世界中を探し回り、ようやく見つけた貴重な品であるが、この男はその成分を解析し、薬品によって再現することに成功してしまった。

つまりは秘薬すらも大量生産できるということ。まさに能力の無駄遣い、マジェコンヌは更に呆れる。

 

 

「まぁ、絶暴草の副作用により体が再生されてしまうのがまた忌々しい……が、もうすぐそれ以上の苦しみをコイツは味わう……! ク、クヒヒハハハ……笑いが止まらぬ!! 今夜は祝杯じゃぁ!!! ヒャーッハッハッハッハッハ!!!」

 

 

狂気―――というよりも壊れたような笑い声を盛大に上げて、才蔵は奥の部屋へと去った。

最早マジェコンヌの事すらも眼中に入っていないようだが、寧ろ彼女にとっては有難い。

これ以上、あの男と同じ空気を吸うことは我慢ならないから。

 

 

「……オバハン、正直なところオイラはあの男についていくのだけは勘弁っちゅよ」

 

「ネズミ……そうだな、アンチモンスター、アンチエネルギー、魔物化……女神を倒すために必要な技術や力は得た。 これ以上奴に付き合ってもこちらが不愉快なだけだ」

 

「それじゃ、ここいらが潮時っちゅね」

 

「ああ、この作戦が成功しようがしまいが奴とはここまでだな」

 

 

そこへ現れたワレチューも嘆息していた。

しばらくの間、マジェコンヌと従い出来る限りの協力をしてきたつもりだ。だが、もうこちらの利になる要素は無いと判断したらしい。

 

 

「……だが、この小僧は本当に哀れなものだ」

 

 

また一つ嘆きながら視線を変える。

そこにはカプセルに浮かべられた白斗が、苦しげな表情のまま浮かべられている。

 

 

「同じあの男から生まれた子供だというのに、こうまでも扱いが違うのか。 ……ここまでしなくても、我が野望は成就するというのに」

 

 

そう呟いたマジェコンヌは、目の前のパソコンに手を伸ばした―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗が攫われてから、三日が経過した。

世界と言うものは残酷で、たった一人の、世界にとっては名前も知らぬ者が一人消えても人々は表向きの平和を当たり前のように謳歌している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、白斗を愛している女神達は見る影もなく弱り切っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ラステイション。

 

 

「……そう、B6地区は全滅ね。 報告ご苦労様、次に向かって頂戴。 はい、こちらノワール……え、捜索の意義が分からない……? 貴方達は意義程度で人命を見捨てるの言うのっ!? つべこべ言う暇があるなら探しなさいッ!!!」

 

 

執務室は大荒れだった。

ノワール直々に指揮を執り、ラステイション各国に大規模な捜索隊を編成、白斗の捜索に当たっていた。

女神直々の指揮や彼女自身の有能さもあってラステイション全域はほぼ捜索出来たのだが、その結果は無しの礫。

捜索隊も疲労が溜まり、活動に身が入らないということもありノワールの焦りは顕著だった。

 

 

「どうして……どうして見つからないのよぉっ!? 早く……早くしないと白斗が……白斗がっ……!!」

 

 

ヒステリー、いや恐怖にも似た感情でノワールは震えている。

時間が経つ度、白斗がだんだん遠ざかっている感覚がして、今となってはもうその背中すら見えなくなっている気がして―――。

 

 

「――――ッッッ!!?」

 

 

それを必死に振り払うようにノワールは頭を振った。今考えることをやめれば恐怖感に、孤独感に、罪悪感に押し潰されそうになる。

何より、白斗がもういないことを認めてしまいそうになり、尚更心がへし折られそうになった。

 

 

「もうラステイション領内にはいない……そう見るのが妥当だろうね」

 

「………ケイ………」

 

 

そこへ現れたのはこの国の教祖、神宮寺ケイ。

今日も冷静沈着な佇まいと表情であり、その手には書類が何枚も抱えられている。どれだけ教会は慌ただしかろうが、彼女だけはいつも通りの姿と動きだった。

 

 

「追加の報告書だ。 マジェコンヌという魔女の姿もあれ以来見えないらしい」

 

「……そう……やはり他の国に……でも、各地を転々としている可能性もある……。 ここで捜索をやめたら白斗が……」

 

 

いつもの冷静なノワールならここで新しい可能性を模索し、そちらへと注力していただろう。

けれども今の彼女は一つの事柄に思考が囚われてしまい、完全にパニックに陥っている。

見ていられない、そんな様子でケイは溜め息を一つ吐き。

 

 

「……ノワール、今の君は正直女神とは思えないね。 一人の男のために一国を傾けようとしている……ただの女の子だよ」

 

「………なん……ですって………?」

 

 

そんなケイの言葉に、ピクリと眉根が動いた。

 

 

「捜索隊からも『強引すぎる』だの『ペースアップを迫られ過ぎている』だの苦情が来ているよ。 ……今の君に、この部屋にいる資格はない」

 

「――――っ!!! だから何よぉっ!!?」

 

 

彼女の言葉に、思わず噛みついてしまった。

苦言を呈して“くれている”というのは分かる。だが、今の余裕のないノワールにとってそれは受け入れがたい言葉だった。

 

 

「私はっ!! 私は……白斗が傷ついて、苦しんで、倒れていたのに……何も出来なかったっ……!! 守ることも、傷ついてあげることも……手を差し伸べることすら!!!!!」

 

 

やり場のない怒り、悲しみ、苦しみを込めた両の拳が机に振り下ろされた。

固い鉄のデスクにへこみが入り、その衝撃でノワールの手も腫れる。だがこんな痛みでは彼女の心は癒せはしない。

拳を叩きつけたまま、震えるノワールの瞳からは雫が垂れ落ち始めた。

 

 

「……なのに、探すことまでやめたら……私は、私は……私……私………っ!! ……あ、ああ……あああぁぁああああああ………!!!」

 

 

愛する人を目の前で救えなかったノワールからすれば、もうこれしか出来ることは無かった。

唯一の出来ることすらやめれば、もう立ち直れなくなってしまう。

頼り、支えてくれた白斗がいなくなった今、彼女は己を支えるために必死だった。縋れるものを探そうと必死だった。

けれども、己の無力を知った時。ノワールは泣き崩れてしまった。

 

 

「……ただの女の子は、自分の部屋に帰って休んでるといいさ。 ここは僕の領分だ」

 

「……………ケ、イ……………?」

 

 

その時、彼女の肩に少し冷たいながらも力強い手が置かれた。

見上げるといつもの皮肉さを押さえたような顔をしているケイがそこにいる。

 

 

「もう少し女神らしい顔になったら戻ってくるといい。 ……例え白斗が見つかっても、君が倒れたらそれこそ白斗が倒れてしまいそうだしね。 ああ、それとしばらくは君の部屋には誰も寄り付かないだろうからよろしく」

 

 

必要な言葉をさっさと伝えて、ケイはノワールの代わりに椅子に座り込んだ。

彼女も仕事に真面目な人間だ、一度没頭すれば恐るべき集中力で他ごとなど頭の中から抜けてしまうだろう。

ただ、そんな言葉の中でもノワールを気遣ったものがあることを、やっと彼女は知ることが出来た。

 

 

「………お願いね、ケイ………私は、少し……寝てくるわ……」

 

 

そう言って、フラフラとノワールは執務室を出ていった。

少し遅れて遠くからパタン、とドアが閉まると―――ノワールの私室から盛大な嗚咽が響き渡り始めた。

 

 

(……やっと盛大に泣いたか。 溜め過ぎはよくないからね)

 

 

ノワールはこの三日間、人前で泣かなかった。泣くことが出来なかった。

泣く暇すら惜しんで、白斗の捜索をしていたのだ。この部屋の中に籠り切りだったが、方々に指示を出し続け、ここでデータを纏める。それを不眠不休で。

今、ノワールは一先ず重圧から解放されて、盛大に泣いている。いずれは泣き疲れて寝てしまうだろう、その間はケイの出番。

 

 

「さて、あれだけ大口を叩いたんだ。 僕も何らかの成果を挙げないと」

 

 

ふぅ、と息を付くケイ。

仕える雇用主、そして友人のために積み上がった書類の速読を始める。

と、その前にふと激しい音が聞こえてきた外に向かって視線を投げた。

 

 

「……彼女達の努力も、実を結ぶといいんだけどね」

 

 

その視線の先には―――剣を手に切り結んでいるネプギアとユニ、そして遠くの的目掛けて魔法を行使しているロムとラム。

特訓を行っている女神候補生達の姿だった。

 

 

「もっと………もっと強く……!! やあああああああっ!!!」

 

「はあぁぁぁ!! 強く……強く、強く!!!」

 

 

強さを求めて力を高め合っているネプギアとユニ。

ユニに至っては剣など普段使わない武器だけにネプギアに押され気味だった。だが弱音など吐かない、吐いている暇など無い。

 

 

(私が……女神化出来ていれば、お兄ちゃんを救えたのに……っ!!)

 

(アタシが女神化できなかったばっかりに、白兄ぃが……!! ……強くならなきゃ!! 強くなって、女神化して………白兄ぃを助けるんだからぁっ!!!)

 

 

それは、白斗を救えなかった後悔から来るものだった。

あの時、まだ女神化出来ない二人は白斗が連れ去られるのを黙ってみているしかなかった。

大好きな兄を、大好きな男の人を救えなかった悲しみが今も二人の心に深い爪痕として残っている。

 

 

「はぁ……はぁ……こ、これだけ頑張っても……まだ女神化できないの……?」

 

「……でも、あきらめちゃダメ。 わたし達も……お兄ちゃんを、助ける……!」

 

 

一方、ロムとラムも成果は芳しくなかった。

強くなるとは言っても、二人はこの方戦闘に出たことすら稀である。魔法の訓練も覚えるだけで実際に撃ったことは少ない。

戦闘経験すら、最近姉であるブランの付き添いで安全なスライヌ相手程度。

しかも各国の女神は白斗の捜索などに掛かり切りで全く相手してくれない。四人はどうすれば女神化できるのか、全く先が見えないままのがむしゃらな特訓。

 

 

「……どうして……どうして女神化出来ないのよぉ………っ!!」

 

 

とうとう、ユニが限界を感じて崩れ落ちてしまった。

女神化出来なければ、候補生としても、白斗を慕う者としても失格―――そんな思いが脳内を支配する。

そんな彼女を見ていられなくて、でもそんな気持ちにも共感出来てしまって、ネプギアも何と声を掛ければいいのか分からない。

 

 

「ユニちゃん………」

 

「………やっぱり、アタシじゃダメなのかな………アタシなんて、女神候補生としても……白兄ぃの妹としても……失格なのかな……」

 

 

今、脳内に思い起こされるのはあの時のマジェコンヌの言葉。

女神化出来ない候補生など、役立たず―――あの日の言葉はユニのトラウマとして刻まれている。

彼女だけではない、ネプギアの心にも深刻なダメージを与えていた。

 

 

「…………………」

 

「アタシ……白兄ぃ、に……ずっと助けてもらって……支えてもらって……なのに……どうして、アタシは……白兄ぃを助けられないのかな………?」

 

 

いつもの強気な言動はすっかり崩れ落ち、自信を喪失してしまった。

腕が震えて力が入らない。もう、愛用の銃すら握れる気がしない。寧ろ、握ることすら怖い。

何もかもが無力に感じられ、ユニはただ静かに泣くのみだった。

 

 

「ユニ……ちゃん……うぐっ……ふぇえええ………!!」

 

「な、泣かないでよロムちゃん!! こっちまで……なき、たく……なる、じゃない……」

 

「おに、いちゃん……おにいちゃん………あいたいよぉ………!!」

 

「なかない、って……きめ、たのに……うええええええん……おにいちゃぁん……!!」

 

 

その悲痛な想いは、ロムとラムにもしっかり刻まれていた。

特にこの二人はあの日、その場に参戦すらさせて貰えなかったのだ。だからより一層、自分達の非力さを痛感させられる。

何より心から慕っていた白斗の喪失は、幼い二人にとって耐え難い苦痛だった。大好きな兄を失う悲しみを受け止めるには、二人にはまだ幼過ぎた。

 

 

「ロムちゃん……ラム、ちゃ………うっ……あ、あぁ……ああああああぁぁぁぁ……!!!」

 

 

そんな双子の涙に、そして親友の涙に。ネプギアもとうとう耐えられず、泣き出してしまった。

彼女もまた、己の無力さを思い知らされた一人。

その無力さの所為で、大好きな人を助けられず、半ば見殺しにしてしまった。その悲しみは、苦しみは、そして罪悪感は計り知れない。

 

 

(お兄ちゃん……お兄ちゃぁん!! 私どうしたらいいの……!? どうすればよかったの!? どうすれば……お兄ちゃんに、会えるの!!?)

 

 

拭っても拭っても溢れ出る涙。そしてその涙は、白斗への想いの全て。

大好きな人を想う度、彼女の心の傷は深まっていく。

今、彼女の頭の中には白斗との思い出が反芻していた―――。

 

 

 

 

 

 

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『―――え? 俺が強いって?』

 

『うん! お兄ちゃんが来たあの日、颯爽とお姉ちゃんを救ったし、何よりいつも私達を守ってくれるし……お兄ちゃんみたいに強くなるにはどうしたらいいのかなって』

 

 

それはある日の事、ネプギアと二人でクエストに出掛けていた日の事だ。

モンスター討伐のクエストで、任務自体は完了したのだがその日、ネプギアの死角からモンスターが襲い掛かってきたところ、白斗に救われた。

だからそんな自分が不甲斐無くて、そして救ってくれた白斗に憧れてネプギアは思い切って訊ねてみたのである。

 

 

『……強くなんか無いよ、俺は』

 

『そんなこと無いよ! お兄ちゃんは凄い人なんですっ! ふんす!』

 

『お、おう……ありがとなネプギア。 でも……俺一人は本当に無力なんだ』

 

 

相変わらず自己評価が低いどころか自嘲気味になる白斗。

しかし、白斗が大好きなネプギアにとって看過できる発言ではなく鼻息を鳴らしてこちらを見つめる。

たじろぎつつも、白斗は苦笑いしながら少し唸って、考える。

 

 

『俺はただ、引き出しが多いだけ。 ……ダメな引き出しを多く作らされただけだよ』

 

『引き出し……?』

 

『経験って言い換えた方がいいかな。 だからこの時、この瞬間、どんな動きをすればベストなのか? ……その答えを多く持っているってだけだ。 間違った使い方だけどな』

 

 

言いつつも、白斗の表情はどこか悲し気で、苦し気だった。

彼の抱えている過去に何があったのか、白斗は話したがらない。ネプギアも深くは聞かず、寧ろ余計なことを聞いてしまったのかと顔を俯かせる。

だが、そんな彼女の頭に大きく、温かくて、優しい手が乗せられた。

 

 

『――でもネプギア、お前は俺とは違う。 お前にはその時の俺とは違って、大切なものがちゃんとある。 その大切なもののために戦えるんだ』

 

 

優しく撫でられながら、温かい言葉を掛けてくれた。

彼の言葉は、いつもネプギアの緊張を解し、心を溶かしてくれる。そんな不思議な温もりが込められていた。

 

 

『この国が……ネプテューヌが大好きなんだろ? だったら強くなる以前に、その人の事を想ったらいい。 臭い台詞だが……好きなもののために強くなれるからな、人ってのは。 強さなんて後からついて回るモンなんだよ、きっと』

 

 

それが、白斗の中の持論にして答えなのだろう。

だからすんなりとネプギアの心の中にも入ってくる。―――ただ、一つだけ訂正しなければならない箇所があった。

 

 

『……ありがとうお兄ちゃん。 でもね、私……まだ強くなりたい理由はあるよ』

 

『おっと、ユニのことも忘れちゃいけないよな。 スマンスマン』

 

『勿論ユニちゃんもそうだけど……でもね、私にとっての一番はね』

 

 

プラネテューヌも、姉も、ユニも大好きだ。

けれどもいつからか、彼女の心に真っ先に浮かぶのは温かくて優しいあの人の笑顔。

その人のために頑張りたいと、心から願った。だから、その大好きな人の腕に抱きついて。

 

 

『―――お兄ちゃんを、守りたいんだ!!』

 

 

 

彼女にできる最高の笑顔で、そう告げた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………そう、だ………」

 

 

 

ネプギアは、ここでやっと大切なことに気付いた。

何故自分は女神化出来なかったのか。一体何が女神たらしめているのか。

 

 

「……ねえ、みんな。 どうしてお姉ちゃん達は……女神なのかな?」

 

「「「え………?」」」

 

 

当たり前すぎて、誰もが考えてもみなかった大前提。

皆が一瞬、呆気に取られてしまっていた。

 

 

「き、決まってるでしょ……そんな、の……………………」

 

 

―――出てこない。

ユニだけではない、ロムも、ラムも。その答えに行きつくことは無かった。

 

 

「そ、そうだ! お姉ちゃんが強かったから………」

 

「だったら私達は違うの? 強さだけなら確実に得ているはずなのに」

 

「……それは……」

 

 

そう、強さだけなら一般人よりも遥かに高い戦闘力を持つ女神候補生達は優にその条件を満たしているはず。

なのに、未だに女神化出来ない。つまり強さだけでは女神になれないということ。

 

 

「……前にお姉ちゃんが言ってた、シェアは想いを形にする力だって。 私達に足りないのは……その“想い”じゃないかな」

 

 

―――すると、腑に落ちたかのようにあの抱えていた暗い雰囲気が一気に消え去った。

今まで見えなかった答えが見え、足りなかったピースがしっかりと嵌ったかのような気分。爽快感さえ覚えた。

 

 

「……想い……」

 

「うん。 私達は……強くなることばかり考えて、女神ってなんなのか……全然考えてなかった。 だって、女神って……誰かのためにある存在だから」

 

 

ネプギアの言葉に誰も反論しない。誰もが納得する。

思えばノワールも、ブランも、ベールも、そしてネプテューヌも。女神の力は国のために、国民のために、家族のために、そして仲間のために振るっていた。

彼女達はまだ、その振るい方も、振るう目的も知らなかっただけだ。

 

 

 

「……私、女神になったらお姉ちゃんを―――そしてお兄ちゃんを助けたい。 大好きな人を守るために……誰よりも強くなりたいんだ!!」

 

 

 

誰よりも強くなる―――それは姉でもあり、憧れでもあり、先代女神でもあるネプテューヌを超えるということ。

大好きな姉を超えることの苦しみは、以前吐露したことがある。

今がその時なのだと、ネプギアは今度こそ立ち向かう覚悟を示した。

 

 

「……そうよ。 アタシだって女神になりたい……! そのためには、お姉ちゃんの背中を追いかけてるだけじゃダメ……そんなので、白兄ぃを守れるわけがない!!」

 

「わたし達も……いつまでもお姉ちゃんに頼るだけじゃ……ダメ、なんだよね……!!」

 

「今度はわたし達が……お姉ちゃんとお兄ちゃん……大好きな人を守るんだから!!」

 

 

そんな彼女の姿に感化されて、ユニ達も立ち上がる。

先程まで己の無力さに怯え、嘆き、悲しんでいた少女達はもうそこにはいない。

いるのは覚悟を決め、大好きな人を守るために全てを懸けようとする気高き“女神”の姿だった。

―――すると、その時。

 

 

「………え?」

 

「なに……これ……?」

 

「わたし達……光って、る………?」

 

「でも……あったかくて、やさしい……」

 

 

四人の女神の体を真っ白な光が覆った――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――夢見る白の国、ルウィー。

本日のこの国の天気は最悪にだった。豪雪に加えて風も吹き荒れている。所謂猛吹雪だ。

数メートル先すら目視出来ず、吹雪の所為で体も満足に動かせられない。

そんな死の危険すら感じ取れる猛吹雪の中を、白の女神は―――ホワイトハートは突っ切っていた。

 

 

「ハァッ……ハァッ……!! クッソォ!! ここも空振りかよ……畜生ッ!!!」

 

 

ホワイトハートことブランは、探し尽くした雪山で一人吠えていた。

豪雪の中を人間形態で突っ切るなど出来るはずもない。本音を言えば捜索隊を出したかったが、彼らも大切な国民、無理はさせたくなかった。

そのため今日に限らず、この三日間でブランもまた捜索隊とは別に個人でも捜索を行っていた。三日三晩、不眠不休で。―――愛する人、白斗を探し続けていた。

 

 

「どこだ……どこにいるんだ白斗……!? 出てきてくれ……出てきてくれよぉ……! うっ、あ……あああぁぁぁぁ………!!!」

 

 

必死に、虱潰しに、しかし丹念かつ詳細に探し続けたブラン。

だがその懸命な捜索も実らず、白斗の姿は影も形も捉えることが出来なかった。元々広大なルウィーの領土に加えて、今日のような悪天候が続き捜索隊の派遣すらままならない。

とうとう耐え難い絶望に屈し、ブランは胸を抱えて泣き出した。

その姿は女神などではなく、ただ一人の女の子だった―――。

 

 

「ホワイトハート様ぁ――――――っっっ!!! ご無事ですかああああああ!!?」

 

 

そこへ猛吹雪をも貫く大声が。

ブランの部下である、ルウィーの衛兵達だ。体を鍛えているだけあってこの猛吹雪の中でも辛うじて追いつけたらしい。

さすがに部下達にこんな姿は見せられない、咄嗟に涙を拭ったブランだが、涙は既に凍り付いていた。

 

 

「―――ッ!!? っ……な、何だ!? 白斗が見つかったのか!!?」

 

「い、いえ!! このところ休まれもせずに捜索を続けておられたので……もうお身体が持ちません! ロム様やラム様、ミナ様も心配しておられます……お戻り下さい!!」

 

 

一縷の望みを込めて白斗の安否を問うが、やはりそう言った報せではなく、寧ろ自分を連れ戻そうとしているらしい。

彼らからすればブランを気遣ってのことだが、今では邪魔以外の何者でもない。

 

 

「チッ……そんなことかよ!! 私の事なら心配無用だ!! ンなことしてる暇あったら白斗を探してくれ!!!」

 

「無論白斗殿の捜索は続けております! ですから少しお休みください!! このままではホワイトハート様が……!!」

 

「私が何だよ!? このくらい何だってんだ!!? 白斗は……白斗はもっと苦しい思いをしたんだぞっ!!!」

 

 

雪山をも揺るがすようなブランの叫びが響き渡った。

余りの迫力に、何より悲痛さに裂帛と称される衛兵達ですらたじろぐ。

だが次の瞬間、ホワイトハートは―――ブランは耐え切れず、その瞳からまた涙をあふれさせた。

 

 

「……白斗は……あんなにもボロボロになって私達を守ってくれた……のに……私は、私は見ているだけしか出来なくて………!!」

 

 

女神の尊厳を保つため、あの事件の詳細は一部関係者以外には伏せられていた。

けれども、押し込み切れなかった悲しみや罪悪感がとうとう突き破ってしまったのだ。

衛兵達は何も言わない。女神としてではなく、白斗に想いを寄せる少女ブランの姿をただ見つめている。

 

 

「しかも白斗……最後の瞬間、隠し持っていたナイフをマジェコンヌにじゃなくてカメラを壊すために………本当だったらあれで、自分の身を守れたはず……なのにっ……! わ、私達のために……白斗は……白斗は………っ!!!」

 

 

それは白斗が攫われる直前の事。マジェコンヌ、そして彼女の仲間であるワレチューは女神の尊厳を地に落とそうと彼女達の姿をカメラに収めていた。

だが、そのカメラを破壊したのが白斗なのだ。最後のナイフと、最後の力を使って。本来ならばあれでマジェコンヌを不意打ちすることも出来たはずなのに。

最後までブラン達は白斗に想われ、そして守られていた―――その事実がまた彼女を追い詰める。

 

 

「……っ!! だから、私が休んでいる暇も……資格もねーんだ!! てめーらこそ……さっさと戻れ!! お前らまで巻き込むことは出来ねぇ!!!」

 

 

一方、この捜索が私情でしかないことも承知している。

天気が穏やかな日ならまだしも、こんな危険な天候の日まで捜索させるわけにはいかない。

ブランは涙を拭い去り、再び立ち上がる。

 

 

「……できません!!」

 

「なんだと……!? お前ら、私の言うことが聞けねぇってのか!!」

 

「我らは女神様のお言葉に従う者!! 今の貴方様は女神とは思えない……ただの少女です」

 

 

その言葉に、ブランは何も言えなくなった。

先程、感情剥き出しの言葉を出してしまった。威厳も何もあったものではない。

もうこの国の女神ではいられないかもしれない―――ブランは歯軋りを隠せなかった。

 

 

「ですから……我々は我々で、勝手に貴女についていきます!!」

 

「我らが女神はホワイトハート様……いえ、ブラン様ですから!!」

 

「幼女バンザーイ!!」

 

 

何やら一名ぶっ飛ばしたい変態もいたが、皆ブランを慕う者達ばかりだった。

ブランは一瞬だけ、心が軽くなる。そして―――。

 

 

「……仕方ねぇ……お前らを、巻き込む……わけ……に、は……………っ……」

 

「ぶ、ブラン様っ!!?」

 

 

渋々ながらも、ようやく戻る決意をした時。

ブランの何かが切れてしまったのか、ぐらりと崩れ落ち、女神化が解けてしまう。

小さな体が雪に沈む前に慌てて衛兵が抱き留める。彼の腕の中に収まったブランはかなり衰弱していて、それでいて今にも壊れてしまいそうなほどに小さかった。

 

 

「はぁ………はぁ………はく、と…………はくとぉ…………」

 

 

息も荒く、顔色も悪い。だが混濁とした意識の中でもブランは白斗の事を想っていた。

衛兵達は女神の想いを知る。彼女が命を懸けてまでその少年、白斗を愛していることに。

魘されて尚、白斗の名を呼び続け、そして涙を流すブランに衛兵達は震える。愛する女神をこれ以上、悲しみの渦に閉じ込めてはならないと。

 

 

「ブラン様…………野郎共ォ!! ブラン様のためにも絶対に白斗殿を救出するぞ!!」

 

「「「「「おおおおぉぉ――――っ!!!」」」」」

 

 

愛する女神のため、衛兵達は結束を固め、声を上げる。

草の根を掻き分け、この国の雪全てを掻き出す勢いで捜索に臨む。

―――だが、彼らだけでは白斗の姿はやはり見かけることすらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ここは、どこ……ですの………?

 

 

 

 

 

 

 

―――ベールは、暗い闇の中を漂っていた。

浮遊感があるようで、しかし重苦しい何かに纏わりつかれ、体が思うように動かない。

視界も微睡みつつある中、それでも必死にもがき続ける。

直前まで自分が何をしていたのか思い出せぬまま、歩いているのかも、泳いでいるのかも、沈んでいるのかも分からないまま、とにかく進んでいくと。

 

 

 

―――あ! 白ちゃん!?

 

 

 

闇の中にぼんやりと浮かび上がる人影。

愛しい人、黒原白斗が立っていた。急いで彼に近づこうとベールは力を込めるが。

 

 

 

―――キャッ!? あいたた………

 

 

 

転んでしまった。

足には力が入らず、それでいてこの闇そのものが彼女の足を絡めとったかのように。

らしくなく、前のめりに倒れてしまったが今はこんな痛みに悶えている場合ではない。

愛する人の下へ急ごうと顔を上げた時。

 

 

 

―――え? 白ちゃん……どうして、そんな……傷、だらけ……に………!!?

 

 

 

先程まで経っていたはずの白斗は、血塗れの満身創痍で倒れていた。

呼吸をしているのかすらもはっきりしないほどの重体に、ベールの血の気が引く。

 

 

 

―――い、や………いやああああああ!! 白ちゃん!! 白ちゃああああああん!!!

 

 

 

らしくもなく、ベールは泣き叫んだ。

何とか彼の下へ近づこうとするも、体に力が入らない。その所為で地面に這いつくばったまま、身動きが取れないでいた。

もがいても、足掻いても、目一杯抵抗しても全く自由にならない。

 

 

 

―――どうして……どうして白ちゃんのところにいけないのっ!? 大好きな人が……あんなに、苦しんでいるのに………っ!!!

 

 

 

今も尚、倒れている白斗からは緋色が広がっている。あのままでは死んでしまう。

助けたい。なのに助けに行けない。

大好きな人を見殺しにするしかないのかと、ベールは悔しくて、悲しくて、苦しくて、涙を流し続けた。

 

 

 

―――愚かな女神だ。 ではこの小僧は私が頂いていくとしよう。

 

 

―――え………?

 

 

 

更に降りかかる不気味な声。

いつの間にか、あの憎き魔女―――マジェコンヌが白斗を抱え上げていた。

 

 

 

―――さらばだ。 愚かで無力な女神よ………

 

 

―――ま……待って……待って!! 白ちゃん……白ちゃんを返してぇ!!!

 

 

 

そのまま闇の向こうへと立ち去ろうとするマジェコンヌ。

大好きな人がいなくなってしまう―――必死に手を伸ばし、懇願するベール。

余裕も、優雅さの欠片も無いその叫びは、しかし届くことは無かった。

闇の向こうに消える直前、抱え上げられた白斗が僅かの顔を起こし―――。

 

 

 

 

 

―――ねえ………さん…………たす、けて―――――

 

 

 

 

 

 

白斗は、こちらに助けを求めながら、闇の向こうへと消え―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 

 

―――嘗てない絶叫と共に体を起こしたベール。

荒い息を吐き、ようやく視界が定まるとそこは、積み上げられたゲームソフトの山や数々のいかがわしいポスターが掛けられた壁、様々なゲームのグッズが所狭しと散乱された部屋。

 

 

「……はぁ……はぁ……………わた、くしの………部屋………?」

 

 

見間違えるはずもない。ここはリーンボックスにあるベールの部屋だ。

カチッ、カチッと時を刻む音がしたので振り返ってみる。壁に掛けられた時計が指し示す時刻は、午後6時。

いつもならこの時間帯は夕食が出来るまでゲームをして、そして一頻り遊んだ後に愛する白斗へと連絡を取って、一緒にオンラインゲームを遊ぶ約束をして―――。

 

 

「―――って、そうですわ!! こんなところで寝ている場合では……痛っ……!!」

 

 

白斗、その名でようやく思い出した。

今、愛する白斗はここにはいない。あの夢の通り、マジェコンヌに攫われて今日で三日目なのだ。

何としても探し出さねば、とベッドから降りようとした時、激痛が走る。

身体を見て見ると、白い包帯が幾重にも体中に巻かれていた。

 

 

「お姉様!? 起きましたか!?」

 

「ベール様!! 大丈夫ですか!?」

 

「安静にしてなきゃダメですよ、ベール様!!」

 

 

するとそこへ、ドタドタと駆けつける三人の少女。

ベールをお姉様と慕うこの国の教祖、箱崎チカ。ベールの友人にしてこの国の歌姫と称されるアイドル、5pb.。そして異世界からやってきたくノ一娘、マーベラス。

誰もが必死にベールの容態を気に掛けてくれている。

 

 

「皆……さん……どうしてここに……?」

 

「覚えてらっしゃらないんですか? お姉様、この三日間不眠不休でリーンボックス中を飛び回っていたんですよ?」

 

「そしたら急にボクの前に落ちてきて……もう、心臓が止まるかと……」

 

「私は、5pb.ちゃんから連絡を貰って……ベール様をここに連れてきたんです」

 

 

―――ここで、全てを思い出したベール。

先程のように白斗を取り戻そうと捜索隊とは別に、自らもリーンボックス中を飛び回っていた。

街々から山々、果てはダンジョンの奥まで。当然その間、激しい戦闘もぶっ続けで。

結果、精も根も尽き果て、飛行していたところ体力の限界を感じ、しかしブラックアウト。そこで彼女の記憶は途切れていた。

どうやらその後、偶然にも5pb.が通りがかり、マーベラスの手を借りてここまで運ばれたらしい。

 

 

「そう、でしたの……感謝しますわ……。 でも、今は私の体よりも……白ちゃんを、助けないと……!!」

 

「お姉様落ち着いてください!! 捜索隊も出していますし、時期に見つかりますから!!」

 

「そう言ってもう三日目ですのよ!? このままだと白ちゃんが……白ちゃんがっ!!!」

 

 

チカの静止も振り切ろうとするベール。

悲痛な叫びを上げながら、力尽くでも探しに向かおうとする彼女の姿は、いつもの気品あふれる女神の姿などでは無かった。

 

 

「……白斗君……白斗、君っ………!!」

 

「………はく……と、くんっ………うっ、ううぅぅぅ……!!」

 

 

彼女の気持ちは、5pb.とマーベラスも痛いほど理解できていた。

二人もまた、白斗を愛する少女だから。特に5pb.に至ってはあの事件の後、白斗を想う余りしばらく休業するとまで言い出したほどだ。

マーベラスもかなり無理をして各国を回り白斗を探しているのだが成果は実らず。

―――そしてこの二人も、白斗を想っては毎晩泣いていた。それこそ、脱水症状寸前に陥るまで。

 

 

「白ちゃんは……あの人は、あんなボロボロになるまで私たちを守ってくれたのに……!! 私だけノコノコ寝ているわけにはいきませんわ!! ですから……ですからっ!!」

 

 

今のベールは体以上に、心が限界だった。

必要なものは休息でも、ゲームでもない。愛する白斗だった。

彼が傍に居ないと、最早ベールは生きている実感すらなくなる。白斗の傷ついている姿が思い起こされるだけで、心が引き裂かれそうになる。

愛する人を助けたい一心でベールは傷ついた体を動かそうと―――。

 

 

 

 

「……いい加減に………してくださいッ!!!」

 

 

 

 

―――パァン!!

 

 

 

乾いた音が喧騒を打ち壊し、静寂を齎した。

一体何が起こったのか、5pb.にも、マーベラスにも、ベールにもわからなかった。ただ、ベールの頬が遅れて痛みを感じてくる。

そんな彼女の目の前には―――息を荒げて手を振り抜いているチカの姿があった。

 

 

 

チカが―――ベールの事を溺愛している彼女が、ベールを引っ叩いたのだと理解するのに、随分と時間がかかってしまった。

 

 

 

「ハァ………ハァ………もう、やめてください……!! ……アタクシの心配は……どうでも、いいって………いうのですか……!?」

 

 

 

チカは、泣いていた。

愛するベールを引っ叩いてしまったことに対する罪悪感もそうだが、何よりも彼女に対する心配で心を痛めていた。

ベールも限界だったのかもしれないが、チカもまた傷つくベールの姿を目の当たりにするのはこれ以上は耐えられなかったのだ。

 

 

「でも……白ちゃんが……私………わた、くし………」

 

「アタクシが!! 必ず見つけてみせます!! お姉様のために……何よりあいつのために!! ……だから、今は……休んで、ください……!!」

 

「チカ……うっ、ふ………あ、あああぁぁぁあぁぁぁぁ………!!!」

 

 

教祖の―――否、愛する義妹の叱責と想いを受けて、ようやくベールは少しだけ足を止めることにした。

耐えられなくなったのか、また泣き出してしまうベールをチカは優しく抱きしめる。彼女の目からも涙が滴り落ちていた。

 

 

(……アイツだったら……お姉様は、泣き止んでたってのに……お姉様を任せるって言ったのに……次あったら、ただじゃ済まさないんだから……)

 

 

チカの心の中では、愛する姉を奪いながらもここ一番で頼れるあの少年の顔が思い起こされる。

彼に毒づきながらも、チカは更なる尽力を決めた。

一方、この光景を目の当たりにしていた5pb.とマーベラスも拳を震わせていた。

 

 

「………私も、出なきゃ………」

 

「マベちゃん………」

 

「私だって……白斗君を救えなかったばかりか……あの日、白斗君に、あんなこと……させちゃったんだもの……!! 絶対に……助けて見せるんだから!!!」

 

 

マーベラスは涙を堪えようとして、けれども堪え切れずに悔し涙を大量に流していた。

いつもの笑顔も失われ、険しい顔つきになる。ただ、歩みは止めない。

歩みを止めたら今度こそ、大好きなあの少年―――白斗がいなくなってしまうから。

 

 

「……ボクもだよ。 ボクはあの日……傍にいることすら、出来なかったから……!」

 

「5pb.ちゃん……」

 

 

そして、その無念と悲しみは5pb.も同じだった。

アイドルとは思えない顔で涙を流している。白斗を想うだけで、もう涙は堪えられない。

彼女もまた、自分にできる方法で白斗を助けようと注力していた。

必死に涙を拭い去り。赤く腫れあがった顔を見せながらも5pb.はリストを差し出す。

 

 

「これ、ボクのファンクラブの人達からの情報……役立てて!」

 

「ファンクラブの人達も……協力してくれたんだ……」

 

「我儘なのは分かってる……利用なんて、酷いことだって分かってる……でも! 白斗君はボクを助けるために何だってしてくれた……ボクも……何だってしてあげたいっ!!!」

 

 

ファンクラブに依頼など、アイドルがやっていい範疇を超えているだろう。

それでも、彼女の天秤は白斗に大きく傾いていた。にも拘らず、きっと彼女のファンの人々は快く引き受けてくれたのだろうと理解できる。

ビッシリと書き込まれた情報量が、それを物語っていた。

 

 

「……そうだよ! 私達二人で……いや、皆で……白斗君を助けよう!!」

 

「……うん! 今度は、ボクらの番……だから!!」

 

 

まだ涙は止まらない。だが止める暇すらも惜しい。

ただ一刻も早く苦しみの渦の中に囚われているであろう、大好きな人を助けたい―――その一心で、二人はそれぞれの戦いに身を投じていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、プラネテューヌ。

この国の女神は基本政務には不真面目なため、幸か不幸か三日間くらい姿を見せずとも国政には全く影響が出なかった。

のだが、女神のショックを引きずってか、明るくのんびりとした雰囲気で有名なプラネテューヌの空気は、どこか重かった。

その発信源となっているのは、国政の中心にしてこの国のシンボルでもあるプラネタワーからである。

 

 

「……以上が、諜報部からの情報……です、イストワール様……」

 

「アイエフさん、ご苦労様です。 ……少し休まれては?」

 

「私は平気です……このくらいで音を上げてたら、白斗に……申し訳が、立ちません……」

 

 

プラネテューヌの執務室では、二人の人物が情報のやり取りをしている。

アイエフとイストワールだ。どちらも目の下に隈を作り、疲弊の色を隠せないでいる。白斗捜索のためプラネテューヌに捜索隊を放ち、その情報を逐一纏めているアイエフ。

そして白斗捜索に携わりながら、プラネテューヌの国政を事実賄っているイストワール。どちらも負担は半端なものでは無かった。

 

 

「二人とも頑張りすぎです! ちゃんと休んで欲しいです!」

 

「そうですよ。 これでお二人まで倒れられたら、もうどうしたらいいか……」

 

「コンパ、ツネミ……」

 

 

そこへお茶やお菓子を持ってきたコンパ、そしてツネミ。

かく言う二人も疲弊の色が見て取れる。肉体的負担よりも、精神的負担の方が大きかった。

何よりも、彼女達の目も赤く腫れていた。―――人知れず、白斗を想っては泣いていたから。

 

 

「すみませんコンパさん、ツネミさん……お二人とも、自分のお仕事があるのに……」

 

「大丈夫です。 ねぷねぷや白斗さんを助けたいですから」

 

「私は……白斗さんとネプテューヌ様に救われてきました……。 今度は、私がお二人を救わなきゃいけないんです……!」

 

 

本来ならばコンパはナースとして、ツネミはアイドルとしての仕事がある。

けれども白斗が連れ去られたその日の内に、二人とも勤め先に休暇届を出していた。例えクビになっても構わないというほどの強引さで。

それだけ二人ともネプテューヌを慕い、そして―――白斗が好きだった。

 

 

「……二人とも、本当にありがとう。 これで後はネプ子さえどうにかなったら……」

 

 

アイエフは自分の身を押してまで助けてくれる二人に感謝の言葉を贈った。

同時にまだこの場にいないもう一人の友人を気に掛ける。

と、そこへ悲しそうにこちらを見つめる小さな影が一つ。今やこのプラネテューヌの家族として迎えられた幼き少女である。

 

 

「あ……ピーシェさん。 ネプテューヌさんの様子は如何ですか?」

 

「……ねぷてぬ、まだおにーちゃんのへやからでてこないの……」

 

 

元気が信条のピーシェも、すっかり落ち込んでしまっている。

原因は言わずもがな、懐いているネプテューヌが暗くなってしまい、更には部屋に閉じこもってしまったためだ。それも自分の部屋ではなく、白斗の部屋に。

だが、それだけでは無かった。

 

 

「……それで、ネプテューヌさんはまだ……」

 

「はいです……やっぱり、今日も女神化出来ないみたいで……」

 

 

付きっきりで世話をしていたコンパも悲しそうに呟いた。

そう、あの日以来ネプテューヌは女神化が出来なくなってしまっていたのだ。

 

 

 

―――あの事件で気を失ってしまったネプテューヌは翌日に目覚めて早々、白斗を捜索するため単身飛び出した。

しかし、その日の晩にはボロボロの姿になって帰ってきた。モンスターと遭遇したところ女神化出来ず、その所為で苦戦を強いられてしまったのだという。

言い終えた彼女は泣き崩れ、それ以来白斗の部屋に籠るようになってしまったのだ。

 

 

 

「イストワール様……ネプ子が女神化出来なくなってしまった原因って、やはり……」

 

「はい……白斗さんが目の前で攫われてしまったことに対するトラウマ、でしょうね……」

 

 

苦しそうな表情で、イストワールはそう結論付けた。

普段ならば女神のためを思いどんなお小言でもいう彼女だが、今回ばかりは強く出ることが出来ないでいる。

それだけ、ネプテューヌの精神が崩壊寸前であったからだ。

 

 

「過去の女神様でも少数ですが、似たような症例がありました。 ……今回の場合は白斗さんを救えなかったことで自分の無力さに打ちのめされ、女神化することが怖くなってしまったからだと思われます」

 

「……ネプテューヌ様……」

 

 

彼女のその気持ちは、この場に居る誰もが痛感した。

あの事件で、ネプテューヌは唯一アンチモンスターの拘束から逃れ、白斗を救おうとマジェコンヌに向かって単身突撃した。

その結果返り討ちに合い、目の前で白斗は攫われてしまったのである。

白斗を愛している彼女にとって、これ以上ない追い打ちだった。トラウマになるのも無理はないと、誰もが目を伏せる。

 

 

「ネプテューヌさんへの精神的ダメージは計り知れません。 ……最悪、心が壊れてしまうかもしれない……どうしたら……」

 

 

白斗は攫われ、ネプテューヌは挫折した。

八方塞がりなこの状況に、イストワールもいよいよ泣き言を言いそうになってしまう。

―――だがこの状況に、拳を震わせる少女が一人。

 

 

「……私が、ネプ子を引っ張り出します」

 

「あいちゃん……」

 

 

アイエフだった。怒りだけでも、悲しみだけでもない、真っ直ぐな瞳でそう告げた。

当然、この中の誰もが今までネプテューヌを元気づけようと試みたが、結果は語るまでもなく。

アイエフも失敗した身ではあったが、だからと言って諦められるワケが無かった。

誰の意見を聞くまでもなくコートを翻し、ネプテューヌが引きこもる白斗の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――夕暮れに染まる白斗の部屋。

今、この部屋の中では一人の少女がベッドの毛布に包まりながら膝を抱えて蹲っていた。

 

 

「……………白斗ぉ……………」

 

 

この国の女神、ネプテューヌだ。

明るい笑顔がトレードマークが代名詞である彼女だが、その笑顔は失われている。

白斗を失った悲しみと罪悪感に打ちのめされ、絶望をその顔に張り付けていた。

 

 

(……私は………白斗を、救えなかった………女神失格だよね……こんなの……)

 

 

部屋に閉じこもって、今日で二日目になる。

その間、大好きなゲームも、プリンも、外に出ての友との触れ合いすら拒絶していた。

やることはこうして白斗が愛用していた毛布に包まり、彼の存在を僅かでもいいから感じて己を繋ぎとめることくらいだ。

だが、こんな状態になっても決して欠かさないことがもう一つだけあった。

 

 

 

「………白斗のお花………世話……しなきゃ………」

 

 

 

ふらふらとベッドから出て、自分の部屋からこの部屋に移したあるものの前へと向かった。

今も尚、綺麗に咲く紫色の花。以前白斗がリーンボックスから戻ってきた際にネプテューヌに贈られた名もなき花である。

この部屋とこの花が、白斗の存在を感じ取れるものとなっていた。だからネプテューヌは藁にも縋る思いで、この花の世話だけは欠かさなかったのだ。

 

 

「……白斗………白斗ぉ…………!」

 

 

けれども、白斗を想う度に心に容赦のない痛みが突き刺さる。

また瞳から涙が零れ落ち、名もなき花に当たって散っていく。

この二日間、どれほど泣いたのだろうか。コンパが時折差し入れてくれる水が無ければ、脱水症状で死んでいたかもしれないくらいだ。

 

 

 

(ごめんね白斗……救えなくて、守れなくて……役立たずで……ごめんね……!!)

 

 

 

後悔、そして懺悔。こんな自己嫌悪の流れがずっと続いていた。

あの時、アンチモンスターに囚われていなければ。あの時、白斗だけでも逃がしていれば。あの時、白斗に手が届いていれば―――。

そんな「もしも」だらけのビジョンに、ネプテューヌは崩れ落ちる。彼女の心はもう、物程度では繋ぎ止められないほどに限界だった。

 

 

 

「………ネプ子!」

 

「……あい、ちゃん……?」

 

 

 

そこへ、乱暴に開け放たれたドア。

ドアの向こうに立っていたのは、いつもの凛とした眼差しを向ける少女。ネプテューヌの親友、「あいちゃん」ことアイエフだった。

ズカズカと荒い足音を鳴らして踏み込んだかと思えば。

 

 

 

「アンタ……いつまでこんなところでウジウジしてるのよっ!!?」

 

 

 

その胸倉を、乱暴に掴み上げた。

 

 

(あ、あいちゃん……!?)

 

(あいえふ……ほ、ほどほどに……)

 

(……アイエフさん、お願いします。 ネプテューヌ様を、どうか……!)

 

 

その様子を陰ながら見つめていたコンパ、ピーシェ、そしてツネミ。

三者三様の反応でその様子を見守っている。

心が弱り切っているネプテューヌにこんな怒声はトドメを刺すようなものではないのかと、内心肝を冷やしていたが今はただ、見守ることしか出来なかった。

 

 

「みんな……みんな、白斗を助けようと必死なのよっ!? ツネミも、コンパも、イストワール様も!! ネプギアだって……他の人達だって!! なのに……アンタだけこんなところで一人蹲っている気なの!!?」

 

 

胸倉を掴んだまま揺さぶる。

アイエフは、決して力が強いわけではない。それでも自分の持つ全てを腕と声に乗せて、ネプテューヌを揺さぶっていた。

怒りだけではない、それ以外の想いも全て込めて。

 

 

「……………………」

 

「何とか……何とか言いなさいよネプ子!! アンタそれでも女神なのっ!!?」

 

 

だが、ネプテューヌは答えない。茫然自失とアイエフの罵声を浴び続けているだけだ。

嫌がる素振りすら見せない、全くの無抵抗。それが尚更アイエフに苛立ちを募らせる。

思わず突き出してしまったその一言。さすがに言い過ぎたと思ったのか、少しだけ腕の力を緩めると―――。

 

 

 

「………私に………何が出来るの………?」

 

 

 

ネプテューヌは、静かに涙を流しながら、そう呟いていた。

 

 

「……白斗に、守られるだけ守られて……白斗は……あんなにも傷ついて……守ってくれたのに……私は……白斗を、助け………られなかったんだよ………?」

 

 

あの綺麗な瞳は輝きを失い、くすんでいた。

カタカタと体中を恐怖で、震える声で思いの丈をやっと振り絞っている。

 

 

「……そんな、私が……白斗に何を……して、あげられるの……? ……あいちゃん……教えて……教えてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

―――この三日間、いや今まで友達として付き合ってきた中でもこんなに叫ぶネプテューヌは見たことが無かった。

それだけ、白斗に対する想いが大きかったのだ。彼女にとって、白斗とは最早自分の命に匹敵―――いや、それ以上とさえ思うほどの大切な存在。

それを目の前で傷つけられ、攫われ、挙句救えもしなかったネプテューヌの絶望は想像を絶するものだった。

 

 

「………ッ!! ネプ子ぉっ!!!」

 

 

そんな彼女に我慢ならなくなったのか、アイエフはとうとうその手を振り上げ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ネプテューヌを、優しく抱きしめた。

 

 

 

「………え………?」

 

 

 

平手打ちの一発でも来るものかと思っていたネプテューヌは、それこそ呆気に囚われた。

気が付けば、柔らかく、優しい感触が自分を包み込んでいたから。

それだけではない。見てみると、アイエフは悲しそうに顔を俯かせていた。

 

 

「………ごめんね、ネプ子………アンタに、そんな思いをさせちゃって………」

 

「あい……ちゃん………?」

 

 

それどころか、涙ながらに謝ってきたのだ。

彼女は何も悪いことなんてしないのに。ネプテューヌは、尚更この状況が分からなくなってしまう。

目の前で白斗の誘拐を許してしまったのは他ならぬ自分なのに、どうして親友が罪の意識を抱いているのか。

 

 

「……私にだって責任はあるの。 あの日……私が弱かったから、白斗にあんなことをさせてしまった……。 ネプ子に肝心なところを任せっきりにして……アンタ一人に重荷を押し付けて……ネプ子も……白斗も、苦しませちゃった……」

 

 

あんなこと、とは数日前に起こったあの事件のことだ。

モンスター化した人間にアイエフとマーベラスが襲われ、それを救おうと白斗はモンスター化した人間とは知らず、それを殺してしまった。

結果、白斗は発狂し、苦しみ続けた。その原因を作ってしまったと、アイエフは今でも後悔していたのだ。

 

 

「その所為で……白斗も、ネプ子も……あんなクエストを受ける羽目になって……私が、私がしっかりしてたら……こんなことには、ならなかったのにっ……!!」

 

「ち、違うよ……! あいちゃんの所為じゃ―――」

 

 

ネプテューヌは、彼女に責任など求めてはいない。元よりアイエフの所為など微塵にも思っていなかったが、アイエフは自分自身を決して許しなどしなかった。

白斗を救えなかった身として、何より親友を傷つけてしまった身として。

―――でも、それだけでは無かった。

 

 

 

 

 

 

「………ねぇ、ネプ子………。 ネプ子は……白斗の事が……好き……?」

 

 

 

 

 

 

突然、そんな問いかけがアイエフの口から飛んできた。

え、と息を飲み、一瞬だけ時が止まったかのように錯覚してしまう。ネプテューヌの聞き間違いでも、アイエフの言い間違いでもない。

彼女ははっきりと、ネプテューヌに対し白斗への恋心を問いかけてきたのだ。

 

 

「……私は……好きよ。 白斗が、好きで、好きで………大好きなの………」

 

「あい、ちゃん………」

 

 

―――それは、余りにも悲しい告白だった。

決して穏やかな気持ちでも、増してや幸せな気持ちで言っているのではない。アイエフが愛した少年、白斗は敵の手に落ち、いつその命が奪われるやもしれない状況なのだから。

けれども、彼女の想いはネプテューヌも察していた。口にはしなかったが、いつも冷静な彼女が白斗の前ではまさに恋する乙女だったから。―――自分と同じだったから。

 

 

「だから……私は白斗を助けたいの。 白斗を傷つけちゃったからとか、責任とか、罪悪感とか色々あるけれど………白斗が大好きだから……助けたいの……!!」

 

 

アイエフは、震えていた。

この三日間、アイエフもどんな気持ちで過ごしてきたのだろうか。もしかしたら、ネプテューヌ以上の絶望を抱えていたのかもしれない。

それでも折れなかったのは、偏に白斗が好きだったから。

 

 

「助けてくれた白斗が好き……デザートを作ってくれた白斗が好き……遊んでくれる白斗が好き……話してくれる白斗が好き…笑顔でいてくれる白斗が好き、温かくて優しい白斗が……大好き!! 全部……全部大好きなのっ!!!」

 

 

―――ネプテューヌと、全く同じだった。

今にして思えば、白斗の何が好きかと言われれば、それこそ全部だ。いい所も、悪いところも全てひっくるめて、「好き」だと高らかに言える。

そんなアイエフとネプテューヌの気持ちは、全く同じだった。だから、彼女の言葉がすんなりと入ってくる。

 

 

「大好きなあの人を取り戻したいから……だからっ!! 諦めたくないのっ!!! 白斗のために……何でもしてあげたいのっ!!!!!」

 

 

傍で聞いていたコンパも、ツネミも。全く同じ気持ちだった。

皆、思い浮かべるのは白斗の事ばかりだ。誰もが白斗に助けられ、彼の温かさに、力強さに、そして優しさに触れ―――恋をした。

ピーシェも、恋かどうかはまだ自分では判別はつかないが、白斗を大切に想っている。

だから、誰もがアイエフの想いを理解できた。

 

 

「……ネプ子……アンタは……どう? 白斗が……好き……?」

 

 

再び顔を上げたアイエフは、先程とは違って優しい表情になっていた。

自分の想いを伝えたからだろうか。己の内に抱えていた苦しみを吐き出したからだろうか。そんな彼女の全てに触れ、ネプテューヌは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………わた、しも……わたし、だって……白斗が……好き……大好きだよぉ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

アイエフに負けないくらいの大声で、その想いを告げたのだった。

 

 

「守ってくれた白斗が好き! 一緒にゲームをしてくれる白斗が好き! ちょっとドジを踏んじゃう白斗も、私と一緒に居てくれる白斗も、本当は傷つきやすい白斗も、何より温かくて優しい白斗が……大好きなの!!! 白斗じゃなきゃダメなのっ!!! 私の……騎士様は……白斗なのぉおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

泣きじゃくりながら、叫びながら、ネプテューヌは思いの丈をぶちまけた。

溢れ出る白斗の想いが止まらない。だから、白斗がいない悲しみが容赦なく心を痛めつけてくる。

―――けれども、その温かな想いが崩れかけた彼女の心を必死に支えていた。

 

 

 

「白斗は私の騎士様なのっ!! あいちゃんにも、誰にも渡したくないの!! 私が……私が一番……っ、白斗を愛しているんだからあああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

恋敵の腕の中で、親友の胸の中で、ネプテューヌは泣き続けた。

絶望に打ちひしがれていたネプテューヌだが、そんな彼女をここまで生かし続けてきたのは他でもない、白斗への想いがあったからだ。

 

 

「……だったら、私に負けてる場合じゃないでしょ? ネプ子……」

 

「……うん!! 絶対……絶対に白斗は渡さないんだからあああぁぁぁ……!!」

 

 

白斗がこのままいなくなってしまうのは、確かに嫌だ。

でもそれと同じくらいに白斗が他の誰かに取られてしまうのも、嫌だった。

醜いと思われるかもしれない、浅ましいと思われてもいい。でも、一度本心を曝け出したネプテューヌにとって白斗への想いを隠すことなど出来ない。

 

 

「……白斗は………私が、助けるんだからぁっ!!!」

 

 

愛する白斗のため、恋敵に負けないため、ネプテューヌは再び立ち上がった。

涙はまだ止まらない。涙で目は赤く腫れあがっている。顔も涙でドロドロだ。

でも、今はそんなことはどうでもいい。白斗のためになら、何だってできる。それが今のネプテューヌなのだから。

 

 

「わはー! いつものねぷてぬだー!」

 

「ネプテューヌ様……良かったです……!」

 

「さすがですあいちゃん! ねぷねぷも良かったですぅ!」

 

「皆……心配かけて、ごめんね……」

 

 

これまでの流れを見ていたピーシェ達も飛び出してくる。

ネプテューヌも完全に元通りとまでは行かないが、やっと笑顔を見せられるレベルにまでは落ち着いた。

まだ無理している部分はあるものの、これで白斗救出に向けて大きく前進―――

 

 

「み、皆さん!! 大変ですっ!!」

 

「いーすん……? どうしたの?」

 

 

そこへ大慌てで飛び込んできたのはイストワールだった。

その手には彼女にとっては大きい便箋が握られている。

 

 

「それが……白斗さんからお手紙が!!!」

 

「え!? 白斗から!!?」

 

 

―――有り得ない。誰もがそう思った。

けれども、一瞬だけでも希望を持ってしまったのも事実。イストワールが手渡した便箋には、確かに「黒原白斗」と銘打たれている。

 

 

「……で、でもイストワール様……罠では?」

 

「私も……そう思うの、ですが……」

 

 

あんな状況で、白斗が手紙など出せるわけがない。

アイエフの忠告通り罠の可能性が高いだろう。イストワールも頭では分かっていた。

だが―――。

 

 

「……でも、罠でも手掛かりにはなるん……だよね?」

 

「ネプテューヌ様……」

 

「私は白斗のためなら、何だってするって決めた……なら、火中の栗くらい拾いに行かないと!」

 

 

白斗が送れないのならば、この手紙の差出人はマジェコンヌらだろう。だからこそ、白斗へ辿り着く唯一の手掛かりとなる。

とても先程まで絶望に打ちひしがれていた少女と同一人物とは思えない発言だった。

いつものネプテューヌが戻りつつあると、ツネミも安心している。

 

 

「……ネプテューヌさんの言う通りですね。 では開けてみましょう」

 

「私がやるわ。 ネプ子達は念のために離れてて」

 

 

イストワールも女神の言葉に従い、そして他の誰もが彼女の意見に賛同した。

開封は諜報員として罠の解除に多少の心得があるアイエフが行うことになった。

レターナイフを用いて慎重に便箋を切り裂く。恐る恐る手を伸ばせば、その中にあったのはレンズが付いた小さな機械が一つ。

 

 

「これ……なんです?」

 

「どうも投影機のようね……スイッチはこれ、かしら……?」

 

 

投影機、つまりこの機械には何らかの映像が入っている可能性が高い。

益々怪しくなったが、今は僅かでも手掛かりが欲しい。一縷の望みを掛けてアイエフがスイッチを押し、皆がそれを見守る。

やがて映像からホログラムとなって飛びされた映像には―――。

 

 

 

 

 

 

 

『―――ご機嫌いかがかな? 愚かな女神共。 マジェコンヌ様だ』

 

 

 

 

 

 

 

白斗を攫ったあの魔女、マジェコンヌが不敵な微笑みを浮かべていた。

最早憎しみの対象ですらある彼女の顔がいの一番に映った時、誰もがそれを叩き壊したい感覚に襲われる。

ただ、彼女の傍らに“彼”が映っていなければ、の話だが。

 

 

「―――――白斗ぉっ!!?」

 

 

そう、映像の中にはマジェコンヌの傍に白斗も映っていたのだ。ネプテューヌだけではない、他の誰もが白斗の名を叫んでいる。

白斗は椅子に座らされた状態で縛られていたが、それ以外は特に目立った外傷もない様子だ。

 

 

『どうだ、この小僧の無事な姿を見て少しは話を聞く気になったか? 御覧の通り無事どころか、あの戦闘での傷も治癒してやったぞ。 砕かれた骨も元通りだ。 昔からの古傷までは面倒は見切れなかったが、少なくとも安心はしただろう』

 

 

三日前、白斗は女神達を守るために50体以上ものアンチモンスターと死闘を繰り広げた。

自らを省みない戦いの末、白斗は満身創痍を超えた死に体となって倒れた。

けれどもその傷自体はもう無くなっている。呼吸も安定しており、目こそ開かないが僅かに声も出している。

 

 

『さて、今回こちらから連絡を取ったのは貴様らに伝えることがあるためだ』

 

「……何を、今更……っ! 白斗さんを返して下さいッ!!!」

 

 

普段は穏やかで、白斗以外には感情を見せないツネミ。

そんな彼女ですら怒りを露にして白斗を返せと叫んでいる。手を伸ばせば届くのに、そこにいる白斗はただの虚像。

だからこそ余計に虚しさを感じてしまう。それを予想していたのか得意げな笑みを浮かべたマジェコンヌは。

 

 

 

 

 

『この小僧だが……もう用済みだ。 返してやろう』

 

 

 

 

 

 

そんな予想だにしない一言で、全員が呆気にとられた。

 

 

 

「………え? 返して……くれ、るの……?」

 

『日時は明日の午後1時、場所は……プラネテューヌのバーチャフォレストの深部辺りにでもしておくか。 そこに捨てるから、後は勝手にしろ。 私も同行しよう。 信用できなければ女神全員で来るがいい』

 

 

 

当然、これは録画データ。ネプテューヌらの問いに答えているわけではない。

それでも、マジェコンヌは次々と情報を伝えてくる。明日、白斗を返すというのだ。

だが同時に不穏な条件も幾つか提示される。マジェコンヌ自身も赴くという全くメリットの無い行動、何より女神全員を誘き寄せようとしている魂胆。

 

 

 

 

 

『ではな女神共。 このマジェコンヌ様の慈悲に感謝するのだな……フハハハハ!!』

 

 

 

 

高笑いと共に、映像は終了した。

映像が終わって尚、辺りは静寂に支配される。誰もが形容しがたい気持ちを抱いていた。

あの憎き魔女が、愛する少年を突然返すという本当に訳の分からない状況。

必死に冷静さを絞り出し、一番最初に口を開いたのはアイエフだった。

 

 

「……罠、よね……十中八九……」

 

「……そう、ですね。 今更、白斗さんを返すだなんて……」

 

 

その意見にイストワールも賛同した。

あんな罠を張ってまで白斗を攫ったというのに、今になって返すなど信用できるはずもない。

 

 

「……私、行くよ」

 

「ねぷねぷ……」

 

 

けれども、いの一番に向かうと言い出したのはネプテューヌだった。

その声は震えている。やっと希望を見つけたと言わんばかりに。

勿論、マジェコンヌに対する怒りも。罠に対する警戒心もある。だが、今の彼女にとってそんな些細な感情などどうでもいい。

 

 

「罠だったとしても関係ない。 ……その先に白斗がいるんだから、止まってられないよ!!」

 

 

彼女の力強い言葉に、誰もが震えた。

例え他の誰かが行かなくても、彼女は行くのだろう。そしてどんな罠でも突き破って、白斗を助けようとする。

そんな覚悟が込められた発言に、イストワールも一瞬俯いた後。

 

 

「……分かりました。 急いでネプギアさんも呼び戻して、明日のための対策会議を開きましょう。 この映像も、恐らく各国の女神様に送られているでしょうから」

 

 

イストワールは、ネプテューヌを送り出す方向で行くようだ。

罠であることはほぼ間違いない中、彼女を送り出すなどむざむざ女神を見殺しにするようなもの。責任問題に問われてもおかしくない。

イストワールもまた全てを懸ける覚悟を決めたようだ。

 

 

「……ネプ子がそう言うなら、私も私に出来ることをするわ!」

 

「はいです! 私も……白斗さんのために!」

 

「私は戦えませんが……全力でお手伝いします!」

 

 

アイエフも、コンパも、ツネミも意見が纏まった。

警戒心もあるが、それ以上に一縷の望みをそこに懸けている。

 

 

(白斗……待ってて! 絶対に助けるから!!)

 

 

ネプテューヌは、夕闇が迫りつつある空を見上げ、白斗救出を誓う。

空に瞬く一番星が、彼女を優しく見守っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして一夜明け、午後一時まであと5分。

ここは、プラネテューヌ近郊の森「バーチャフォレスト」。今ここに、各国の女神達が集っていた。

 

 

「……皆、来てくれたんだね」

 

「当然よ。 白斗を助けられるのならどんな罠にだって飛び込んでやるわ」

 

「ああ。 ……今度は私達が死力を尽くす番だからな」

 

「例えこの身がどうなろうと……白ちゃんは助けて見せますわ!!」

 

 

ネプテューヌだけではない、ノワールも、ブランも、ベールも覚悟を決めてここに来ていた。

女神として数多の仕事も放り投げ、命の危険すらも省みない。

彼女達にとって白斗とは己の全て。既に女神化していることが、その覚悟の表れである。

―――ただ一人、ネプテューヌを除いては。

 

 

「……にしてもネプテューヌ、報告には聞いてたけど……まだ女神化出来ないのね」

 

「………うん。 でも、私は大丈夫だから」

 

 

ノワールからの一言に少し俯きながらも、ネプテューヌは決して目を逸らさなかった。

そう、昨日ある程度元気を取り戻したネプテューヌだが未だに女神化は出来なかったのである。

トラウマは一朝一夕には克服できない、ノワール達も指摘しただけでそこを責めるつもりは無かった。

 

 

「その言葉、信じますわよ。 恐らくフォローをする余裕はありませんから」

 

「だな。 ……で、お前らもそれでいいよな?」

 

 

ベールからもそんな一言が飛んできた。

今回ここに来たのは白斗を助けるためだ。最悪本人がいなくても、マジェコンヌだけでも捉えて情報を引きずりだしたい。

そのために誰かを助けるという余裕はない状況だ。ネプテューヌもそれは覚悟の上。

だが、何もその覚悟を求めているのは彼女だけではない。ブランの視線の先に居る、少女達にも向けられていた。

 

 

「はい! もう、お姉ちゃんやお兄ちゃんに守られるだけの私達じゃありません!」

 

「今度はアタシ達がお姉ちゃんを……そして白兄ぃを助ける番!!」

 

「うん! お兄ちゃんはわたし達が助けるんだから!!」

 

「お兄ちゃんのために……がんばる!」

 

 

ネプギア、ユニ、そしてロムとラム。女神候補生も全員が集結していた。

彼女達もまた、昨日までは自分の無力さに苦しんでいたはずだがそれぞれ自分の国に戻った時、面構えが全く違っていたのだ。

寧ろ自分達が白斗を救ってみせるという絶対的な自信を胸に宿している。

 

 

「……ネプギア」

 

「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ。 ……私だって女神候補生……いや、女神だもん!」

 

 

今のネプギアは候補生でも、増してやネプテューヌの妹として来ているのではない。

白斗を助ける女神としてここに来ている。

言葉の力強さから、いつもどことなく漂わせていたあの頼りない感じはもう存在しない。

 

 

「ロム、ラム……ここまで来たらもう引き返すことは出来ねぇ。 それでも……いいんだな?」

 

「わたし達だって……女神だよ! 覚悟……出来てる!」

 

「お兄ちゃんを助けるためなら、いつまでも怖がっていられないもん!」

 

「……分かった。 なら、最後まで女神としての務めを果たせよ」

 

 

口調こそは粗暴だが、ブランの言葉には妹達への想いと僅かながらの心配が込められていた。

精神的にもまだ幼い彼女達にこの戦いは厳しいのではないか、そんな心配は彼女達自身の真っ直ぐな瞳と言葉ですぐに杞憂だと分かった。

そんな彼女達を愛おしそうにブランは撫でた。もしかしたら、撫でられるのはこれが最後かもしれないから。

 

 

「………ユニ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「…………背中は、任せたわよ」

 

「……! うんっ!」

 

 

ラステイション姉妹は特に多くは語らなかった。その代わり、目で言葉を交わす。

それだけ強い信頼がこの二人の間で結ばれている。白斗が来たばかりでは、考えらえれもしない光景だったが今では仲良しこよしのこの姉妹。

それもきっと、白斗のお蔭なのだろう。だからこそ、大好きなあの人を助けたい。二人の気持ちは今、一心同体となっている。

 

 

『……皆さん、準備は整ったようですね』

 

「いーすん! うん、こっちは大丈夫だよ。 そっちは?」

 

 

そこに割り込んできた回線。イストワールからだった。

ここはプラネテューヌ領ということもあり、今回は彼女が何かしらの補助に回る形になっていた。

 

 

『こちらの配置も完了しました。 女神様が抜けた穴は各国にマーベラスさんやその仲間達が警備などに当たってくれています』

 

「そっか……マベちゃん、ありがとね。 ホントだったらこっちに来たいはずなのに……」

 

『大丈夫! ネプちゃん達が全力で白斗君を助けられるようにするのが、私の役目だから!』

 

 

回線からはマーベラスの声も聞こえた。

この場に女神やその候補生が全員集結しているということは、当然他ごとには手が回らない状況となってしまう。

そこでマーベラスが率先して彼女達の代行を申し出、その仲間達も各国に散っては緊急案件などに対応してくれていた。

 

 

『ネプ子! プラネテューヌのことは私達に任せなさい!!』

 

『でも、何かあったらいつでも駆けつけるです!』

 

『ネプテューヌ様、どうか……白斗さんをお願いします!』

 

『ベール様も……お願いします。 ボクらも頑張りますから!』

 

 

更にはアイエフとコンパ、ツネミに5pb.の声までもが聞こえる。

彼女達は全員プラネテューヌで待機していた。プラネテューヌ国内で何かあった時の対処、並びに白斗がもし救出出来たらすぐにでも迎えてあげるために。

 

 

「了解ですわ、5pb.ちゃん。 ……っと、さっそくお出でなすったようですわね……!」

 

 

友人からのエールに嬉しそうな表情をするベール。だが、直後にその視線が鋭くなった。

前方にただならぬ気配を感じたからだ。

ネプテューヌ達もそれぞれの武器を取り出して迎撃準備に入る。木々の奥から現れた影、それは―――。

 

 

「おやおや、いきなり武器を構えてお出迎えとは……現代の女神様は随分と野蛮だな?」

 

「マジェ……コンヌ……!」

 

 

怒りを込めた声と視線をぶつける。

現れたのは今日も変わらぬ陰険な笑みを浮かべる魔女、マジェコンヌ。

ネプテューヌ達からすれば白斗を傷つけ、死の淵まで追いやり、そして攫った憎き仇だ。彼女の登場に女神達の心中は穏やかではなくなる。

 

 

「白斗はどこ!? さっさと返しなさいッ!!!」

 

「今すぐ返さねぇとテメェの首をかっ飛ばす!! 今ここでぇ!!!」

 

 

特に血の気の多いノワールとブランが怒りを露にして武器を構える。

しかし言葉にしないだけでその怒りは皆同じだ。全員が武器を構え、その切っ先をマジェコンヌに向ける。

いつでも、この憎き魔女を倒せるように。

 

 

「……んん? 女神全員で来いと言ったはずだが……女神化も出来ん役立たず候補生共が何故ここに来ている? 長生きするだけあってもう耄碌したか?」

 

「……本当にそうなのかどうか、その目で確かめてください!」

 

 

確かに、あの時はそうだったかもしれない。

けれども今のネプギア達には迷いも恐れもない。女神候補生達は目を合わせると互いに頷いて―――。

 

 

「「「「―――変身っ!!」」」」

 

「何……っ!?」

 

 

眩き光を、その身に纏った。

シェアエネルギー、女神がその力を振るうために用いられる信仰の光。それを用いることが出来るとは、即ち―――。

 

 

「―――変身完了! 私はプラネテューヌの次期女神、パープルシスター!!」

 

 

白いレオタードを纏ったネプギア―――否、女神パープルシスターがそこにいた。

武器もいつものビームソードではなく、女神の力を凝縮させた英知の結晶である機械の剣をその手にしている。

もう半人前などではない。誰もが認める立派な女神だった。

 

 

「同じく、ラステイションの次期女神!! ブラックシスター!!」

 

 

その隣に舞い降りたのは、巨大なブラスターを手にした漆黒の女神。

黒かった髪は姉と同じく美しい銀髪へと変わり、髪型もツインロールになっている。声色も凛としたものになり、鋭さを増していた。

どこか可愛らしい雰囲気を纏っていたあの姿はもういない。怜悧な眼差しを以て全てを射抜く女神、ブラックシスターの降臨だ。

 

 

「―――私は、ホワイトシスター・ラム!! お兄ちゃんをイジメたアンタは……許さない!!」

 

「……ホワイトシスター・ロム。 お兄ちゃんは……私達が助ける!!」

 

 

そして、桃色と水色の髪を持つ双子の女神。雪をイメージしたかのような純白のプロセッサを身に纏い、それぞれ手にした杖を交差させる。

魔力を漲らせるその姿は、魔を司る女神そのもの。守られてばかりの双子などではない。

数多の魔法で全てを守る女神、ホワイトシスターが顕現した。

 

 

「……ほう、まさかこの三日間で女神化が出来るようになっていたとは……」

 

「さぁ、これでアンタのお望み通り女神集結よ! 要求には答えたんだから、今すぐ白兄ぃを返しなさいッ!!」

 

「全員、か。 プラネテューヌの小娘がまだ女神化していないようだが……まぁいい」

 

 

身の丈以上のブラスターを構えて尚、銃口がブレないブラックシスター・ユニ。

今の彼女は狙った獲物を逃すことなどない。

けれどもマジェコンヌは慌てることも、増してや防御行動をとるようなことも無かった。ちら、とネプテューヌを見ては何かを悟ったかのようにほくそ笑む。

 

 

 

「………ならば、受け取るがいい」

 

 

 

パチン、と小気味いい音を立てて指を鳴らした。

するとどこからともなく、赤黒いモンスター達が方向を上げて茂みから、或いは木陰から姿を現す。

 

 

「アンチモンスターの大群……そんなことだろうと思いましたわ」

 

「数も30匹前後……その程度で怯む私達じゃないよ!!」

 

 

一方、ベールとネプテューヌも特に慌ててはいなかった。

この展開は読めていたからだ。例えこの場に白斗はいなくても、目の前に行方を知るマジェコンヌがいる。

彼女を捕えればすべてが解決するのだから。

 

 

 

 

 

「慌てなるな。 ……こいつが、真打ちだ」

 

 

 

 

すると、辺りを揺らすかのような地響きが突如発生した。

 

 

 

「っ!? 何、これ……!?」

 

「地面が揺れてる……地震……!?」

 

「に、しては一定の間隔がある……何かの足音……!?」

 

 

ロムとラムが辺りを見渡すが、地震にしてドスン、ドスンと揺れては止まり、止まっては揺れるを繰り返しているのだ。

ならばこの振動の正体は、何かの足音だとネプギアが推測する。つまりはそれだけの質量をもった何かが近づいているのだ。

その“何か”は、バーチャフォレストの木々を薙ぎ倒してこちらへと向かってきた。

 

 

 

 

 

「クックック………女神共、絶望するがいい……」

 

 

 

 

 

―――やがて姿を現したそれは、余りに大きいオーク以上の体躯を持つ巨人だった。

緑色の皮膚を持ち、筋骨隆々とでもいうべき膨れ上がった筋肉。特に腕の膨らみ方が異常で、手が地面に擦れるほど大きい。

人間サイズしかない顔は鉄仮面で覆われ、しかも肩より上でなく、胸の真ん中に顔が埋め込まれているという異形と称するしかない姿だ。胸もアーマーで武装されている。

 

 

「な、何だコイツ……!? アンチモンスター、じゃねぇのか……?」

 

「確かに……赤黒くないし、あいつからはアンチエネルギーを感じない………」

 

 

ブランとノワールも、真打ちと称されたその巨人に固唾を飲んでいた。

対女神用生物兵器と銘打たれたアンチモンスターではない、この巨人こそ彼女の切り札だという。

女神の攻撃が効くなら幾らでもやりようはある―――そう思ったその時、ノワールは気づいてしまった。

 

 

(……え? ど、どうして……手が、震えて……いるの……?)

 

 

刃を持つその手が、震えていたのだ。

武者震いなどではない。寧ろその逆―――恐怖で震えていたのだ。やがて嫌な汗が吹き出し、呼吸も徐々に乱れてくるのが分かる。

まだアンチエネルギーに当てられたわけでもなく、だ。

 

 

「な、何なんですの一体……?」

 

「……分からねぇ……分からねぇ、けど……何故か、ヤバイ……」

 

「どうして……どうして、こんなにも怖くて……悲しいの……?」

 

 

ノワールだけではない、他の女神達もその異変を感じ取っていた。

恐れていた、あの巨人と戦うことを。

そんな彼女達の反応に、満足したような笑みを浮かべているマジェコンヌ。

 

 

「どうした? 先程の威勢の良さはどこへ行った?」

 

「―――うるさいッ!! てやああああああああああっ!!!」

 

 

迷いを振り切るようにノワールが飛び出す。

巨人は確かに力こそ凄まじいのだろうが、パワーキャラ故の宿命か反応速度はそこまで高くはなかった。

ノワールの接近に対応できず、その腕に一閃を受ける。

 

 

「ヴォォオオオオオオオオオオオ!!」

 

(……うッ……!? な、何の……この、胸の痛みは……!?)

 

 

激痛に巨人が吠える。しかし、巨人から吹き出た血を見た瞬間、ノワールの心が痛んだ。

まるで痛みがそのまま返ってきたかのように、自らを責めるように。

 

 

「……っ! 一気に畳みかけますわ!! てやあああああああっ!!!」

 

「ヴァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

その隙を逃さず、今度はベールが愛槍を振るう。

高速の槍の突きはまるで驟雨となって降り注ぐ。次々と巨人の体を穿っていく―――のだが、尋常ではない再生能力が備わっているらしく、ノワールの斬撃の痕も、そしてベールの槍の攻撃による傷も全て塞がっていく。

 

 

「どうした? もっと攻めないとこいつは殺せんぞ?」

 

(……で、ですが……何ですの……この、悲しい気持ちは……!!)

 

 

何故か、涙までもが出てきた。悲しい要素など何一つなかったはずなのに。

 

 

「―――っ!! だったら、そのアーマーを引っぺがしてやる!! どーせその下には弱点でも隠してんだろっ!!?」

 

 

ならばと、今度はブランが飛び出した。

狙うは胸を覆い隠すアーマー。裸体に近い巨人がわざわざ覆い隠している部分は顔と胸。

隠すのは弱点であるから。ならばそれを曝け出し、弱点を突けばいい。

ブランのパワーならそれが出来る。華麗なステップで懐に潜り込み、巨大なアックスを振り上げ―――。

 

 

 

「でやあああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

その一撃でアーマーを引き剥がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その瞬間。彼女達の時は、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのアーマーの下には――――見覚えのある、「機械の心臓」が埋め込まれていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え………ど、どうして……“それ”、が……?」

 

 

 

 

 

 

この巨体に見合わぬほど小さな機械の心臓。サイズはまさに「人間のものとほぼ同一」。

何よりも、その形はネプテューヌらの記憶にあるものと酷似―――いや、全く同じだった。

何故、あの巨人が“彼”と同じ機械の心臓を持っているのか。嫌な点と点が繋がれ、嫌な線が浮かび上がる。

それにつれて恐怖が、爆発しそうになる。

 

 

 

 

 

「………これが答えだ、女神共」

 

 

 

 

マジェコンヌが杖を掲げる。その先に埋め込まれた機械が光り出した。

すると巨人の鉄仮面が煙を上げて剥がれ落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

「………う、そ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そこにあったのは、今最も会いたかった顔。だが、ノワールは悲しみで震える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ、ああぁ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして今、最も会いたくない顔に、ブランが恐怖した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……そんな……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ベールが、恐怖で口元を覆う。そこにあった顔、それは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は…………く………と…………………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネプテューヌが、その名を呟いた。

皮膚の色こそ緑色に変わってしまっているが、紛れもないあの少年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女達が愛してやまない存在―――黒原白斗だった。

 

 

 

「おにい……ちゃん………?」

 

「嘘……なん、で……ど、して……」

 

 

ネプギアとユニは、あの威勢の良さもすっかり投げ捨てて恐怖に震える。

倒すべきモンスターだと思い、武器を向けていた存在。それが何を隠そう、愛する人だったのだから。

 

 

「い、いや………いやぁあああああああああああああ!!!」

 

「お兄ちゃんと……戦う、の……? そんなの、いや……いやだよぉ!!!」

 

 

ロムとラムも、敵前だというのに泣き出してしまった。

だが決してそれを責める者などいない。ノワールも、ブランも、ベールも。ネプギアも、ユニも、そして―――ネプテューヌも恐怖で涙を流していた。

先程まで傷つけていた存在が、愛する人だったなんて―――。

 

 

 

 

 

「ふっはははははは!! そうだ、それが見たかったのだ女神共!! お前達は自らの手で愛する者を傷つけた!! そして殺さなくてはならない!!! 全く以て愚かで、滑稽で、無様だなぁ!!? ははははははははははははははははははははァ!!!!!」

 

 

 

一気に絶望に追いやられる女神達の姿に愉悦するマジェコンヌ。

けれども、そんな魔女の声すら女神達には届いていなかった。

目の前に聳える、愛する人の変わり果てた姿にただただ、絶望していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「白、斗………そんな………あ、あぁああ…………あああああぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ネプテューヌが膝を折り、武器を落とした。

愛する人をこれ以上傷つけることなど、彼女には出来なかった。だがそれ以上に、こんなにも変わり果ててしまった白斗をどうすればいいのか。

元に、戻せないのか。―――そんな絶望が、頭を過った瞬間。ネプテューヌは、女神達は、泣き叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――これが絶望、そして“絶暴”だ。 女神共」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今、女神達に最大にして最悪の戦いが幕を開けたのだった。




大変お待たせしました。そして長くなって申し訳ありませんでした。
巨大なモンスターと化してしまった白斗の姿に女神達は絶望し、更には多数のアンチモンスターとマジェコンヌが襲い掛かる。
果たして女神達の、そして白斗の運命は……。次回、決着。お楽しみに。
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