恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART   作:カスケード

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第四十一話 過去、現在、そして―――

―――某国某所。

どことも知れぬ、研究所の中。そこでは一人の白衣を着た男が、苛立ちを隠そうとしないまま近くの機材を蹴り上げた。

 

 

「クソッ!! あの役立たず魔女めがぁッ!!!」

 

 

名を黒原才蔵。白斗の父親だと名乗るのその男は、怒りを通り越して憎悪のまま暴れていた。

蹴り上げられた機材は激しくへこみ、床に落ちては嫌な音と煙を上げる。壊れてしまい、二度と使い物にならなくなった。

壊れたものに価値を見出さない男はそれに目を向けることなく、どっかりと椅子に座り込む。

 

 

「あれだけサポートをしてやったと言うのに……女神殺しなどどうでもいいが、白斗を奴らの下に返すなど……ッ!! あの屑には、相応の地獄が必要だというのに、何故自爆させなかったんだぁ!!? 私以外皆クズなのか!!? そうなんだなッ!!?」

 

 

彼にとって今回の作戦のキモは白斗に対して絶望を、そして死を与えることだった。

だがマジェコンヌは失敗し、女神達が白斗を無事救い出したことに結局怒りは抑えられず、何度もデスクを叩いた。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 

「はぁーっ……はぁーっ……!! チッ、魔女もネズミも戻らぬ……死んだ役立たずなど、もうどうでもいい……いい、が……私の計画に修正が必要であることもまた認めねば……」

 

 

彼にはもう、マジェコンヌらへの未練などはない。

彼にとって一番必要なもの―――それは背後に設置されたカプセル、その中に浮かぶ一人の少女。

 

 

「……モンスター製造技術を応用し、香澄を救う計画であったが上手くいかぬ……。 しばらくは別方向を模索する他ない……。 科学者たるもの、あらゆる可能性から検証せねば」

 

 

この男は、半端に優秀で、半端に冷静さもあった。

それがまた愛娘のためであるのだから、尚更厄介であることこの上ない。

 

 

「時期にここも嗅ぎ付けられるかもしれん……しばらくは雲隠れだな。 研究所は破棄、香澄移動の手段は既に用意してあるし、後はデータのバックアップだけ……」

 

 

一度決めれば行動は早い。

必要最低限のものだけを持ち歩く準備をして、才蔵は撤収の準備に取り掛かった。

忌々しさはあるが、目的のためなら割り切ることも出来る。本当に厄介な男だった。

 

 

 

 

 

「……白斗……貴様には必ず報いを受けさせてやる。 それに、例え今だけ救われたとしても……最低な人殺しの貴様を受け入れる奴などいない。 絶望に野垂れ死ね、クソガキ」

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、才蔵は闇へと消えた。

翌日、あるタレコミからこの研究所の存在が露呈、各国の衛兵らが突撃するも既にそこはもぬけの殻。

研究データは愚か、人が住んでいた痕跡さえ残っていなかったという―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗を救出して、翌日のプラネテューヌ総合病院。

科学技術に秀でたこの国は医療技術も発展しており、白斗がそこに収容されるのは当然の流れであった。

ただ、病室の前で待機している面々は未だ表情が暗い。

 

 

「……白斗、まだ目を覚まさないのかな……」

 

 

思わず不安が漏れ出た少女、この国の女神ことネプテューヌ。

昨日は白斗救出に喜びを見せていたのだが、今では不安で顔色を暗くしていた。絶望と言う程ではない、白斗は生きていて、今もこの部屋の向こうで寝ているのだから。

ただ、彼女の抱える不安は他の少女達も同じだった。

 

 

「ねぷてぬ……おにーちゃんかえってきたのに、まだからだがわるいの?」

 

「……うん。 でも、もう少ししたら良くなるからねピー子」

 

「うん……」

 

 

そんな不安が移ってしまったのか、今日こそはと着いてきたピーシェも不安を隠せない様子だ。

何とか元気を絞り出し、頭を撫でてあげるネプテューヌ。彼女の気持ちが伝わったのか、ピーシェの不安は少し和らいだらしい。

 

 

「……ネプギア、ホントに大丈夫なの? アンタが作ったって言う……」

 

「あ、ネープギアのこと? 私の自信作だし、動作確認も済ませたから問題はないよ」

 

 

ユニとネプギアが話し込んでいる。

とにかく、何かをしないと落ち着かない状況だ。

ノワールやブラン、ベールは目を閉じながら白斗の事ばかり考え、アイエフは落ち着かずに辺りを右往左往、ツネミや5pb.は自分の手を握り締めて震えを押さえようとしている。

他の少女達も、似たり寄ったりな行動ばかり。ただ、誰もが白斗の事を想っているが故だった。

 

 

 

 

「………いーすん、お願い………早く出てきて……」

 

 

 

 

そしてネプテューヌはここにいないもう一人、イストワールの心配もしていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それは約一時間前の事。

 

 

『……このままでは白斗は救われない……って、いーすん! どういうこと!?』

 

 

イストワールから呼び出しを受けたネプテューヌ達。

先日は白斗救出し、他国に出向いていたマーベラスも急いでプラネテューヌへと到着、皆で白斗を出迎えたが彼は疲労の余り眠っていた。

病院へと移し、その後の検査でも命に別状はなく、更には人工心臓に取りつけられていた爆弾も発見、撤去にも成功しこれで大丈夫かと思われていたのだが。

 

 

『命に別状はないのですが……絶暴草のことは覚えていますか?』

 

『……摂取することで人のトラウマに反応、それに応じてモンスター化させる……ですよね?』

 

『その通りですマーベラスさん』

 

 

今聞いても忌々しい―――を通り越して悍ましさすら感じている薬草、絶暴草。

白斗を苦しめ、あんな化け物へと変えたあってはならない冒涜の薬草。それ自体は白斗の絶望を抑え込むことで無事解決かと思われたのだが、そうではないらしい。

 

 

『確かに白斗さんの絶望は押さえこまれています。 ……今のところは』

 

『……でしょうね。 一朝一夕で克服できるワケないわ』

 

 

仕方がない、とノワールが悲しそうに目を伏せる。

絶暴草を摂取した白斗の姿とパワーは、女神すらも圧倒できるほどだった。それだけ、想像を絶する絶望を抱えていたことになる。

たった一日で消し去れるようなものではないのだ。

 

 

『そうです。 そして、今の白斗さんは余りにも大量の絶暴草を投与されすぎて、体質そのものが変化しています』

 

『変化……って、まさか……!?』

 

『はい、心が不安定になり……更には絶望する度にまたあの姿になる可能性が高いのです』

 

『……そんな……!』

 

 

ブランとベールが、悲痛そうな顔になる。

先日白斗を救えたのは対抗手段であるフリージアの花を与えたこともあるが、たった一輪では中和できるわけがない。

 

 

『ですがご安心ください。 フリージアの花については現在、調達法を見つけました。 なので、これ自体は問題ありませんが……』

 

『……白兄ぃの心が救われてない、ってコトよね……』

 

『……はい』

 

 

ユニの言葉に、イストワールは頷いた。

絶望は消し去れていない。昨日の一件で全て解決、などと宣えるわけがない。

知ってしまった以上、少女達は向き合う必要があった。愛する人のために、白斗の絶望と立ち向かうべきだと覚悟を決めていた。

 

 

『白斗さんの絶望の原因は、彼の過去にある模様です。 ですが、今の白斗さんにそれを語らせるのは精神的に追い詰めてしまうことでしょう』

 

『あ、それで私が作ったアレの出番なんですね!』

 

『ネプギア、アレって?』

 

『コレだよお姉ちゃん! じゃじゃーん、ネープギアです!!』

 

 

ネプギアの手には、どこから取り出したのか分からないヘルメットのような装置。

バイザーも備え付けられており、機械接続用のコードも伸びている。

 

 

『ギアちゃん、説明をお願いするです』

 

『はい! 元々はゲームの世界に入れないかなーと思って開発した機械でして。 これを人の頭に被せて起動すると、その人の精神データをゲーム内に再構築、それをアバターとして仮想世界の中で動かせるようにするというものなんです!』

 

『……え、えーと……要するにそれを使えばゲームの世界に行ける、ということですか?』

 

『厳密にはちょっと違うんですけど、その感覚であってます。 物理的にワープするワケではないので、ゲームの世界に入る“夢”を見てる……と言えば分かりやすいかな?』

 

 

元々メカオタであるネプギアだが、ついにはマッドサイエンティスト一歩手前の領域まで到達したらしい。

この世紀の大発明に、一同は目を輝かせている。特にゲーマーであるベールの喜びようと来たら、それはもう凄いことになっていた。

 

 

『……ひょっとして、これを使って白斗君の記憶の中に行く……ってことですか?』

 

『その通りです、5pb.さん。 白斗さんの精神データを抽出し、電脳空間にて構築してあります。 つまり、白斗さんの記憶の中にダイブできるのです』

 

『だから白斗……昨日からずっと眠らされたままなのね……』

 

『勿論白斗さんに余計なことを考えないでいただきたい、という目的もありますが』

 

 

先日の入院から白斗には強力な麻酔薬を投与されているが、この目的もあったからなのだと5pb.とアイエフも納得する。

兎にも角にも、これでやるべきことは見えてきた。

 

 

『この装置を用いて白斗さんの心の中へとダイブ、そこで彼の過去、そして絶望を知り、白斗さんを絶望から救い出す……これしかないと私は考えています』

 

 

イストワールの結論に誰もが納得した。

白斗の過去が、彼を苦しめている。しかしネプテューヌ達は白斗の過去を知らない。知らない状態で救えるはずもない。

だから知りに行くのだと。そしてネプギアが作ったこの機械があれば、それも可能なのだと。

 

 

『因みにこの機械、私がみんなと遊べればいいなーと思って50個作っちゃいましたから人数の心配はありません!』

 

『ネプギア……アンタの中の皆の定義ってどうなってるの……?』

 

 

ネプギアの謎の張り切りとユニのツッコミはさておき。

 

 

『……ですが、電脳空間とは言え何が起こるか分かりません。 白斗さんの過去が壮絶なものであることが推測される以上、もしアバターに深刻なダメージが発生すれば脳死状態になるかもしれません。 つまり、被験者にも命の危険が付きまとっています』

 

 

イストワールのそんな一言で、さすがに女神達もゴクリと唾を飲み込んだ。

所謂精神だけを送り込むという関係上、白斗の精神面での悪影響を受けやすいと予測される状況。もし、そこで彼女達の精神状態に異常が発生すれば、精神だけが死ぬ―――最悪植物状態になってしまうかもしれない。

 

 

『……ですから、まずは私がこれを使ってみます』

 

『いーすんが!?』

 

『はい。 ……私はいざという時、危険なことを女神様……そして白斗さんに頼ることしかできませんでした。 せめてここくらいは……力になりたいんです』

 

 

なんと、イストワールが真っ先にダイブすると言い出したのだ。

彼女は司令塔として、現場に出ることはほぼ無い。それ故に物理的に命の危険に晒されることも無い。

だからこそ、それを負い目に感じ続けていたのだ。

 

 

『教祖よ、準備出来たぞ』

 

『ありがとうございます、MAGES.さん。 ……では私が戻ってくるまで皆さんはここで待機していてください』

 

 

すると白斗の病室からMAGES.が出てきた。今回のサポート役として選ばれたのである。

万が一、アバターに異常が起これば強制ログアウトなどが必要になる。それを行うための外部からの操作、それが彼女の役目である。

そしてイストワールは助手を連れ、白斗の部屋の中へと赴いていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれから一時間、ですね……」

 

 

不安げに呟いたツネミ。

壁に掛けられた時計が、規則正しく、しかしいつしか耳障りに時を刻んでいた。

 

 

「MAGES.なら本当にヤバイと思ったら止めてはくれるだろうし、そうならないってことは順調なんじゃないかな?」

 

「そうあって欲しいですわね……」

 

 

普段は中二病な発言を振りまき、度々人を巻き込むような発明もするというMAGES.。

けれども有事の際は頼りになり、何より人を思いやる気持ちもある、マーベラスが誇れる少女。

彼女がサポートしてくれるならきっと大丈夫、ベールもそう思っていた。の、だが突然病室の扉が内側から開けられ―――。

 

 

「い、いーすん!? どうしたの……もう、終わったの……?」

 

 

そこには、イストワールが浮いていた。のだが、顔色が悪い。

傍に立つMAGES.も不安そうに彼女を支えようと、しかしどう触れたらいいものかとまごついている。

 

 

「………ね……ネプ……テューヌ………さ………ッ!! う……ああぁぁぁぁっ!!」

 

「わひゃぁ!? ちょ、いーすん!? どうしたの!!?」

 

「あ……あんなの、辛すぎますっ……! は、白斗さんが……う、うううぅぅっ……!!」

 

 

突然、ネプテューヌの胸元へ飛びついてきた。

イストワールとは、ネプテューヌが女神としてこの世に生を受けてからの付き合いになるがこんな姿など見たことが無い。

女神はただ、己の腕の中で泣き震える教祖―――いや少女を抱きしめてあげることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――精神の負荷に耐えられなかった、ということだ」

 

 

それから十数分して、イストワールが泣き疲れて眠ってしまった頃。

部屋に招き入れられたMAGES.がそう言った。

今この部屋では二人の人物が眠っている。白斗とイストワール、二人の寝息を聞きながらネプテューヌ達は固唾を飲みこんだ。

 

 

「私はここで脳波の計測を行っていただけだが……測定中、脳波が不安定になっていき……危険領域へと達した」

 

「……つ、つまり……?」

 

「見れば見るほど、精神崩壊していく程だったということだ。 白斗の過去は、な」

 

 

誰もが苦し気な表情で寝ているイストワールを見ている。

教祖として冷静沈着、穏やかであり、悠久の時を生きていたことで精神面でも強いはずの彼女ですら耐え切れなかったほどの白斗の過去。

 

 

「……これで理解は出来たはずだ。 どれだけ危険なことであるかを」

 

 

物言いこそは相変わらずだが、脂汗を浮かべているMAGES.。

彼女の判断が少しでも遅れていたら、イストワールは精神が壊れてしまっていたかもしれない。

今となっては機械を操作できる彼女がある意味命綱を握っていると言っても過言では無かった。だからこそ、死地に向かわせるようなことはさせたくない。

そう気遣っての発言、だったのだが―――。

 

 

「……でも、白斗の支えになるためには……知らなきゃいけないの。 白斗の過去を」

 

 

ネプテューヌが、そう言った。

本当は白斗とイストワールが不安でたまらないはずなのに、精神崩壊するかもしれないと言われて怖くないはずがないのに、それでも覚悟を固めていた。

決して折れない、真っ直ぐな瞳はMAGES.にとっても眩しすぎる。

 

 

「MAGES.、忠告ありがとう。 ……だからといって、白斗を見捨てていい理由にはならないわ」

 

「白斗は今まで、私達のためにどんな恐怖とも戦ってくれた。 だから、ここで逃げたら……白斗の傍にいる資格なんてない」

 

「白ちゃんを支えたい、ずっと一緒にいたい……。 だったら、どんな過去であろうと受け入れて、乗り越えて行きますわ。 白ちゃんと一緒に、ね」

 

 

ノワール、ブラン、ベールも臆していなかった。

決意を胸に、一歩前へと踏み出し、ヘルメットを手にする。

目を閉じれば脳裏に思い起こされる、白斗との温かくて幸せな一時。それを取り戻すために、女神は立ち向かう。

 

 

「お兄ちゃんはずっと私達を支えてくれました……今度は私達の番なんです!」

 

「お姉ちゃんだけじゃない、白兄ぃを支えるのはアタシの役目と願いよ!!」

 

 

白斗の妹として、そして白斗に恋した者として。ネプギアとユニも、ヘルメットを手に取る。

弱々しさなどない、どれだけ傷つこうとも立ち向かえるだけの強さが二人にはあった。

そんな強さを与えてくれたのは他ならぬ白斗だから。

 

 

「正直怖いです……でも、白斗さんが悲しむのはもっと嫌なんですぅ!!」

 

「白斗は私を助けて、支えて、守ってくれた……なのに逃げてちゃ、女が廃るわ!」

 

「ボクも……! 白斗君が笑ってくれないなんて……そんなのイヤです!」

 

「私……白斗さんと、もっと一緒にいたいです……! だから、だから……!!」

 

「大好きな人を守る、命を懸けてでも!! それが私の……忍の矜持だよ!!」

 

 

コンパ達も、覚悟を決め、ヘルメットを持った。

例え戦闘面では女神には及ばずとも、例え普通の女の子であっても、白斗に恋した気持ちは同じ。

誰もが本気で白斗を想っている。だから、本気で助けたい。命を懸けて。

 

 

「わ、わたし達も……いきたい……!」

 

「お兄ちゃんを助けられないなんて女神……じゃなくて、妹失格なんだから!」

 

「ぴぃも! ぴぃもおにーちゃんたすけたいー!!」

 

 

そしてロムとラム、ピーシェも手を上げてきた。

見た目は元気なちびっこだが、ピーシェは兎も角ロムとラムは女神だ。女神として生きるのがどういうことなのか、彼女たちなりの覚悟は出来ている。

しかし、それでも―――。

 

 

「……ロム、ラム。 貴女達はここに残ってて欲しいの」

 

「えー!? なんでー!!?」

 

「……わたし達じゃ……ダメ、なの……?(うるうる)」

 

 

待ったをかけた者がいた。ブランだ。

誰もが思う。まだ彼女達の精神は幼い。そんな彼女達が、白斗の過去に耐えきれるはずがないと。耐えきったとしても、心が歪んでしまうかもしれない。

だからブランは言葉を選び、首を横に振って真剣に見つめた。

 

 

「……貴女達にしかできないことがあるからよ。 白斗の傍にいて欲しいの」

 

「お兄ちゃんの、傍に……?」

 

「手を握ってあげたり汗を拭いてあげたり……白斗のお世話が出来る人が必要よ。 そんな些細なことでも、白斗の苦しみは和らぐわ」

 

「……ほんとう、に……?」

 

 

ええ、とブランは頷く。

心と体は直結している、心が悪ければ体調も悪くなる。逆に体調が良ければ多少の不安も吹き飛ぶことがある。

内側からだけではない、外側からも白斗を支える役割も確かに必要だった。

 

 

「それにもし、私がダメになったら……貴女達がルウィーを……白斗を守るの。 いいわね?」

 

「お、お姉ちゃん……!? そ、それって―――」

 

「女神として生きるとはそう言うことよ。 ……お願い……ロム、ラム……」

 

「………っ!!」

 

 

万が一を考えて、後の事を託したブラン。

保険としてだけではない、二人なら愛する祖国を、そして白斗を守ってくれるという信頼から来るものだった。

もう泣いて待つだけの子供ではない。苦しさを感じながらも、双子は涙を堪えて。

 

 

「……わかった。 わたし達にしか、できないんだよね……!」

 

「お姉ちゃん……わたし達、頑張るよ! でも……絶対に帰ってきてね!」

 

「……ええ、約束するわ」

 

 

しっかりとした眼差しと言葉で、応えてくれた。

無論ブランとて生半可な気持ちで向かうのではない。絶対に白斗を連れ戻して見せるという覚悟は覆っていなかった。

 

 

「ピー子もだよ。 だいじょーぶ、この主人公ネプテューヌに任せなさい!」

 

「ねぷてぬ……うん! ぴぃ、いいこにする……だから、おにーちゃんをたすけてね!」

 

「元からいい子だよ。 ……帰ってきたら、白斗といーっぱい、遊ぼうね」

 

 

頭を撫で、小指を絡めて小さくも確かな約束をする。

ゲームやアニメでは死亡フラグかもしれない。けれども、今のネプテューヌはそんなフラグなど真っ向からへし折るつもりでいる。

今の彼女達には白斗と共に楽しく、それでいて幸せな日々を過ごす―――そんな未来を見ていたから。

 

 

「……決意は固いようだな。 ならば止めはしない……が、危険だと判断すればすぐさまログアウトさせるぞ。 いいな?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 

MAGES.の確認に応じるノワール。

今の彼女は命を預かる身、彼女達を絶対に死なさないようにする義務がある。だから例え後一歩だったとしても、必要とあればログアウトさせると明言した。

それを了承し、誰もが頷く。

 

 

「では皆の者よ、ネープギアを頭に被るがいい。 それから……」

 

 

これ以上はMAGES.も無粋なことは言わなかった。

成功率を100%に近づけるように最大限のサポートをするという覚悟の下、指示や注意事項を飛ばしていく。

やがて全ての準備が完了し、少女達は頭にネープギアを被った状態で椅子に座った。

 

 

「準備は出来たな? 最後になるが、白斗の過去自体は決まっている。 どうあがいても変えることは出来ず、見ることしか出来ない。 ……だが、白斗の心には絶望だけではないはずだ。 だから……絶対に諦めるな」

 

 

自称「狂気の魔術師」を名乗る少女とは思えぬ、優しい言葉だった。

そんなMAGES.に感謝を送りつつ、少女達は目を閉じる。

 

 

 

 

 

「……白斗と一緒に帰って来い。 ネープギア、起動!!」

 

 

 

 

 

そうして狂気の魔術師は、怪しげなボタンをポチリと押したその瞬間。

少女達の意識は闇に落ちていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……んん……? あれ、ここは……』

 

 

気が付くと、ネプテューヌは暗い闇の中に浮いていた。

上も下も右も左も分からない、水の中よりも重く、息こそは出来るが苦しい空間。日の光は一切届かず、冷たさが痛みとなって体を縛り付けてくる。

 

 

『お姉ちゃん! 良かった、見つかった!』

 

『ネプギア! それにみんなも! ……ここが、白斗の精神世界なの?』

 

 

ネプギアだけではない、他の全員がそこに浮いていた。

どうやらネプテューヌで最後の合流らしい。改めて見渡してみる、辺り全てが黒―――いや、闇で染められた世界。

もし、これが白斗の精神世界と言うならば、ずっと彼はこんな思いを抱えていたというのか。

 

 

『そうだと思う……あ。 あっちに光が……』

 

 

するとネプギアが刺した方向に怪しげな色合いの光がある。

ここは精神世界、心の様子だけではなく過去を映し出す場でもある。あの光がどうやら過去の記憶への入り口らしい。

やがてネプテューヌ達はその光に飲み込まれていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――真っ白な住居。決して外に出られぬ家。窓も自由も無い。どれだけ進もうが、固く閉ざされた扉に突き当たる。そこが、幼き少年にとっての世界の終点だった。

だから少年は外の世界を諦め、トレーに水やパスタ、それに薬を乗せて持ち運ぶ。細く小さな腕ではそれすらも鉛のように重く感じる。

けれども汗水垂らしながらなんとか運びきり、とあるドアの前に立つ。すると自動でドアが開いた。

 

 

「………香澄姉さん、具合……どうかな?」

 

「あら、白斗……。 今日は良い方よ、ありがとう」

 

 

少年―――白斗の目の前に広がった光景。

それは白い部屋で、白いベッドに潜りながら本を読んでいる、白斗よりも年上の少女。

名を黒原香澄。白斗の姉だった。

 

 

「そう言えば白斗、昨日10歳のお誕生日だったんでしょう? おめでとう」

 

「え……姉さん、覚えていて……くれたの……?」

 

「勿論、大切な弟だもの。 ……でもごめんなさい、祝ってあげられなくて」

 

「いいんだよ。 姉さん心臓が弱いんだし、無理しないで……」

 

 

―――香澄は生まれつき、病弱だった。

何が悪いかなど幼い白斗には分からなかった。ただ、父親が「心臓が」とよく呟いていたからそこが悪いとしか思えなかった。

 

 

「それよりホラ、姉さんの大好きなカルボナーラだよ! 僕の手作り!!」

 

(……白斗、この頃は“僕”って言ってたんだ……)

 

(そう言えば……得意料理がカルボナーラ……姉の好物って言ってたわね……)

 

 

ノワールとブランが、それぞれ思い当たる。

今では飄々として尚且つ物怖じしない態度もあった白斗もまだ幼少ともなれば幼さ、というよりも気弱さが見えている。

そしてブランは以前、彼にご馳走してもらったあのカルボナーラとそれに纏わるエピソードを思い出した。大好きな姉のために頑張った、と。

 

 

「……うん。 美味しいわ、白斗」

 

「なら良かった。 それなら後は―――、………―――ッ!!?」

 

 

すると、ガチャリという音が向こう側から聞こえてきた。

その瞬間、白斗と香澄は肩を震わせる。

止める間も、何かをする間もなく香澄の部屋のドアが開けられた。その向こうに立っていたのは―――。

 

 

「ただいま香澄!! 今日は早めに帰ってこれたぞ!!」

 

「お、お父様……お帰りなさい……」

 

 

白衣を着こんだ初老の男性。香澄の父親でもあった。

彼は白斗に目もくれずどすどすと音を立てながら彼女に近づくと懐から何やら分厚い資料を取り出して見せつける。

 

 

「見てくれ!! 先日海流を動力源にしたタービンが完成し、政府が建設に許可を出したのだ!! やっとこの黒原才蔵の才能を認め負ったぞ、あのロートル共!!」

 

「さ、さすがお父様……おめでとうございます……」

 

「いやいや、これも可愛い娘がいてくれたおかげだよ」

 

 

この男―――黒原才蔵は科学者だ。それも超が付くほどの天才である。

不可能と言われた研究や事業をその頭脳一つで成功へと導き、この世界の科学技術の水準を何百年分も推し進めた、ある意味この世界の発展の立役者。

こうして娘を溺愛していること以外は、間違いなく100年に一人の天才だろう。ただし―――。

 

 

「……お、お父さん……。 お帰り、なさい……」

 

「……誰も貴様の醜い面など見たくもないわ! クズ白斗!!」

 

「ぐあっ!!?」

 

「そんな薄汚い面を、仕事疲れのワシの前に見せるなと言っているだろうが!!」

 

 

突然、息子であるはずの白斗を蹴りつけるという100年に一人の“天災”でもあった。

 

 

(は、白斗!!?)

 

(な、なんですのあの男!!? 白ちゃんを蹴るなんて……っ!!!)

 

 

突然の、特に理由もない暴力が白斗を襲った。

ネプテューヌやベール、それ以外の面々も声にならない悲鳴を上げる。すぐさま白斗の所へと駆けつけたかったが、これは所謂過去の再現。

ネプテューヌ達にはただ、見ているだけしかできないのだ―――。

 

 

「全く……妾腹だった貴様を引き取ってやって早三年……何故ワシの不愉快なことばかりするのだ貴様はッ!!?」

 

「お、お父様! やめてください!!」

 

「香澄……お前は優しすぎる。 お前から健康も才能も、何もかも奪って生まれたこいつを憎んでもいいはずなのに……」

 

「白斗の所為じゃありませんから!! だから、やめて……」

 

 

―――誰が効いても意味不明としか言いようがない言いがかりだ。

どうやら愛娘が床に臥せているのは白斗が原因だと思っているらしい。いや、元より妾腹ということで白斗を毛嫌いしており、ただ八つ当たりしているだけに過ぎないのかもしれない。

香澄はそんな父親を止めようと、必死に懇願する。

 

 

「……おお、香澄。 お前の前で不愉快なことをしてすまなかったな……もうこんなことがないように、しっかりと“躾け”しておかねば……」

 

「ひっ…………!!」

 

 

今度は止める間もなく、白斗の首根っこを掴み上げて部屋を出ていく。それでも止めようと香澄は呼びかけるが声は届かず、ベッドから出られない。

やがて白斗は狭い部屋に押し込められ、目の前には悪鬼羅刹を思わせるような父親が立ち。

 

 

「思えば! 今日一日凡ミスが多かった!! 貴様の所為で集中力を欠いたからだッ!!」

 

「あ゛っ!!?」

 

「何かも貴様が!! 貴様がああぁぁぁ―――――ッ!!!!!」

 

「痛っ!! がっ!!! あ……………」

 

「大体!! 何故香澄があんなにも苦しんで!!! 憎たらしい、妾腹の貴様がのうのうと生きているのだ!!? 何故だ、何故なんだあああああああああああッ!!!!?」

 

(お父さん……やめて……。 蹴らないで、殴らないで……やめてくれよぉ……!!)

 

 

―――殴る、蹴る、殴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る。

襲い掛かる暴力の嵐、いつしか白斗は意識が薄れていく。

悲鳴すらも上げられぬまま、寧ろ眠っていくかのような感覚さえ覚えたその瞬間、暴力の嵐が止まった。

 

 

「フーッ……フーッ……!! 罰だ……今日は貴様にやる飯など無いッ!! さっさと香澄とワシの世話、仕事の準備をしてこいッ!!!」

 

「……………………」

 

 

虚ろな目で、痣だらけの顔で、白斗は力なくコクリと頷いた。

忌々しそうに唾を吐きかけ、才蔵は部屋を去っていく。

―――女神達は、本当にこんなことが現実に起こったのかと体を震わせながら、今にも泣きそうな表情になっている。

 

 

『……ひど、いよ……こ、んなの………こんなの………』

 

『……なんで、なんで白兄ぃが……こんな目に、合わなきゃいけないの……!?』

 

 

ネプギアとユニの、涙交じりのその悲痛な声には誰も答えられなかった。

確かにどこの世界にも酷い人間、身勝手な人間、話の通じない人間などごまんといるのだろう。

けれども、幾ら腹違いとは言え息子に対しここまで酷いことをする人間を見たことが無い。

まるで悪意の塊、そしてその悪意が全て白斗に降りかかっている状況なのだ。

 

 

 

 

「………もう、三年………かぁ………」

 

 

 

 

そして、こんな生活が白斗にとっては既に三年も続いていた。

ある日、母親が突然事故死してしまい白斗は身寄りが無くなった。そんな彼を颯爽と攫うように引き取ったのが、黒原才蔵だ。

名の知れた科学者であるため、周りは安心して白斗を任せたのだが―――結果は見ての通りだ。

 

 

『いいか、貴様には香澄の世話を命じる。 それから家事の全てもだ。 ……貴様を拾ってやったのは、腹立たしいがこのワシから生まれてしまった存在だからだ。 感謝しろ、そしてしっかりと恩を返せ』

 

 

どうやら彼は家を空けがちで、しかも妻が同じく死去したことから香澄の世話役をさせるために白斗を引き取ったに過ぎない。

そもそも、世間体を気にして引き取っただけであり、彼にとっては隠したい、けれども消すに消せない汚点という認識でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「……………誰か……助けて…………助けてよぉ…………」

 

 

 

 

 

 

学校にも行けず、家事の全てを強要され、更には例え落ち度がなくても苛立ちを口実にサンドバッグ。こんな終わりの見えない生活に、少年の心はもうとっくに擦り切れていた。

 

 

「白斗……お父さんがいつもごめんなさいね」 

 

 

それでも、少年の心を繋ぎ止めてくれたのは姉である香澄の存在だ。

彼女は本当にあの父親の娘なのかと思う程優しく、父親に乱暴された次の日には労わるように優しくしてくれた。

 

 

「我慢しないで、白斗……貴方は優しくて、良い子なの。 だから、ちょっとくらいお願い事しても、バチなんて当たらないのよ」

 

 

辛い時、彼女が優しく抱きしめてくれた。いつしか、白斗にとって香澄は生きる理由になっていた。

だから白斗の心は歪まずに済んだ。そんな彼女のため、白斗は何でもした。父親のためではない、姉のために。

 

 

―――姉さん! 今日のカルボナーラは自信作だよ!!

 

 

大好き姉のために、大好きな料理を作ろうと懸命に特訓した。

 

 

―――ライブにはいけないけど……僕が歌、聞かせてあげる! 頑張ったんだ!

 

 

姉に喜んでもらおうと父親に殴られながらもギターを取り寄せ、練習し、そして姉に歌を披露した。この日の彼女はとても気分も体調も良かった。

 

 

―――この間の見た番組のダンス、出来るようになったよ! 見て見て!!

 

 

ちょっとでも楽しんで貰おうと、体を鍛えてダンスも会得した。

父親に殴られながらも、家事の全てをやり遂げ、姉の世話を模し、疲れと痛みで悲鳴を上げる体に鞭を打ちながら、貴重な睡眠時間を削って。

 

 

(……白斗さん……そうだったん、です……?)

 

(器用だとは思ってたけど……全部、全部……お姉さんのために……)

 

 

コンパとアイエフは涙も拭かず、ただ見つめるだけしか出来なかった。

これまで白斗は、戦闘面こそさっぱりだったがそれ以外では料理から歌など割と器用で皆の助けになっていた。

全て、大好きなあのために身に着けた―――否、「身に付けなければならなかった」のだ。

それでも白斗は頑張れる。大好きな、あの人のためなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だが、こんな生活にもある日。突然の終わりが訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャァン!! ―――肝を冷やすような音と共に、それは砕け散った。

 

 

「う、ううぅ……っ!! あああぁぁぁ………!!?」

 

「ね、姉さん!!?」

 

 

いつものように昼食を持ってきた白斗。

しかし、香澄が手を付けようとした瞬間。突然胸を押さえて苦しみだし、食器を薙ぎ倒してしまったのだ。

けれども白斗も、香澄自身にもそんなことを気にする余裕などない。胸を押さえている彼女は、今までにない苦しみ方だ。

 

「あ、がっ、アアァァァァ!!」

 

「ま、まずい……!! お父さん、大変だよ!! 姉さんが……姉さんがぁ!!!」

 

 

最早自分の手に負える状況ではない。

頼れるのは父親だけ―――そう思い、念のためにと渡されていた連絡先に電話を掛けた。

 

 

『うるさいッ!! 今ワシは組織からの発注に追われておるんだ!! 邪魔をするなこのクソガキがぁ!!!』

 

 

だが、にべもなく怒鳴りつけられ、挙句切られてしまった。

全然助けもしない父にはこれ以上頼れない。けれどもまだ幼い白斗では処置など出来るはずもない。

慌てていると、震える手で香澄が白斗の手を握ってきた。

 

 

「………白、斗………だい、じょ……ぶ、よ……」

 

「ね、姉さん……!?」

 

「……あなたは、とってもやさしい、人……白斗……それを、わすれ、ないで……。 どうか、私が大好きなあなたの、ままで……いて、ね―――………」

 

 

まるで、お別れのような言葉だった。精一杯の微笑みを向けたかと思うと、香澄はベッドに再び倒れ込んでしまった。

気絶している、というよりも苦しみの中に囚われ、抜け出せないでいる状況だ。

 

 

(ど、どうしよう……お父さんは外部と連絡を取るなって言ってたけど……そんなこと言ってる場合じゃない!! 僕はどうなってもいい……だから、姉さんをっ!!!)

 

 

藁にも縋る思いで病院に連絡を入れた。

―――数分後、駆けつけた救急隊員たちによって香澄は搬送され、一命を取り留めることに成功、付き添っていた白斗も安堵した。

 

 

「……白斗……貴様ァ……!!!」

 

「……お父さん……」

 

 

そこへやってきた才蔵。

息こそ切らせていたものの、やはりというか憎悪―――否、殺気を向けていた。

 

 

「……お前は、何ということをやってくれたのだ……ッ!!!」

 

「……僕、お父さんに言われた通りにやったよ……。 でも、ダメで……連絡しても……全然、聞いてくれなくて……」

 

「ワシの所為にするなこのクズがああああああああああああッ!!!!!」

 

 

病院内の廊下であるにも関わらず、公衆の面前であるにも関わらず、白斗の胸倉を掴み上げ、吠えた。

一方の白斗はこうなることは予測していた。だから抵抗はしない。寧ろ殺してくれた方が楽になる―――そう思い、白斗は虚ろな目で何もかもを受け入れようとした。

 

 

「……貴様には、死すら生温いッ……!! 償わせてやる……償えクズがぁ!!!」

 

(え……?)

 

 

けれども予想だにしない言葉、「死すら生温い」。

その意味を理解できないまま、白斗の意識はそこで闇に落ちていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………―――ここ、は………?」

 

 

気が付けば、そこは清潔な病院などでは無かった。

赤黒い光に染められた鉄の部屋、その天井を白斗は見上げていた。病院でも、増してや今まで住んでいた住居でもない。

妙に体が重い。呻きながらも白斗は起き上がった。服は何故か患者が切るような服へと変わっている。

 

 

「……起きたか」

 

「……お、とう………さ………?」

 

「ワシを父と呼ぶ資格など……貴様にあるかァ!!」

 

「ぐッ!!?」

 

 

そこへ現れた白衣の男、才蔵。

急に激昂したかと思えば、白斗の髪を鷲掴みにする。痛みに白斗の顔は歪み、少女達は口元を押さえる。

 

 

「貴様……何をしたのか分かっているのか!? 分かっていないだろ!!?」

 

「あ……っ!!?」

 

「愚かな貴様に教えてやる……ワシはな、とある組織から援助を受けて研究していた……所謂犯罪組織という奴だ……そんなロクでもない組織から援助を受けなければ、ワシの世紀の大発明は成し遂げられなかった……!!」

 

 

まだ幼き白斗の頭では、何を言っているのか全てを理解できない。

ただ、父親がとてつもなく悪いことをしていたことだけは分かった。白斗自身はその点について驚いてはいない。

何せ、性根がこんな男なのだから。

 

 

「そんな奴らから香澄を守るため、その存在を隠してきた……なのにっ!! 貴様が考え無しに病院に連絡したがためにッ!! その存在が露呈してしまった!!!」

 

「う……あ……!?」

 

「……延命のための手術を行った後、香澄は組織に捕らわれた……ワシを思い通りに操るための人質としてなァ!! どうしてくれるのだ!!? どうしてくれるのだぁ!!?」

 

(な……何言ってるの、コイツ……!? 全部、自業自得じゃない……!!)

 

 

ノワールは口元を押さえながら、男の狂態に、そして白斗の痛ましい姿に体を震わせた。

何故こうも身勝手な持論を振りかざせるのか、何故白斗が責められなければならないのか、全く理解出来なかった。したくもなかった。

髪を鷲掴みにされる痛みで顔が歪ませる白斗に、尚更痛い想いを抱える女神達。

 

 

「……ところで、延命のための手術と言ったが……何かわかるか?」

 

「………しゅ、じゅつ………!?」

 

「貴様のような愚か者には分からんよなァ!? コレのことだァ!!!」

 

 

才蔵は片方の手で白斗の服を破り、髪を鷲掴みにしている手に力を込めて白斗の胸元へと目を向けさせた。

―――そこには本来あるべきものがなくて、無いはずのものがあった。

 

 

 

 

(あ……あれって……機械の、心臓……!!?)

 

 

 

 

ネプテューヌが、全員が、内心悲鳴にも近い声で叫んだ。

見ているだけなのに血の気が引き、心臓が冷たくなる感覚に陥る。

それは白斗が嘗て語った、「父親の狂気」、そしてその血を継ぐものとして白斗自身が忌んだもの。

あの、機械の心臓だった―――。

 

 

「な……なに……これ……!?」

 

「貴様の心臓を香澄に移植させたのだ。 幸いにも貴様の臓器は拒絶反応を起こさなかったからな、移植自体は成功した……この私自ら手術をした……にも関わらず、香澄は目覚めなかった……っ!! 貴様の所為でえええええええええええええッ!!!!!」

 

 

機械の心臓を取り付けられた理由、それは香澄に心臓を移植したからだった。

それも白斗の意思など関係なく。だが、それでも彼女は目覚めなかったらしい。

怒りに身を任せた才蔵は、鷲掴みにした白斗の頭を―――冷たく固い鉄の床へと、思い切り叩きつけた。

 

 

「あがっ!!?」

 

(白ちゃん!!? な、何してますのッ!!?)

 

 

途端ベールが怒りに身を任せ、白斗を守ろうと駆け寄ろうとした。だが動けない。

―――ここは過去の世界、ただ記憶を見ているだけに過ぎない世界。だから何も出来ず、ただただ見ているしかないのだ。

それを知ってか知らずか、才蔵は何度も白斗の頭を床へと叩きつける。

 

 

「貴様をッ!! 生かしてるのはッ!! こうやって!! 香澄とワシに!!! ごめんなさいさせるためだああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

「が!! ア!! グ、ギャ、アッ!! ウぁ………」

 

「悪いことをしたら謝る!! そんな常識も知らんのかッ!!? 何もかも貴様の所為だッ!! このクソガキめ!! クソガキめ!!! クソガキめがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

「ぐあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 

既に皮膚は破け、頭からは血が飛び散る。

既に傷だらけの痣だらけ、そして血塗れとなった白斗の顔。冷たき部屋に痛々しい音と白斗の悲鳴がいつまでも轟く。

―――それをただ見ていることしか出来ない少女達の心は、崩壊寸前だった。

 

 

(や……やめ、やめ……て……やめてええええええええええええええええええええ!!!)

 

(はく、とさ……はくとさあああああああああああああああああああああああああん!!!)

 

 

5pb.とツネミが、必死に泣き叫んで嘆願するも二人の声は届かない。届くわけがない。

ここは過去の映像でしかないのだから。

恐らくイストワールも、この光景を目の当たりにして心が折れてしまったのだろう。無理もない。こんな光景を見せられて、苦しくないわけがない。

 

 

(……二人、とも………だい、じょうぶ………?)

 

(あ、あぁ………あああぁ………)

 

(……酷い、です……こんなの、酷過ぎますッ……!!)

 

 

恐怖に震えながらも、何とか二人を心配するネプテューヌ。けれども彼女の顔も青ざめていて、何かのきっかけがあれば崩れてしまいそうだった。

この中でも5pb.とツネミは戦闘経験もない一般人の部類だ。恐怖に打ちのめされても仕方がない。きっと、現実世界で機械を管理しているMAGES.も異常に気付いているだろう。

 

 

(……でも、白斗さんは………もっと、苦しいんです……よね…………)

 

(……だっ……た、ら……ボク、たちが……支え、なきゃ……怖い、けど……ここで挫けたら……そっちの方が、後悔……する、から……)

 

 

―――しかし、アイドルとして幾度も逆境にぶつかり、そして白斗に救われてきた彼女達にはただの一般人には持ちえない心の強さがあった。

それは自ら培ったものだけではない、誰から貰ったものなのだろうか。

今こそその誰かに返す時。二人は崩壊しかける心を、白斗への想いで何とか繋ぎ止める。

だがその間にも、才蔵による暴虐は続いていた。

 

 

「ハァー……ハァー……いいか、貴様は詫びなければならない。 香澄に、このワシに……貴様はこれから、ワシの部下として正式に配属して働け」

 

「…………ぁ…………」

 

「そしていつの日か必ず、香澄を組織の魔の手から取り戻す!! 貴様がやれ!! 貴様の所為なのだから!! ……出来なければ香澄は死ぬ、貴様の所為でな」

 

 

薄れ行く意識の中、白斗の耳にそんな言葉が投げかけられた。

傷口から、鼻から、口から。ありとあらゆるところから血が溢れ出している白斗だが、父親の苛烈で、冷たい声が嫌に刻み込まれる。

 

 

 

―――どうか、私が大好きなあなたの、ままで……いて、ね―――………。

 

 

 

あの、大好きな姉が遠のいていく―――そう思う度、心に激痛が走る。

父親の暴虐よりも耐え難い苦しみが襲い掛かってきた。

 

 

「……ワシはこれから表向き、組織への忠誠を誓い、組織のために動かねばならん。 だがいずれはこの組織を乗っ取り、香澄をこの手に取り戻す!! 貴様は香澄を助けるために必要な技術を磨け。 ……死に物狂いでなぁッ!!!」

 

 

そう言ってまた白斗を床に叩きつけ、苛立ちを隠しもせず才蔵は部屋を出ていった。

ようやく静寂が訪れる部屋、白斗は血溜まりに沈んだままだ。

やがて微かに残る生きるための力を振り絞り、何とか体を起こす。そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………たすけ……て、くれない……よな……。 ……なら、僕が…………“俺”が、たすける、しか……ないんだ―――…………」

 

 

 

 

 

 

 

―――余りにも傷つき、心が折れそうになり、暗黒面へと沈みかけている少年。

けれども脳裏には大好きな姉の声がいつまでも轟いている。

泣きながら、血を流しながら、でも目の輝きだけはまだ失っていなかった。失うことが、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その日からも、やはり地獄だった。

父親の部下として配属された白斗だが、当時まだやっと10歳を超えたばかり。まともな任務に就けるはずもなく、当初は父親が設置したトレーニングルームで地獄のような特訓を繰り返された。

ホログラムを駆使した外敵撃退、或いは討伐の訓練。理不尽難易度をクリアしなければ電撃や父親から暴力が襲い掛かる。だから白斗は、どれだけ傷ついてもクリアするしかなかった。

まるで、ゲームで気に入った結果が出るまで何度でもコンティニューさせられる気分だった。

 

 

 

 

 

父親は心臓のメンテナンスもろくにしてくれなかった。

となれば、白斗自身の手でメンテナンスを行うしかない。だから白斗は僅かに空いた休憩時間を費やしてでも独学で電子工学などを学び、心臓の調整を行った。

貴重な睡眠時間を割いてでも。だから白斗は機械に強くなった。強くならざるを得なかった。

 

 

 

 

 

そんな生活が続けば、肉体にも限界が訪れる。

やがてスコアも伸び悩み、白斗の生傷が増え続ける一方となった。このままでは姉を助ける前に死んでしまう―――。そこで白斗が用いた最後の手段、それは心臓を兵器として運用することだった。

機械の心臓の出力を弄り、ドーピングとして機能させる。皮肉なことに独学で学んだ電子工学で、その試みは成功してしまった。これが後の「オーバーロード・ハート」の雛型となり、白斗のスコアは劇的にアップすることになる。

 

 

 

 

 

 

5年がたったころ、白斗は対人用の技術を幾つも極めるようになった。

ナイフの使い方、ワイヤーの運用方法、狙撃能力、護身術、潜入のための体捌き、作戦立案能力、果ては父親からの恐怖ゆえに備わった危機察知能力。

皮肉と言うべきか、あれでも有能だった父親の才能だけは受け継いでいたらしい、その才能を開花させてきたのである。

さすがに才蔵も認めてきたのか、ここに来て彼の護衛として付き添うことが多くなった。今でも表向きは世界を支える天才科学者として、裏ではその才能に畏怖するものから命を狙われて。

白斗はそんな父親を守らされた。時には刃を、時には弾丸をその身に受けながらも、父親を守り通した。でなければ、姉を救えないから。

襲い掛かってきた暴漢たちは皆殺さなかった。殺せなかった。あの姉の言葉が、自分を引き留めてくれたから。

 

 

 

 

 

―――どうか、私が大好きなあなたの、ままで……いて、ね―――………。

 

 

 

 

実を言うと、白斗はこの日々の記憶をそこまで鮮明に記憶していなかった。

あるのは絶えない痛みと、そして姉の言葉がいつまでも反芻していたことだけ。

だから白斗は狂わずにいられた。歪まずにいられた。まだ、壊れずにいた。

 

 

(……おにい、ちゃん……)

 

(こんな……こんなこと、何年もやらされ続けたの……?)

 

(……酷、過ぎる……っ!!)

 

 

本当なら白斗は一般人として、当たり前の生を謳歌出来たはずだ。

特別なことは何一つなかったかもしれない。それでも、こんな過酷な日々を過ごすことも無かった。

それを思うだけでネプギアとユニの心は更に痛み、ブランに至ってはもういつ怒りが爆発するかも分からない状況だ。

誰もが、怒りも苦しみも悲しみも、そしてその痛みも。何もかもを共有していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、とうとう“その日”が来てしまった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――恐らく16歳になってのこと。

父親から呼び出しを受けた。また護衛任務か、それとも八つ当たりの暴力フルコースか。

今となってはもう顔色一つ変えることすらなくなった。ただ、大好きな姉の言葉を胸にどんな辛いことだろうが乗り切るしかない。

仕事着である“あの黒コート”を羽織り、装備品を整えて廊下を歩く。

 

 

「失礼します、博士」

 

『……入りたまえ』

 

 

ドアを丁寧にノックして声を掛ける。今となってはすっかり部下と上司と言う関係になってしまった、彼の父親。

才蔵は類稀なるその才能と、何よりその悪辣な本性から敵も多く、組織内ですら味方が少ない。そのため彼自身としては白斗の事は嫌ってはいるが、自身に逆らわない有能な「駒」という認識。彼にとっては、自分を裏切らない信頼のおける「道具」。

普段なら乱暴な言葉しか出ない言葉だが―――今日は妙に、大人しい。訝しみながらもドアを開けて部屋の中に入る。

 

 

「……任務でしょうか」

 

「そうだ」

 

 

珍しく暴力が飛んでこない。

少しずつ、謎の悪寒が渦巻いていく。それでも白斗は顔色は変えなかった。

図太さが増したのか、それとも感覚がマヒしてきているのか。そんなことを一瞬だけ考えながら、とりあえず父親の言葉を待った。

 

 

 

 

 

「………単刀直入に言おう。 この組織のボスを殺せ」

 

「…………………………………え?」

 

 

 

 

 

白斗は、そこで初めて顔色を変えた。

何が何だか分からない―――けれども時間が経つにつれ、顔面蒼白へとなっていった。機械の心臓が徐々に冷たくなり、しかし汗が噴き出てくる。

この男は今、何と言ったのか?

 

 

「何度も言わせるな。 ……そもそも私がこんな組織に手を貸してやってるのは香澄を人質に取られているから……そして、香澄を取り戻すためだ。 私がその準備をひっそりと進めてきたのは知っているな?」

 

 

白斗はとりあえず頷いた。

何故、それが殺人へと繋がるのか全く理解できないまま。

 

 

「だが……目敏いクズ共は私の動きを察知したのか、香澄を殺して私の未練を断とうとしているッ……!! 許せるか!!? 許されるか!!? 許していいワケがないだろッ!!!」

 

 

―――この男は香澄を取り戻そうと、組織を乗っ取るべく準備を進めてきた。

しかし研究方面では優秀でも、特に人付き合いの才能が全くないこの男にとって根回しなど出来るはずもなくどこかでミスを犯したらしい。

その所為で今、香澄が殺されそうになっているとのことだ。

 

 

「だから!! 香澄を殺される前にッ!! 計画を実行に移す!!! 少々早いが、この組織のボスさえ殺してしまえば私が乗っとれるよう手筈も整っているッ!!!」

 

 

バン、と机にこの組織のボスに関する資料が叩きつけられた。

世界を牛耳る犯罪組織の首領、当然許しがたい外道だ。それ故に用心深く、行方を部下にすら掴ませないという徹底した保身。

資料には暗殺計画の詳細などない。首領の行方を知らせるものも無い。

 

 

「白斗!! 今こそ貴様の責任を果たす時だ!! 24時間以内に奴を探して殺せッ!!! 私の援助はナシだ!! お前との関係は表向きはただの雇われ用心棒、故にノーマーク!! 奴に気取られることなく殺せるのは貴様だけなのだァッ!!!」

 

 

何もかもが唐突で荒唐無稽。

一切の援助なしで、ノーヒントで、この広い世界で雲隠れしている男を24時間以内に見つけ出して暗殺しろという。何もかもが無茶で、無理だ。

 

 

 

 

いや、何よりも―――。

 

 

 

 

「白斗!! やらねば香澄が殺される!!! 良いのか!!? 貴様の所為で今度こそ香澄が死ぬのだぞ!!? 良いワケがなかろうがああああああああああッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

この手で人を殺さなければ、大好きな姉が殺される―――。

 

 

 

 

(―――嫌だ、殺したくない……殺したくない……)

 

 

 

 

手が、唇が、体が震える。恐怖で震える。

思考が掻き乱され、恐怖で塗り潰されていく嫌な感触。―――これを目の当たりにしている女神達ですら、既に顔面蒼白だというのに、白斗の顔色はもうそれを通り越して黒ずんですらいた。

まるで死人のように、何かが腐り落ちていくような―――。

 

 

「まさか貴様、ワシの護衛のためだけに鍛えさせたと思ってはいないだろうな!!? 全てはこのためよ、奴を殺させるためだ!!! 今まで評しなかったが、貴様のスコアは既に世界最高峰だ、あらゆるセキュリティを抜け、あらゆる殺し方を熟知している!!!」

 

(……ち、がう……おれ………つよくなれば、コロスひつようなんてない……ころさずに、アンタを………姉さんを、まも、れるって………)

 

 

白斗は当然暗殺など考えもしなかった。

鍛えてきたのは父親の命令だったのもあったが、姉を組織の魔の手から取り戻すためだと信じていたから。

この時までは直接その手で救出する―――そう思っていたのに。そんな彼の願いは音を立てて崩れ落ちていく。

そうだ、あのトレーニングは思えば防衛に必要のない銃器の扱いまで仕込まれた。全ては、白斗に暗殺させため―――。

 

 

 

 

(あ………あぁ……ああああああああああああああああぁぁ………!!?)

 

 

 

もう、何が何だか分からない。

頭の中はノイズだらけで、冷静な思考など何一つできない。

あの辛い日々が唐突に蘇り、その最中で何度も姉との思い出が蘇る。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――。

そんな彼の苦しみを知ってか知らずか、才蔵は白斗に顔を近づけ、告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さぁ、白斗。 香澄のために奴を―――殺せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うぁああぁあああァああああァああああぁあアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアァ――――――――!!!!?)

 

 

 

 

 

 

塗り潰されていく心。

どす黒い言葉に、あの大好きな姉の声すらも届かなくなる気がして。もう何もかもが嫌で、白斗はただ叫ぶことしか出来なくて。

訳も分からず、何かが壊れていくのを感じながら、白斗は心の中で悲鳴を上げ続け―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――気が付けば、白斗は見知らぬ部屋で、冷たくなった死体の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………ぇ…………………………」

 

 

 

 

 

 

ようやく我に返った時、白斗は返り血を浴びていることに気付いた。

自分に怪我などない。ならばこの返り血は今目の前で死んでいる男のもの。

男は脳幹を打ち抜かれて死んでいた。そして白斗の手には銃が握られている。更にこの男の顔は見たことがある、あの犯罪組織の首領―――。

 

 

「―――よくやった、白斗」

 

 

すると背後から陰気な声が聞こえた。

振り返ると死体を目の当たりにしているにも関わらず、大層満足そうに頷いている才蔵がそこにいた。

生まれて初めて、父親は息子を褒めた。暗殺を成功させたことに褒めていた。

 

 

 

「お前は成し遂げたのだ、暗殺を。 24時間以内に世界を牛耳る男を探し出して殺す―――我ながら詰んだとしか思えない状況だったが、貴様は成し遂げた。 これはもう認めねばなるまい。 貴様は世界最高峰の腕を持った男だ」

 

 

 

―――自分が……コロシタ……?

 

 

 

「ああ、香澄については心配いらない。 既にこの男の死は組織全体に伝わり、ワシが以後掌握することになった。 既に香澄の体も確保済み……これでようやく、香澄を助けられる……ああ、長かった……!!」

 

 

 

―――姉さんは、助かった……でも人を……コロシテシマッタ―――。

 

 

 

「今回だけはお手柄だ。 まぁ、元は貴様の所為だが。 ……それにしてもここまでやってのけるとは、お前はどうやら人殺しの才能だけはあったらしいなぁ!!」

 

 

 

―――人……殺し……は、ははは………ああ、そうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――俺、ただの………“人殺し”なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、白斗の瞳から一筋の涙が溢れた。

姉が助かったことによる安堵でも、重荷を捨てられた開放感でもない。訳の分からない悲しみが、光を失った瞳から流れ出た。

彼だけではない。それを見ていた女神達も皆、言葉を失い、心を空っぽにして、白斗を見ているだけしか出来なかった。

 

 

「さーて、祝杯でも挙げるとするか!! 白斗、香澄に挨拶するくらいなら許可してやる。 この部屋に安置されているはずだ。 明日からはまた使ってやる。 そうだな、ワシに対する反乱分子がいるようだからそいつらの皆殺しでも頼むかなぁ!! ハハハ!!!」

 

 

才蔵は上機嫌で鼻歌を歌いながら部屋を後にした。

残された白斗はしばらく呆然と立ち、やがて膝を折った。バシャリ、と血溜まりに屈して血飛沫が跳ねる。

―――自分の罪の証。殺してしまった人を見つめていた。

 

 

「………ウ、グっ!! ゲボォ!!? グボ、ガボエェエエエエエエ………!!!」

 

 

吐き気が催される。吐いて、吐いて、吐きまくった。吐血すらした。けれども、その“体の苦しみ”が、“胸の苦しみ”を紛らわせてくれる。

やがて体に溜まっていたもの全てを吐き終えた時。

 

 

 

 

「……ぅ、ぁ………ぁぁああ………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!? あぁああぁあぁああぁぁあああぁ………!!!」

 

 

 

 

白斗は泣いた。泣いて、泣いて、泣きまくった。

16にもなる男が、吐いて、泣いて、喚いて。何と見苦しいのだろうか。

姉も救えず、父親にも嫌われて、人を殺し、挙句その罪から逃れようともがいている。

 

 

 

(俺の馬鹿野郎!! 俺のクソ野郎!! 俺のロクでなし!!! 俺の、俺の、俺の…………ッ!! ……ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!)

 

 

 

―――白斗は、己を憎んだ。己を嫌った。己を……殺したくなった。

 

 

 

 

 

『………はく………と………』

 

 

 

 

これが、彼の過去の記憶。彼が今でも憎んでいる、彼の罪。

ネプテューヌ達はそれをようやく目の当たりにした。目の当たりにして、その苦しみが、痛みが、悲しみが。何もかもが刻み込まれた。

震える。力が出ない。見ているこちらが壊れてしまいそうだ。

 

 

 

『……どう、して……どうして、なの……? なんで……なんで白斗がこんな目に遭わなきゃいけないの………?』

 

 

 

涙ながらに絞り出された、ネプテューヌの悲しみに満ちた声。

大好きな人の、余りに残酷にして理不尽な過去。父親に愛されず、愛した姉は救えず、しかし愛した姉を守るためその手を汚さねばならなかった。

だが、何故白斗がこんな目に遭うのか。ネプテューヌは一切理解できなかった。理解したくなかった。

 

 

『………そうよ………白斗………何にも悪くないじゃないッ!!!』

 

 

静寂を打ち破ったのは、ノワールの怒号だった。

けれどもそれは白斗に対する怒りなどではない。彼に対する怒りなど欠片も無い。

怒りの矛先は―――彼を取り巻く“理不尽”すべてに向けられていた。

 

 

『白斗が………何したんだ……!? 悪いのはあのクソ親父の方じゃねぇか!! なんでだよ!!? なんで白斗が!!? どうしてだよ!!? なんで、どうして!!? クソ……畜生があああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!』

 

 

彼女に触発されて、ブランもとうとう怒りを抑えきれなくなった。

涙と共に爆発させた怒りで床を殴る。ここは過去のデータ世界、どれだけ殴ろうが床にも、自身にも影響は与えない。

だが、ブランには―――“痛かった”。 

 

 

『白ちゃん……こんなの、貴方の所為じゃないのにっ……!! ひ、人を殺したかもしれないけど……貴方は、悪くないのにっ!!! あ、あぁぁあぁああぁ……!!!』

 

 

ベールも、女神らしさの欠片もなく泣き喚いた。

人殺しは罪。確かにそうかもしれない。頭では、分かっていた。だが心が認められなかった。

白斗が何をした?人を殺したから、何もかもが悪いと背負い込むのか?

理不尽なその問いかけに、ベールは明確な答えは出せず、けれども白斗の罪を否定したくて、いつまでも泣いていた。

 

 

 

―――四女神だけではない。ネプギアも、ユニも。大好きな兄の過去を知って、苦しんだ。

アイエフとコンパは、彼の苦しみを己の苦しみとして感じ、心を滅茶苦茶にさせている。

5pb.とツネミ、そしてマーベラスもまた痛み、苦しみ、悲しみを溢れさせ、泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが皆、白斗を想う余り―――壊れそうになった、その時だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ……ぁ………もう、ダメだ……」

 

 

 

 

 

不意に白斗が立ち上がった。

その瞳は黒一色。何もかもが塗り潰されている。今呟いたその一言でさえ、無意識なのかもしれない。

それでも彼はふらふらと、どこか消えてしまいそうな足取りで部屋を後にする。白斗を心配して、女神達は辛うじて心を繋ぎ止めて彼の後を追った。

―――そこは先程才蔵に教えられた、香澄の部屋。彼女は緑色の液体で満たされたカプセルに入られている。

 

 

「……姉さん……」

 

 

やっと果たした再会。だがそれは、何一つ白斗の望む形では無かった。

姉は目覚めておらず、白斗の体は傷つき、挙句その手を罪に染めてしまった。

 

 

「……ごめん。 約束……守れなかった……俺、変わっちゃった……。 いや、元から俺、人殺しだったんだ……。 もう、姉さんの傍には……いられない……」

 

 

いつの間にか、手には銃が握られていた。

あの人の命を奪った忌々しき銃。白斗は大口を開けて、その口に銃口を突っ込み―――。

 

 

(は、白兄ぃ!!? まさか……自殺するつもりなの!!?)

 

 

ユニが止めようとした。けれども止められない。

何度でも思い知らされる。ここは過去の記憶。自分達はただ、眺めているだけしかできないのだと。

 

 

 

 

(勝手だけど………最後に、姉さんを見られて……良かった―――)

 

 

 

 

涙を流しながら、白斗はその引き金を―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――   イ      キ     テ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

優しい声が、その指を止めた。

愛する姉に看取られながら死のう―――そう思い、香澄を目にしていた時。その耳には確かに聞こえた。

そしてその目は―――確かに見た。

 

 

「……今、姉さんの口が……動、いた……? 姉さん!!?」

 

 

絶望も忘れて白斗はカプセルを叩いた。だが、反応はない。

どれだけ呼びかけても、どれだけ叩いても、動くことは無かった。

だが、確かに今―――“動いた”。

 

 

「………は、はは……姉さん、正気かよ……? こんなサイテー野郎に生きろ、だって……? こんな、こんな優しさの欠片もねー人殺しが……生きる資格なんて、あるわけが……」

 

 

姉は答えない。表情を変えもしない。

未だに白斗は己の罪を自覚し、苦しみ、死を選びたくて仕方がない。

でも、あの姉の言葉が脳裏に焼き付いてしまっている。

―――そして、白斗は“つい”それを口にしてしまった。

 

 

 

 

 

「……………生きてて………いいのかな、俺は……………」

 

 

 

 

 

彼は迷っていた。けれども、求めてもいた。

だから、例え届かなくても―――彼を愛していた女神は、ネプテューヌは。

 

 

 

 

 

 

『―――白斗……生きて……生きてよぉ―――――っっっ!!!』

 

 

 

 

 

 

彼の生を、望んだ。

ネプテューヌだけではない。誰もが、大好きな人に生きてて欲しいと声を出し、手を伸ばした。

―――するとどうしたことか。白斗が不意に……“こちら”を見た。

 

 

「……は……また、幻聴が聞こえた……。 本当に、ダメになったのかな……」

 

 

これは、過去の再現。過去の世界に飛んだわけではない。

だから見えるはずも、聞こえるはずも、届くはずもない。

でも―――白斗には、何かが伝わった。姉の言葉がまた届いたのか、本当の幻聴なのか定かではない。

 

 

 

 

 

「…………生きて、みよう……かな―――」

 

 

 

 

 

白斗の瞳に、僅かながら光が戻った。

目的なんてない。何をすればいいのかもわからない。まだ感情は朧気で、心は苦しい。だが、白斗は歩き出した。殺意の証である銃を捨てて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その夜、白斗は培った技術や心臓の力を用いて組織から脱走した。

当然、組織は―――父親は怒り、白斗に追手を差し向ける。心休まる日など無く、まともな宿は愚か、野宿ですらできず、逃げまどう日々。

それでも白斗は死ななかった。死ねなかった。生きるとは何か、分からないまま。

各地を転々としながら、それでも追っ手を撒き続け、どれだけ襲われても殺すことは無く、しかし傷つきながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな生活を続けて……2年が経った。

未だに追手はしつこく白斗を探し続けている。けれども白斗はいなし続けていた。

この2年という月日で白斗は世界を渡り歩き、物を知った。逃亡生活ということも相まってか心は擦り切れ、組織にいたころとはまた違う性格になっていた―――と思う。

服は汚れ、まともな食事も出来ないために痩せこけ、度重なる追撃で体は傷つき、何よりもその手は罪で染まっている。

正直な所、精神的にも肉体的にも限界だった。いつ倒れてもおかしくないまま、それでもただ揺蕩うように生きていた。

 

 

 

「………………………」

 

 

 

黒コートをはためかせながら、白斗はふと立ち寄った街を歩いていた。

とても綺麗な街だ。清潔感が溢れていて、生活水準は高く、人々も笑顔で溢れている。

そんな街だからこそ、白斗は己の汚さと比較して―――気分を悪くしていた。

 

 

(……出よう)

 

 

居心地の悪さを感じながら、白斗は街を出ようとした―――その時。

 

 

「ママ―!! 早く早くー!!」

 

(ッ!!?)

 

 

女の子が一人、道路を突っ切ってきたのだ。

はしゃぐ余り信号が目に入らず―――目の前にトラックが迫っていた。少女の母親も、トラックの運転手も、周りの人々も悲鳴を上げる。

しかし突然のことで、誰もが動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ一人―――白斗以外は。

 

 

 

 

 

(―――間、に、合、えええええええええええええええええええええええええっ!!!!!)

 

 

 

 

 

あの父親から課せられていたトレーニングと、逃亡生活、そして機械の心臓が功を奏した。

身体は鍛えられており、他人の危機には敏感になってしまった体質、更には動体視力も磨き上げられ、いち早く少女を抱きかかえることに成功する。

後は「オーバーロード・ハート」の出力を用いて地を蹴れば、一気に道路から植え込みへと飛び込み、トラックから逃れることが出来た。

 

 

「う……うえーん!! ママぁ――――!!!」

 

「もうっ!! 危ないじゃないの!!」

 

(……はは、力はもう出ねぇし体が痛ェ……。 何で俺……こんなことしちまったんだろうな)

 

 

度重なる逃走劇で白斗の体力は限界だった。しかもこんな目立つことをしては組織の追手に見つけてくれと言ってしまっているようなもの。

なのに、白斗は何も考えることなく体を動かしてしまった。

 

 

「―――お兄ちゃん! ありがとう!!」

 

「本当にありがとうございます!! 何とお礼をしたらいいのか……」

 

 

けれども、泣きながら感謝してくれる親子を見てどうでもよくなった。

体の疲れも、湧きあがる疑問も、何もかもが吹き飛ぶ。

ついに訪れる限界で視界が暗くなる中、白斗はようやく悟った。

 

 

 

(………でも………こんな俺でも、誰かを笑顔に出来た……の、かな―――………)

 

 

 

 

薄れ行く意識の中、白斗は微笑んでいた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、気絶してしまった白斗は病院に収容されたが当然組織の耳に情報が行き渡ってしまった。

結果、白斗は入院中で身動きが取れないこともあり―――組織の手の者に捕らわれてしまい、父親の下へと連れ戻されてしまった。

 

 

「博士、お連れしました」

 

「ご苦労。 ……さて、よくもワシを裏切ってくれたな……『息子』よ」

 

「……息子を犯罪組織に入れて、人まで殺させて、しかも殺そうとする父親がいるかよ」

 

「……貴様、どこまでワシに逆らえば気が済むのだッ!?」

 

「うぐっ!?」

 

 

そう、ここで物語は“プロローグ”のあの場面へと戻る。

人を殺すことに耐えられず、組織を抜けだした白斗は父親の下へと連れ戻され、彼によって暴行を加えられることになる。

 

 

『白斗ぉ!! ……やめて……もうやめてよぉ!!!』

 

 

もう何度目になるかもわからない、白斗に暴力が振るわれる光景。

ネプテューヌ達は慣れることが出来なかった。慣れたくなかった。何度見ても、心が痛み、涙で溢れる。

やがて、嵐のような暴力が止まると才蔵は銃を取り出して突き付ける。

 

 

「お前は本当に役に立たない……それでも生かしてやったというのに、そんな大恩忘れるようなクズは……ここで死ね!」

 

 

―――ここまでか、と白斗は己の最期を悟った。

薄れ行く意識の中、最後に姉の言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

―――我慢しないで、白斗……貴方は優しくて、良い子なの。

 

 

 

―――だから、ちょっとくらいお願い事しても、バチなんて当たらないのよ。

 

 

 

 

(……お願い事、か……。 そうだな、最後に一つだけ……)

 

 

 

 

そして白斗は心の中で、ある“願い事”をした。

―――すると、突然彼の体が光りに包まれ、そこから姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間―――白斗は見知らぬ世界、そう……ゲイムギョウ界へと飛んでいたのである。

 

 

 

 

 

 

(……そして………私達と、出会ったんだ―――………)

 

 

 

 

 

そこから先は、ネプテューヌ達が知る通りだ。

あの運命の夜、とある“願い事”を口にしてみた。するとゲイムギョウ界の夜空に不自然に輝く星を見つけ、何故か無視できなくなったのである。

女神化してその光へ近づき、その正体が―――傷ついた白斗だった。女神達は傷ついた少年を放っておけるはずもなく、最寄の教会であるプラネタワーへと運び込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、目が覚めた白斗は―――女神と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は、彼にとってまさに宝物のような、幸せな時間だった。

女神達は見知らぬ自分を助けてくれたばかりか優しくしてくれて、居場所まで与えてくれた。

彼女達に恩義を感じ、もう他に何もなかった白斗は女神達のために命を捧げることを決意する。

でも、そこから女神以外の人々―――アイエフとコンパ、5pb.やマーベラス、ツネミらとも出会い、楽しい時間を過ごした。

楽しくて、明るくて、幸せだった。―――幸せに、してもらった。

彼にとって、少女達とは生きる意味でもあり、幸せそのものだった。

 

 

 

 

 

 

だから、彼女達のためならば白斗は本当に何でもできたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だからこそ、白斗は許せなかった。“自分自身”が。

 

 

 

 

 

『―――きゃっ!!? な、何この炎!!?』

 

『く、黒い炎です!!? 熱いです~~~!!!』

 

 

 

 

 

突然、辺りが真っ暗になったかと思うとどす黒い炎が嵐のように吹き荒れた。

慌ててアイエフとコンパも飛びのく。

熱波だけでも頬が焼け焦げるかと思う程の熱量に誰もが離れたようとした―――だが、出来なかった。

その炎の中心の中に見てしまったのだ。

 

 

 

『―――白斗!!?』

 

 

 

少女達にとって、何よりも大切な存在。白斗が、その炎の中にいた。

黒い鎖に縛られて磔にされている。まるで火炙りの刑であるかのように。

すぐに助けようと向かうが―――。

 

 

『―――――来るなぁッ!!!!!』

 

『えっ……!?』

 

 

久しぶりに聞いた、白斗の声が、彼女達の足を止めた。

助けを求める声などではなく、拒絶の言葉だった。

 

 

『………みんな………見たんだな……。 俺の……過去、を……』

 

『……うん』

 

『なら……分かったろ? 俺は……許されていい人間じゃ……ない』

 

 

白斗は未だに悔いて、苦しんでいた。己の過去と罪に。

そしてそれを当たり前のものとして受け入れ、自らの幸福を禁じている。確かに、償う者としては当然の心構えと対応なのかもしれない。

でも、それでも―――。

 

 

『―――違う!! 白斗は悪くなんか無いよ!!』

 

『……悪いに、決まってんだろ……。 姉さん助けられなくて、人殺して……それでいてのうのうと生きてやがるんだぜ……? しかも、俺からしたら皆はただの依存対象……』

 

 

ネプテューヌの悲痛な叫びにも、耳を貸さなかった。

その顔には苦しみと悲しみを刻み込ませ、涙を溢れさせている。彼をそこまで駆り立てている罪、それは過去の殺人だけではなく―――。

 

 

 

 

 

 

『あの時、傍にいて良いなんて言ってくれたけど……俺、皆を……傷つけちまった……っ!! ……こんなんじゃ、皆の傍にいていいワケがないんだよッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

―――何よりも大切だった少女達を、傷つけてしまったことだった。

 

 

 

『……なーんだ、そんなコトかー。 心配して損しちゃった』

 

『………ネプ、テューヌ………?』

 

 

 

ところがネプテューヌは涙を拭い去り、笑い飛ばして見せた。

それだけに留まらない。何とスタスタと、まるで平坦な廊下を歩くように炎の中へと歩いていく。

 

 

『熱っ……!! い、いや……こんなの……熱くないもんっ!!』

 

『や、やめろッ!! タダじゃ済まねぇぞ!? 離れろぉおおおおおおおおおっ!!!』

 

『だったら!! 尚更白斗を放っておけるワケないよ!!!』 

 

 

 

彼女だけではない、他の少女達も同じだった。

 

 

『あんなのっ……、白斗の所為じゃない、って言ってるでしょ!! それにあんな状態でも白斗は……私達を傷つけないように頑張ってくれてた!!』

 

『それにっ……生きてたら、傷つくのは当たり前っ……。 傷つくのを恐れて生きる、なんて……増してや貴方の傍にいることなんて出来ないっ!!』

 

『白ちゃん……っ、私達は貴方のためなら何でもするという覚悟がありますわ!! ……私達の覚悟を見くびらないでくださいまし!!』

 

 

ネプテューヌ達に続いて、ノワール、ブラン、ベールも臆することなく近づいてきた。

どす黒い炎で今にも焼き尽くされそうだというのに、顔を激痛に歪めながらも、白斗の下へと歩み寄ってくる。

 

 

『お兄ちゃんのしてしまったことは、確かに消えないかもしれない……でも、私達が一緒にそれを背負いますっ!!』

 

『白兄ぃだって、アタシ達が苦しんでたら一緒になって苦しんでくれてたじゃない! だから……アタシ達に、白兄ぃの苦しみを分けてよ!! 一人じゃないんだから!!』

 

 

涙すら蒸発するほどの、悲しみの炎。

ネプギアとユニも、炎を掻き分けて進んでくる。まだ女神として覚醒したばかりの彼女達では辛いだろうに。

それでも、愛する人のためならばと厭わなかった。

 

 

『良いところも、悪いところも……全部白斗なのよ!! 人を殺してしまったとしても……そんなの、白斗の一部分でしかないんだからぁ!!』

 

『そうです! 白斗さんがどんな人なのか、私達は知ってるです!! そして白斗さんがありもしない罪で苦しんでいい人でも無いって……知ってるんですぅ!!』

 

 

そして、女神ですらないアイエフとコンパも、勇猛果敢に炎を突っ切っていた。

ここは精神世界、そこで巻き起こるダメージを耐えられるかは精神力に掛かっているはずなのに。とても苦しいはずなのに。

それでも二人は止めない。いや、彼女達だけではない。

 

 

『白斗、君っ……!! 白斗君はいつだって、私の手を……掴んでくれた!! だから私だって白斗君の手を掴んで見せる!! 貴方の忍になるって、誓ったから!!!』

 

『もう一人で抱え込まないでください!! 白斗さんは一人じゃありません!! 私を、助けてくれた時だってそうだったじゃないですか……!! 全部、私達にぶつけてください!!』

 

『それに……ボク達、今嬉しいんだよ……? やっと、白斗君の力になれるって……やっと……白斗君を幸せにしてあげられるって!! 』

 

 

マーベラスとツネミ、そして5pb.すらも。その身を焦がしながら白斗の下へと向かう。

痛い、辛い、苦しい。なのに、必死に笑顔を浮かべている。

誰もが大好きな人―――白斗のためなら、止まることなど出来なかった。

 

 

 

 

 

 

―――その姿はまるで、彼女達を守るために立ち向かっていく白斗そのものだった。

 

 

 

 

 

 

『白斗……分かる? 白斗はこれだけのことを、これだけの子達にしてくれたんだよ……? そんな人が、傍にいてくれないなんて……死ぬよりも、辛いんだよっ!!!』

 

 

 

 

 

そして、ネプテューヌの真っ直ぐな想い。想いは手となって伸びてくる。

彼女だけではない、ノワール達女神様も、二人の女神候補生達も、特別な力を持たない少女達ですら。

傷だらけの、けれども綺麗な手が伸びてくる。届くまで、後少し。

 

 

 

(……いい、のか……? 本当に、俺は……この手を掴んで……いいのか……? でも、俺……結局は、皆に……依存してるだけ……)

 

 

 

今も尚、逆巻く炎に晒され、そして鎖によって磔にされている白斗。

その目は、少女達の手を捉えて離さない。

けれども、己の気持ちに整理がつかない。自信が持てない。本当に今まで自分は彼女達の事を想っていたのかと。

 

 

『白斗!! 私達に依存したいならそれでもいい!! でもね……そこにもう一つくらい意味を見つけてもいいんじゃないかな?』

 

『い……み…………?』

 

 

すると、ネプテューヌはそんな彼の胸中を見抜いたのか。

彼の考えを否定するのではなく、肯定して受け入れたのだ。ただの依存対象でも良かった。

他の少女達もそれは同じ。

 

 

 

 

 

 

 

『うん!  ……私達と一緒に、幸せになろうよ!! 私達の幸せが白斗の幸せなら……白斗の幸せも、私達の幸せなんだよ』

 

 

 

 

 

 

―――きっかけは、何でも良かった。どんな形から始まっても、良かった。

白斗にとっての幸せがネプテューヌ達であるように、ネプテューヌ達の幸せもまた白斗となっていた。

お互いに幸せなら、形に拘る必要があるのか?過去の罪に引きずられ、幸せを逃してもいいのか?

白斗の中で、炎にも負けない想いが渦巻き始める。

 

 

 

 

(……俺、は………俺は………俺は…………っ!!!)

 

 

 

 

白斗の脳裏に思い起こされる光景。

それはこれまで共に過ごしてきた、自分の命よりも大切な少女達の―――魅力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳しいながらも、何事も真剣に取り組むノワールの美しさ。

 

 

 

あどけなさとは裏腹に深い愛情を秘めたブランの可愛らしさ。

 

 

 

いつも自分を包み込んでくれるベールの包容力。

 

 

 

自分を兄と慕ってくれるネプギアの無邪気さ。

 

 

 

どんな努力も惜しまないユニの直向きさ。

 

 

 

何かある度に、どんなサポートでもこなして助けてくれたアイエフ。

 

 

 

緩いながらも自分の事を気にかけ、些細な怪我や変調も見逃さなかったコンパ。

 

 

 

人見知りを乗り越え、夢に向かっていった5pb.の歌声はいつも活力を与えてくれた。

 

 

 

その人懐っこさと明るい笑顔で周囲を助けてくれるマーベラス。

 

 

 

美しき歌声で、自分の心に潤いを与えてくれるツネミ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

 

 

『白斗………“これから”も!! ずっと……ずっと一緒だよ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも自分を幸せにしてくれる、大好きなネプテューヌの笑顔―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな魅力的な子達と離れて――――“本当にいいのだろうか?”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………おれ、は……俺はっ!! 皆と……一緒にいたいっっっ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

涙を流しながら力の限り叫び―――白斗は己を縛っていた鎖を、引きちぎった。

もう、自分を縛る鎖など要らない。ただ、彼女達と一緒にいたかった。

すると地獄のような業火が一気に消え去り―――真っ暗だった白斗の世界は、美しく白いものへと変わった。

眩しさと優しさを感じる世界で、鎖から解き放たれた白斗は落ちて行き……愛しき少女達の腕の中へと、収まっていった。

 

 

 

『白斗……ありがとう、帰ってきてくれて』

 

 

『ありがとう……ずっと、守ってくれて』

 

 

『私達と一緒にいてくれて……ありがとう、ですわ……!!』

 

 

 

 

真っ先に抱きしめてきた女神達。皆の涙と温もり、そして何よりも。

 

 

 

 

 

『白斗………私達と出会ってくれて……本当に、ありがとう!!!』

 

 

 

 

 

 

―――父親からは掛けて貰えなかった、でも本当は聞きたかった言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………俺こそ…………本当に、ありがとう………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ、絶望など無い。

心からの言葉と共に白斗は安らかに目を閉じ、辺りは光に包まれていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん………」

 

 

―――白斗は余りにも重い瞼をようやく開け、朧気な視界が徐々に戻っていく。

まず出迎えていたのは清潔感溢れる部屋の天井、などではなく。

 

 

「あっ!! おにーちゃんがめをさましたー!!」

 

「お兄ちゃーん!! ぐすっ、ぐすっ……もう、お寝坊さんなんだからぁーっ!!」

 

「お兄ちゃん……良かった……良かったよぉ………(ぐすぐす)」

 

 

ちびっ子三人の抱擁だった。

精神世界にダイブ出来なかった分、真っ先に甘えたかったらしい。涙と、それ以上に溢れる笑顔で白斗はようやく自覚する。

―――“帰ってこられた”のだと。

 

 

「ピーシェ……ラムちゃん………ロムちゃん………」

 

 

まだうまく力が入らない手を、しかし力を込めて何とか動かし、皆の小さな頭に沿える。

撫でることすらままならない。嗚呼、生きるって何て難しいのだろう。でも、なんと凄いことなのだろうか。

肉体的にも、精神的にも、死を迎えようとしていた白斗にとって初めて「生」を実感していた。

 

 

 

 

 

そして何よりも、入れ代わるようにしてこちらへと笑顔を向けてくれる女神達の姿。

 

 

 

 

 

 

 

「………お帰りなさい、白斗!!」

 

「……みんな。 ……ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

お互いに涙を流しながら、白斗はようやく己の居るべき場所へと帰ってきたのだった―――。




大変長らくお待たせいたしました。そして大変長くなりました。(文章量的に)
ですがこれにて白斗に纏わるエピソードは一旦終わりです。
シリアス話を何話も投稿するのはしんどいかなーと思いまして、一話一話を濃くする形を取りました。
白斗はカラカラとしていて実はナイーブな面もある、ある意味人間臭いキャラクターを目指しました。そんな白斗という人物像が少しでも伝わればと思います。
さて次回からは明るく楽しいギャグ話……にはまだ遠い!新しいキャラに加えて新しい事件発生!恋次元のドタバタはまだまだ止まらない!
それでは次回もお楽しみに!!
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