恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART   作:カスケード

50 / 69
第四十七話 貴方に捧げる歌

―――本日も、プラネテューヌは呆れるほど平和。

道行く人々も、何も変わり映えがない。

だが、この日は違った。その人混みの中を掻き分ける一人の少女らしき人物に、誰もが目を奪われていた。

 

 

「な、なぁ。 お前あの子見たことあるか?」

 

「無い……けど、すっげぇハイレベル!」

 

「ラステイション辺りから来た子かな? ヤベェ、デートに誘ってみようかな!?」

 

「なんかギター背負ってるな。 もしかしてアーティストかも!」

 

 

などと、容姿を褒め称える声が後を絶たない。

けれどもそんな声を聴いた途端、その人物は不愉快そうに顔を歪めた。それでも足は止めない。

スタスタと歩いていき、やがて辿り着いたのは一件のマンション。ラウンジを通ってエレベーターに乗り込み、目的の部屋に辿り着く。

273号室―――しかし、ここは別の人物の部屋だった。ピンポーンとインターホンを鳴らせば。

 

 

「あ、いらっしゃいませ。 お待ちしておりました」

 

 

ガチャリ、とドアの向こうから出てきたのは―――このプラネテューヌの歌姫と称される大人気アイドル、ツネミだった。

そう、ここは彼女の自宅。今のツネミはいつもの衣装ではない、半袖半ズボンと楽な格好をしているがその分、目の前の人物にとっては扇情的に映ってしまうのだ。

 

 

「さぁ、遠慮せずに上がってください。 ―――白斗さん」

 

 

そう言ってツネミは目の前の少女―――に扮した少年、黒原白斗を上がらせた。

長髪と言う名のカツラから覗く白斗の目は、とても疲れ切っていた。

 

 

「……なぁ、ツネミぃ……女装する必要なんてあったのか……?」

 

「大アリです! とても可愛いです!」

 

「回答になってないんだよそれェ!!」

 

「でも、スキャンダルになったらいけないからと白斗さんが言ってくれたじゃないですか」

 

「そ、そうなんだけど……はぁ、チックショ……」

 

 

どこまでも疲れ切った声色で白斗は変装を解いた。

いつもの黒コートではない、彼もまた半袖半ズボンと部屋着になっている。

 

 

「あ、遅れちまったがお邪魔します。 今日は呼んでくれてありがとな」

 

 

それでもすぐに切り替えて挨拶をする。この辺りがとても律儀だとツネミは感じざるを得ない。

こんなさりげない点も、彼の魅力なのだとツネミはしみじみ感じている。

 

 

「いえ、寧ろ私の方から急にお呼び建てしてすみません。 ご迷惑……でしたか?」

 

「ご迷惑なら来ないって。 それより、今日は作曲の仕方教えてくれるんだろ?」

 

 

今回、白斗が呼ばれた理由。

ツネミから「一緒に作曲をやってみませんか?」というメールでのお誘いの下、こうして彼女の自宅まで訪れたというワケである。

誘い自体が急であったし、後々になって考えてみれば一緒に作曲など人によっては魅力を全く感じない作業。

だが白斗は寧ろ楽しみにしていたようで、優しい笑みを浮かべてくれる。

 

 

「……はいっ! でも深く考えず、遊び感覚でやりましょう」

 

「おう!」

 

 

感情表現が乏しいながらも、僅かながらも笑顔を浮かべるツネミ。

事実、彼女は白斗の前では感情表現が豊かになっている方なのだ。白斗もそんな彼女の心中を察して、満面の笑みで応えた。

 

 

「いやー、前回の映画ん時は迷惑かけちまったからな。 しっかり勉強させてもらいます」

 

「迷惑だなんて思っていません! 寧ろ楽しかったんです。 白斗さんと一緒に音楽出来るのは……凄く、幸せですから」

 

 

頬を染めながら、そう答えるツネミ。

以前、映画撮影では白斗が全く作曲をしたことがなかったため作曲が趣味だという彼女に助力を乞うこととなった。

 

 

「それにしても……色んな楽器やら機材やら置いてるなぁ。 さすがアイドル」

 

「作曲が趣味なので、色んな楽器や音を出せるものを置いています。 と言っても作曲に必要なのはコード進行です」

 

「コード……って伴奏を記号で表した奴、だっけ?」

 

「はい。 正確には音程が違う、複数の音が同時に鳴った音、和音のことです」

 

 

するとツネミは鍵盤の前に立ち、その綺麗な指先で音色を奏でた。

ドレミファソラシド、音楽を専攻していない人間でも理解している基本中の基本、音階。

 

 

「このドレミファソラシド……正確にはラシドレミファソの順でA~Gとつけられています」

 

「なるほど、その記号を組み合わせて一列の文章が出来て、その文章がコード……一つの音楽となるわけだな」

 

「その通りです。 なので記号を覚えて、並べて、音にしてみるところから始めましょう。 人によっては3コードだけで100曲作れる人もいるんですよ」

 

「マジでか!?」

 

「裏を返せばコード進行が出来るようになれば、作曲自体は簡単です。 是非とも白斗さんにはそれを楽しんで貰えればと!」

 

 

感情表現が乏しいとされるツネミだが、そんな彼女が表情豊かになる時が二つある。

それは大好きな音楽に触れる時、そして愛する白斗に触れる時。

彼女は今、好きなもの二つと触れ合えているのだ。嬉しくもなるし、饒舌にもなる。いつにない笑顔溢れるツネミに、白斗も心無しか幸せな気持ちになる。

 

 

「……そうだな! ツネミ、音楽の魅力……色々教えてくれ!」

 

「お任せください! では、最初にこの曲のコードですが……」

 

 

様々な本やCDなど、参考資料を取り出して机の上に広げるツネミ。

勿論読むだけではなく、時には楽器に触ってどの音色がどのコードなのかを分かりやすく教える。

時にはツネミ自ら弾いたり、或いは歌ったり。または白斗に歌わせたり、弾かせたり。

まるで、学生の勉強会のようなどこか日常的で、しかし些細なことでありながら楽しい時間が過ぎていく。

 

 

「んー? ツネミ、ここのコードはどうやるんだ?」

 

「えっとですね……ああ、このコードですね! これは…………あ」

 

「あ……っ」

 

 

持参したギターを片手に白斗が何やら本のページを覗き込んでいる。

何やら難解な部分があったらしく、ツネミにどのように引けばいいのか教わろうとしていた。

嘗ては姉の娯楽になればと思い、必死に覚えたギターだが今では趣味の一つになりつつある。

だから楽しくて、もっと覚えたくて、身を乗り出してしまった。

 

 

 

だから―――手と手が、触れ合ってしまった。

 

 

 

「「っっっ!!?」」

 

 

 

咄嗟に手を離し、顔を赤くして反対方向へと飛びのいてしまう白斗とツネミ。

白斗はツネミの綺麗な感触を、ツネミは白斗の力強い感触を。お互いの手の感触が忘れられず、どちらも鼓動が速まり、動悸が止まらない。

 

 

「ごっ、ごめん! つい……」

 

「い、いえ! 気にしないでください!! 寧ろイヤじゃ、ありませんでしたから……」

 

 

周りから見たら、甘酸っぱい一面なのだろう。

それでも今の二人にそれを感じ取れるだけの余裕はなかった。赤くなった顔を見られたくないと言わんばかりに反対方向ばかりを見て、けれども相手から離れ過ぎようとはしなかった。

 

 

(……ツネミの手、柔らかくて……綺麗だったな……)

 

(……白斗さんの手……大きくて、温かくて……安心できる手、でした……)

 

 

―――お互いが、相手の手の感触を思い起こしていたから。

 

 

「……そ、そうだ! もうお昼ですね!?」

 

「……そ、そうだな!? いやぁ、実はそろそろ腹減ってきたんだよなぁ!! な、何か出前でも取るか?」

 

 

唐突に昼食の話題を振ったツネミ。しかし、こうでもしなければ魔が持たなかったのだ。

それは白斗とて同じ。思い切り話題を変えようとしている。

だが変に冷静な部分もあり、このまま二人でどこか昼食に行けば目撃されてスキャンダルの種になってしまいかねない。

―――ただ、ツネミの思惑は違ったようで。

 

 

「あの……お昼、なんですけど……。 ……わ、私がご馳走しますっ!」

 

 

先程よりも緊張で震えながらも、意を決したかのような表情で、彼女にしては珍しく大声で、そんな事を言ってきたのだ。

これには白斗も、色んな意味で目をパチクリさせている。

 

 

「……へ? ご馳走って……もしかして、ツネミが作ってくれるのか?」

 

「は、はいっ! で、ですから白斗さんはここでテレビでも見ていて寛いでくださいっ!!」

 

 

言うや否や、ツネミはぴゅーっと飛び出していってしまう。

後に残された白斗は「手伝おうか」とか「楽しみにしてる」など、気の利いた言葉も言えず、何とも言えない気持ちを持て余したまま、一人悶々とその時を待ち続けた。

―――気晴らしに見ていたテレビ番組の内容は、一切入って来なかった。

 

 

「お、お待たせしましたっ!」

 

「あ、ありがとう……おお! オムライスか!」

 

 

それから30分もしない間に、ツネミが戻ってきた。

お盆に乗せられていたのは綺麗な黄色でふんわりと包まれたオムライス。中央にはケチャップベースの特製ソースがとろりと掛けられており、見た目でも匂いでも食欲をそそる。

 

 

「え、遠慮なく感想……言ってください、ね?」

 

「あ、ああ。 それじゃ……頂き、ます」

 

「ごくり……」

 

 

先程から緊張の余り、お互いに言葉が詰まり気味である。

けれども今のツネミの表情は、ステージに上がる時以上に真剣であり、鬼気迫っていた。

これには食す側も真剣に食べて、応えなければいけない。白斗は緊張しながらも手を合わせ、スプーンで一掬い。

ふんわりとした卵の触感がスプーン越しでも伝わり、色鮮やかなチキンライスが掬い取った箇所から覗かせた。

白斗はそれを疑いもせず口に運び、ゆっくりと租借して飲み込んだ。ツネミも固唾を飲む中、出てきた感想は。

 

 

「……ん! 美味い!! すげぇ美味しいよツネミ!!」

 

「ほ、本当ですか!? 良かった……!!」

 

「たまごのふんわり具合も、チキンライスの味も、特製ソースの味も最高! 付け合わせのサラダも美味い!!」

 

 

それは、極上のオムライスだった。

家庭的な味わいでありながら、ひたすら「美味しい」と言わせるオムライス。

たまごは半熟で、黄身がとろりとまるで溶けかかっており濃厚なソースと濃い味付けのチキンラスとで絡み合う。

レタスやキャベツ、トマトが盛り付けられたサラダも瑞々しく、口の中に飽きが来ない。

 

 

「ほっ……。 特訓した甲斐がありました」

 

「え、特訓って……まさか、この日のために?」

 

「はい。 ……白斗さんに、私の手料理……美味しく食べて、貰いたかったから……」

 

 

もじもじとしながら恥じらうその姿、魅力的としか言いようがない。

恋する乙女として手料理を、愛する男性に振る舞いたいと思うのは当然の事。最初こそツネミは典型的な料理下手だが、努力を重ねることでついにここまで辿り着いたのだ。

だから今、愛する人に美味しい手料理を振る舞えて幸せ絶頂なのである。

 

 

(何この子、可愛い)

 

 

白斗がこう思ってしまうのも、無理からぬことである。

それでも余りもの美味しさにスプーンは止まらず、あっという間に平らげてしまった。

 

 

「ふぅ、ご馳走様!」

 

「お粗末様でした。 ふふっ♪」

 

 

白斗は美味しい手料理を食べたことで、ツネミは手料理を美味しく食べて貰えたことで両者とも満足している。

空になった皿を片付けようとツネミが手を伸ばすと。

 

 

「おっと、皿洗いくらいはやらせてくれよ」

 

「いえ、そんな……」

 

「いいからいいから。 食ってるだけなんて悪いし」

 

「……もう、白斗さんってば……。 でしたら、一緒にしましょう」

 

 

困ったような口調ながらも、表情は笑顔だ。

本心から白斗に作業させたくないと思っていたのだが、彼の意地、或いは優しさに根負けして一緒に洗い物をすることになった。

よくよく考えれば、密着して二人きりで作業と言うのも悪くない―――寧ろ良いと思ったので今では上機嫌だ。

 

 

「油は使い古しの新聞紙で拭き取って、少ない水で拭いて、ホホイのホイっと!」

 

「わぁ……! 白斗さん、凄い手際がいいですね」

 

「まぁ、教会じゃ俺が食事当番になることもあったし。 それに……昔散々やったからな」

 

「昔……あっ……!」

 

 

白斗の昔、その単語が出てきた瞬間にツネミは青ざめた。

彼が料理に精通“せざるを得なかった”のは、彼の父親に幼少期の頃から家事などを強制されたためだ。

つまり白斗にとって過去の話は苦痛でしかない。それを追体験しているツネミは、自分の痛みのように心が苦しくなり、顔が青ざめる。

 

 

 

「……暗い話にしてゴメン。 でも、お蔭で色んなことが出来るようになったし、大切な人達の力にもなれた。 だから感謝……まではしないけど、受け入れられるんだ。 ネプテューヌ達女神様や、アイエフ達、それに……ツネミのおかげでな」 

 

 

 

あの地獄の日々は、今でも苦痛として刻み込まれている。悪夢となって時折白斗を苦しめるくらいにまで。

一方で、確かな力や技術も身に着けた。それを活かして、女神達を守ったり、彼女達の力にもなれた。だから白斗は、立つことが出来た。

こんな自分と出会い、信じて、そして受け入れてくれたツネミ達のおかげで。

 

 

「……私も、白斗さんがいてくれたから……今があります。  だから、白斗さんの力になれたのなら……これ以上ないくらい、幸せです」

 

 

静かに、穏やかに、しかし幸せ満面の微笑みをツネミが向けてくれた。

このゲイムギョウ界に来てから、白斗はどれだけの笑顔と接してきたのだろうか。それはもう数えきれないくらい。

けれどもどれ一つとて飽きることなどなく、寧ろ愛しさを感じて仕方がない。人の優しさに触れることを許されなかった彼だからこそ、そんな彼女達が―――ツネミが何より大切なのだ。

 

 

「……ありがとな。 さて、洗い物はこれで完了っと」

 

「こちらも終わりました。 白斗さん、この後ですけど……音楽ゲームでもしてみませんか?」

 

「ほほう、面白そうだな!」

 

 

さて、昼食も片付けも負えれば午後の時間。

作曲のやり方は一通り享受し終え、完全な曲として完成してはいないものの白斗も大分作曲の何たるかが分かってきたようだ。

であれば次は気分を変えて、ゲームで遊ぶことに。ただここでも音楽ゲームを勧める辺り、さすがはツネミと言ったところか。

 

 

「~~~♪」

 

「がっ! あ、ミスっ……あああああ!?」

 

「ふふっ、一つのミスが命取りですよ♪」

 

「おのれ、ここぞとばかりに強気になりおってぇ! 見てろ、今にも逆転……おあああ!?」

 

 

尚、ツネミは何一つミスはしなかったため大逆転などあるはずもなかった。

このゲイムギョウ界の住人はゲームを好む傾向がある故に大抵の人がかなり上手なのだが、ツネミはその中でも音楽の才能に秀でているだけあって音楽ゲームでは無敵だった。

 

 

「コツはリズムに乗ること、そして音楽をもっと好きになることです」

 

「………精進シマス………」

 

 

その後、何十回とリベンジし続けたものの結局白斗は白星を一つも取ることが出来なかった。

今の白斗は真っ白な灰に燃え尽きている。

回数を重ねるごとに白斗も上達しているのだが、ツネミは一切タイミングも音も外すことが無くほぼパーフェクトを叩き出してくるのだ。

彼女に勝ちたければ寸分のミスも犯さず、パーフェクトを取るしかない。ミスをせず、ミスを許さない強さとはまさにこのことだろう。

 

 

「っだぁー、負けた負けたー! こりゃリベンジしねーとな……」

 

「いつでも挑戦お待ちしております♪」

 

「……って、もう夕方か。 そろそろ帰るとしますかね」

 

 

ゲームで燃え尽きて床に寝転がる白斗。ふと、壁に掛けられた時計に目が行った。

午後6時、空も茜色で覆われておりカラスも鳴いていた。

さすがに長居は出来ないと白斗が立ち上がり、帰り支度を始めようとした―――その時。

 

 

「えっ……? ど、どうしたツネミ?」

 

「………………っ」

 

 

綺麗で、少しだけひんやりとした手が。白斗の手を引いた。

振り返るとツネミが引き留めていたのだ。彼女の顔は「ついやってしまった」と言わんばかりの戸惑いが見て取れる。

それでも、握ったその手を離すことだけは絶対にしなかった。

 

 

「……ごめん、なさい……。 そ、その……あの……わ、私……っ!」

 

 

何度も言うようにツネミは表情を表に出さない、物静かな娘というだけで口下手ではない。

だが、今のツネミは何をどう言えばいいのか分からなかった。

言いたいことはあるのだろう、しかしいざ口に出そうとすると出てこない。どう言えばいいのか、分からない。

 

 

(……だめ、ツネミ。 こんなこと、急に言ったって……白斗さんは、困るに決まって……!)

 

 

何よりも、白斗に迷惑はかけたくなかった。

“これ”を言えば、白斗は困るに決まっている。ならば、言わない方が良い。にも拘らず心が告げたい余り、体の支配権を握ってしまっている。

どうにもならない葛藤の中、白斗は―――。

 

 

「………ツネミ、大丈夫だ。 お前が言ってくれるまで、帰らないから」

 

「白斗……さん……」

 

 

彼女が何を言いたいのかまでは分からない。けれども、彼女が何か言いたいのは分かった。

だから白斗はそれを吐き出させるまで帰らない。ツネミのために、幾らでも時間を費やせる。

しっかりと彼女の目を見て、穏やかに告げた。軽い微笑みが、ツネミの緊張を振り払ってくれる。

 

 

 

 

 

「……お願い、です……帰らないで、ください……。 傍にいて、ください……」

 

 

 

 

 

―――それはどこか期待が混ざっていながらも、それ以上に縋りつくような、怯えるような、弱々しい声だった。

彼女の言葉の意味は理解できる。つまり、それは―――。

 

 

「……泊まっていけ、ってこと……か?」

 

「はい……。 ……ダメ、ですよね……」

 

 

ツネミは誰もが認める可憐な美少女、それもプラネテューヌが誇るトップアイドル。

そんな彼女の部屋に泊まるなどスキャンダル以前の問題である。何より白斗とて男の子、美少女の部屋で寝泊まりするなど、嫌でも緊張してしまう。

故にいつもならばここで大慌てしながら拒否していただろう。しかし、ツネミのどこか悲し気な姿を見て、迷いは無くなった。

 

 

「……もしもし、ネプテューヌ?」

 

『白斗? どうしたの? ツネミのところへ行ってたんだよね?』

 

 

懐からスマホを取り出して電話を掛けた。相手はネプテューヌらしく、元気な声が聞こえてくる。

今、白斗の身元引受先は他ならぬネプテューヌなのだ。突然の外泊ともなれば、彼女に話を通すのは当然のこと。

そんな彼女に、申し訳なさそうにしながらも白斗は迷いなく用件を告げた。

 

 

「ゴメン、今日は帰れないから」

 

『え゛ッ!? そ、それってツネミのところに泊まるってこと!?』

 

 

驚きを通り越して悲痛さすら感じる大声にスマホに耳を当てていた白斗は勿論、ツネミも思わず飛びのいてしまった。

ネプテューヌも白斗に想いを寄せる一人だ。好きな人が、他の女性の家で寝泊まりする―――考えるだけで心が張り裂けそうだろう。

ツネミとて、逆の立場だったら同じ行動、同じ言葉、同じ気持ちになっている。

 

 

「頼む、どうしても必要なんだ! この埋め合わせは必ずするから!!」

 

(白斗、さん―――)

 

 

電話越しで、今回はディスプレイが映し出されていないにも関わらず白斗は全力で頭を下げた。

自分の誠意を伝えるために。

 

 

『……分かってるよ。 ツネミのためなんでしょ? 白斗がワケもなく女の子の部屋で寝泊まりするはずないもんね』

 

「……っ! そ、それじゃ………」

 

 

すると、溜め息を付きながらもそんな声が聞こえてきた。

どこか諦観のような、しかし信頼を寄せてくれる声。今度は白斗が息を飲む番だった。

 

 

『今回だけだよ。 ……私の騎士様を信じるのも、貴方の女神たる私の務めなんだから』

 

「………っ! ありがとな、ネプテューヌ!!」

 

『ただし! 分かってると思うけど!! 最後の一線は超えちゃダメだからね!!!』

 

「ああ、約束する!」

 

 

本当に、感謝の言葉しか出ない。

普段はおきらく、おとぼけ、おまぬけかもしれないネプテューヌだがやはり女神様。慈愛の心と他者を信ずる心は、誰よりも深い。

そんな彼女の信頼に応えるように白斗は頷きながら返事をした。

 

 

『後、近くにツネミもいるんでしょ? 代わってくれる?』

 

「ああ。 ツネミ、ほら」

 

「は、はい………。 ね、ネプテューヌ様……お電話、代わりました……」

 

 

無茶なお願いを通してくれたのだ、向こうの要望には可能な限り応える義務も義理もある。

白斗はスマホをツネミに手渡した。

この事態を全く想定していなかったわけではないが、やはり緊張する。手も声も震えながら、ツネミは応答した。

 

 

『……白斗の事、お願いね。 それじゃっ!』

 

「あ……。 ……はいっ! 任せてください!」

 

 

けれども、聞こえてきたのはあっけらかんとした、それでいてずっしりと響く声。

白斗だけではない、ツネミの事も信じてくれている。何よりも、ネプテューヌは白斗の事を一番に考えていた。

この短いやり取りの間で、ネプテューヌという女神の愛の深さが伝わった。

こんな言葉を聞かされては、いつまでも震えてばかりはいられない。己に喝を入れ、ツネミも力強い返事をした。

 

 

「……本当、ネプテューヌには頭が上がらないや」

 

「……はい。 さすが、ネプテューヌ様です」

 

 

通話が終了し、スマホを仕舞い込みながら白斗がふと、そんな言葉を漏らした。

本当だったら許しが出ないだろうに、出すにしてもかなり粘らなければならないと思っていたのに。

白斗とツネミを信じてくれるその心に、二人は感謝した。

―――最も、白斗を愛する心だけは負けないとツネミは尚更気を引き締めたが。

 

 

「で、では晩御飯も腕によりをかけて作りますから!!」

 

「おっと、晩御飯くらいは作らせてくれよ。 タダ飯ぐらいってのも悪いし」

 

「そ、そんな! 私が無理を言ったのですから……」

 

「良いってことよ。 昼間の美味しいオムライスのお礼ってことで」

 

「……わ、分かり……ました……。 食材は好きに使ってください」

 

 

晩御飯も張り切って振る舞おうとするツネミだが、それを制したのは外でもない白斗だった。

今回は彼がお客様で、しかも無理を言って泊まってもらっているのだから遠慮してしまうツネミだが、いざという時に押しが強いのも白斗だ。

押しに弱いツネミはそのまま許可を出してしまう。仕方なさだけではない、白斗の手料理を食べられるという嬉しさもあったから。

 

 

(……は、白斗さんの……手料理……! 白斗さんが……私のために……!)

 

 

これを嬉しく思わない乙女がいるだろうか。

顔を赤くさせながらも、ツネミはクッションの上で正座しながら待ち続けた。

―――正直な所、料理が運ばれてくるまでの間の出来事などよく覚えていなかった。

 

 

「ツネミ、お待ちどうさま!」

 

「はっ、ハイ!! ありがとうごじゃいましゅっ!!」

 

「そ、そんなに緊張しなくても……ただのハンバーグだって」

 

 

そうはいっても、目の前に出されたハンバーグは市販のものとも、そしてその辺りの料理人が作るものとは一線を画していた。

香ばしい匂い、少しナイフを入れただけで溢れ出す肉汁、掛けられたソースも肉を焼いた際に出た肉汁を再利用して作った、一手間かけた濃厚な一品。

眩しい。ツネミの目には、このハンバーグがとても眩しく見えた。

 

 

「あ、ああ……! 私には、このハンバーグは勿体なさすぎて……食べられません……!」

 

「食べてね。 これ食い物だから」

 

 

料理は温かいが、白斗のツッコミは冷めていた。

 

 

「そ、そうですね! では……い、頂きますっ!!」

 

 

ナイフを使ってハンバーグを切り分け、その内一欠けらをフォークで突き刺して口に運ぶ。

その瞬間―――。

 

 

(あぁ……っ!? お肉と脂が口の中で蕩けて、それを濃厚なソースが絡めとって……わ、私の全てが吹き飛ばされてしまうような……んんんぅ……っ!!)

 

 

まるで、料理バトル漫画のようなリアクションで、しかも脳内では何故か服が全て脱げて全裸になってしまうようなイメージ映像に染まっていて。

―――そう感じざるを得ないほどの美味しさだった。

 

 

「な、何だかとてつもなく大袈裟なような気もしたが……美味しいかツネミ?」

 

「はいっ! 美味しくて……幸せですっ!」

 

 

―――白斗の前ではツネミは、まさにごく普通の女の子だ。

他の人の前では感情を滅多に表さず、ステージの上では素敵なアイドル。だが、白斗の前ではいつもドギマギして、でも可愛らしくて、それが美しくも見える――――魅力的な女の子だった。

 

 

「……そっか。 なら、良かった」

 

 

そんな女の子に幸せそうな顔をして貰えて。白斗もまた嬉しくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数十分して。

晩御飯の後片付けも終えた後は楽しいお喋りタイム。けれどもさすがに話題も尽きようとしていたところで、ツネミが一つのトールケースを取り出した。

トールケースとは、DVDやゲームCDなどのディスクを入れるためのケースである。

 

 

「白斗さん、友達からオススメされた映画があるんですけど一緒に見ませんか?」

 

「映画? 良いけど……何の映画だ?」

 

「それがパッケージも外されていて分からないんです。 ただ、仲のいい人と一緒に見ると盛り上がれるかも、ということで」

 

 

ツネミはドキドキしながらも、必死にそれを突き出している。

好きな人と一緒の空間で、一緒に映画を見る。何気ない一時かもしれないが、憧れるシチュエーションだ。

白斗も特に断る理由も無いので、何の疑いも持たずに頷いた。

 

 

「いいぜ。 だったら映画用の夜食でも作ろうか?」

 

「いえ、ここはポップコーンとコーラで。 ちゃんと準備していますから」

 

「用意が良いね。 んじゃ、見るとしますか」

 

 

ソファに二人仲良く腰掛け、部屋を薄暗くして簡易的な映画館の雰囲気に。

傍には映画の必需品であるコーラとポップコーンを置き、二人で摘まめるような位置に。

これから見る映画への期待と、雰囲気が出ている中、白斗と物理的に距離が近くなったことでツネミも緊張してくる。

 

 

(……そ、そうです! 折角の機会……ここは、勇気を出して……っ!!)

 

「……っ!? つ、ツネミ?」

 

 

こてん、と可愛らしい音と共に白斗の肩に何かが乗る。ツネミの頭だ。

自分の体を白斗の肩に預けているのだ。

思い切り密着している状態で白斗も一瞬だけ声が上擦ったが、何とか冷静さを絞り出して心を落ち着ける。

 

 

「……ま、まぁ。 こんな事、よくネプテューヌ達もやってたし……あ痛ッ!?」

 

「むー……。 白斗さん、女の子の前で、他の女の人の名前を出すのは厳禁です」

 

「あ、いや、その……すみません……」

 

 

またやってしまった、と白斗は額を叩いた。

ナイフも銃もワイヤーも器用に扱えるのに、女性の扱いだけは本当に下手だ。だからこそ、白斗が必死に向き合おうとしてくれているのが伝わってきた。

だから拗ねたような表情から一転、預ける力を少し緩めて、寧ろ頬を擦り寄せるように近づく。

 

 

「でしたら……たまに、頭を撫でてくれたら……許してあげます」

 

「……こうか?」

 

「ふぁぁ……! ……とっても、気持ちいです……」

 

 

そんなツネミの頭を優しく撫でた。

綺麗な髪の感触が指を通り抜けていき、白斗は一種の開館に包まれる。無論、撫でられているツネミは―――とても幸せそうだった。

そうこうしている間に映画が始まる。未知なる世界への期待、好奇心。そしてその世界を、こんな可愛い女の子と一緒に味わえる喜びを漲らせながら―――。

 

 

 

『ア゛ア゛アアァァアアァアアァ―――――!!!!!』

 

「きゃああああああああああああああああああっ!!? ぞ、ゾンビ――――っ!!?」

 

 

 

―――そんな夢も愛も希望も、画面いっぱいに移った悍ましいゾンビとその呻き声がぶち壊した。

唐突に始まったショッキングなシーンに可愛らしくもけたたましい悲鳴を上げるツネミ。

正直な所、いきなりだったので白斗も面食らったがそれ以上のツネミの絶叫と、何よりも恐怖の余り抱き着いてくるツネミの感触に全てを持っていかれた。

 

 

 

(………『ブラッディスクリーム』………確か、怖すぎる余り製造禁止にまで追い込まれたホラー映画ってアイエフから聞いたことがあるな……)

 

 

 

目の前の、ゾンビが人を襲い、肉を貪るこの描写を恐怖と言わず何といおうか。

それだけではなく、心霊描写も取り入れられており単なるゾンビだけではなくまさに恐怖を煽るための演出がこれでもかというくらい詰め込まれている。

確かに製造禁止となるのも頷ける話だ。

 

 

「つ、ツネミ? この映画、止めといた方が―――」

 

「い、いいですっ!! こうなればもうヤケですっ!!」

 

(あーもー……怖いもの見たさって奴かねぇ……。 “ナイーブな時”に見るもんじゃなかろうに)

 

 

とは言えど、こういった青春の一面も悪くないかもしれない。

やれやれと肩を竦めながらも白斗はツネミを抱き寄せた。襲い掛かる恐怖から守るように。

 

 

「……! は、白斗さん……!?」

 

「こうすりゃ……ちっとは恐怖もまぎれるだろ?」

 

「……はい。 ありがと『ヴァアアァア!!』いやあああああああああああああ!!!」

 

 

―――やはり、ダメだったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、約二時間後にようやく映画は終わりを迎えた。

かと思えば、スタッフロール後に主人公も悪霊と化して更なる恐怖をばら撒くというとことん恐怖に寄り添ったバッドエンドだった。

あれからもツネミは怖がり、その度に白斗に抱き着いては泣いてしまった。そんな彼女を優しく宥めながらも、白斗も何だかんだ恐怖が刻み込まれている。製造禁止の名は伊達ではない。

 

 

「終わったな……」

 

「ひぐっ……ぐすっ……。 うう……愛さん……絶対に、許しませんっ……! ぐすっ……」

 

「愛?」

 

「増嶋愛さん……アイドル仲間なんですけど……こんな映画を送り付けてくるなんて……」

 

「ははは……今度一発、ど突いてやれ」

 

「そう、しますっ……ぇぅ……」

 

 

涙交じりにツネミがボヤく。

アイドルとして培った精神力で何とか乗り越えたが、それでも怖いものは怖い。辛うじて会話が成り立っているのは白斗が傍にいてくれるから。

怖いものは怖い、でも嬉しいものは嬉しいのだ。

 

 

「あーもう、よしよし。 ゾンビ程度なら心配ないぞ、来ても俺がぶっ倒してやるから」

 

「……はく、とさん……」

 

「この間のクエストだって映画の奴より凶暴な奴倒したこともあるんだぜ? ゾンビなんて腐るだけの存在なんて怖くないない」

 

 

頭を優しく撫でながら、軽い口調で白斗が語り掛ける。

多少誇張もあるが、あんなゾンビよりも強敵を討伐したこともあるのは事実だ。だから怖くない、ツネミを安心させてあげられる。

そんな彼の心に触れ、ツネミは顔を白斗の胸に埋めながらも震えが少し収まっていた。

 

 

「……でしたら、その時は……頼っても、いい……ですか……?」

 

「ドーンと来なさいっての。 なんせカワイイ女の子のためなら一日でライブ手配までしちゃうような奴だぜ、俺。 有言実行の男よ?」

 

「…………はいっ!」

 

 

ここは敢えてチャラ男のような軽薄な口調だ。

茶化すような言葉遣いで場の雰囲気を軽くしようと試みる。でも、それ以上の誠意をツネミは感じ取っていた。

だって、白斗が言ったことは事実なのだから。そんな軽薄な態度だけでは成し得ないことを、その誠実さと優しさで成し遂げてくれたからこそ、ツネミは今ここにいるのだから。

だから信じている、だから嬉しくなる、だから―――愛している。

 

 

「……っと、気がつきゃもう10時回ってら」

 

「あ……本当ですね。 お風呂入れてきます……」

 

「お、おう……」

 

 

さすがに風呂に入らないまま一夜を過ごしたくはなかったので颯爽とツネミが風呂場へと向かう。

一瞬自分がやろうかと言いかけたが、先程の彼女は怖い思いをしたばかりだ。だったら作業に打ち込ませた方が少しは気が紛れるだろうという気遣いの下、言葉を飲み込んだ。

さて、肝心のツネミはと言えば。

 

 

「……お、お風呂……白斗さんと、一緒に……っ!」

 

 

今、脳内では白斗と一緒に背中を流したり、流されたり。湯船に浸かって、背中を合わせたり、或いは白斗に抱きついたり。

割と大胆なイベント思い起こしていた―――のだが。

 

 

「……でも、ネプテューヌ様との約束です。 ……それだけは、出来ません」

 

 

はぁ、と口惜しげに溜息を吐いた。

ネプテューヌからは念押しで「男女の一線を超えるな」と言われている。無論白斗は自分からそう言ったことをしない、とても誠実な人だ。

けど、ツネミから誘ったら陥落してしまうかもしれない。だから、敬愛する女神でもあり心通わせた親友でもあるネプテューヌとの約束を破る可能性があるならと、今回は諦めた。

 

 

「……でも、次こそは!」

 

 

だが、野望自体は潰えてはいない。

必ず白斗を自分のものにして見せる。そして自分が、白斗のものになる―――そんな決意を新たに張り切って掃除した。

やがて湯を張り終えたので白斗に入るよう勧めたのだが、やはりと言うべきか「レディーファーストだから」とツネミに譲ってしまった。

 

 

「……ふぅ……」

 

 

一人シャワーを浴びながら、ツネミは今日一日を振り返る。

突然呼び立ててしまったにも拘らず、白斗は嫌がる素振りを一つも魅せることなく接してくれた。

そして、ツネミもそんな彼と一緒にいることで楽しかった。嬉しかった。幸せだった。

時間を共にすればするほど深まる白斗への想い。一糸纏わぬその姿で、己の胸に手を当てながらツネミは高鳴る心臓を押さえようとした。

 

 

(………白斗さん………。 私は、ダメな女です……。 こんなにもご迷惑をかけて尚……貴方を、求めてしまうんですから……)

 

 

白斗と直接会えない日ほど、彼に会いたいという気持ちが強まった。

そしてメールでやり取りする度に尚更会いたくなる。今日みたいに会うことが出来たら、今度はその先を求めてしまう。

―――幸せで、でも苦しいこの恋路にツネミは何とも言えない溜め息をついた。

 

 

(……しかし、私の胸……中々大きくなりません……。 決してブラン様ほどではないのですが、女神化したネプテューヌ様やベール様には遠く及びません……。 うう、どうしたら……)

 

 

ツネミは決してスタイルが悪いわけではない。寧ろ美乳と言えるような程よい形であると自負はしている。

けれども女神化したネプテューヌやベールに比べるとどうしても見劣りしてしまうのは否めなかった。だからこそ、ため息が出てしまう。

因みにここでブランの名前を出す辺り、ツネミもツネミである。

 

 

「……白斗さん……私の事、どう思っているのかな……」

 

 

自らの胸に手を当てながら、ツネミはシャワーを浴び続ける。

けれども水飛沫の音よりも、己の内に鳴り響き続ける鼓動の音しか聞こえなかった。

想いの余り逆上せそうになったところで風呂から上がり、リビングに顔を出す。

 

 

「白斗さんすみません、お風呂あがりました」

 

「おう、あり……がと………」

 

 

ソファに座り込んでいた白斗は―――見てしまった。

湯上りのツネミの姿を。いつもはツインテールで纏められていた髪が下ろされ、短パンとシャツのみという、体のラインもしっかり浮かび上がるある意味で扇情的なその姿。

何よりも湯上り特有の熱気と、仄かに香る女の子の匂い。それらに当てられて、白斗は顔を赤くした。

普段見ることのない、ツネミの女の子としての―――“色気”。

 

 

「……っ! は、入ってくるっ!」

 

「あ、は、はい……」

 

 

大慌てで白斗も浴室へと駆け込んだ。

何故そうしたのか、一瞬分からなかったツネミだが冷蔵庫から麦茶を取り出しながらふと考える。

 

 

 

(……もしかして、白斗さん……少しは……意識、してくれたのかな……)

 

 

 

―――ようやく落ち着いてきた心臓が、また鳴り出した。

しかしそれは、トクントクンと心地よいリズムだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから白斗も風呂から上がったのだが、また同じくその姿にときめき、ツネミもぎこちなくなった。

何とか話を持たせようと再び作曲に誘ったが、お互いがお互いを意識してロクなコード進行も出来なかった。ツネミの大好きな音楽であるにも拘らず、それ以上の「大好き」が傍にいたから。

 

 

「――――ネミ、ツネミ!」

 

「っ!? は、はい!?」

 

「大丈夫か? 何かボーッとしてるし……もういい時間だしな。 そろそろ寝ようぜ?」

 

「……そう、ですね」

 

 

気が付けばもう日付が変わっていた。

正直なところ、夜更かししてでも白斗ともっと色んなことがしたかったのだが明日からはまた仕事に戻らねばならない。

残念に思いながらも就寝の準備をすることに。

 

 

「んじゃ俺はソファで寝るわ。 おやすみー」

 

「………はい、おやすみなさい」

 

 

“本当は”、違う。言いたかったのはそうではない。

でも、これ以上はいけない。既に無理をしてまで泊まってもらっているのだ。これ以上求めるなんて暴挙は許されない。

ツネミは必死に心を押さえながら、自分の寝室へ向かった。

 

 

(……ツネミ……今日一日でリフレッシュできたかな? “憂い”を断てた……ならいいけど)

 

 

白斗は借り受けた毛布に包まりながら、そんなことを思った。

今となっても眠りは浅い方だが、目を閉じればそれだけでも休むことが出来る。

静かにしているとカチ、カチと秒針が時を刻む音すらうるさく感じた。でも白斗は目を閉じたままだ。

明日にはさすがにネプテューヌの下に戻らなくてはならない。その前にツネミとどんなことをしようかと悩んで―――。

 

 

『いやあああああああああああああああああああああああああああッ!!!』

 

「っ!? どうしたツネミ!?」

 

 

 

隣の部屋から、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

それがツネミのものであると認識するや否や白斗は跳ね起き、寝室へと駆け込む。

ドアを開けるや否や、すぐに白斗に飛びつく影が。

 

 

「は、はく、はくとさ………う、あ、あぁあぁあああぁぁぁ………!!!」

 

「ツネミ!? 一体……」

 

 

ツネミだった。

彼に抱き着いたその体は柔らかくて、しかしパジャマは汗で酷く濡れており、呼吸も乱れ、何よりも恐怖でガタガタと震えていた。

一瞬「どうした」と声を掛けそうになったか、違う。今の彼女に必要なのはそんな言葉ではない。

 

 

「…………もう大丈夫だ、ツネミ。 俺がいるからな」

 

 

必要なのは彼女を気遣い、そして彼女を安心させてあげるような言葉。

だから白斗は穏やかな声色で話しかけ、しっかりと抱きしめながら、背中を撫でてあげた。

ツネミの震えは徐々に止まっていき、呼吸も落ち着いてきた。

 

 

「……はく、とさん……白斗さんっ!! あ……あぁ……良かった……! ちゃんと、ここにいるんですよね……!? どこにも、行かないんですよね!?」

 

「ああ、俺が皆を……ツネミを置いて行くワケないだろ?」

 

「はい……はいっ……!! う、うぅぅ……!!」

 

 

何故彼女がこんなにも怯えているのか、要領は得なかった。

だが白斗が理解できるか否かなど関係ない。ただ、ツネミのために。ツネミを助けたい一心で一切の動揺も見せずに彼女を宥め続ける。

―――やがて、ようやくまともに話せるレベルにまで落ち着いたところで、白斗が改めて問いかける。

 

 

「で、どうしたんだ? 何か怖い夢でも見たのか?」

 

「……はい。 本当に、すみません……」

 

「良いってことよ。 俺も最近悪夢ばっかり見る時期があってな、その頃にゃノワール達にも散々世話になった」

 

 

そう、それは最近の話。

白斗も自責の念などに駆られ、ろくに眠れない日々が続いたことがある。その時はリフレッシュと言う名の名目でラステイションへ遊びに行き、ノワールとユニがメンタルケアをしてくれた。

だから白斗も同じようにする。ツネミを救うために。

 

 

「……そう、だったんですね……」

 

「ああ。 で、どんな夢だ?」

 

「……白斗さんが……誘拐された時の、夢………」

 

「……あー、なるほどー……ネプテューヌ達も良く見るってさ」

 

 

ばつが悪そうな顔をして、白斗は頬を掻いた。

―――実を言うと、その手の悪夢を白斗の周りの女の子はよく見るらしい。最たる例がネプテューヌやネプギアだ。

その日の夜に白斗に甘えてきて、一緒に寝る―――なんてことも経験済みである。

 

 

「でも、ツネミ達のお蔭でこうしてここにいる。 だから安心してくれよ」

 

「…………でし、たら…………」

 

 

くいっ、と袖が引っ張られる。誰が、と問われるまでもない。

ツネミが摘まんでいたのだ。帰りを引き留めた時の悲痛そうな表情とは違う、赤くなった「女の子らしい」表情だった。

 

 

「……お願い、です……。 その……一緒に、寝て……くれませんか……?」

 

 

おずおずと、恥ずかしがりながら、けれども期待を込めた声。潤んだ瞳と、震える唇。

ただでさえ泊まってくれるという無茶を通してくれているのに、更に無理を重ねようとしている。何と厚かましいことかと、ツネミ自身も理解している。

でも、白斗は一切嫌な顔など見せず。寧ろ優しい笑顔で。

 

 

「―――お前が望むなら」

 

 

勿論照れも、恥ずかしさもある。だが白斗の意思など関係ない。

ツネミがそれを望んでいるのだから。それがツネミのためになるのなら。

優しくその手を握り、二人一緒に布団に潜り込む。

 

 

「……ありがとうございます、白斗さん……。 温かい、です……」

 

「そ、そうか……」

 

 

承諾こそしたが、やはり恥ずかしい。

何よりも狭いベッドの中で、しかもツネミの方から密着しているのだ。お蔭でツネミの柔らかさやら甘い匂いやら、心地よい温もりやらが伝わってくる

どうして意識するなと言えようか。

 

 

「……本当に、ずっとこのままでいられたら……いいのに……」

 

「……ツネミ……」

 

 

それは、ツネミも同じだった。

流れでこのような状況になってしまったが、意識しないわけがない。

だから、思いの丈をぶちまけようとしている。それがどれだけ白斗の負担になるかも自覚していながら。

 

 

「……ごめんなさい、白斗さん。 私、何度もご迷惑おかけしてるのに……まだ、貴方に色々求めてしまって……」

 

 

ツネミは普段、我儘を言うタイプではない。でも白斗相手では自制が出来ない。

それだけ白斗が温かくて、頼れて、寄り添ってくれる、彼女にとって唯一の人だから。

 

 

「……お前にそれだけ求められる男になれて、良かったよ」

 

「え……?」

 

 

白斗はそれを悪いとは思わない。寧ろ彼にとって嬉しいことだった。

 

 

「あの夜、ツネミと出会って時……凄い綺麗な人だって思ったんだ。 素敵な歌声で、美しく踊って……思わず見惚れてた。 そんな人から求められて、嫌だなんて男がいるかよ」

 

 

運命のあの夜、白斗とツネミの出会いはまさに偶然だった。

あの日、白斗が外に出ていなかったら。あの日、ツネミが外で歌っていなければ。あの日、お互いの性格や事情が少しでも違えれば。

白斗と言う一般人が、トップアイドルとこんな関係になることもなかっただろう。

 

 

「ツネミと出会えて楽しかったよ。 アイドルの仕事手伝ったり、一緒にライブやったり、買い物したり、こうやってお泊り会出来てさ」

 

 

凄惨な過去ばかりで、楽しい思い出など何一つなかった白斗だからこそ言える。

こうやって素敵な思い出をくれる人が、白斗にとってどれだけ大切かを。だから、そんな人たちのために頑張れる。

そんな白斗だから―――ツネミは何もかも救われた。何か一つでも違わなかったから、こんな関係になれた。

 

 

(……そうです、白斗さんは……優しすぎます。 ネプテューヌ様や……私がどれだけ貴方を求めても、こんな風に許して……受け入れて、応えてくれるんですから……)

 

 

尚更、彼に抱き着く力を強くして、より密着する。

今は誰のものでもないかもしれない、でも白斗の一番近くにいたい。白斗の一番でありたい。

だから、離さない。今この時だけでも。

 

 

「白斗さん……もっと、甘えて……いいですか?」

 

「ドンと来なさいっての」

 

「なら……手……握ってください」

 

 

と、言いつつもツネミの方から手を取ってきた。

ただ握るだけではない。指と指を絡め合う、俗にいう「恋人つなぎ」だ。

ツネミの綺麗な指が白斗の指と絡み合うこの感覚は、くすぐったさに加えて謎の高揚感を齎す。

 

 

「……ふふ、これで白斗さんと私……繋がれました」

 

「そ、そうか……俺、こんな繋ぎ方……初めてだから……」

 

「そうなんですか? なら、私だけということですね。 ふふ……♪」

 

 

他の女の子とも、女神達とも、増してや一番近くにいるネプテューヌですらもしたことが無いという経験だけで嬉しく感じる。

だったら、絶対にこの手を離さない。例え白斗から離れようとも、また繋ぎ直して見せる。

そんな決意の下、ツネミは元々ゼロ距離だというのに更に体を擦り寄せてくる。

 

 

「はぁ……白斗さん……」

 

「つ、ツネミ……今更だけど、恥ずかしくないの……?」

 

「……ドキドキ、してますよ? なんだったら……聞いてみますか?」

 

「え? それって……うわっぷ!?」

 

 

すると突然、ツネミが覆い被さってきた。

更には上から胸を押し当ててくる。ベール程ではないが、極上の柔らかさだ。

 

 

「!?!?!?」

 

「……聞こえ、ますか? 私の心臓……こんなにも、バクバクしてるんです。 さっきからこんな風に“歌って”……止まらないんです」

 

 

確かにドキドキしていて、バクバクしている。けれども胸を当てられているという状況に、白斗の機械の心臓の方が爆発しそうになっている。

 

 

「……白斗さん、私……伝えたいんです。 私の今のこの心臓の歌を……この、気持ちを……」

 

「えっ? えっ!? ええぇぇっ!!?」

 

 

今度は顔から胸を離し、ツネミがこちらを覗き込んだ。

カーテンの隙間から漏れ出る月明りに照らされたツネミはとても美しく、とても色気があった。

更には綺麗な手が、緊張に震える白斗の顔をがっちりと押さえる。

 

 

(待って、これってマーベラスの時と似たような―――でも、ツネミは変なモン食ってないし……え? 何コレ? どういうこと!!?)

 

 

もう、分からない。でもこのまま身を任せてしまっていいものなのか。

ツネミの顔が、1センチ、また1センチと近づいてきて―――。

 

 

「あ、あばばばばばばば………っ!? ………きゅぅ………」

 

「………ふぇ? 白斗さん? 白斗さ~~~~んっ!?」

 

 

 

ボンッ、と顔が爆発したかと思うと白斗は目を渦巻きにして意識を失ってしまった。

何度こんなイベントを経験しても全く免疫がつかないらしい、ペチペチとツネミが頬を叩いても白斗は身動ぎ一つもしなかった。

 

 

「……はぁ、もう……白斗さんってば……」

 

 

当然、ツネミとしては不満だった。

―――けれども、あのまま勢いに任せればネプテューヌとの約束を破ってしまいそうになったのかもしれない。

だから、今回は仕方がないと溜め息を一つ。代わりに。

 

 

 

 

 

「……白斗さん。 貴方のお蔭で今夜はいい夢を見られます。 もう、怖くありません。 ですから……白斗さんもどうか、いい夢を…………ちゅっ」

 

 

 

 

 

彼の頬に口付けを一つ落とし、ツネミも目を閉じる。

―――次の日、目を覚ましたツネミはとてもご機嫌だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数日後、プラネテューヌの公園で国を盛り上げるためのイベントが行われていた。

ゲイムギョウ界各国の名物の屋台がズラリと並ぶ所謂「物産展」である。

そこで設営された特設ステージでは、この国のNo.1アイドルがいつもの衣装を着こんで舞台に上がっていた。

 

 

『―――皆さん、本日はプラネテューヌのイベントに来てくださりありがとうございます!』

 

「あ、白斗! ツネミ出てきたよ!」

 

「おお! 今日はやたらハキハキしてんなー」

 

 

マイクを片手にツネミが一言挨拶すれば、周りの男達が一気に色めき立つ。

そんな彼らの中に、ネプテューヌと白斗は観客として訪れていた。

ネプテューヌはこの国の女神として、そして白斗はツネミ本人からの招待を受けての特等席で、だ。

 

 

「この人気っぷり、もう元のテレビ中心の仕事に戻れるんじゃないのか?」

 

「そうなんだけど、ツネミが案外こっちの方気に入っちゃってね。 半々なんだってさ」

 

「なるほどね。 本人がそう言ってるならいいか」

 

 

ツネミは今でもご当地アイドルのような地位になっている。元々はテレビ番組中心で活躍するアイドルだったのだ。

だが、白斗の活躍でアイドルを辞めそうになっていたところを紆余曲折を経て今の形に落ち着いたのである。

 

 

『では、本日歌う曲はつい先日私が作曲したばかりの新曲です。 ―――“幸せ”を考え、歌にしてみました』

 

(ん? 新曲……そう言えば、あのお泊りした翌日、凄い勢いで新しい曲作ってたっけ)

 

 

白斗はすぐに思い当たった。

数日前、お泊り会となった次の日の朝。ツネミは新しい曲が出来たと言って作曲し始めたのだ。

詳細は教えてくれず、結局その後白斗は帰ってしまったため聞けず仕舞いだったのだが、今日それがやっと聞ける。

 

 

『聞いてください。 ―――“貴方に捧げる歌 ~HEART BEAT~”』

 

 

―――それは、ラブソングだった。

思えば、この曲を歌う直前。ツネミは「幸せを考えた」と言っていたが、それは彼女自身の幸せという意味なのだろう。

ならば、彼女における幸せ、ラブソング、そして白斗とお泊りしたことで出来た歌―――“そういうこと」なのだと、ネプテューヌは理解出来てしまった。

 

 

「む、むむむ~~~っ! つ、ツネミってば……そーゆーコトぉ!?」

 

「ん? どういうこと?」

 

 

白斗はイマイチ分かっていなかった。

でも、大盛り上がりする会場―――そしてツネミが白斗にだけ見せた、その美しい笑顔の前にはどうでもよくなってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――尚、この後本当に一時期ツネミに対して熱愛疑惑が巻き起こるのだが―――本人は至って平気そうに受け流していたという。




お待たせいたしました。ということで予告通りツネミ回でした。
ツネミちゃんは他ヒロインに比べて出番が遅かったこともあり一対一のシチュエーションが少なかったので、お泊り会という形にしてみました。
シチュエーション的には第四十五話の逆バージョンみたいな感じです。ただ、今回は物静かなツネミが甘えまくるお話が書きたかったのでこのような形に。ツネミちゃん可愛い。
アイドルということで5pb.とシチュエーションが被りかねなかったのですがこちらは趣味が作曲なのでそれに因んだチュエーションをば。因みに私は音楽聴くのは好きだけど弾くのは全くできません。
さて、次回ですが海のお話にしようと思います。ズバリ、R-18アイランドが舞台!
お楽しみにー!!感想ご意見、お待ちしております!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。