恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART   作:カスケード

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親方「女の子は絶対に受け止めろ。男は捨て置け」

それが世界の心理だろう?
では逆に聞こう。もしラ〇ュタの冒頭で降ってきたのが男の子だったら?
物語は終わっていただろう……すいません、そんなヤバイ喧嘩売るつもりは無いです、ハイ;


第六十話 親方ぁ!また空から女の子達がぁ!!

―――神次元、プラネテューヌ教会にて。

すっかり女神のたまり場となりつつあるこの建物に、今日も少女達は訪れる。

今日はルウィーから双子の女神候補生、ロムとラムが期待に満ちた眼差しを向けてくる。

傍にはすっかり双子と仲良しになったピーシェも控えていた。

 

 

「さて、今日はいつも良い子にしてくれているちびっ子三人のために新しいお友達を紹介したいと思います」

 

 

パン、と手を叩く少年、白斗。

今や女神達から慕われている彼の言葉に、ちびっ子たちは目を輝かせる。

 

 

「新しいお友達……!(きらきら)」

 

「ぴぃにおともだち? やったーっ!」

 

「お兄ちゃん、勿体ぶらないで早く教えてよ~!」

 

「ねぷちゃん、新しいお友達だって~!」

 

「出会いは尊い! 楽しみですなー」

 

「……オイ、俺はちびっ子って言ったんだが? 女神二人よ、それでいいのか?」

 

 

ちゃっかり混ざっているネプテューヌとプルルートに白い眼を向ける白斗。

ただ、追い出すこともないだろうと気を取り直して懐から何かを取り出す。

そして、“それ”を左手に嵌め―――。

 

 

『よしのんだよ~。 みんな、よろしくね~』

 

 

パクパクと、その口を動かす。

そう、白斗の左手にあったのは『よしのん』と名乗るウサギのパペットだった。

濁声ながらも愛嬌のある声色で語り掛ける白いウサギに対し、白斗の口は一切動いていない。

 

 

「わぁ~! うさぎさんのパペット~!」

 

「腹話術も完璧! 白斗凄~い! ……のは良いけど、なんでよしのんって名前なの?」

 

「それがな、夢の中に『つなこ』って神様が現れてな。 『ウサギのパペットを作るのです……名前はよしのんと名付けるのです……』ってお告げをしてな」

 

「つなこ……何だか、女神の私ですら足を向けて寝れなさそうな存在だよ」

 

 

つなこ―――それはひょっとしたら、ネプテューヌを美少女としてこの世に生み落としてくれた、偉大なる神の名前かもしれない。

 

 

「よしのん! よしのんの特技はなーに?」

 

『おっ、それを聴いちゃうかいラムちゃん。 よしのんはね~……』

 

 

すっかりよしのんにハマってしまったちびっ子達が質問を投げかけてくる。

意気揚々と白斗は人格を切り替え、よしのんがドヤ顔―――いや、表情は一切変わらなかったが―――で自分の設定を明かしていく。

特別なことなど何一つない、ただ楽しく、ただ平和で、でも幸せな日常がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな穏やかな日々を、この“語り部”は遥か彼方から見つめていた。

 

 

 

「……フフフ。 騎士殿は今日も平和な一日を満喫しておられるようですねぇ」

 

 

 

黒いローブに身を包んだ青年は、含み笑いを浮かべながら見つめている。

プラネテューヌの外、少し小高い丘の上から彼は“見ていた”。

これだけの距離が離れていれば、危機察知能力が高い白斗といえども気付けるはずがない。

―――にしても、平和を謳歌している白斗の表情には緊張感が欠けていた。

 

 

「ですが、平穏と停滞は紙一重……。 退屈にならない内に何か一石でも投じますか……おや? この感覚は……」

 

 

少々退屈を感じていたこの男は、誰かに見られれば陰気と受け取られかねない厭味ったらしい含み笑いを浮かべている。

くっくっく、と肩を上下させていると、突然上空を見上げた。

 

 

 

「……そうですかそうですか。 そんなにも彼に会いたいのですか……。 フフ、これは丁度いい。 一石は貴方がたに投じて貰いましょう」

 

 

 

ねっとりとした声色と笑みを浮かべ、男―――ジョーカーは顔を歪める。

身に纏っていた漆黒の外套をはためかせた、瞬間。その姿は、消え失せてしまっていた。

嫌な予感を告げる湿っぽい風ですら、その行き先は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、恋次元のとあるホテルの一室にて。

狂気の魔術師と呼ばれる少女一人と巨大な機械が一つ。そしてそれに期待を寄せている少女が三人。

 

 

「……い、一応作ったぞ。 神次元への転移……が可能になるかもしれない装置だ」

 

「「「ハリーハリーハリー!!!」」」

 

「ええい落ち着かんか!! ポンポコポンッ!!!」

 

「「「あたたたっ!!?」」」

 

 

狂気の魔術師と呼ばれた青い長髪の魔女っ娘、MAGES.はそれこそゾンビの様に群がる少女三人ことマーベラス、ツネミ、5pb.の頭を軽快に殴りつけた。

コメディチックな音がなるも、割と威力があったらしく三人は頭を押さえて蹲っている。

 

 

「話は最後まで聞け! これは数々の試行錯誤と事故と偶然とオカルトと奇跡とその他モロモロが掛け合わさって生まれた産物だ」

 

「え、何それ? 果てしなく不安なんだけど? そもそも装置と呼べるものなのそれ?」

 

「そうだ、不安なのだ。 安全性が全く保障されていない上に、白斗がいるであろう神次元への正確な転送が可能なのかどうかも実証されていない」

 

 

従姉へそう説明するMAGES.は、良く見れば息が上がっている。

ここの所徹夜でこの機械作成に没頭してくれていたからだろう。そんなMAGES.の努力の結晶とも言える装置をマーベラスは労わるように撫でている。

 

 

「転送座標も、プラネテューヌの教祖から貰ったものを元に無理矢理割り出し、出力エネルギーもシェアとは違う、ごく普通の電力と表沙汰にするとヤバイものを使っている」

 

「表沙汰にするとヤバイの!?」

 

「これくらい無理矢理でないと出来んということだ! ……やめるなら今の内だ」

 

 

本来、次元移動するともなれば神秘かつ強力とされるシェアエネルギーを必要とする。

それが確実かつ安全だからだ。だが、消費される量も莫大。

さすがにMAGES.が勝手に扱っていいものでもないため、今回は無理矢理代用エネルギーを用意したとのことらしい。

それくらいの無理矢理尽くし。相応の危険も伴うと警告するが、ツネミが首を横に振る。

 

 

「忠告、ありがとうございます。 ですが、退く選択肢だけはありません」

 

「……まぁ、確かにそろそろ『コレ』を手渡してやらないといけないしな」

 

 

MAGES.はすぐ隣に置かれている鉄の箱に視線を落とした。

所謂工具箱と呼ばれる、色気もない無骨な箱。しかし、それを手渡されたツネミは後生大事そうにそれを抱きしめた。

彼女達とて、単なる我儘だけで会いに行きたいのではない。どうしても退くに退けない理由が、その箱にあったのだ。

 

 

「とにかく、実験も兼ねてこれから装置を起動する。 そこの装置の上に立て」

 

 

MAGES.の指示に従い、三人の少女が装置の上に乗るった。

しかし、三人が乗るには少々手狭だったらしく、バランスを崩してしまいそうになる。

 

 

「きゃっ!? ちょっとマベちゃん、押さないでよ!」

 

「押してないって! ツネミちゃん寄り過ぎ!」

 

「……というよりもマーベラスさんが面積取り過ぎです。 ……その胸の所為で」

 

「あ、確かに。 じゃぁ、マベちゃんは下りる方向で」

 

「酷くないそれ!?」

 

 

ギャーギャーと騒いでいる少女達に呆れつつ、MAGES.は装置の起動準備に取り掛かる。

するととある数値を目にした途端、顔を顰めた。

 

 

「……というか少し重量オーバーだな。 お前達、太ったか?」

 

「それもマーベラスさんの所為ですね」

 

「どうして二人とも私に対して当たりがキツいの!?」

 

「「その胸の所為ですね裏切り者」」

 

「遂には裏切り者呼ばわり!? うわーん!!」

 

 

どうやらアイドル二人は巨乳のマーベラスにジェラシーを感じているらしい。

二人から糾弾されているマーベラスは少し涙目になってしまった。

 

 

「御託はそれまでだ。 転送装置……起動!」

 

 

マーベラスの叫びを切り捨て、MAGES.が遂にレバーを押し込んだ。

物々しい音と共に機械が震動し始め―――急にストン、と電源が落ちた。

 

 

「あ……あれ? MAGES.、どうなってるの?」

 

「む……やはり急ごしらえだったのがマズったか? 待て、今調整す―――」

 

 

途中までは上手くいっていたのだ。つまり、その不備さえ直せば今度こそ成功するはず。

MAGES.は工具を手に機械の調整に取り掛かる。

今まで実験を何度も繰り返してきたが、今度こそ上手くいく―――そんな彼女の目の前に、一つの「穴」が開いた。

 

 

「なっ、穴!? 空間に穴、こんなものを生み出す装置では……何、鎖っ!?」

 

 

空中に―――否、「空間に穴を空ける」装置では無い以上、これはMAGES.の手によるものではなく、何者かの手によるもの。

しかし、彼女の困惑より早く穴から伸びた一本の鎖が装置に突き刺さる。そして鎖を伝って怪しげな光が装置に流れ込んだ、瞬間。

 

 

「きゃっ!? な、何!?」

 

「装置が……動き出している!? め、MAGESさん!」

 

「お前達! 一刻も早く離れろッ! 後ツネミよ、私の名前の後には「.」を付け―――」

 

 

突如装置が動き始め、三人の足元から光が溢れる。まるであの鎖が無理矢理エネルギーを送り込んで起動させたかのように。

すぐに避難を促すもMAGES.の言も空しく、三人はあっという間に光に包まれ―――。

 

 

 

「「「きゃああああああああああああああああああっ!!?」」」

 

 

 

悲鳴と共に、この世界から消え失せてしまうのだった。

 

 

「なんて……ことだ……。 と、とにかく装置の修理を……むぅっ!?」

 

 

消えてしまった彼女達の足取りを追うためにも装置の修理が最優先。

しかし、肝心の装置は例の鎖によって破壊されてしまっており、しかもその鎖は役目は果たしたと言わんばかりにするすると穴の中へと戻ってしまう。

空間に空いた不気味な色合いの穴も、鎖を回収し終えるや否やすぐに閉じて消えてしまった。

 

 

「……何だ? 一体……何が起こっているのだ……!?」

 

 

今まで数多くの世界を仲間達と共に旅してきたMAGES.だが、こんな事態は見たことも聞いたこともない。

狂気の魔術師でさえ理解の及ばぬ事態。より一層混迷を極めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――舞台は再び神次元へと戻る。

少しばかりピーシェらちびっ子たちと遊んだ白斗は、今度はクエストのためにプラネテューヌ近郊の森へと足を運んでいた。

 

 

「はぁー、終わった終わったー。 ユニ、手伝ってくれてありがとな」

 

 

彼の後ろには、恋次元から飛んできた女神候補生のユニがいる。

今日のクエストはモンスター討伐。白斗一人では荷が重い内容だったので助っ人を見繕ったところ、名乗りを上げてくれたのだ。

 

 

「いいってば。 寧ろ今後はアタシを頼りにしてくれていいのよ、ネプギア以上に!」

 

「ははは、そりゃ頼もしい」

 

 

対するユニは白斗に頼られたことが相当嬉しかったのが超がつくほどのご機嫌である。

愛用のライフルを手に、ピョンピョンと跳ねまわる姿は実に可愛らしかった。

……尤も、無骨なライフルさえなければ絵になるような光景だったのが口惜しい。

 

 

「それにしても何で機械系モンスターなんて湧きやがるんだ……。 お陰様で急所がつけないったらありゃしねぇ」

 

「白兄ぃの場合、急所を突かなきゃダメージ与えられないのが難点よね。 つまり、白兄ぃに足りないのは基礎ステータス向上。 しばらくはアタシと一緒に特訓ね」

 

「そうなりますかね……。 ってかお前と一緒に?」

 

「そ、そうよ! ホラ、特訓相手がいる方が捗るじゃない!? へ、変な意味はないんだから!」

 

「……ぷっ。 そういうことにしておきますか」

 

 

慌てて照れ隠しに入る彼女がおかしくて、でも可愛くて。思わず白斗は笑みを零してしまう。

ここ最近はこんな日々が続いている。

ぬるま湯とまではいかないが、ベールとの和解以降目立ったトラブルもない日々。七賢人もあれから表立った動きを見せず、シェアの伸びも止まってこそいないが緩やか過ぎる。

いつになったら恋次元に帰れるのか―――。

 

 

「……ん、ぐっ……?」

 

「白兄ぃ? どうしたの?」

 

(……まさ、か。 チッ、そろそろかとは思ったが……!)

 

 

と、ふと白斗は一瞬だけだが息苦しさを覚えた。

それだけではない、胸が握り潰されるような激痛も走った。突然の変容にユニも違和感を覚えたのか、駆け寄って白斗の容態を見る。

 

 

「あ、ああいや。 どっか打ち身でもしたのか一瞬だけ痛んだというか」

 

「……嘘ね。 白兄ぃ、嘘を吐くときは目が泳いでるもん」

 

「は? 馬鹿言え、俺は昔からポーカーフェイスに定評が―――ハッ!?」

 

「やっぱり嘘ついてるじゃない!」

 

「ゆ、誘導尋問……! ユニ、成長したな。 兄ちゃんは嬉しいぞ……」

 

「そんなノリで誤魔化そうとしても無駄です。 ……で、実の所どうしたの?」

 

 

ユニからの視線がきつくなる。

可愛い妹分からの絶対零度の視線は、兄貴分としては耐え難いものだ。

素直に負けを認めて、先程の激痛の原因を口にしてみる。

 

 

「……あー、実はな。 どうも俺の『心臓』の調子が悪いみたいなんだ」

 

「え!?」

 

 

今度はユニが悲鳴に近い声を上げた。

白斗の心臓―――それは生身のものはなく、埋め込まれた「機械の心臓」なのだ。

命に関わる臓器の代用品であるだけに精密かつ定期的なメンテナスが必要な代物で―――

 

 

「ま、まさかこっちに来てからメンテしてないの!?」

 

「さすがに簡単なメンテくらいはしてたさ。 ただ、本格的ともなると専用の道具が必要になるんだ。 で、肝心の道具は今―――」

 

「あ……恋次元に……」

 

 

これまでメンテは改造を施した白斗自身や、機械の扱いに長けたネプギアやMAGES.、イストワールが主導で行っていた。

しかし、この場に居るのは白斗とネプギアだけ。しかもメンテに使用した専用の道具は手元にない。ともなれば、幾らか不備が出てきてもおかしくはない。

 

 

「こっちの世界じゃこれほどの精巧かつ特殊な人工心臓なんて存在しないから、道具の調達にも難儀しててな」

 

「…………」

 

「心配するなって。今、特注品を発注しているからそれまでの辛抱って奴だな」

 

 

一応、全く対策をしていないわけではない。

だが特注品ともなれば時間が掛かってしまうのも事実。この点ばかりは、白斗とネプギアにもどうしようもなかった。

 

 

「……分かった。 だったら、今日からクエスト禁止。 教会で大人しくしてて」

 

「善処します」

 

「善処じゃなくて約束しなさーい!!」

 

「そうはいってもネプテューヌとプルルート、仕事しねぇから俺がこうして…………ん?」

 

 

怒鳴ってくるユニを軽くいなしながらプラネテューヌに向けて歩を進めていると、足が止まった。

また心臓に負担がかかったのではない、あることに気付いたからだ。

その「あること」というのが―――。

 

 

―――……ぁぁぁ………

 

 

「……なぁ、ユニ。 何か聞こえてこないか?」

 

「え? 白兄ぃ、耳までおかしくなっちゃった?」

 

「それはない。 何せ俺はさっき微かになったユニの腹の音を聞き逃さないくらいだからな」

 

「ふぇっ!? き、聞こえてた!? ってか白兄ぃってばデリカシーの無い!!!」

 

「あいたたたっ! ゴメンゴメン! でも確かに誰かの声を……」

 

 

 

―――ゃぁぁぁぁぁぁ………

 

 

 

「っ! ほら、やっぱり聞こえるって!」

 

「た、確かにアタシにも聞こえたけど……どこから?」

 

 

 

―――きゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!

 

 

 

「……え? こ、この声……まさかっ!?」

 

 

聞こえてきたのは、紛れもなく女の子の悲鳴。

しかも、白斗にとって聞き覚えのある声だったのだ。

声は上から聞こえてくる。バッ、と勢いよく空を見上げてみれば。

 

 

「た、助けてぇえええええええ!!! 白斗君~~~~~~っ!!!」

 

「ま、マーベラスっ!? ―――ぬうおりゃあああああああああああああっ!!!」

 

 

オレンジ色のショートボブにインカムマイク、音符マークを瞳に宿し、更にはへそ出しルックの可愛らしい服装の少女。

―――間違いない。マーベラスAQLである。

彼女の姿を認めた途端、白斗は己の全てを脚力に費やし、落下予測地点に向かって走り出す。

 

 

「え!? は、白斗君っ!?」

 

「だらっしゃああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

どうやら恐怖の余り、直前まで白斗の存在に気付いていなかったらしい。

先程の悲鳴交じりの「白斗君」はつい出てしまった叫びのようだ。

そんなマーベラスを助けるため、白斗は久方ぶりに「オーバーロード・ハート」を解放してまで跳ぶ。

そして彼女を抱きかかえ、芝生を削りながら滑った。

正直、足から伝わる電撃のような激痛と機械の心臓が上げる軋みで体中から悲鳴が上がりそうだったが、そこは男の子。頑張って耐える。

 

 

「……っくぅ……。 だ、大丈夫かマーベラス?」

 

「は……はくと、くん? ホントに、白斗君……だよね?」

 

「おう。 ルウィーの雪原で出会って以降仲良くさせて頂いております黒原白斗君だよ。 そういうお前こそ、俺達の知るマーベラス……みたいだな」

 

 

マーベラスの方に怪我はないらしい。

それに安堵して穏やかな笑みといつもの軽口を叩けば、マーベラスは感極まったかのように涙腺を決壊させ、抱き着いてくる。

 

 

「……っ!! 会いたかったよ白斗君~~~っ!!!」

 

「どわぁっ!! ちょ、抱き着くなって!!」

 

「ぐすっ、ううぅぅぅ~~~っ!!! 久しぶりの白斗君だぁ……やっと、やっと会えた……」

 

「……心配かけて悪かったな、マーベラス。 俺は一応元気だから」

 

 

現在の恋次元と神次元の時差からすれば、まだ五日程度しか経っていない。

それでも会えないという寂しさは、マーベラスの心を弱らせていた。

彼女にそんな寂しい思いをさせてしまったことを詫びつつ、白斗がその柔らかな髪を優しく撫で続けた。

 

 

「は~く~に~い~~~~? なーにマベちゃんの胸にデレッデレになってるのかなぁ?」

 

「ヒィィィッ!? ち、違うんですよユニさん!! 俺は無実でしてね……!!」

 

「その弁明、果たして後でネプギア達を交えた裁判で通用すると思ってるのかな?」

 

「裁判沙汰!?」

 

 

一方、やっと追いついたユニだが気が付けば白斗の腕の中にマーベラスがいて、しかも彼女は白斗に抱き着き、そのたわわな胸を押し付けているではありませんか。

こんな状況を許せる乙女がいるのでしょうか、いやいない。

 

 

「と、とりあえずだ! マーベラス、なんでお前がこの世界に?」

 

「あ、そうだ。 それがね……」

 

 

かいつまんで要点を話した。

どうも状況としてはネプギア達がこの世界に落とされた時と酷似している。

ユニも顎に手を当てて考え込むものの、犯人の目的が見えない。白斗が言うには、自身らに接触したという「ジョーカー」なる男が重要参考人になるとのことだが。

 

 

「……また空間に穴、そして鎖……。 一体何の目的なんだろ?」

 

「それも気になるが、ツネミと5pb.は? 一緒に来たんじゃないのか?」

 

「それが、気が付いたら私だけがここに落っこちてきて……多分逸れちゃった」

 

「……っ! くそっ、二人とも……無事でいてくれよ!!」

 

 

途端、白斗は青ざめて携帯電話を取り出す。

今回のマーベラスはたまたま近くに白斗がいたから良かったものの、ツネミと5pb.はそうもいかない。

高所から叩きつけられたら無事では済まないだろう。仮に無事だったとして、森やダンジョンなどに迷い込めばモンスターに襲われ、ひとたまりもない。

 

 

(ツネミ……5pb.……! 頼む、出てくれっ……!!)

 

 

息が荒くなる、脳が掻き乱される、機械の心臓が軋みだす。

恥も外聞もない焦燥ぶり、だが白斗は知ったことではないとただただ二人の無事を祈っていた。

プルル、プルルとコール音が鳴り響いた後―――5pb.の電話の方に繋がった。

 

 

「ッ! もしもし、5pb.か!? 俺だ、黒原白斗だ!!」

 

 

電話と同時に希望が繋がった。

ユニも、マーベラスも思わず沸き上がる。白斗も安堵して破顔―――だが。

 

 

『お~? ホントに出やがった。 お前が黒原白斗か』

 

「ッ!?」

 

 

―――違う、5pb.の声ではない。

明らかに男の声だ。しかも品性のない荒々しい声色と言葉遣い。

白斗が笑顔を消したと同時にユニとマーベラスもピタリと止まってしまう。

 

 

「……誰だ」

 

『おっと、その前にこの会話を聞かれないようにしろ。 人気のない場所にでも行け』

 

「少し待て。 今外に出る」

 

 

いきなり不穏な会話を始めるつもりらしい。

事を荒立てないように白斗は指示に従い、外に出る―――フリをした。

何せ今、彼らは平原の真っただ中にいるのだから。

そして白斗はジェスチャーでユニに指示を飛ばす。何となく悟ったユニが、彼に合わせた。

 

 

「あれ? 白兄ぃ、どこに行くのー?」

 

「いや、野暮用。 すぐに戻るからー」

 

「分かった、気を付けてねー」

 

「おーう。 …………………待たせた、外に出たぞ」

 

『ああ、随分素直じゃねぇか』

 

 

小細工ではあるが、どうやら会話相手は周りに人がいないと本気で信じているらしい。

ユニとマーベラスも、音を立てないよう静かに聞き耳を立てる。

 

 

 

『さて、既に察していると思うが……5pb.ちゃんとツネミちゃんだっけ? 二人は預かった』

 

 

 

―――最悪の事態、白斗もある程度覚悟していたが動揺と怒りで手が震えた。

 

 

「……二人は無事なのか? 声を聴かせてくれ」

 

『今二人ともお寝んねしてるから寝息くらいだなぁ。 でも……そうだな、ツネミって子のケータイからお前に写メ送ってやるよ。 それで判断しな」

 

 

数分後、白斗の携帯電話に確かにツネミのアドレスから一枚の写真が届いた。

猿轡を噛まされた上にしっかりと縛り上げられている二人のアイドルの姿が。

 

 

(ふぁ、5pb.……!!)

 

(そんな、ツネミちゃんまで……!!)

 

ユニとマーベラスは口元を押さえて絶叫した。

写真を見る限りでは暴行を加えられている様子はないが、これから手を上げられる可能性もある以上、悠長なことは言っていられない。

 

 

「……俺に何をさせたいんだ。 生憎、俺はただの小僧だが」

 

『とぼけんなよぉ。 聞いたぜ、お前、女神の信頼が厚いんだって?』

 

 

わざわざ白斗を名指ししてきたということは、彼に何かをさせたいということだ。

誘拐犯の男は白斗に対する女神の信頼に言及した上で、要求を告げる。

 

 

『ビジネスだ。 お前にとって大事な小娘二人の命の代金、合わせて10億クレジットで売ってやる。 今夜十二時までに用意し、さっきの写真に添付された地図の場所まで一人で来な』

 

 

良く見ると、先程のメールには写真のみならず地図まで添付されている。

どうやら、ここが現金の引き渡し場所になるらしい。

無論10億クレジットなど個人で用意できる額ではない。非現実的すぎる。だが、白斗の立場ならそれも可能と踏んだのだ。

 

 

「……なるほど、女神様だまくらかして大金ぶんどって来いってワケか」

 

『察しがいいじゃねぇか。 つまりはそういうことだ』

 

 

白斗は女神の仕事を手伝ってきたが故にある程度国政や経済にも携われる。

そんな彼が進言なりすれば、10億という馬鹿げた額も捻出できるだろうと踏んだようだ。

 

 

「10億クレジットなんて金、一人で持ち運びきれんが」

 

『そこはお前の腕の見せ所だ。 ……以上だ、一分でも遅れたりしたら二人の命はねぇ。 後、わかってるとは思うが……女神には知らせるな』

 

 

物理的に無理と進言しようとしたが、男は聞く耳を持たない。

そのまま通話は打ち切られ、空しい音だけが帰ってくる。

再び5pb.とツネミの電話に通話を掛けるも、以降は電源を切られてしまったらしく繋がらなかった。

 

 

「ど、どどどどどうしよう白兄ぃ!? これって営利誘拐って奴だよね!!?」

 

「そ、そんな……!! 二人が……二人が……!!」

 

 

もう声を隠す必要はない。今まで息を潜めていた分、ユニとマーベラスは大慌てだ。

誘拐と言う前代未聞の事態に右往左往。冷静な思考が出来ない。

ただ白斗は怒りを必死に理性で押さえつけながらも、冷静な思考を保ち続けた。

 

 

「落ち着け二人とも。 ……展開が早過ぎる」

 

「え? 白兄ぃ、それって……」

 

「考えてもみろ。 二人はマーベラスと一緒にこの世界に落ちてきたはずだろ? 多少タイムラグがあったとしても、こんなにも早く誘拐なんて考えられるか?」

 

「た、確かに……」

 

「それにあいつら、二人を『アイドルとして』じゃなくて『俺への人質』として脅してきやがった。 俺の事は良く知っているくせに、二人の価値そのものは知らないような言動だった」

 

「ということは……どういうこと?」

 

 

まだ考えが纏まらないようだ。

そんな二人を落ち着かせるためにも、白斗までもが怒りに身を任せるわけにはいかない。

出来るだけ穏やかな声で自分の考えを告げる。

 

 

「……誰かがバックにいやがるんだ。 二人を誘拐犯に引き渡し、同時に俺の情報を渡して操っている奴が。 そして、犯人は恐らくマーベラス達をこの世界に招いた奴でもある」

 

 

言われてみて納得した。

幾ら何でも、元はこの世界にいない人間の情報を知り過ぎていた犯人グループ。ならば、誰かが情報を与えたと見るべきだ。

その誰かは三人をこの世界へ導いた者―――あの鎖を操り、装置を暴走させた者で間違いない。

 

 

「そんな奴を相手に冷静さを失ったまま突っ込んだら、二人の命を余計に危険に晒すことになる」

 

「だ、だよね……。 でも実際どうするの?」

 

「相手はまだ、ユニとマーベラスの存在を知らない。 ……二人とも、力を貸してくれ」

 

 

そこで先程の小細工が活きてくる。

敵はまだ、今の会話がユニとマーベラスに聞かれていることを知らない。つまり、二人はノーマーク故に自由に動けるということだ。

ネプテューヌら他の女神達が動けば敵に察知され、ツネミと5pb.に危険が及ぶがこの二人なら動いたとしても怪しまれない。

 

 

「勿論! 元は私達が招いた事態だもん! 絶対に二人を助けるよ!!」

 

「アタシだって! 知り合いが攫われて黙っていられるもんですか! ……でも白兄ぃ、相手の黒幕……ホントにアタシ達に接触してきた、あのジョーカーって奴なの?」

 

「俺はそう睨んでる。 実際、警戒しておくに越したことはない。 多分、奴は情報を与えるだけで奴自身は手を出してこないと思うけど」

 

「なんで分かるの?」

 

「わざわざマーベラスだけをこっちに分断させているからだ。 ……大方、俺達がどうやって二人を助け出すかを見物して楽しんでるってトコだろうよ」

 

「うっわ……陰湿ぅ~!!」

 

 

以前の言動からして、彼自身事態を動かすことはあっても表に出ることは無いようだ。

ならば日和見に徹していると見て間違いない。

今頃物陰でクスクスと笑っているであろう陰気な彼の姿を思い浮かべるだけでユニの怒りはマグマの如く煮えたぎってくる。

 

 

「……上等じゃねぇか。 こちとらやることは変わらねぇんだ」

 

「そうだよね。 ……ところで白斗君、一つ聞いていい?」

 

「何だ?」

 

「その……怒ってる? 怒りのあまりお相手さんをデストロイしちゃわない?」

 

「ぶっちゃけしたいと思ってるがそれよりも二人の安否の方が大事だ。 そんなことをしている暇はない」

 

 

これでも白斗は存外理性が強い方だ。

大切な知人を誘拐したことに対する怒りは、それこそ火山の如く爆発そうなくらいにまで溜まっている。

けれども、怒りに身を任せて大切なものを見失う程白斗は愚かでもなかった。

 

 

「必要があったり、暇が出来たらしちゃうかもね☆」

 

「やっぱりメチャクチャ怒ってたー!!?」

 

 

―――ただ、それで怒りを忘れられるほど冷めてもいなかった。

事が終われば誘拐犯たちはどうなってしまうのか。自業自得とは言え、ユニとマーベラスは少しだけ彼らに同情してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、時と場所は変わりここはプラネテューヌ郊外に存在する廃工場。

嘗てはゲームソフトを生産する小さな工場だったらしいが、事業拡大に伴い新しい工場が建てられ、この工場は放棄されたという。

そうして棄てられて久しい工場は腐食が進み、あちこちが破損し、虫や野生動物は愚か、モンスターも時々徘徊するという。

そんな工場の最奥部に五名の品のない男達と、一人の肌色の悪い女がいる。そして、そのすぐ傍に二人の縛られている少女がいた。

 

 

「いやー、まさか本当に交渉成立するとは思ってもみなかったわ」

 

「だなぁ。 確かにこの子達メチャクチャ可愛いが、これで女神の金にありつけるとは」

 

「ですが、これで俺らも贅沢三昧ってモンですよね! ―――リンダの姉御!」

 

 

明らかにゴロツキとしか言えない男達。

そんな彼らをまとめ上げていたのは、肌色の悪く、それでいて目付きこそ凶悪そうだったが小柄な体格と熊のパーカーでどこか残念さを醸し出す女。

 

 

 

「だろだろぉ!? まぁ、アタイも半信半疑だったんだがな」

 

 

 

リンダ、今ではこの神次元で七賢人の一人として活動している小悪党である。

今日も愛用の鉄パイプを肩に担ぎ、満足そうに言葉をつらつらと並べていた。

 

 

(にしてもトリック様は幼女が絡まなきゃ手伝ってくれねーし、アクダイジーンのおっさんは自分の娘に掛かり切り、コピリーの旦那は熱血漢ゆえに誘拐に協力してくれず、その他連中は荒事に不向き……全く、こうしてアタイが資金稼ぎするハメになるとは)

 

 

七賢人も組織運営、悪事を働くには相応の金が必要になる。

資金稼ぎの一環として、こうした小さな悪事を積み重ねているのだ。だが面子の気性的に悪事で稼げるとしたらリンダくらいしかいない。

尤も彼女は根っからの小悪党ゆえに罪悪感を感じることも無ければ、今回はせしめられる額が額だ。テンションがいつになく上がっている。

 

 

 

「おやおや、順調そうですねぇ」

 

 

そこへぬっ、と現れる慇懃無礼な口調と影。

まるで虚空から現れたかのようなその不気味な男に、リンダたちはつい腰を抜かしてしまいそうになる。

 

 

「うおっ!? あ、アンタか“ジョーカー”! 脅かすな!!」

 

「失礼ですねぇ、そんなに顔を青ざめさせて」

 

「肌が青いのは元からだ!」

 

 

鍔の広い帽子に全身を覆い尽くす黒い外套、常に柔和な笑みだがどこか影を感じる男。

―――その名はジョーカー。

凶暴そうな男達相手でも、相変わらずの飄々とした言動である。

 

 

「……それでアンタ、どうしてこの小娘二人が空から降ってくるって分かったんだ?」

 

「さぁ? どうしてでしょうねぇ? 女神様からのお告げだったり?」

 

「……もういい、アンタと話していると頭が痛くなってくる」

 

 

そう、今回の誘拐計画を持ち掛けてきたのは他ならぬこのジョーカーなのだ。

リンダが偶然、子分たちと会合を開いていたところこの男が急に現れ、良い儲け話があると告げてきた。

正直胡散臭いことこの上なかったのだが、他にやることもないし一縷の望みに賭けて……なんて軽い気持ちで指定されたポイントに赴いてみれば、そこに落ちてきたのが。

 

 

(……なんてこと……。 白斗さんに会いに来ただけなのに……)

 

(人質にされちゃうなんて……!)

 

 

今、怯えたように部屋の隅で縛られている少女。ツネミと5pb.だったのだ。

リンダも元は恋次元の出身、有名なアイドルである二人の顔を見てピンときた。確かに彼女達ならば白斗を脅すいい材料になると。

 

 

「それで確認だが、アンタは本当に金とかいらネェんだな?」

 

「ええ、ええ。 私、色んな物語を見るのが好きでして」

 

「ホント、よくわかんネェ」

 

 

白斗に要求した額は10億クレジット。その儲けの何割かを要求されるかと思ったが、ジョーカーは別段そんなことは無かった。

ただただ騒ぎを楽しみたいという彼の言動そのものに嘘が感じられないからこそ、リンダは尚更不気味に感じざるを得ない。

 

 

「ですが私こそ意外に思いますよ。 貴女が彼らとつるんでいたなんて」

 

「まぁ、アタイ悪党だからな。 ああいう奴らは放っておけネェんだよな」

 

「なるほどぉ、人に歴史ありですねぇ」

 

「……テキトーこいてんじゃネェ」

 

「いえいえ、その人物が深くなればなるほど面白いと感じるのは事実ですよ?」

 

 

実際、彼がリンダを観察するその視線は確かに興味深そうだった。

本当に彼は「見る」ことが好きなのだろう。尤も、リンダとしては不快なことこの上ないが。

 

 

「ところでお前ら、その箱は何だ?」

 

「んぁ? ああ、これですかい? この子達が後生大事そうに抱えてた奴でして」

 

「まだ中身は見ちゃいねぇですが、大事なモンだったら金になるかなと―――」

 

 

そんな彼らが逃れようと視線を逸らした先に、それはあった。

色気のない鉄の箱。リンダの記憶では、自分も子分たちもこんな箱は持っていなかったはず。

それもそのはず、これはツネミ達が抱えていたものなのだから。

とりあえず中を改めようと乱暴な手つきでそれに手を伸ばした途端。

 

 

「だ、ダメッ!!」

 

「それに触らないでくださいっ!!」

 

「な、なんだお前ら。 急に大声出しやがって」

 

 

今まで無言を貫いていたツネミと5pb.が、急に大声を張り上げた。

まるでそれが傷つけられることを何よりも恐れているかのように。

 

 

「そんなに大事なモンならマジで金になるかもな。 どれどれ……ってなんだ、変な形した工具ばかりじゃネェか。 期待させておいて何だよ、くっだらネェ」

 

 

期待して開けてみれば、そこにあったのはドライバーを始めとした工具一式。

しかも見たこともないような形の工具がぎっしりと詰め込まれている。

だがこんなもの、大した金になりはしない。苛立ちの赴くまま地面にでも叩きつけよとしたのだが。

 

 

「やめてくださいっ!! 壊さないで……!!」

 

「それがなかったら……白斗君が、大変なことに……!!」

 

「はぁ? こんな工具なんかで何が……」

 

 

だが、ツネミと5pb.にとってはまるで自分達の命よりも大事だと言わんばかりの勢いだ。

リンダは「白斗」という単語が出たことで、これが白斗にとって必要なものだと理解したが、用途が全く分からない。

 

 

「まぁまぁ、いいじゃねぇですか。 ま、約束までまだ時間もあることですしぃ」

 

「ここはこの子達の感触でも確かめておくかねぇ! ヒヒヒ……!!」

 

「「………ッ!!」」

 

「おっと、拒むんじゃねぇぞ。 これがぶっ壊されてもいいのかなァ~?」

 

 

だが、男達の興味は工具よりも二人の少女に移っていた。

どちらかと言えば物静かなツネミと5pb.だが、恋次元ではトップクラスのアイドル。そんな二人の可憐さと美貌、そして体つきに男達は我慢の限界のようだ。

厭らしい動きを見せる指先が二人に触れる―――その直前。“一本の鎖”が過り、勢いよく床に突き刺さった。

 

 

「どわああぁぁぁっ!?」

 

「……すみませんねぇ。 こういう盛り下がるような展開、私あまり好きじゃないのですよ」

 

 

鎖はなんと、空間に空いた穴から伸びていた。

そんな非現実的な光景の中、ただ一人平然としているのはジョーカー。

言動からして、この鎖は彼の仕業だとすぐに理解できる。

 

 

「な、何しやがん―――ヒッ!?」

 

 

更に別の穴から鎖がもう一本伸びる。

鎖の先には鋭い刃があり、いつでも男の眉間を射抜けると言わんばかりの目の前で止まった。

 

 

「私との契約では余計なことはしないこと、とあったはず。 ……お願いしますね?」

 

「わ、分かったって!!」

 

 

声色も口調も変わらない。だが、ジョーカーの警告はどこか酷薄で、だからこそどこか恐ろし掛った。

「とりあえず警告はした、後はどうなってもいいですよね?」と言外に含まれていると嫌でも思い知らされるのだ。

このジョーカーの底知れぬ恐ろしさに誰もが言葉を失っていたのだが。

 

 

(……あの、鎖……)

 

(間違いありません。 あの転移装置に突き刺さった鎖と同じ……!)

 

 

5pb.とツネミは、確信を得てしまった。

自分達がこの世界に来る直前、一本の鎖が転送装置に突き刺さった。そして流し込まれたエネルギーで機械が暴走、結果この世界へと飛んできた。

そしてその鎖を操っているのがあのジョーカーと言う男―――彼がこの事件の一連の黒幕だ。

 

 

「……さて、私はそろそろお暇しましょう。 楽しみにしてますよぉ、皆さんがこの物語の中でどう踊ってくれるのかを……フフフ」

 

 

などと言いながら、ジョーカーは影に溶け込むかのように消えていった。

一体どういう原理で消えているのか、最早突っ込む気さえ起きない。

恐怖にも似た感情が、体中の熱を奪っていくのがよく分かったからだ。それこそあの鎖で体を締め付けられるかのような、底冷えする感覚。

 

 

「……姉御、ホントに大丈夫なんスかねあの野郎……」

 

「正直イカれてるな。 だが、儲け話なのも事実……お前ら、明日祝杯上げるためにも絶対にしくじるんじゃネェぞ!」

 

「「「おぉ―――――っ!!」」」

 

 

約束の刻限まで、後数時間。

数時間後に成功にしろ失敗にしろ、自分達の進退が極まる。まさに悪党共にとっては一世一代の大勝負、嘗てないやる気と共に獣のような咆哮を上げるのだった。

 

 

(……白斗さん……)

 

(ボク達はどうなってもいい……。 でも、アレだけは……白斗君に届けないと……!)

 

 

そんな彼らのやる気に当てられて尚、気丈さは崩さないツネミと5pb.。

本来気弱なこの二人が心折れない理由はただ一つ、愛するあの人のためである。

そのためにも、今机の端に置かれているあの箱をあの人―――黒原白斗に届けてなくては。

 

 

 

 

 

 

(……いた! ツネミちゃんに5pb.ちゃん! 良かった、二人とも無事で……!)

 

 

 

 

 

 

 

―――その様子を、物陰から忍の少女はしっかりと目撃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――廃工場の近くの茂み。

そこでは白斗とユニが身を潜めて機会をじっと窺っていた。

 

 

「ねぇ、白兄ぃ。 ここであってるの?」

 

「電波を逆探知した結果だ。 今、マーベラスが中の様子を確認してくれている」

 

 

白斗の手には、先程まで通話に使用していた携帯電話が握られている。

そしてその画面には地図が表示されており、目的地を示す赤い点が点滅していた。

その目的地こそがここ、廃工場だったのである。

 

 

「それにしても電波逆探知までやっちゃうなんてさすが白兄ぃね」

 

「そこは科学の国、プラネテューヌに感謝だ。 俺一人じゃどうしようも無かったしな」

 

 

過去、暗殺者として虐待じみた教育を受けてきた経験と知識、技術がここで役に立ってしまった。

機材と通信記録さえあれば白斗は位置情報を割り出すことが出来る。正直、良い趣味とは言えないため大っぴらにしたくは無かったのだが、大切な少女達の命が掛かっているこの状況であれば天秤にかけるまでもなかった。

 

 

「白斗君、ただいま! ツネミちゃんと5pb.ちゃんいたよ!」

 

「お帰りマーベラス。 偵察なんて危険な真似させて悪かったな」

 

「いいよそれくらい、これぞくノ一の領分!」

 

 

そこへ中へ偵察に赴いていたマーベラスも帰還した。

ここに来て早々白斗自身が中を見てこようとしたのだが、マーベラスが名乗りを上げ、そのまま行ってしまったのだ。

 

 

「二人とも縛られていたけど特に乱暴とかされていないみたい」

 

「そうか! それは何よりだ……」

 

 

ツネミと5pb.の安否を何よりも気にしていた白斗にとって、この数時間が気が気でならなかった。

だからこそマーベラスから齎された無事という情報に、心から安堵する。

 

 

「それと犯人グループは男が五名と、あのリンダっていうのが一人」

 

「またあの下っ端かよ!? いい加減マジでシメておこうか……!!」

 

「そうね……いい加減、アタシもムカついてきたところだし……」

 

 

一方で犯人グループ、特に主犯格であり幾度となく白斗達に害を成すリンダに対していよいよヘイトが溜まってきた。

そろそろ本気で無力化させた方がいいかと、ユニですら我慢の限界である。

 

 

「それと……私は直接見ていないんだけど、白斗君が言ってたジョーカーって人も関わってるみたい」

 

「やっぱりか。 ……あいつは?」

 

「お金目的じゃないからってどこか行っちゃったみたい」

 

「これも白兄ぃの予想通りね。 それじゃ、敵は全部で六名ってコト?」

 

「うん。 で、どうするの?」

 

 

ジョーカーが関わっていたこと、そして彼自身は手を出さないこと。これも想定済みだ。

だからこそ、改めて作戦を練らなければならない。

 

 

「催眠ガス使って全員を眠らせれば手っ取り早いが、生憎そう言うのはない……となれば一人一人を闇討ちするのが確実か」

 

「白兄ぃ、だったらボヤ騒ぎ起こして敵が混乱している間に二人を救出! ってのは?」

 

「二次被害が出ちまうから却下。 火事で最もヤバイのは煙だからな、ツネミと5pb.も巻き込みかねない。 人質がいない、単なる殲滅戦だったら有効だけどな」

 

「あう……」

 

 

今回は突発的な話だったが故に装備が十分ではない。

かと言って過激な行動に出ればツネミや5pb.にも危害が及ぶ。

中々悩ましい事態にユニは頭を抱えてしまった。

 

 

「マーベラス、二人を誰にも気取られずに取り返すってのは出来そうか?」

 

「うーん、それが用心深いのか誰か一人は見張りに立ってるんだよね」

 

「二人だけを掻っ攫うってのは無理があるか……。 となると……」

 

 

今回、白斗達の目的は犯人グループを殲滅することではない。

ツネミと5pb.を無事に取り返すことが絶対にして最大の目標。二人を取り返せば、下っ端たちの静止などどうでもいいのだ。

如何に二人を無事に取り返すかの当たりを付けている最中、白斗の鼻先に冷たい感覚が弾けた。

 

 

「……ん? 雨か、二人とも、木の下に」

 

「「う、うん」」

 

 

かなり大きな雨粒だ。天気予報では晴れだったはずだが、通り雨なのだろうか。

一雨が来そうだと白斗は二人の少女を木陰へと呼びよせる。しかし、次の瞬間雷鳴が届き、凄まじい雨音が辺りを支配した。

 

 

「うお、結構酷い雨だな!? 二人とも、俺のコートの中に」

 

「「ッ! ヘイ、喜んで!!」」

 

「なんでそんなテンション高いんだよ!?」

 

 

大慌てで白斗は着込んでいたコートを広げ、二人を左右に包み込む。

不謹慎ではあるが、意中の相手から密着されるというのは乙女的には高ポイントなのだ。

 

 

「悪いな二人とも、準備が悪くて」

 

「「いい……寧ろ、イイ……」」

 

「はい?」

 

「そ、それより! どうしよう、この雨利用できない?」

 

「どうだろうな、雨……ボロ工場で雨漏り……うーむ」

 

 

何が解決策に繋がるか分からない。

白斗もあれやこれやと作戦を立てているが、中々纏まらないようだ。

 

 

「そう言えばマベちゃん、あの下っ端以外の男達ってどんな奴ら?」

 

「いや、ゴロツキって感じだったよ。 冒険者崩れなのかな、腕もそこそこ」

 

「真正面戦闘は避けた方がいい感じね」

 

「ただ女に飢えている下衆な男って感じでね。 あ、心配しないで! 二人には手を出さないようにジョーカーって人がキッチリ釘を刺したからすぐには襲われないと思うけど……」

 

 

一瞬「女に飢えている」という部分で白斗が焦り始めたのだが、すぐさまマーベラスが補足を入れてくれる。

それがなければ、白斗も己を律することが難しかっただろう。

と、ここで「小悪魔」の称号をほしいままにするユニが何やら思いついたらしくピコンと電球を輝かせた。

 

 

「……あ! なら、良い作戦があるよ白兄ぃ!」

 

「お、ホントか! ではユニさん、提案をどうぞ」

 

「うん、あのね―――」

 

 

今はどんな意見でも欲しい。それが二人を救えるならと白斗は嬉々として聞き耳を立てる。

―――そして、その作戦は実に効果的で二人に決して負担を与えることのない作戦だ。

マーベラスからも大賛成を得られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ一人……白斗だけは、この世の終わりにも近い叫びを上げるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし姉御ぉ、酷ェ雨ッスね」

 

「確かになぁ。 取引に影響しちまわないか?」

 

 

その頃、廃工場内部では余りの酷い通り雨に皆が苛立っていた。

激しい豪雨が鉄板や天窓を打ち付け、耳障りな演奏会を繰り広げる。廃工場だけあってところどころ雨漏りもしており、満足に座れもしなかった。

これだけ視界不良で尚且つ出歩くのも困難な雨がずっと続けば確かに取引にも影響してしまいそうなものだが、リンダは至って能天気だった。

 

 

「ケッ、あいつらがどんな酷い目に遭おうがアタイらには関係ネェ。 あいつらは死ぬ気で金用意するしかネェんだからよ」

 

「そりゃそうだ! ハハハハハ!」

 

 

最悪金さえ用意させれば彼らの安否などどうでもいい。

そんなまさに悪党じみた考えにツネミと5pb.は心底腸が煮えくり返る。

彼らへの怒りで恐怖も逆に冷めてしまったくらいだ。

 

 

「……すみませ~ん……。 どなたか、いらっしゃいますか~……?」

 

 

そこへ、か細い女性のような声が聞こえた。

声だけでもかなり可愛らしいと分かる。

 

 

「んぁ? なんだぁ、今の声……?」

 

「女……のようッスね。 自分、様子見てきやす」

 

「俺も行くぜ」

 

 

女の声、と聴けば飢えた男達は黙っていられない。

すぐさま鼻息荒くして入り口の方に様子を見に行く。

そこにいたのは、ウェーブのかかった長い髪の美少女のようにも見える人物だった。

 

 

「す、すみません……。 外を散歩していたら通り雨にあっちゃって……ここで雨宿りさせてもらっていいですか……?」

 

 

随分弱々しい仕草に声。

おまけに男達の目から見ても完璧な美少女。当然、男達からすれば断る理由などない。

 

 

「おー♪ 勿論だよベイビィ」

 

「さぁさ、一名様ご案なーい♪」

 

「え、ちょ……きゃっ!?」

 

 

紳士的、とは真逆な強引なエスコート。

漢字では男二人が女を挟んで「嬲る」と書くように、か弱い美少女を男二人がその脇を抱えながら運ぶ。

 

 

「……お前ら、何だその女?」

 

「へへ、雨宿りしたいんですって」

 

「勿論好きなだけ宿っていけよぉ。 お題はそのカラダで……なぁっ!!」

 

「きゃっ!? な、何を!?」

 

 

どうやら手を出せないツネミと5pb.に変わってこの少女で“お相手”してもらうつもりらしい。

同じ女としてリンダは呆れを隠せないが、かと言って部下の楽しみを奪う程意地悪でも無かった。

 

 

「ったく、お前ら相変わらずサカってんのな……まぁ、あのジョーカーって野郎にキツく釘刺されてんのはそこの女二人だけだし、そいつならいいか……」

 

「へへ、さすが姉御! 話が分かるゥ!」

 

「しばらくはお楽しみだぜ! そういや君ィ、名前なんていうのー?」

 

 

滴る涎を拭きながら男の一人が問いかける。

そう言えばまだ名前も聞いていなかった。

―――だが何故だろう、それを傍から見ていたツネミと5pb.はどこか安心してしまっている。

何故なら、その人物は。

 

 

「……は、白子……です……」

 

(白斗君!?)

(白斗さん!?)

 

 

白子―――それは、黒原白斗の女装した姿だったからだ。

これこそユニの立てた作戦。白斗の女装レベルの高さを利用して内部に送り込もうという算段だったのだ。

見事それは功を奏し、男達は勿論リンダですら正体に気付かない。白斗は縄で縛られつつ、アイドル二人の隣に寝転ばされるがすぐに二人には笑顔を見せる。

 

 

(よ、悪いな二人とも。 待たせちまって)

 

(いいよそんなの! こうして白斗君と白子ちゃんに会えたんだから!)

 

(はい! 白斗さんのみならず、また女装したその姿にお会いできるなんて……!!)

 

(お前らこんな時でも俺の女装姿所望してんのかよ!? 意外にふてぶてしいな!?)

 

 

呆れる白斗だったが、こんな冗談を言えるのなら本当に大丈夫なのだろう。

何はともあれ、これにて潜入完了。ツネミと5pb.の近くにポジション取りも出来た。

となれば、後やるべきなのはここからの脱出。

 

 

「姉御ぉ! 俺早速楽しみてぇです!」

 

「ったく、時間も無限にあるわけじゃネェってのに……程々にしとけよ?」

 

「ヘイヘーイ! さぁ待ってました、お楽しみの時間……♪」

 

 

早速手を付けようと一人の男が近くに寄ってきた。

残りの面々は準備やら順番やらで不平不満を言いつつもその場から離れている。

であるならば、白斗のやるべきことは一つ。

 

 

「貴方は……ここに入れてくださった……」

 

「そうだぜ白子ちゃん、ちゃんとお礼はしてもらわねぇと♪」

 

「……ですね。 しっかりお礼させていただきます」

 

「オウオウ♪ そうそう、殊勝な子はすぐに好かれ――――んッ!?」

 

 

しかし、ウキウキしていた男の目玉がひん剥いた。

何を隠そう、縛っていたはずの白子―――否、白斗が隠し持っていたナイフで縄を切り裂いて拘束から脱出、更には変装を解いたのだから。

 

 

「―――このトムキャットレッドビートルでなァ!!!」

 

「ぐほァ!!?」

 

 

一瞬、赤い閃光を思わせるような鋭いチャージインという名の突進が男の鳩尾に撃ち込まれる。

速度、即ち威力。凄まじい一撃を急所に受け、男はあえなく悶絶した。

今なら見張りの目もない。逃げ出す絶好のチャンスだ。

 

 

「ったく、ネプテューヌ達とアニメ視てたら変な技思いついちまうもんだ。 さて、待たせたな二人とも。 ―――そらよっ!」

 

 

すぐさま白刃を閃かせ、二人を縛っていた縄を切り裂く。

久々に自由になれた感覚に戸惑っているのか、すぐに立ち上がれないアイドル達だった。

 

 

「あっ……。 す、すみません。 今立ち上がりますから……」

 

「いいって、慌てる方がよっぽど危険だ」

 

「白斗君、心配かけてゴメンね……」

 

「だからそういうのも後々。 ホレ、まずは脱出だ」

 

 

さすがに迷惑をかけてしまったと思っているのか、自責して暗くなる二人。

だが白斗には二人を責めるつもりもなければそんな暇もない。

今は一刻も早くここをでなくては。そんな肝心なところで。

 

 

「へっへー、あいつだけお楽しみなんてズルイしなぁ。 俺だったら三人纏めてつまみ食い……って、な、何だこの状況!!?」

 

 

命令無視した誘拐犯の一人が、嬉々としてこちらにやってきたのだ。

当然彼の目には倒れた仲間の一人、解放された人質たち、更には正体を現した白斗も目撃されてしまっているわけで。

 

 

「チッ! ボスの言いつけ守らねぇ悪い子だなッ!」

 

「んグェッ!?」

 

 

咄嗟に白斗が袖口からワイヤーを伸ばし、男の首に巻き付ける。

締め上げている間に彼をぶん投げて地面に叩きつければ一発で昏倒した。だが、既にこの騒ぎは反響する廃工場内に響き渡ってしまっている。

 

 

「な、何だ今の騒ぎ……ってテメェら!? それにクソ性悪男まで!!?」

 

「やれやれ、こっそり脱出もここまでか」

 

 

やはりと言うべきか、騒ぎを聞きつけてリンダ達も駆けつけてきた。

鉄パイプやら何やらを握っており、臨戦態勢。

 

 

「クッソ!! あの女、テメェが化けてやがったのか!!」

 

「別にいいだろ? 悪党共の要求に何で従ってやらなきゃいけねぇ」

 

「ええい!! テメェら、責任もって取り囲めぇ!!!」

 

 

苛立ちの赴くまま、リンダは残る三人の部下に命じて白斗達を取り囲もうとする。

白斗自身は兎も角、このままではツネミと5pb.を逃がせない。

 

 

「おっと、そうやって複数で囲んでくるならこっちだって考えがある。 ―――マーベラス!」

 

「りょーかいっ!!」

 

 

そこへ颯爽と降り立った一筋の影。

白斗が頼りにするくノ一、マーベラスAQLが巻物を咥え、短刀を手にしている。

こと戦闘力に関しては白斗よりも上だ、頼もしいことこの上ない。

 

 

「仲間か!? ……だとしてもこの状況、どうやって逃げるってんだ!?」

 

「逃げ道がねぇなら作ればいいんだよ」

 

「アァ? どういう…………うおおおおぉぉぉっ!?」

 

 

すると、すぐ近くの壁から極太の光線が突き抜けた。

余裕で壁を粉砕するその威力、人一人は優に飲み込めるその太さ、工場の端から端まで貫けるその射程。

明らかに人間が出せるものではない。であらば、それを繰り出したのは―――。

 

 

「タイミング、位置、何もかもジャスト! さすが白兄ぃ、計算通りね!」

 

「んげぇッ!? ぶ、ブラックシスター!? なんでここにィ!!?」

 

 

粉砕した壁の穴から出てきた一つの人影。

特大のブラスターを抱えた、銀髪のツインロールが今日も可愛らしく揺れる黒の女神。

ユニの女神化した姿ことブラックシスターである。

そして彼女が空けた穴は見事に廃工場の外へと繋がっていた。

 

 

「ツネミ、5pb.! 俺達でこの馬鹿ども引き付ける!!」

 

「二人は急いで外へ!! マベちゃん、二人の護衛を頼むわ!!」

 

「任せて!! 二人とも、行くよ!!」

 

「わ、分かりました!!」

「白斗君、気を付けて……!!」

 

 

そしてマーベラスと位置を入れ替えるようにユニが白斗の隣に立ち、マーベラスが二人を引き連れて新たに作られた出口へと走り出す。

全てはこの一瞬を、逃走経路を生み出すためのユニと白斗が考えた作戦。

 

 

「チックショォッ!! 逃がすかぁ!!!」

 

「おっと、こっちに来ないで欲しいな!! 忍法、火遁の術っ!!」

 

「うおわちゃちゃちゃあああああッ!? く、クソおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

ここで逃がすわけにはいかないとリンダが鉄パイプを手に走り出す。

しかしそれよりも早くマーベラスが印を結び、自分達との間に炎の壁を作った。

炎の壁に阻まれている間に三人は無事、廃工場の外へと走っていってしまった。

 

 

「あ、姉御ぉ!! 何なんスかあいつら!?」

 

「特にあの黒いの!! ありゃ女神か!?」

 

「ブラックハート……じゃない、ブラックシスターなんて聞いたこともねぇぞ!?」

 

「う、狼狽えるんじゃネェ!! この世界じゃロクにシェアも得られていない女神に役立たずのクソ男一人だ、どうにでもなる!!」

 

 

まだ望みはあると言わんばかりにリンダが青筋を浮かべながらも必死に怒りと焦りを押さえつける。

その矛先は散々邪魔をしてくれた白斗とユニに向けられた。

 

 

「あいつらもこの世界の女神と関わりが深い奴らだ!! あいつらをぶちのめして人質、んでこいつらを脅迫材料に女神共を脅せば問題ネェ!!」

 

「へぇ……好き勝手言ってくれるじゃねぇか、下っ端風情が」

 

「確かにアタシは元の世界に比べて十分な力を発揮は出来てないけど……」

 

 

まだリンダ達にも逆転のチャンスがあるのは確かだ。

そしてツネミ達の安全を確保するためにも、白斗とユニは全力でリンダ達を倒さねばならない以上、戦闘は避けられない。

だが、今の二人に不安など一切なかった。

 

 

 

「「―――お前達に負けるつもりなんて、サラサラ無い!!!」」

 

 

 

 

白斗の銃と、ユニのブラスター。二つの銃口が煌いた。

二つの銃口が飛び出した弾丸が、男達の手にした武器を正確に弾き落とす。

 

 

「ぐ、がッ!?」

 

「こ、こいつら……ッ!!」

 

 

体勢が崩れた人間相手なら、白斗も充分に戦える。

元暗殺者である彼だからこそ、どうすれば人が死なないように出来るかも熟知している。

 

 

「おらよっと!!」

 

「ごふっ!?」

 

「こ、この……ンギャァッ!?」

 

「白兄ぃの背中を狙うなんていい度胸してるじゃない……!!」

 

 

その瞬間、白斗が踏み込んで鳩尾に拳を叩き込む。

隙だらけの白斗の背中を狙おうとした男が武器を再び手にして飛び上がるも、ユニがその背中に光弾を放って撃ち落とした。

無論、威力は死なない程度にまで落としてある。

 

 

「ち、畜生ォッ!! こんな奴らに勝てるワケねぇ……」

 

「逃がすかぁっ!!」

 

「ぐへぇっ!!?」

 

 

二人との戦力差にすっかり戦意を喪失してしまった男が武器も仲間も捨て、その場から逃げ出そうとする。

だが、それを逃がすユニではなくその背中に光弾を撃ち込んで昏倒させた。狙撃だけでなく、手加減も大分調節が上手くなったようだ。

 

 

「お、ユニ。 大分腕上げたな。 もう俺の指導なんて必要ないな、うんうん」

 

「そ、そんなことないわよ!! 付きっきりの指導やめたら許さないんだから!!」

 

「へいへい、冗談だってば。 ……さて、これで残るは下っ端一人だな」

 

「ひ、ヒィィッ……!!」

 

 

あっという間に部下三人を蹴散らされ、残すはリンダただ一人のみ。

長いこと下っ端としてあれこれ行動してきた彼女だが、さすがに女神一人を倒せるほどの力などあるはずもない。

増してや白斗に散々のされてきたのだから。

 

 

「アンタ、他人に迷惑かけすぎるし……この世界じゃ七賢人の一人なんだって? そろそろマジで舞台から降りて貰おうかしら」

 

「女神への殺人未遂だけでも重罪だしな。 よくて終身刑か?」

 

「ち、血も涙もネェぞテメェら!!」

 

「いやお前が言うなっつーの」

 

 

散々犯罪行為を働いておいて何を言うのだろうか。

呆れたように肩を竦める白斗とユニ。何はともあれ後はリンダ達を縛り上げて衛兵に突き出し、マーベラス達と合流すれば一件落着。

―――だったのだが、この廃工場に響き渡る、鉄が鉄を貫く音に一同に緊張感が走る。

 

 

「な、何だ今の音……?」

 

「っ! 白兄ぃ、あれ見て!!」

 

 

ユニが指差した先。そこには一本の鎖がタンクに突き刺さっているではないか。

しかもその鎖は空間に空いた穴から伸びている。

 

 

「なっ!? あ、あれって……!!」

 

「間違いない、アタシ達を突き落とした鎖よ!!」

 

「あれは……ジョーカーの奴か!? おいテメェ、さっさとアタイらを助け……」

 

 

ユニとリンダの言動からして間違いない、これはジョーカーの仕業だ。

だが声は返ってくることはなく、代わりに鎖から怪しげな光がタンクに向かって流し込まれる。

するとそのタンクから、火がぼわっと燃え広がる。

 

 

「うおおぉっ!?」

 

「きゃっ!? ほ、炎が……!!」

 

 

解決ムードが、一瞬にして地獄のような光景に早変わりする。

タンクから燃料が漏れ、それにも引火。更にはその広がった炎が別の燃料タンクや整備用の機械油にも燃え移り―――と延焼が続いていく。

 

 

 

「やれやれ、折角面白い事件になりそうだったのにこうもあっさり解決されては面白くないではないですか。 やっぱり最後のどんでん返しがあった方が面白いですよね、物語は」

 

 

 

業火と崩落の音に紛れ、そんな男の呟きが消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――女神と悪党達の激闘が幕を開けて少しした頃、三人は廃工場の外に広がる森を走っていた。

先程の通り雨はすっかり上がっているものの、ぬかるんだ道が足を絡めとってくる。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「こ、ここまで来れば……大丈夫、かな?」

 

「だと思うよ。 後はネプちゃん達を呼んで皆を保護してもらえれば万事解決!」

 

 

息の上がっているアイドル二人に対し、全く平気そうに返すマーベラス。

廃工場から十分な距離を取った三人は、しかしまだよく見える廃工場をしかと目に入れていた。

あの中にユニが、そして白斗がまだいるから。

 

 

「白斗君……」

 

「大丈夫、でしょうか……」

 

「ユニちゃんもいるから心配ないと思うけど、さっさとネプちゃんに連絡入れた方がいいね。 んじゃ早速…………え?」

 

 

だが、そこで事態は急変した。

―――廃工場から急な爆発音が響いたかと思えば、炎が吹き上がったのである。

 

 

「え!? ど、どういうこと!?」

 

「まさか、誘拐犯達が何か……!?」

 

「あ、慌てないで!! 白斗君達ならすぐに脱出してるはずだから!!」

 

 

と言っても、廃棄されたとはいえ機械が多数入った工場だ。

燃料や整備用の機械油に引火でもしたのか、炎の勢いは増すばかりだ。

大丈夫と言い聞かせるマーベラスにも不安や焦燥が走る。だが、あの中に守るべき人間はいない、白斗やユニもいつまでも残るような理由など―――。

 

 

「……あッ!! こ、工具!!」

 

「え……あッ!?」

 

「工具って……まさか、“白斗君の”!?」

 

 

そこでツネミが青ざめた。

余りにも咄嗟の事だったので先程まで頭から抜け落ちてしまった、しかしとても大切なもの。

この世界に来た三人だからこそ知っている、その言葉が指し示す意味。

そしてその大事なものは、炎吹き荒れる廃工場の中。そして白斗はその存在を知らない。

 

 

「―――私が行ってくる!! 二人はここで待ってて!!」

 

「す、すみません……!!」

 

「いいってば!! ―――急がないと!!」

 

 

ツネミの謝罪をいちいち聞いている余裕もない。

一番の機動力と身軽さを誇るマーベラスが一目散に駆け出す。

老朽化が始まっていたこともあって、あっという間に廃工場は崩落を始めている。一刻の猶予も無かった。

 

 

「ゴホゴホッ! は、早く見つけ出さないと……」

 

 

崩れた屋根の穴から入れば、煙が吹き上がっている。

油を燃やしたことによるどす黒い色合いからして明らかに人体に有害だ。だが、マーベラスにとってそれを気にしている余裕はない。

なるべく煙を吸わないよう平身低頭で進み、記憶を遡って工具が置かれているであろう地点まで急いで駆け寄る。

 

 

「っ、あった!! 良かった、無事で……!!」

 

 

ビンゴとでも言わんばかりにマーベラスが机の上に置かれてあった工具箱を手にする。

幸いにも炎に焼かれる直前だったが、そこはくノ一。持ち前の身軽さで箱を回収し、安全圏となる足場へと飛び移る。

 

 

「!? お、おいマーベラス!? 何してんだ!?」

 

「白斗君!? 白斗君こそなんでまだここにいるの!?」

 

 

すると下の階に白斗の姿が見えた。

互いに何故、炎逆巻く廃工場の中にいるのか理解できず、思わず状況を確認し合う。

 

 

「二人はどうした!?」

 

「安全な場所にいるよ! 白斗君こそどうして……」

 

「あの馬鹿どもをユニと一緒に逃がしてた!! あの下っ端も探してたんだが……ゲホッ! お、おさらばしねぇとマジでヤベェぞコレ……!!」

 

「けほけほっ! ど、同感! 私も目的の物を回収したし、後は……」

 

 

工具を回収し、白斗達の安全を確認すればもうこんなところに用など無い。

マーベラスもさっさと脱出するべく身を翻そうとした―――その時。

 

 

「ッ!? マーベラス、後ろだッ!!」

 

「え―――あぐっ!?」

 

 

だが、そこで油断したのが命取りだった。

背後から迫りくる気配に気付くことが出来ず、後頭部に重い一撃を受けてしまった。

昏倒したマーベラスの背後には。

 

 

「へ、へへへ……やっぱりアタイには運が回ってきてらぁ!! こっちにこいやぁ!!」

 

 

鉄パイプを抱えているリンダがいたのだ。

彼女は倒れ込んだマーベラスを肩に担ぐ。その間、マーベラスの意識は朦朧としていたが、それでも手にした工具箱は離そうともしなかった。

 

 

「下っ端ぁ!! てめぇえええええええええええッ!!!」

 

「へへーんだ!! こいつは人質として貰っていくぜ!!」

 

「誰がくれてやるかぁッ!!!」

 

 

燃え盛り、崩れ落ちる廃工場の中を白斗は恐れることなく突き進んだ。

階段を駆け上がり、崩落した箇所をワイヤーアクションで飛び越し、あっという間にリンダの前に立つ。

こんなに早く飛んでくるとは思っていなかったのか、リンダは「ヒッ」と悲鳴を上げる。

 

 

「ち、畜生ォ!! テメェ、ただの小僧の癖に器用すぎんだよぉ!!」

 

「ンなことはどうでもいい、さっさとマーベラスを返せッ!! 何考えてるかは知らねぇが……ゴホゴホッ……! お、俺達もマジでヤベェんだぞ!!」

 

「わ、分かってらぁ……けふっ! だから、テメェこそよく考えろや……」

 

 

すると、リンダはマーベラスの首元を掴んだまま手すりの向こうへと突き出した。

後はその手を放せば、彼女は火の海へと真っ逆さまになってしまう。

熱波が支配するこの廃工場の中、白斗は逆に底冷えするような感覚さえ覚えた。

 

 

「選べ!! テメェがここから飛び降りるか、こいつが火の海を泳ぐか!!」

 

 

それは白斗を苦しめる、最悪の選択だった。

完全に悪意に満ちた小悪党の言動に、いよいよ白斗も我慢の限界である。

 

 

「……テメェ、とことん腐ってんな……!」

 

「アタイを怒らせんじゃねぇ!! さっさと選べってんだよ!!」

 

 

リンダからすれば今は安全に逃げつつ、今まで煮え湯を飲まされてきた白斗をここで復讐がてら処理したいのだろう。

無論、そんな彼女の浅い考えなどお見通しである。だからこそ白斗は。

 

 

「……いいぜ、突き落として見せな」

 

「な、何だと!? テメェ、この期に及んで人でなしかぁ!?」

 

 

遠慮なく、突っ込んできた。

理解も処理も追いつかないリンダは、しかし咄嗟に手にしていたマーベラスを火の海に突き落とす。

 

 

「っと!! 突き落とせとは言ったが……見殺しにするとは言ってねぇええええッ!!!」

 

 

それよりも早く、白斗も飛び出した。

そして袖口から伸ばしたワイヤーを手すりに巻き付け、振り子のように揺られながらすれすれのところでマーベラスを抱きかかえる。

更には勢いを利用して安全な場所へと着地した。

 

 

「へっ、まぁいい!! アタイはこの隙におさらばするだけよっ!!!」

 

 

ここまで来たら白斗の生死など関わっている場合ではない。

今は一刻も早く逃げねば、自分も火災に巻き込まれてしまう。

一気に走り込み、目の前の窓を突き破って飛び出した。

 

 

「リンダちゃん、ジャーン…………ぶへぇぇぇぇッ!!?」

 

 

だが、外に飛び出した直後。

鋭い痛みと衝撃が背中を襲い、思い切り吹き飛ばされた挙句地面に叩きつけられた。

 

 

「フン、白兄ぃに鍛えられたアタシの狙撃力を嘗めないでよね」

 

 

それは遥か後方からの、ユニの狙撃だった。

念のため男達を縛り上げて見張りつつ、もしリンダが飛び出してくるようなら仕留めてくれという指示を受けていたのだが白斗の不安は見事に的中。

そしてユニも見事に逃げるリンダに光弾を的中させたというワケである。

 

 

「ケホケホッ……ゆ、ユニ……ナイス……」

 

「は、白兄ぃ!! それにマベちゃんまで!!」

 

 

そこへようやく脱出できた白斗、そして彼に抱えられたマーベラスも合流する。

互いに煤だらけだったが、白斗には大きな外傷もない。問題はマーベラスの方だ。

 

 

「マーベラス、大丈夫か!? しっかりしろ!!」

 

「……ん……ぁ、あれ……私……」

 

「ほっ……煙をそこまで吸い込んでいなかったみたいだな。 はぁ、良かった……!」

 

 

呼びかけるとすぐに目覚めてくれた。

気絶していたことが功を奏したのか、余り煙を吸っていなかったようだ。肝心の殴られた箇所も血が流れておらず、骨にも異常はないようだ。

後で病院には運ぶが、大事無さそうで良かったと白斗は心の底から安堵する。

 

 

「白斗君ーっ!!」

 

「白斗さん、ご無事ですか!?」

 

「お、ツネミと5pb.も来たな。 さてさて……」

 

 

更に後方へ下がっていたツネミと5pb.も我慢ならずにこちらへと駆け寄ってきた。

今となっては白斗やユニと一緒にいた方が安全だろう。

改めて三人の無事を確認したところで、白斗が疲れ切った体に鞭打って立ち上がった。

 

 

「三人とも、無事で良かった……! マジで俺、気が気でなかったんだからな!!」

 

「う……心配かけてゴメンね……」

 

「まぁ、この世界に来ちまった経緯が経緯だ。 そこは仕方ないにしても……」

 

 

白斗の一番の関心はそこではない。

いや、実際思うところはあるのだが不慮の事故と言えばそれまでなのであまり強く攻めることは出来なかった。

だが、「彼女」の事に関しては話が別である。

 

 

「マーベラス!! なんであんな無茶した!? あんな炎に飛び込む理由なんてねぇだろ!?」

 

「……っ、ごめんなさい……。 で、でも……これ……」

 

 

白斗が本気で怒鳴った。

心配しているからこその本気の怒りにマーベラス達は勿論、女神であるユニですら怯んでしまう。

しかし、それでもおずおずと差し出されたそれに白斗は目を奪われる。

 

 

「ん? 何コレ……工具?」

 

「はい。 白斗さんの、心臓メンテのための工具です」

 

「え……あ、アレか!?」

 

 

危険を承知であの炎の中に飛び込んだ、マーベラス達にとって大事なもの。

それは白斗の機械の心臓を整備するための工具一式だった。

空けてみれば確かに専用の工具がぎっしりと詰め込まれている。先程までは大騒ぎしていたので、これに気に掛ける余裕もなかったのだ。

 

 

「そうだよ。 それを届けるためにボク達、ここまで来たんだから」

 

「そろそろ危ない頃だから、届けないとって話になって……」

 

「ですけど、私があの時忘れてきてしまったためにマーベラスさんが取りに行ってしまったんです。 ですから、マーベラスさんを責めないでください……!」

 

 

これがツネミ達がこの世界に来たかった理由の一つだ。

勿論、白斗に会いたいことも大きな理由の一つではあるが、白斗の体が心配になってきたからこそMAGES.に頼んで無理矢理にでも神次元に飛んできたのだ。

そして、白斗の命を救うために必要なものだったから、危険も省みずに工具を取り戻しに行ったのが。

―――誰でもない、白斗のために。命を懸けて。

 

 

「……はぁ、全く。 だとしても皆の命の方が大事だってのに」

 

「……本当に、ごめんなさい」

 

「いーや、許さねぇ。 だからお詫びに……」

 

 

しかし、攻めているのは口だけ。顔は穏やかな笑みを浮かべている。

これこそ女神が、そして少女達が愛した顔。

 

 

「……三人で、とびっきりのご馳走でも作ってもらおうかな。 俺の心臓のメンテが完了したら、たらふく食いてぇんだ。 三人の料理」

 

 

―――そしていつだって、優しい声で、優しいことを言ってくれるのだ。

 

 

「……はいっ! 喜んで!」

 

「ならまずはマベちゃんもしっかり元気にならなきゃね!」

 

「うん。 で、元気になったらとっておきの料理食べさせてあげるから!」

 

「おう、楽しみにしてるぜ」

 

 

そんなことを言われては、笑顔で応えるしかない。

少女達は喜んで愛する人に手料理を振る舞うことを約束するのだった。

既に脳内では献立を考え始めている。やっとこさ、今までの雰囲気が戻ってきた。

 

 

「……白兄ぃ、アタシだって極上のカレー作ってあげるから!」

 

「お、おう。 楽しみにしてますよユニさん……?」

 

 

一方、嫉妬に燃えるユニさんからも宣戦布告を受けたそうな。

 

 

「ユニ、ネプテューヌ達に連絡は?」

 

「入れたよ。 すぐ来てくれるって」

 

「んじゃ、俺はあの下っ端でも捕まえに行きますかねっと。 念のためにここで待機してろよ」

 

「白兄ぃも気を付けて!」

 

 

これですべてが一件落着、とまではいかない。

最後にユニが撃ち落としたリンダを縛り上げなければ。

念のためにユニを護衛として残し、白斗が落下地点に向かう。

 

 

「……ん? いないな……」

 

 

ところが、リンダの姿がどこにもなかった。

すぐ背後ではいよいよ限界に達したのか、廃工場が本格的に崩壊している。

そんな破滅的な光景を背に―――。

 

 

「……でも、入れ替わりにお前がいるとはな。 ジョーカー」

 

「おやおや、お気づきですかぁ? さっすが白斗殿ですねぇ!」

 

 

白斗はいつの間にか、すぐ近くの木陰に背を預けていた男、ジョーカーに声を掛けた。

わざとらし気な口調と共に姿を現した、慇懃無礼なその言動に白斗はいよいよ腸が煮えくり返る。

 

 

「隠す気も無かったくせに。 ……お前が逃がしたのか?」

 

「いいえ、彼女すぐに起き上がって逃げていきましたよ」

 

「……マジでゴキブリ並みの生命力だな。 今度からゴキブリ女って呼んでやろうか」

 

「何とも不名誉ですねぇ」

 

 

一瞬彼が手引きしたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

確かに良く見れば足跡がプラネテューヌの反対側に向かって伸びている。

どうやらすぐに意識を取り戻して逃げ出したようだ。

 

 

「……で、お前はどういうつもりだ。 ネプギア達のみならずツネミ達までこの世界に引きずり込んで……挙句、危険な目に遭わせて……!!」

 

 

だが、それでジョーカーの罪は無くならない。

既に白斗はマーベラス達の証言からジョーカーが暗躍してきたことを確信している。

男は表情を帽子の鍔で隠しながらも、クックックと笑っている。

 

 

「……私は語り部。 面白そうな物語を作って、語って、見るだけです」

 

「…………」

 

「イヤですねぇ、もー。 そんな殺意剥き出しの目をしないでくださいよー」

 

 

何とも人を煽ってくる言動だろうが。

だが、まだ固めたこの握り拳を放つには早い。まだ、聞いておかなければならないことがある。

 

 

 

 

「なら、もう一つ聞いておこうか。 ……俺をゲイムギョウ界に呼んだのも、お前か?」

 

 

 

 

それは、ずっと感じていながらも考えないようにしていた疑問だった。

白斗はあの日、父親に殺される直前。確かに飄々とした誰かの声を聴いたのだ。

今にして思えば、声色と言い口調と言い状況と言い、全てが当てはまる。

―――ジョーカーが、白斗をゲイムギョウ界に招いたのだと。

 

 

「……フフ、あなたの“願い”……叶ったでしょ?」

 

「……確かに俺はゲイムギョウ界に来れて幸せだ。 そういう意味ではお前に感謝している。 ……だからって皆を危険な目に遭わせていいってワケじゃねぇけどな」

 

 

ジョーカーは遂に認めた。

彼が、白斗を連れてきたのだと。その点において白斗は確かにジョーカーに感謝している。

それこそ、白斗にとっては命の恩人どころかこの世界における自分を作ってくれた存在と言っても過言ではない。

だが、それと大切な人達を危険な目に遭わせたことは話が別である。

 

 

「怖いですねー。 まぁ、私も語り部にしては手を出し過ぎました。 今後は控えましょう」

 

「―――二度としねぇで欲しいんだがなぁッ!!」

 

 

また手を出す可能性がある―――そう判断した白斗が、遂に殴り掛かった。

だが、その拳はジョーカーの周りに展開させた透明な結界に阻まれてしまう。

 

 

「おやおや、怒らせてしまいましたか。 しかしナイフや銃ではなく拳とは……お優しい」

 

「……今の所、許せなくても殺意だけが持てねぇ。 一応恩もあるワケだからな……!」

 

「まぁまぁ、そう怒らないで。 お詫びの品もお渡ししますから。 お詫びの品は、今この結界を出した『お守り』です。 パチパチパチ~」

 

 

そう言ってジョーカーは結界を消し、懐からお守りを白斗に投げ渡した。

お守り―――それにしてはやけに古びている。

力加減を間違えれば握り壊してしまいそうなほどに。

 

 

「どんな攻撃だろうと、致命傷までは絶対に防いでくれますよ。 ただし、後2回だけ」

 

「……これまた厄介事に巻き込みますよって予告じゃねぇか」

 

「フフ、本当にこの神次元においてこれ以上私は手出ししませんから。 あ、このアイテムは私が発掘しただけですから。 何せ古代の国タリの……いえ、失礼」

 

 

相変わらず肝心なところは隠す男である。

本当に楽しんでいるからこそ質が悪い。そして白斗に投げ渡したこのお守りとて、効果自体は既に証明しているのだから尚更質が悪い。

更には恋次元に戻れば、また厄介事を起こすと暗に仄めかしているのだから質の悪さが天元突破している。

 

 

「……クソッ、テメェに対する感情がグチャグチャだっ! とっとと行きやがれッ!!」

 

「ですねぇ。 語り部が表に出過ぎるのも盛り下がる展開ですし、この辺で失礼いたします。 ……あ、最後に一つだけ」

 

 

実際、白斗がジョーカーに対する感情をどう表現しても嘘になる。

確かに大切な人を傷つけたことに対する怒りがある。だが、怒りだけかと問われれば違う。

ならば恩人として丁重に扱うべきかと言われればもっと違う。自分の興味本位で、大切な人の運命を弄ぼうとしているのだから。

だから、彼がこれ以上自分の怒りを煽らないことを祈りつつその場から立ち去らせるしかない。

 

 

「……後悔しておりますか? この世界に来て」

 

「なワケねぇだろ。 この世界に来て、本当に良かった……そしてこの世界で生きて、愛する人の傍にずっといたい。 ……それだけだ」

 

 

それだけは、確かだった。

これが自分の運命だと信じたいほどに、ゲイムギョウ界に来て、女神達と知り合えて、白斗は幸せだった。

だから彼はその幸せを守る。幸せをくれた女神達を守る。それだけは、確かだった。

 

 

 

「……女神の守護騎士、黒原白斗。 汝の物語にどうか幸あらんことを」

 

 

 

そうしてジョーカーは、木陰の中に消えていった。

こんな不気味な男だ。白斗が仮に捕らえたところであの手この手で逃げられるのだろう。

虚しさを感じながら、ふと振り返る。

そこにはジョーカーの暗躍により完全崩壊した廃工場と。

 

 

「白兄ぃー!! 遅かったけど大丈夫ー!?」

 

「あ、白斗君いた!」

 

「もう、どれだけボクたちが心配したと思ってるの!!」

 

「白斗さん、この後ネプギアさん達と一緒にメンテナンスしてくださいね」

 

 

―――愛してやまない少女達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数日後。

ここは臨時に建設されたプラネテューヌ特設ライブ会場。

客席は既にプラネテューヌを始め、特にリーンボックスからの客で埋め尽くされている。その数なんと五千人以上。

 

 

「あ、やっと来た!! 白斗くーん、ネプちゃーん、ベールさーん!! こっちこっち!!」

 

「白兄ぃ、早くしないと始まっちゃうわよー!!」

 

 

そんな中、特等席に座っていたマーベラスとユニが手を振る。

彼女達の傍にはネプギアやピーシェ、プルルートにロムとラムも控えている。

わざわざ空けられた席に、残り三人こと白斗とネプテューヌ、そしてベールが急いで座り込んだ。

 

 

「ゴメン、待たせた!! ベールさんが中々連絡着かないモンだから……」

 

「申し訳ありません。 中々熱い攻城戦だったので手が離せなくて」

 

「こういう時までゲームしてるってホントにベールクオリティだよね……」

 

 

ネプテューヌの呆れたような視線に白斗も同調してしまうが、これから楽しいライブが始まるのだ、今は水に流すべき。

何せ、特等席中の特等席。VIP席である。

勿論女神権限を駆使してというのもあるが、今回は更に「関係者中の関係者」。故にこのかぶりつきでライブを堪能できる。

 

 

「それにしても、こっちでもツネミさんや5pb.さんのライブを開くなんて思いもしませんでした」

 

「あたしも~。 実はライブって初めてなんだ~、楽しみ~!」

 

「ぴぃもぴぃも!」

 

「ピーシェちゃんって、ツネミちゃんのライブに行ってたよね?(はてな)」

 

「細かいことは言いっこなしよロムちゃん! 今日は目一杯楽しまなきゃ!」

 

 

ネプギア達もなんだかんだで久々のライブを心待ちにしている。

特にプルルートは神次元では初めてのライブ体験だったらしく、のんびり屋さんな彼女も興奮していた。

 

 

「それにしても白斗、よく思いつくもんだね。 あの二人をプラネテューヌとリーンボックスの親善大使兼アイドルにしちゃうなんて」

 

「あの二人の希望もあったし、これならリーンボックスとも丸く収まるかなーって」

 

「お気遣い、感謝ですわ。 さ、そろそろ始まりますわよ!!」

 

 

そう、このライブは実は白斗が考案したものなのだ。

プラネテューヌとリーンボックスの友好の証として親善ライブを行い、そしてその栄えある親善アイドルとしてある二人を推薦した。

今日はその初ライブ。その記念すべきこの世界における初陣を今、二人のアイドルが飾ろうとしていた。

 

 

 

『皆さんこんにちは!! 5pb.です!!』

 

『そしてツネミです。 本日は、心行くまで楽しんでください!』

 

 

 

その二人こそ、5pb.とツネミ。

恋次元における、プラネテューヌとリーンボックスの歌姫だった。

この世界でもこれだけの大観衆を前に最高のライブが出来ることに高揚感を隠せない二人。

そしてそんな機会を設けてくれた、大好きなあの人にウインクを送りながら二人はマイクを手に、歌いだす。

 

 

 

 

 

『じゃあ行くよー!! 最初の一曲目、「dimension tripper」!!』

 

『皆さん、全力でついてきてください!』

 

「「「「「おおおおおおぉぉぉぉ――――――――ッッッ!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

―――この日、神次元でも二人の歌姫が誕生。

そして歌姫たちをプロデュースしたのは二国間の女神として、プラネテューヌとリーンボックスのシェアが上昇したとか。

 

 

 

 

続く




大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
ということで今回から神次元編にツネミと5pb.そしてマーベラス参戦です。
実はこの神次元編では女神候補生及びサブヒロインと言った出番少なめな子達に焦点を当てたいと思い、お招きしました。
人、それを作者の暴走ともいう( 
でも原作のネプVでもマベちゃん達が参戦しているので、そんな感じだと思っていただければ。
ついでに最近白斗のガチ戦闘描写も少なくなってきたので、少しばかりシリアスやらバトルやらも盛り込んでみました。
白斗の強さとしては強すぎなければ、弱すぎることもないので案外気を遣うのです。ですがボスクラスになればまずお荷物になるのも白斗君。キミ、そろそろ頑張らないとアカンね。
しかし長々と神次元編ばかりもやっていられない。新たな人物の登場や動きが出たということは物語は加速する。
神次元編もいよいよ佳境に動き出します。
と、言いつつ次回はやってきたあの子のお話になるんですけどね。では次回もお楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!!

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