恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART 作:カスケード
括目せよ!
「―――例の襲撃者の詳細が分かった? 本当か、アイエフ!?」
「ええ、そうよ。 ……他でもない、貴方だから話すの。 他言無用でね」
ある日の、朝の事だった。
いつも通り皆で朝食を食べ終え、後片付けを終えた直後。アイエフから突然呼び出しを受けた。
真剣な表情を察し、自身の部屋へ招くとそんな情報が彼女から齎された。
「白斗、この間の襲撃者……皆赤いフードの服だったの覚えてる?」
「ああ。 服装の統一から組織だった奴らだと思っていたが……」
「そう、白斗が捕らえてくれた奴らがとうとう口を割ってくれたの」
「さっすがプラネテューヌの諜報員だ」
先日のネプテューヌ暗殺未遂、ノワール狙撃未遂、そしてロムとラムの誘拐未遂。
襲撃者は皆、赤いフードをしていた。
当然、彼らは仲間であり、一つの組織で行動してきたことが分かる。
「奴らは暗殺組織ノルスの一員だったの」
「ノルス……」
「分かりやすく言えば、暗殺者派遣会社ってところかしら。 クライアントから依頼を受けて、適材適所に構成員を送り込み、対象を暗殺する」
「今回はその矛先がネプテューヌ達に向いたってことか。 ……クソッタレな野郎どもだ」
つまり彼ら、ノルス自身にはネプテューヌ達を殺す理由などない。
ただ金のために命を奪おうとしたに過ぎないのだ。そんな彼らの身勝手さに、白斗は怒りを抑えられない。
(……まぁ、元暗殺者の俺が何綺麗事抜かしてんだ、って話だが……)
「白斗?」
「あ、ああ……悪いアイエフ。 で、クライアントの情報は?」
「そこまでは。 彼らは所謂下っ端、クライアントには会ったことが無いらしいの」
肝心の雇い主まではまだ分からないようだ。
つまり、クライアントの正体を突き止めるにはやはりそのノルスと言う組織を徹底的に叩き、首領核の人物を捕えて情報を吐かせなければならない。
「ただ、彼らの活動拠点は分かったわ」
「どこだ?」
「……ラステイションよ。 支部という意味ではゲイムギョウ界中に存在しているけど、主にボスが滞在しているのはそこらしいわ」
ラステイション、ノワールが治める国。
まだ訪れたことは無いが、聞くところによると経済活動が盛んであるらしい。そんな彼女のお膝元で暗殺組織が動いている。
ノワールには聞かせたくない内容だと白斗は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「……言っておくけど、ノワール様には既に伝えてあるから」
「そう、だよな……。 伝えないわけにはいかないわな」
だが、だからと言って隠したままには出来ない。
見逃せばもっと酷い状況になってしまうのだから。
アイエフもそれを理解してはいたが、やはりどこか苦しそうだった。
「それで、ボスの居所はラステイションのどこだ?」
「ごめんなさい、これも吐いてくれなかったわ」
「しゃーない、か。 でもこれが分かっただけでも十分だ。 ありがとな、アイエフ」
「いいのよ、これくらい。 私だってネプ子達を守りたい気持ちは同じ……ってにゃぁっ!? 頭撫でるなぁっ!!」
本来、これは極秘情報だ。
それでも彼女は白斗を信頼して、伝えてくれた。いい子であるアイエフをどうしても労いたくて、白斗は頭を撫でてしまっていた。
顔を真っ赤にさせながら、アイエフは吠える。
「はっはっは。 悪ぃ悪ぃ」
「悪いと思ってるなら撫で撫でやめなさいよーっ!!」
と、言いつつもアイエフは自分から逃れようとはしない。
言葉では否定しているが、顔は満更でもなさそうだ。
そんな彼女が可愛らしく思えるが、さすがにこれ以上は可哀想だと白斗も手を止めた。
「あ……」
「ん? もっと欲しいか?」
「ばっ! 馬鹿言ってんじゃないのっ!」
「あだっ!?」
撫で撫でを止めると、切なそうな声をアイエフが漏らした。
また意地悪したくなってしまうが、そうなる前にアイエフに叩かれた。
「全く……それと勘違いしないで欲しいんだけど、この情報を渡したのはアンタにノルスを潰してもらいたいからとかじゃないから」
「え゛ッ!!?」
「そんな潰しに行く前提の声やめなさい! こっちでもノルスを叩く準備は出来てるってことなの! 分かったら、少しはゆっくりしなさいよ」
どうやら、アイエフは白斗の肩の荷を下ろさせようとしてこの情報を伝えてくれたらしい。
親友であるネプテューヌの心配は当然だが、それと同じくらい白斗の事も気にかけてくれていたのだ。
思わず胸が熱くなってしまう白斗だが、出来るだけ平静を装うとする。
「……ありがとな、アイエフ」
「いいのよ。 それじゃ、私は仕事がまだ残ってるから」
「ああ、頑張ってな」
アイエフは笑顔で応え、部屋から去っていく。
後に残された白斗は進展が出てきたことで疲れも湧いたのか、思わずベッドに寝転がってしまう。
「……さて、まずはラステイションの地理の把握からだな……」
彼は一体アイエフから何を学んでいたのだろうか。
「っと、ゴミ出しの日だった! 早いところ行かねぇと……」
まさに思い出したかのように跳ね起き、慌ててゴミ捨ての準備に取り掛かる。
部屋を出るとそこには。
「……ノワール?」
「ぎくぅっ!? は、白斗!?」
こそこそと人目を忍んで移動しているノワールの姿が。
白斗が声を掛ければ、オーバーリアクションと思われかねないほど激しく震え上がる。
その手には荷物を纏めており、尚且つユニを伴っていない。
「外出だな。 ほいキタ」
「キタ、じゃなーい! べ、別に取るに足らない用事よ!」
「それでもお供します。 荷物持ちでも何でもござれよ」
「その精神は嬉しいけどイヤ、ホントに大丈夫だから!」
ノワールの慌てぶりからして、遊び目的の外出ではないだろう。
となると仕事関係になる。
ただ仕事関係で外出するとなれば、このプラネテューヌ内に出かける意義はないはず。書類仕事ならそれこそこの教会内でやればいいだけなのだから。
「大丈夫、目的地はラステイションだろ?」
「う……相変わらず鋭いわね。 でも今回はダメ、何が何でもダメよ!!」
こうして同行を申し入れると、白斗が傷つくことを恐れて誰もが同行を拒否したがる。
それでも最終的には折れてくれた。
だが、今回に限ってノワールは断固として拒否してくる。押しに弱い彼女にしては珍しい。
(……なるほど、アイエフからの報告を聞いてノルスをどうにかするつもりだな? なら、こっちにも考えはある)
理由は嫌でも察することが出来た。
先程アイエフの話から出てきたノルスの活動拠点はラステイションにあるという。
アイエフの口ぶりからしてその情報が出てきたのは今しがた。
それへの対策、或いは討伐に赴こうとしているのは自明の理。
「分かった。 無茶はしないって約束してくれるなら俺は止めはしない」
「ホッ……ようやく白斗も分かって……って、どこに行くの?」
「ゴミ捨て終わったら、その足でラステイション辺りに遊びに行こうかなーと」
「はあああああああああああああッ!!?」
軽く言ってのける白斗だが、ノワールはとんでもない悲鳴を上げる。
勿論白斗は遊びのつもりは一切ないが、肝心なのは目的地がラステイションであるということ。
ノワールは悟った。単騎で乗り込むつもりだと。
「何だよ。 別に同行がダメってだけでラステイションに行くなとは言われてないんだから」
「ぐ……! アンタってホントにグレーゾーン見つけるの得意よね!?」
「褒め言葉と受け取っておこう。 さて、遊びに行くついでに暗殺組織の一つや二つ潰したいなぁ~」
「なぁっ!? ダメダメダメ!! 絶対ダメなんだから!!!」
やたらと声を張り上げてくるノワール。
それだけ白斗を心配してくれているのだ。嬉しくも思う反面、今回はそんな彼女の気遣いを利用する形になるのが心苦しいが、なりふり構っている場合ではない。
「~~~~っ!! あーもーっ!! ついてくるなら勝手にすれば!?」
「あざーす」
半ばヤケクソ気味で、ノワールが折れた。
言質を取ってしまえばこっちのもの。元より生真面目な彼女は一度約束してしまえば反故にすることは無い。
諦めたように肩を落としながらも、律儀に待ってくれているノワール。
「というワケで今日はノワールについていきます。 みんなはいつも通り外に出ないように!」
「えー。 今日のお相手はノワールかぁ。 白斗はどうして女の子をとっかえひっかえするのかなぁ~」
「人聞き悪いことを言うなぁ! ええい、とにかく行ってくる!」
こうして白斗が誰かについていくときは必ず一言残していく。
同時に残されたネプテューヌ達から文句が上がるのも最早一種の日常風景だ。
白斗は愛用のコートを着込み、ナイフやワイヤーなど武器のチェックも終え、そしてゴミ袋を抱えてくる。
「お待たせ! それじゃ行こうか」
「ええ。 だけど、さっき約束した以上無茶は厳禁だからね」
「う、うへ~い……」
しかし、やられてばかりもいられないノワール。
彼女もさりげなく言質を取ったのだ。これでお相子と言わんばかりに得意げな顔になる。
そのまま外に出てゴミを捨て、その足で定期便発着場へと向かう。
今回は普通のエコノミークラスで座ることになった。
「白斗は一度、この船に乗ってるのよね」
「ああ、ベール姉さんについてった時に」
「あの時はベールが姉になるなんて思わなかったわ……。 チカだっているはずなのに」
悔しそうな表情を浮かべるノワールだった。
「さて、着いてきてもらうからにはラステイションの魅力をたっぷり知ってもらわないといけないわね。 白斗はラステイションについてどれくらい知ってるの?」
「経済活動が活発な国ってことと、重工業が盛んってくらいかな」
「正解だけど十分ではないわね。 いいわ、この際だからしっかり知って頂戴」
ゴホン、と咳払い一つして喉の調子を整えるノワール。
どこからともなく眼鏡を取り出し、知的な雰囲気を(無理矢理)作ろうとしている。
「知っての通りラステイションは私が治める国。 ゲイムギョウ界の東方にある国よ」
「西がプラネテューヌ、北がルウィー、南がリーンボックスだっけか?」
「ええ。 それに東方と言っても地理的に言えば三国の真ん中にあるような国なの。 だからあらゆる産業活動と、各国の貿易の中心になっているわ」
自分の国を自慢するかのように、意気揚々と説明してくれるノワール。
それだけラステイションと言う国に誇りと愛を持っているからだろう。
事実、彼女の仕事ぶりは四女神の中でも随一。最も基盤が安定している国がどこかと言えば、ラステイションと言っても過言ではない。
「ラステイションで各国が欲しがるものを作って、それを他国に輸出する。 それ故に、ラステイションには色んな仕事があるわ」
「だから仕事紹介してくれるって言ったのか」
「そうよ、働き手は幾らあっても足りないし相応のお給金も、捻出できるだけの経済活動もちゃんとある。 まぁ、武器製造だけはリーンボックスに譲ってるけど」
色んな産業があるということは、色んな仕事があるということ、仕事があればそれだけ労働力も必要になる。
更には労働者が満足できるだけの環境整備にも力を入れているとノワールの口ぶりから察することが出来た。
「ただ……今度結ばれる友好条約に伴って、色々見直さなきゃいけないところはあるけどね」
「ひょっとして、貿易摩擦云々とかそういう話か?」
「あら、凄いわね。 白斗、意外とそういうの分かっちゃったりする?」
「これでもな。 経済の中心ってことは、それだけ軋轢抱えてるってことだろうし」
貿易摩擦とは簡単に言えば、貿易を行う上でのつり合いが取れていない状況だ。
例えばラステイションでしか生み出せない素材を運び出すとなれば、当然それを高く売りつける。
一方のラステイションには他国からの輸入が少なかったりすると、結果的にラステイションだけが大儲けして他国にはお金が入りにくい状況になる。
他国との利益の差が大きくなり、結果として他国の経済が悪化する状況になっているということだ。
「そうなのよー。 はぁ、どうしたらいいのかしら……」
ノワールにとっては常に頭を悩ませている問題らしい。
うんざりしたかのような溜め息をつく彼女をどうしても放っておけなくて。
「これは素人の意見なんだが、ラステイションの産業を他国にも移したらいいんじゃないか?」
「え? どういうこと?」
思わず口を出してしまった。
経済活動の本を少し読んだくらいのまさに素人である白斗だが、意見を言うだけならばタダだろう。
一方のノワールは、まるで何かが舞い降りてきたと言わんばかりに興味津々に食らいついてくれる。
「このゲイムギョウ界って、自分の国の特色を守ろうとする余り他国にそれを置きたがらない傾向にある。 例えばラステイションの工場を、一部プラネテューヌに移すとかすれば、プラネテューヌは直接その工場から欲しい製品を持ってくるだけでいい」
「確かにそれだとプラネテューヌ側の貿易問題は良いけど、ラステイション側の利益が減っちゃうわよ?」
「工場を建てる際に見返りを要求すればいい。 プラネテューヌから技術者を招くとか、少し関税を緩めるとかで融通を利かせれば……」
「なるほど、お金だけじゃなくて別のもので補填しようって考えね……」
まるで一滴の雫が落ちてきたかのように、ノワールの頭の中に何かが過る。
先程とは違う、光明が見えたかのような表情であれこれ考えこみ始めた。
「……そうね。 それでも問題はあるでしょうから、手放しでその案を採用は出来ないけど、それをみんなで話し合って少しずつ模索していけば……行ける!」
今までこのゲイムギョウ界は、国家間の仲は正直良いとは思えなかった。
何せシェアを巡って女神同士が争った歴史もあるのだから。貿易をしていると言っても、互いの利害関係が一致しているだけに過ぎない。
だが、今度の友好条約でその壁もある程度払拭できる。それが出来るからこそ、舞い込んできた新しい発想にノワールは興奮気味だ。
「ありがとう白斗! もう、ネプテューヌのところなんてやめて私の所に来なさい! 何だったら秘書にしてあげるわ♪」
「お、おおう……う、嬉しいけど、返事はまた今度に……」
「ちぇっ。 まぁ、いいわ。 正直、こんな仕事の相談が出来る人って中々いなかったから、大分助かるし感謝してるわ」
何やらノワールの問題も一つ解決できそうでスッキリしたような表情だ。
そのまま秘書へのスカウトまで来たのだが、今はとりあえず保留。それでも好感度も上がったようで、信頼が感じ取れると白斗も嬉しいというものだ。
「あ、仕事の話ばかりしちゃってごめんなさいね」
「いいってば。 それよりもまだ時間はあるし、今のうちに悩みぶっちゃければ? 俺も聞くだけならできるし」
「そ、そうね……白斗にならいいかも。 それじゃ次はね……」
今までのノワールは、どこか他人に対して壁を作っている印象があった。
部下達には勿論、ネプテューヌ達や妹であるユニですら、肝心なところは触れさせてくれない。
仕事の話ですら自分一人で解決してしまうのが常だったのに、どうしたことか白斗に対しては少しだけ口が軽くなってしまう。
けれども、それも悪くない。それもどこか楽しいとノワールは自覚していった―――。
☆
「……と、いう訳でやってきましたラステイション!」
「ようこそ、重厚なる黒の大地ラステイションへ。 歓迎するわ、白斗」
二人同時に搭乗ゲートを潜り、外へ出れば。
ラステイションの象徴たる重工業によって作られた街並みが出迎えてくれた。
隣にはノワールがいたのだが、帰郷したからか少しテンションが上がっている様子。
「で、早速俺はどこへカチコミに行けばいいんですかい姐さん?」
「姐さん言うな! ついでにカチコミに来たんじゃない!」
「え゛!!?」
「そのカチコミ前提の声やめなさい! ホントにアンタってやんちゃなんだから!!」
「へごっ!?」
もう件の暗殺組織を潰すつもり満々な白斗。
そんな彼の頭を引っ叩くことで、落ち着かせた。女神化していないとは言え、さすがはノワール、その一撃は脳内に響くのなんの。
「確かにその話もあるけど、女神不在だと問題も発生しやすいのよ。 だから関係者にあちこち話を聞きに行かなきゃ」
「話を聞くだけならラステイションの教会で待つとかでもいいんじゃ?」
「そのスタンスもあるでしょうけど、私はこうやって自分の足で行くことに意味を感じてる。 こうすれば、人々は常に女神を意識してくれるから」
日常の行動一つ一つですら気を配っている。
確かに女神が常に街を気にかけている姿を国民に見せれば、それがシェアに繋がる。
女神の使命に人一倍熱い彼女だからこそできる立ち振る舞い、ネプテューヌにも見習ってほしいものだと白斗は頷いた。
(……でも、ちょっと……いや結構しんどそうだけどな……)
彼女の努力は知ることが出来た。その努力は尊く、称賛されてしかるべきだ。
けれども、それに比例する苦労や悲しみを吐き出したことがあるのだろうか。聞けばユニは、姉の理想的な面を熱く語ってくれるが、そうでない面はあまり知らない様子。
つまりは彼女は一人で抱え込んでいることになる。
(……もうちょっと素直になってもいいのに……)
「白斗? どうしたのかしら?」
「い、いや何でもない。 で、最初はどこに行くんだ?」
「最初はコンナイという企業に行くわ。 その後は……」
ノワールの案内の下、彼女の補佐及び護衛という形でついていくことになった。
主に見て回ったのは工場の経営と貿易関係、そしてゲーム会社。ゲイムギョウ界の名は伊達ではなく、女神も含めゲームに熱中するのはこの世界では日常茶飯事。
故にそれらを事細かく見て周り、女神が導いていく。人々はそんな女神の姿に感謝し、信仰心を捧げるという理想的なサイクルが生まれていた。
の、だが―――。
「はぁ……はぁ……。 よ、ようやく終わったわ~……」
「お疲れ様……と言いたいけど、さすがに抱え込み過ぎだろ……」
あれから6社も回った。しかも一件一件が深刻な問題を抱えていたらしい。
件の貿易摩擦による軋轢、労働問題、資源の確保など枚挙に暇がない。白斗も何とかサポートには入っていたものの、結局はノワールが主導で解決する運びとなった。
当然ノワールに降り注ぐ負担は尋常ではなく、さすがの彼女も見て分かるほど疲弊している。
「し、仕方ないじゃない……私は女神なのよ……。 女神がやらなきゃ誰がやるっていうんじゃい……」
「疲労の余り語尾がおかしくなってる!? もうマジで休んで!!」
「白斗に言われたくないっちゃ……」
「ああもう、昨日見てたアニメに影響されてるな!? とにかく座ろう!!」
疲れが回ってきたのは、普段の彼女なら絶対にしない口調になってしまっている。
とりあえず近くのベンチに腰を落ち着けて、一休み。
近くの自販機からドリンクを受け取り、それをノワールに手渡した。
「はい。 ノワール、これ好きだろ?」
「あ、ありがと……良く知ってたわね」
「ユニちゃんから聞いたんだ。 ま、そのユニちゃんでもこんなに疲れてるノワールの姿は知らないだろうけどな」
「仕事なんだから疲れるのは当然よ……」
疲れで手を震わせながら、何とかプルタブを開けるノワール。
一気に飲み干すその姿はまるで時間がない故にゼリー飲料で昼食を済ませるサラリーマンの姿そのものだ。
そう、今の彼女には余裕も安らぎも無い。
「……なぁ、俺見てて思ったんだけど」
「何かしら……?」
この話題の振り方はお小言に近い。
そう察したノワールの声色は少し不機嫌だ。無理もない、誰でも疲れている時にお小言を言われると怒りが煽られてしまうもの。
だが、白斗はそれでも言いたかった。
「ノワールは女神様である以前に一人の女の子なんだ。 そんな一人で無理しすぎて……俺、凄いと思うけど悲しいって思うな」
「え……?」
率直で、偽りのない言葉だった。
だからだろうか、ノワールの心に深く突き刺さっている。
「だからさ、まずは一人でじゃなくて……」
肝心なことを伝えようとした―――その時だった。
「た、助けてえええええええ!!!」
「「なっ!?」」
突如、女の子の悲鳴が上がった。
白斗とノワールが必死になって辺りを振り返ると、一人の女の子がバイクに乗った男に連れ去られている姿を目撃した。
しかし相手はバイクに跨っているだけあって、やがて目視出来ないほどに離れていってしまう。
「ま、まさか誘拐か!?」
「私の国で……しかも女神の目の前で誘拐なんていい度胸ねっ!!」
さすがの白斗でも、人力だけでバイクに追いつけるはずがない。
だからこそ、女神様であるノワールの出番だった。
「プロセッサユニット、装着! ……私を怒らせたこと、後悔しなさい!!」
シェアエネルギーを身に纏い、黒のレオタードになる。
黒かった髪も銀髪になり、機械の様な翼を装着する。守護女神ブラックハートの降臨だ。
確かにこの状態なら身体能力も向上する上に、飛行も可能だ。
バイク程度に追いつくなど造作もないだろうが―――。
「白斗、貴方はここで待ってて!」
「待てノワール! 相手がノルスかも……」
「だとしてもちゃんと警戒していればどうってことないわ! 私は……女神ブラックハートだもの!!」
「あ、オイ!?」
これ以上問答する時間も無いとブラックハートは飛び立つ。
その速度は圧倒的で、飛行による風圧で白斗は吹き飛びそうになった。あっという間に見えなくなってしまったが、あの速度なら問題なく追いつけるだろう。
「……ノワール、どうか無事で……」
こうなっては白斗も追いつくことが出来ない。
彼にできるのはただ、ノワールの無事を祈ることだけだった―――。
☆
「そこの男! 待ちなさい!!」
「ひっ!? や、やっぱり女神様がきたぁ!!」
バイクVSノワールの追走劇が始まる。
と、言ってもあっという間に誘拐犯を捕捉し、一気に隣に追いついた。見た所、相手はノワールの出現だけで大騒ぎするほどの小心者。
犯罪慣れしていない一般人と言ったところだろうか。
「この子は返してもらうわよ! ついでに……水でも被って反省なさい!」
「ぷぎゃあああああ!!?」
颯爽と女の子を取り返し、バイクの機体に強烈な蹴りを打ち込んだ。
その威力で男どころか数百キロはあろうバイクまでもが宙に浮く。
そのまま男とバイクは仲良く噴水の中へダイブ、凄まじい水柱を上げて沈んでいった。
「う、うぅ……ふぇええ~~ん!! 怖かったよぉ……!!
「よしよし、怖かったわね……でも、もう大丈夫よ。 何故って? 私が来た」
助け出した少女はまだ泣いていた。無理もない、まだ幼い上に誘拐されそうになった時の恐怖など常人に理解できるはずもない。
ノワールは女神の姿のままで、しかし彼女と同じ視線になるように膝を付きながらゆっくりと抱きしめてあげた。
「……めがみ、さま……?」
「そう、女神たる私がいる限りもう大丈夫よ」
「っ、う、うわあぁあぁ~~~ん!!」
少女を労わるように、癒すように、頭や背中を撫でてあげる。
その慈愛と美貌はまさに女神だ。
やがて少女の嗚咽も大分収まってきたところでラステイションの衛兵が集まってきた。
「ブラックハート様! ご無事ですか!?」
「私よりまずはこの子の方が優先でしょ! 私は大丈夫だから、しっかりとこの子を親御さんのところに連れて行ってあげなさい!」
「は、はっ!!」
女神の指示に気を引き締め、衛兵たちは敬礼をする。
すぐに少女を勇気づけながら両親の下へ返すべく、慌ただしく動き始めた。
一方、噴水に沈められた誘拐犯はようやく水面を突き破ってその顔を現す。そんな彼の顔が憎らしくて、ノワールは剣を男の眼前に突き付ける。
「げ、ゲホゲホッ……ヒッ!?」
「あなた……私の国で、私の目の前で犯罪を行うなんていい度胸ね……。 でもその前に、あんな小さな子供を誘拐したことが、何より許せないわ!!」
先程の優しさが嘘のような、威厳に満ちた言葉と目。
場合によっては、その刃で本当に首が跳ねられてしまいそうになるほどの威圧感。周りにいた衛兵の誰もが、畏敬の目でその光景を見守っていた。
「……た、助けてください!! 女神様ぁ!!」
「は、はぁ?」
だが、突如として男が土下座してきた。
無様に、噴水の中であるにも関わらず。余りにも見ていられなくて、ノワールはその首根っこを持ち上げて噴水の中から引きずり出す。
「今更何を言ってるのよ!? あなたの所為であの子がどれだけ傷ついたか……あなたの罪は裁判の下、厳正かつ公平に裁……」
ノワールの言は尤もだと、誰もが頷いた。
だが、そうではないと言わんばかりに男が縋り寄る。
「ち、違うんです! わ、私の娘が……娘がぁ!!」
「む、娘って何よ?」
「……ノルスという連中に、私の娘が誘拐されて……返して欲しくば、女神様の目の前で誘拐事件を起こせと指示を受けて……」
「ノルス、ですって……!?」
ノワールの眉がぴくりと持ち上がる。
その名前は今朝、アイエフによって知ったばかりだ。故に一般人が知っているはずもなく、虚偽の可能性は低いと思われる。
「わ、私はいかなる罰をもお受けします! ですから、ですから娘だけは……!!」
「…………その言葉が真実かどうかは捜査の上で判断するわ。 ただ、ノルスという組織は絶対に許さない。 それだけは決めているから安心なさい」
油断など一切していない。可能性は低いと言うだけで、まだ嘘を言っている可能性が消えたわけではない。
ただ、ノルスと言う組織を潰さなければならない理由が一つできたのは確実だ。
(何はともあれこれで一旦解決ね。 周りに暗殺者の気配も、狙撃の雰囲気も無し……うん完璧ね。 これで白斗も少し安心してくれるかしら?)
この間も、周囲の警戒は怠っていなかった。
白斗から散々警告されていた暗殺者の影も形も無い。事件も暗殺阻止も完璧だと、ノワールは内心自画自賛気味だった。
「あ、そうだ! 実はブラックハート様にもう一つお渡ししなければならないものが……」
「え? 何よ?」
「女神様に捕まったらこれを渡せと言われて……」
「…………いいでしょう。 預かるわ」
誘拐犯の男が何やら手紙らしきものを渡してきた。
口ぶりからしてノルスの指示だろうか。罠の可能性も否定できないので一旦衛兵の手に渡ってからノワールの下へ。
幸いにも濡れていなかった手紙を開くとそこには。
『女神ブラックハート様
あなたの大事なものは我らの手中にあります。
欲しければ、本日の午後6時、下記の場所にてお待ちしております。
お約束ですが、警察などには知らせずお一人で来るように。
ノルス』
「……何よ、大事なものって……」
不可解な手紙だった。
誘拐事件を解決することはとっくに予想済みだったというのがまた腹立たしい。
実際、彼女にとって大事なものと言えばユニ。今の彼女はプラネテューヌの教会に居るはずだから危険な目に遭うことも無い。
そしてネプテューヌ達、決して口には出さないが彼女達もライバルにして大切な友達。
だが、もう一人浮かんでしまう。
いつも自分を命懸けで守ってくれるあの少年の顔が―――。
「―――ッ!? ま、さか……!!」
―――瞬間、ノワールの体から血の気が引いた。全身で痛みを感じるほどに。
「ぶ、ブラックハート様!? どうされました……!?」
「貴方達! 後の事は任せたわ!!」
「え!? ど、どちらへ……うおわあああ!?」
もう1秒とてここに留まれない。
後始末を衛兵たちに任せ、ノワールは再び飛ぶ。
(白斗……お願い! 無事でいて!!)
何故か今になって、白斗の顔が思い浮かんでくる。
初めて会った時の傷ついた顔、次の日の朝目を覚ましてくれたこと、その日にクエストに行って彼の戦い方に舌を巻いたこと、そしてあの狙撃から身を挺して守ってくれたこと。一緒に過ごして、楽しかったこと。
そんな白斗が、失われてはならない。今のノワールはただそれだけのために飛んでいる。
「白斗おおおおおおおおッ!!!」
必死に飛んで、先程のベンチへと戻ってきた。
だが、祈りも空しくそこに白斗の姿はない。
ベンチの近くには直前まで飲んでいたジュースの缶が空しい音を立てて転がっている。
「そんな……白斗、白斗ぉ!!」
必死に呼びかけて白斗を探す。
周りの目など知ったことではない。ただ、白斗の無事を祈って―――。
「っ……ノワール、か……?」
「っ!? 白斗!?」
どこからか、白斗の声が聞こえてきた。かなりか細く、弱々しい声だ。
耳を澄ませてみると、どうやら路地裏かららしい。
飛び込むように裏路地に行ってみるとそこには―――。
「白斗!! って、何なのこれは……!?」
白斗が、腕を抑えながら壁に背を預けて座り込んでいた。
腕からは血が流れている。近くに落ちているナイフで切り付けられたらしい。
そして彼のすぐ近くには赤いフードの男達、ノルスの構成員が10名も倒れている。
「白斗、しっかりして!!」
「……お、おう。 もう、片付けてきたのか……? はは、さすが女神様だ……」
「バカ言ってないで!! 一体何が……!?」
明らかにこの状況は普通ではない。
倒れているノルスの暗殺者も全員ナイフを握っており、殺意を感じさせる。だが全員死んでいない。
白斗が格闘技などで気絶させるだけに留めたのだろう。
「ノワールが飛び立った直後、ノルスの奴らが襲い掛かってきてな……。 何とか、ブッ倒したんだがその際に……く……」
「ま、まさか大怪我を!?」
「き、傷は大したことない。 腕を少し切られたくらいなんだが……ぐっ!!」
腕を見ると確かに切り傷が出来ていた。だがその傷は浅い。
にも関わらず白斗の息は荒い。
「ど、どーやらナイフに毒でも塗られてたみたいだな……」
「毒って……そんな!? アンタ達!! 解毒剤とか持ってないの!?」
毒、即死ではないにしても遅効性のある毒が塗られていたのだろう。
あれから時間が経っているため、吸出しも間に合わない。となれば切り付けた張本人であるノルスの連中から解毒剤を奪うしかない。
ノワールが必死に、泣きそうな表情で気絶している男の胸倉を掴み、ガクガクと揺らす。
「起きなさいよ!! 早く、早く白斗を……!!」
「やめろ、ノワール……! 俺も、探しまくったけど……そいつらは持ってないみてーだ……」
「そ、そんな……!」
白斗も既にその可能性に賭けていたようだが、期待には添えられなかったようだ。
絶望に打ちひしがれるノワールには、この状況をどうすればいいのか全く思いつかない。
こうしている間にも、白斗の体には毒が―――。
「………っ………」
「っ!? は、白斗……? 白斗おおおおおおおおおお!!?」
とうとう限界に達してしまったのか、白斗が崩れ落ちる。
大量に汗を流し、息も荒く、何より意識も定まっていない。
ノワールが必死に揺らすも、白斗の容体はよくなることは決してなかった―――。
☆
―――ラステイションの病院。
そこで白斗は目を覚ました。あれから病院による治療を受けて意識は取り戻したのだが、体の毒は抜けきっていない。
恐らくは新開発の毒薬なのだろう、であれば解毒剤が病院に存在するはずもない。
「は、ははは……ノワールを守るなんて豪語してた奴がこんなザマとはなー……。 もう、おマヌケすぎて自分でも笑っちまうぜ……」
「………………」
「……あのー、ノワールさーん? ここ笑うところッスよー……?」
ベッドで寝ている白斗。その隣には、ノワールが座っていた。
さすがに病院内ということで女神化も解除していたのだが、その顔色は暗い。目元が陰で覆われ、表情を読み解くことが出来なかった。
「……白斗、ごめんなさい。 私の所為で……」
「何言ってんの……。 襲ってきたのはあいつらだし、こんなことになったのも俺の凡ミスが原因だろ……」
突然、ノワールが謝ってきた。その声は、如何にも圧し潰されそうな弱々しいもの。
何とか彼女を元気づけようとする白斗だったが、白斗の声はよりか細い。今も尚、体中に繋がれていた点滴の所為で自由に動けない状況である。
そんな痛々しい白斗の姿を見て、ノワールは益々自分を責め立てた。
「でも、私……あの時、貴方の事を放っておいたばかりに……。 白斗は、いつも私を守ってくれてたのに……!」
「気に、するなって……。 それに、あの場にノワールがいたとして、それでお前が傷ついちゃったら……それこそ、最悪だったんだからさ……ゲホゲホッ!」
「む、無理しないで! ……お願いだから、無理しないで……」
白斗からすれば、ノワールが傷つかなかったことが不幸中の幸いなのだ。
下手をすれば今の状況が逆転していたのかもしれないのだから。
だがそのために白斗が傷ついたことが、ノワールには何よりも悲しくて、何よりも許せなかった。
「わ、分かったよ……」
「……ネプテューヌ達には、もう連絡してあるわ……。 もうちょっとでこっちに来るって……」
「はぁ!? あいつら、不必要に外に出るなって……ぐぅう……!!」
「だから無理しないでって! ……貴方がこんな目に遭っちゃったのよ、居ても立っても居られないに決まってるじゃない……」
白斗が目を覚ますまでの間、ノワールはプラネテューヌの教会へ連絡を入れていた。
その際の彼女達の慌てぶりは、今でも覚えている。何せ、ノワール自身も似たような感じで取り乱していたのだから。
血の気が引いたり、ノルスの連中に怒ったり、泣き出したりするものまで出てくる始末だった。
「……とにかく、安静にして……。 もう、貴方が苦しんでる姿なんて……」
見たくなかった。見ていると、それ以上に彼女自身が苦しくなる。
ネプテューヌも、ブランも、ベールも。ネプギア達シスターズも、アイエフやコンパ、イストワールも。
もう顔見知りや単なる仲間じゃない、家族―――いやそれ以上の絆さえ感じるから。
「……分かった。 んじゃ、ちょっと……寝るわ……」
「ええ。 おやすみなさい、白斗……」
未だに汗が止まらない白斗の頬を、ノワールが優しく撫でた。
目を閉じた白斗は少し荒い息遣いだ。
苦しませる結果となってしまったがそれでも、少しでも命を繋いでもらえれば。
「………私が、何とかしなきゃ……私が………!」
ノワールは、尚も責任を感じていた。
それだけ彼が大切だったから。今日入れていた仕事の予定など全てキャンセルしてまで。
ポケットから取り出したのは一枚の紙切れ。今日の誘拐事件の際に男から渡されたものだ。
(……あなたの大切なもの、白斗の解毒剤のことね……。 当然罠だろうけど、そんなの関係ない!)
今となっては、この紙きれの指示に従うしかない。
罠なら寧ろそれを打ち破ってしまえばいい。そうすれば白斗を救うことが出来、ついでにノルスも壊滅させられる。
「……ごめんなさい白斗。 もう少しだけ頑張って……必ず、私が助けて見せるから……」
寝ている白斗に、そっと囁く。
少し顔を近づければ、その唇が白斗の顔に触れてしまいそうになるほどの距離感。まるで恋人のようだ。
だが、今の自分にその資格はない。せめて白斗を助けるまでは。
―――そんな決意と共に、ノワールは病室を後にした。
「………ノワール………?」
白斗が、目を覚ましていたことにも気付かずに。
☆
―――午後5時57分。ラステイションの外れにある工業地帯。
そこは不景気で廃棄されてしまった工場が多く立ち並ぶ。それ故無法者も多く、不良のたまり場として一般人も近寄らない地域となっていた。
「こんなところに暗殺者が拠点を構えていたなんてね。 我ながら情けないわ……」
既に女神化を果たしているブラックハートがため息を漏らした。
確かに誰も近寄らない場所ならば、暗殺者の拠点には打って付けである。
「……ううん、自分を責めるのは後。 今は白斗を助ける……それだけを考えるのよ、ノワール……!」
彼女は自身の名、ノワールを名乗った。
それはここに来た理由が女神だからではない、白斗を大切に想う少女ノワールとしてきたことを意味している。
指定された場所を再確認し、扉を潜る。そして通路を進んでいくと、地下への階段が。
(……巧妙に気配を隠しているつもりでしょうけど、居るわね。 確実に)
階段を下りていく最中、湿っぽい視線を感じた。
確実に暗殺者が潜んでいる。だが、油断するつもりはもうない。鉄を踏む音を響かせながら、女神は地下へと降りていく。
やがて辿り着いたのは、機材が全て撤去されただだっ広い空間。その奥の瓦礫の山に一人、赤いフードの男が座っていた。
「……へへ、午後6時丁度。 時間に律儀だなぁ、女神様は」
「私は約束を守るわ。 これで貴方達が守らなければ、遠慮なく切ることが出来るから」
女神化している彼女を見ているにも関わらず、男は平然としている。
よく見ると、男の服は今までの男達と違って少し立派な意匠だった。
胆力と言い、明らかにモブキャラとは一線を画している。
「おーおー。 怖ぇ怖ぇ……そんな女神様にゃ手荒い歓迎が必要だよなぁ……?」
パチン、と指を鳴らすと周りから暗殺者達が現れる。
その数14人。
「あら、熱烈な歓迎をどうも……って言いたいけど私相手にこの人数は少なすぎない?」
「悪かったねぇ。 アンタらの所為でウチの可愛い部下達も次々捕まっちまうモンだからさ、これで精いっぱいなのよ」
「ふん。 教育がなってないんじゃないかしら」
これだけの人数に取り囲まれてもブラックハートは焦りを見せない。
一人一人の強さなど高が知れている。
例え一斉に襲い掛かってこようとも返り討ちにできる算段は付いていた。だが、彼女にとっての問題はそこじゃない。
「そんなことより解毒剤はどこかしら? 素直に渡さないと、痛い目を見るわよ?」
殺気にも似た感情をこめて、男を睨み付ける。
その一睨みだけで、周りの暗殺者達は恐怖で震え上がった。だが、リーダー格たるこの男だけは臆さない。
「解毒剤……解毒剤ねぇ? 例えば、こんなのとか?」
「……っ!」
懐から取り出した、透明な小瓶。
その中は透明な液体で満たされていた。見ただけでは効力などは分からないだろうが、解毒剤であればそれを手に入れる。
今のノワールにとって、それが全てだった。
「こちらに渡しなさい! ……言っておくけど、虚偽だった場合は……」
「じゃあ要らないよな、こんなの」
ノワールの言葉を全て聞き届けることもなく、男は小瓶を手放し―――床に叩き割った。
「え……!? き……貴様あああああああああああああッ!!!」
白斗を助けるための唯一の手段が、壊された。
余りにもあっさりと敢行されたそれにノワールは一瞬呆けてしまって。現実を知るや否や、怒りが爆発した。
「はっはははは! ゴメンゴメン、これは偽物だよ。 そう怒らないで」
「……ッ! なら本物はどこにあるの!? さっさと引き渡しなさい!! でないと……」
「俺をぶっ潰してから取り上げるって? そいつは困るなぁ……」
また男が指を鳴らす。
すると周りを取り囲んでいた男達が一斉に懐からあるものを取り出した。
「だって、俺ですらもうどいつが本物を持ってるか分かんねぇんだから」
「なっ……!?」
それは、先程砕かれたものと同じ小瓶だった。
一人一個ずつ、計14個。大きさもデザインも満たされている液体の色も。何もかもが同じだった。
薬学の知識が全くないノワールでは見分けることが出来ない。
「例えアンタの強さが俺たちを凌駕したとして、それでも本物を叩き割るくらいの余力はあるぜ~?」
「く……! やっぱりこれ自体を人質にするってワケ!?」
「言っておくけど、もうそいつのデータ自体無い。 さっきパソコン叩き割ったしな」
そう言って今度は壊れたパソコンを放り投げてきた。
ご丁寧にハードディスクまで叩き割られている。証拠隠滅の一端なのだろうが、よりにもよってそんなことをしてくるとは思わなかったノワールは、だんだんと追い詰められる。
「……な、なら! 貴方達全員を捕えて、解毒剤の情報を割らせて……」
「いつか話してもいいけど、その場合は時間的にタイムオーバー。 もう今夜が峠だからな、あの毒」
徐々に逃げ道を潰されている。
焦りが最高潮に達し、構えた剣が震えてきた。認めざるを得ない、今主導権は向こうに握られてしまっている。
「そ、そんな………!」
「……だが、それだけじゃアンタを殺せない。 最後の一手が必要だ」
男はまた指を鳴らした。今度は空中に画面が投影される。
そこは―――白斗が入院している病院だった。
「なっ……!?」
「まぁたいい感じで離れてくれましたねぇ……ブラックハート様ぁ?」
また、罠に嵌ってしまった。
そう悟ったノワールの息遣いは、絶望に溢れてしまっている。
「ま、さか……白斗を直接人質に……!?」
「まさかもまさかよ! ブラックハート様、アンタはあの男を守れなかった! 二度もだ!」
「そ、そんな……そんな……」
今からでは、間に合わない。ネプテューヌ達も駆けつけるまでまだ時間が必要だ。
病院に居るのは精々付き添ってくれている医者や看護婦程度、彼らでは暗殺者に返り討ちにあってしまう。
肝心の白斗は毒に倒れ、動けない。―――つまり、誰も白斗を守ることが出来ない。
「今すぐお届けしてやろうか? ショッキングな映像を……」
「や、やめて……やめてぇ!!!」
絶望に満ちた、悲痛な声。
それは最早女神としてではない、ノワールとしての、精一杯の命乞いにも近い声だった。
「……だったらまずはその女神化を解除してもらいましょうか? 服装は好きだけど、危なっかしいんでね」
「……分かったわ……」
悔しがる暇すら惜しい。ノワールは即座に女神化を解除してしまう。
「ふふ、可愛らしい姿だこと。 ……この姿なら、確実に殺せる」
男に歪んだ笑みを合図に、取り囲んでいた暗殺者達がじわりじわりと近づいてくる。
その手には凶刃が握られており、鋭い光を放っている。
「悪いね。 もう俺ら、クライアントから最後通告受けてるんで。 ……アンタはここで死んでもらわなくちゃならねぇのよ」
死が、近づいてくる。
それを認識したノワールは、地べたに力なくへたり込み、涙を流してしまう。
だがそれは死への恐怖に怯えたからではない。―――自分の不甲斐なさに、打ちのめされていたからだ。
(私は……私は……白斗を助けることも、守ることも……できないの……? 女神の癖に……なんて、無力なの……)
今、この瞬間彼女の頭の中には白斗のことばかりが浮かんでいた。
守ってくれたこと、笑ってくれたこと、彼のやんちゃを叱りつけたこと、一緒に食事をしたこと、些細なことまで楽しく語り合ったこと―――。
「クク、女神様を殺す大仕事……無事完了だな。 じゃ、アディオス☆」
最後の指鳴らし。一斉に暗殺者が飛びかかってきた。
避けることすら出来ない。解毒剤を、それ以前に白斗を人質にされては。
(……白斗、ごめんなさい……)
ノワールはただ、迫りくる凶刃を黙って眺めていることしかできなかった。
『……ぼ、ボス! 大変です!』
「何だ!?」
その時、突然回線から慌てたような声が。
『そ、それが……奴の、病室ですが………!
………もぬけの殻です! あの小僧……黒原白斗がいません!!!』
―――それは、耳を疑いたくなるような連絡だった。
「「……え?」」
思わず聞き返した。ボスも、ノワールも。
あの毒で、動けるはずがない。それ以前に医者が許しはしないだろう。
だからと言って手術であるはずがない。ならば、白斗はどこに行ってしまったのか?
「俺なら……ここだああああああああああああああああああああ!!!」
その時、天井を突き破って一人の影が舞い降りた。
突然の介入者に飛びかかってきた男達は一歩引いてしまう。
砂煙舞う中、その中央から現れたノワールを守るようにして立つ影―――。
「………白、斗……!?」
黒原白斗、その人だった。
毒で倒れているはずなのに、いつもの変わらない笑顔と黒コートで、しっかりと立っている。
「ば、馬鹿なぁ!? 今、貴様は死にかけているんだぞ!? もう立てないはずだろ!?」
「はッ、ノワールが大ピンチだってのに……オチオチ死んでられっかよ、バーカ」
嘘だ。それはノワールでも分かる。
よく見れば白斗の顔は汗だらけ、足も震え、息も荒い。立っているのもやっとのはずだ。
それでも、彼は来たのだ。ノワールを守る、その一心で。
「は、白斗……! どうして……!!」
ノワールは、口元を抑えていた。
今、死にそうになっているのは彼の筈なのに。今、ここに来たらより殺されそうになってしまうのに。
「説明もお説教も後だ。 ……もう、大丈夫だ。 俺が守るから」
それでも白斗はノワールに笑顔を向けていた。
嘗て、この世界に来たばかりの自分を温かく出迎えてくれた、女神達のように。
温かい言葉と微笑みは、ノワールの瞳から、まるで氷が解けたかのように雫が一滴、流れ落ちた。
「……テメェら。 寄って集ってノワールを……俺の大切な女の子を虐めやがって……。 覚悟は出来てんだろうな?」
―――殺気が、溢れ出す。白斗から。
―――恐怖が、溢れ出す。男達から。
「ッッッ……!!? こ、こ、こ………殺せええええええええええッ!!!」
恐怖に負けた男達が、今度こそ一斉に襲い掛かった。
「……ぶっ飛ぶぜ! コード、オーバロード・ハート!!」
まるで、呪文のようなセリフと共に白斗が心臓に手を当てた。
瞬間、光が溢れ出し―――。
「がッ!?」
「ぼ!?
「ラ!!?」
―――男達を、薙ぎ倒した。
何が起こったのか、男達には理解できなかったが女神としての強さを持っているノワールには見えた。
超人的としか言えない速度で拳や蹴りを男達に叩き込んだのだ。
「オラオラオラァ!!!」
「ぐぼぉ!?」
「おあぎゃぁ!!?」
それだけではない。ナイフ、ワイヤーを交え、その技術で男達の攻撃を避け、或いは利用し、同士討ちさせる。
怯んだ隙にまた攻撃を叩き込み、次々と暗殺者を狩っていく。
「ば、馬鹿め!! 背中が隙だらけ……」
「させないわっ!!」
「ぎゃぁッ!!?」
一閃。ノワールの剣が、男を切り払った。
殺してはいないが、気絶させるには十分な太刀筋。今の彼女は、もう絶望の淵から這い上がってしまっている。
そんな彼女を止めることなど、ただの暗殺者風情にできるはずがない。
「はああああああぁぁぁぁぁッ!!!」
無駄のない、美しい剣の舞が閃いていく。
速く、隙の無い剣捌き。例え女神化していないとしても、日々詰んできた研鑽の日々が彼女にここまでの力を与えた。
だから彼女は強い。だから彼女は女神なのだ。
「く、く……クソがああああああああああああ!!!」
部下達はあっという間に倒され、残るはボスただ一人。
追い詰められた男はナイフを取り出し、白斗に切りかかる。しかし白斗は自身のナイフでそれを受け止める。余裕の表情で。
「これが暗殺組織トップの太刀筋か? ……こんなんで女神様殺そうとか、笑えるなッ!」
「が!?」
白斗のナイフが、まるで蛇のように変幻自在に襲い掛かる。
あっという間に刃先に絡めとられ、弾き飛ばされた。
「この! このッ! このおおおおおおおおおおおお!!!」
「拳の打ち方がまるでなってねぇんだよ、ド素人がッ!!」
「ぶっ!?」
咄嗟に拳を振るうも、白斗は最小限の動きでそれを避けていく。
逆にカウンターを顔面に叩き込んでやった。
「が、あああ……! き、貴様ぁ……!!」
ナイフ術も、体術も、頭脳でさえ及ばなかった。
体格的にも、年齢的にも、経験的にも劣っているはずのこの少年が、逆に暗殺組織トップの男を遥かに凌駕していた。
「て、テメェ……俺らと同類だなッ!?」
「白斗が……アンタらと同類ですって!? ふざけないで! 白斗は……」
「ハッ! こんな真似できるガキがいるかよ!!? 暗殺に精通していて、尋常じゃない技術と頭脳していて……尚且つこのクソ度胸!!! 立派な暗殺者じゃねぇか!!!」
ノワールが否定するも、白斗は全く否定しなかった。
それが何を物語っているか、男にも、ノワールにも、そして白斗自身も。理解できてしまった。
「……だったら女神様見捨ててもいいって? ふざけんじゃねぇよ」
「は?」
「暗殺者が危険……? ご尤も、なら俺はこの世界から出ていってやるよ。 ただし、みんなを守った後でな」
だが、彼は逃げなかった。
真っ直ぐな瞳で、男を睨み殺すかのような視線。
それに飲まれ、男は動けない。そんな男に白斗はもう一本のナイフを取り出して―――男に投げ、刺した。
「……へ? こ、このナイフは……」
「アンタらの忘れ物だ。 ……ちゃんとお返し、したぜ」
痛みよりも先に、そのナイフ自体が問題だった。
それは白斗を切り付けたナイフ。つまり―――例の毒物が塗ってある、ということ。
「あ………あぁああアアァアァアア!!? 解毒!? 解毒剤いいいいいいい!!!」
慌てて男は全身をまさぐる。
死から逃れたい一心で、それこそ無様に、三流喜劇で躍るかのように。
やがてポケットから、一本の小瓶を取り出す。
「ひ、ひへへへへ……これで………!!」
それを口に付けようとした途端―――。
「それが解毒剤ね。 もーらいっ」
「あッ!?」
白斗のワイヤーが、それを絡めとった。
引き寄せられたワイヤーによって、解毒剤の小瓶は男の手から離れて白斗の手に移る。流れるような手つきでそれを手に取った白斗は、小瓶の液体を一気に飲み干した。
「あ……あああああああああああああああああああああああああッ!!!!?」
「……ふぅう~。 スッキリした」
毒から解放され、晴々とした白斗とは対照的に絶望の声を上げる男。
どうやら解毒剤はあの一本だけ。ご丁寧に解毒剤のデータも自らの手で破壊してしまった。
逃れられない死の恐怖に、男は目を回し、口から泡を吹いて倒れた。
「あ……ば、ば………」
「あらら、気絶しちゃった。 ホントは毒なんて当の昔に拭き取ってあるのになー」
悪戯っ子のように意地悪な声を出す白斗。
始めから解毒剤を手に入れるための布石だったのだ。そして同時にもう人を殺すことは無いという彼の意思表示。
今は両足でしっかりと立っている白斗の姿を見て、ノワールはそう確信した。
「……白斗……」
「ノワール……」
そんな彼女の下へ、白斗はズカズカと歩いていく。そして。
「このバカッ!!!」
「ぴっ!?」
凄まじい怒号が、降り注いだ。
その迫力は女神であるノワールですら怯えてしまう程だ。
「何で一人で行ったんだ!? 俺が後を付けていなかったら今頃殺されてたかもしれないんだぞ!!?」
白斗はただ、ノワールが心配なだけ。守りたかっただけなのだ。
だからこそ、心配の余りこうして叱りつけている。
「……だって、私の、私の所為で白斗が……」
「まーだそんなことを思ってんのか」
「だって! だって!! ……私、女神なのに……自分の国民どころか……私を守ってくれた人すら、守れなかったのよ……!!!」
そこで白斗はようやく気付くことにできた。
彼女は尚も怯えていたのだ。
殺されそうになったからではない、白斗の説教が怖かったのでもない、女神としての重圧と責任に怯えていたのだ。
「それどころか、私の所為で白斗が死にそうになって……! 傷ついて!! ……私、こんなんじゃ女神どころか……貴方の傍に居る資格なんて……!!」
震えて、涙が出てしまっている。
どれだけ傷ついていたのだろうか、どれだけ抱えていたのだろうか。
―――だが、白斗もその気持ちは理解できた。自分も、方向性は違えど、同類だったから。
「だから!! 私が何とかしなきゃいけなかったの!! こんな状況にしてしまった私が……私が!!!」
もう、彼女は何が何だか分からない。
幾つもの感情や重圧、責任感、思いが絡まって彼女の心を縛り付けている。ノワールは今、その苦しさに悶えている。
その苦しさで、だんだん前も見えなくなって―――――
「……でもな、女神である前に一人の女の子だ」
「え……」
ぽん、と彼女の頭に温かい手と温かい言葉が。
顔を上げた先には、優しい顔の白斗がいる。
「……今まで、一人で頑張ってきたな。 ノワールは凄いよ。 こんな小さな体で、大きな責任を背負って……俺なんかにゃ、とても真似できない」
「はく、と……?」
「だから、今度からもっと周りを頼ったらいい。 もう一人じゃない。 ネプテューヌ達がいるだろ? ユニちゃんだって、国民の人達だっている」
白斗は知っている。そんな彼女だからこそ慕う人たちがいると。
今まで守ってきた国民、妹であるユニ、そしてライバルだったはずのネプテューヌ達。
誰もが、ノワールから離れなかった。
「俺だって、胸を貸すくらいは出来る。 ……ツンデレでも、不器用でも、真面目で、努力家で、優しくて、可愛い女の子だからな」
「ぅ、ぁ、ぁあ………あああ………!」
そして、白斗は優しく抱きしめてくれた。
その力強さは彼女を離さず、その温もりは彼女を優しく包み込み、その柔らかい声は彼女の心を解きほぐしていく。
「……もう、一人じゃない。 だから、全部ぶちまけちまえよ」
「っ……う、う……うああああああああああああああ………!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
白斗の右の胸の中で、彼女は泣いた。
泣いて、泣いて、泣き明かした。
決して誰にも見せたことのない、数百年分の涙が今、ここで全て放たれたのだ。彼女が今まで背負ってきた重圧ごと。
「………う、ひぐっ………。 ……ありがとう、白斗……もう、大丈夫よ……」
まだ、涙の痕が残っている。目は赤く腫れている。
それでも、ノワールは笑顔を向けてくれた。自分の知る限り、最高の笑顔で。
「そうか。 ……なら、もう俺はここに居るべきじゃないな」
「え? 白斗……?」
背を向けて、白斗が去ろうとする。
それを慌ててノワールが背中から抱き着いて動きを止めた。
「ッ!! 待って!! まさか……どこかに行くつもりなの!?」
「……心配しなくても、お前達は守るさ。 陰ながらな」
「陰にならなくていい! ……さっきの事……気にしてるの?」
白斗は何も言わない。図星だった。
薄々ではあるが、ノワールも気付いていたのだ。白斗は普通の少年では無かったことに。
戦闘力もそうだが、何よりも暗殺に精通した戦い方と知識、胆力。
嘗てベールが「アサシン職のようだ」と評したが、まさに彼はそのアサシン―――暗殺者だと。
「……女神様の隣に、暗殺者なんざ置けないだろ」
「ッ! そんなこと無い!!!」
ノワールが否定しながら、腕の力を強める。ここで彼を離れさせてしまえば、彼もう日の当たる世界には出てこれない。
絶対に、そうはさせてはならないと。
そんな彼女の言葉が、胸を締め付けたのか今度は白斗の語気が強まった。
「―――そんなことあるッ!! ……今だから言うが、俺は元の世界で人を殺したんだぞ!!」
「だから何だって言うの!? それがどうしたって言うのよ!!!」
「ど、どうしたって……!? なんで、そんなこと……」
白斗に負けないくらいの声で、ノワールが叫んだ。
彼を繋ぎとめるために、なりふりも構わず、女神らしくない声と力と姿勢で。
その姿を見て、白斗は思わず止まってしまった。
「……私だって、知ってるのよ。 貴方は好きで……そんなことをするような人じゃないって……」
初めてのクエストでモンスターを討伐する時も、命を奪うことに罪の意識を感じていたこと。
暗殺者から、命懸けで女神を守ろうとしてくれたこと。
こうして暗殺者を撃退する時も、決して命は奪わなかったこと。
何より、ずっと彼女達の心に寄り添ってくれたこと―――。
「そうだよ、白斗! ……私達も、白斗が優しい人だって知ってるんだから!!」
この声は、ノワールではない。振り返るとそこには白斗の愛してやまない顔。
明るいネプテューヌの笑顔が、そこにあった。
「ね、ネプテューヌ!? それにブラン……ベール姉さんまで!?」
「貴方の病室に、例の紙切れが落ちてたの。 それで慌ててここに来た」
「ええ、そうしたらもう事を片付けてしまっていますもの……。 本当に、やんちゃな子ですわ」
どうやら女神化で、フルスロットルでここまで来てくれたようだ。
しかし、この場所は誰にも告げていないはずだが、どうやらノワールがメモを落としてしまっていたらしい。慌てて彼女がポケットをまさぐると、確かにそれは無かった。
「私、これからも白斗と一緒にいたいよ。 楽しくて、優しくて、温かくて……そんな白斗を、離したくない。 って言うか離さない!!」
「私もよ。 何だったら、女神として言ってあげる。 ……私たちの傍に居て、白斗……」
「それに、私は弟のそんな苦しみを受け止められないほど狭量じゃありませんわよ」
元気な笑顔のネプテューヌ、優しく微笑んでくれるブラン、包容力溢れるベール。
皆、それぞれの魅力で、でもどれもが女神様だと思わせてくれる。
そんな彼の女神様は、彼が傍に居ることを求めたのだ。ただ許しただけではない、傍に居て欲しいと願ったのだ。
「……でも、俺……」
「白斗。 貴方だって、もう一人じゃない。 こうして貴方を大切にしている子達がいるのよ?
私も、その一人なんだから……」
そして、ノワールも。
彼女も女の子らしい声で語り掛けてくれる。そのあり様もまた、女神らしかった。
そんな彼女達の声が、白斗の何かを緩ませた。
だから彼は―――己の中の禁忌を一つ、解く。
「……そうか。 なら、こんな“偽りの心臓”でも……受け入れてくれるのか?」
ノワールを引き離し、インナーを脱ぎ捨てる白斗。
一瞬男の上半身が露になったことで、女神達は顔を赤らめるが、すぐにその表情は驚愕に満ちたものになる。
―――彼の胸に、機械の心臓が埋め込まれていたからだ。
「何、それ……!? その心臓……機械なの? だから、私を左胸から遠ざけて……?」
「……昔、ワケあってこうなっちまった。 今はまだ話す勇気がない……でも、これは俺の親父が取り付けた、狂気の証だ」
「親父って、貴方のお父さんが……?」
これにはネプテューヌも、ノワールも驚愕していた。
そしてこれを取り付けた張本人が、彼の父親だという。しかもその父親を狂気と称していることから、決して好人物ではないことだけは確かだ。
「俺は、そんな親父の狂気を受け継いで生まれちまった……。 結果、誰一人助けられなくて! 姉さんすらも助けられなくて! 挙句、人まで殺して……!!」
「……白斗……」
断片的に、感情的に叫んでいる。正直、これだけでは詳細を知ることは出来ない。
それでも、想像を絶する苦しみだったことは分かる。
ブランも、口元を抑えて絶句してしまっていた。
「だから! 時折嫌になる! この心臓から生まれる鼓動全てが偽物で! 俺がこうしてみんなのためとか言いながら動いていること自体が……偽りじゃないかって!!」
「白ちゃん……!」
八つ当たりにも近い吐露。
こんな白斗は見たことが無かった。今までは冷静で、でも熱くて、優しい姿“しか”見せてくれなかったから。
それでも、ベール達は目を逸らさなかった。今までずっと救ってきてくれた彼を、見捨てるなんて選択肢は無かったから。
「そう考えたらもう……もうワケ分かんねぇっ!! 人殺しで、偽物の心臓を持つ俺がこうして生きていいのかって!! でも、ネプテューヌ達を……皆を守りたいっ!! でも、一緒に居ちゃいけない……俺は、クソッタレな暗殺者なんだッ!!!!!」
ずっと、白斗も苦しんできた。
だからこそダムが決壊したかのように、感情が吐露されている。それは言葉に乗せられて、怒涛の勢いで痛みとなって襲い掛かる。
言葉も支離滅裂で、でも彼の感情が全て込められていた。汗まみれで、涙すら出ている、見るだけでも胸が張り裂けそうな痛ましい姿。
そして―――女神達は、一斉に白斗に抱き着いた。
「…………え…………」
優しい温もりが、匂いが、感覚が。白斗を包んだ。
それらは優しい鼓動を心臓に与えてくれる。機械の心臓が、まるで生きているかのように。
それだけではない。誰もが白斗の心臓に手を当て、耳を当て、肌で触れ合っていた。
嫌いで嫌いで仕方がなかった、こんな機械の心臓に。
「白斗……ずっと、ずっと苦しかったんだよね……。 ごめんね、気づいてあげられなくて」
「ネプ……テューヌ……? みんな……?」
真っ先に抱き着いてきたネプテューヌ。
彼女は涙を流してくれていた。たった一人、白斗のためだけに心を痛めてくれていた。
彼女だけではない。ベールも、ブランも、そしてノワールも。
「でもね、機械の心臓でも、暗殺者でもいい。 ……貴方はとっても優しくて、私達にとって大切な人なの」
「そうよ。 ……貴方の鼓動に、強さに、優しさに。 私達は救われてきた……」
「大事なのは伝わる温もりですわ。 私達がそれを感じ取っている以上、偽物なんて否定できるはずがありません」
誰もが、肯定してくれる。
黒原白斗はここにいると、証明してくれる。
彼女達の傍にいてくれることを―――許してくれる。
「……白斗。 さっきの言葉、返してあげるわ。 ……貴方はもう、一人じゃないから」
そして、ノワールの微笑み。―――白斗の中の鎖が一つ、千切れとんだ。
「……俺、暗殺者だぞ……人を、殺したんだぞ……」
「それは前の世界で、でしょう? ……もう貴方は十分悔いて、償っていますわ。 だから、これからは幸せになってもいいんですのよ」
ベールが、優しく頬を撫でてくれる。
「俺、こんな機械の心臓で……自分が醜くて、嫌いで……」
「それが何? ……私達は、好きよ」
ブランが、優しい言葉をかけてくれる。
「……俺、みんなの傍にいて……いいのか……?」
「うん! 寧ろ離れちゃダメだからね!」
ネプテューヌが、優しい笑顔で抱き着いてくれる。
「……白斗、私に貴方がいてくれるように……私も、貴方の傍にいるから」
そしてノワールが、その手を優しく握ってくれた。
優しい体温が、想いが、白斗の心を溶かしていく―――。
「……あり、がと……」
白斗は感極まって緊張の糸を解いてしまう。
瞬間、崩れ落ち、気絶してしまった。
「は、白斗!? そう言えば、さっき心臓が光ってた……!!」
「ロムとラムを助けてくれたのもそれね……。 でも、明らかに心臓に負担を掛けてる……!」
「もー! どうしてこんなことすら話してくれないのかなー!」
「でも、そんな白ちゃんだからこそ……傍に居たくなるのでしょうね」
白斗は、女神達に囲まれながら眠っていた。
苦しみの末に気絶したはずなのに、それでも彼の顔はとても晴々としていた。
「……そして勿論、ノワールもですわ」
「え? 私……?」
「白斗の言葉……とても熱かったわね。 こっちは暑かったけど」
「え、ええええええ!? さっきの聞いてたのおおおおおおおお!!?」
今度はノワールの顔が紅く染まった。
人に言えない悩みだったとはいえ、聞かれていたとなると猛烈な恥ずかしさが込み上げてくる。
誰もいなければ、この場でのたうち回りたいくらいに。
「良かったねノワール! これで公式サイトからぼっちって呼ばれなくて済むよ!」
「誰がぼっちなのよー!!」
「こら、まずはノワールよりも白斗優先。 さっさと運ぶわよ」
「ええ。 この男達の連行は私に任せてくださいまし」
「ア ン タ ら ねぇ―――――――!!!!?」
壊滅した暗殺組織ノルスの拠点で、四人の女神が姦しく騒いでいた。
その中心となったラステイションの女神、ノワール。
特に茶化してくるネプテューヌを追いかけ回しているが―――その顔はどこか、楽しそうだった。
☆
―――暗殺組織ノルス壊滅。
暗殺者の中でもトップの勢力を打ち倒したことにより、裏業界の闇が次々と暴かれ、摘発されていく。
取り調べ自体は難航しており、結局彼らを雇ったクライアントの名前までは辿り着けない。
だが、これでネプテューヌ達女神を狙う暗殺者はほぼ淘汰されたのだ。
ついでにあの少女誘拐事件の犯人だった男の娘も無事解放され、脅迫されていた事実も証明でき、事件は大方の解決を迎える。
それに伴い、この男―――黒原白斗を取り巻く環境も変わっていった。
「白斗さん! さぁ、心臓メンテのお時間です!」
「うおい!? ネプギア、別にいいって……!!」
「良くないです! 全く、こんな大事なことを相談してくれないなんて……!!」
「私もお手伝いするですぅ!!」
「コンパまで!! ぬおおおおおおおおおおおおお!!?」
ラステイションでの騒動は全て、女神とその関係者に伝わった。
特にシスターズは白斗の過去、そして心臓について知った瞬間、白斗の事を想うあまり涙まで流してくれた。
それは嬉しかったのだが、こうして心臓関係で追い回されると言う日常が追加されてしまったのが悩みの種。
「お前らに任せると妙なリミッター付けられるんだよ!!」
「当り前です! オーバロード・ハートなんてやめて欲しいんですから!!」
「えー、でもあれはいざという時の切り札で……」
「命を削る切り札なんてダメですぅ! さぁ、大人しくメンテを……!!」
「だぁーっ!! だから話すの嫌だったんだあああああああああ!!!!!」
懲りていないらしい、白斗は抵抗を続ける。
そんな様子を、ネプテューヌとノワールは呆れたように眺めていた。
「全く白斗ってば~。 やめて欲しいって言っても結局分かってくれないよね~」
「ホントにもう……」
白斗の事を心配しているからこその呆れだ。
あれ以来、ネプテューヌは白斗の心臓メンテのための技術提供、ノワールとベールは二か国共同で人工心臓を新しく製造するように指示、ブランはその知識を持って白斗の負担を軽減する方法を模索するといった役割分担をこなしていた。
「ま、白斗のことはネプギア達に任せて私達は買い物に行こっか! 暗殺組織が潰れたおかげで大手を振るって外を歩けるようになったしね!」
「いいわねそれ、私も一緒に行くわ」
「あーあ。 それにしてもノワールからツン成分が薄まるとは……物足りない」
「どういう意味よ!!」
そしてあの事件以降、白斗だけでなくノワールも少し明るくなった。
ツンデレ気質とツッコミ属性自体はそう変わらないものの。彼女を知る人物の多くが「とっつきやすくなった」、「色々頼ってくれるようになった」と語っている。
彼女も、ネプテューヌには起こりつつもそんな自らの変化を受け入れていた。
(……ありがとう、白斗……)
胸に温かな思いを秘め、白斗に微笑むノワール。その笑顔は、まさに女神だった。
そしてとうとうゲイムギョウ界は記念すべき、友好条約締結が目前にまで迫る―――。
こうして二次創作していると女神の中で賑やかなのってネプテューヌの次にノワールが来る感じなんですよね。それだけに楽しく書かせていただきました。
ただ純粋なノワールオンリー話はもう少し先のお話。余談ですが激ブラではノワール様に大変お世話になりました。
さて、次回はいよいよ友好条約締結……のはずが!?なお話。さぁ、次にフラグが立つのは誰か予想してみよう!(ぇ