舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
艦これほのぼのものはSSでもよくありますが、自分でも書きたくなりました。
どうかお楽しみください。
――春。
それは新たな生活がはじまる季節。
「つ、着いた…」
それは艦娘たちにとっても同様らしい。舞鶴第一鎮守府の正門前で、新任の駆逐艦娘の初霜は、目の前に聳える鎮守府の壮大さ、荘厳さに圧倒されていた。
「ここで大丈夫…なはず」
待ち合わせの時間にはまだ余裕があった。
この場所、つまり正門前で一四〇〇に、ここの鎮守府所属の艦娘が案内役として来る。
(私、本当に艦娘になるんだ…)
士官学校を相応の成績で卒業し、夢だった護国の英雄に、名を連ねることができる。
その思いに、初霜は心を躍らせていた。
目に映る近代的な建物や、その港湾施設が何とも魅力的なものばかりだ。
そう。彼女もまた、この鎮守府で新しい生活を送るべくこの舞鶴第一鎮守府へやって来ているのであった。
「おっ、感心感心」
「あっ!こ、こんにちはっ」
不安げな面持ちで正門に寄りかかっていると、誰かの声が聞こえた。
例の案内役だろうかと思い、初霜は手を挙げ敬礼をする。
「うん!こんにちは」
同じように返礼をする艦娘。
初霜とそう変わらない背丈と年齢ではあるが、初霜は、彼女が纏う熟練者としての、オーラのような重圧感を覚えるのであった。
「わ、私、初春型駆逐艦四番艦、初霜と申します。よろしくお願い致しますっ」
よし、噛まずに言えたという安堵感が、初霜の胸中に生じる。
実のところ、士官学校での面接練習では噛み噛みであったから、彼女からすると大戦果なのであった。
「そ、そんな畏まらなくても…。まあ、私も最初はそうだったかな。
私は舞鶴第一鎮守府第三水雷戦隊所属、陽炎型駆逐艦一番艦の陽炎よ。これからよろしくね、初霜」
ぱっと輝く笑顔に、初霜もつられて笑顔になってしまう。
差し出された手をしっかり掴むと同時に、この鎮守府での新生活への期待を胸に膨らませる初霜であった。
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「司令ぇ、初霜連れてきたわよぉー」
そう言って、乱暴にも執務室のドアを開ける陽炎。
扉の向こう側に振り返った人物を見つけると、初霜の心拍は上昇した。
「ちょ、ちょっと待って下さいぃ、まだ心の準備が!」
慌てて陽炎の後についてきた初霜は、提督と思しき人物を目の前にして固まった。
優しげな表情は、想像していた厳格な将官とは、似ても似つかない。
しかしながら、果てしない緊張感に翻弄されっぱなしの初霜にとっては、あまり関係のないことであった。
「お、来たか」
「あ、あわわわわ」
混乱する初霜に、提督は歩み寄る。
「君が初霜か。俺はここ、舞鶴第一鎮守府の提督だ。よろしくな」
その若い提督(見た目二十歳前後であろうか)は微笑して初霜の眼前に立った。
差し出された掌は、間違いなく初霜に向けられたものだろうが、当の彼女と言えば、緊張のあまり握手どころではないようだ。
「初霜、カチカチすぎよ」
「怖がらせてしまったか」
見当違いに首を傾げて思案する提督をよそに、陽炎は初霜を落ち着かせる。
両肩を掴んで、視線を彷徨わせる初霜と目を合わせた。
「ほら、深呼吸深呼吸」
「すぅ…はーっ…す、すみません」
「あがり症なのねぇ…ほら、あの緊張感のない顔見なさい?」
陽炎は提督の顔をしてにやついた。
「なんだそりゃ。とにかく初霜、大丈夫そうか」
「は、はい。そ、その、本日付でここへ着任します、初霜です」
「ああ。士官学校から話は聞いているよ。歓迎する」
握手を交わす両者。
初霜には、陽炎と違う手の大きさと、その力強さが、印象強く感じられたのだった。
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「へぇ、初霜って士官学校から来てるんだ」
「ええ。陽炎さんは?」
「私はこの鎮守府で建造されたの。だから勉強は司令が教えてくれたわ」
駆逐艦寮の一室。
新人の駆逐艦は、その教導艦とともに数日間、鎮守府のでの生活を教わる。
姉妹艦の初春や若葉たちも既に着任しているとのことだったが、今は出撃中のようだ。
「へえ···あの提督さんですか?」
「ええ。あの人色々と凄いのよ。ま、追々分かるだろうけど···」
「?」
「ううん、いいのよ。とりあえず、荷物を置いたら鎮守府の案内をするわ。ついてきてね」
「は、はい」
それからは、陽炎と共に鎮守府の隅から隅を歩き回った。
食堂では楽しげな会話が聞こえ、艦娘たちの盛況ぶりが伝わってきた。
工廠では、なにやら艦娘たちが集まって不思議な実験をやっていたが、陽炎には関わらないように、とだけ言われた。
初霜には、総じて工廠やドッグを始めとする最新鋭の軍事施設に目を見張り、よく陽炎に質問をした。
しかし、非番や休憩中の艦娘たちの集う娯楽的な施設には、口数が少ないのであった。
「…新人らしいわねぇ」
そんな初霜を見て、演習光景など残り全ての見学が終わると、陽炎は教え子を埠頭に誘った。
「もう夕暮れだし、丁度いいかも。初霜、ついてらっしゃい!」
「はい。って、鎮守府外ですか?」
「一応管轄範囲内だから大丈夫よ。すっごいんだから!」
走り出した陽炎を追いかけて、海岸沿いを駆ける。
雑木林を抜け、姿を現した海の向こう側の夕日が二人を照らす。
「ここよっ!」
「わぁ···!」
視線の先、つまり水平線に沈む太陽が、燦然と輝く。
「文字通り、燃えるようですね···」
「うん。綺麗でしょ」
初霜は、艦娘としてこの世に生を受けてから、こういった風景を見て、感動した経験がなかった。
つまりそれは、艦娘のうちの「人間」の部分が、彼女の中で芽生えずにいたことに等しい。
「はい…とっても」
静かに、涙が初霜の頬を流れ落ちる。
心を、夕日の優しい光が温めているようであった。
「いつも新しく艦娘になった子をここに連れてくるんだけどね」
陽炎はぽつりと呟きだす。
目線は遠く、水平線の向こう側に向けられていて、決意を感じさせる瞳だった。
「今の初霜みたいに、なんでか泣いちゃうのよ」
「!? や、やだ私…!」
「いいのよ。みんなそう、私だってそうだったんだから」
急いで涙を拭おうとする初霜に、陽炎は苦笑した。
それは、昔の艦娘たちを懐かしんでいるように見えた。
「陽炎さんも?」
「ええ。私、陽炎型の長女だから…変に責任感じちゃって、よく自己嫌悪になっちゃうのよね。
出撃でも振るわなくて、大破して艦隊のお荷物になった時もあって…そうするとなかなか抜け出せなかったのよ」
初霜は、先輩の話を黙って聞く。
そこには、有無を言わせぬ重圧が鎮座していたことも確かだが、きっとこの先、初霜自身も思い悩むであろうことを、陽炎が教えてくれている気がしたからだ。
「仲間や妹たちはそんなことないって元気づけてくれたけれど、私はついに立ち直れないまま、長い間悩んでいたわ」
苦悩の重さ、当時の心境の辛さがありありと伝わってくる。
「『私たち艦娘は、海空の守護者でなければならない』って言葉、知ってるでしょ?」
「あっ、それって」
初霜の耳にも聞き覚えがあった。
かつて、史上初めて深海棲艦の存在が確認され、陸上攻撃を仕掛けた数年前の本土迎撃戦。
日本各地の港湾施設と軍事力、そして無辜の市民たちが失われた。
まさに窮境となったこの国を救った、護国の英雄こそ、艦娘なのであった。
どこから姿を現したのかは定かではない。
あの戦争で沈んだ海域や、所属していた艦隊を有する鎮守府史跡からだと主張する者もいる。
この言葉は、近海の深海勢力を掃討し、全ての戦闘を終結させた後、艦娘のうちの一人がこの国の政府に対し、発した言葉であった。
「うん。私たち艦娘が、この世界に存在する理由であり、私たちを艦娘たらしめる言葉」
「ええ…士官学校でよく言われました」
その力はどの国の、どんな戦力よりも屈強であって、これまで深海棲艦に対して一切の有効な攻撃手段をも有しなかった現代兵器を超越していた。
そんな戦力が、極東の一島国に集結している。
次々と制海・制空権を奪われた世界各国は、強い警戒を示した。
「私たちがこの力を振るうのは、この世界でたった一つ、深海棲艦という存在に対してだけであらねばならない、ということですよね」
「うん。そのためだけに私たちは存在しているんだってね」
陽炎が懐かしげな目線を送っていたのは、過去の仲間たちだけではなかった。
そのことに、初霜は薄々気が付いていく。
「でも、それは違うんだって、司令が教えてくれたんだ。昔、悩み続けてた私に。それも、この場所でね」
陽炎ははにかむ。その笑顔が夕日に照らされて、それ以上に眩しく輝いて見えた。
「それは…一体どういうことでしょうか」
「士官学校のことを、決して悪く言ってるわけじゃないんだけどね」
陽炎は先んじてそう断ってから、初霜に語りだした。
「私たちは深海棲艦を制し、この世界に平和をもたらすためだけに存在するべきだっていう、お偉いさんの言うことは、必ずしも正しくない…ってことよ」
「…?」
純粋な護国の精神の持ち主である初霜には、その言葉の意味を理解しかねた。
人類を守り、世界平和の礎となるべくこの身を捧げることの、何が間違っているというのだろうか。
「ふふ。みんな同じ顔するのね。じゃあ、一つ考えてみて。
どうして私たちが軍艦でもなく、主砲でもなく、艦載機でもなく、女の子として、人の形をしてこの世界に現れたのか」
初霜は少したじろぎつつも、士官学校で学んだことを言葉にしていく。
「そ、それは深海棲艦が人の形をしていて、機動性の部分でどうしても劣ってしまうからで」
「うん。学校の先生たちは皆そう教えるって、司令も言ってたわ。でもね、きっとそれは後付けで、本当はまた違う理由があるの」
陽炎はおもむろに、両手を胸に当てて、目を瞑った。
「え…?」
初霜は困惑する。それが、どのような意味を有しているのかfが、分からなかったから。
どのように考えても合理的だと思えなかったからだ。
「私と同じようにしてみて」
「は、はい」
何のことだろう、と不思議に思い、胸に手をやる。
そして、目を瞑った瞬間、大きな心臓の拍動が、初霜の身体全体に響き渡る。
「…!」
「感じるかしら?この鼓動」
「は、はい。確かに聞こえます」
それは今まで彼女が経験した緊張だとか、焦りだとか、そういう気持ちから生じた鼓動とは、少し違って感じられたのだった。
「私たちがこの夕日を見て感じる気持ちと、この鼓動を、感動っていうの」
「あ…」
それを言葉では知っていた初霜も、今だけはこれを未知の概念と断じることができた。
何故だろうか。
「私たち艦娘だけじゃなく、現代の人間は、少なからず合理的なものを優先し、他を排してきた。けれど、今初霜が抱えてるこの気持ちって、きっとどんな言語で表すこともできないと思うわ」
「!」
陽炎の発言は、今まさに初霜が考えていたことそのものであった。
「そういう考えでは、私たち艦娘や、深海棲艦が存在する理由に、永遠に近づけない。
それがもしこの戦いを終わらせるカギだったとしたら、どうかしら?」
「た、確かにそうです!」
初霜は頷く。
「深海棲艦がいるから、私たちが存在し得る…お偉いさんの言うことが正しいなら、なぜ深海棲艦が現れたのか。なぜ人間を攻撃したのか」
「…何故、私たち艦娘は、人間と、司令と戦うのか」
「…!」
士官学校ならば厳しく叱責されていたかも知れない。
それでも、そんな当たり前の事実にすら、初霜は、初霜たちは気付かないでいた。
清廉な護国精神は尊いとしか言いようがない。しかしながら、きっとどの士官も、その根底にある心を理解していたと断じることができなかった。
初霜は、陽炎の、そしておそらくその言葉を授けたとされる提督の論調に、納得しきっていた。
そして同時にそれは、士官学校での厳しい訓練と努力を、強く否定することに繋がっていた。
「…多分、初霜が考えていることが分かるわ。今の話は、もしかするとあなたにとって自信を無くさせるような話だったかもしれない。けれど覚えておいて。あなたが今までこの世界の為に生きてきたことは、誰にも否定できないし、させるつもりはないわ」
「そ、そうでしょうか…?」
「ええ。次は、今までにあなたが得た知識と力を、新しい方向に向けるの」
「新しい…方向」
陽炎は、ゆっくりと歩みだす。
そうして数歩進んで、急に振り向くと、初霜に、その自信に満ちた表情で言った。
「ええ。そしてそれは、これから私が教えていく中で、あなた自身が掴むのよ!」
見た目相応の子供らしい天真爛漫な笑顔であったが、初霜にとっては、それが何よりも頼もしく、そして魅力的に見えたものだった。
初霜は、今度は自分から、掌を差し出す。
「はいっ、これからよろしくお願いしますね」
「うん。頑張りましょ!」
陽炎と手をしっかりと繋ぎ、帰り道を歩く。
行きには見られなかった景色の鮮やかさが、初霜の視界を埋め尽くしていた。
そして、初霜は思いを馳せる。
それは、この先の未来、この国とこの世界の姿に。
そして、戦いを終えた後の自分たちの行く末に。
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ここは舞鶴第一鎮守府。
艦娘たちが新しい自分を見つけられる場所。
艦娘たちが生活の中で、自分自身の理想を考え抜き、紡ぎ出すことのできる場所。
この戦いを終わらせるため、この世界に平和をもたらすため。
今日もその思いを新たに、提督と艦娘たちは水平線に勝利を刻んでいる。
いかがでしたでしょうか。
文章構造等、全くの独学ですのでコメントにてアドバイスして頂けると作者が喜びでのたうち回ります。
それでは、よろしくお願い致します…。
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