舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
眠りから目覚め、ゆっくりと瞼を開く。
その日は、気持ちの良い、澄んだ群青が広がっていた。
「···は?」
ただ、そんな空の色も、今の彼にとっては皮肉か何かの程度のものに過ぎない。
動かすのは、ダボダボの寝間着の袖に包まれた細い腕。
彼はぎょっとしたような、全く信じられないといった風に自分の身体を眺めていた。
「これは···」
眼前に広がる、いつもとは少し違う私室の光景。
質素な色合いの壁や、妖精さん謹製の家具たちがなんだか大きく見える。
否、実際に手が届かないのだ。
「なんてこった···」
────そう。彼の身体は一回りも二回りも、その大きさを縮めていたのだ。
「────という訳だ」
「···」
朝餉の終わった食堂。幼い提督は艦娘全員を集めて事の顛末を語った。
唐突のメルヘンに首を傾げ、あるいは目を点にする艦娘たち。
「ど、どういうこと···?」
「全く分からない。ただ、朝目が覚めたらもうこうなってたんだ」
「け、今朝榛名が起こしに行った時にはもう···」
榛名は、気が動転しているのか、落ち着きがない。
「···というより、なんで榛名は提督を起こしに行ったデース?」
「そっ、それは···えと···その···」
「案外侮れないわね、あの子も」
「そうね。でも加賀さん、その眼はやめて?駆逐艦の子が号泣してるから」
「やりました」
(···全く···なんてことだ)
榛名の疑惑、そして加賀の脅迫めいた一連の会話は、まるで提督の耳には入ってこない。というより、それほど意識を思考に集中させていただけ、ともいえるが。
「··で、でも、なんか新鮮ですね!」
艦娘たちが思い思いにその原因を口にするなか、あまりの非常事態に秘書艦に任命した吹雪がフォローに回る。
彼女の方を向けば目線が合わさって、丁度同じような身長になっていることが、改めて実感できる。
「···そうだなぁ。まあなけなしの威厳が限りなく消滅したけども」
「あはは。今は可愛いからいいんじゃないですか?」
お肌もきれいになってますよ、と自分の頬に指先でつんと触れた吹雪に、思わず自らの腕や足を見る。
思い返してみれば、身体が縮んでしまったとはいえ、身長以外で困ったことはなかった。
「···ちょっといいか?」
「へ?···わっ」
吹雪を両手で抱き抱える。感じる軽さを鑑みるに、どうやら筋力は変わっていないようだ。
(···おかしくないか?これじゃあ、筋肉が凝縮してるじゃないか)
その軽さを不審に感じる。色々と不可解な点が多く、解決にはまるで至りそうにもない。
(しょうがない)
「···とりあえず、数日様子を見る。大本営には病気だと伝えておくが、みんなの演習や出撃のスケジュールに特に大きな変更はない。よろしく頼む」
「は···はい」
頬を赤くしながら、呆けたように吹雪は言った。
「みんなも、特に変わらずに過ごして欲しい。朝会は以上だ。総員解散」
「はい!」
それだけ言うと、彼はいつものように、執務室へ向かうのだった。
(···とは言ってもねえ···)
────そんな考えをしている艦娘がいるとも知らずに。
(直で仕事···と行きたいけど、最近徹夜続きだったからな···風呂に行くか)
因みに、彼は鳳翔に過剰執務を禁じられている。
···最も、それが出来ればいいのだが。
(まあ、バレてないならいいか)
若干の申し訳なさを感じつつ、私用の浴場(つまり男湯だ)に向かう。
必然的に女世帯になる鎮守府のことだから、土地面でも金銭面でもシャワールームだけでいいと言ったのだが、何故か大型浴場が付いてきてしまった。
「···ふぅ」
更衣室の鏡に映る肌は白く、どちらかといえば貧弱そうな体つきをしている。
「一体どうしたんだろ···」
考えていても仕方がない、と風呂場への扉を開く────
「「「いらっしゃ────い!」」」
─────寸前に閉める。
「ちょっとお!司令官さん!待つっぽい!」
「何やってるんだよ···」
「そ、その···夕立がどうしてもっていうから···」
(嘘くせぇ···)
普段の表情とは似ても似つかない、時雨のにやけ顔に呆れる。
「しれえ!一緒にお風呂入りましょう!」
「不知火もご一緒致します」
「お前らもか」
いつの間にか回り込んでいた陽炎型に驚いて後ずさる。
「ていとくっ!」
「おわあ!」
そろりと背中に触れた手は、島風の手。
「こんなにちっちゃくなっちゃって···私の方がお姉ちゃんなんじゃない?」
「し、島風か」
重なる視線。それどころか、少し背の高いくらいの島風が、どこか新鮮で、焦りを隠せない。
(不味い···!こうなったら)
「吹雪、電」
「はい!」
「はいなのです」
「こいつら大人しくさせて、後で間宮に行こう」
「了解しました!」
「なのです!」
「うわあ!裏切りやがった!こいつらああああああ痛い痛い!」
「司令官とのお時間は誰にも邪魔させないのです!」
そんな深雪らの断末魔を尻目に、こっそりと湯を浴びたのだった。
「ふぅ···」
目の前の書類が片付くと同時に、思わず溜息を漏らす。
(特に、どこもおかしくない)
体力はそのままだが、先刻更衣室でこっそり量った体重は、ごっそりと減っている。
(見た目と身長と体重が戻って、後は元通り···?)
もう色々と訳が分からない。
こなすべき書類はもう残り僅か。日頃コツコツとやっていたことが功を奏したのか、暫くの間はゆっくり出来るかもしれない。
「···もう昼か」
思考の纏まらない頭を抱え席を立つ。
身長の届かない扉を押して外へ出ると、近くにいた艦娘から歓声が上がる。
「司令官、可愛い〜!」
「提督って昔はこんな感じだったのかなぁ···」
「アオバ、キニナリマス!」
「···はぁ、見世物じゃないんだけど···」
乾いた笑いを含ませ、とりあえずこの場から去ることにした。
────────────────────────
「疲れた···」
彼が感じているのは、もちろん精神的なそれだろう。
折角のカレーも喉を通らない(とは言いつつ残さないのだが)。
「て、提督。お疲れですか?」
そんな時、横から声を掛けたのは翔鶴だった。
「おう、お疲れ。翔鶴」
「提督こそ···」
おずおずとした様子とは裏腹に、内心で理性が崩れている翔鶴。
(か、可愛い···!いつもの凛々しい提督もいいですが、これはこれで···!)
「···翔鶴?」
「はっ、はい!?」
欲望に塗れた表情(本人には伝わっていないが)を不思議がる提督。
(あああ首傾げていらっしゃるううう可愛いいい!)
(···一体どうしたんだろう)
両手で顔を抑え、悶える翔鶴が、不思議でしょうがない提督であった。
「───そ、それは大変でしたね···」
「全くだよ」
うんざりした表情でスプーンを口に運んでいく幼い提督。
(とは言ったものの···羨ましいですね···)
しかし、まさか目の前の空母までもが例の一味だとは知る由もない。
(···そうだ)
「提督、お疲れでしたら···」
名案を閃いたと言わんばかりに、翔鶴は提案するのだった。
「──────で」
「わー!提督ちっちゃーい!」
小さい背を、思い切り抱きしめる蒼龍。
「痛い、腕が痛いよ蒼龍」
(ついでに心も痛い···もう少し自分の凶器に気付いてくれれば···)
若干の申し訳なさを覚えるが、呑気にしている余裕はない。
「ほんと、可愛いねぇ。これがあのいつもの提督?」
そう言って頭を撫でる飛龍。
「ちょ···あんまり慣れてないから···そういうのは勘弁してくれ」
「か、可愛い···」
頬を染める幼子。普段とのギャップに、飛龍の心はときめく。
「いいじゃないの?提督さんも、普段はあんまりこういうことないだろうし」
傍の瑞鶴も、同調するように翔鶴から提督を両腕で受け取る。
「普段からこういうことがあったら困るんだけど」
頭を撫でられ、不満そうなむくれ顔をすると、二航戦が微笑む。
「な、なあ···」
困り顔で顔を引き攣らせて笑うと、五航戦はニヤニヤ顔で自分を抱き締める。
「諦めて観念しなさいな。いーっぱい、ぎゅってしてあげる」
頭上、瑞鶴の声に、嘆息して呟く。
「···お手柔らかに頼むよ···」
「「やったー!」」
途端に覆い被さる四人に、ただ声を上げることしか出来ない提督だった。
「お、おい!ちょ、ちょっと──────!」
────────────────────────
「う、うーん···」
ゆっくりと目を開くと、そこには姉と二航戦、加えて幼い少年の姿が。
翔鶴に抱きかかえられるようにして、すやすやと寝息を立てていた。
(私も寝ちゃってたのか)
頬についた畳の跡が、熟睡の証拠だ。
押入れからタオルケットなどを探そうと立ち上がると、ふと、何か光るものに気付いた。
「···提督?」
それは紛れもなく、彼が流す涙だった。
「なんで泣いてるんだろ···」
欠伸で流れるそれとは違い、下がった眉からはその悲しみの深さが伺えた。
(提督が泣いてるの見たの、初めてかも)
優しくそれを指で拭うが、溢れ出すように涙は流れ続け、次第に苦しみに呻くような、そんな声が漏れ聞こえてくる。
(悪い夢でも見たのかな···?)
頭を撫でると、少しは和らいだように見えたのだが、依然として、悲しげな表情は、変わらなかった。
「しょうがない、取り敢えずお布団を···」
そう思って立ち上がる時に、その声は聞こえたのだ。
「──────か、あさん···」
ショタだから何でも許される風潮大好きです。
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